子連れダイノガイスト_第6話

Last-modified: 2008-10-14 (火) 09:30:36

第六話 その名は……

 
 

 プラントの軍事工廠アーモリーワン近海に身を潜めていた“存在しない痛み”“幻の痛み”と名付けられた者達の船が、それまで纏っていた不可視の衣を脱ぎ捨てて、研ぎ澄ました牙を剥き出しにしていた。
 上下対称の戦艦からダークカラーの塗装を施したダガーLが出撃し、次々と湾口や警備に当たっていたMSに攻撃を始めたのだ。
 母艦ガーディー・ルーも、船体に備えた主砲ゴッドフリートを放ち、停泊していたナスカ級やローラシア級のザフト艦が炎を噴き上げてゆく。
 生き残りの艦や軍港からゲイツRをはじめとしたザフトのMS部隊も出撃し、ダークダガーLらと銃火を交えはじめ、アーモリーワンを背にして闇の世界に光の軌跡を幾筋も描く。
 奇襲で浮足立ち、軍港施設などをいくつかは潰したものの、ザフトの本拠地にほど近いこの場所、加えて評議会議長が訪れている最中というタイミングもあって、警備に割かれているMSの数は多い。
 当初の混乱から立ち直れば、ファントムペインの精鋭部隊といえども数の前に敗れるだろう。
 今はガーディー・ルーから出撃したマゼンタのMAが、その卓越したパイロットの技量と、ガンバレルの発展形らしき装備によって瞬く間に三機のゲイツRを葬るなどして戦況を五分五分に持ち込ませている。
 そんな戦いの光景を、近海の隕石群の中に身をひそめ、ミラージュコロイドで外部からの知覚を遮断したサンダルフォンの、船体の上で見つめる影が二つある。
 苛烈な太陽の光を、遮るものが何一つ無い真空の宇宙で満身に浴び、背後の宇宙の暗黒に等しい漆黒を纏った機械仕掛けの巨人――ダイノガイストだ。
 古風な甲冑を纏った戦国武将めいた威厳や近づく事が躊躇われる威圧感は、ダイノガイストの無機質の肉体と外観のみならず、エネルギー生命体としての本性それ自体が備える苛烈な気性に依るものだろう。
 背で交差させた、優美なカーブを描く二振りの長刃ダイノブレードは研ぎ澄まされた切っ先をオイルで濡らすのを今か今かと待っていたが、主であるダイノガイストはロボット形態で腕を組んだまま黙していた。
 と、そのダイノガイストの傍らに、およそ二十メートル前後のMSが、ダイノガイストと同じようにサンダルフォンの、アガメムノン級と接合してある後部甲板部分に降り立った。
 左手にはビームサーベルと一体化した複合兵装である盾に、右手には腕とほぼ同サイズの長大なビームライフル。特に背に負った円形のバックパックと、そこから突き出た数本の長方形の板のようなものが特徴的だ。
 デュアルアイをダイノガイスト同様にバイザーで多い、額にはブレードアンテナがある。いわゆる『G』タイプの特徴を備えた、アルダ・ジャ・ネーヨの専用機だ。実質、ガイスターではダイノガイストに次ぐ戦闘能力を誇るMSでもある。
 その名をプロヴィデンスガイスト。かつてザフトが作り上げた決戦用核動力MSの内の一機であり、ヤキン・ドゥーエ戦役において鬼神のごとく暴れ、そして果てたはずのMSだ。細部を見れば改修を受けたような跡もあるが、外見はほとんど変わっていない。
 プロヴィデンスガイストのコックピットの中で、アルダがなにも行動を起こさないダイノガイストを不審に思い、通信を繋げた。

 

「すぐにシンとマユを助けに行くかと思っていたのですが、そのような素振りをお見せにはならない。一体なにを考えていらっしゃるので?」
『この程度の仕事、おれの手を借りずともこなせるようになってもわらねばならん。いつまでもおれにおんぶとだっこではあいつらも、成長せぬからな』
「おやおや、これは親心、ですか。意外な事を仰っる。とはいえ、外もだいぶ慌ただしくなってきていますし、我々の介入も必要になるかもしれません。内部の警備を振り払っても、外がこれではいくらシンとマユに、ロボのサポートがあっても厳しいのも、また事実」

 

 シンとマユが心配なら素直に言えばよいだろうに、と暗に揶揄するアルダに、ダイノガイストは一瞥だけ向けた。

 

『ふん。口ではそういう貴様も、マユとシンの事などよりも優先する事があると顔に書いてあるぞ。……あの赤紫のモビルアーマーあたりか?』
「……」
『先ほどから貴様の気配と意識があれに向けられている。貴様こそ、あのMAと戦いたいのだろう?』

 

 お返しだ、とばかりに告げるダイノガイストに、アルダは我知らず微苦笑だけを浮かべて呟いた。

 

「さて、それはどうでしょうか?」

 
 

 アルダとダイノガイストが口に乗せたMAエグザスのコックピットでは、アルダと同様にノーマルスーツを着用せず、黒く染めた連合の士官服に身を包めた男が、繊細かつ大胆な操縦技術で、本日五機目の撃墜マークを得ていた。
 顔の上半分をすっぽりと覆い隠する仮面を着用した異様な風体の男だ。地肌の覗く鼻から下はそれなりに整った造作で、仮面から零れ落ち、ゆるく波打った金髪の輝きとあいまって素顔はそれなりの美男であろうと伺える。
 地球連合軍第81独立機動群『ファントムペイン』所属、ネオ・ロアノーク大佐。三十代はじめながら、汚れ仕事を一手に引き受け、また通常の地球連合に属さぬ命令系統に存在するファントムペインの性質上、すでに大佐にまで上り詰めた男だ。
 指揮官としても柔軟な発想から突拍子もない行動を行う奇才型として有能なネオだが、その真価は、高度な空間認識能力を生かしたMA・MSによる戦闘でこそ発揮される。
 アーモリーワンで新型機を強奪しているはずの三人の部下達の安否を気遣いながら、ネオは先ほどから感じる何かの感覚に心を割いていた。まるで、冷たい瞳でじっくりと観察されている実験動物のような気分だった。
 戦闘を楽しんでいるようににやけていた口元を引き締め、どこかから自分を見つめている誰かの視線を探るつもりで、エグザスのコックピットの中で周囲を見回す。

 

「おやおや、どこかにおれのファンが隠れているのかな?」

 

 口から出た言葉こそふざけたものだったが、ネオの心中ではまるで反対の、不愉快さばかりが募っていた。何か、知っているような気がするのだ。この感じる事のできる視線を。
 記憶の中にないはずのこの感覚を、ネオの肉体は知っていて、精神はそんなはずはないと否定している。とはいえ、そんな曖昧で不明瞭なものに拘るわけにはゆかない。
 また新たなジンやシグー、ゲイツRの機影を捉えたネオは数少ない味方をサポートするべくエグザスを操った。もともとガーディー・ルー単艦での任務だから、こちら側の戦力は圧倒的に不足している。
 こちら側のパイロットも連合兵の水準を超えるもので揃えているが、それでも長くはもたないだろう。ネオは部下を守るため、エグザスのガンバレルを展開しながら、今日の撃墜数をさらに更新するために、先頭のゲイツRに襲いかかった。

 
 

 そして、シンが強奪したインパルスでは、パイロットであるシンが自分がどのようにしてこの場に乱入したかに思い至り、一瞬パニックに陥った。
 どうしよう? おれのインパルスをはさんで損傷したザクと、奪うはずだった三機の新型に挟まれている。
――ああえーとガイアとアビスとカオスを手に入れなきゃいや無理だろうもう起動しちゃっているし。そもそも三対一で勝てるかっつーの!
 そのうちミネルバの部隊も動くかもしれないしザフトとこのファントムペインだっけ?とかいう連中と何、三つ巴でたたかわきゃないけないってこと? マジで? 
 って、マユは無事だろうか? この三機が起動しているという事は、マユが強奪に失敗したという事でそれはとてもマユの身が危険という事ではないだろうか。これはダイノガイストに助けを求めないと非常に不味いような……
 とグダグダとした思考が脳裏を占めていたが、それもすぐに取り払われた。ちょうどザクに切りかかろうとビームサーベルを抜き放った姿勢で、インパルスの乱入により動きを止めていたガイアが、ザクではなくインパルスめがけて切りかかってきたからだ。
 黒いVPS装甲に包まれた腕の先で光る刃に気づいたシンが、かろうじてアンチビームコーティングが施された盾で受け止め、目の前の現実を受け入れるために逃避から帰還する。

 

「くそっ!? そっちのザク、こっちはミネルバのインパルスだ。戦闘は続行可能か!」

 

 とりあえず無用な敵は増やすまいと、ザクのパイロットに嘘交じりの通信を送った。突然の乱入者からの通信に、ザクのパイロットであるアレックス・ディノことアスラン・ザラは困惑しながらも返答した。

 

『あ、ああ。ビームトマホークと手榴弾くらいしか残ってないが』
「武装がないのか!?」

 

 驚くシンの大声が響く狭いコックピットの後ろには、アスランが公私ともに守らねばならない女性カガリ・ユラ・アスハの姿がある。
 今回の非公式の会談に重なったファントムペインとガイスターの襲撃に巻き込まれ、カガリの身の安全を確保するためにアスランがザフトの最新鋭機であるザクのコックピットに入り込み、まだ安全な場所まで逃げようとしたのだ。

 

 だが、奪われたGにいい様に蹴散らされるザフトの面々を見過ごせず、アスランはカガリの了承を得た上でガイアをはじめとする三機と戦闘に入っていた。
 護衛としてのアスランも、一国の代表者であるカガリも、その立場からすればあまりにリスクの高い選択肢を選んだ事は非難されてしかるべきものだったろう。
 MSから離れて二年近いブランクを経たアスランは、かつてはスーパーエースとして鳴らした腕も勘を取り戻すのに今少し時間がいるようだったし、対峙している敵の力量もかなりのものだった。
 すでに三機との交戦でザクも損傷し、インパルスの介入で引く隙ができたのも確かだ。このままインパルスを見捨てて、今度こそカガリの安全を確保すべきと、アスランは自分の頭の片隅でささやく声を聞いた。
 操縦桿を握るアスランの手に、カガリの手が載せられた。振り返るアスランの瞳を、カガリの瞳がまっすぐに見つめている。

 

「アスラン。私なら大丈夫だ。気にするな。お前の事を信じている」
「……すまない。いや、ありがとう」

 

 一瞬、ゆるみそうになった頬を引き締め、アスランは想い人の言葉に勢いづき、ザクを三機のGの方へと向け直す。
 ガイアの攻撃をシールドで受け、それを受け流したインパルスがガイアの胴に右膝を叩きつけて吹き飛ばし、そこに上空数十メートルまで飛んだカオスが銃撃が襲いかかる。

 

「させるか!」

 

 ザクの腰アーマーにある手榴弾を適当に掴み、カオスの指が引き金を引く寸前に、テルミット焼夷弾の炎の花がカオスを包み込んだ。
 実体弾のみならず熱に対しても高い耐性を持つVPS装甲のカオスには、明確なダメージにはならないが目晦ましにはなるだろう。
 シンはザクの援護に感謝しつつ、インパルスの右手に握らせたライフルをアビスめがけて連射して牽制、つづけて崩したバランスを持ち直したガイアに、盾の縁を槍のように見立てて突きこんだ。
 アビスは軽やかにシンの攻撃をかわし、明後日の方向に飛んだビームの返礼に、機体に過剰積載された各種兵装を見舞おうとしたが、その射線軸にインパルスに切りかかったガイアの機体が入り込み、トリガーを引き損ねる。

 

「そう簡単にやれると思うなよ! こっちだってアルダ仕込みの操縦テクニックがあるんだ!」

 

 数が少ない以上、一度に対応しなければならない敵の数を絞れるよう自機と敵機の位置関係、武装を常に注意しながら把握して戦わなければならない。
 焼夷弾の洗礼から姿を見せたカオスはやはり無傷で、目標をザクと見定めたのか、背部からミサイルを発射して雨のごとく降らせる。
 アスランはかつて搭乗したイージスと同じかそれ以上の性能を持つザクに心中で感心しながら左肩のシールドで時に防ぎ、ミサイルの多くをかわして撃墜された人の握っていた重機関銃を拾い上げる。

 

「PS装甲相手では心もとないが、何もないよりはマシか!」

 

 こちらはマガジンにある全弾を撃ち込んでもカオスを撃破できないであろうに、向こうのビームライフルは一撃でこちらを撃破できるだけの威力を持っている。
 おまけにこっちはMSの操縦が二年ぶりのブランクもちと命に代えても守らなければならない人を乗せた状態で戦っているのだ。
 不利な要素ばかりが揃っているのは、まるで神に嫌われたか悪魔に気に入られでもしたのだろうか。
 ネガティブな思考を、頭を左右に振って払い落とし、アスランはこちらに向かって突撃しながらビームの矢を放ってくるカオスに銃口を向けた。
 例えこの命がどうなろうと、守らねばならない人がすぐ後ろにいるのことを。ならば、どんなに不可能に思える事だろうとやり遂げて見せなければならない。

 

「来いっ!!」

 

 アスランは、久しく忘れていた戦士の顔と声でカオスを迎え撃った。

 
 

 インパルスとガイアは互いのシールドでサーベルを捌きつつ、数えて十合目を交わした。純粋な力量でいえばシンの実力は、この場の五人の中で最も低い。アルダの指導方針が戦いに勝つ事ではなく生き残ることを重視していた為だ。
 ガイアとアビスの二機を相手にしつつ、撃破されないのはそれが理由だ。攻撃よりも防御に重きを置いたシンの操縦が、接近戦を挑んでくるガイアのビームサーベルを掠らせず、巧みにアビスの射線にガイアを誘い込んで、致命となる射撃を行わせない。
 破壊され、黒煙を噴き上げる建物や砕けたコンクリートといった劣悪な足場に注意を向けつつ、シンはなかばガイアらの強奪を諦めていた。

 

「くそ、やっぱりおれ一人じゃさすがにこいつらを捕まえるのは無理というか、やられないようにするだけで精いっぱいだな、コンチクショウ!」
 正直隠しきれない弱音に対して自分が情けなくて泣きたくなるが、それをグッと堪えてシンは反撃に出た。
 シールドでガイアの頭部を強打し、つづけて左前蹴りでコックピットのあたりを蹴り飛ばしてガイアに尻餅を着かせる。このまま一気に攻め立てて戦闘能力を奪うところまでゆきたいのだが、今度はアビスが割り込んできた。
 これまでさんざんシンの動きに翻弄されたことで痺れを切らしたのが、今度は手に持った槍を突き出し、機体各所のスラスターやバーニアに火を灯しての猛烈な突撃だ。
 コックピット内のカメラにこちらに向かって突っ込んでくるアビスを認め、シンは大慌てでインパルスを後方にジャンプさせる。
 ガイアを庇うように突っ込んできたアビスを鼻先三メートルほどで回避し、腰裏にマウントしたライフルに手を伸ばし、

 

「上!?」

 

 上空から舞い降りる新たな反応に気づいた。ライブラリに該当するデータがあり、表示されたそれを読み取ったシンは愕然とする。

 

「インパルスか!?」

 

 つい先ほどシンが体験したインパルスの合体シークエンスをほとんどなぞし、最後にシンが叶わなかったシルエットフライヤーの装着を行い、新たなインパルスがシンとガイアらの間に割り込む。
 “ソードシルエット”を装着したインパルスは機体色を赤と白を主としたものに変え、シルエットに装備されている二振りの長大な刃を両手に握り、柄を接合させてダイノツインブレードのような双刃剣と成す。
 それはシンを追って出撃したレイ・ザ・バレルの駆るソードインパルスであった。
 ファントムペインだけでも手いっぱいだったのに、ここにきてミネルバ組の登場となり、シンの頭の中ではマズイマズイマズイ、と同じ単語がリピートされていた。
 ただでさえバッテリーの残量も心もとないのに、新たな敵――しかも最新鋭機のパイロットに選ばれる位だから、腕も相当に立つだろう――の出現はまずい。
 こ、こうなったら脇目も振らずに逃げるしか……。いやでも、それはそれでマユに情けないとか思われかねないし、兄としての威厳というかそういうのを守るためにはここで踏ん張るしか……。
 おれはどうすればいいんだあ!? と自分本位な悩みに苦しむシンを他所に、レイは先ほどまでインパルスとガイアらが交戦していた様子から、彼らが別々の組織に所属する者達か? という疑問を抱いていた。
 まさかお披露目する予定だったセカンドステージの機体を狙って異なる勢力が全く同じ日を狙って行動を起こし、それぞれが機体を強奪してみせるなど性質の悪い冗談でしかない。
 いや、まだ強奪されたわけではない。この場で取り押さえるか最悪破壊してしまえば済む。しかし、となると奪われたインパルスと共闘していた様子のザクも敵なのだろうか? 
 事前に聞いた情報だと、カオスやアビスに赤子の手を捻るようにやられていたザフトを助けるために戦ったというが。
 それがなぜインパルスと協力する様に戦っている?
 レーザー対艦刀エクスカリバーでアビスと機体を起こしたガイアを牽制し、シンの乗ったインパルスにも注意を向けながらザクへ回線を開いた。

 

「こちらミネルバ所属、レイ・ザ・バレル。ザクのパイロット、応答を」
『……こちらはオーブ首長連合国、アレックス・ディノだ。非常事態と判断し、貴国の機体に登場している。こちらにはカガリ・ユラ・アスハ代表も乗っておられる』
「!?」

 

 よりにもよってあのオーブの代表が? これには鉄面皮が日常化していたレイの目元もピクリと動いて驚きを表した。こちらのモニターの端に映し出された青年と、確かに見覚えのあるオーブ代表の姿を見て、レイはアレックスことアスランの言い分を信用した。
 というか代表の護衛ならザフトの援護なぞよりも避難を優先するべきなのでは? という思いが大いに胸の中にわき起こったが、レイはそれを口にしないだけの分別を持っていた。今それを言及しても仕方のない事だし。
 ルナマリアのインパルス三号機の用意が整うまで後数分か十分ほど時間を稼がねばならないが……。

 

「了解しました。代表と貴方は急ぎミネルバまで向ってください。すでに工場ブロックでは有害なガスの発生も確認されております。目下稼働しているシェルターに向かうよりはその方が安全かと」
『それは、しかしいいのか? 他国の人間を戦艦に乗せるなど』
「友好国であるオーブのアスハ代表の御身の安全の方が優先されます。ましてや前大戦を終結に導いた英雄に万一の事があればザフトの名折れです。責任は自分が取ります。連絡を取っておきますので、お急ぎを」
『……分かった。それと、あのMSのパイロットに礼を述べたい。あのMSのお陰で助かった。君も、必ず無事に戻ってきてくれ』
「最善を尽くします」

 

 やはり、インパルス一号機をザフトのものだと信じていたか。まあ、無理もないが。レイがあのインパルスも敵に奪われたものだと告げなかったのは余計なやり取りで時間をかけるのと、さらにザフトの恥を晒すのを避けるためだ。
 にしてもプラントのセレブと評議会議長、他国の代表まで集めた新造艦の進水式で、その新造艦に搭載する予定だった新型を奪われるとは、今さら恥も何もないのかもしれない。
 とにかく、今はザクの離脱を援護しつつ、奪われたインパルスとガイア、カオス、アビスを確保しなければなるまい。
 初陣だというのにスーパーエースだって泣きたくなるほど困難な任務をこなさなければならない自分の不運を、はたしてレイが呪ったかどうかは本人にしかわからない。

 
 

 ダイノガイストと肩を並べ、アーモリーワンでの戦闘の様子を眺めていたアルダが、不意に眉間に走る稲妻に似た感覚が増えた事に気付く。と、同時にサンダルフォンの艦橋で、テレビロボからの連絡を受けたナタルが、ダイノガイストとアルダに内容を伝えてきた。

 

「マユは三機の強奪に失敗。すでにガイア、カオス、アビスはファントムペインが奪取した模様。現在、シンがインパルスを強奪し、ザフト及びファントムペインと交戦中。マユはシャトルで脱出したようです」
「了解した、艦長。こちらでもちょうど確認したところだ。アレだな」

 

 と一人と一機の目の前で、アーモリーワンの壁が内側から徐々に赤熱化し、やがて極太のビームと共に撃ち抜かれた。なんとも強引かつ乱暴な脱出方法だ。
 かつては自分もオーブ所有のコロニー・ヘリオポリスの崩壊に、対要塞装備で部下を出撃させて一役買ったものだが、それにしてもまあ、シンプルといえばこれ以上ない方法だなとアルダが呆れていた。
 画像をズームし、内部の大気と共に一気にあふれ出てきた爆炎と黒煙に紛れたMSを確認する。あの金髪の商人から受け取ったデータにあった機体、インパルス、ガイア、カオス、アビスの四機だ。
 あのシルエットを何も装着していないのが、シンの奪った機体だろう。まあ、機体そのものが手に入っただけでも良しとしておくべきだろうか。

 

「……これは? インパルスが二機、いや三機だと?」

 

 アーモリーワンから飛び出てきた機体の内、先頭はガイア、続いてカオス、アビス。そしてろうことかシンのインパルスを追ってソードシルエットとブラストシルエットを装着した二機のインパルスが姿を見せたのだ。

 

「インパルスが複数機存在しているといった情報はなかったが……。いや、機体特性を考慮すれば可能性はあったか。ふふ、まあいい。獲物が増えただけの事、ではボス、私はそろそろ獲物を狩ってきます」
『好きにしろ』

 

 アルダが動いて尚ダイノガイストは動く様子を見せない。腕を組み、何かを待っているかのように悠然と立ち続けていた。何を待つ? シンか? マユか? それともいまだ姿を見せていない強敵を?

 
 

 何とか三機のGとザフトのインパルスの包囲網を突破したシンは、それでもなお執拗な攻撃を受けていた。特に

 

「このこのこの、落ちろ落ちろ落ちろ!! このど変態―――!!」

 

 まだ男の指も唇も舌も知らぬ、乙女の乳を揉みほぐされてしまったルナマリアに。

 

「こ、殺す気かーーー?!」
「当たり前でしょうがあ!! 乙女の肌を汚しておいてタダで済むと思うなぁー!」
「こ、このじゃじゃ馬女」

 

 と言い合う間もブラストインパルスのデリュージー超高初速レール砲やケルベロス高エネルギー長射程ビーム砲を撃ちまくってくる。
 インパルスを強奪したはいいが、その予備パーツなどは一切手に入れていない状況であるため、機体が損傷を負うとほとんど修理できない状況にある。その為シンは一発被弾するわけには行かない。
 インパルスの左右を飛びすぎたレール砲に肝を冷やし、インパルスの直撃コースをとっていたケルベロスの極太のビームを、MSの四肢を生かしたAMBAC機動でかわす。

 

「よ! ほ! はっ!」

 

 時に両足を大股開きにし、時に上半身を捻り、時にバレリーナのように片足をぴんと伸ばし、片手を垂直に伸ばし、巧みな操作によって重心の移動をスムーズに行ってルナマリアの猛攻を凌いでみせる。
 まるでコメディアンのようなコミカルな動きでこちらの攻撃を凌いでいるシンのインパルスに、ルナマリアの怒りは収まる事を知らずに沸騰していった。まるでこちらが道化のようだ。

 

「こ、ここここいつ!!」

 

 ケルベロス、レール砲、さらに四連装ミサイルランチャーと、ブラストシルエットの全火器を一気に放った。

 

「ぎゃああああ!?」

 

 と叫んだシンのインパルスが爆炎の中に飲み込まれるのを見たルナマリアがかすかに溜飲を下げた。すでに彼女の頭の中に奪われたインパルスを取り戻すという選択肢は存在していなかった。

 
 

 一方、レイのソードインパルスは、ガイアらを追ってルナマリアとは別に行動していた。アーモリーワンを警備していた友軍の状態はかなりひどいものだったが、それでも謎の敵の方にもそれなりの痛打を浴びせたようで、撃破されたダガーLの残骸などが漂っている。
 戦闘中に突如様子のおかしくなったガイアを庇うようにカオスとアビスが、レイのインパルスを牽制し、彼方に見える母艦らしき船に向かってゆく。

 

「アレが貴様らの船か」

 

 カオスとアビスのバッテリー残量はすでにレッドゾーンに入っているはずだ。対して戦闘途中から参戦したレイのインパルスはまだ十分に余裕がある。このまま追撃して母艦に一撃を加えれば、じきに姿を見せるミネルバとの連携で撃破も可能なはず。
 エクスカリバーを背に戻し、腰裏のビームライフルを手に持たせて追撃をかけるレイの脳裏に、氷の刃で切り付けられたかのような感覚が走る。と、同時にソードインパルスの周囲を小さな影が走っていた。
 思考を言葉に変換するよりも短い時間で、レイはソードインパルスを操り、手足や頭部を狙って放たれたビームの檻から脱出する。
 視界の片隅に猛スピードでよぎったMAの陰に気づき、レイはそれを明確に視界の中に捉えた。

 

「なんだ、こいつは? メビウス・ゼロ?」

 

 レイはかつて先の大戦初期にザフトの繰り出すMSと、唯一互角に渡り合えた連合のMAの名を口に出していた。高度な空間認識能力と卓越した技量の持ち主のみが扱えた遠隔操作兵器ガンバレルが、MSとも互角に戦えた最大の理由だ。
 それを発展させたものらしい鉤爪のようなパーツが四方から集って、MA……エグザスに装着される。レイの感想は半ば当たっていた。
 だが敵の正体を見破ったこと以上に、レイはまるで体中が戦慄いているような感覚に戸惑いを覚えていた。あのMAのパイロットの存在が漠然と、しかし確かに感じ取れるのだ。
 思考や感情がわかるわけではない。ただ、そこに、ここにいる事がわかるのだ。血を分けた兄弟や子供以上になにか因縁めいたもので繋がっているような、そんな感覚。
 だが、

 

「この感覚は不愉快だ!」

 

 MSを上回るMAの高い加速力でソードインパルスの追従を許さないエグザスめがけて、立て続けにライフルを撃ちこむが、まるでこちらの攻撃のタイミングや方向をあらかじめ知っていたかのようにエグザスは機体を左右に振って回避している。

 

「ソードでは相性が悪いか」

 

 対MS戦ならばソードでも申し分ないのだが、無重力下でMAを相手にするとなると高機動を確保できるフォースシルエットの方が好ましい。そう判断しつつ、贅沢は言っていられないと、レイは再び照準内にエグザスを捉えた。
 一方でエグザスを操作するネオも、レイと同様の感覚を覚えていた。先ほどから感じていた監視されているような、奇妙な感覚は、目の前の新型機のパイロットのものかと思った者の、それもすぐに撤回した。
 なぜならレイが現れても先ほどから向けられていた探るような感覚は、今も続いていたからだ。ということは、もう一人、この近くにネオや目の前の新型機のパイロットと同じ感覚の持ち主がいるという事だ。

 

「君も腕は悪くないが、もう一人の方が気になるのでね。落ちてもらおうか!」

 

 急激な方向転換で襲い来るGに歯を食いしばって耐え、エグザスが背後から迫ってきていたソードインパルスと対峙する。と同時にエグザスに再装着されていたビームガンバレルが再び展開されていた。
 高速で動きまわるビームガンバレルポッドの攻撃を回避したのは、今の時点においてはレイの技量よりも第六感に頼っていた。
 機体を休まず動かしてなんとか迫る光線を回避し、ほとんど反射的にエグザスめがけてビームライフルの引き金を引くが、それもエグザスの通り過ぎた空間を薙ぐだけで命中する事はない。
 ネオは、ステラ達の乗ったガイアらがガーディー・ルーに収容されるのを確認してから、不敵な笑みと共にソードインパルスを見据えていた。
 二人の勝負の決着は、そう簡単に着きそうにはなかった。

 
 

 ブラストシルエットの一斉射撃に晒されたシンは、確かに走馬灯が走るのを感じていた。ああ、思い出が蘇る。まだ言葉も拙く両親を困らせていた子供時代。マユが生まれてお兄ちゃんになるのよと言われ、喜びと使命感に燃えたころ。
 両親の愛情がマユにだけ注がれているようで、大切な家族で妹なのに、醜く嫉妬してしまった事。川で溺れてしまったマユを助ける事が出来ず、自分の無力に泣いた事。
 あのオーブの戦いで両親を失い、マユと二人、涙に暮れて過ごし、そしてダイノガイストの存在によってマユの心が守られ、そして救われた事。
 それから宇宙海賊ガイスターとして過ごしてきた、危険に満ちた、それでも愛すべきドタバタ騒ぎの絶えない日々が、一瞬でシンの脳裏に蘇った。
 ここで、終わる? おれが?  
 おれが死んだら……艦長は悲しんでくれるだろうあの人はなんだかんだで優しい、いい人だ。アルダは、鼻で笑い飛ばしてそれで終わりかなあ。テレビロボの奴は、ロボのくせに下手人間よりも人間らしいから、墓に花くらいは手向けてくれるだろう。
 ダイノガイストは、良く分からない。あいつがマユを大切に扱っているのはわかるけど、おれの事をどう認識しているかはわからない。おれの死でマユが悲しむのなら、おれに対してものすごく怒りそうな気はするけど。
 でもやっぱり一番気になるのはマユだ。もうお互いに最後の、血の繋がった肉親なんだ。
 もしマユが死んでしまったとしたら?そんな不吉な想像をした時の暗澹たる気持ちをシンはお思い起こし、マユにそんな気持ちをさせてしまう事に対する嘆きと悔しさが胸いっぱいに広がる。
 ああ、なんだ。こんな処で、おれは、

 

「死ねるかあああああ!!!」

 

 喉が破れるのではと思わされるほどの絶叫と共に、シンの思考がどこまで澄み渡り、全細胞にまで気力が充ち溢れる。同時に、これまで気付けなかったあらゆる事象を視覚、触覚、嗅覚、聴覚が捉える。
 見える。ブラストインパルスから放たれるビームもレール砲もミサイルも。
 装甲越しにルナマリアの放つ羞恥交じりの殺気さえ今のシンには見える。聞こえる。感じ取れる。絶叫の余韻がコックピットに残っている間に、両腰から抜き放ったフォールディングレイザー対装甲ナイフを逆手で抜き放つ。
 ケルベロスの二本のエネルギー流は回避し、迫りくるレール砲の超高速弾頭を、あろうことかフォールディングレイザーを抜き放つワンアクションで、弾き落とす。
 さらに迫りくるミサイルめがけてフォールディングレイザーを投擲し、胸部の20ミリCIWSで緩やかな弧を描くミサイルを薙ぎ払う。次々と爆発するミサイルの爆炎が、二機のインパルスを遮る壁となった。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 時間にしてわずか数秒の攻防に、シンの疲労は一気に高まっていた。自らの死を意識した瞬間からの行動は、もう一度やれと言われてもできるとは思えない早業であり、到底自分にできるとは思えない高レベルの技術が無ければできない離れ業だ。
 死を退け、生を掴んだ事を、自分の吐く荒い息の音で実感した。一方でルナマリアも、今も反応の残っているインパルスに気づき、改めてケルベロスを構え直す。
 ミサイルの爆炎は残っているが、それは気にせず、とりあえず牽制も兼ね、当たれば儲けもの、といった程度の意識でトリガーに指を添える。
 が、

 

「なに!?」

 

 周囲を囲むいくつもの小さな砲台が放ったビームが、それを許さなかった。

 
 

 小型砲台――ドラグーンが襲いかかったのはルナマリアのブラストインパルスだけではない。ネオとレイの駆るエグザスとソードインパルスにもまた平等に襲いかかっていた。

 

「これは、ドラグーンだと!?」
「っ、いよいよおでましというわけか。かくれんぼは終わりといいたいわけだな!」

 

 レイは、ザフトの技術の粋を集めて開発されたドラグーンの出現とそれを操る何者かの存在に、そしてネオはようやく姿を見せる気になった何者かの存在に、揃って声を上げた。
 一方シンは無数のドラグーンが自分を守る様に配置されるの見て、アルダの介入を理解した。
 レイ、ネオ、ルナマリア、そしてシンの四人が、新たに出現した反応に向かいそれぞれの機体のメインカメラを向け、アルダの乗ったプロヴィデンスガイストの姿を認める。

 

「ふふふふ、さあ、最初からクライマックスと行こうじゃないか」

 

 星と戦いの光を後光のように従わせ、ガイスター第二の戦闘能力を誇る機械仕掛けの巨人が、そこにいた。

 

「行け、ドラグーン!!」

 

 両腰及び背のバックパックに残されていたドラグーンがすべて飛び立ち、ソード・ブラストのインパルスとエグザスに向かって、猟犬の群れの如く光の牙を剥いて襲いかかる。

 

「アルダ!」
「サンダルフォンに早く戻れ。この場は私が引き受ける」
「でも、いくらなんでも一人じゃ」
「ふふ、私を舐めてもらっては困るな。この程度の連中を相手にする事など造作もないのだよ」

 

 アルダの言い分に従い、機体のバッテリー残量も危ういことも手伝って、シンは素直にサンダルフォンめがけてインパルスを動かした。
 すでにサンダルフォンもミラージュコロイドを解除して姿を現し、今この場はファントムペイン、ザフト、ガイスターの三勢力が入り乱れていた。
 突如出現したプロヴィデンスガイストと、ガイスターの母艦に気づき、ルナマリアが焦った声でレイに通信を繋げる。

 

「ちょ、ちょっとレイ、あれヤキンの時に造られたプロヴィデンスよね? なんで撃破された筈のあの機体が出張ってるのよ? しかもなんかアークエンジェル級モドキまで姿を見せているんですけど!?」
「落ちつけルナマリア。おれも驚いている所だ」
「本当に!? いつもと変わらないじゃない」
「とにかく、今はあの機体からの攻撃を回避するしかない」

 

 表面上は落ち着いてルナマリアを眺めすかしているレイだが、レイ本人からすれば驚いているのはおれの方だ、と言いたい所だろう。
 レイは、彼の家族が最後に乗っていた機体がプロヴィデンスであることを父親代わりのデュランダルから聞かされている。プロヴィデンスを含めフリーダムやジャスティスはそれぞれ一機ずつしか作られなかった特別な機体だ。
 しかもヤキン・ドゥーエ戦役の折に、跡形もなく消滅したはずではなかったか? なぜそのプロヴィデンスと思しき機体が、姿を見せたのか。
 あるいは姿をまねた偽物? しかし完璧にドラグーンシステムを再現し、あまつさえそれを使いこなす人員まで用意でいる組織とは?
 ザフト以外では、やはり地球連合が頭に浮かんでくるが、それを無意識にレイは否定した。なぜなら、あのプロヴィデンスガイストに感じている感覚は“懐かしさ”であり、それはネオに対して感じた不愉快さとは真逆の、好意に近いものだった。

 

(馬鹿な。なぜおれがそんなものを感じる? おれがそう思う人はギルと、今はもういない彼だけだ。……だが、あのプロヴィデンスモドキにこの感覚、一体どうなっている!?)

 

 一方でアルダは、こちらの仕掛けるドラグーンを巧み回避するソードインパルスの動きを見て、よくできた弟を見守る兄のような微笑を浮かべていた。

 

「二年ぶりだが、MSの操縦は上手いものだな。やはり“私”だからかな? いや、“君”だから、としておこうか。なあ、レイ?」

 

 それは心からの親愛の情を乗せた言葉だった。シンもマユもダイノガイストも一度も耳にした事の無い、暖かな声。そして、

 

「ふっふふふふ、やはり“貴様”だったな! ムウ・ラ・フラガ!!」

 

 プロヴィデンスガイスト目掛けて、側部からビーム刃を発生させて迫ってきたビームガンバレルをビームライフルで撃ち落とし、アルダはレイに向けていたのとは真逆の凍える瞳でエグザスを睨んでいた。
 サングラス越しにも鬼火の如く暗く深く燃えるものを、人は憎悪と呼ぶのだろう。

 

「つう、こりゃストライクモドキの新型君よりかなり性質の悪い相手に当たったな!」

 

 あまりに強烈かつ濃密なアルダからの思念の放射に、ネオはあり得ぬ幻の痛みさえ感じて口元を引き攣らせた。鯛を釣るつもりで餓えた鮫を釣り上げてしまったような、というのもおかしな話だが、そんな気分だった。

 

「にしても、どこの機体だ? ジブリール氏からはよその連中が動くなんて話は来ていないが……とっ、ちい!」

 

 ぼやくように呟いたネオだが、すぐさま周囲を囲むドラグーンの動きに気づき、エグザスの機動性を最大限に生かした、常人には到底真似できない複雑な機動で光の雨をかわしてみせる。

 

「こりゃ、いよいよ潮時だな。でないとこっちの命が危ない。しかしあのアークエンジェルモドキ、どこかで見たような?」

 

 それがかつての己の命を奪った艦と同一のものであるとは露とも知らず、ネオはプロヴィデンスガイストとサンダルフォンの姿に、かき乱される自身の心を訝しんだ。

 
 

 たった一機であの四機を翻弄するアルダとその機体であるプロヴィデンスガイストを、ぽかんと口を開けて見ていたシンが、サンダルフォンからの誘導ビーコンに気づき、慌てて機体の相対速度を調節し、サンダルフォンの前方で減速する。
 艦長に一言断ってとりあえず着艦し、マユの安否を確認しようと意識が働いと時、さらにこの宙域に出現した反応に気づいた。いや、正確にはアーモリーワンの内部から姿を見せた新造艦ミネルバに。

 

「間に合ったのか。ザクが二機、ミネルバのMS部隊か。流石に六対一じゃ、アルダでも」

 

 急いでバッテリーを補充して、こちらもザクかウィンダムにでも乗り換えて援護に行こうと、と考えたシンの視界を、サンダルフォンの甲板から飛び立った巨大な影がよぎった。
 あまりに近距離を通り過ぎた高速の物体に、思わずシンは眼を見開くが、それが自分の良く知っている存在だと気づき、すぐにインパルスを振り返らせて、ソレの後を視線で追う。
 その正体は無論、さきほどまでじっと待ち続けていたダイノガイストである。何がきっかけとなったか、自分の動く時と判断したらしい。
 とはいえガイスターの首領が直々に動くとなれば、自分が援護に行く必要はないとシンは判断し、サンダルフォンに着艦する事に決めた。
 マユとダイノガイストの交際(?)については異議のあるシンも、ダイノガイストの戦闘能力に関しては、絶大な信頼を寄せている事も確かな事実であった。
 ゆるやかにサンダルフォンの格納庫に着艦し、メンテナンスベッドに機体を固定させて自動整備ロボットがインパルスの状態をチェックしてバッテリーの補充に掛かる。
 ふと、シンは素朴な疑問を口にした。

 

「しかし、なんで今頃動き出したんだ? ダイノガイストは?」

 
 

 三対一とはいえ、ドラグーンの圧倒的な優位性と多対一を想定して開発されたプロヴィデンスの強化機体プロヴィデンスガイストの猛攻の前に、レイ、ネオ、ルナマリアは回避が精いっぱいで反撃も行えずにいた。
 ただしレイに対してはいささか手を抜いている節が見受けられる。ここら辺はアルダの心情によるものであろう。
 ドラグーンでインパルスやエグザスをいいように翻弄するアルダも、シン同様にミネルバの熱源を探知し、そこから出撃してきたザクや、アーモリーワンのMS部隊の機影を確認していた。
 総数三十あまりの部隊だ。アルダでも多少手こずる数ではある。もっとも、負けるつもりなど露ほどもないが。さて、ドラグーンを何機かさいて彼らを丁重に出迎えるか、と考えたアルダだが、そこで待ったをかけた。
 サンダルフォンから高速で接近する巨大な機影を確認したからだ。このタイミングでの出撃に、アルダはダイノガイストが待っていたもののが漠然とわかったような気がした。圧倒的多数の敵。それを苦もなく打ち破る強者の姿はさぞや映え映ることだろう。
 ダイノガイストが待っていたのは、つまりは――

 
 

 一方、アーモリーワンの軍港から出港したミネルバも、残るMSパイロットを出撃させ、てブリッジを遮蔽し、トリスタンやイゾルデといった仰々しい名前を付けられた主砲や副砲をスタンバイさせていた。
 最も艦長であるタリア・グラディスの心中は穏やかではない。
 進水式のはずがいきなりの実戦に変わってしまった事は、もうどうしようもないこととして割り切れるし――女ながらに、と叩かれる陰口を黙らせるいい機会と考え直した――今は目の前の現実がもたらす被害を最小限に抑える事が最優先だ。
 とはいえ……。
 チラ、とタリアは自分の背後でオブザーバー席につく男に視線を一瞬だけ振り向けた。そこにいるのは知的で穏やかな白磁色の顔立ちに、黒髪を長く延ばした三十代頃の男。誰あろう、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルその人である。
 なにがうれしくて自国の最高権力者を戦闘の真っ最中に艦橋にあげなければならないのか。しかも、今このミネルバにはオーブ代表カガリ・ユラ・アスハもいるのだ。はっきりって余計にもほどがあるお荷物を抱えているといっていい。
 デュランダルが艦橋に姿を見せてから何度目になるか分からない溜息を、心の中でそっと吐き出して、タリアは力を取り戻した瞳でメインモニターを見つめた。
 もっともこちらの現実も甚だ芳しくない。どういうわけか、謎の敵とミネルバの誇るエース、ルナマリアとレイを同時に相手にしているのは、先の大戦で戦争犯罪者とされたラウ・ル・クルーゼが最後に乗っていた核動力機プロヴィデンスに酷似した機体だ。
 しかも当時のザフトの最新技術であったドラグーンも完備している様子で、レイやルナマリアはいい様に翻弄されている。あまりに混沌とした、整理のつかない状況にタリアは臍を噛む思いだった。
 だから、プロヴィデンスガイストの姿を見たデュランダルが、一瞬だけその顔を強張らせたことに気付かなかった。
 加えて言えば、さらにモニターに注目しなければならない事態が起きたというのもある。ブリッジクルーのバート・ハイムが、実に音速の十数倍という途方もない速度で迫りくる高熱原体の存在を報告したからだ。

 

「メインモニターに映します」

 

 そして、メインモニターに映し出されたソレに、艦橋の誰もが息を呑んだ。副長アーサー・トラインなど大仰にええぇーー!?とまで叫んでいる。

 

「何だ!?」
「何?」
「こいつは!?」

 

 それはプロヴィデンスガイストに悪戦苦闘しているレイ達も同様だった。一般的なMAやMSでは考えられない超高速で戦場のど真ん中を突っ切って姿を見せたのは、宇宙の闇に溶け入ってしまいそうなほどに深い漆黒の戦闘機だった。
 彼らは知っていた。直接目にした事は初めてでも、その存在は半ばいける伝説と化してこの地球圏に知れ渡っていたのだ。
 アルダの口元の笑みが、愉快そうに吊り上がった。今頃ファントムペインやザフト連中はさぞや驚いていることだろう。今回の新型機強奪劇に、自分達宇宙海賊ガイスターが関わっていた事に。
 そう。あの黒い告死鳥のごとき戦闘機こそ、なによりもガイスターの存在を象徴する存在なのだ。今の地球圏の軍関係者で、アレを知らぬ者などいはしない。
 自分がどれほどこの場にいる皆の耳目を集めているのか分かっているのか、戦闘機はちょうどガーディー・ルーやミネルバの中間距離で逆噴射によって減速しながら変形を始めた。
 折りたたまれた足が展開し、主翼がスライドし、機首が根元から折れ曲がる。そう、ほんの瞬く間にトランスフォーメーションを終えた巨大戦闘機は、やはり巨大な人型へとその姿を変えていた。

 

『チェーンジ! ダイノガイストォ!!』

 

 宇宙海賊ガイスター首領ダイノガイスト。現在、地球圏最強を謳われる出自不明の、謎の巨大MS。
 突然のダイノガイストの出現に、時が凍りついたように張り詰めた雰囲気が満ちる中、ダイノガイストは、アーモリーワン近海に存在するすべての者達に通信を繋げ、厳かに宣言した。

 

『初めまして、諸君。おれ様が宇宙海賊ガイスター首領、ダイノガイストだ』

 

 どこまでも不敵な、自信に満ち満ちた声が、虚ろな宇宙に響き渡った。
 ダイノガイストが待っていたもの。それは――――――――――――ぶっちゃけ出番であった。あるいは見せ場といっていい。えてしてラスボスというものは目立ちたがりなのである。……………………多分。

 

          *          *          *

 

 宇宙での新たな騒乱の前兆ともなる死闘が繰り広げられている事を知らぬ、とある地上の都市。そこの中心部に存在する摩天楼の如く巨大な建築物の豪奢な一室に彼はいた。
 目につく調度品のどれ一つを取っても、並みの大金持ちクラスでは一生縁の無い、超を幾つつけても足りぬ高級品ばかりであった。
 来客用の椅子に腰かけた男は、供された紅茶の香りを楽しんでいた。冷めた金の髪にどこか子供じみた無邪気さと残虐さを兼ね備えたアイスブルーの瞳。ダイノガイストとの交渉ルートを持つ唯一の地球人である、あの男だ。
 喉を滑り落ち得て行く紅茶の熱と、鼻孔に残るふくよかな香りの余韻を楽しんでから、青年は山積みの書類と格闘しているこの部屋の主に声をかけた。余人はいない。部屋の主に頼んで、二人だけにしてもらってある。

 

「どうです? 今度は良い返事をもらえるかと期待していたんですガ」
「申し訳ないが今回も貴方達ロゴスへの参入は断らせていただきます」

 

 固い口調にはわずかに敵意と嫌悪が混じっていた。それだけで部屋の主――青年の半分ほどしか生きていな十代中ごろの少年だ――が、ロゴスなる組織へ決して友好的ではない事が窺い知れる。
 休むことなく動いていた判子を押す手を止めて、少年は青年をまっすぐに睨み返してきた。この年で世界でも有数の巨大財閥の長となった少年は、ずいぶんと汚いものも見てきたであろうに、決してけがれる事も折れる事もない輝きを瞳に宿していた。

 

――どうにもあの瞳は苦手ですネ。

 

 カップをソーサーに戻し、青年はまあ答えは分かっていた事だ、と肩を竦めた。それに用件はほかにもある。
 先ほどはロゴスのメンバーとしてこの若く、そして恐るべき才覚を秘めた少年を汚い大人の輪の中に誘い込もうとしたが、まあこの少年の性格を考慮すればにべもなく断られるのが妥当だし。

 

「ま、ぼくはそれで構いませんがね。ところで、世界横断鉄道と、軌道エレベーター計画の方はどんな具合です? 君がロゴス入りを拒んでいる事に対してご老人方は多少制裁を加えるとか言ってましたが? あ、それと敬語は結構。堅苦しいのは好きじゃないんでネ」
「では、お言葉に甘えて。……確かにいくつかの銀行や企業がうちとの提携を断ってきたが、それでも問題はないさ。流石にどちらの計画も数年から数十年単位の大事業だが、その分遣り甲斐はあるさ」

 

 地球をぐるりと一周する世界初の最長鉄道網及び全長五万キロに及ぶ軌道エレベーターの建設計画は、多くの識者や常識人達の嘲笑を浴びながらも、この若い少年の下で日々確かな形を得ていた。
 青年は、瞳を輝かせて語る少年の姿を、かつて自分が失った大切なもののように感じ、ちょっとだけ損得勘定を抜きにして協力してきた。今日はその進捗状況の確認も兼ねて来たのである。

 

「しかし、なぜ貴方がここまでおれに協力してくれるのか、正直分からないな。何を考えているんです? ムルタ・アズラエル総帥」
「さあ、内緒です。ぼくは君と違って汚れきった大人ですからネ。いろいろな打算や思惑があって君に協力しているんですヨ。まあ、君がコーディネイターを凌駕する天才のナチュラルという点に、期待を寄せているのは確かですけどネ。
 地球を網羅する鉄道網に軌道エレベーターの建設と五万キロの道を行くSL。今だ人類の成し得ていない大事業を、ナチュラルの君が果たす、というのはなかなか胸のすく思いにしてくれる夢なんですヨ」
「おれは夢で終わらせるつもりはない」

 

 事実、すでに世界の三か所で、軌道エレベーターの頭頂部となるステーションの建設が進められている。オーブ保有の低軌道ステーションアメノミハシラと同等かそれ以上の規模を持つ施設の建設は国家規模のプロジェクトといえよう。

 

「そうですか。ちなみに、その鉄道網の防衛用兵器の開発の進捗はいかがなもので?」

 

 兵器、という呼び方に、少年はあからさまに不満げに眉を寄せたが、それでもアズラエルに返事はした。彼らを生み出す技術のいくらかは目の前の前ブルーコスモス盟主によって供与されたものだからだ。

 

「今はまだ“MG”がなんとか完成にこぎ着いたところさ」
「ふうん? てっきりGの方だけかと思っていましたが、MGまで辿り着いていたとは。やはり君は侮れませんネエ? 下手をしたあと数年もしたらアズラエル財閥が食われそうで怖いものです」
「よく言うよ。世界最大規模の軍需企業の長が、どの口で言うんだ?」
「この口で」

 

 どういっても言い返してくるアズラエルに対して苦笑し、少年は書類との格闘作業に戻った。アズラエルは自分でもう一杯紅茶を注ぎ直す。

 

――これでも割と商売抜きで協力してるんですけどネ。ま、信用が得られないのは自業自得という事で。

 

 それから、ふとアズラエルは窓の外に映る青い空を見上げた。地球の青い空のはるか彼方の、暗黒の世界で、彼らガイスターは今頃プラントの開発した新型機をめぐり、ファントムペインやザフトと死闘を繰り広げている頃合いだろうと。
 MGの開発や軌道エレベーターの建設に、ダイノガイストとの取引で手に入れたエイリアン・テクノロジーが用いられている事を考えてみた。
 宇宙の犯罪者であるダイノガイストがもたらした技術が、自分達地球人類を新たなステージに連れて行くというのは、どこか皮肉めいたものに感じられた。

 

――利用できるものは何でも利用しないとね。

 

 そう思い直し、アズラエルは再び紅茶を楽しみ始めた。自身の下で開発させているMGともダイノガイストとも異なる超規格外兵器の完成を、ひそかに楽しみにしながら。