戦後シン×ミーア_PHASE06

Last-modified: 2008-04-27 (日) 18:36:00

あたしの脳はおかしくなっちゃったらしい。

 

目覚めて暫くしてそれはアスランが教えてくれた。
あたしはいつの間にかアスランに変な事を言っていたらしい。
普通に会話していた筈なのに、ある日突然告げられて。

 

アスランは、あたしに謝った。

 

「もっと早く助けられなくて、悪かった」

 

それは、アスランがあたしに謝る事なのかしらと、他人事のように思った。

 

戦争だもの。

 

プラントの病院でも、地球の病院でも。戦争で沢山傷付いた人を見てきて。

 

その病室の一人にあたしもなったのだと、思った。

 

それよりもあたしが不思議だったのは、アスランもラクス様もあたしを助けてくれた事だった。
アスランには酷い事言ったのに。
ラクス様にも酷い事言ったのに。

 

どうして、あたしは今病室に居て、アスランとラクス様を見上げているのかが分からなかった。

 

「あたしは生きていて、いいの?」

 

あたしの記憶がおかしいのなんてどうでもいい。
これからあたしに人生があるという事の方が、大事。
あたしはあたしなりに真面目に聞いたのに、その後アスランに怒られた。

 

命を大事にしろって。
どれだけ心配したのか知らないだろうって。

 

あたしが生きている事を望んでくれた人がいる。
それは、とっても幸せなんだって。
アスランの怖い顔と一緒に思い知らされて。
それが嬉しかった。

 

いらない子のミーアは、居なくなったんだって。

 

思ってたのにな。

 

あたしは結局プラントに一人で帰ってきた。
この頃にはあたしは自分の記憶が本当におかしくなっているんだって事に自覚が出てきてた。
自分の中の矛盾に気が変になりそうな時もある。
アスランは一緒に戻ってくれるって言ったのに、突然一人で戻ってくる事になって。
どうしてなのかも教えて貰えずに、それからアスランにも、ラクス様にも会えずに気付
いたらプラントに居た。

 

ぽつん。って。

 

あたしはベッドの上しか居場所がないように思えて。

 

月の病院の、偽物の灯かりの中が一番幸せだったと、思えた。
でもそれは結局逃げてる事で。
あたしは、プラントに戻って来たからには責任を取らなきゃならないんだなって、覚悟を決めた。
だから、死刑にして欲しいとシンに伝えたのに、シンは少し怒った顔であたしを睨んだ。

 

「・・・・・・貴女はその「生きている一人」なんじゃないですか?」

 

おかしいなぁ。

 

あたしの事を殆ど知らない筈の人なのに。
シンはアスランと同じような顔であたしを咎めたのだ。
アスラン程怖くは無かったけど。
アスランが怒った時と同じような顔だったから。

 

彼があたしを必要としてくれてるみたいで、悲しいけど、嬉しかった。

 

あたしは病室で観るテレビが制限されていた。

 

ニュースは見れない。
タイムリーな情報番組は観れない。

 

観れるのは歌番組や映画、ドラマくらいのものだった。

 

今でも政治の事は分かってないのに、多分議長と繋がりがあったから、あたしに政治的な知識があるものだと思われてるのかもしれない。
それともあたしに余計な知識を付けさせない為か。
どちらにしろ、あたしが偽証する事を企まないように制限しているようにしか思えなかった。

 

確かに、月で目覚めてからニュースを観るようにして、少しでも政治を分かろうとして
みたけど。
一朝一夕でどうにかなるものじゃないなぁと思ってたところだったの。

 

だからニュース番組が観たいなぁと思う心を誤魔化すようにドラマを観るようになった。
一日に何種類ものドラマを観るのって結構大変。

 

だけど、朝に見るドラマは好きになった。
昔はドラマなんて観る暇がない位に貧乏で暇が無かったから初めて観たドラマだったけ
ど、少し流行遅れな感じが逆に懐かしくてよかった。

 

この主人公の男の人が少しアスランに似てる。
顔が似てるとかじゃなくて(逆に全く似てない)優しくて、情けなくて、優柔不断なのに仕事をする時は格好良いの。
ヒロインは・・・昔のあたしによく似てた。

 

何をやっても駄目で、失敗が多くて、苛められる事もあって、友達が少なくて。

 

そんな昔のあたしにこんな出会いがあったら、ラクス様になろうなんて考えなかったの
かなぁとか思いながら、観てた。

 

最初のうちは一人で観てたんだけど、シンが途中から一緒に観る事になって。
あたしがドラマを観ながら声を出していたのがきっかけみたい。
あたしがドラマに反応するたびにシンが驚いてこっちを見てて、そのうち時々テレビを
覗き込んでくるかと思ったら、いつの間にか毎日一緒に観るようになってた。

 

まるで少し警戒心の強い猫が少しずつ気を許してくれたみたいで可笑しかったっていうのは内緒。

 

そのシンが最近少し変。

 

朝のドラマはもう・・・あんまり観たくなかったんだけど、先が気になるから観てる。
シンはいつも何も言わずにじっと観てるだけだから何を思って観てるのかよく分からなかったけど、
一緒に観てるって事は少しは気に入ってくれていたのかなぁと思ってた。

 

でも、最近は殆ど観てないように思う。
何故って、以前は少しは観てる時に反応があって「うわ」とか「それは・・」とか呟いていたんだけど
(でも思わず呟いているみたいで、口に出している事にシンが気付いていたのかはあたしもよくわかんない)
最近はその少しの反応もなくって、殆ど瞬きもしないでモニターを見てる。
あたしはドラマの内容も勿論気になるところだけど、シンの様子も気になって、ついつ
いこっそりとシンの反応を伺いながらドラマを観るようになった。

 

何か悩み事があるのか、前はもう少し笑ってくれてたのに笑顔も少なくなって、落ち込
んでるように見える。

 

何があったのかなぁ。

 

シンは落ち込むと丸くなるみたいで、ドラマが終わってもいつも暫くソファの上で足を抱えて丸くなってる。
そうしてると年相応に見えて、少し可愛いんだけど、可哀想にも見える。

 

んー。
捨てられた仔猫みたいな?

 

折角毎日一緒に居るんだし、元気になって欲しいと思うんだけど、シンって少しあたしに対して壁を作ってる感じでいつも素っ気無い。
毎日12時間も一緒に居るのにそんなに会話が無いのよ。
ZAFTのお仕事があるみたいで大抵は機械の前に座って作業してるし、作業に飽きたら勝手に筋トレしてるし。

 

あたしと一緒に何かをするのはいつもドラマを観る時間と、ご飯を食べるとき位?
たまーに少しお話しして、でも会話は続かない。
何の話をしたら話が続くのかなぁと思うけど、これまでの人生で一番長く男の人とお話ししたのはアスランと食事をしたときだけだったから
(それもあたしが頑張りすぎて一方的に話しかけるだけだった)、ハッキリ言って自信が無い。

 

今日もシンはドラマが終わったのにじっと考え込んで丸くなってる。

 

困ったなぁ。
ラクス様じゃないあたしに出来る事ってなぁんにもないんだけど。

 

「・・・・・・シン?」
「・・あ、はい」

 

我に返ったみたいにはっと顔を上げて足を床に置くとあたしを振り返る。
そんなに畏まらなくていいって言ってるのに、シンはいつも不意打ちでは畏まってる。

 

あたしはまだ歩くのが下手だから、シンを招き寄せる為に手を振るとシンはソファから立ち上がってベッドに近付いてくれる。
見上げるのが大変なあたしの為に傍の椅子に腰掛けてくれる。

 

まだ顔が苦い表情で、少し暗い。

 

あたしは頑張ってベッドの端まで移動して、上体を倒してシンの手を握ろうとしたら、
もう片方の手がベッドから滑り落ちた。

 

「きゃぁっ・・・!」
「うわっ!」

 

間一髪のところでシンがあたしの体を支えてくれたから、床に顔面から落ちることは免れたんだけど、シンはあたしの体を起こすのを手伝ってくれたら呆れて溜息を吐いた。

 

そんな明らかに溜息を吐かなくてもいいじゃない。

 

「何やってるんだよ」
「シンの手を握ろうと思って」
「・・・・手?」

 

シンは自分の手をじっと見て、あたしを見る。
改めて見られると・・・・。というか、改めてあたしがしたかった事を振り返ると物凄
く恥ずかしいんだけど・・・・。
あたしが出来る事って何もないし!

 

頑張れ、自分!

 

「シンが、元気が無いから・・・・。手を握ろうと思って」
「・・・・・・はぁ?」

 

呆れられてる!
呆れられてるよ!!

 

そりゃそうだよね!
いきなり手を握りたいとか言ったら変だって思うよね!
あたしも思うけど!
でも、あたしに出来る事ってそれだけしかないの!
お金も持ってないし!
何も持ってないし!

 

体温が急上昇するのを感じる。
もう急上昇しすぎて緊張の汗まで掻いて来た。

 

分かってる。
あたしが変な事言ってるっていうのは十分分かってる。
顔が赤くなってるんだろうなぁ。
シンはあたしを変な人だと思ってるんだろうなぁ・・・・!

 

でも。

 

最後に見たラクス様の笑顔を思い出す。
手を握ってくれて。
少し体温の低いラクス様の手は、ひんやりとして、でも気持ち良かった。

 

それと、同じ事がしてみたいと思ったの。

 

「あ、あ、あの・・・!ごめんね!変な事言ってるっていうのは分かってるんだけど・・・!
でも・・・・元気なかったし!あたし何も持ってないし!
どっちかって言うとシンの方から何か貰ってばかりだし、何もお返しできてないし!
うぅんと。そういう事を言いたかったんじゃなくて!
シンもどっちかっていったらラクス様と手を握りたいだろうケド、
あたしの手で悪いケド!で、でも何もないよりかは何かあったほうがいいのかな!とか!思ったり!して!ごめんね!」

 

あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁあああぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!

 

あたしもう何言ってるのかな!
何言えばいいのかも分かんなくて、両手で顔を隠すしかなかった。

 

あたしの馬鹿馬鹿馬鹿。
恥ずかしくて涙が出そう!

 

今あった事全部無かった事にしたい!
穴があったら入りたい!
穴が無かったら作りたい!

 

本当に間抜けだぁ・・・・!

 

と、思ってたら。

 

影が差して。

肩を抱かれて、引き寄せられて。

 

・・・・・・・・・・・・・だ、だきしめられてる?あたし。

 

硬直した。
男の人に抱き締められるのなんて・・・・・数える程しかないんだもん。

 

違う違う。

 

あたしとシンはまだ出会って3週間くらいしか経ってなくて!
それはちょっと展開速くない!?
これが普通なの!?
最近の若い子(あたしも若いけど、何となく)って手が早いって本当だったの!?

 

シンは童貞で、ちょっと素っ気無い猫みたいで、こういう事してくる子だと思わなかったから。
あたしは顔を覆った手を放せず、動けもせず(動いていいの?こういう時って)ただこの時が終わるのを待ってた。

 

どれくらいの時間が経ったのかな。

 

シンは突然驚いたように体を離して体を起こした。

 

驚いてるのはあたしの方なんだけど・・・・・。

 

そうか。
カメラがあるから。

 

思わず指の間からシンを見上げたら、シンはあたしに背を向けていた。

 

「シン・・・・・?」
「・・・・手が、握れなかったから」

 

ちいさな、ちいさな声。

 

あたしが自分の顔を手で隠していたから抱き締めたんだって・・・・・変じゃない?
変じゃないのかな?

 

よく分からなかったけど、ちょっとほっとしたの。

 

「・・・少しは、元気出た?」
「・・・・どうだろう」

 

手を下ろした時にシンが振り返るから、またあたしは自分の顔を隠した。

 

恥ずかしいよ。抱き締められたばかりだし。
顔なんて見られたくないもの。

 

「・・・・・あの。そうやられるとこっちの方が恥ずかしいんだけど」
「そういうものなの?」
「・・・今の俺にとっては」

 

あたしも手を降ろすきっかけが無かったから、正直シンの言葉は有り難かった。
手は下ろして、シンを見上げるとシンは一瞬驚いた表情で彼の方から顔を逸らされた。

 

どういうリアクションなのか分からなかったけど、何となくその理由を尋ねられなくてあたしは話を切り替える。

 

「シンはいい人なのね」
「それは・・・・・突然抱き締めた男に言うもんじゃないと思うけど」

 

そうなのかな?
それは・・・そうかもしれない。

 

可笑しくて笑ったら、シンは気まずそうに髪をかきむしって。

 

でもよく考えてみてよ?
いい人じゃなかったらここで否定しなくて、自分はいい人なんだって売り込めばいいんだもの。
それをしないだけでもシンは十分にいい人じゃない。

 

うん、いい人よ。

 

「シンは元気な方がいいよ。落ち込んでるなら、あたしで良ければ話を聞くわ」
「・・・・・・俺、護衛なんだけど」
「護衛の人は護衛対象者に人生相談しちゃいけないって誰が決めたの?ZAFTでそう決まってるの?」
「そういう訳じゃないけど」

 

じゃあいいじゃない。

 

あたしの言葉にシンは困ったように笑ってから窓の外を見て。
そのままあたしのベッドの端に腰掛けた。

 

あたしはシンの横顔を見つめて、話し始めるのを待つ。
こういう表情をする兵士を、あたしは何人も見てきたから分かる。

 

話してくれる。

 

確信を持って待っていると、シンは小さく息を吐き出してから目を閉じて。
「あのさぁ」と、小さく呟いた。

 

「俺・・・・・・・・なんで戦ってたのかな・・・・・・・・」

 

何でだろう。
シンはやっと話し始めてくれたってだけなのに。

 

その表情があんまり苦しそうだったから。

 

あたしはそれだけで視界が滲んでしまった。
シンの声に出さない叫びが聞こえるような気がした。