最終話 幸せの資格

Last-modified: 2019-02-08 (金) 00:25:51

最終話 幸せの資格

 

 -私、シャリア・ブルは、知っている。この光景-

 

 幸せな結婚式。黒髪の少年と金緑色の少女の約束の日。
そう、いつか見た光景。あれは確かもうずっと前、木星からの帰路の中、夢で見た光景。
だが、今回は夢ではない、私はなぜか見知らぬこの二人の結婚式の参列者として、末席にいた。
そして、いくつかの事が、夢とは違っていた。

 

神父や観客にも顔があること。
ここが緑の平原ではなく、何故か斜めに切り立った建造物の外壁であること。
そして、何よりの違い。あのとき感じたおぞましさや恐怖は全くないこと、
純粋に幸せな、見る者全てがほほえましくなる光景。
代わりに感じるのは虚無感、喪失感、そして焦燥。幸せな光景の中、自分ひとりが
取り残されているかのような、切なさ。

 

「ん?」
ふと横を見る。この場に相応しくない感情をそこから感じたから。
そこには一人の青年がいた、その人物を見て私は驚愕する。
ジオン軍将校の制服に、奇麗に整えられた薄紫色の髪型、そして本来のその甘いマスクを
涙でくしゃくしゃに歪めて-
 ジオンにあって、その人を知らぬものはいない。ザビ家末弟、ガルマ・ザビ!
自ら地球攻略の指揮に立ち、名誉の戦死を遂げた若き英雄。死後も国家の範たる存在として
多くの国民に悼まれてきた若者。
その彼が涙にくれ、自責と後悔の念に駆られ、自らを責める。

 

「・・・ごめんイセリナ、僕は、こんな当たり前の幸せさえ、君に与えることが・・・もう・・・」
そう言ってヒザを付き、地に手を付く、嗚咽を漏らして下を向く、まるで土下座のように。
 その瞬間、彼はまるでCGの処理のように体を薄め、やがて消えていく。これは一体?

 

   ――――――――――

 

 ガウのコックピットで、ガルマは自らの身を炎で焼き、破壊される部屋に体を潰されながら思う。
あれ?なんで自分は、こんなに悲しい思いをしているんだろうか。
長年の親友に騙され、敵である木馬の砲撃にさらされて、せめて一矢報いようと体当たりを仕掛け
それもかなわず散る寸前、僕が思ったのは、ザビ家の一員としての誇りを示すことだったはず。
ジオン公国に栄光あれ!と叫び、自らの矜持と誇りの中で死んで行けるハズだったのに、
今の自分は女々しく泣き崩れ、悲しみの中で最後を迎えようとしている、どうして・・・
 彼の脳裏に、彼の愛する女性が浮かんだのと、ガウが爆発に包まれるのはほぼ同時だった。

 

   ――――――――――

 

 別の方向、またシャリアは、その場にそぐわない表情をした、別のジオンの軍人を見つける。
背は低いが強靭そうな肉体と、それに相応の武骨な表情を、結婚式から体ごと背けて。
「ワシには・・・眩しすぎる、この光景は。」
直視できないと言った表情で下を向く。そこには百戦錬磨のゲリラ屋の力強さは無く、
ただ残された者への後悔の念が漂う。
「ハモン、お前も女だ。ならお前もこんな瞬間を迎えたかったんじゃなかったのか・・・
それをワシは、戦争屋だとか、ゲリラ屋だとかいう理由で付き合わせて、お前に甘えていた。」
歯ぎしりを見せ、何かに気付いたようにハッと目を見開いて、続ける。
「ハモンよ、お前はお前の幸せを見つけろ、ワシにこれ以上付き合うな!」
その願いが無駄であることは、誰よりも彼自身がよく知っていた。彼を愛した女を戦争という
薬味にどっぷり漬けてしまったのは、他ならぬ自分自身なのだから。
そして彼もまたフェードアウトする。

 

   ――――――――――

 

 胸元に抱えた爆弾の爆発の衝撃と熱を感じながら、ランバ・ラルは思う。
敵の少年兵達にではあるが、戦争の非情さ、掟を示せたことに自分の死にざまを感じていたハズだった。
 しかし今思うのは、常に自分の傍らにいた女性のこと、自分の世界に引っ張り込むだけで
彼女のために、など考えもせず、それでも自分を慕ってくれていた女性のこと。
何故だ、何故ここにきて彼女を思う、それでは納得して死ねないではないかー
 連邦軍モビルスーツ、ガンダムの腕の中、ひとりの戦争屋が自爆した瞬間の、
最後の感情がそれであった。

 

   ――――――――――

 

 またいた。涙にくれる人物。今度は新郎新婦とさほど年の変わらない少女、
ピンク色の連邦軍の制服を着た、頬にソバカスの目立つあどけない女の子。
「いいなぁ、私もこんな結婚式、してみたかったなぁ・・・ねぇ、カイ。」
涙をぬぐい、目前の結婚式から目を離さず、続ける。
「ジルやミリーもキチンと正装してさ、きっと可愛いだろうね、カイの友達にも祝福されてさ・・・」
自分と恋人の姿を新郎新婦に重ねる。それがもう叶わない願いだとしても、この瞬間だけでも。

 

   ――――――――――

 

 ミハル・ラトキエは落下しながらそんなことを考えていた。確定した死が迫るその時に
彼女が望む光景が何故か、ありありと浮かんできたから。
彼女がいまわの際に見た光景、それは幸せな一生に一度の晴れ舞台、自分には決して来ない時間ー
 あの二人みたいに、というミハルの願いはひとつだけ叶った。水面に激突する彼女は
空中で激突する新郎新婦と同じように、砕け散って物体となった。

 

   ――――――――――

 

「そうか、これは罰なのか、我らジオンに対する、彼らのささやかな復讐・・・」
シャリアは悟る。この舞台はブリティッシュ作戦と呼ばれたコロニー落下作戦の瞬間、
そしてこの場にいるのは皆、その犠牲者だと言うことを。
我らジオンの、それに加担するものの恋は決して実らない、という呪い。
彼らに満足する死を与えない、この幸せな光景を見せつけることで、殺された自分たちの矜持と
ジオンのやったことを死の間際に後悔させる、そんな呪詛を具現化した光景だということを。

 

 さらに周囲を見回す、知った顔、知らない顔が次々と現れ、涙を、苦痛を、後悔の表情を見せては消える。
ドズル・ザビ、シーマ・ガラハウ、バーナード・ワイズマン、エルヴィン・キャデラック、マ・クベ
やがてはデギンやギレン、キシリアといった国家のトップまで・・・
 死の直前に、自分以外の誰かの幸せな光景を見せられる、それはなんと苦痛なことだろう。
自分には来ない未来、届かない夢、取り返しのつかない罪、やり直せない時間、それを思い知らされるから。
 そうか、だからかつて夢で見たとき、あれほどのおぞましさを感じたのか、これが単なる幸せの光景ではなく
我らジオンへの復讐の一環だったから。

 

「シャリアさんも、そう思います?」
いつのまにか横に少女が浮かんでいた。浅黒い体に金緑色の瞳をたたえ、薄いベージュのワンピースを
ふわりとなびかせる。
知っている娘だ、同じキシリア閣下の部隊、フラナガン機関に現れた天才少女、ララァ・スン。
その圧倒的な才能は、彼をして間違いなく宇宙最高のニュータイプだと認めさせた。
 え!?その彼女がここにいる、ということは・・・

 

「久しぶりね、ココロ。」
ララァは優しい目で新婦を見つめ、そう語る。
「私も幸せだったわ。でもね、あなたには敵わないかな。私は愛する人と、心を通じ合わせた人がいた。
でもそれは別々の人、お互い敵として戦い、憎しみ合う人。でもあなたはそれが同じ一人の人なのね。」
目を閉じ、祈るような表情を見せ、嘆く。
「羨ましい。そして、ちょっと悔しい、かな。」
それでも笑い、彼女は虚空に浮かんでいく。その存在を希薄にさせ、やがて消える。

 

「そうか、彼女も死んだのか。」
シャリアは思う。これが戦争だ、いくら才能があっても、運命の歯車が向かなければそうなる。
この眼前の結婚式の出席者全てがそうであるように。
 なら私は?ああ、そうか。戦っていたんだ、ララァにも勝るとも劣らない、連邦軍モビルスーツの
若きパイロットと。
 天涯孤独でよかった、とシャリアは思う。もし思い残すような人物が自分に居たら、私も他の亡霊と同様
後悔のうちに死ぬことになっただろうから。
 私を倒した彼に、さらなるニュータイプの可能性を見たことで、未来に明るい材料を見いだせた。
願わくば、彼がこの結婚式に出席することがないよう祈りたい。彼の心が歪み、このような大量虐殺を
行うような人物にならないことを-

 

 ガンダムのビームライフルがブラウ・ブロの船体を貫く。炎に包まれるコックピットの中、
シャリア・ブルは恐怖でもなく、覚悟でもない、見知らぬ恋人同士の一時を目にしていた。
 夢から覚めた時、彼の目に映ったのは、モニターに映る女性の顔。同じ機体、ブラウ・ブロに搭乗している
フラナガン機関の研究員、エンジニアリングオフィサーのシムス・アル・バハロフ。
彼女の恐怖と悲しみに包まれた顔だった。
「いかん!脱出を・・・」
彼の最後の言葉はそこで途切れる。戦争、その最中では誰しも「納得できる死」など
迎えられるはずは無かった。ニュータイプでありながら、最後を予知も出来ずに
同乗者の女性を死なせてしまった。何と愚かなことだ。

 

 船体の爆発に包まれながらシャリアは思う。
-願わくば、再びあの結婚式に招待されるのは御免こうむりたいものだ-

 

 一年戦争、後の人類の歴史を丸ごと変えてしまった独立戦争。
その悲劇を人類は回避できなかった、どこで間違えなければよかったのか、
ジオンの独立を認めていればよかったのか?
ミノフスキー粒子やモビルスーツが無ければ?
それとも、この幸せな結婚式のような『本当の幸せ』を人類が身に染みて知っていれば・・・?

 

その答えを、生者の中に知るものは無かった。

 
 

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