戦後シン×ミーア_PHASE09

Last-modified: 2008-04-27 (日) 18:39:49

ミーアは日記を書き始めるようになってよくシンに話しかけた。
それまでは自分の過去に付いては殆ど話していなかった彼女だったが、日記を書くこと
で自分自身が思い出せること、思い出せない事の区別が付き始めたのだろう。
不安で語れなかった過去を、シンに少しずつ語るようになった。

 

そして写真の数もどんどん増えた。

 

一番多い写真はその日の食事。
次はミーア自身の写真。
(主に勝手にシンが撮影したもの)

 

一方シンは、ZAFTにて「宇宙に出て戦後処理の手伝いをしてもらう必要がある」と、
言われ始めた。
戦後処理は予定していたよりも思いの外作業が進んでいなかった為だ。
デスティニーの機動力とシンの操縦能力を借りたいと言われていたのだが、今日まで
シンはそれを断り続けていた。

 
 

シンは、まだ宇宙を拒絶している。

 
 
 

「シン・・・・シン?」
「ぇ?・・あ、なんだ?」

 
 
 

うっかりぼーっとしてしまったシンは、慌ててミーアに応えるべく顔を上げる。
すっかり心此処にあらずだったシンを見て、ミーアは訝しげに眉を顰めた。

 

「何かあったの?」
「別に・・・・大したことじゃない」

 

そっぽを向くシンに、ミーアはこっそりと息を吐く。
シンが「別に」と答えるのはいつもの事だが、その回数が最近多い事にシン自身気付い
ていなかった。

 

「シン。そんなに暗い表情で居られるとあたしも気になっちゃうわ」
「暗くなってなんか、ない」

 

唇を尖らせて子供のように拗ねるシンに、ミーアは言い返したい様子を見せたが、口を
開く直前でそれを堪えた。
シンもミーアもどちらかというと我侭な性質で我を通せなければ気が済まないところが
ある。
これでミーアが更に詰め寄るような事を言えば喧嘩になるのは目に見えていた。

 

シンもまた自分から突き放してしまった事により、ミーアに話し掛けづらくなり、
居心地悪そうにしていると、病室の扉がノックされた。

 

はっとシンは顔を上げて私服の中に隠している銃に手を伸ばす。
時計を確認し、今の時間は医師も看護師も訪れない時間であると認識する。
鍵はいつも掛けてある。
不用意に誰かが入って来るという事はない。

 
 

「・・・誰だ」
「俺だよ、俺。ディアッカ・エルスマンだ。シン・アスカに要請が降りたんでやってきた。
とりあえず此処でする話じゃない。出てくるか、招き入れてくれないか」
「どうぞー!」
「ちょっ!ミーア!」

 
 

勝手に了承するミーアを振り返ると、彼女はシンに対して不機嫌そうに頬を膨らませて
病室の扉を指差した。
開けて来いというのだろう。
何故ミーアが怒っているのか分からなかったが、シンも身元がハッキリしていれば異論
はない。
ディアッカ・エルスマンには戦後何度か会っている。

 

扉に近付き、脇にあるモニターで確かにディアッカである事を確認すると鍵を開ける。
扉を小さく開けると、ディアッカが扉を大きく開けて中に入ってきた。

 

「よっ」
「・・・なんですか?要請って」
「決まってるだろ。出撃要請」

 

ディアッカはシンの不機嫌な表情にも気にせず横をすり抜けると、ベッドに向かう。

 

「ちょっと!」
「挨拶くらいするだろ?普通」

 

ディアッカの格好も私服だった。
いつもは後ろに流している前髪を下ろしてちょっとした変装のつもりなのだろう。
ベッドを覗き込むと、ミーアと視線が合い、ディアッカは人懐っこい笑みを見せる。

 

「はじめまして、ミーア嬢」
「こんにちは。・・・シンの出撃要請って?」

 

シンの知りたい事をミーアが代わって尋ねる。
しかし、ディアッカはミーアを上から下へと眺めて「へぇ・・・」と、小さく溢した。

 

「本物に何度か会った事あるけど、本当にそっくりだ。髪が黒いのもいいな」
「あの、シンは・・・どこかに行くの?」

 

めげずにミーアが尋ねると、ディアッカは「そのこと」と、笑ってシンを振り返る。

 

「今すぐ行って来い、宇宙へ。出撃準備は整ってる。俺はお前の代理で護衛に来た」
「俺は宇宙には行かないって!」
「そう言うだろうと思って、カナーバ最高評議会議長代理の出撃要請の書類も貰って
来ている。FAITHとしての正式要請だ。拒否は出来ない」

 

戦後、デュランダル議長の意に沿って行動していた評議会メンバーは一斉にその席を
追われた。
そして代わりに2年前の戦後処理の際に尽力したメンバーが一斉に呼び戻された。
ZAFTからはイザーク・ジュールと、そして今回からはこのディアッカ・エルスマン
も父の代行として政治家としても動く事が多くなっていた。

 

その彼が最高評議会から書類を持ってきたというのだ。
目を通さなくても本物だと分かる。
一応はカナーバ議長代理のサインを確認すると、それまで噛み付く勢いで反抗していた
シンも大人しくなった。

 
 

とうとう、この日がやって来たのだと、思った。

 
 
 

「あの、危険は無いの?」

 
 

半ば諦めたシンとは違い、ミーアが食い下がった。
心配してくれる心にシンは胸が熱くなり、同時に気恥ずかしく思う。
彼女はシンの今の気持ちを知っている。

 

戦いたくないというシンの本心を知っている。

 
 

ミーアの言葉にディアッカは何と答えていいのかわからなかった。
彼女の必死さから、彼女が求めている答えは「絶対の約束」でなければならないのだと
いう事を何となく察したからだ。
暫く考えて、結局は誤魔化しきれる物ではないと悟って口を開く。

 

「危険が無いとは・・・言い切れないな。ただ、今回の作業にはシンの力と、
デスティニーが必要だ。だから出撃要請は受理された。ま、いつもどおりにやって来たら大丈夫さ」

 

要請は今日一日限定だから、明日のはまた元気な姿が見れる。

 

ディアッカの笑顔の言葉にミーアはほっとした表情を見せたが、直ぐに遠慮がちな視線
をシンに向けた。

 

結局はシンがどういう判断をするかだ。

 

それまでぼんやりとミーアを見つめていたシンは、突然視線が合って少し驚く。
気遣わしげな視線が、シンの言葉を待っている。

 
 
 

あんた、なんでそんなに心配してくれるんだ・・・・・・・?

 
 
 

ミーアの視線の意味が分からず、シンは誤魔化すように苦笑した。
結局、書類まであっては、出撃するしかないのだ。

 

出撃しなければZAFTに居られない。
ZAFTに居られなければ、シンには何も残らない。

 
 

ミーアとの出会いも、消えてしまう。

 

折角、守りたい者が、出来たのに。

 

自分しか守れない、存在が、出来たと思ったのに。

 
 
 

宇宙に出る自分と、ミーアを秤に掛ける。
いや、掛けるまでも無かった。

 
 

宇宙に出る。

 
 

その選択肢しかシンには無かった。

 

「・・・分かりました。・・・・ミーアの事、頼みます」
「あぁ、まぁかせとけって」
「シン!」

 

踵を返そうとしたシンを引き止めるミーアの声に、シンは思わず立ち止まり、振り返る。

 

どんな顔をすればいいのか分からず、苦笑した。

 

大丈夫。

 

そう、見せられればいいのだが、そこまでシンは強くなかった。
それでも、不安げに自分を見上げる女が居れば、奮い立たせるしかない。

 

「大丈夫。今日直ぐに戻ってこれたら寄るから。無理でも、また、明日来れるし」

 

少し言い訳じみた響きになっているかもしれない。
しかし、今シンに出来る精一杯がこれだけだから、シンは苦笑したままの表情で踵を返し、
病室を出る。

 
 

後ろ髪引かれない訳が無い。

 
 

病室の中はとても狭い世界だったが、シンにはとても心地良い空間だったから。
それでも、また明日会う為に、シンは振り返ること無く病院を後にした。

 
 
 

シンが病室を出てディアッカが中から鍵を掛けて戻ると、ミーアが不機嫌な表情で
ディアッカを見上げていた。
玩具を取られて不機嫌になっている子供のようだとディアッカは思ったが、意外にも
出て来た言葉は違っていた。

 

「・・・・・・貴方の事、月で観ました。アスランの友達だって。お父さんの代わりに
原稿を読んでて・・・・・」
「へぇぇ。そうなんだ。あいつが、俺の事友達って言ったんだ。意外ぃ~」

 

てっきりどうでもいいんだって思ってたんだけど。

 

ディアッカが気にしてなさそうに笑うが、ミーアは厳しい表情を崩さなかった。
心の裏ではディアッカの言葉に動揺し、アスランが正確には彼の事をどう表現したのか
を思い出そうとしていたが、結局は思い出せずに言葉を続けた。

 

「どうして?どうして貴方が此処に来るの?テレビの規制をして、ニュースを見せない
ようにしてるなら、貴方が来るのはおかしいでしょう?」
「あー。偉い偉い。そこまでは考えるんだ?顔をこんなに変えて人の言いなりにはなるし、
アスランが必死になって庇うから、どれだけ馬鹿なんだろうって思ってたんだけど、
そう馬鹿でもないじゃない?」

 

皮肉った表情と言葉にミーアは悔しげに奥歯を噛み締めてディアッカを睨むと、
ディアッカは更に楽しそうに目を細めた。

 
 

「あー。これでも俺、アンタの存在擁護派だったりする。それは信じていいぜ」
「信じ・・・られない」
「いいよ、信じなくて。そっちの方が都合がいい。さて、そろそろ本題に入るか。
今この部屋の盗聴器だけは止めてある。カメラは動いたままだからそのまま俺の事は睨みつ
けておいてくれたらありがたいんだけど」

 

ミーアが本気で怒った事を確認してからディアッカは体の向きを変えた。
その方向が微妙であるから、ミーアは何となくディアッカが体を向けている方向が
カメラの死角になる方向なのではないかと想像する。
それを確信するかはこれからの発言次第なのだが。

 

「先日アスランから連絡が入った。おっと。俺を睨んだままでいろよ」

 

ミーアが息を吸った音を聴いてディアッカはそのままの体勢で警告する。
慌てて眉間に皺を寄せると、ディアッカは反応がない事を良い事に更に言葉を続ける。

 

「プラントにアンタが戻って来たって事は現時点で伏せられている。それを心配した
アスランがアンタの様子を尋ねる為にハッキングまでして来て連絡を寄越してきた。
だから正直に、デュランダル前議長の思惑をハッキリとするまではアンタの帰還に付いては
伏せる事にしていると教えてやった。あんたは知らないかもしれないが、メサイア崩壊時に
亡くなったのはデュランダル前議長だけじゃない。護衛や秘書も亡くなっていて
手掛かりが殆ど無い状態だ。辛うじて残っているのはプラントに残った秘書のメール位だ。
だからこそアンタの僅かな情報でもプラントは欲しがってる」
「あたし、知らないわ。何も教えて貰えなかったもの」
「いや?あんたはそう思ってるだけだ。あんたに分からないように伝えた情報の中に
必要なデータがある事もある。それを分析するのが俺たちの仕事だ。現に毎日のカウンセ
リングの中で俺たちはいくつかデータを集められている。しかし、アスランはそうは思
わない。アンタがもう暗殺でもされてるんじゃないかと心配らしい。だからこそ、
生きている事を知って、アスランは要求してきた」

 
 
 

ミーアの、オーブへの引渡しを。

 
 
 

「出来ないわ!」
「そうだな。俺もそう思う。でも、それを言うのがアイツなんだよ。身勝手で、やる事
が無茶で。でも、オーブのカガリ・ユラ・アスハは説得してやがったよ。更にはアンタ
の脱出計画まで既に用意されているらしい」

 
 

アンタ。アスランの何なんだ?

 
 

ディアッカの問い掛けにミーアは睨み続ける事が出来ず、眉根を寄せて困ったように俯いた。
ミーアにも分からない。

 

アスランがミーアを心配している理由など。

 

ただ、アスランを思い出すときの顔は目覚めた時の泣きそうな顔と、アスランが
脱走しようとした時の、最後に別れた時の苦しそうな顔だった。

 

だからこそ、アスランが自分を助けようとする理由は、彼の後ろめたさなのではないか
とミーアは思ったが、それを口にはしなかった。
本当にそれが理由だとしたら、少し淋しく思うから。

 

「俺は正直どっちでもいいと思ってる。いつまでもこんな狭い病室に居るよりも、
オーブに居た方がきっと外にも出して貰えるだろうし、テレビの規制なんてものもない。
自由に暮らせるだろうと思う。・・・しかし、アイツがなぁ・・・・。
オーブに引き渡した所でカガリ・ユラ・アスハの支持率を考えると、アンタがオーブに居る事を公表して
アンタを盾にプラントと交渉しようとする人間が出てくるんじゃないかと考えてる。
俺としてはもうちょっとオーブを信じてもいいんじゃないかと思ってるんだが」

 

次第に独り言のようになっていくディアッカの言葉の意味をミーアは正確に理解できな
かった。

 

自分にそこまでの価値があるように思えないのだ。

 

ニュースも何も見ていないミーアには、ディアッカの言葉や、アスランの言葉の意味を
吟味する材料が全く無いのだ。

 

「プラントは・・・・あたしをどうするつもりなのかな?」
「それを正確に教えてやる事は出来ない。俺はさっき擁護派だとは言ったが、アンタ
自身を信じてる訳じゃない。アンタの境遇に同情しているだけだ」

 

はっきりとしたディアッカの言葉はミーアの胸に刺さる。
しかし、彼の意見もまた、プラントの中で多くあるのだろう。
それくらいはミーアにも判別は出来たし、自分が長く生き続けられるとも思って
居なかったので、ぎゅっと強く目を閉じ、ディアッカの言葉に胸を痛めながら、それでも受け
止める。

 

ディアッカは、ミーアの返事がない事に僅かにミーアに視線を向けようとして、ベッド
脇の壁に貼り付けている写真に気付いて目を移す。
シンの報告から彼が写真を撮り、プリントアウトして壁や日記帳に貼り付けている事は
知っている。しかし、その一つ一つを目にするのは初めてだ。

 

一番多いのが朝食で、その次はミーア自身。

 

そして、少ないが、シンとミーアの二人の写真。

 

楽しそうに笑う少年と少女の距離がとても近く感じてディアッカはじっとその写真を
見つめた。

 

仕事でしか会った事が無いが、シンが年相応に笑う姿なんて初めて見た。
軽口を叩いてもピクリとも笑わず、憮然と眉間の皺を深くする生意気な少年が。

 

ミーアと二人で互いに食べる棒付きの飴を腕を絡めて食べさせ合いながら笑っていたり。

 

ミーアが嫌いな食べ物を食べさせようとしている写真を収めているのだ。
写真の腕は下手だが、それでも人が余り見せたくない表情を上手い具合に撮っている。

 

「なぁ・・・・、アンタ。シンの事好きだろ」
「へぇ!?」

 

唐突な言葉にミーアは顔を真っ赤にさせてディアッカを見る。
ディアッカは壁の写真を見たままでミーアを振り返らない。
しかし、ディアッカにからかうつもりは無かったのか、写真をじっと見つめたまま、
淡々と言葉を繰り出した。

 
 

「この写真貰っていい?・・・・・・・それと、さっきのアスランの計画の件。
アスランは本気で言ってる。アンタがオーブに行きたいなら、俺は協力する。どうするか、
1週間で決めるんだな」

 
 

シンと二人で映った写真を剥がしながらディアッカはまるでそれが簡単な選択のように
告げた。

 

ミーアは、己の感情が幾つも交錯している事に戸惑い、返事をする事が出来なかった。