子連れダイノガイスト_第5話

Last-modified: 2008-10-14 (火) 09:15:24

第五話 インパルス ああインパルス インパルス

 
 

 俗にバミューダトライアングルと呼ばれる魔の三角海域に、地球圏に存在する各勢力の使用する艦艇を継ぎ接ぎにしたミュータント戦艦『サンダルフォン』の姿があった。かつて海賊キャプテンキッドの財宝を求め、クトゥルー教団とやり合った因縁のある海だ。
 視界を遮るほど密度の濃い乳白色の霧が立ち込め、原因不明の異常な磁気が時折発生して今もなお行方不明の艦船や航空機を生み出している。
 降り注ぐはずの陽光さえ淡いものに変えてしまう霧の中で、あの金髪の男が用意した補給物資の搬入作業を終えた所だ。コンテナに収められたサンダルフォン用の各種弾薬やエネルギー触媒はいまや満載だ。
 基本的にC.E.ガイスターの食事は、各地にある秘密のアジトにある食糧プラントで賄われている。以前、オーブの洞窟の中でダイノガイストが分子操作によって洞窟を削岩したり、肉体を修復したのと同じ要領で合成食や巨大野菜などを栽培している。
 人間四人分の食事を賄うには十分な量であったが、かといって貧困に喘ぐ諸国家に輸出して荒稼ぎするほどの生産量は無い。その為、合成技術のノウハウを金髪の青年に切り売りして地球圏の情報や、最新の軍事技術を対価として得ている。
 南海の孤島の地下にも、太陽と同じ成分の人工の光の下で青々と茂る広大な野菜畑や果樹園などが存在している。基本的にマユが世話をしているが、不在時は青年が派遣したスタッフやオートマトンが代行している。
 食料品は自前で賄い、合成技術で用意できない軍需物資や生活用品を積み終え、艦長がたった三人と二体のクルーに艦内放送で告げた。艦橋には艦長席に艦長ことナタル・バジルール。艦長の手元のコンソールに操艦の補助を行うテレビロボ。
 艦長席の斜め前方のオペレーター席に当たる所にアルダとシンがそれぞれ座っている。マユだけが不在だが、今はガイスターの首領ダイノガイストの所である。基本的にあの外宇宙からの来訪者の傍にいる事をマユは好んでいる。
 エイリアン・テクノロジーのみならず、青年から提供されたこの地球における最新鋭の技術を試験的に搭載しているサンダルフォンには、他の純地球産の艦艇にはない機能がいくつか存在している。その一つが――

 

「本艦はこれより大気圏を突破。プラント所有の工廠コロニー、アーモリーワンを目指す」

 

 マスドライバーや大気圏離脱用のブースターの補助を必要としない単艦での大気圏離脱能力だ。
 幾百万、幾千万の水の滴を宝石のように煌めかせながら、サンダルフォンは飛び立った。漆黒に染め上げられた船はゆっくりと重力の楔から解き放たれ、遥かなる星の海へ進路を向ける。
 地球圏の各勢力や軍事企業が血眼になって求める宇宙海賊を乗せた船は、見守るものとてなく、新たなお宝を求めて宇宙へと向い、その翼をはためかせた。

 

          *          *          *

 

 漆黒ばかりが広がり、いつしかその闇の中に自分が消えてしまいそうな錯覚を覚える空に、白銀に輝く砂時計の形をした人類の英知の結晶が浮かんでいた。
 プラントで採用されているファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが設計した新世代型コロニーと同型のコロニー“アーモリーワン”だ。
 大気の無い宇宙空間では離れた物体もあまりにはっきりと見え、目の前に精巧な模型が置かれているような錯覚に陥りかねない。
 ヤキン・ドゥーエ戦役後に、ラグランジュ・ポイント4に建造されたプラントの工廠コロニーがアーモリーワンだ。
 常よりも物々しい警備の艦隊やMSが姿を見せるアーモリーワン近海に、ミラージュコロイドと光学迷彩で姿を隠したサンダルフォンが停泊していた。
 艦橋に座したまま艦長は、よりにもよってとんだ日に来たものだと手袋を嵌めた左手を握りしめた。

 

「新造艦の進水式に加えて、最高評議会議長と現オーブ国家元首の非公式の会談だと? これでは飛んで火に入る夏の虫のようなものだ」

 

 プラントの代表と、地球の小国の代表の会談というだけでも警備は二重三重に厳重になるだろうに、加えて今のオーブの国家元首は前の大戦を終結に導いた英雄と持て囃される人物だ。
 そんな人物が、非公式の会談の最中とはいえプラントの建造したコロニーの中で大事に至るような事があってはならぬと、プラント側も警備を強化しているだろう。
 夢の新人類たるコーディネイターの面子と国際的な立場を守る上でだ。
 まったく、なんという厄介なタイミングだ。ただでさえ軍の基地施設に侵入して新型機を強奪しなければならないというのに。余計に厄介さと危険度が増しているではないか!

 

「まあ、そう不機嫌そうな顔をしないでくれ、艦長。話ではロード・ジブリールの私兵も動いているのだろう? 上手く立ち回れば、シンとマユもずっと仕事がやりやすくなるだろう」
「逆を言えば下手に動けば余計な奇禍に見舞われかねんという事だ。それについてはどう弁明するので?」
「それはあの二人の天運次第かな?」

 

 さも愉快気に微笑を浮かべるアルダに嫌悪の眼差しを向けてから、艦長は苛立たしく視線を外した。やはりこの男とは反りが合わないと痛感したのだ。水と油という例えがこの上なく似合いの二人だ。
 それでも艦長は辛抱強く待つ事を選んだ。すでにマユとシンは、事前に別のコロニーでサンダルフォンを降りて偽りの身分と戸籍でシャトルに乗り、プラントの名士の子息としてアーモリーワンに潜入している。
 あとは二人がうまくインパルスをはじめとした新型機を強奪してくるのを祈るばかりだ。そしてシン達が姿を見せてからが艦長の仕事だ。
 見た目はいかにもなジャンク船のサンダルフォンであるが、その戦闘能力と自身の指揮だけでもナスカ級の三隻位なら同時に相手にして対等に渡り合う自信はある。
 加えてダイノガイストとアルダのMSパイロットとしての腕前を加味すれば、相当数の部隊を相手取ることもできよう。

 

「む、ミラージュコロイド・ディテクターに反応か。例のジブリールの私兵“ファントムペイン”だな。そろそろか。シンとマユが間に合えばいいが」
「ん?」
「どうした?」
「いや、なんでもない。気のせいだろう」

 

 艦長がサンダルフォンとは別のミラージュコロイドを使用している戦艦の反応に気付くのと同時に、アルダもまた額を走る微弱な電流のようなものを感じ取っていた。かつて戦場で幾度か感じたこの感覚は。

 

「まさか、な。……だが、私がこうして生きている以上、お前も“また”という可能性もあるか」

 

 万分の一、億分の一の確率ではあるが、とアルダは心中で付け加え、不思議な高揚に満たされてゆく自分の心と体を意識した。なんという奇妙な因縁だ。もし、“そう”であるならば、自分と彼とは死を超えてもなおぶつかり合う運命にあるという事だ。

 

「よもやま話だが。私の感覚が偽りでないのなら、これほど因縁深い父と子もそうあるものではないだろう」

 

 より一層微笑みを悪魔的な形に吊り上げたアルダが背を向けて、艦橋を出て行くのを見咎めた艦長が、アルダの背に声をかけた。詰問の声は白いコートの生地の上で弾けた。

 

「どこへ行く?」
「なに、ちょっとした予感がしてね。アレの用意をしてくる」
「アレをか? いいのか? ガイスターの切り札の一つだぞ」
「それほどのものかね? ボスこそが我々ガイスター最高最強の切り札だよ。ボスにくらべれば、私とアレなぞそう大したものではない」

 

 果たしてどこまでが本心でどこまでが偽りの言葉なのか、押しても引いても判然とせぬアルダの言葉に不愉快さを覚えながら、艦長はアルダの背を見送った視線を正面のメインモニターへ向けなおして溜息を吐いた。
 シンとマユの安全が一刻も早く確認できないものかと、心から思った。前の艦でもその前の前の艦でもそうだったが、どうにもアクの強いクルーに心労を重ねさせられる運命にあるらしい。

 

          *          *          *

 

 砂時計に例えられるプラントは、支点である中央部に港湾施設を持ち、居住区は上下の底辺部分に造られる。
 自己修復ガラスが虚空の闇と絶対零度に近い冷気から人々を守り、人造の大地はとりいれられた太陽の光に照らされている。
 目に痛いほど深い緑の連なりや、効率性を考えるならば無駄の極みとも取れる青い鏡のような水面が美しい人造湖などは、やはり宇宙に進出し新人類を自負するコーディネイターであっても、地球的な自然環境を本能的に求めている事の表れだろう。

 

 ――それにしても、あんな人造湖や海を作って海産物を自給できるくせに、完全に自給自足はできないのか。効率を優先してああいうのを造る前に全部農地にすりゃいいのに――

 

 先ほどまで自分達が乗っていた、宇宙港から居住区へと続いている高速エレベーターをぼんやりと見つめながら、シンはそんな身も蓋もない事を思いついた。
 艦長とアルダがロード・ジブリールの私兵の出現を予期していた頃、シンとマユは既にアーモリーワンの市街に足を踏み入れていた。
 周囲を練り歩くプラントの名士たちの同類に相応しいよう、いつもの普段着よりもいくらか贅沢をした。

 

 マユは、絹をふんだんに使った袖口や襟がふんわりとした淡いピンク色のワンピースに、足元は赤い靴だ。手首には、純金の鎖と小粒ながらサファイアをあしらったアンティークの腕時計。
 後頭部でポニーテールにした髪をまとめているのは、エメラルドと純銀を惜しげもなく使い、当代きっての職人に腕を振るわせたものだ。
 幼い体を飾る衣服や装飾類は、戦前のアスカ家の年収五年分に匹敵する。
 シンの方は青いスカーフタイを巻いた絹のシャツと紺色のスーツ姿だ。両親とは別行動の兄妹風を装っている。
 もっともマユはともかくシンの場合は、衣装を着ているというよりは着せられているという印象が強い。生来の聞かん気の強そうな顔だちと、時折窮屈そうに首元を弄る仕草のせいだろう。
 目的の四機を手に入れる為には軍港の内部に潜入し、厳重なセキュリティを突破するしかない。大抵のメカニズムはガイスター側の技術でどうとてもなるのだが、対人となると話は別だ。
 とりあえずは偽造のパスで内部に侵入してから、新型のMSが新造戦艦に搬入される前に強奪するのがベターだろう。一機か二機にシンとマユが乗り込むとして、残りの機体にはエネルギーボックスを用意してきた。
 シンが手に持っている鞄の中には、本来一、二メートルあるはずのエネルギーボックスを、三十センチほどに小型化したものが入れてある。
 ダイノガイストがたまたま持っていた試作型エネルギーボックスを基に量産した、小型エネルギーボックスだ。製造に時間とエネルギーと希少な資材がいるから、数は極めて少ない。
 軍事式典に招待されたセレブリティ達が行き交う繁華街を半ば観光気分で歩き、角に差し掛かった時、周囲の目を気にせずにくるくると回っていた少女が不意に出てきて、シンとぶつかった。
 とっさに自分の胸に背を預ける形になった少女を両手で支え、鼻孔にそっと忍び寄った甘い金髪の香りと、青い果実のように甘酸っぱい少女の肉体から香る匂いに、シンの心臓がどくどくと高鳴った。
 首を捻り、シンの瞳をまっすぐに見つめ返す瞳は、大粒の宝石のようだった。少女の瞳の中に映る自分が、ひどく不思議なものに見える。
 ホルターネックの青いドレスはなかなか凝ったデザインで、白いスカートと白いベールがふんわりと実り豊かな体を霧の衣みたいに隠して、少女にどこか妖精めいた神秘的な印象を与えていた。

 

「……だれ?」
「おれ? シン、シン・アス……」

 

 きょとんとした瞳で見つめてくる少女が茫洋と呟いたのに、思わず反射的に答えたシンだったが、言い切る前に少女の方から体を離してシンの腕から逃れる。
 さっきまでどこか非現実的な印象を覚えるくらいぼんやりとしていた瞳が、野生の猫科の猛獣のように細まった、と認めた時にはドレスの白い裾を翻して少女はシンに背を向けて走り去っていた。

 

「なんだあ? 向こうだってよそ見してたくせに。これじゃおれだけ悪者みたいだ。なあ? マユ」
「……」
「マユ?」

 

 てっきり全面的に賛同してくれると思っていた愛すべき妹が、下唇をぷりっと突き出して眉間に皺を寄せているのを見て、シンもあれ? と眉を八の字にする。自分が気付いていないだけで、なにかやらかしていたのだろうか?
 両手に腰をやり、鈍感な兄に苦労する妹のポーズをとったマユは、自分の兄がやらかしたことに関して実に簡潔に述べた。

 

「お兄ちゃん、あの人の胸触ってたでしょ?」
「え!?」

 

 妹の思わぬ一言に、愕然と自分の両手を見つめたシンは、そういえばずいぶんと柔らかい感触と、両手の人差し指と親指の間にコリっとした感触が残っている事に気付く。
 思い切り、いやもう完全に悪者だったらしい。そしてもうひとつ、少女がシンに残していったものがあった。

 

「着けてないのか。ブラ」

 

 少女がドレスの下に下着の類を身に着けていない事は、シンの手に残る肉房と肉塊の感触が証明している。わきわきと、シンの両手は実にいやらしく開いたり閉じたりをしていた。手に残る感触を脳みそに刻むためだろう。
 世界の真理に挑む若き学究の徒みたいな真面目くさった兄の顔と、口から出てきた言葉のギャップに、マユは情けないやら悲しいやらやっぱり情けなくて、もう! とふっくらほっぺを膨らまして、右足をスイングさせた。

 

「お兄ちゃんのラッキースケベ!!」
「ぎゃ!?」

 

 ミシリと自分の右の脛にめり込んだマユの真っ赤な靴の爪先がもたらした激痛にシンが叫び、思わず右脛を抑えて肘を着いて悶絶する。シンの叫び声に周囲の人々もなんだなんだと、物見高そうに足を止めて視線を集める。

 

「もう知らない!」

 

 ぷんすかと背を向けて歩き始めたマユを、シンは慌てて追いかけた。右の弁慶の泣き所に残る激痛はまだ疼いていたが、この場においてけぼりにされるのはさすがに兄としての面子が許さない。
 それにしても、これから大仕事をこなさなければならないのに、今日は何だか運がいいのか悪いのかわらかないな、とシンは心の中でこっそりと呟いた。

 

「マユ、待てって!」

 

          *          *          *

 

 プラントの各業界のセレブや選ばれたメディア関係者達がひしめくホールから、シンとマユはこっそりと抜け出した。
 あの盟主王兼鉄道王が用意してくれた偽造の身分はついにここに至るまで見破られることはなく、アルダが教えてくれたザフトのザルみたいな警備の欠点は性格で、一メートルごとに立っている警備の兵たちをかいくぐるのはそう難しい事ではなかった。
 換気用のダクトに忍び込み、それまで身に着けていた衣装を脱ぎ去り、手のひらサイズに圧縮していた真黒な戦闘服に着替える。厚さ五ミリの戦闘服は着用者の皮膚感覚に一切の障害を与えない。
 素性を隠すために顔まですっぽりと覆い隠し、眼には薄い眼鏡としか見えないゴーグルを被る。シンが持っていたミニエネルギーボックス三個をマユに渡し、シンはインパルスが先に搬入されている新造艦ミネルバへ。
 マユは三個のミニエネルギーボックスと、同じくシンの鞄の中で隠れていたテレビロボを助手に、いまだ格納庫で眠っているガイア、アビス、カオスの奪取へと向かう。

 

「気をつけるんだぞ。ファントムペインだかなんだか言う奴らも来るって話だし、ロボ、マユの事を頼むからな」
「お兄ちゃんも気をつけてね」

 

 任せとけ、と片手をあげてシンに答えるテレビロボを肩に乗せて、マユは膝立ちの姿勢のままダクトをシンとは反対の方向に向かって移動し始めた。
 ゴウンゴウン、と巨大なファンの立てる音が響くダクトに残されたシンは、さて、おれもやるかと行動を始めた。
 ダクトを通ってそのまま招待客用の会場の外へと抜け、地上から五メートルの高さにあった通風口の鉄格子の捩子を外して、一気に身を躍らせた。着地の音は身につけた着衣が吸収してくれる。
 冷たい硬質の地面に衝突した足の裏が、音一つ立てていないことを確認し、シンは内心で百点満点、と呟く。そのまま襟の所にあるスイッチを押し、光学迷彩を起動させてメカニズムも人間の目も通じない透明人間へと早変わりする。
 ほど近い工廠内のドックに淡いグレイの船体があるのを、シンは改めて確認する。プラントがその高い技術力を結集して建造した新造艦ミネルバだ。
 前方へ突き出した艦首の両側に大きく三角形の翼が広がり、船体中央部や両舷にカタパルト、モビルスーツデッキが見受けられる。
 ザフト特有の曲線を帯びたこれまでの官邸とはだいぶ趣が異なり、直線的な船体のシルエットは地球連合やオーブ系の艦艇に類似している。
 今回ガイスターがターゲットにした新型MSといい、どういうわけだか仮想敵国であろう地球連合寄りの技術やディテールを取り入れているらしい。
 まあ、シンにはどうでもよい事だ。にしても大気圏内でも運用可能とは言え本来宇宙での運用を想定しているミネルバはともかく、ガイアやアビスといった地球環境下での戦闘を考慮した機体を開発するとは。
 プラントの方はもう一度地球上での戦闘を想定した未来を考えているらしい。少なくとも兵器開発の面では。
 そこまで考え、それこそ自分には関係ないとシンは頭を振り、ミネルバへと搬入されているコンテナの一つめがけて走りだした。機関銃を構えた兵士たちや作業に従事している者たちの目に、軽やかに走るシンの姿は映ってはいないはずだ。
 コンテナを乗せた運搬車両に並走し、よっと口の中でだけ声を出して飛び乗る。手の平や足の裏に仕込んである直径一センチの、強力な磁石の力でピタリと張り付く。
 コンテナの上に移り、シンはされこれからどうするかな、とひとりごちた。インパルスが先にミネルバに搬入されている事に加えて、強奪するに際し厄介な問題があった。
 このインパルスという機体は、コアスプレンダーというコックピット兼用の戦闘機を中心に、レッグフライヤー、チェストフライヤーという上半身と下半身とに別れる三つのパーツで構成された特殊な機体だ。
 コアスプレンダーだけを奪っても意味がないし、かといってすでに合体した状態で強奪するには、パイロットが乗り込み、ミネルバの外で稼働している所を狙うしかない。
 予定では、マユがミニエネルギーボックスを取り付けたアビスやガイア達を適当に暴れさせ、その対応に出撃を命じられるであろうインパルスを発進直前に襲い、正パイロットを放り出してコアスプレンダーに乗り込むというなんともアバウトな方法を採る。

 

 さらにインパルスの持つ換装システム“シルエット”もなんとか手に入れたいところだ。
 前の大戦で猛威を振るった地球連合のMSストライクに採用されたストライカーシステムを、ザフト側の技術で再現したシステムの一つで、現在ザフトの主力量産機として配備が進められているザクにも、ウィザードシステムとして装備されている。
 この武装シルエットが確認できた限り三種。高機動戦闘用のフォースシルエット。砲撃戦用のブラストシルエット。近接戦闘用のソードシルエット。以上の三種だ。
 発進時にはおそらくこの中のどれか一つを装備するだろうから、インパルス本体とシルエット一種は最低限手に入るだろう。
 難なくミネルバに潜入したシンは、光学迷彩を維持したまま、目的のコアスプレンダーの格納庫を目指して駆けだした。
 あとは、マユがファントムペインの連中より早く立ち回る事を祈るばかりだ。

 

          *          *          *

 

 シンと同様の光学迷彩スーツに身を包み、式典用に装飾を施されたジンや半戦車半MSのガズウートの隙間を縫って三機の新型が待つ格納庫を目指してひた走る。
 全高二十メートルを超すMSがひっきりなしに動き回り、アーモリーワンの工廠内は常とは違う活気さに満ちている。万が一にも敵に攻め込まれない限りは、こうもにぎわうことは滅多にあるまい。
 二年前の最新の量産機であったゲイツのマイナーチェンジ機のゲイツRや、現在最新の主力量産機であるニューミレニアムシリーズの一機種ザクウォーリアを横目に、マユはひた走った。あれらの機体もできれば手に入れたいが、優先順位は変わらない。
 一応地球各地のアジトにもゲイツRや、地球連合のウィンダム、ザクウォーリアなどが眠っているし、欲をかく必要もないだろう。
 肩に乗せたテレビロボの手が指し示す先が、目的の格納庫だと確認し、マユはよぉ~し! と兄と同様の気合を入れ直す。
 だが、格納庫に近づくにつれてマユの心中に疑惑とまさか、という思いが黒い雲のように渦を巻いた。
 倒れ伏したメカニックや警備兵、血を流して倒れているザフトの兵士達が格納庫の付近に倒れているではないか。かすかだが硝煙と血の匂いも漂っている。
 数十人単位で人が死んだのだ。それもついさっき。思わず脳裏に両親の最後がフラッシュバックし、ふっと気が遠のくのをかろうじてこらえ、マユはさらに足を速めようとした。
 ちょうどそのための一歩を踏み出したところで、突如マユの目の前の格納庫が内側から爆発した。
 とっさに自分めがけて飛んでくる構造材の破片や爆炎に対し、両手で顔面をカバーしながら、マユは軽い体を爆風に乗せて大きく後ろに吹き飛ばされた。
 吹き飛ばされた空中で何度もくるくると糸を切られた凧のように回り、地面に足から着地してからも、風に吹き飛ばされてごろごろと転がる。
 迫りくる悪魔の手のような炎に炙られそうになるのを、自分から転がって回避しながら、マユは回転の勢いを利用して立ち上がった。
 しまったと手遅れを悟ったマユの瞳には、格納庫の天井を突き破って悠々と立ち上がる鉄灰色の機体が映っていた。
 二つの眼と二つの角と共通の特徴をもつ三機の巨人達は、瞬きをする間に鋼の鎧に鮮やかな色彩を纏っていた。
 カオスは緑。アビスは青。ガイアは黒へ。通電した装甲が電圧の調整によって強度と色が変化する新型の相転移装甲“VPS装甲”の起動を意味している。これであの三機は物理的な攻撃手段に対してはほぼ無敵となったのだ。

 

「うわあ~ん! 遅れちゃったあ! ダイノガイスト様に怒られちゃうよ!」

 

 今にも泣きそうなマユの肩の上で、テレビロボはやれやれとばかりに両肩を器用に竦めていた。こちらは幼い相棒と違ってあくまで落ち着いていた。
 三機の新型が目の前で暴れようとしているのに、ダイノガイストに怒られる事の方に気が行っているあたり、マユもそれなりに肝が太い。
 カオスがビームライフルで式典用装備のジンを、夜店の射的ゲームのように次々と撃ち、さらに機体の背に負った円筒が開いて内部から数十発のミサイルが白煙の尾を引いて周囲の格納庫に突き刺さる。
 AGN141ファイヤーフライ誘導ミサイルが生み出した炎と風の地獄の中、カオスに続いてアビスやガイアも手に持った武器を構え、空中に姿を見せたディンや二足歩行形態に映っているガズウートを捉える。
 突然の奇襲+セカンドステージに属する高性能機体+パイロットの技量の三つの要素が絡み合い、ザフト側がようやく繰り出してきた反撃の芽は、ことごとく摘み取られていった。

 

 さすがにこれは手に負えないと早々に判断したマユは、即座に宇宙港に脱出用に確保していたシャトルへ向かおうとしたが、周囲で慌てふためていた警護の兵の一人と目が合った。
 まさか、見えている!?
 先ほどの格納庫の爆発の影響で光学迷彩のシステムに不具合が生じ、今やマユは不審極まる状態にあった。ましてや何者かに新型機が強奪されようとしているこの状況、無論兵士の思考はマユと侵入者を=で結びつける。
 ま、半分は間違いではない。
 警告の声をかける間もなく、兵士がマシンガンを腰だめに構えるのを視認した瞬間、マユは即座に踵を返し、アーモリーワンからの脱出を最優先目標に切り替えた。
 背後で、マシンガンのタタタ、という小気味よい発砲音が連続していた。
 半べそかきそうになりながら、マユは一応陽動は起こせた――というより勝手に起きた――から、兄の方もインパルス強奪に動いているだろうと予測し、

 

「お兄ちゃん、ごめんなさい! でも頑張って~~!!」

 

 と申し訳なさをいっぱいにしながら叫んで逃げた。その頬を、後ろから鉛弾がかすめていった。

 

          *          *          *

 

 さて、まさか、マユが、ではなくファントムペインに先を越されたとは露ほども知らぬシンは、唐突に慌ただしくなった艦内の様子に、マユが行動を起こしたと判断した。
 小型兼試作品とはいえ、エネルギーボックスさえ取り付ければ、如何にMSという鋼の巨人といえどもこちらの思い通りに動く。
 本来、プテラガイストが開発し、地球で使用していたエネルギーボックスと違い素体の形状や機能を著しく変化させる能力はないが、こちらの指示通りに動く程度には変えられる。
 光学迷彩を維持しつつ、格納庫にあるコアスプレンダーのすぐそばで待機していた。とっくに乗り込み、そのままハッチを爆破して逃げる手もあったがそれだとコアスプレンダーしか手に入らない。
 合体機構という奴がどうにもインパルス強奪に関しては邪魔ものだった。

 

 <モジュールはソードを選択。シルエットハンガー二号を開放します。シルエットフライヤー、射出スタンバイ……>

 

 艦内アナウンスが格納庫に響く中、壁にいくつかあるドアの一つが開き、ザフトのエリートを示す赤いパイロットスーツ姿が一人現れた。アレがインパルスのパイロットなのだろう。
 整備士と二言三言交わして、開いたキャノピーからコアスプレンダーに乗り込むタイミングを見計らい、シンは動いた。背を向けているパイロットの首根っこを引っ掴み、そのまま後ろに投げ飛ばす。
 パイロットは一瞬の虚を突かれて、途中までシンの腕の言いなりだったが、その途中で不可視の存在に気づいたのか、おそらくは直感であろうがシンの腕を見事に掴んで、抵抗して見せた。
 腹に一発喰らわせて、とシンが左拳を握りしめるも、何が何だか分からず暴れているパイロットが適当に振り回した左手が、偶然にもシンの顎を下からかちあげて、光学迷彩のスイッチをオフにしてしまう。

 

「しまった!」
「なに!? なによ、アンタ!」

 

 くそ、と舌打ち一つと引き換えにパイロットは引き剥がしてぶん投げてやるとシンは左手を伸ばし、それに抗うパイロットと取っ組み合いになった。スタンガンを先に使えばよかったと気付いたのは後の話である。
 パイロットスーツ越しに頸部を圧迫して気絶させたろか、と思いついたシンの右手が、思わずパイロットの左胸をぐわしと掴んだ。

 

「きゃっ」
「うん?」

 

 むにゅ、とスーツ越しにも指が沈み込むくらいに豊かな乳房の感触があった。
 むにゅむにゅ、と優しく二揉み。むぎゅ、とやや力を入れて一揉み。
 ……こんなことに夢中になっている場合ではないと、ようやく気付いて、さらに揉み解そうとする指を止めた。
 先ほどの可愛らしい声とこの柔らかく、いつまでも触れていたいとシンの本能を刺激する感触。
 パイロットスーツが描くまろやかな曲線の体つきと、ヘルメット越しに改めてパイロットの顔を見て、ようやくシンはインパルスのパイロットが女性であることに気づいた。
 シンと同じ年頃の、快活な雰囲気の滲む赤髪の少女だ。遺伝子操作を施されるコーディネイターは、一般的に美男美女になるよう調整を受けるが、それでも少女は中々の美形だ。

 

――結構可愛いな。胸もあるし。

 

 などと考えたシンに、少女の逆襲の一撃が決まった。振り上げた右膝が、シンの鳩尾にめり込んだのだ。

 

「どこ触ってんのよ! このど変態!!」
「ぐへっ! く、このじゃじゃ馬女ァ!」

 

 思わず上半身を傾かせるシンに、少女の振り上げた右拳が振り下ろされる。ほとんど艦だよりで自分の後頭部めがけて落ちてきた拳を横に首を倒して交わし、少女の左肘の辺りの窪みを、指で圧搾する。
 侵入者が自分の左肘を押したと認識するのと同時に、体の中に走った電流のような痛みに、少女パイロットは体が動かなくなるのを感じる。

 

「え……!?」
「おりゃあ!!」

 

 一瞬の停滞を見逃さず、シンは少女の体を担ぎあげて、一気に格納庫の外までぶん投げた。超常流柔術『麻痺紋』、加えて頭から地面に相手を投げて叩きつける『逆落とし』のコンボだ。
 ただし、流石に女性を頭から冷たい硬質の床の叩きつけるのは躊躇われたと見え、少女は背中から床に叩きつけられた。
 今のうち、とシンはコアスプレンダーに乗り込む。応答の無い事を訝しんでいたらしい管制官の声が、通信機越しに聞こえる。モニターを手早く切ってサウンドオンリーに。

 

<コアスプレンダー一号機ルナマリア・ホーク、応答願います。繰り返します。コアス……>

 

 まだ少女らしい管制官の声に、シンはさっきのやり取りの中で記録したパイロットの音声を再生した。

 

「こちらコアスプレンダー一号機、ルナマリア・ホーク」

 

 シンの唇が動くたび、先程のわずかな応酬で音声の解析を終えたルナマリアの声が出てくる。流石に口調までは真似できないので、ボロが出ないよう言葉は少なくした。
 キャノピーを立ち上げ、機体を立ち上げる。格納庫が遮蔽され、上階へとリフトが競り上がる。事前に伝えられていた通りのコックピットの仕様に、シンは不安材料が一つ消えた事に僅かに安堵をおぼえる。
 開き始めた前方のハッチから、青い偽りの空がのぞき始めた。我知らず、ごくりと唾を呑み、その音がひどく生々しく聞こえた。

 

<ハッチ開放、射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリア――コアスプレンダー発進、どうぞ>

 

 シンの唇がいよっしゃあ、と音なく吊り上がる。左手のスロットルを全開にし、一気に視界は薄暗い艦内から青い空へと広がる。おそらく機体を強奪されたパイロットが恥辱に燃えて艦橋に報告しているかどうか、というところだろう。
 シンはシークエンスを繰り上げて、一気にチェストフライヤーとレッグフライヤーとの合体に移った。コアスプレンダーからわずかに遅れて射出されたインパルスの情藩士と下半身が、追従しているのを確認する。
 眼下の大地の至る所から立ち上る黒煙や、何十棟もの格納庫が倒壊し、数機のMSが撃墜されて倒れ伏している。一瞬、シンは二年前のオーブの惨劇を思い出し、怒りが脳を沸騰させかけた。
 いや、自分がすべきことはそれではない、とかろうじて理性を保たせ、一度機首を上空に傾けて上昇させ、チェスト、レッグそれぞれと相対速度を合せて、インパルスのシステムを起動させる。

 

 一方、ミネルバの格納庫に取り残されたルナマリアは、備え付けの艦内回線で艦橋の方に屈辱の連絡を繋がざるを得なかった。
 乱暴にヘルメットを脱ぎ、ようやく痺れの取れた腕で受話器を耳に当てている。

 

「だから、コアスプレンダー一号機が奪われちゃったのよ! 早くレッグとチェストの射出を止めて、メイリン!!」
<……>
「ちょっと聞いているの!」
<もう射出しちゃった。お姉ちゃん、どうしよう>
「ええ!? ……仕方ない。せめてシルエットの射出は止めて! 私は予備の三号機で出るから。レイの二号機もすぐに出させて!」
<う、うん!>

 

 艦橋との回線が切れているのを確認してから、ルナマリアは思い切り受話器を叩きつけて戻した。髪の毛を掻きむしりたい気分だ。
 せっかく最新鋭のMSのパイロットに選ばれ、これからの未来に夢膨らませていたというのに、ガイアらの強奪に加えて自分の機体までも奪われるとは。しかも搭乗する直前に、だ。

 

「もう、悔しいったらありゃしない! いったいどこの誰なのよ、こんな真似するのは!!」
「吠えるな。すぐに取り戻してくる」
「レイ。ごめん、頼むわね」
「ああ」

 

 荒れるルナマリアの後ろを、作り物めいたやや冷やかな顔立ちの少年が声を掛けながら通った。一見少女と見間違うほど整った顔立ちに、長く延ばされた厳冬の最中に降り注ぐ陽光のような金髪のきらめきが、一層人形めいた印象を強める。
 引き締められた唇も、目元もぴくりともせず、初対面の者は何か怒っているのだろうかと勘繰ってしまうが、これがレイのデフォルトの表情なのだ。
 ルナマリアと違い、白いパイロットスーツを着込んだレイは、慰めるようにルナマリアの肩を一つ叩いてから、新たに格納庫へと運び込まれるコアスプレンダー二号機へと向かって歩いた。
 その機体の特性上、複数機存在するインパルスの正パイロットが、ルナマリア・ホークとレイ・ザ・バレルの二人だった。

 

          *          *          *

 

 そんなやり取りなど露知らず、コアスプレンダーを挟み込んだチェストとレッグフライヤーを確認しながら、これは心臓に悪いなあ、と感想を抱いていた。下手をすればそのまま激突して、はい、さ~よ~お~な~ら~となりかねない。
 コアスプレンダーの機種がくるりと回転し、翼端と共に機体下部に折り畳まれる。同一線上に並んだチェストとレッグにガイドビーコンが照射され、シンはスロットルを絞りながら機体を誘導する。
 インパルスのシステムを知らなければ激突したとしか思えない形で、後方のレッグフライヤーとコアスプレンダーのジョイントが噛み合い、つづけてチェストフライヤーのユニットとも結合する。
 最初からそういう機体であったかのように、インパルスは強奪されたガイア・カオス・アビスと同じ、二本の角と眼を持ったMSへと姿を変えていた。
 チェストパーツの組んでいた腕が解け、右手にMA-BAR72高エネルギービームライフルと、左手にMMI-RG59V機動防盾を持つ。

 

「……あれ?」

 

 が、シンの口から出てきたのはおかしいな、という意味を込めた“あれ?”だった。いやな予感がし、それはどうも的中しているようで。

 

「シルエットフライヤーが……来ない!?」

 

 ルナマリアの連絡でかろうじてシルエットの射出が中断され、シンが強奪したインパルスは、三種のシルエットのどれ一つも装備していない状態だ。仕方なしにバーニアを付加して軟着陸するも

 

「なっ!?」

 

 インパルスの右方に、いくらか損傷した様子のザクウォーリア。反対の左方向には、ザクに止めを刺さんとしていたガイアとカオス、それにアビスの姿が。
 意図したわけではないが、どうやらシンはザクを助けにきた、という形でこの場に乱入してしまったらしかった。

 
 

 さて問題です。
 Q今、シンはインパルス(素)VSガイア・アビス・カオスという三対一の状況にあります。このまま戦ったらどうなると思いますか?
 Aはい。フルボッコにされると思います。
 Qよくできしたね。では、それを理解したシンは何と言うでしょうか?
 Aはい。こう叫ぶと思います。

 

「し、しまったァ!?」

 
 

 ――続く。