宿命_第14話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:22:58

同じ笑顔を持つ人間なんていない。
もっと言えば、本人でさえ同じ笑顔なんて二度と出来ない。
だからこそ、尊いもの。
だからこそ、俺はそれを護りたい。

先ほどに続き、アースラが艦内、その小部屋。
キラとフェイトが対策に出張を決めたため、その準備をしていた。
元々何ももってなかったキラの準備は速く終わっていた。
「ごめんなさい。 手伝わせちゃって」
なので、嵩張る物の多々あるフェイトの荷造りを手伝っていた。
「いいよ。 これまで暇だったから、今日は楽しい、かな」
出来るだけ自由の少なかった事に対する皮肉に聞こえないように言った。
その後しばらく黙って作業をしていると、フェイトが突然言葉を発した。
「前、シンにもこうやって手伝ってもらった事があります」と。
「そうなんだ……。 彼は優しいからね」
言って、その人間と戦ってた自分を思い出す。
そんな優しさすらも、あの戦争は閉じ込めさせてしまっていた。
「キラさん?」
「ん、どうしたの?」
「シンにお礼が言いたくて……。
 でも、もしかしたらもう合えないかもしれなくて……」
確かに皆の話を聞く限りでは、彼の生存は絶望的だ。でも、
「信じようよ、また合える、って」
誰もが自分のように奇跡的な生存が出来るとは言いがたい。しかし、だからこそ信じたかった。
待ってくれている人が居るから、だから……。
目の前にいる少女は、見ると時々悲しい顔をするのだ。
こんな純粋な少女に、死別の記憶は、きっといらない。

「でもいいの?
 勝手にキラくんまで連れて行くことにしちゃって、さ」
忙しなく廊下を歩きながら、エイミィが話しかけた。
艦内から外部に出るだけでもあまり好ましくないのに、長期滞在ともなれば多少の根回しでは済まないのだ。
「仕方ないだろう。
 出来るだけ自分の立場に恐怖とか苦痛を与えないために、キラに合える人間は限定していたんだ。
 それを僕らの都合で『これからは艦内の人と仲良くしてください』なんて、僕だったら耐えられない」
「そっか……。 そうだよねぇ」
クロノの答えに、エイミィは笑顔になった。
彼がこの艦で高い地位に居るのは、決して艦長の息子だからというわけではない。
柔軟な発想から誰もが苦を少なく出来る状況を、常に追い続けていることも、少なからず影響していた。
それは身元も分からないキラのような人間であっても、変わりはしない。
「なにニヤニヤしてるんだ?」
「べっつに~」
そんな優しい彼の補佐を、辺境の地で出来る。
他の誰よりも、近くで……。
エイミィは、彼に信頼されているというその実感がたまらなくうれしかった。

数時間後、引越しを完了させた。
簡単に雑事を終わらせれた理由は、元々土地などは手を回していた上に、
「やぁ、いらっしゃい」
ユーノとなのはが先に現場に居たからである。
それを見て、フェイトはなのはの元へ駆け寄った。
「本当に来てくれてたんだ。
 ありがとう」
「ううん、わたしもうれしかったから」
二人とも、満面の笑みを浮かべた。
「彼女が高町なのは。 たまにフェイトから聞いてただろうけど、現地協力員で『友達』だ」
クロノの言葉に、「あぁ、彼女が」と、キラは頷いた。
聞いてた通り、いや、聞いてた以上に笑顔の似合う元気な少女だ。
「それで、あっちはユーノ。
 アースラに乗っては居たんだけどね、君と会う時間はどうしても取れなかったんだ」
会話に気づいたのか、ユーノは話から外れてキラ達のほうへ来た。
「始めまして、僕はユーノ・スクライア。
 一応前の戦いでなのはのパートナーをしてて……」
「わたしの一番頼れる人なんです」
自己紹介の途中で、なのはとフェイトもやってきた。
「わたしは高町なのはです。
 直接会うのは初めてですね、キラさん」
「うん、そうだね。
 キラ・ヤマトです、よろしく」
後半はユーノに向けていった。

一通り自己紹介がすむと、なのはとフェイトは二人でなのはの家へ行った。
「全く、殆ど毎週絶え間なく手紙のやり取りもしてたと言うのに、よく話が尽きないものだね」
クロノが愚痴ると、
「仕方ないよ、あの二人ほどかわいそうな境遇で出会っちゃった友達なんて、そうはいないんだしさ」
エイミィが宥める。
「あの、かわいそうな、って?」
ふと気になって、キラはリンディに聞いてみた。
「う~ん……。 それは私の口から行っちゃって良いのかしらねぇ?」
「まぁ、いろいろあったって事さ。
 そういえば、他にも聴きたいことがあったらこの機に聞いておくと良いよ」
答えをはぐらかされた以上、あまり積極的に聞く気にはならなかったが、
「そういえば僕のことを外部に話しちゃいけないとか言ってませんでしたか?
 途中で変わったみたいですけど、あれは何でですか?」
結構気になっていた事を聞いてみた。
「それは僕が動き回ったからだね」
ユーノが手を挙げた。
「どういうこと?」
キラの新たな質問に、クロノがため息交じりで、
「ユーノが聞き込みを続けていたんだ、シンについてね。
 彼の世界なんかも探していたんだが、結局は見つからなかった。
 が、その結果シンや君の事を機密にしておく必要がなくなったんだ」
長々と答えた。つけたして、
「僕達としても新しい時空間、世界に対して悪い印象は与えたくないしね。
 キラはそういう意味でも今後、多少特別扱いを受けるかもしれない」
クロノが外面的なことを全て述べた。
「艦内でもキラくんを出来るだけ人と接しさせなかったのはそのためなんだ。
 新しい世界に対すると必ず強硬派が出てきちゃってね、キラくんを人質にもされかねないし……」
物騒な内面的な話をエイミィが引き継いだ。
「まぁこんなのは管理局開設当初の話で、今ではもうないことなんだけどね。
 君が気を使いすぎないようにしていた、っていうのが大半だった」
「色々……大変なんですね」
正直よく分からずにキラは小さなため息を交えながら感想を言った。
「君の事なんだけどね」
同じく小さなため息交じりだったのは言うまでもない。

特訓だの訓練だの蒐集だの、やるべきことは五万とあるが、取り敢えず食卓は平和そのものだった。
はやて以外の全員が自分のやるべき事をわきまえ、はやても彼女自身、出来る事をやっていた。
「今日は俺が病院まで送っていくよ」
朝の早く、シンはご飯のお代わりとともにはやてに告げた。
別に当番制にしているわけでなかったため、特別な事情がない限り保護者をする人間は適当なものだった。
「あ、じゃあわたしも付いて行って良いですか?」
シャマルが便乗して挙手する。
「珍しいな、あんたが積極的に申し出るとは」
「そうですか?」
「あぁ、シグナムとかヴィータの中和剤みたいな役割だったし」
「フラガ、どんな武術が得意だ?」
「……悪かった」
「何コントやってんだよ……」
冷静なヴィータの一言で押し黙る大人二人。
確かに今のは大人気なかったな、などと思うと、はやてがクスクス笑っているのが目に入った。

「アリサちゃん、すずかちゃん!!」
なのはが親友の名前を呼ぶ。
今日会う予定はなかったのだが、フェイトのことをアリサに言うと、彼女らは「会いたい」と言ったため、急遽リンディたちに断って合う事になった。
元々文通の内容を話したり、知っていたアリサとすずか、それにフェイトも、初めて会った気はしなかった。
「あたしはアリサ・バニングス。
 よろしく、フェイト」
「わたしは月村すずか。よろしくね」
「えっと……。 フェイト・テスタロッサです。よろしく」
3人とも自己紹介の形を取ったが、実際はそこら辺の友人同士以上に仲が良い実感があった。
だから、次の瞬間には3人ともクスクス笑い出していた。
「え、え? わたしも自己紹介したほうが良いのかな?」
「だれによ?」「だれに?」「だれに?」
声をそろえて言うのであった。
「ひどいよ、フェイトちゃんまで~」
言葉とは裏腹に、今度は四人とも笑い合っていた。

さて、はやての病院への用事も終わり、帰路についていたシンたち。
と、言っても、住宅街に入ったところで買い物を忘れた事に気がついたため、シンは帰路については居ない。
そして意図せずとも二人きりになって一分程経った後、はやてはシャマルの名を呼んだ。
「なんですか?」と、シャマルはすぐに反応した。
すると、はやては数秒黙った後、口を開いた。
「シンのことなんやけど……。
 まだ、苦しんでるとおもうんや」
「苦しんでる、ですか?」
思わぬはやての言葉に、シャマルはそのまま聞き返した。
はやては頷き、今までと少し感じは違ったが、苦しんでいる事は変わらない気がするといった。

はやての言う事が、シャマルにはよく分からなかった。
半年近くともに過ごしているとは言えど、やはり互いに壁のあるような暮らしを続けていたのだ。
それはシャマルたちの「自分達は人ではない」という思いと、シンの「この世界の人ではない」という、乗り越えたかに見えて、少しだけ残っていた負い目のようなもの。
それでも、シャマルは出会った頃とは違っていた。
ご飯を作る練習をしたり、蒐集をともに行ったり……。
シャマルは常にシンと心から接していたから、今はシンを心から理解しようと勤めていた。
シャマルは、はやての言ったことを完全に理解する事は容易くはないだろうと分かっていた。
それでも、シンが本当に苦しんでいるのなら協力したいと、助けたいと思い、そしてそれが出来ると、シャマルは信じていた。

シンはいつも苦しんでいると、はやては感じていた。
思いを共有する事も、痛みを巧く聞き出すことも出来ないはやてには、側に居る事しか出来なかった。
今までも、シャマルに相談した今でも、何かが出来るとは思えない。

それでも、そんな少女の純粋な思いは、いつかシンを残酷な運命から開放できるかもしれない―――

四人と、そして一人が、大きな本屋に来ていた。
四人は、小学生。 今日始めてであったものがいても、笑いの耐えない少女達。
そして、シン。
彼は必要な食材を買った後、なんとなく寄っていたのだった。
そんな店の中で、シンはその少女達を見かけたのだ。
あどけない少女達が4人、笑い合っている様子を。
(フェイ…ト……?)
曲がり角に身を乗り出す直前だったからか、思考も一度停止した感じがした。
近くにはあの時協力したなのはがいたが、他の二人は知らない人だった。
それでも、シンはよかったと、そう思った。
少なくともフェイトは、友人と笑い合える状況なのだから。
いつまでも見ていたくなるような気分を何とかコントロールし、シンは店の外に出た。
二人に見つかってしまっては元も子もないのだ。
(なのはも、フェイトも、良い顔で、良い笑顔をするようになったな……。)
良い意味で、護るべきものが増えた瞬間だったかもしれない。
(本当に、良い笑顔だ……。)

「制服の準備は終わったし、あとはなのはが何とかしてくれると思う」
クロノがリンディに報告口調で言った。
「そうね、あの子が居てくれて、本当に助かったわ」
リンディの同意を聞きながら、クロノはエイミィが居ない事に気づいた。
「そういえばデバイス、直してたんだよね」
先の戦いでなのはとフェイトはデバイスを破壊されていた。
それも、自己修復だけでは到底追いつかない程度に、である。
「エイミィに無理させすぎてないかな?」
こっちへ来て、また艦に戻って、そして多分今日中に帰ってくる。
彼女が出来るだけクロノの側に居ようとしているのに、彼も気がついていた。
それだけに、無理は重なりやすい。
「そう思うんなら、ありがとうって、言ってあげなさい?
 ちょうど、戻ってきたみたいだし」
テーブルを挟んで玄関側に居たリンディには、階段を上がる音が聞こえていたようだ。
「ただいま~」
二つのドアを開けた後、何時もの元気な声が居間に響いた。
そのままクロノの元へ歩いていき、書類を読み上げようとする。
が、書類を構えた瞬間に、「クロノ」と、リンディが声を出した。
キョトンとしているエイミィと、どこかそわそわしているクロノ。
「エ、エイミィ……。
 僕が読んでおくから、シャワーでも浴びてきなよ」
「え?
 なら、お言葉に甘えちゃおっかな~」
そういって居間からエイミィが出ようとする。
ささやかな気遣いで場を切り抜けようとしたが、「ゴホン」。 母はそう容易くはないようだ。
「そっ、それでね、エイミィ……。」
「ん、どしたの?」
首をかしげてクロノの元へ戻ってきた。
「えっと……。 いつもありがとう、エイミィ」
一瞬驚いたような顔をして、「うん♪ シャワー浴びてくるね~」と、居間から出て行った。
「よく言えました~」
シャワールームのドアの音が聞こえ、リンディが口を開けた。
「でも、もう少しああいうこともすらすら口に出来るようにしなきゃね?」
クロノの顔が真っ赤になっているのは言うまでもない。
その照れ隠しのためか、すぐに書類に目を落とした。

真っ赤になっているのはこの人、シャワールームのエイミィも同じである。
(よかった~、停止しちゃわなくって)
クロノに言われたお礼はそれほど破壊力があった。
「ふふっ、でも……。」
それを思い出すと、口から笑みが出るのを止められない。
(よかったなぁ、ついてきて)
相変わらずにやけてる顔のまま、今、この時の幸せを抱き締めていた。

それとは全く関係なく真っ赤になっている人間が一人、八神家にもいた。
というのも、帰ってきたシンが自覚のない行動をしたわけだが……。
「行きたくない!!」
真っ赤になって声を荒げているのはヴィータ。
「何でだよ!?」
シンは別に荒げる理由もないのに、触発されてつい声が大きくなってしまっていた。
そんな騒動に、ついついはやてはため息を漏らし、料理の手を止めてリビングへ行く事にした。
「で、どうしたん?」
はやてに気づき、ヴィータが抗議の目を向けた。
「こいつが遊園地に行こうとか言うんだ!!」
因みに左手の人差し指で『こいつ』、もといシンを指していた。
「だから、なんで嫌なんだよ!?」
つられつられそのまんま、声のボリュームはむしろ上がって言ってるかもしれない。
はやては苦笑いを浮かべつつ、「でも、なんでいきなり遊園地?」と尋ねた。
「たまにはそういう所行くのも良いかなと思っただけだ」
はやては頷き、今度は「で、何で嫌なん?」と聞いた。
「似合わない!!」
即答。取り付く島もない。いや、実際は見つけれる人間が限られるだけで、見つけられるはやてがここに居るわけだが……。
「でも、楽しいよ?
 それに、むしろヴィータならちょうど良いと思うんやけど……。」
はやてが居ては分が悪いと思ったのか、ヴィータは立ち上がりシンの手を取った。
「なんだよ?」
「ついてこい!!」
そしてそのまま家から出て行った。
「あ、ケンカはあかんよぉ~?」
追う様に言ったが、聞こえた気がしないでまたため息。
が、今回のため息は先ほどのとは少々意味合いが違う事を、はやても実感していた。
「わたしも行きたいなぁ、遊園地……。」
なんでシンはヴィータを誘ったのかは分からないが、内心は自分を誘ってほしかった。
もちろん、シンとヴィータが仲良くなる事も望んではいるが……。
最近は皆はやての事を気遣う中に、どこか余所余所しい部分があるように思えてしまう。
なんでだろうと首をかしげ、考えるまもなく沸騰の音の聞こえ出したキッチンへ。
そういえば、久しぶりに今、家には誰もいない。
昔は慣れていた孤独に、今は押しつぶされそうに感じる。
「皆、なにやってるんやろうな?」
たまにはやてのもとへやってくる闇の書も、今は居ないみたいだった。

「で、何で家から出たんだ?」
公園まで走って、ヴィータはやっと手を離した。
「あの家じゃ話せないからだ、はやてが居るからな」
結構離れているのに、ヴィータは息一つ乱してはいない。
それ故に、矢継ぎ早に話を進める。
「今は遊園地とか行ってる場合じゃないだろ!?」
ヴィータとしては、本当なら今だって蒐集に参加したいぐらいなのだ。
それに、なぜ自分を誘われたのかも解せないという風だった。
「そりゃ、今すぐ行こうってわけじゃない。
 蒐集が終わった後でも良いから」
「だから、なんで行きたいんだ!?」
実際、蒐集以上とは言わなくても、同じくらいにそのことが気になっていた。
シンは一瞬発言を躊躇すると、「なんとなくだ」と言って、家へ戻る事にした。
これ以上話しても行きたくないのなら意味がない。
それに、実際自分でもなぜこんな事を急に言い出したのか、先ほどまで分からなかったその答えが分かってしまった。
(ようは、重ねてただけなんだな……。)
どこか他人に壁を張っているヴォルケンリッターを八神家以外にも馴染ませたいなんて、成功しても自己満足にしかなりはしない。
そんな馬鹿なことを考えていた事に気づいたのだ。
「おいっ!!待てよっ!?」
別に良いじゃないか、悪態をつきながら追ってくる少女でも。
彼女の温かみも、笑顔も、自分は知っている筈なんだから……。

その後、家の前で収集をしていた組と合流した。
こうして積み重ねる事で、ついに過半数のページが埋まった。

多分次は、もう少しそっちよりのお話