宿命_第13話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:22:10

一つの夜が明けて、俺はベッドの上で目を覚ました。
側で車椅子に座ったまま寝てしまっているはやてを見ながら、昨晩あったことを思い出しながら、意識が覚醒しだした。
(そっか・・・ 俺、負けたんだな・・・)
全てを護ろう、なんてことがどれだけ愚かかは、自分が一番良く分かっているつもりだった。
だが、それを求めてしまった。
心地よい生活と時間をくれた彼女らを、どちらも護りたかったのだ。
その気持ちは、今も心に残っている。
ふと、はやてが首を前に倒しすぎたようで、苦痛の声を上げる。
「ん・・・ぅん?・・・おはよう?」
そして目の合ったシンに、朝の挨拶を告げた。
「おはよう、はやて・・・」
今挨拶を返せるほど近くにいる少女だけを護るべきなのか、それともまた同じ道を通るのか・・・
シンの中では答えは出ているはずなのに、まだ迷ってしまう。
迷いのままで何を話せばいいのか分からなくなってしまう。
そんなちょっとだけ思い空気を換気するかのように、ドアが開いた。
「とは言っても、もうお昼ですよ?」
そう言いながら、入ってきたのはシャマルだった。
シンと違って昨晩の戦闘が尾を引いてる事は特にないようだ。
「せやったら、わたしはご飯作ってくるね?」
言い、部屋の前に待っているシグナムの元へ行った。
二人の階段を下りる音を聞きながら、シンはシャマルがベッドに座るのを見ていた。
否応無しに重くなりそうな空気を払拭するため、シンも上半身を起こした。
「汗、かいてますね」
下から持ってきたのであろうタオルで、シンの額を拭った。
「別に、病人でもないのに・・・」
なんとなく気恥ずかしくなって言ってみた。
思い返すと、病気になったところで、今までは汗を拭ってくれる人なんかいなかったような気がする。
(レイにやられてもうれしくないしな・・・)
ではなく、こんな情けない状態にはならなかったのだ。
「・・・どんなに辛い訓練の後でも、なんともなかったしな・・・・・・」
「体は大切にしなきゃ駄目ですよ」
ボソッと呟いたが、シャマルには聞こえていたようだ。
「大丈夫。俺にはあんたの料理を食べれるものにするって使命があるからな」
「ありません!!」
突っ込まれたが、本当に大丈夫のつもりだった。
『使命』とかではなく、一人の人間として、護りたい人を護る事だけは、何があろうと貫き通すつもりだったから・・・

結局シンは起きて一階に降りる事にした。
ここまでの蒐集活動がたたって長い事寝ていたので、ベッドにいても寝なおせるわけでもなかった。
取り敢えずはやてには昨晩不良の喧嘩に巻き込まれたことにしておいたらしい。
とっさの機転を加えてくれた事に感謝しつつリビングのドアを開けると、先ずヴィータが駆け寄ってきた。
「大丈夫なのかっ!?」と、心配そうな声を出すので、「大丈夫だ」と、出来るだけ強く言った。
「そうか・・・よかった」
「心配してくれたのか?」
「当たり前だろ!!何処のどいつかも知らない奴に負けやがって・・・」
そう聞いて、ふと、疑問が浮かんだ。
「お前達は俺が闘った相手を見たのか?」
「見てはいないが、お前の傷からただ転んだだけではないと判断した」
それまで座っていたシグナムが答えた。
「そうだぞ。
 シャマルがいなかったらどうなってたか・・・」
たしかに背中からビルに突っ込んだ記憶はあるが、あの時はケガなんて気にもしていなかったように思う。
「なんにしろ助かった、ありがとう」
3人に礼を言い、左肩を回してみた。
「そういえばザフィーラとムウさんは?」
右肩を回しながら聞いた。異常はないようだ。
「散歩だそうですけど・・・」
「最近あの二人は良く散歩に行くようだな」
シャマルの言葉にシグナムが続けた。
「でも、そういうとなんていうか・・・」
そんなシグナムの言葉にシンがなんとも言えない感じで言葉を発しかねていると、
「オッサンくさいな」
ヴィータが何の気なしに切り捨てた。

兼用飯を食べてから、シンはシグナムに頼みごとをすることにした。
先ほど、ベッドで目覚めたときから考えてきた事だ。
自分の意志貫き通すためには、どうしても力がいる。
そして今、自分が通らんとする道は、多分棘の道。
「だから、力が必要なんだ」
突発的なシンの発言に、シグナムは虚を突かれた。
そしてなんとなく言葉の意味を理解し、
「わたしが魔法について何かを教えるような事は出来んと思うが・・・」
申し訳なさそうに答えた。
確かに魔法の能力については、シンは、今八神家にいる誰よりも高いだろう。が、
「そうじゃない」
あの時、自分に足りなかったものは魔力ではない。
むしろ、全力で戦っていれば負ける事などありえなかっただろう。
しかし、あの時は枷があったのだ。
あそこで本気を出していたら、それで存在を掴まれてしまうかもしれなかった。
そうなるとコントロ-ルが完全には利かない自分の魔力が察知されかねない。
それ故に、自分は手元に武器を一つ出し、その出力も最低限に抑えざるを得なかった。
「だから、剣術を教えてくれ」
「そんな事を言われても、わたしは人に教える剣など持ち合わせてはいない」
断られようが、それだけで引き下がるわけには行かない。
「だけどっ――」
「だが、」
その旨を伝えようとするが、シグナムに割り入られてしまう。
「実戦形式でお前と武器を振り合う事は出来る」
どこか楽しそうな顔をしながら、シグナムが続ける。
「そんなのでよければ、相手になれるが?」
「十分だ」
是も非もない。
それこそが、望んでいたことなのだから。

魔力を出来るだけ放出しないとは、つまりハンデを負うような物だ。
その状況下で十二分に力を発揮するには、今の武器に慣れるしかないのだ。
力を手に入れても、今のシンに見えている道が正しいものかは分からない。
それでも、いや、だからこそ、あらゆる状況に対応できなければならなかった。
「わたしは実戦どおりに剣を揮う。
 お前はそれをかわしてわたしに一撃を入れてみろ」
見渡す限りに砂ばかりの空間へやってきて、シグナムはそれだけ言うと剣を構えた。
そしてそのままの姿勢でシンに迫る。
「インパルス!!」
シンはそれにヴァジュラの名の剣で対応した。
が、シグナムは構えたところからあまりずれない姿勢で、つまり、突きに近い形で迫ってきたため、シンはそれを避けるしかない。
「良い判断だ。
 自分の武器のことはきちんと把握しているようだな」
言うとおり、シンの剣はシグナムのそれと違って、魔力の塊のようなものだ。
それゆえ刃がどうしても完全に諸刃になってしまい、防御には向かないのである。
「が、逃げ回れば体力を消費する。
 これはお互いにいえることだが、お前は私より体力がある自信があるか?」
要するに、『逃げずに戦え』と言うことだろう。
一度互いに間合いを開き、シンは間は置かずにシグナムへ迫ることにした。
「レヴァンティン!!」「Explosion!!!」
叫ぶシグナムと剣。
そして、剣は灼熱の炎をまとった。
この状態と、シグナムが先天的に保有している剣の技量。それらを一身に向けられれば、シンとてただでは済まない。が、
(こうなれば、この人だって・・・)
武器からは常に魔力が放出される。そこに上から切りかかれば……
「むッ!?」
左に避けた。いや、『避けざるを得ない』のだ。 魔力量はシンの剣に劣れど、炎が眼前に迫るのはスキを生みやすい。
その事を考えていたシンは、『避けられる』事を前提に剣を振ったため、両足を軸足とできるようにしておいた。
(左に避けた、なら!!)
そのままの姿勢で、あらかじめ整えて置いた態勢で、左を軸足に、右足で半回転蹴りを放った。

が、「レヴァンティン」の一言で炎が納まった剣で左足を払われてしまう。
「ぐぁっ・・・」と口から音が漏れ、前のめりに砂面に倒れる。
「考え方は悪くないが、それは格上や多対一ではまず決まらんぞ?」
言葉を聞きながら立ち上がり、シンは口に入った砂を吹いていた。
「それも、だな。
 戦っているときは地の利も必要だ。戦っている場所は把握しておけ。
 この場所で口をあけたまま倒れるなど、敵に背を向けるようなものだ」
「分かった。
 そうだな、ここだと足は遅くなりやすい、か?」
先ほど感じた事を言ってみたが、
「それはあるが、我々は飛べるからな。
 ダウンしたとき以外は正直度外視でもいいかもしれん」
要するに、どうでもいいようだった。
「が、今は剣と剣のぶつかり合い。
 そういうことも念頭に置かなくてはならん、な」
烈火の将本人としては、地上での戦いを好んでいるのだろう。
「望むところだ!」
言い、シンはシグナムに突進する。
「何も考えずにくれば・・・」
シグナムが眼前に剣の腹を見せ、構える。
「それだけで負けるぞ!!」
言い、剣を振り上げる。
「Schlangeform」
その何時もと違った行動に、デバイスが反応したのだろう。
確かに剣を振り上げるなど、士気を高めるくらいでしか使えない。 その行動をスイッチが設定されていても、おかしくは無い。
かくして、剣は変化をする。 それはまるで生きた蛇のように、しなやかな形状をしていた。
突進していたシンの、その死角を付く方向から切先が伸びてくる。
「なッ!?」
敵の得物から目を離してはいなかったため、左の死角に右から回り込まれたのは理解していた。
特異な形状にも、シンはコズミック・イラの蟹で慣れていた。
が、その感覚は避ける事とは何の関係も無いものだった。
回り込まれた結果、両側をふさがれたのである。
そこからはあっと言う間、すぐにシンの眼前に切先が触れた。

そして、シグナムが訓練の終了を告げた。

「で、どうだ?」
溜まった疲れに、シンが地面に腰を下ろしていると、シグナムが聞いてきた。
「相当疲れた・・・」
シンはありのままの感想を述べ、立ち上がった。
「そうか。
 一朝一夕に伸びるものではない。続ける気はあるのか?」
「まぁ、アンタがいいんなら、俺は続けていきたいな」
この数時間で得たものは決して疲労だけではない。
続けてやっていけば、能力も上がっていくだろう。
そこまでして力が必要なわけではない。
しかし、今シンとはやて達を取り巻くものは、最早『闇の書』と言う媒介で、無数に増えていっている。
砂漠でキラを見つけた。
町で、ムウを拾った。
前回の戦闘で、アスランと邂逅した。
その前には、ラウ・ル・クルーゼ。
そして、それらとは多少毛色の異なる、自分の存在。
偶然の重なり合った結果なのか、何らかの外的要因があったのかは分からないが、これは異常であるはずだ。
この異常に気づけない上、闇の書がある以上は管理局の協力は得られない。
シグナムと適当に言葉を交わしながら元の世界に戻る魔力が溜まる頃には、結局は堂々巡りになることを実感した。
蒐集に関してはある程度こちらのペースで出来るが、それ以上のことは後手に回るしかないのだろう。
思惑の分からないクルーゼ以外は何とか出来ても、そのクルーゼが問題なのだと、ムウも言っていた。
「手合わせをしていると……」
「へ?」
色々と考えていたため、妙な声を上げてしまう。
それに構わず、シグナムは続けた。
「お前はやはり剣を振り回すのには慣れてないように見える」
「そうかもな…… でも、何でだ?」
慣れていない、と言われても、それはもう仕方の無い事なはずだ。
それに慣れるために訓練を頼み出たのだから、既知の事情だろうのに・・・
「いや、『慣れていない』と言うよりも、別のクセが見え隠れしているように見えるな」
「別の……クセ?」
そんなものがあるとは、シン本人も思ってはいない。
剣を持ったのはこっちに来たのが初めてで、この場合MSはカウントしないはずだ。
「どうも間合いを詰めすぎるクセがあるようだ。
 短刀の方が合っているんじゃないか?」
「短刀?
 そうか、ナイフ……」
「何か答えを見つけたようだな。
 お前は戦いに関して決して頭は悪くない。 考える事で十分に打開策は得られるだろう」
ぶつぶつと呟いた俺に、シグナムが言った。
「まぁ、なんとなく、な。 それとサンキュー。
 でも、これからも剣の訓練は続けていく」
いいよな?と、言うまでも無くシグナムは了承した。
たとえナイフだったとしても、アスラン自身と自分の身体能力に大差は無い。
出来るなら圧倒して、戦いを巧く運べると良いのだが、そこまでの力量の差は出るはずも無い。
身体能力の向上と、どうしてもリーチが必要になったときのための訓練という名目でも、続けていく意義はある。

数時間の間、キラは部屋からの外出が禁じられた。
彼らに関連した事件がおきたらしい。
そしてある程度たった後、エイミィがやって来、予想以上にその事件が引っ張っている事を告げた。
彼女が言うには、逃げられたどころか、一歩間違えれば全滅もありえたと言う。
「いきなりフェイトちゃんの魔法の発動を承認しちゃったからね、多分上がうるさいと思うけど……」
「そんなにすごい事件だったんですか?」
「だった、じゃないな。
 少なくとも、この時空周辺で同じことをやられたら間違いなく僕らが駆り出されることになる」
遅れてやってきたクロノが言った。
言葉以上に忙しいのだろう、二人とも、顔から疲れが見て取れた。
が、「一度接触した以上、僕も能動的に追いかけるつもりだけどね」
少年は不屈の精神でこれに当たる様子だった。
「それに、あれには少し、嫌な因縁がある……」
「クロノ?」
ぼそっと呟いた言葉を、キラは聞き取れなかった。
「いや、なんでもない。
 それより、エイミィ、キラ。 僕ら艦内から3人と、フェイトとキラで幾つか話したいことがあるんだ。
 今すぐに始めたいんだけど、いいかな?」
僕らに含まれるもう一人は艦長だろう。クロノとリンディは実の親子で、エイミィも同じくらいにクロノは信頼していた。
だから、『僕ら3人』。
良い関係だな、とキラは思いながら、頷いた。

そして、つれられてきたのは艦内の一室、なかなかにくつろぎの空間のような雰囲気を発する和室だった。
「それで、話って?」
キラの隣に座ったフェイトが一番に声を発した。
因みにキラとフェイトの隣には誰も居らず、部屋の置く側にハラオウン親子とエイミィが座っていた。
座る前にはエイミィが「わたしもそっちに座るべきなんじゃないかな? 何の話かわかんないっし」とか渋っていたが、リンディにクロノの隣に座らされていた。
「急な話で悪いんだけどね、別の世界に先の事件の再発、膨張防止のための対策本部を置く事になった」
クロノの答えを聞いた瞬間、キラは「えっ?」と、声を漏らした。
それに対してか、周りの視線も集まってきたので、キラは言葉を続ける事にした。
「さっきは『もし同じことが起こったら』って、言ってませんでしたか?」
「言ったよ。だからこれは飽く迄も防止用施設だ。
 ただ、危険は伴うかもしれない」
クロノ自身、時期尚早とは思ってはいる。
確証もない、愉快犯の可能性もあれば、もし本物だとしてもあの世界に居るとは限らない。
しかし、それでも動きたかった。
あのロストロギア、闇の書に関してだけは、能動的であり続けたかった。
「それで、わたしはどうしたらいいの?」
「フェイト…と、これはキラもだけど、一緒に来るか聞いておきたくてね」
二人、フェイトは兎も角、キラは衝撃を受けた。
「僕も行くって、どういうことですか?」
「君はこの艦内では制限をかけられる必要がなかった。
 だが、僕らのような、言ってしまえば重要な役目を追う人間が居なくなると、君は24時間一部屋で暮らす事になる」
「連れて行かないのが一番であるとは思ったのだけれど、ね。
 もし戦闘、準戦闘状態で硬直しちゃったら、艦内の人たちがキラ君のこと忘れちゃうかもしれないから」
さらっとリンディが恐い事を言った。
しかし、確かにキラは魔法の事をよくは知らない。硬直状態で100時間経過、などが起こったら流石に嫌だ。
「なら、行って良いんですね?」
「あぁ、僕らの家族という事で行って、多少の制限だけで抑える事もできる。
 運動とかもしたいだろうし、外出も許可できる」
相当な特別措置だし、キラ自身もそのことに気づいてるようだが、黙っておいた。
クロノ自身、先の事件での功労者への申し訳なさを他人に押し付けているようで心苦しかったが、その気が多分に存在していた。
そしてもう一人、シンが命がけで護った少女にも。
「フェイトは選択権のあってないような立場だが、一応聞いておこう。
 あの町へ、僕らともう一度行くかい?」
フェイトが断るはずがなかった。