久遠281 氏_MARCHOCIAS_第14話

Last-modified: 2014-08-08 (金) 07:25:35

――MARCHOCIAS――

 第十四話 伸展

 
 

部屋に入ってきた男二人の姿に、シンは思わず首をひねった。
どこかで見た事があるような、無いような……。
いや、無いな。
シンは心の中だけで、そう結論付けた。
「貴様、シン・アスカだな?」
先に声を発したのは、銀髪おかっぱ頭の方だ。
その偉そうな態度と言い方に、シンは思わずムッとして眉を寄せた。
思わず、不機嫌そうな言い方で答える。
「自己紹介の手間が省けてよかったよ。……で、アンタ等誰だよ、偉そーに」
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はディアッカ・エルスマン。で、こっちのおかっぱ頭がイザーク・ジュールだ」
シンの態度におかっぱ頭の目が吊り上ったのを見て、まずいと思ったのか浅黒い肌の男がすかさず自己紹介する。
しかしイザークと呼ばれたおかっぱ頭は、ディアッカの紹介が気に入らなかったらしい。
大声で、ディアッカに向かって怒鳴る。
「誰がおかっぱ頭だーー!!」
ディアッカはイザークのこの態度に慣れているのか、耳を両手でふさいで肩をすくめて見せた。
シンは、その間"イザーク"と"ディアッカ"と言う名を記憶の中から引っ張り出す作業をしていた。
この二つの名前には聞き覚えが、……やっぱりないな。うん。
シンはそう結論付け、一人納得して頷いた。
その間にイザークの方は、一通りディアッカを怒鳴り終えたのか、シンの方に向き直ると両手を組んで背筋を伸ばした。
その態度はやはり偉そうだ。
「……シン・アスカ、いくつか聞きたい事がある。……貴様、ラクス・クラインをどう思う?」
「最近、老けた」
シンの即答に、ディアッカが思わず噴き出す。
イザークの方は、額の血管が少し浮き出たような気がした。
「……ならば、キラ・ヤマトはどうだ?」
「万年脳内花畑野郎」
「……アスラン・ザラは?」
「でこっぱち」
シンがそう答えた瞬間、それまで肩を震わせて耐えていたディアッカが、とうとう大声を上げて笑い出した。
一方イザークの方は、どうやら怒りの臨界点を超えたらしい。
「真面目に答えろ、貴様!!そして、ディアッカ!やかましいわ!!」
腹を抱えて笑い続けるディアッカに、イザークが怒鳴る。
はっきり言って、八つ当たりにしか見えない。
その様子に、シンは吐息を吐き出した。
「……結構、真面目に答えたつもりだったんだけど。ま、いいや。で、ラクス・クラインとキラ・ヤマトについてだっけ?」
シンの言葉に、ディアッカを怒鳴り散らしていたイザークが、真面目な顔でこちらに視線を向ける。

 

ディアッカは完全にツボに入ってしまったらしく、いまだに笑い続けている。
「あの二人は、悪い意味で善人だろ」
「悪い意味で善人、だと?」
「そ、とにかく善人だから"良い事"をする。……だけど、その"良い事"の基準がどこまでも"自分"なんだ。だから、自分が思う"良い事"が、相手にとっても"良い事"だと信じている。
 それゆえ相手が迷惑がっていても、誰かが自分の気が付かない所で傷ついてもお構いなしだ。
 ……じゃなきゃ、身近な人間が泣いてるからって理由で突然戦場に乱入して他人を傷つけて、それで"自分の意思で撃ったんじゃありません"と言わんばかりの態度で被害者面なんて出来ないだろ」
ため息を吐きながらそう話すシンを、イザークはじっと見つめていた。
はっきり言って、その目線は観察されているような気分になって気に入らない。
その所為で、シンの口調は無意識にぶっきら棒なものになってしまっていた。
「アスランの方は相変わらず話にならない人だったな。問題点を指摘すれば、"それはあれが悪い""あいつが悪い""お前が悪い"。……子供か、ってんだ」
それだけ言うと、シンは聞かれた事はすべて話したと、イザークを睨み付けるように見つめた。
イザークも似たような目で、シンの事を見ていた。
しばらくの間、二人は何も言わずににらみ付け合う。
そう広くない部屋の中に、ディアッカの咳だけが響く。
どうやら、笑い過ぎてむせたらしい。

「……貴様は、今のプラントやザフトの様子は知ってるか?」
むせているディアッカを無視して、唐突にイザークはシンにそう問いかけた。
「いや。地球じゃプラントの詳しい様子なんて、ほとんど情報が来ないからな。精々、地球圏すべてが飢えてる今の状況で、オーブと並んで唯一食べ物に困らない"楽園"だ、って話を聞くくらいだ」
「"楽園"、か。……確かに、その表現は間違ってはいない」
イザークのどこか含みのある言い方に、シンは思わず眉を寄せた。
「自分達で苦労して作った訳でもないのに食べ物は有り余っている。それだけで、地球から見たら"楽園"に見えなくもないだろう。
 だがしかし、そこの"楽園"に住んでいる者達はどうだ?親は子供達に、自分達コーディネイターはナチュラルよりずっと優れていると教え込む。そして子供達は、その言葉を良く考えもせずに信じ込む。
 ……結果、どうだ。今の若い奴らはナチュラルを見下し、飢えてし苦しむ者達をあざ笑うような奴等ばかりだ!そして自分達は優秀なのだと信じ込み、己を高めようとしない!
 今、ザフトはそんな奴らばかりで、ただMSが動かせるってだけのひよっこばかりだ!俺達がザフトに入った頃はな……!!」
「イザーク、イザーク、問題がずれてきてるぜ」
だんだん熱くなってきたイザークを、やっと復活したディアッカがたしなめた。
その間に、シンは一人で納得していた。
あのど素人レベルのグフイグナイテッドはそういう事か。
確かに相手を見下し、自分が優秀だと思い込んでいる奴が、自らの腕を磨こうと努力するなんて思えない。
さらに言えば、そんな奴ほど相手が思いがけない反撃に出た時の反応が鈍いものだ。
結果、あのグフイグナイテッドのパイロットたちは、正規のザフト兵とは思えないほどのへっぽこになった、と言うわけか。

ディアッカにたしなめられ我に返ったイザークは、軽く咳をして己を落ち着かせると、何事も無かったかのように話の続きを始める。
「とにかくだ、今のプラントの様子はかりそめの平和で堕落しきっている、といった感じだ。……地球軍とて馬鹿ではない。
 再びプラントと地球の戦争が起これば、過去に何度も失敗した武力行使のような直接的な攻撃よりも、食料を止めにかかるなどの間接的な攻撃をおこなってきても、おかしくはない。
 そうなれば、飢える事に慣れていないプラントの民がどういった行動に出るか、……想像出来るだろう」
「まずは政府……つまり、ラクス・クラインに不満が行くだろうな。それで焦って、食料止めた国に対して『撃ちたくない、撃たせないで』とかほざきながらストライクフリーダムが突っ込むんじゃないか?
 頭の中はどうだか知らないけど、実際にする行動は、"話し合いよりも、まずは武力で相手を叩きつぶすのが先"、って感じの人達だからな」
「……そこまで軽率ではない、と、思いたい所だがな」
小馬鹿にしたように話すシンに対して、イザークは疲れたようにそう答えた。
内心は否定したいが、否定する材料が足りない、と言った所なのだろう。

 

そんなイザークに対し、シンは続きをしゃべり続ける。
「地球軍としては、その売られた喧嘩に勝つ必要はない。
 ただ、『国民が飢えてるからプラントに送る食料を止めて、国民に回そうとしたら、武力に訴えられた』って言えば、飢えている地球の人達の怒りはプラントに向く。
 ……"飢え"と"貧困"を苗床にして育った"火種"は、あっという間にプラントと地球を飲み込むだろうな」
「……そうなれば、今の堕落しきったザフトでは、対処しきれるかどうか分からん」
「そう言えば、前にストライクフリーダム数機に襲われた事があったんだが、あれは大量生産したのか?
 あれが何十機もあれば、しばらくの間は粘れるんじゃないか?……もっとも、あれに乗れる奴がそれだけいればの話だけど」
シンがふと思い出した事を言うと、イザークが目を細めてシンを見つめた。
なぜイザークがそんな顔をするのか見当が付かず、シンは思わず目を見開いて首をひねった。
「……やはり、あれを落としたのはお前だったか……」
「は?」
「こちらの話だ。……『あれ』は電脳部分が特殊な構造で、一度に大量に作る事が出来ないと聞いている。まだテスト段階だしな。
 それに、もしそれらの問題をクリアしても、"ストライクフリーダム"を造るには特殊な金属が必要だ。現在プラントにあるその金属の量を考えても、そんなに大量には作れないはずだ」
「そうなのか?」
シンの言葉に、イザークはうなずく。
シンも軽くうなずいて、イザークの言葉を理解した事を伝え、次の話に移った。
「後問題なのは、実際に戦争になった時の地球軍の戦力か。……まあ、MSは設計図があれば、作るのにそう時間はかからない。
 地球連合が本気になれば、数か月でかなりの数をそろえられるだろう。ザフト兵士の質が悪い事を考えると、プラント側が不利だろうな」
そっけなく答えたシンに、イザークが目を吊り上げる。
「貴様!なんだ、その"どうでもいい"と言わんばかりの言い方は!?」
「……いや、"どうでもいい"とまでは言わないけど、どう考えても俺にはどうしようもない事だろ」
戦争をどう回避するかなんて、政治の問題だ。
そんな中で、一般人の自分が何か出来る事があるかと言えば、はっきり言って"何もない"、だろう。
もちろん平和に暮らしている者達や、弱い人達を傷つける行為は許せない。
昔はそういった人達全てを、自分の手で守りたいと思っていた。
いや、自分に力があれば、実際に全て守れると信じていた。
だが、実際に力を持ってみれば、自分には絶対に守れないと言う現実を突き付けられただけだ。
そんな自分に、こいつは何を期待していたのか。
シンはそう思ってため息を吐いた。
「アンタはいったい、俺に何をさせたいんだよ?」
うんざりしながらそう言うと、イザークは姿勢を正してシンをまっすぐに見つめた。
「……俺達に手を貸せ、シン・アスカ」
「……は?」
低い声で発せられた言葉に、シンは思わず間の抜けた声を出した。
だが直ぐに気を取り直すと、イザークを睨み付ける。
「……それはザフトに戻れ、って事か?」
「違う。……俺達はこれから、ザフトを抜ける。そしてラクス・クラインから政権を奪い返す」
「はぁ!?」
イザークの言葉に、シンは再び変な声を出してしまった。
しかしイザークは全く気にした様子はなく、そのままシンを睨み付けるように見つめる。
「これはまだ極秘の情報だが、地球の車や重機を作っているとされる多数の工場に、MSの材料と思わしき資材が大量に運び込まれているとの情報があった。
 その量や時期を考えると、すでにかなりの量が出来上がっていると思われる」

 

「それ、ラクス・クラインには報告したのか?」
「もちろん報告済みだ。だが、返ってきた答えは"地球の人々を信じましょう"って言葉だけで、他には何もなしだ!」
「もし地球連合軍が襲って来ても、キラ・ヤマトが居れば何とかなると思っているんじゃないか?」
「確かに、奴の力は強大だ!しかしな、プラントは宇宙空間に広く分布しているんだぞ!それを一度に狙われたら、奴が十人いても足りんわ!!
 そして地球連合すべての物資、人材をかき集めれば、それは決して不可能な事ではない!!」
しゃべっている内にヒートアップして声が大きくなるイザークに対し、シンは思わず耳をふさごうとした。
しかし、その腕は手錠でしっかりと繋がれている事を思い出し、眉を寄せながらもイザークに近い方の耳だけふさぐ。
「……で、ラクス・クラインから政権を奪い返したとして、アンタ等はどうしようって言うんだよ?」
シンの質問に、イザークの怒鳴り声がピタリと止む。
そして再び背筋を伸ばすと、真面目な顔になった。
正直、ずっとこのままの状態で話してほしいと思う。
……うるさいし。
「まずは地球圏の軍、警察等一部の組織に対する武器の所持を認める事となるだろう。それにより、自分の国は自分達の力で守ってもらう事になる。
 そしてプラントは、他国を守れるほどの過度な軍事力を維持しなくても済むようになる。それにより軍事費の削減をし、その資金を食料生産プラント製作に回す。
 将来的には食料輸出を目指すつもりだ。ニュートロンジャマーは半永久的に動くのだから、地球圏内での食料大量生産はしばらくは無理だろう。
 食料や宇宙資源、そういった必要不可欠な物を地球圏の国に与える事でプラントの地位を上げ、地球軍がプラントに手を出せないようにするのが、最終的な目標だ」
「……なるほど、確かに"理想的"な目標だな」
今までと違い、"力"で相手を脅して得る平和ではないのだから。
しかし今とは違う意味で、その平和を得るのも維持するのも難しいだろう。
そんなシンの心の内を察したのか、イザークは眉を少し寄せた。
「……今のプラントの平和はキラ・ヤマト一人で持っていると言っていい。キラ・ヤマトが倒れれば、それだけでプラントは終わる。そんな危うい平和よりもマシだろう」
「だから、反旗を翻すと?」
「どちらにせよ今の政権が、俺達が反旗を翻した程度で倒れるならば、地球連合軍に勝てるとは思えんからな」
「俺達が戦っている間に、その地球連合軍が攻めて来たらどうするんだよ?」
「その心配はない。もうすでに主だった国と、裏で取引を終了させている。俺達が戦っている間に、奴等がこちらに銃口を向ける事はないはずだ。
 ……もっとも奴らにしてみれば、ただ同士討ちを狙っているだけかもしれないがな」
「……もしこちらが勝てたとしても、プラントの国民が付いて来るのか?」
「貴様、今のプラントの税がどのいくらか知っているか?軍事を維持し、増強させるには莫大な資金が居る。その為に、今現在プラントでは、他の国と比べてはるかに高い税を設けている。
 しかもそれでも足りずに、近いうちに増税が決定している。今はまだ食料類にかかる税率が低い事と、ラクス・クラインのカリスマで何とかもっているが、その食料類にも増税される事が決まっている。
 そのうえ、その上げ率が大きい。そうなれば、不満を持つ者がなからず出て来るだろう」 
「ラクス・クラインのカリスマでまとまっている国で、そのラクス・クラインに不満を持つ者が出て来るわけか。
 ……最悪、プラントはラクス・クラインに付いて行くと言う者と、不満を持つ者の真っ二つに割れるかもな」
「しかも増税は軍事増強のためで、それは地球圏、つまりナチュラル達をテロ等の犯罪から守るため、と、宣伝している。
 そのため"ナチュラルの事なんて、放って置けばいい"と、不満を持っている奴らはすでに数多く居るからな」
内も外も火種だらけか、今のプラントは。
ホント、あの人達は何がしたいのか。
シンはそう思うと気が重くなり、大きくため息を吐いた。
「話は大体わかった。……だけどな、ただの一般人相手に"手を貸せ"って言われても、正直迷惑なだけなんだけど」
「貴様、傭兵だそうだな」
「すでに調査済みか。ホント、説明が省けて楽だな」
「……しかも、普通に殺したくらいじゃ、死なないそうだな」
シンの嫌味を完全に無視して発せられた言葉に、シンは思わず目を細めてイザークを睨んだ。

 

……しゃべったのは、アスランあたりだろうか。
有りうるな。
あの人、結構おしゃべりだし。
シンがそんな事を思っているのも完全に無視をし、イザークは鋭い目つきでシンを睨み付ける。
「分かるか?今ここで貴様を置いて行くと、こちらの障害になる可能性がある」
イザークはそう言うと、銃を取り出してシンの頭に銃口を向けた。
それだけで、シンはイザークの言わんとしている事が分かった。
つまり自分達の力にならないなら、ここで"処理"させてもらう、という事だろう。
「……随分、俺の事を評価してくれているらしいな」
「当たり前だ。一人で数十もの相手を圧倒する事が出来る腕を持つ者は、もはや兵器と変わりはない。そして主を持たず、銃口をどこに向けるか分からない兵器ほど、危険なものは無いからな」
しばらくの間、シンと銃口を突きつけたままのイザークが、お互いをにらみ付け合う。
そんな中、先に沈黙を破ったのは、シンの方だった。
嫌味も込めて、大きなため息を吐き出す。
「……アンタも、俺を"兵器"扱いするわけ?」
「それが真実か否かはともかく、お前の事を良く知らん奴らは、そうとしか思わんだろう。……力を持つ者なら、その力を正しく自覚するべきだろう」
そのセリフに、シンは思わず眉を寄せた。
だがイザークは、そんなシンの様子に構わず、話を続ける。
「もちろん、報酬は出す。お前と一緒に来た、あの女の安全も保障する」
「女?」
何の話か分からず、シンはさらに眉を寄せた。
そんなシンに答えたのはイザークではなく、今までどこか楽しげにシンとイザークの会話を聞いていたディアッカだ。
「確か……コニール、だったか?茶色い髪の……」
ディアッカが不意に言葉を切ったのは、自分の意志ではない。
シンがいきなりベットの上から立ち上がり、自分に向けられる銃口を無視してイザークに詰め寄ったからだ。
「コニールもここに連れてこられたのか!?」
「知るか!アスランの馬鹿が連れてきたという事と、貴様の知り合いという事しか聞いておらん!!」
思わず声を張り上げたシンに対し、イザークも声を張り上げた。
その答えを聞いたシンは、体中の力が抜ける感覚に大きなため息を吐きながら、ベットに座り込んだ。
コニールが付いていくと言って来たのか、それとも顔見知りが故に、アスランが邪険に出来ずにつれて来たのか。
……おそらく、両方だろう。
シンは何故だかそう思った。
それはただの予想だったが、なぜだか確信じみた思いだった。

「……報酬、ちゃんと払うんだろうな?」
「は?」
いきなり詰め寄って来たかと思ったら、今度は勝手に脱力している様子のシンに、イザークは一瞬呆気にとられてシンの言葉を聞きのがしたらしい。
間の抜けた顔で、思わず聞き直す。
「だから、コニールの安全を約束してくれるんだよな?」
「……ああ、それは約束しよう」
シンの言葉に、イザークは頷きながら答える。
それを確認するようにシンも一つ頷き、そして答える。
「……いいだろう。契約成立だ」

 
 

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