スティングの日記 1ページ目「Phantom」
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深いまどろみから意識が覚めた
「ここは……どこだ……?」
思わずまぬけな声を出してしまい、羞恥心にさいなむ
落ち着き払って辺りを見渡すと、巨大モニター、コンソール群、操縦捍、シート、そして軍人——そこは戦艦だった
彼等の様子からして、自分の姿は見えていないらしく、空気のような存在であることを悟った
そうだ、俺はデストロイの中で死んだのだ。しかし、ここは天国でも地獄でもないように思える
きっと未練か、何か別の企みによって思念が残留してしまったのだろうか
成す術も当てもなく通路を漂っていると、否応無しに自分が死んだというのを再確認させられた
ぶつからないのだ、人にも、物にも
「便利なんだか、不便なんだか……」
独り言を呟いても、誰も反応しない——ただ一人を除いて
「不便よ」
仰天しながら後に振り向くと、そこには『仲間』がいた
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「居心地はどう?」
「まあまあだな」
赤毛のグラマラスな女の言葉にぶっきらぼうに答えた
あれから2日が経っていた。女は以前からこの艦、つまり『アークエンジェル』にいたらしく、親切にも艦の案内や『幽霊』のルールを教えてくれたりと、何かと世話になっていた
ちなみに俺の姿が生きている連中に見えないのは
ルールその1『生物には全面的に接触出来ない』
が働いていたからだ
「まあ、死んでいるのに居心地もクソも無いがな」
「死んでいるからこそ……居心地は重要なんじゃない?」
「そうか?」
「少なくとも、先輩としての意見はね」
女は髪をかき上げながら遠くを見つめた
——その先には同世代の青年がいる——
女が四六時中、その男を見つめているのは知っていた
「……未練か?」
「…」
女は口をつぐんだ
「理由を聞くのは野慕だったな」
「……罪滅ぼし……かな?」
女——フレイ・アルスターは自らを抱えるようにしながら呟いた
「見守る愛も……あると思うの」
「健気だな」
「……ばかっ」
怒ったように頬を膨らせ、フレイはゆっくりと去っていった
「見守る愛もある……か……」
反芻してみる——なんだか身を切るように寂しくなった
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アークエンジェルは緩やかな時の流れにあり、俺も日がな一日、空き部屋を無断で(許可の取りようがない)拝借し、睡眠を貪るのが日課となっていた
幽霊が眠るのは馬鹿げた話だが、何しろやることが無いのだ
ちなみに、一部を除いて、上層部に不満を持つものが多いことがここ数日で分かった
きっと上層部がブルーコスモスのようなネジが一本足らない集団なのだろう
何時かブルーコスモスの連中に仕返しをしてやりたいが、
ルールその3『生物に危害を加えることは出来ない』
があるため、頭を捻る必要があるだろう
閑話休題
「暇だな……」
部屋の模様に目を向けると、クローゼットに入りきらない衣装、大きめの鏡台、そして愛らしい玩具じみたマスコット
——それらが女の部屋だと物語っていた
精神的にアレだが、他に空き部屋が無い上に、営倉で眠るのはまっぴらなので仕方ない
その時、男が現れた——例の、想い人である
「ラクス……大丈夫かな……?」
男は念入りな掃除を始めた——衣装に皺が着かないように、埃が溜らないように
その顔は楽しげで、男が持つ女への想いが滲み出ていた
「……横恋慕か……」
フレイが哀れに思えて仕方なかった
「よぉし」
俺は気付かれぬよう化粧箱から口紅を取りだし、鏡に文字を書き殴った
——ちなみにルールその2、『無生物には意思に応じて接触出来る』を説明しておく——
そして部屋を後にする。『ここにいるよ』と鏡に記して
あの男に、死してなお見守る者がいることを伝えたかったのだ
「少し、この生活を楽しんでみるかな」
俺は軽い達成感を胸に秘めながら、この戯れのような状況に身を任そうと心に決めた
〜つづく〜
01ページの裏
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「ニートの奴、どうしたんだwww」
「部屋に篭って『ごめんなさい』と連呼してるwww」
「ザマミロwww」
——クルーの会話を引用