宿命_第02話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:15:34

「あ、おかえり、シンくん」
「遅かったね、何かあったの?」
帰って早々心配されてしまった。
「いや、珍しいものがいろいろあってさ。
 悪いな、心配させたみたいで・・・」
「本当だよ。せめて念話を常時許可してくれればよかったのに・・・」
アルフが忌々しそうに言うのを、フェイトがなだめる。
「しかたないよ。シンがこっちの人間だって事、ばれないほうがやりやすいから・・・」
「そうだよぉ。シンくんは、切り札なんだからね」
マユもそれに参加する。が、
(マユ・・・なんか雰囲気が変わった?)
何処となくだが、シンはそう感じた。

 
 

「さぁ、これでお終い、っと」
食器棚のガラスをスライドさせながら、高町桃子は娘に向かって微笑みかけた。
「うん」
手を拭きながら、なのはは母を振り向いた。
「さて、それじゃあ。
 大事なお話って、なぁに?」
「うん・・・」
先ほどアースラにて話をしてきたなのはは、ある決意をしていた。
母に出来る範囲で打ち明けて、許してもらって、あの女の子の心を開いてあげにいく事を・・・

「女の子と会ったの・・・とても優しそうなんだけど、冷たい瞳をしている子・・・」
桃子は黙って我が子の話を聞いていた。
「その子を助けてあげたいの。沢山、笑わせてあげたいの」
なのはは信じていた。
優しいあの子は、きっとかつて良く笑う子だったのだと・・・
「なんで、それをなのはがする必要があるの?」
「え・・・?」
当然の疑問だが、母の鋭い視線に、なのはは怯んでしまう。
「親だって、話す相手だっているんでしょう?ましてや、なのはは別に友達と言うわけでもないんじゃないの?」
「友達、だよ・・・ううん、友達になるの」
桃子は娘の覚悟の大きさは感じていた。
しかし、二つ返事でOKを出すわけには行かないのは、親なのだから当たり前だろう。
「そうなの・・・でもね、学校が終わってからいく分にはかまわないけど、そうじゃないんでしょう?
 それに、何度も言うけど、それをなのはがやる必要は、ないんじゃないかな?」
「ううん、学校を休むのは悪い事だってことはわかってるの。
 でも・・・これはわたしじゃなきゃ駄目なの・・・」
「どうして?」
「それは・・・わたしも一人ぼっちがわかるから」
桃子は、なのはがそんなことを思っているなんて知らなかった。でも、今は自分を信じる事にした。
「それは、お父さんの怪我のときの事?」
「うん。あの時は、本当に一人ぼっちだと思ってた」
「それは、きっと勘違いよ?」
『きっと』そう付け加えなければいけない自分が、桃子はもどかしかった。
「うん。そうだった。
 家の中では浮いてたけど、外に目を向けたら友達が出来た。
 そしたらね、家の中でも『あぁ、家族なんだな』って思えるようになったの。
 でもね、お母さん、それに気づけてない子がいるの。
 力になって・・・あげちゃ駄目かな?」
わたしが皆にしてもらったみたいに・・・と。
桃子は自分を恥じた。
娘が自身を『ひとりぼっち』と言ったときに、彼女は一瞬我が耳を信じれなかったから。
そして、その娘が自分の答えを見つけている事を見抜けなかったから・・・
「いっぱい心配かけちゃうかもしれないけど、詳しい事は何もいえないんだけど・・・」
「そんなの、何時だって心配よぉ」
桃子は両の手で顔を覆った。そして、
「だけどね、やっぱり応援してあげたい。
 もう、決めた事なら、やらせてあげるしかないものね。
 決めた事、なんでしょ?なのはが自分で、ね?」
「うん」
「ならいってらっしゃい。
 後悔しないように、ね?」
そういって、なのはの頭をなでた。
「お父さんとお兄ちゃんは、母さんがちゃんと説得しといてあげる」
「うん、ありがとう。お母さん」
決意は固まった。
正直鈍りそうだったけど、それでもやはり、これがなのはにとってのやるべきことなのだ。

 
 

ジュエルシードの輝く部屋
「約束の地、アルハザードのために・・・あなたたちにも、手伝ってもらうわよ」
プレシアはシンには決して見せはしなかった冷酷な瞳を、三人の少年に向けていた。
彼らはシンと違い、記憶と共に人格を破綻してしまった、いわば失敗作。
(だけどそれだけに、利用は容易い)
暗鬱な空気の流れる部屋には、邪悪な希望のみが陰鬱に渦巻いていた・・・

 
 

寝る前、シンは今日あったことを思い出していた。
先ほど聞いた話では、ジュエルシードは見つかったけど邪魔が入ってしまったようだ。
フェイトも状態があまりよくなかったために、逃げの一手を取ったらしい。
実際にはマユが適当に“遊んでいた”ことをシンは知らない
が、そんなある意味夢物語の範疇の話を聞いているよりも、シンには今日図書館であった少女の事が思い返された。
足が麻痺していて、両親は物心ついたときからいなかったそうだ。
そんな状況でなぜ関西(ここからは遠いらしい)から引っ越してきたのか、ということはどうも釈然としなかった。
いろいろ聞きたいことがあった。
はやてなら何を聞いても笑いながら答えてくれるかもしれない。それぐらい、優しい雰囲気を持った少女だった。
(でも、辛いことを聞いたら確実に悲しむ事になるよな・・・)
そんな感じに、シンはどこか、この世界に馴染んでいた。
それは同時に、未練を残すということでもあった・・・

 

「フェイト、駄目だ。空振りみたいだ」
湖のほとりに、フェイトは立っていた。
「そう・・・」
「やっぱ、向こうに見つからないように探すのは、なかなか難しいよ」
向こう、と言うのはつまり、なのはたちのことだ。
「うん。でも、もう少し頑張ろう」
そういうと、フェイトは腕に巻かれた包帯を解いた。
「マユ、今夜わたしの援護してくれない?」
「へ?別にいいけど、何やるの?」

 

フェイトは取り敢えずの作戦をたてて、聞かせた。
「ちょっとフェイト、それはいくらなんでも危険じゃないのかい?」
「大丈夫だよ、マユがいるから。封印は、マユがやってね?」
「うん、わかった。そういうことなら任せてよ」
「ありがとう。アルフも、わたしがもし気絶でもしちゃったときにはよろしく」
「あ、あぁ」
危険ではあるが、止めるわけにはいかない。
そのことはアルフも良く分かっていた。
「シン、シンは見守っててくれないかな?」
「見守る?邪魔だから下がってろじゃなくてか?」
「ううん、そうじゃなくって、敵が増えたときとかに皆に教えて欲しいの。
 もしかしたら、乱戦になるかもだから」
シンの言葉に、フェイトは困ったような顔をして答えた。
「あぁ、わかったよ」
シンもそれに納得する。
大まかな作戦は決まった。
決行は、この夜に・・・

 
 

フェイトがなにかをつぶやいている。
魔法の詠唱らしいのだが・・・
「海に魔力をぶつける、か・・・」
魔法と言うものはどうも威力を高める事に長けたものと広域放射する事に長けたものがいるらしい。
フェイトによると、自身は前者らしい。
それでもこんな無茶をする理由、それは・・・
「海の中にあるのはわかったんだけどねぇ」
という、マユの一言によるものだった。
そしてフェイト曰く、魔力をぶつければジュエルシードは活発になる、との事であった。
だが・・・
「あれ、大丈夫なのか?」
ジュエルシードの魔力(?)のせいか、海がフェイトの魔力を弾き返し、フェイトをねらっていた。
「大丈夫だと思うよ」
ふと、後ろからマユに声をかけられた。
「マユ・・・そうだと、いいんだけどな」
シンはマユを信じ、しばらくマユと話していようかとも思ったのだが、そうはいかなかった。
「!?・・・空間が・・・歪んできてる・・・」
マユは目を見開いていた。
「管理局って奴らか?」
シンの問いに、マユは首を振った。
「ううん、わたしが逆探知できない辺り、歪みは一方向からだけじゃないかも・・・」
一方向じゃない?
「いったいどういう意味だ?」
「意外と早かったな、って事だよ」
そういうとマユは、デバイスを起動した。
そして、駆け出しそうになった足を緩め、振り向き、俺に尋ねた。
「シンくん、わたしがシンくんって呼ぶことに、違和感ある?」
いきなりわけのわからないことを聞かれたが、マユは何時になく真剣な面持ちだ。
「正直言うと、結構」
「そっか・・・じゃあ、おにいちゃん、ってのは?」
「は?」
シンは大量の疑問符に包まれていたが、マユは微笑みをシンに見せ、前を向き走り出した。
行く先は、フェイトとは少し座標のずれた海の上のようだ。
「って、あれは・・・」
その期にフェイトを見ると、子供が二人増えていた。
「フェイトを助けてる、のか?」
そのうちの白い服の少女は、フェイトに魔力を分け与えていた。
シンは、お兄ちゃん発言については後回しと決め込んで、全容を把握しようとポジショニングをはじめた。

 

「どこにくるのっ!?」
マユは走りながら現状の把握に努めていた。
その様子はクロノと戦ったときとは打って変わって、真面目そのものだった。
しばらく走り続けると、思い出したように振り返った。
「だめ、おにいちゃんから離れすぎたら・・・」
転移してくる場所を探している間に、シンのもとに転移されては元も子もない。
危険に曝すわけには行かない。
大好きな、そう、大好きな『おにいちゃん』を・・・

 

突如、目の前の空間が歪んだ。
「何だ?何か・・・出てくる?」
そのまま渦となって、そこから人が出てくる。
「って、人!?なんで?」
「・・・」
色の薄い髪の毛の少年だ。その少年は、無言で耳に手を当てた。
「フォビドゥン」
そう呟くと、耳につけていたイヤホンが形を変える。
「デバイス!?管理局の魔道士か?」
かと、シンは察したのだが・・・
「管理局?あんな奴らと一緒にするなよ・・・」
とてつもなく不機嫌で無気力に否定された。
「俺は・・・まぁ、いいや。
 お前死ぬしな」
イヤホンは変形を完了し、大鎌に変形した。
そして、その鎌がシンに振り下ろされようとしていた。
「おにいちゃん!?」
マユの声が聞こえた。
あぁ、あの少女に見守られて死ぬのか、などと、シンは考えていた。
しかし、マユの声が聞こえたっきり、俺に鎌は当たらなかった。
「・・・?」
シンは恐る恐る目を開くと、そこには
「・・・ッ!・・・」
苦痛に顔をゆがめるマユの姿があった。
「なに・・・お前?」
「わたしはキミと同じだよ。
 プレシア・テスタロッサにいいように使われている悲しい魂」
「あぁ、お前が『マユ』か・・・」
少年は思い当たるところがあったようだ。
だが、そんな事はどうでも良かった。
「マユ!?大丈夫なのか?」
目の前の少女が、心配だった。
「う~ん、駄目かも。
 魔力流し込まれちゃって、治癒が出来ないや」
あっけらかんと、実に明快に、マユは言ってのけた。
「な・・・」
が、マユの言葉に、シンは絶句した。
しかし、マユはそんな事を気にせずに続けた。
「わたしね、記憶が戻ってたんだ。
 それでね、シンくんはおにいちゃんだったの」
「マユ、何言ってるんだ?」
「ごめんね、後は、自分の記憶に聞いて」
シンの質問を半分無視して、マユは少年に向きなおった。
「バインド」
そして、マユがそう呟くだけで、少年は身動きひとつ取れなくなった。
「フェイトちゃんは連れてかれちゃったか・・・
 仕方ないなぁ」

「マユ?」
シンの呼びかけに、マユは振り返った。
「シンくん、この人たちはプレシアさんの仲間だよ。たぶん、わたしたちを排除しにきた・・・」
「マユ、もういい。もう喋るな。血が、出てるじゃないか」
呼んだのは説明を求めるためなんかじゃない。
マユを止めるためだ。
「いいの、どうせわたしは死んでいたんだもん」
「マユ!」
諭そうとしても、シンは納得してはくれなかった。
心配されている実感があったことは、やはりマユにとってもうれしい事だった。が、
「魔力によるつながりを絶って、この人と、海にいる人を元の世界に」
「了解」
それだけで、マユの言葉は施行された。
目の前と、先ほどまで宙に浮いていた少年が消えたのだ。
「さて、おにいちゃん。いきなりだけどわたしね、もう・・・駄目かも・・・」
言い終わるよりも前に、マユのひざは、足は、力を失った。
「マユ!?」
頭を腕で支えてやる。
「あはは・・・ごめんね」
「何を謝ってるんだ!何でそんな平然としていられるんだ!?」
「謝ってるのは・・・なんでだろうね。
 でもね、平然としているのは、これが決まっていた事だったからだよ」
「決まって・・・いた?」
先ほどからこの少女のいっている言葉の意味がわからない。
「うん。あのね、プレシアさんは、わたしが元の世界で死んで、魂だけが時の庭園に降り立ったのを見て、わたしに魔法をかけたの」
「魂だけ?」
「うん。だからね、わたしは痛みを感じない。
 けど、あの鎌は対抗呪文だったみたいだね。
 わたしを動かしていた魔力が無くなって、あと少しで動けなくなる」
それでも痛みは無いんだけどね、なんていって、マユは笑っていた。
「魂だけって言うのは、記憶に聞いて。
 今、解除呪文をかけるから」

 

すると、ハイ、と言っただけで、俺の記憶が全て戻った。
「マ・・・ユ・・・?」
「うん、おにいちゃん」
(そうだ。
 マユは俺の妹で・・・俺の目の前で、死んだ・・・)
「だから・・・魂だけ?」
「うん。もう時間が無いから、記憶になさそうな事を説明していくね?」
「あ、あぁ」
確かに鎌の傷口はだんだんと広がってきていた。
そして、マユはいろいろな事を俺に話した。
曰く、先ほどの男はプレシアの手駒で、後二人いるとの事。
曰く、その手駒と自分は、戦時下において性格や考え方が『ただひとつの事』を除いてがらっと変わってしまうと言う事。
曰く、自分の魔法には時間制限がかかっていて、どうせあと少しで死んでいたということ。
関連して、だからさっきの男はシンを殺し、証拠を消そうとしたのだと言う事。
曰く、フェイトのケガはプレシアが理由だったという事。
そして、
「わたしがすごい魔法を使える理由。
 それはね、おにいちゃんのリンカーコアを持ってるからなんだ」
「リンカーコアって、あの?」
リンカーコアとは、一人ひとつ体内に持っているもので、その能力=基礎魔力と言われている。
それを、俺はプレシアさんに奪われ、マユに移植されていたらしい。
(つまりマユの死と同時に俺の魔力も殺すつもりだったってことか・・・)
「そうだよ。それでね、おにいちゃん」
「ん?」
「もうわたしの存在自体薄れてきちゃったから、今ならおにいちゃんでも取り出せると思うんだ」
取り出す?
「それで、どうするんだ?」
「わたしの右胸に手を押し当てて。
 そうすれば、適合者の手に戻るはずだから」
「あぁ、って、胸!?」
シンが素っ頓狂な声を上げると、マユがため息を吐いた。
「妹なんだって、言ってるでしょ?」
シンは反論をとこうかとも思ったが、時間が無いのは事実のようだ。
そして、右胸を触った。
「ぁ・・・」
「んな声を出すな、兄弟だろう?」
「うん、でもこの世界は『兄妹間』ってのも認められているらしいよ?」
確信犯じゃないか・・・

 

そんなこんなで、リンカーコアを俺は手に入れた。
いや、取り返したのか?
そのときの光で、マユの表情を俺は見れていなかった。が、
悪戯をし終わったような笑みをマユは浮かべていた。