日記の人 ◆WzasUq9C.g 09

Last-modified: 2016-03-22 (火) 01:34:20

ウィッツの日記
 
 
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「エサよ、エサ」
「やだぁー、こっち見ないでよ」

女性クルーの失笑が心を刺す
艦内を歩くといつもこうだ

「うるさい!」
「うわっ……引くわ……」

耐えきれずに怒鳴ると、そそくさと逃げ出す女ども
ああ、鬱だ

「機体を壊すなよ」
「もうちょっと奮闘してくれ」
「これだからエサは……」

食堂に行き、列に並ぶと幻聴が聞こえ出した
いや、現実か?
ああ、鬱だ

カウンセリングに足を運ぶ

「気にするな」

一言貰って部屋を出た
ああ、鬱だ
鬱だ鬱だ鬱だ

「うわぁぁぁぁぁ!!」

奇声を上げながら走り出した
息が切れ、足がもつれる
それでも止まらない、いや、止まれない
止まればまた幻聴が襲う
誰もいない場所に行こう
誰もいない場所に
誰もいない場所に
誰もいない場所に

営倉に篭ることにした

静かで落ち着く

コツコツ……

足音が聞こえる

来るな
来るな
来るな

「……ウィッツ?」

現れたのは金髪の少女、ステラ・ルーシェだった

「…なにしてるの?」

返事をしなかった
怖かった
二言目には罵声が飛ぶかもしれないからだ
ステラはそのまま俺の隣に腰を下ろし、何も喋らなかった
——どれ程の時が流れただろうか

「明日も来る……」

ステラは一言残し、去っていった

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営倉に篭って5日目——
ステラはその後も毎日来た
いつも片手にコーヒーと食事が乗ったトレイを持ちながら
何時しか足音が恋しくなっていた

「あつい……」

火傷しそうなコーヒーを口にしながらステラが呟いた

「……冷めたコーヒーの方がいいな」
「変わってるな」

俺は初めて口を開いた
その言葉が『変わってるな』とはなんとも気が利かないと自らを思う

「じゃあ……ウィッツは冷めたコーヒー……」
「……嫌味か?」
「ううん。でもアイスコーヒーなら……みんな飲む……」
「……」
「人間って不思議……ウィッツはアイスコーヒーになれば……?」

ステラはコーヒーを残して帰っていった
コーヒーは冷めていた
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「しばらく見ないと思ったら……」
「家出でもしてたんじゃない?」

営倉から出ても、何も変わっていなかった
いや、変わったものはある

「エサにはエサの生き方がある……俺はエサはエサでも、エサマスターだ」

『どんな強敵と戦っても生還する』
それが俺の得た、否、ステラがくれたアイデンティティ

「次もなんとか生き残ってやらぁ」

清々しい気分だ

つづく?