小話 ◆9NrLsQ6LEU 氏_血溜りの狂笑(仮)_第03話

Last-modified: 2009-05-11 (月) 20:52:22

その日シン・アスカはアスラン・ザラに呼び出されて歌姫の騎士団本部に出向いた。

 

長い廊下の奥まったところにある副団長のプレートが架かった部屋に入ると
正面から苛立たしげに声を掛けられた。
「遅いぞシン、いつまで待たせるんだ」
その余りな第一声にシンは嘆息した、この男の空気の読めなさぶりは相変わらずだ。
こんな事でいちいち怒っていては現在の仕事は勤まらない。

 

シンは現在プラントの公安部に所属している。
何かあれば武力で解決する騎士団とは違い、内偵やら調査やらに加えて、
その騎士団に報告する書類の作成などいろいろと忙しい。
実際、ここ何日かは捜査やらなんやらで寝る暇も無い、
徹夜続きで今朝ようやく宿舎に帰った所を呼び出されたのだ。
副団長なんぞと言うお気楽な立場の凸とは違うと言いたいが、
アスラン自身標的にされている可能性が高いため苛ついているのだろうと思い、形ばかりの謝罪を口にする。
「はっ申し訳ありません、ザラ閣下。で用件は何でしょう」
その言葉を聞くと苛立たしげに机を叩いていた指先を止めて怒鳴りだした。
「用件なんて解っているだろう。この事件のことだ」
と今朝あげたばかりの報告書を床にぶちまけて怒鳴り始める。

 

「なんだ、この報告は何にも進展していないじゃないか。
 相変わらず、犯人はわかりません、見当も付きませんじゃ話にならないだろう」

 

プラントではここ数ヶ月の間に参謀長であるバルドフェルドを皮切りに
歌姫の騎士団関係者ばかりが狙われた殺人事件が相次いでいる。
犠牲者は多岐に渡り、すでに中枢人物で残っているのは、団長キラ、副団長アスランとCEOであるラクス
それに創設に関わったオーブ首長のカガリを残すだけだ。

 

またこの事件には物的証拠が残されている事が多いことから直に解決されると思われたのだが、
それらがまったく犯人に繋がらないのだ。
ムウ・ラ・フラガのケースでは1小隊を率いた演習中に騎士団から盗まれたMSで
小隊ごと全滅させられている。
その他の犯行に使われた道具もほとんどが盗品で、そうでない物も何処にでも売っている物である。
シンはこの線からの調査では、無論継続はしているが犯人の割り出しは難しいとして捨ててかかっていた。
騎士団も独自に調査を進めているはずだが其方の方も進展がないのだろう、
もっとも騎士団からこちらに情報が回ってくることは全くといって良いほど無い。

 

つまりこの凸は進展が無いことの文句を言いたいのだろう。
だがしかし、なぜ課長ではなく自分対して文句を言う、あんた暇なのか?それとも課長が売りやがったか。

 

と考えたが顔に出すこともせずに返事をした。
「はあ、しかし現在の捜査状況は報告したとおりです。」
シンとしてはそれ以外に言い様がないのでそう答えるしかない。
「そんな事を聞いtkb:ヴぉj!“g#;mvぉbちゃbmんkかh$%‘」
激昂した凸が何か言っているが右耳から左耳へ徹り抜けさせることでやり過ごし、
怒鳴り疲れた凸が手をひらひらと振るのを待ってから
「鋭意捜査中です。では失礼します」
と踵を返したところで首だけを振り返り、何度かした質問をもう一度してみた。

 

「何回も聞きましたけど、本当に犯人に心当たり無いんですか?誰かに恨まれてるとか、憎まれてるとか」

 

動機の面から犯人が思い当たらないかもう一度尋ねてみた。

 

「無い、ある訳無いだろう。俺たちが恨まれる理由なんか皆目見当がつかない」

 

と相変わらずの答えが返ってきた、この期に及んでこうである。
正直シンとしては怨恨以外の動機があると思わないのだが、彼らは違うらしい。
キラやラクスにも聞いてみたのだがそれぞれの答えは

 

「そんなの無いよ、僕たちが誰かに恨まれるなんてある訳無いじゃない。
 だって僕達は何も間違った事なんてしていないんだ。ねぇラクス」
「ええ、私達は自由と平和のために戦ってきたのです、
 些細な行き違いは在りましたがデュランダルを倒したことでそのような物も無くなりました。
 平和で自由な世界になった今、憎しみや恨みを私達に持つ方など在り得ませんわ」

 

である。

 

彼らとの会話を思い出して頭痛がしてきたが、部屋を出たところで一度頭を振って気持ちを入れ替えると
出口に向かって歩き出した。
ロビーに差し掛かったところで横手からシンを呼び止める人がいた。

 

亡きグラディス艦長の一人息子である、コムス・グラディスである。

 

コムスはメサイヤ戦の後マリュー・フラガ(旧姓ラミアス)がグラディス艦長の遺言だとして
引き取ったのだが、実子が生まれた時に子供を失ったアマルフィ家へ出されている。
シンも何度か顔を合わせたことがあり、ミネルバ時代の話をしたり、MSの操縦を教えた事があった。
「お久しぶりですシンさん、今日は如何して此処に居るんですか」
「例の事件でね、ザラ閣下に叱られたところさ」
軽く挨拶を返して苦笑しながら答えると、
「あの人達は自分達が何やったか理解していませんからね。捜査も進まないでしょう」
とコムスから話し始める、
この台詞に慌てたのはシンだ。はっきり言って騎士団内で口にして良い発言ではない。
上層部の批判などしようものなら即座に始末されてもおかしくないのだ。
「ちょ、お前言葉には気をつけろよ、粛清されても知らないぞ」
コムスはケラケラと笑うと
「大丈夫ですよ、僕はラクス様方からは信頼されていますからね。
 平団員なんかが何を言った所で関係ありません。それに義母様を悲しませるような真似はしませんよ」

 

こいつ<いい>性格に育ったな、艦長も草葉の陰で泣いているだろうと思ったが
それは口に出さずに、声を潜めて注意した。
「とにかく気をつけろよ、騎士団なんて“ラクス様の為に“何ヤラかすか分かんない連中だからな」

 

シンの言う事も酷いが実際のところ、前の動乱時には<プラントの為に>でも<世界の為に>でも無く、
ましてや<自由と平和のために>でもない。
ただ単に<ラクス様の為に>行動していたのが騎士団である。
今でも対外的にはともかく実態はそう変わりはない。
「それじゃあまたな」
「はい、それではまたお会いしましょう」
そう言って二人は別れた。
別れ際に見せた彼の顔は実に晴れやかな笑顔であった、きっと幸せに暮らしているのだろう。
そんな生活を全員が送れるようになればいい、その為にも今はこの件は早く片付け無ければならないと
気合を入れなおしてから歩き出した。

 

シンが向かったのは自分の部屋ではなく、勤め先である公安課の部屋である。
扉を開いて中に入ると同僚から声が掛けられた。
「あれ?シンさん、帰ったんじゃないんですか」
「ヅラ閣下に呼び出されてな。悪いけど仮眠室借りるぞ、一眠りしたらまた出る」
言い置いて上着を机に放り投げると、さっさと寝床に潜り込んで寝息を立て始めた。

 

暫らくしてざわついた音と怒鳴り声で眼を覚ましたシンが時計を見ると、昼を少し過ぎた頃だった、
だいたい3時間ぐらいしか寝ていない。
文句の一つも言おうと部屋の外へ出ると、丁度課長が目の前にいた。
その顔は酷く狼狽しているようであったがシンを見つけると声をかけて来た。
「おう、シン居たのか。まあいい取りあえずTVを見ろ」
朝から凸に呼び出された件で何か言ってやろうと思ったが、
その様を見て取りさすがに何事かが起こったと判る。
点けっぱなしのTVに眼をやると驚くべきニュースが流されていた。

 
 

『繰り返しお伝えしております。本日未明、オーブ時間で14:25分、
 オーブ建国式典にて演説をしていた代表首長カガリ・ユラ・アスハ氏が暗殺されました。
 繰り返します、本日・・』

 
 

たしかにオーブはこのところ政情不安に陥っていた。
それというのもサハク家が行なった連合とのMSの共同開発、
さらにその事実を隠蔽する為にヘリオポリスに艦隊を派遣して口封じを図ったアスハ家と
それを認めた各代表達、
またアスハについては代表の立場を利用しての公金を使った専用MSの開発等の醜聞が流れており、
政治を民衆の手に取り戻せという、民主化運動が盛んであった。
この事件を起こしたのも、そんな過激な運動家の一人らしい、
『新しきオーブの為にやったのだ』という犯人のコメントが流されていた。

 

ニュースを見ていたシンはハッとした。
こんな事件が起こればあの人が引きこもりを止めて飛び出してくるに間違いない。
「課長、MSの使用許可を下さい。すぐに出ます」
「は?なに言っとるんだお前」
「あの人が一人でオーブに突っ込みますよ、例の奴にすればチャンスでしょう。追いかけます」
そこまで言われて流石に課長も気が付いたようだ。
たしかにいつもは騎士団の奥から出てこないあの方だが、さすがに自分の姉が殺されれば飛び出すだろう。
ワンマンアーミーの上に人の話を聞かない方だ。しかも、あの人と渡り合えるのは副団長以外に無く、
二人ともが騎士団から離れるわけにはいかない。
間違いなくオーブの過激派どもに鉄槌を下すべく一人きりで飛び出す。
しかも犯人は騎士団から量産型のフリーダムを盗んでいるのだ、この機会に狙う可能性は高いだろう。
しかし聖剣ともいわれる方がそうそう遅れを取るとも思わないと言うが
「犯人確保しなきゃ拙いでしょう、とにかく出ます」
とだけ残してハンガーに急いで行ってしまった。
課長は「やれやれ」と一息つくとハンガーに向かって発進準備を命じる連絡を入れた。

 

ラクス政権下になってからザフトは解体されその軍事組織的な部分は歌姫の騎士団に吸収されている。
しかしながらジャンク屋あたりから非合法のMSが流れるなど当たり前のことである以上、
警察、公安といった組織にもMSは必要不可欠である。
現在シンが所属する公安部に配備されたMSは探査と追跡能力にすぐれ、
さらに戦闘にも対応できる機種が望まれた。
そこで採用されたのがかつてのミネルバでアスランが使っていたセイバーであった。
初めて乗ったときは流石に気分が悪かったが、乗ってみると指揮官機ならではの情報処理能力、
高機動力、MA形態の速度と航続距離に加えて火力でもアムフォルタスがあるので
砲戦仕様機にも劣らない良い機体であった。
公安仕様の機体はより情報収集能力を高めるためにデュアルカメラではなく3眼仕様(バイザー付)
ヘッドバルカン部分を集音装置に改装。
稼働時間延長の為VPSはオミットされ替わりにミラージュコロイドが使用可能。
さらにシールドにはランサーダートが、前腕部にはアーマーシュナイダーが増設されていた。
すでに乗りなれた黒い機体に乗り込んだシンは一度大きく息を吸い込むと

 

「シン・アスカ ステルスセイバー出る」

 

掛け声をかけると宇宙へと飛び出した。

 
 
 
 

ハハハハハハハ

 

無能な
無様な
滑稽な
憐れな連中だ

 

まだ判らないのか
判ろうともしないのか
それとも判りたくないのか
傲慢な
独善な
愚かな

 

ククククククク

 

ならば
先に進もう
前に進もう
振り返ることも無く進もう
鑑みるのは貴様らだ

 

さあ
さあ
贖罪の時だ
断罪の時だ
最高の時だ
その運命に幕を引こう
この手で命を摘み獲ろう

 

そして最後に何を思う
絶望か
憤怒か
悲哀か
諦観か
後悔か
どんな顔をしてくれる

 

残っているのはあと
よっつ

 
 

哄笑だけが後に残った

 
 

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