木星の花嫁 ”Bride in Jupiter” アクト3

Last-modified: 2014-03-09 (日) 17:18:12
 

アクト3 前編

 

ルイス・ハレヴィは大いにうろたえた。
「どうして、確かに私はリボンズに向けて… 殺そうと」
今更ながらに、みずからの選んだ選択に腕が震えるも、実際に起こされた結果は意図しないものであった。
それはある意味において最悪といえる事態であるが、一面において彼女を救った事も確かであろう。
ガニメデの回線が会心のトリックを披露する男の声を届けた。最高の競演者であり、また最良の観客となった者を賞賛する。
リボンズ・アルマーク=リバース・ユピトゥス 
「リグ・ヴェーダを通して君の機体をコントロールさせてもらっていたのさ、手足の如くとはいかないまでも腕の一本だからね。
 それにしても、この体は具合が良い。邪魔な家主は岩戸に籠もったままで、なにより細胞の一つ一つが良く馴染む。
 誰に感謝をしたものかな。
 ああ、君の愚かさも敬意に値するよ。素晴しい助演だった。ただし道化としてだがね。
 知っていたかい、かつて私のプレゼントしたあのレグナントも君の忌み嫌っていたガンダムだったと」
ルイス
「あの戦争の後にすぐ」
リボンズ
「ほう、では訂正の必要があるかな。おくびにも出さず、あの時私を受け入れたとはね」
ルイス
「でも愚かというのは確かね。私はまた過ちを繰り返してしまうところだった。そういう意味ではあなたを感謝するわ。
 他人を消すことで、何かを為す事を二度としない」
リボンズ
「おやおや何を言い出したかと思えば、まあ… 君のここでの出番はもう終わりさ。
 あとは観客として手をこまねいて観ているがいい。
 ここからは他の演者の見せ場だ。但し勝手に席を立ってもらっては困るからね。機体の機能は停止させてもらった。
 それと興奮した者にからまれてはいけないから、GNフィールドは展開させておこう。
 カーテンコールには必ず招待するから気を悪くしないで欲しい」
ルイス
「あなたの演出どおりには行かないわ、私が何度でも変えてみせる」
リボンズ
「それでは失礼」
リボンズ
「これより、ジュピトリスワンの制圧を改めて再開する。花嫁はその意を示された。ジュピトリアンよ我に続け」

 

その呼びかけに彼らが応じるよりも早く、一機のMSの軌跡が宙域に解き放たれていた。
可変によって、その形状もまさに一筋の矢を宇宙に描くアーチャアリオスの姿だ。
アレルヤ・ハプティズム
「一番認識が甘いのは僕か、一瞬の隙を衝かれるなんて、それでもこの間なら あのMSを」
ミゲル
「させねえよ 花嫁様の許しが出たんだ。こっちとら、5日もよぅ、ぶっつぶしたくてうずうずしてたとこなんだよ。
徹底的にやりあおうじゃねえか」
アレルヤの動きに、いち早く反応した機体があった、ジュピトリアンのミゲルの駆る可変MSエウロパである。
変形したその姿もまた、宙に放たれたひとつの矢、青色の跡線が互いに交差し、衝撃はその行先を変える。
皮肉にもこの初動は、交わされた鏑矢となる。そしてここに再び戦場が創られた。

 
 

ジュピトリアン旗艦ガリレオから、我に帰りし者たちが機体を起動させハッチを開放しオペレートを開始する。
先駆けの誉れをCBに奪われた失態に恥じ入るかの様に、MSは競い合うが如く次々と吐き出され編隊を組み上げた。
その眼に焼き付けられたMSガニメデの砲撃と耳に刻まれたリバース・ユピトゥスの言葉が、
結果として多くのジュピトリアンを釘付けにしていたのだろう。彼らの業はかくも深い。そして彼らは理解する。
ジュノーにて花嫁様は絶望を知り受け入れてくれたのだろうと。そしてあの方は、父を我らの元に引き戻し、
今人類に別れを告げたと。
さあ、父ともに新たな母のため、地球の人々に絶望の続きを伝えよう。

 

グラハム・エーカー
「MS隊及び、ガガ隊は各機指定されたハッチより発進、配置につけ」
ヤオ・ハン
「忙しい連中だな、話し合うと言った口で攻撃してきおった。
 あのMSの展開速度を見る限り、あちらの予定通りではないようだが」
それはジュピトリスワンのブリッジも同様であった。
小惑星ジュノーの接近から戦闘の再開を予感し備えたはずが、
あざとくも奪われてしまった機先を嘆きヤオは部下達にかわり愚痴をこぼした。

 

サジ・クロスロード
「一体なんですかこれは!」
ターシン
「見ての通り停戦が終わったということだが」
セレナ・ソレンダ
「随分と勝手なことで」
「聞いての通りこれは花嫁様の意思であり、従って問題は無いはずだが」
「違う。ルイスはこんなこと望みはしない」
「花嫁様とお知り合いでしたか。しかし信用をしてもらうには難しいかもしれませんが、あの機体は紛れも無く」
「たとえそれが事実であっても、僕は僕の知っているルイスを信じます。ターシン艦長、セレナ代表、あなた方ならば、
 この戦闘を止められるはず、お願いします。いまならまだ」
「わたしはサジ君に賛成でかまいませんわ」
「…… 」
「ソレスタル・ビーイングのMSは僕が必ず止めます」
「君の言は、そこの口の減らない女性と違って信頼に値するのだろうが、
 全ての指揮権は先だって全ての者の合意をもち、リバース様に自動的に移動した。
 私には何の権限の無いと言いたいところだが、さっそく新たな役どころとして降伏の受け入れの取次ぎを仰せつかってね。
 ジュピトリスワンに回線を開放した。好き相談にしてくれたまえ」
「あらご丁寧に、まだお話できるなんて嬉しいわ。お暇な艦長さん」
火傷をしてしまうような微笑みを飛ばして答えるセレナは、サジにも笑みのおすそ分けをなげかける。
その目に宿る種火をもって彼を焚きつけようと。
サジは思う。
仮留めされていた吊り橋は、いとも容易く崩壊したと。
そして残った残骸は頼り無くも両岸を結ぶ、ほつれた横縄の一紡ぎの繊維。
そう、まだ意図は届く。

 
 

リボンズ
「ガリレオは以上だ。
 ネネ、君はGN粒子の散布を続けながら、花嫁のガニメデを護衛してくれ。
 どうも機体が安定しないように見える。通信も先ほどから途絶している」
ネネ
「わかりました。ご安心をリバース様、あの方には誰にも指一本として触れさません」
整いつつある戦陣を眺めると、その手綱をして停止を告げ、粒子に乗せて思念を発した。
その向かう先は、かつて彼が呼んだ名前では、コロニー型外宇宙航行母艦ソレスタルビーイング。
リボンズ
『聞こえるか、ジュピトリスワンの兄弟よ。君たちは、そして我々はイノベイドと呼称される存在である。
 今感じているこの共感覚を持ち、その肉体はあらゆる種を凌駕する。
 地球連邦政府は新たなる種の存在を一年以上も前に知りながら、この事実を隠蔽していた。
 これは恐れなのだ、そして差別ともいえよう、そして軽蔑に値する。
 欺瞞なる連邦と人類に別れを告げ、同胞達よ、いまこそ立ち上がれ』

 

ジュピトリスワンを貫いて見えざる波紋が水面下を伝い拡がっていく。
艦橋で一人の青年が、静に席を立ち司令卓へと近づいた。
ガイレオから繋げられた回線がヤオ司令を呼ぶセレナの音声を届けようとしたその時、
青年は司令の前に立ちその口を開く。
オペ男
「あちらから反乱を教唆する語りかけが今ありました。多分艦内のイノベイドにも聞こえたと思います」
ヤオ
「何とか間に合ったかな、どうだ艦内は」
オペ子
「はい今報告がいくつか、やはり多少の動揺はありますが、混乱というほどではないようです」
ヤオ
「セレナ代表聞こえているかね、そんなに心配しないでくれもう少し信頼してくれてもいいじゃないかな、
 それとジュピトリアンの方々に私からもよろしくと伝えてくれ」
彼の脇にあるモニターには、インタビューを受けるセレナ・ソレンダ代表の映像が流れている。
ジュピトリスワン艦内の情報チャンネルの一つを使用し1日ほど前、
つまり和平会談の送迎をしたソーマ大尉が報告を上げた時点から放映を開始したVTRだ。
池田
『つまりこのジュピトリスワンの乗員のうち6割が、そのイノベイドでしたか、
 ええと宇宙に対応するため人工的な進化を施された人間であると』
セレナ
『はい、それと先ほどお伝えしましたように自覚といったものは無く、
 多分皆さんは、放送と同時に発信しました保健局の判別証で初めて認識されたのではないかとおもいます』
池田
『わたしはどうでしょうか放送前に教えてもらえたら、えっ、いいんですか。残念、ああ貴重な機会を逃しました。
 もしイノベイドなら宇宙人ということでセレナ代表の花婿に立候補出来たのですかね』
セレナ
『うれいしのですが、生憎わたしもそのイノベイドですわ』
語られている事実のわりに他愛も無いインタビューが30分ばかり続く。
種を明かせば何と言うことはないのであるが、このジュピトリスワンではこんな保険が十分に効いたのだろう。

 
 

本来降伏の条件について話し合うために開かれた回線にもセレナの対談映像がジュピトリスワン側から送信されていた。
ヤオ司令の悪戯に違いない。全く、心配しては損ばかりする。
セレナ
「残念でしたわね、私が信頼するよりも、他の方々は私を信用してくれたみたいで」
このぐらいで動揺してくれるのなら可愛げがあるのだが、目の前のイノベイドがそんな男でないことはもう十分に知っている。
ターシン
「やはりあなたもイノベイドだったとは、初めてお会いしたときから、そうではないかと思っていましたよ」
いけ好かないとはこういう事だ
セレナ
「遅い。サジ君、あなたは間違ってもこんな口説き方をしちゃだめよ」

 

落胆の色もみせず、彼はひとり呟く、
「反応がないな、残念だ。やはり自覚の無い者達に期待しても無駄か、
 まあこちらもどの程度の自覚があるのか分かりはしないが」
リボンズ
「諸君、返答は無かった。しかし絶望はすぐにも、わかりあいを我々と彼らに与えてくれるに違いない。
 全機リグ・ヴェーダ・MSコントロール・バックアップ・リンクを開始せよ。その秘められし力を絶望として、ゆけ」
各パイロットはガリレオ艦からのリンクをリグ・ヴェーダに切り替える。
機体性能、連携、子機MA操作が、完全なる量子コンピューターのバックアップによって格段の上昇を数値上示す事は
彼らにとってかつて行ってきた演習で明らかにされている事実である。
先日の第一波の戦闘の手ごたえがジュピトリアンに小惑星基地ジュノーの到着をもって勝利を確信させていたのだろう。
有機的に活動する一つの生物のように前進してゆくMSとMAの群体が、遂にその戦闘行為を再開する。

 

オペ男
「きます」
グラハム
「まったく、口がダメなら、腕力とはな 弾幕集中しろMSを努めてつぶせ」
モニターを睨むも、未だ残る戦士の勘が彼にアラートを鳴らす。
「おかしい随分と動きが違う 戦意の違いか 戦術オペレーターはデータ処理だ、先だっての予想係数を修正」
緒戦の強襲ではなく予想された戦場は、その艦を要塞と為し、各所に三次元的砲火集中を意図的に作り出す。
誘導兵器にかわって復権を果たすは、古来よりの空間射線戦術である。
宇宙空間という無限の機動可能方向を持つMSと、行動予測計算の粋を集めた弾幕が
己の威信を賭け互いの光閃を描き出すはずであった。
MSの携帯火器を上回る常設砲の出力が、まずは一時の一方的暴力ともいえる火線の波を産み出す。
しかし、そこに現れた光景は、ジュピトリアンのMSがまた一機と射線を潜り抜け、ジュピトリスワンの表層へとにじりよる姿。
予測連動砲塔運動はリグ・ヴェーダに逆計算され、さらなるMSの連携運動を組み上げられた。
予想数値を上回るスペックがそれを可能とする。
あわれな羊となった砲塔達は打ちのめされ、その腹を赤く染める。
オペ子
「弾幕網突破されました。撃墜ゼロ。敵機表層制空圏まで侵入。当方MS部隊と接触します」
グラハム
「粒子撹乱弾打てーっ」
そして、ジュピトリスワンの外装の周囲に霞が立ち込めた。

 
 

進化の過程での枝分かれが、一つの特性を極めるMSをいくつも作り出す。
それらは、互いに研磨し潰しあい、つまりは一つが残るであろう。
叉従兄弟と呼べるその二つのガンダム、アリオスとエウロパもその日を迎えていた。
アレルヤの放つ多弾ミサイルは、速度に対応できず虚しく宙空で炸裂するのみであり。
ミゲルの射撃もまた、跡線に彩りを添えるに過ぎない。
その宙域で先に造り出されたもう一つの戦場もまた激しく粒子を散らしていた。

 
 

ジュピトリスワンの外装に穿たれようとされたビームの束は千路に乱れ、ほつれて、掻き消えてゆく
兵装の全てをGN粒子変換に頼るジュピトリアンの機体は、その前肢に輝く爪を失った。
残るはその牙しか無い、接近して比較的拡散の少ないビームサーベルを相手の体に突き立てる他は無い。
一機が、周到に切り替えられた実弾射撃による弾幕をかわしてジンクスに肉薄した矢先、その対象は赤き輝きを発して、
ジュピトリアンのパイロットが稼ぎ出した距離を一瞬にして果てしないものへと変更させる。
擬似太陽炉のトランザム、そしてGN粒子変換兵器を無効化させる技術、
それらは太陽炉装備機との戦闘と実戦運用の蓄積であった。
その場に置き去りにされた、いや誘い込まれたジュピトリアンのMSに火砲が叩き込まれ、爆光が戦場の彩色を変え始めた。
入念に練りこまれた戦術にジュピトリスワンに取り付いたMSとMAは一機また一機と損耗を重ねてゆく。
不利を悟り乱獲幕の立ち込める表層宙域から転進をする。

 

リボンズ
「グラハム・エーカーか、なるほどやってくれる。しかし、これで切り札は見せてもらった」
かつて自身の手中の駒として一度は扱いかねていた男の名を思い出した。艦長とは冗談とも思っていたがなかなかどうして
コンソールのチェックを進めながら、未だ減ることの無い余裕を吐き出す。
「それでも、持ち駒は私のほうが多かったみたいだね」
皮肉と指示のリズムが、また刻まれる。
「ジュピトリアン全機に伝達、新システムをリグ・ヴェーダ上に構築した。各機、システム導入と同時に、
 堅塞を抜き本陣へと槍を突け」

 

第2波が突入を敢行する。射線援護のない中での弾幕突破は、再び集団機動の芸術を戦場に描きだし、MSに牙を向ける。
戦術に裏打ちされた単純なる回避行動が、宙間舞踊を嘲笑い、再びその顎からすり抜けんとした。
瞬間、後を引き赤い糸が繋げられた。
「トランザム」「トランザム」
身を紅玉の如き輝きに染めたジュピトリアンの機体が、追従しガガやジンクスの装甲へとビームサーベルを突き立て、
異なる色彩を戦場に散りばめる。復讐を果たした猟犬は、狩場を蹂躙しようと次なる獲物を求め回遊する。

 

リボンズ
「頓挫回収機体の分析結果と私の知識があれば、トランザムシステムの解除など容易いものさ。
 ただ開放時間制限の構築に手間取ったがね」

 

グラハム
「早いな 甘く見ていたようです」
ビリー・カタギリ
「それに関しては面目も無い。ブラックボックスの解析はともかく、
 エイフマン理論の展開を無しには機能するハズがないのですが」
「はじめから使用するつもりがなかったかもしれんな。止むえん艦内坑道で迎撃を再す。全部隊引かせろ。
 司令、申し訳ありませんが予定より早く出撃させて頂くことになりました」
「どうかな今後の見立ては」
「全力をお約束しますが、引き際はお任せします」
「任されたが、シーリン副代表そちらは」
モニターに映るノーマルスーツを着用する女性は、展開に動揺を見せることなく指示の合間に司令に応答する。
シーリン
「退避艦への非戦闘員の乗艦はしばらくすれば完了します。私にしてみれば慣れたものですが、ただ見逃してくれるかですね」
ヤオ
「さて向こうで交渉チャンネルを用意したくらいだ、その余地はあるだろうさ」

 

後退を図るジュピトリスワンのMSの中でひとつの機体が、流れに逆らい宙域を駆ける。
彼女ソーマ・スミルノフの向かう先は、2機にして最も広い激戦区域を造りし機動戦闘の狭間である。
アレルヤ
「くそ抜けない」
トランザムを使用し突破を図るが、ここにおいても、その優位は無くなっていた。
ミゲル
「まったくずっりぃな、こんな便利なもん使うんだからよ」
青色の太陽炉の輝きが曲線を描いたかと思うと、変形を利用し、たちどころに鋭角の多角形が刻まれる。
そこに割り込む、異なる配色を、ユニクスの眼は捉えていた。MSイオはロングビームライフルの引き金を絞る。
エウロパの背後を狙ったアヘッドは、予期し得ない距離からの閃光に、下半身をもっていかれるも、
ミゲルの意識を刈り取る事に成功した。
『マリー』『アレルヤ』
アーチャアリオスの放出する多弾ミサイルがその戦場を覆い、炸薬の爆発がいくつも輝いた。
一瞬の気の乱れは、ミゲルの感覚を狂わせ。それまでの戦闘の流れの中で憶えた、獲物の持つ動きの流れを断ち切らせた。
「ちっ仕方ねぇぜ 仕切り直しだ。わりぃなユニクス余計な世話かけさせたぜ」
「来るぞ…… 何故だ2機だと……」
爆炎の向こうから、アリオスとアーチャーがその二つの輝きを放ち現れた。

 
 

リボンズ
「すばらしい、この戦場こそ私の創り出した世界。
 それでは失礼するよルイス・ハレヴィ。わたし、いや我らジュピトリアンの野望の第一幕が完成したら、次は地球だ、
 そのためにもなるべく手垢がつく前に返してもらうよ。わたしのCBを、人類にはもったいないおもちゃだからね」
ジュノー基地から引き連れる白色の親衛機のうちの半数を率い、自ら入城の指揮を振るわんと、
遂に彼リバース・ユピトゥスにしてリボンズ・アルマークのガンダムが前線に降臨する。
何も全てを駆逐するまでもない、残る戦意を砕き、自ら動かす者への約束された報酬を手にするのみだと信じて

 
 

彼女もまた動きを止めてはいない。リグ・ヴェーダの制御を外すため刻まれた経験を辿り、一つの可能性に賭ける。
脳量子による量子コンピュターへの介入、リボンズ・アルマークが寄生していたおり使用していた能力。
あのリバースの眠っていた霊廟での感覚を思い出しながら、たどたどしくもリンクを構成しようと意識を解き放つ
ルイス
「これじゃ これしかない でも、もっと もっと速く」
研ぎ澄まされ、磨かれ、慣れを意識できるようになるに従い、行為の難度を痛感する。
「もう」

 

『――るか 』
声が聞こえる、自分の中からだ

 

『それでは、一年かかっても終わりはしないぞ』
「うるさいわね、でもやらなくちゃいけないのよ」
『ただがむしゃらにか。力を貸そうルイス・ハレヴィ』
「さっきから何よ、だったら黙って手伝う。それで今度のあなたは誰さんなのかしら」
『私はティエリア・アーデ。ソレスタル・ビーイングのガンダムマイスターだったが今はこの通り便利な姿でね
これもGN粒子の悪戯といったところかな』
「それはもう聞いたわ」
『なんて口の悪い まったくサジ・クロスロードの嗜好を疑うよ。現状に関しては、すまないが先に君から理解させてもらった。
 この戦闘と彼の野心を駆逐する。この機体と君の協力があれば……
 まずは機体を奪い返す。自由になるが、奴のことだ油断は出来ない』
「ええ何があろうとかまわないわ。よろしくティエリア・アーデ」

 
 

目的地から拡充するGN粒子に繋がり戦場へ飛んだティエリアから、戦況と各種の情報がプトレマイスⅡに送り込まれる。
彼の見つけきた秘鍵をスメラギ・李・ノリエガは、道中までに組み上げ完成を見たた戦術プラン上に核として埋め込んで
その仕事を終了させた。情報技術的な擦り合わせを若い娘達に任せ、後を構えていられるほどに豪胆ではないその戦術
予報士はアルコールの代用として戦術の実行者たるガンダムマイスターに話しかけることでプレッシャーを弛緩させる。
愚痴を聞き流しつつコクピットで作戦詳細と簡易情報を確認するロックオン・ストラトスにとって、頻出する一つのある単語は、
未だ消えることの無い過去と決意に色合いを与えるものであった。
ロックオン
「イノベイド…… まいったなアニュー、結局のところ、まだ俺達はわかりあうことが出来ないみたいだ。
 だからこそ俺はその争いを破壊する徹底的にな。わかってるさこれから向かう戦場にも俺やおまえみたいなヤツが
 いるかも知れないってことはよ。ああ、あいつのした事を恨めなくなっちまうじゃねえかよ」
彼の自嘲は一つの季節の終わりを告げる。

 

そして、自身に未だ迷うものもまた、因縁の名を呟いていた。
刹那
「リボンズ・アルマーク…… 」

 
 

擬装表層など、かつてこの艦の主人であった彼にとっては子供だましに過ぎない。
複数同時に切り裂いた進入口から的確にルートを選別し、最良の指示を前線にて下してゆく。
ヴェーダの無い以上、抑えるべきは司令部ないし機関部であろう。多分にしてこれらが降伏要件となるに違いない。
各所における急造のバリケードで小競り合いが開始される。
通路にもばら撒かれた粒子撹乱が、またしても膠着状態を作り出す。
つまりは千日手がお望みということなのだろう。月軌道艦隊の到着まで大分あるだろうに。
盤上の堅守を崩すは、盤外の一手。
つまらぬ小細工を弄する事は、リボンズ・アルマークの得意とするところである。
巨大な構造体でもあるジュピトリスワンで、その細部を啓くには時間も人員も必要も軍には不足していたのだろう、
そのためのこの航海でもあったに違いない。
つまり未だ認識されていない動線経路の穴を衝く。
正当なる所有者こそが知りえる無人の回廊に、ジュピトリアンの影が進んでいく。

 

機関ブロックへの隔壁を残り一枚とした空間で、一機のMSの存在が認められ、リボンズの元へ報告される。
その時、彼は機関部の制圧の事実をもって、改めて降伏の意思確認を促そうかと考えていた矢先であった。

 

「ここから先は行き止まりだ。いやさ私のスタート地点と言わしてもらおう。
 この狭隘なる戦さ場にて私の刀から逃れることが不可能であると知りたまえ。
 グラハム・エーカー アヘッド・サキガケ推して参る」
撹乱粒子が弾幕を許さず、相対した速度が交わった時、立て続けに2機のMSが白刃のもと両断されていた。
黒光りする刀身に浮き出る赤き粒子の紋が、その手に携えし得物がGNソードと知らせる。
緊張が回廊を包み込む。ただし、この機体を抜くことは、機関部を抑えることである。
ジュピトリアンのMSが一機、倒すためではなく突破するためのスタートを切る。
一瞬の交差、サキガケの背後に抜けた時MSは残骸と化していた。
さらに突破を図る機体は続く、その輝きからトランザムを発動したMSは、高速機動を見せるも、その身を壁面に
打ちつけ挙動を乱すのみ。先のすれ違いざまに一機切り落としたグラハム機は、捩れを生じた刀を取替え、
前進するや立ち直りを図るトランザム機を一蹴し、さらに彼の前線を進める。
刀を手に歩みを落とさず迫り来る姿は戦神かであろう。
続けて敢行された機体そのものをぶつけるといった手段も、かのMSの体捌きの前では足止めにもならない。

 

進攻のはずが、如何にあのMSの前進を防ぐかという態にその回廊は何時の間にか包まれていった。

 

モニターが輝きを取り戻すコクピットで、覚悟が決められた。
『よし、これで完全に機体を掌握した。ジュノーのヴェーダの枷を外す。いいな』
「ええ」
イノベイドの中でも量子感性の優れたもの幾人かが、戦場に潜む何者かの存在に気付き始めた時、
花嫁の座すMSガニメデが全域交信を突然に開始する。
「私は木星の花嫁。全てのジュピトリアンよ、私の話を聞いてください、繰り返します……」

 

「ちっ、どうやってあの女が。いや、この干渉はオリジナル・ヴェーダいつのまに、ティエリア・アーデか」

 

通信機器の回復の様子から、ネネはガニメデの不具合が解消したとまず胸を撫で下ろした。
絶望に身を投じたルイスの語るであろう督戦の言葉を待つも、それに先んじて届いた通信はリバースからのものであった。
「ネネ、花嫁の機体に強制介入があった。こちらの網を潜ることが出来るとなれば、
 介入者はソレスタル・ビーイングのオリジナル・ヴェーダ」
リバースの言葉と同時に花嫁の話が始まる。じゃあこれは誰……
「わたしはこの戦闘を望んではいません。引き金となってしまった先の砲撃は、ある人物が私の機体に施した悪意が
 原因です。その男は己の野望の道具としてあなた方をも利用しています」
何を言っているのだろう。この高揚感は、あなたのもたらしたものじゃない。何なのよ悪意って、
「それにしても下種な物言いだ。多分CBのイノベイドであるティエリア・アーデが花嫁の脳量子に乗り入れをしている。
 君になら感じるはずだ」
研ぎ澄ませ。
「私は決して絶望を求めてはいません。これ以上の戦闘を中止ししてください」
うるさい、うるさい!! 捉えた。そうかお前がソレスタル・ビーイングか。
「はい、ルイス様以外の脳量子をガニメデに確認しました。わたしはどうすれば」
「ガニメデの機能を停止させ花嫁をお救いしたまえ。君にはつらいだろうが、それしか手立てはない。
 多少の損傷は仕方が無い、これ以上の冒涜を止めてくれ」
そうだ、これは許される事ではない。リバース様お導きを、
「その男の名はリボンズ・アルマーク。かつて地球圏で己の野望を戦火に変えたイノベイド
 彼が、今あなたがたの指導者リバース・ユピトゥスを騙り、その体を乗っ取っています」
もはや、その言葉はジュピトリアンの少女には届いてはいなかった。

 

「最悪、死んでくれても構わないな。所詮は座興で創ったイノベイターの出来損ない、
 いつまでも誤魔化せるものでもあるまい」
彼は一人嘯くと、回線を切り替える。
「ユニクス、君は火星の方向の監視だ、来るならスイングバイ軌道に違いない。ソレスタル・ビーイングの本隊だ」
「花嫁は…… 」
「ただのマリッヂブルーと言いたい所だが、ソレスタル・ビーングの介入だ。そちらはネネに任せた、所詮悪足掻きに過ぎない、
 それに、こちらも今終わるところだ」

 

ジュピトリスワン内部の一ブロックを前線拠点をして、演出の乱れを正す彼のガンダムの前に一機のMSが姿を見せていた。
剥がれ落ちた装甲は、その隙間からGN粒子を垂れ流し、発熱が限界を超えたのか各部アクチュレーターは白煙を上げる。
弓手のマニピュレーターは僅に中指がぶら下がるに過ぎなく、4分より先が最早存在しなくなった実刀は馬手にその身を任せる。
「まさか貴様だったとはな、リボンズ・アルマーク。一度は立ち会ってみたかったが、まさかその機会が訪れるとは
 私は運がいい」
ここまでにMSとMAにしても20機は侵攻路にはいたはずだ。
よくもまあと感心するも、彼がそれ相応の代償を支払っていることは余りにも明白であった。
余興にしてははしゃぎ過ぎだ、呼びかけに答えることなくただ退場を願おう。
その時、リボンズの支配するGN粒子がCBとは異なる一群を捉えた。
それは、ジュピトリスワン艦内で篭城戦を繰り広げていたはずのガガの編隊である。広大な艦内を横断し、戦闘宙域として
死角となったハッチから出撃をかけた。その進路上にあるは、小惑星ジュノー、
戦場の習いかグラハム・エーカーに、絶妙のタイミングで更なる挑発を紡がせた。
「王手飛車取りだ。貴様とその基地と、どちらが王かは知らないがな」
リボンズ・アルマークは声を荒げ返答となる言葉を吐き出す。
「人間如きがつまらぬ足掻きを!! ユニクス足止めをしろ、艦外に残した親衛機もしばし預ける」

 
 

ガニメデ艦の一室で、通信を聞いたサジは、信じた女性の名を口に出した。
「ルイス」
その喜びをひやかすように、同席して通信を聞いていたはずのジュピトリアの青年は乱れを感じさせず言葉を挟んだ。
「これで自分が正しかったと」
「もう止めましょう。こんな事は、言ってるじゃないですかルイスが」
賛成と言う軽口の言葉を飲み込み、セレナは彼らを見守ることを決める。
「だが我々のうちでは誰も納得していないよ、むろん私もだがね。そう君の論法なら、私は私の知る花嫁を信じる」
習性は変わらない、自制よりも反応が勝った。
「あら、また都合がいいわね。それに花嫁さんも言ってるわよお題目の絶望なんていらないって」
またその言葉だ…… 思い返したルイスの声が、サジに今までに積もった違和感を吐き出させた。
「彼女が求めるように、僕もあなた達の絶望を否定する」

 

ルイス・ハレヴィの語りは中断を余儀なくされた。気にかける少女の声が届けられたからだ。
「ルイス様を惑わすなソレスタル・ビーイング」
「ネネ私の声が聞こえたはずよ、もうやめて」
「だから、その声で私に話しかけるな!! ルイス様すいません 少し手荒になりますが、ガニメデを停止させます」
出力を絞ったビームの閃光が、コクピットをはずすようにして撃ち出された。
しかし、ガニメデの纏うGNフィールドはそれを寄せ付けることはない。
それもまた苛立ちを掻き立て、ネネは突き崩すかのごとくカリストMAの放射板を輝かせ粒子圧を強める。
怒涛のような奔流に堪えかね、ルイスもまた回避行動をとる。
二機のジュピトリアンのガンダムの描く粒子の軌道が、また戦場にひとつの景色を作る。
「やめなさいネネ。あなたならわかっているはずよ、これは誰でもないわたし自身の言葉だということが」
「わからない、わからないです!! もしこれがルイス様、あなたの言葉なら、なぜ私たちをお見捨てになるのですか」
「それは、あなたたちに…… ネネにもうこれ以上殺し合いをして欲しくないから」
「それじゃあ私たちジュピトリアンの絶望は」
「また、それね…… いまはっきりしたわ、その絶望が間違っている」
「なら私たちは間違いだと、出来損ないだと」
激昂が、彼女にファングを使用させた。
GNフィールドを貫くべく、千塵の牙が操者の意思を吐き出すようにスカートのマウントより展開する。
「まったく頑固な子、意固地なんだから、ホント誰かさんにそっくりだわ」
『彼の苦労が偲ばれるかい、君に任せた結果だ、決して落とされるな』
出来るならば、彼女を介し操縦を引き受けたいも、ミス・スメラギの戦術プランは余計な行動を彼に許さなかった。
ティエリア・アーデにとっても、ガニメデへのあるシステムの移転と構築を、機体操作の影響を出さぬようすすめる事が
事実精一杯である。
「あなたは、決して絶望しかないわけじゃない。それに、これじゃリボンズの野望に染められるだけ」
「じゃあ、あなたは何を満たしてくれるよ!! この絶望で満たされた器に」
昂ぶる心は、オールレンジ兵器にその乱れを影響させる。そして、ルイスもまたファングを狙うように火砲を放つ。
小さな花が咲く。

 
 

彼女の言葉は届かないのか、眼前の少女にも伝えきれないのだから。
小惑星ジュノーの前では、ユニクスの狙撃から生き延びたどり着いたガガ部隊の生き残りと、
白色のジュピトリアンMSとの戦闘が始まろうとする。
多くの兵士たちが、多くの人間たちが、多くのジュピトリアンが、
ルイスが、ネネが、ティエリアが、サジが、セレナが、ターシンが、アレルヤが、ソーマが、ミゲルが、ユニクスが、
グラハムが、リバースが、リボンズが踊る。

 
 

誰がはじめに気づいたのであろうか、戦場に近づく双円の青白き輝きを。
近づくその二つの輪は宙域の誰もが確認できる大きさとなり、光彩の中一機のMSを確認する。

 

そして、青年の声がする。

 

「ダブルオーライザー、刹那・F・セイエイ 戦争を根絶する」

 
 

劇場版 機動戦士ガンダム00 木星の花嫁 Bride in Jupiter

アクト3 後編

 

全て者がダブルオーライザーをその瞳に映す。

 

宇宙が彼らを包み、戦場が彼を導いた。
全てを断つ為に……

 

ある者は初めて目にする輝きに異質を見出し、
またある者は戦場伝説ともなっている輝きの形状を、記録にあるデータのそれと一致させた。
それぞれが原初から持つ懐かしみ、固執、杞憂、信頼、葛藤、畏怖が掘り起こされ、剥き出しにされていく。

 

その一瞬、輝きは時さえも支配したのだろうか、
解放されたそれぞれの時間が戦場に散り、また戦火を燃焼し続ける。

 

「…… 」
異質なる存在をこの戦場に近づけてはならないとユニクスはその機体を眼にする事で実感した。
ガリレオ艦甲板上にて抱えた銃身の向きを変え、静に狙いを定める。
足止めとて適うのであろうかという不吉な予感を胸に、直進する光点を照星に捉え引き金を絞る。
トランザムによって輝きと、流速を増し放たれた蒼槍の軌跡は、双環の中心を貫くことは無く、標的を中心点とした対線上から
伸びる光条によって打ち消される事となった。

 

「その機体特性なら、ここで狙ってくる事はお見通しだ。ハロ、射線調整を引き続き頼む」
「マカセロ マカセロ」
再度輝く戦場からの蒼光を確認するなり、ケルディムもまたその引き金を絞る。
プトレマイオスⅡのMSハンガーに固定された大口径GNライフルが、射手の意図を打ち出した。
光線は前方に展開するシールドビットの組み上げた円環を潜りぬけることで、微かに軌道を調整し算出された一点へと
宙を切り裂きその身を運ぶ。
先行するダブルオーライザーのわきを抜け、ガンダムイオの放った流星の光弾を再び打ち落とした。
「ロックオン・ストラトス、目標を狙い落とす。刹那、お前の足は止めさせやしない。目指すその先を見せてみろ」

 

僅かな減速さえなく最短の直線上を、そしてガリレオ艦とイオを抜けダブルオーライザーは戦場の中心であろう
小惑星ジュノーとジュピトリスワンの間にその姿を晒した。
ガガとの戦闘を優位に進めていた白色の戦闘群が残存するMAをまとめ、突如として現われた乱入者の排除を開始する。
打ち込まれるビームの射線を粒子の刃をもって切り払い、刹那がその戦場に初太刀を刻んだ。
続けてGNソードⅡから打ち出される粒子の軌条は牽制など要することなくMAを輝きと供に残骸へと変え、
加速と変向を両立させた機動性が、ジュピトリアンMSの認識を超えて瞬時に可動部を切り裂き、戦場にある兵器を
また一つと無力化していく。
圧倒的と映る勇戦のなか、しかし彼はいらだちを言葉として発していた。
「どこにいるリボンズ・アルマーク!! 貴様なのだろう、この戦いの源は」
その弾劾を嘲笑うかのように宇宙は、そして戦場は無音であり。
返事となるものは勢いの増した敵意の銃光があるのみであった。

 

「ロックオン ロックオン」
「こんどはこっちかよ」
シールドビットが防御の体制を組み上げプトレマイオスⅡの艦橋を狙った破壊光を逸らす。
「反撃に移るぜ」
ケルディムの放った返礼は、虚しくも送り主に届く事は無く、
離れた宙点から、時を移さず放たれた同質の攻撃が、その示した発光点をもって機動狙撃への切り替えを告げていた。
「機動力もあるとは、これじゃ埒が明かねえ。ミス・スメラギ」
「ええ、このまま刹那に続いて戦場に割り込むわ。フェルトは全方位監視に切り替えを、ラッセ!!」
「おう、よっしゃあ!! 突っ込むぜ」

 

ケルディムとイオの相紡ぐ光条の行き交いが互いの発光点を縮めていく。
時間さえもがその身を痩つすなか、シールドビットは集合を為しえず、
向かい来る火砲の衝撃を前に、単独での抵抗を試みるも無残に散らした破片が跡に残るのみあった。
砲塔ブロックが、そしていくつかの区画が炎をあげ、プトレマイオスⅡの艦体は衝撃に揺れる。
一方で、ユニクスもまた彼の保持する機動半径が徐々に狭められている事を理解していた。
近づく敵艦がイオと交差する寸前の最短の一撃が、ソレスタル・ビーイングの狙撃手が仕込んだ狙いであろう。
当たれば致命傷となるであろう射線の罠を互いに廻らせ、その瞬間を誘い込む。
訪れたタイミングに解き放たれたものは、ライフルの粒子ではなく、粒子の固まりそのものを纏うMSの姿。
「こっちならどうだい、接近戦ならな」
両の手に構えられた2丁の短銃を打ち放ち、間合いを完全に殺しにかかるケルディムは、獲物とするイオを
発生させた支配範囲から逃さず、その型を描く様に美しい慣性制動は、兵器の持ち替えの隙さえ与えはしない。
2機のMSはトランザムの輝きを発しながら時間を喰らう。
避け続けることも終に限界を超えたのか、ガンダムイオが光弾の数発を装甲を犠牲に受け止めるようになっていった。
「このまま行くぜ」
ここが折り返しである。
不意にイオの手中に現われた棒状の輝きによって、打ち込んだ粒子の連弾が捌かれ、ケルディムの型の流れが乱される。
長大なるロングライフルを縦横に走る粒子排出溝を、己のGN粒子で覆い尽くす事で作り出した光棒が、ジュピトリアンの
その手には握られていた。
「…… 」
産み出した暴風の切れ目を衝かんと、銃身に纏った光の膜を解き、拡散に切り替えた手中の長物を発射した。
打ち放たれたビーム粒子の無数の雫が、空間を奪いながらケルディムをその面に捕らえようと光の網を拡げる。
雫は何モノかにぶつかりはじけて消えた。
より厚い密度を持ったGNフィールドが雨をしのぐ壁となってその場に割り込んでいた。
戦場を横断し舵を切ったプトレマイオスⅡが2度目の突貫を仕掛けていた。
「乗ってくか、お客さん」
「遅いぞラッセ」
交差の間に、ハッチに取り付き難を逃れたケルディムのコクピットの中で僅かに息を吐く。
「ミレイナ、ライフルは」
「後部デッキに再設置済みですう」
「上出来だ。それじゃ、第三ラウンドだ」
過ぎ行く敵艦にイオの放った一撃はGNフィールドを貫き、その後背に損傷を刻む。
同時の返礼によって肩部装甲をもがれたイオのコクピットでユニクスは、振り子の如く続くことになるであろう難敵との
長期戦の覚悟を決めた。

 

「ハァ ハァ」
押し切るかのようにファングはその数を減らしながらも、ガニメデの兵装を潰し尽くした。
コンデサーと共有されるキャノンの砲身はその形を残しておらず、
そのMSとしての巨き過ぎる体躯を動かすことさえ、もはや満足に行えないないであろうことがわかる。
もうこれ以上こちらに近づけはしまいと確信を抱き、ネネはようやくにして落ち着きを取り戻した。
逃げるようにルイスから離れ、伸ばされたその手を振りほどこうと傷をつけた。
「やっと終わった」
あの声を耳に入れまいと切断していた回線を繋げなおし、他機にガニメデのジュノーへの移送を指示する。
そして、ネネは心に芽生えた苛立ちを無性に吐き出したくなった。
そんな対象を求めてカリストは、溢れ出す己の粒子を敷き詰めるように新たな戦場に彷徨い出る。

 

宙を臨めぬ一画は、ジュピトリスワンの坑道ブロックであった。
「無事かい」
「カタギリか、ああ…… どこかへ去ってしまった」
隔壁に背を預け腰を落とすサキガケと呼ばれたMSとおぼしき塊に、作業ワーカーが取り付きハッチを開く。
「そうかい なら、あれはやはりダブルオーライザーの粒子ということだね」
「来たのか彼が」
そう言うとグラハム・エーカーは、モニタを艦外カメラに切り替えた。
「期待に沿えず申し訳ないが、もうこれ以上の戦闘は無理だよグラハム。
 こうして動力と電装が生きてることさえ奇跡に近い。
 チューンしたとはいえサキガケでは、もう君には役不足か」
技術屋として繋げた端末情報を伝えることで、ビリーは友人としても彼を止めるよう努めてみた。
「やはり間接部だね、次は強度とプログラムを…… 」
「いや、もういいカタギリ。
 未練は無い、これでMSのファイターは仕舞いだ」
「そうかい」
「そうだ」
視線の先にあるモニタには、青く残る双円が画像を刻んでいる。
「まるで曼荼羅の絵図だな、戦いの輪廻にまだ身を焦がすか、ガンダム」
今、その輪から外れることを選んだ男は、彼にしては珍しく少し名残を惜しむかのように言葉を漏らした。

 

戦いの円環の中で破壊を重ねるダブルオ-ライザーの戦場に、宙域に残っていたガガが紛れ込む。
援護であろうか、ただ騒じょうにとりつかれたのか、ダブルオーライザーに群がるジュピトリアンMSの後背を突きかかる。
瞬間、太陽炉を切り外され無力化された2機の両陣のMSが、新たに戦場を飾る静物としてキャンパスに加えられていた。
刃を振り切り残身をとる彼の耳に届くは、あの嘲笑。
「おやおや、せっかくの援護じゃなかったのかな」
「リボンズ・アルマーク!!」
「それに、いつまでそんな半端な曲芸が続けられるかな、純粋種は」
「その名で俺を呼ぶな、俺は刹那・F・セイエイ。戦争を根絶するものだ」
ガガの破壊は、斥力と化しジュピトリスワンの艦外に現存する連邦のMS隊を引き寄せる契機となった。
密度と混沌に彩られた鉄機の波状は、彼の手に一つ生命の輝きを摘み取らせ、その数を増やす。
「どこにいるリボンズ」
「どうした戦闘はまだ終わっていないぞ。それではまだ足りないのじゃないか、ソラン・イブラヒム。
 それにどうだい、この光景は、まるであの砂漠の、クルジスと呼ばれた廃墟に光臨するガンダムようだ」
「どこまでも、貴様は」
そこに、苛立ちという意味で共通する何者かの意思が、割り込むように叩きつけられた。
「ソレスタル・ビーイングーッ!!」
また一つ声が咲き乱れる。溢れんばかりの青光をその異形な大身を纏ったガンダムカリストMAが少女の激情を吐き出す。
肩部とスカートに据えられた砲門を開放し、ネネは光条の乱流を宙域に充たした。
「おまえたちがルイス様を!! それにみんな殺して一体何をしたいのよ」
出来上がった発光と発熱の飽和区域に、続けてファングが踊り込む。
だが、そこに目標の姿はない。
粒子の流れを読んでいたはずのネネは戸惑いから、眼前に現れ浮かび上がったダブルオーライザーの機影に驚愕する。
そして、粒子が搭乗するパイロットの雄叫びを少女に叩きつけられた。
「子供が、戦争をーッ!!」
GNソードⅢがカリストの左腕に加え、直線下にあるスカートの一部を切り取り、そのMSは振り返ることなく少女を後ろに
戦場を移す。

 

一人残された少女が、打ち棄てる事の出来なかった、苛立ちに震える。
「……何よ、何なのよ、誰も彼も」
そして、彼女が慰めるように言葉をかけた。
「だからネネ、あなたの相手は私って言ってるじゃないの、さあ話の続きよ」
身と覆う厚い装甲はファングによって刻まれた無数の傷跡を印す。
こうして近づく推力さえ安定を為さないその機体でどうやって僚機を振り切ったのだろうか。
しかし、こうしてまたルイス・ハレヴィの乗るガンダムガニメデは少女の前を遮っている。
「邪魔しないで。これ以上、何を言うのよ」
「これ以上じゃないわ、まだ始まってもいないくらい、知ってる? 女の話は長いのよネネ」

 

呼吸を整えることも忘れ、息を乱す刹那の聴覚が宇宙にあるはずの無い銃声を創りだしていた。
「確かに、あの懐かしい戦場には子供が似つかわしいね」
「貴様が」
「いいや勘違いしてもらっては困るな、これは彼女達ジュピトリアンの始めたことさ、
 わたしは後から背中を押しているに過ぎない。
 これは彼らの戦争だ、彼らの絶望と君のそれとどちらが勝つか楽しませてくれ」
続けられる言葉は、さらに何処へと誘うのか。
「わかっているのだろう虚しさを無力を、そう、それが絶望さ」
無限と思われる戦い、それはこの宙域だけのことではない、そう彼の見てきた少年の時、
そしてソレスタル・ビーイングとして世界と、アロウズと、イノベイドと、
そして続く紛争と戦う。
この一つ一つの破壊は、何を変えるのか。
己を除く全てを破壊すれば終わりは見えるのか。
変革とは、人類とは、いったい俺に何を導けというのか。戦いの先にあるものは何だ。
思考の淵で覗く水面は暗く、体を澱みの闇の奥へと深く誘う。
ダブルオーライザーがその機動をわずかに弱めていく。
ただ光が強まった。
双肩から浮かぶ蒼き環が揺らぎ、震える。
脳量子が求めるのか、それとも機体の意思であろうか、そして宇宙に粒子が弾けた。

 

戦場を包みこんでいた深く濃いGN粒子が、反応を連ね天文学的に誘爆を重ねることで、量子の安定を脆弱なものとしてゆく。
量子は自己の揺らぎを知り、仮初めに創りあげた実体のはざまを、そのすべての者に体感させた。
混線するそれぞれの自己の境界のなかで、ひときわおおきく一声を拡散させ続けていた青年がいる。
彼はこの変化に気付かない。眼前にいた二人に語っていた言葉が、ここにいるすべての者への言葉であるから。
「だから、ぼくが皆に伝え、教える。
 幸せを、幸福がなにかを、そう希望を。
 絶望は誰し持っている。僕もそうだった無知と無関心、無力が絶望にすがりついた。
 それでも、僕たちには過去の何気ない幸せの記憶が残っていた。希望が」
声が上から重ねられた。ターシンの思考が
「しかし、我々は既に充たされている。希望など」
その反問を遮るようにサジ・クロスロードは言葉を続ける。
「かつて僕は世界を知っていないと教えられた。そしてこれが現実であると。
 けど今ならば、世界はそんなに狭くは無いんだと僕は教えてあげることが出来る。
 彼らが、そして君達が知っていたはずの幸せや人を好きになるといった想いもまた一つの世界だと。
 今も一人、闘い続ける僕の友人に伝えたい。
 彼の幸せの記憶を、ただ忘れてしまっていただけの想いを、そう絶望は全てじゃない。
 宇宙はもっとひろいんだ」

 

「…… ええ」
空間は形を成し、そこには二人の姿があった。
少女は気付く、そこが短い時間を供に過ごし夜を語ったあの一室であると、
「ネネ、あなたは知っているはず、そして私に何度も見せてくれたわ」
正面にある姿はその金色の髪と供に、記憶に残していたジュピトリアンの真紅の制服を着こなした木星の花嫁。
そして、自身の体を彩る衣裳は白と黒のコントラストのあざやかな介添人の正装、花嫁のためだけに皆で作り、
着飾った忘れるはずも無い服だった。
「わたしは、あなたの絶望を受け入れた。けれどもね、それよりも前にもっと他のものを貰っていたの。
 それはネネあなたの微笑みや、踊るようないろんな感情のひとつひとつ」
体の憶えていたルイスの鼓動が伝わることで、ネネはその腕に彼女の手が触れた事に気がつく。
「そう、うれしいって気持ちや、困ったときのいじらしさ、それはとても幸せなことだと思う。
 だから、今度はわたしがあなたに分ける番よ。それでも解らないのなら、こうして傍で教えてあげるわ」
ルイスの手のひらの体温さえも感じて、ネネは体を竦めた。
どううしていいのかと迷う未熟な少女のそんな思いが逃避を願っていた。
「嘘よ…… こんなのまやかしよ!! ねえ、私を、誰か私をここから出して」

 

弾ける粒子は、彼等の身にも影響を及ぼしていた。
『ああ頭に響きやがるぜ』
「ハレルヤ、勝負を決める。いいかい」
再会もそこそこに男達は、戦いに沈む。
『まったく人使いが荒くなったな。オンナいるんだろ、テメエも手伝え』
『私の名前は、ソーマ・スミルノフだ』
「ソーマ… 」
最前までソーマ大尉と呼ばれていた女性パイロットが口に出して呼んだその同じ名は、
根源の音を響かせた。
『行きます。マリー・パーファシー』
アーチャーとアリオスは、さらに2つの意思に分かれる。
思考と反応がその翼を広げ宙を舞う姿は、つがいの猛禽さえ凌ぐ美しさを纏っている。
追いつめられていく自らを知ってかミゲルは声を荒げる。
「ちくしょう ちきしょう ここでやられるわけにゃいかねぇんだよ。
 泣くなよネネ 兄ちゃんが今すぐ行くからよう」
高まる感情は戦士の限界をも超えるのであろうか、しかし手にする火器を失い、エウロパはまた一つ傷を重ねていった。
ついに滑空するアリオスの尖角が、勇戦にとどめをさすようにコクピットをその兆しに捉える。
突き刺された機体は、白く輝くMAのそれであった。
戦域を越えて割り込んだ意思を持たぬ無人の兵器。
「あ、あにきぃ、兄貴か、意識が」
『今だミゲル、そしてネネを』
「うおー」
MAに深く穿たれた亀裂は、アリオスを押さえ込む結果となっていた。
エウロパは、ただひとつ残ったビームサーベルをその手に輝かせる。
一連の事態に反応するアーチャーの斬撃を、肩後部に残った最早飛翔さえ叶わないであろう翼をして受け止めると、
地に足を絡めとられ、もがく、同じく飛翔を生業としたガンダムへと刃を握る腕を伸ばす。

 

頭部を包む何かに反響する自身の声が、身に纏う服が戦衣であると教えた。
先ほどからモニタが捉え続けてきたMSの傷ついた姿を認め、何があったのかと理解しようとする。
しかし腕に残るこの温もりはなんであろうか、こうして再び瞼に焼きついたあの顔は。
先の部屋のように近づこうと、バランスを明らかに欠いた粒子噴射を行うガニメデに少女は、いつのまにか話しかけていた。
「もう…… 来ないでよ。それにそんなボロボロの機体じゃ」
「あら心配してくれるの。でも、それならあなただって」
また声を聞くと、体があの先にあったはずの鼓動の熱をくれる様な抱擁を求めだす。
「だめよ、こんなにして」
肩部から縦に切り裂かれていたカリストの巨躯もまた、粒子を正常に機動へと変換する事に苦心する。
それでも今だ膨大に放出され続ける粒子光を更に強めることで、また彼女から離れようともがいていた。

 

『ルイス・ハレヴィ 待たせたな準備は整った』
「わかったわ」
たとえどんなに逃げても追い続ける事は彼女にとって必然でなのであった。そう、彼がしてくれたように。
それに、今は傷ついたネネのカリストが戦場にある事の恐怖もあった。
手段を問うてはいられない。
「ネネ、それじゃまずはじめに教えることは、人の話は最後までしっかり腰を落ち着けて聞くって事よ」
指がキーを叩く
「トライアル・システム起動」
『トライアル・システム起動』
傷を晒し剥離した跡さえみせるガニメデの装甲が、固定ボルトを外す炸薬の爆発にさえ耐え切れずに砕け飛んでいく。
肩が、腕が、脚が、胴が、胸が外されるというよりも剥がれ散り、その殻の内側を露にしていく。
そして、頭部では、覆っていた外装を無数のケーブルが内側から押しはがし、
その結わえ込まれていたのであろう髪を振りほどいた。
『これがガンダム・ガニメデの真の姿。システムの不在からその名だけが残されたガンダム・ユーノーだ』
欠けていたトライアルの理論が移植された事で、リバースのもたらした設計データに名前のみが記されたガンダムが
目覚め、その胸に位置する太陽炉が輝きを絞り出す。
『同調するヴェーダリンク機を全て強制停止させる』
GN粒子の青い光が、制御細管を満たした。
黄色のケーブル管は内側から照らしだされ、その金色の輝きを見せ付ける。
あらわになったユーノーと呼ばれた内なるMSは、か細く伸びる白磁の肢体のすべてを外気に晒した。
そこにあるのは、腰まで届く金髪をのばした少女の姿。

 

そして戦場の全てでジュピトリアンの機体は、その動きを停止する事となった。
ジュピトリスワンの坑道で格闘するMSが、宙を飛び交うMAが全てのジュピトリアンの繰り糸を切る。

 

正面のMSから動きが消える。弾幕を泳ぐ機体は宇宙に流されていく。
そんな光景を目にする兵士達がジンクスにガガに砲塔に存在する。
あの空間は、そしてこれは一体、混乱の連鎖が一瞬だけ彼らに戦場を忘れさせる。
そう殺し合いのさなかの僅かの間。
そして声がした。それが良く知られたセレナ代表の声であっても最早不思議は無い、
『やめなさい』
止まる腕に、続けて今度は回線を流れ始める命令が重ねられた。
「やめたまえ」
同じ言葉であったから、よく耳に残った。続けて回線を伝う文言は補足する。
「ジュピトリスワンに所属する兵士は、直ちに戦闘行為を一時停止せよ。
 諸君らには、軍人であって欲しい。私はジュピトリスワン司令ヤオ・ハンである。
 もう一度言う、我々は軍人だそのことを考えて欲しい」
一人また一人と操縦桿を握る腕は強張りから解放され、そして肺から息を抜くと久しく滞らせていた換気を行った。

 

「動け! 動けよ!! もう少しなんだよ。どうして動かねえんだよ、せめて行かせてくれよ」
ロックされたコンソールに向かって男は吼える。
ミゲルの戦意の先にあるコクピットでは、起死回生の一撃の寸前で停止した敵機を見てアレルヤが現状を呟いた。
「助かったのか僕たちは」
『みたいだな あのおセンチ野郎の仕業だ』
尖角を残骸から引き抜き、人の形に身を変える。
向かい合ったMSはトライアルの虜と化すも、パイロットの強烈な思念はそのままに残すように見えた。
『で、どうすんだ。言っておくが俺たちは軍人でもねえ超兵だ。軍の記録にも、もはや存在しない者だ』
「いいさ もう僕は切り捨てない」
『いいんだなコイツラがまた襲ってくるとしても、もっと悲惨な事になっても』
「その時は、また僕が止めるさ。何度でも止めて見せるよ。そう何度でも必ず。
 そんな重荷なら僕にだって担えるはずさ、これまで君に背負わせてきたものに比べれば。
 ありがとうハレルヤ、これからは君の分も引き受ける」
そう言うと、言葉の端から腰が抜け始める。
「ごめん、ちょっと疲れたよ。なにせ…… ここのところ寝てないんだ…… あとは」
『ああ…… わかった。それに、おまえなら大丈夫だ』
アリオスは久方ぶりにその身を宙にゆだねた。

 

少女もまた動かぬコクピットいる。
もう目を背け、耳を塞ぎ、逃げ出すことも出来ない。
観念したその成長途中の体にルイスの言葉が沁みこむ。
「そう聴いて」
「…… 」
「だからね、家族になろう」
「えっ」
「当然私がお姉さんで、ネネが妹ね。そして笑って、喧嘩して、泣いて、仲直りして、また笑うの。
 ね、楽しいでしょ。ネネ・ハレヴィ、どう素敵な名前だと思わない」
「だけど、だけど…… 」
「もう一度言うわ、家族になりましょう。お願い、一緒にいたいのあなたと」
「私は…… 」

 

ふたりの時間と会話を引き裂くように、一条の閃光が宙を走る。
「戯れ合いは終わりだ、ルイス・ハレヴィ」
オーキッドガンダム3号機・ジュピターを駆るリボンズ・アルマークによるトライアル・システムの根幹たるユーノーを狙っての
攻撃である。
自身の力への信頼か、ヴェーダへの二律背反にも似た不信であったのか、その男のガンダムはリグ・ヴェーダリンクを
必要としない孤高の存在であり、イオリアの呪縛からただ一機自由であったジュピトリアンと言える。
ただし、男は歪んだ誇りをもって言いかえる。
「イノベイターを甘く見るな、人間風情が」
『ならばコチラもみくびらないで貰おう。二度同じ過ちは繰り返しはしない』
ティエリア・アーデもまた、そんな男をよく知る者である。
かつてのCBコロニーにおける戦いでの自機の撃墜を教訓として、予期しえるこのタイミングでの攻撃に糸を張り巡らせいた。
既にして反応を起こし、闇を照らす閃光進路の予想軸を外すように半身を逸らすユーノーの姿がそこにはあった。
この機動によって、リボンズの意図は目標を捉えることなく宇宙の漆黒の向こうへと通過しやがて粒子は拡散するはずであった。
ただし、それは過ぎゆく軌道に何もなければの事象予測に過ぎなかった。
今現実に、ヴェーダの割り出した射線軸上にはユーノーの代わりとなる機体が存在していた。
その絵図を脳裏に映すや、彼女は制動を切り替え、その機体の左腕を伸ばす。
「駄目ーっ」
「!! ……えっ」
ユーノーの機影によって生じていたブライドが外れたことで、動かぬカリストの巨躯を新たな獲物としてビーム粒子が迫る。
偶然かコクピットに向かってその輝きを照らしてゆく光景が、不思議と緩やかにネネの目には映りこんでいた。
ただ言葉も意思も動かぬ重い時間の流れの中、再び何かが少女の視線の先を覆う。
その影がルイスの操るユーノーの左腕であったと気がつくのは、閃光がそれを破壊し、広がる赤と黄の炎と白煙を、
目にした際に己の漏らした、一音の放声の時であった。

 

「フフ… だから君は愚かだというんだルイス・ハレヴィ、つくづく人間など」
左腕から伸びる誘爆が覆うユーノーを眺め、リボンズ・アルマークは己の意図の完成を愉しむかのように言葉を紡ぐ。
そして彼の脳量子がシステム不能によるトライアルの停止を認識した。
「貴様はまだわからないのか」
遂にその姿を晒したリボンズに刹那が叫ぶ。
あの時間の中で聞こえた彼を知りそして彼の知る男と女の示した希望を噛みしめて。
リボンズの乗るガンダムへと舵を切り駆けるダブルオーライザーの機中には少女の悲鳴がこだまする。
トランザムバーストの残響が、全てのものにその声を響かせていた。

 

「嫌やーっ ルイス、ルイスゥッ!!」
眼前で誘爆を続けるユーノーに向かい声を張り上げる。
自由を取り戻したことを少女に知らせる計器の輝きが、バイザーの向こうのネネの蒼白となった表情を照らす。
「なんで、うそ…… どうして私を」
右手マニュピュレーターから抑制粉塵がユーノーへと打ち出される。そしてコクピットハッチを抉じ開けると
ネネはカリストの装甲を蹴りルイスの元へ宙を渡った。
警告灯の点滅するコクピットの中、弛緩し宙に浮かぶ肢体は、かつて少女の手で着せられた赤いパイロットスーツを
纏った女性の姿。
強くそして大切にその体を抱きしめ慟哭する。
「ルイス…… ねえルイス、返事をしてよ。
 無事なんでしょ、冗談は止してよ…… 
 ルイスは言ってくれたじゃない、わたしに幸せを教えてくれるって、家族にしてくれるって、
 姉妹になろうって…… ねえ、嘘じゃないよね……
 ルイス、わたしもルイスと幸せになりたい」
愛しくそして哀しい言葉は、触れ合い繋がる身体を通して伝わることを希望するものだ。
それは宇宙をも振るわせるかのような鼓動を響かせた。
「…… うん、聞こえるわネネ あなたの声が」
少女の体に返事が届く。
「ルイス、ルイス、ルイス」
「うん、うん、大丈夫よ…… もう、また泣いちゃってホント困った子
 女の子の涙は大切なのよ、無駄遣いしちゃダメよ
 いいわ、これから…… そう、これからはしっかり教えてあげるわ」
バイザーの向こうを涙の粒でいっぱいにしているのだろう少女は泣きながら素直に頷く。
「うん、教えて。これからもいっぱい、いっぱい教えてね」
そんな言葉を受け止めると、ルイス・ハレヴィは彼女の妹を静かにその腕で抱きしめた。

 

ダブルオーライザーの行く手を、システム呪縛から開放された白色の親衛機達が遮る。
その名を示すように、始まりのガンダムを守護するため、ガンダムをも超えたMSの排除を再開する。
「これは」
先までの個別が連なる動きさえも凌駕する連携は、ただ一人の意思そのものであり、不純物となる差異さえその機動には
あらわれていない。まるで、
「そうさ、私だ。
 そうだなMSファングとでも言おうか、意志を持たぬ木偶人形は実に扱いやすい」
一なる思考に制御された全域射撃が、回避の隙間を、そしていとまさえ刹那から削ぎ落としてゆく。
「貴様はそうやってまた自分以外の存在を見下すのか」
粒子の織り成す輝きの肖像を貫いた光線が触れたものは、ダブルオーライザーの残影であった。
再構築された刹那の刃が、リボンズのガンダムを遂に捉えようとする。
「甘い」
衝撃が機体を襲い左脚部の損傷をモニタが告げた。量子間移動の終点ポイントに撃ちこまれたビーム粒子が、
ダブルオーライザーを初めてその破壊に招待した。
「完璧に統制された複数火砲をして、広範囲に高密度の死角の無い空間を作り出せば良いだけの事さ。
 まあこんな芸当も私だから出来ることだけどね」
高揚した言葉は彼に蓄積されていた熱の放出となり、続けてその冷めた眼が笑う。
「私ばかりが目立っていてはいけないな。端役とはいえ君達も退場するにはまだ早いよ、ジュピトリスワンの諸君」
そして号令はかけられた。
「拘束は解かれた。
 さあジュピトリアンよ、絶望の演舞を再開しよう」

 

ユーノーの拘束が外れて、自由をその手に戻したジュピトリアンのMSは、それでも沈黙を続ける。
すでに十分な時間の経過があったはずだが、ガリレオ旗下の黄色の軍機は尚も動かない。

 

「ああいってるぜ、おたくの大将」
機体を任されたハレルヤは、のん気にも、先まで死闘を繰り広げていたエウロパに通信を送っていた。
「うるっせ、あんなに妹に泣かれちまったたら、もう戦えねえよ。ずっと兄貴やってんだよこっちは」
もはや興味無くした好敵手に、ミゲルは愚痴ともつかぬ心根を明かした。
「まったくどいつも、こいつも、とんだ甘ちゃんだぜ。
 おいオンナ、この寝太郎にいっとけ、
 代わるもなにもねえってな。
 それとソーマ・スミルノフ、わかってんだろ。
 そんじゃ、あばよ」
『この男はいい加減、名前を…… フン、
 マリー・パーファシー、そういうことだ、これでさよならだ。
 結局わたしはおまえであり、おまえはわたしである。まあ、当たり前のことだ。
 それでも、義父のなで呼ばれる良いものだった』
「さよなら… いいえお帰りなさいソーマ・スミルノフ」
多分最後となる別れは寂しくもあるが、これまでもこれからも彼女は知っている。
一つの戦場が彼ら以外の誰に知られることも無くその幕を閉じた。
人を想うもの達の願いを結び。

 

「何故だ、なぜ連中は動かない」
「お前には聞こえなかったのか、彼女達の声が。
 幸せを希望を願うあの声が」
刹那が、一人問う彼に答えた。
「たかが戯れ言が何だというのだ。
 絶望の螺旋から抜け出れるとでも、いいや、この私が許しはしないぞ」
その眼に宿る焔は、なにを示すか。

 

事態を見守る事は、戦時よりもその知覚を行使していく。
そんなジュピトリスワンのブリッジクルーの間に、感覚さえ麻痺させるような劇物となるモニタリング数値が投げ込まれた。
「小惑星ジュノーに高濃度粒子圧縮反応!! 粒子値はメメント・モリ級!!」
「なんだと」
「反応地点の映像に、放出反応芯を視認。予想目標軸は、X32.Y174.Z-65.モニタに回します」
座標は無機なる数字の羅列から、このジュピトリスワンの外装を示す厚岩質の一部となった。
ノラッフ・ノエルシュは、オペレターとして情報に正しを添える。
それがどんなに彼女の望まぬもので、誰一人として喜ぶものいない事実であっても、
これまでのようにノラッフのその口が映像で見えぬ外装の内側の名を告げた。
「緊急脱出用の機動ブロック区画です。現在シーリン副代表以下の非戦闘員8,400名が搭乗を完了したところです。司令」
苦虫を噛み潰しヤオは、司令として指示を下す。
「ブロックから退避を副代表に、着撃予想時間は」
「メメント・モリと同級として引火最低濃度まで最短180秒です」
続けて、モニタを通して好転しない的球が状況を外していく。
「こちら管制室、本艦周囲に残る撹乱場でビーム粒子が安定しません。
 ミサイル群、ジュノー弾幕に撃迎されました。駄目です。こんなことならメメントに火を入れておけば」
「そしてコチラが先制してあの惑星の形を変えていれば良かったなど。
 それでは、あの馬鹿と同じだ。中東とアフリカタワーはまだ我々に怨嗟を残しているこを忘れるな
 まだだ、MS隊はどうだ間に合うか」
「無理です」
ノラッフはそう告げた。彼女の仕事に従い。そして、数分後には多くのクルーを残したまま死の光に蹂躙される機動ブロックの
融解を報告しなければならないだろう、その時自分は感情を抑えは出来まいと思う。
そして自分の声が、多分メメント・モリにその意義を与える事になるのだろう。
祈るように情報を探して見つめていたモニタに光線が映り込み、ジュノー反応芯部に爆光が咲いた。
その光の来し方には、一隻の艦艇とその半ば破壊され露出したハッチから伸びる超大型ライフルを携えたガンダムの姿が
あった。

 

「ショダンメイチュウ、ショダンメイチュウ チャージカイシ」
「おうよ、続けて狙い打つぜ。フェルト、あっちのダメージは」
「防護壁を一部、アロウズのそれよりも強固です。同地点で抜いてください、座標送ります」
予想発射まで90秒」
ロックオン・ストラトスは狙いを定め、努めて冷ました思考を呟く。
「後2発は無理だな、次でいけるか」
「状況は以上ですぅ。刹那さんの方でもお願いするですぅ」
「了解した」
その機体も、リボンズの意思に操作されたMSの猛攻の前に順応してしのぎはじめるも未だ宙域に釘付けとなっている。
「そうさ、君はそこで見ているがいいさ。君達の無力を、そして憎しみと絶望がこの場を染める時を」
「そうやってまた神を気取るか」
両手を埋める武器を離すと、ダブルオーライザーはその空いた双腕を交差しそれぞれを左右の腰部へとまわす。
斜め十字を切るかのごとく、内から外へと振り伸ばされた左右の手中から放たれた光刃はGNダガーであろうか。
「ちっ」
ファングと化す白きMS達が、主の反射に応えて虚の閃を容易く逃れ、射線の檻のほころびを即座に修復したその時、
避けたはずの機体には、ダガーの柄より後を引き波打ち張り巡らされた極細なるワイヤーが獲りつき、生じた電流が
一瞬の時を絡め捕った。
ダブルオーライザーを封じ込め続けんと、ビーム密度を絶やさぬ意図を反映する最小の回避機動が、
被害を結果として大きくし、その檻の鍵を外す事となった。
既にしてGNソードを再び手にしたダブルオーライザーが、その切先を小惑星ジュノーへと向ける。
「ツインドライブ同調確認。切り裂け」
双碗で握る刃の先から延びるライザーソードの輝きが一面を照らしながら進み、その一本の光柱がわずかに外れて、
ジュノーの岩肌に衝き立てられた。
忌まわしい悪意の啓示を両断せんと振りぬこうとする挙動に従い、その柱が移動を始める。
「やらせはしない」
「なに」
ガンダムのビームサーベルが下方から斬り上げられた。
ダブルオーライザーの右肩とその先に連なる腕が切り離され、同調を失った粒子がGNソードⅡを飽和する光球の犠牲に変える。
そして光の柱は宇宙の闇の中へ、その姿を消すこととなった。

 

「刹那機ライザーソード消滅!!」
「なんだと、ちい、よし二発目狙い打つ。トランザム」
ビーム粒子が目標の真新しい傷口をえぐり、その奥にある悪腫を目指す。
「やったかよ」
計器に表示され続ける反応物質の数値の変動が、フェルト・グレイスに結果を教えた。
「目標…… 粒子反応を継続、ダメです」
「くそったれが ハロ、チャージ急げ。フェルト、次の火点を割り出してくれ」
「わかったわ」
果たしてその一撃が間に合うのであろうかという己への問いを打ち消すように、
フェルト・グレイスは次弾における絶対の決着を期し最大効率火点を求めてデータと格闘する。
そんな彼女へ一本の通信が入った。
「……ソレスタル・ビーイングだな、次の座標を回せ」

 

熱量の火口へその身をさらけ出したオーキッドガンダム3号機ジュピターもまた、ライザーソードの発した粒子に掠めたのか
頭部を一つ失っていた。
しかし、自機の代償と引き換えに彼の手にした成果は大きい。
切り替えられたサブカメラが拾った光景には、その右腕と供に太陽炉を一つ失ったダブルオーライザーの傷身があった。
そして、彼が守り、二度にわたるソレスタル・ビーイングの射撃を耐え切り、粒子の色合いを濃くしたジュノー基地の砲口。
数秒を示す刻の針が意図の帰結を確信させる。
「さあ、その光を見せろ」
モニターに輝きが満ちた。
爆光が溢れ、行き場を求める粒子が、外へ向かい遮る物質を砕き消し去る。
そうしてジュノー岩肌から発射施設が消え去った。

 

彼自身にとっても犯されざるはずの聖域であるジュノーを打ち抜いたそのガンダムは、
その一撃を放ったことで無用の長物を化したロングレンジGNライフルを置いた。
引き金の重みを自ら選んだ男は、その射撃によって防がれた未来と現実とした今の光景を無言で眺める。

 

「ユニクスか!! ジュピトリアンどもめ、気でもふれたか」
「だから見えていない、どうして彼らが変ったのか解らない貴様には」
「黙れ、その機体で私を止められるか、行けMSファング」
その男の張る脳量子による繰り糸を辿る信号は、虚しく宇宙に消えた。呼応する機動の奏では一音として鳴り響かない
「リボンズ・アルマーク…… 貴様いや、あなたはもう一人なんだ」

 

ガリレオ艦の会議室では、ターシンが息を深く吐きこみ、同室する2人に着席を促していた。
悲壮な表情で何かを告げようとするジュピトリアンの艦長にサジとセレナは、それまでと異なる空気を見た。
「確認をしたいのだが、この会席はまだ有効だろうか」
「ええ私はそう理解しているつもりだけど」
「はい」
ならばと口が開かれる。
「我々ジュピトリアンは、今、全ての者の合意をもって、地球連邦政府所属艦ジュピトリス・ワンに対してここに無条件降伏を
 宣言する。セレナ代表には受諾をお願いできるだろうか」
勧めていた降伏を、自らが求める。それが彼らジュピトリアンの下した答えである。
対して、なんとも不機嫌な顔を見せると突然に立場を逆とされた女は口を尖らせて言った。
「出来ませんわ」
「セレナ代表!!」
慌てるサジを尻目に目を笑わせて彼女は続ける。
「だって、この席は和平条約のためにあるのでしょう。だから和平を結ぶと言ってくれなければ駄目よ」
「……クク ハハハハハ… まったくあなたは、ハハ… 楽しいヒトだ、ねえサジ君」
呆れるように慣れない笑みを浮かべるターシンの顔には、何かの哀しさがあるようにサジには感じた。
たとえ、そうであっても楽しいと言って笑顔を作ってくれる彼の友人となったジュピトリアンに、サジは笑顔で頷き返した。
「ええ本当に」

 

回線が伝える出来事に、リボンズは、その事実を否定するという無意味な思考を行った。
「和平成立だと、馬鹿な全ての指揮権は私が」
『だから私が彼、ターシン艦長に提案したんだ』
届いた声は、彼の内を通してか、
「おまえは」
『はじめまして兄さん』
「リバース・ユピトゥスか、今更のこのこと」
『言葉が聞こえたんだ。熱い言葉が、
 全てから逃げて絶望という言葉に閉じこもっていた僕に届いたんだ。
 そして僕の子供達は選んだ、そう意思があれば変えることが出来ると教えてくれた』
「そうだ、だから私は私の意志で手に入れる。そう宇宙を」
もはや時を逸した呼びかけは届かないのか、返事を求めぬ独語をリバース・ユピトゥスは告げた。
『ならば、彼らに代わって僕が引き受けよう。
 僕が地図を描いてしまった絶望の道の結末を、あなたと供に、今のこの幸せを胸にして』

 

「決着をつけようリボンズ・アルマーク」
「ああ刹那・F・セイエイ」
互いに一つのみ輝く太陽炉が、その限界を謳い上げ粒子の波を立てる。
「きみのその業、私が終わらせてあげよう」
「余計なことだ、知っているかリボンズ。俺は、まだ何も知らないのだそうだ、幸せも、愛も。
 そんな人間が何を焦り、何に絶望していたのだろうか。
 今は、ただこの俺を友達と呼んでくれた者がいることに感謝したい
 俺はまだ変わることが出来る」
「だからそれが幻想なのだよ
 観念が、理想が何を創ってきた、争いの一因に過ぎないではないか
 きみは知っているだろう、あのクルジスの戦場を」
「ああ!!だが、おれはあの絶望の中で、希望を見た」
「希望や絶望などという愚か者の妄想では現実は変えられん」
「違う、変わることが出来た。生きることを嬉しく感じた。
 あの時のガンダムに、あなたに、こう思った”スパース”と」

 

宇宙になつかしい砂漠の風が吹く。

 

クルジスの戦場、そう初めての戦場は知識として学んできた以上に愚かで醜いものであった。
人間が人間を殺し、大人が子供を殺す、そして彼はそのどちらも殺めていった。
諾々と紛争根絶の理念に従って、機密保持という現実のために殺した。
それは偶然の悪戯であろうか、ただの戯れであったのか、自分の乗るガンダムを見上げる少年ともいえぬ子供の兵士を
一人、見逃すことにした。
その男が、初めて自らの意思で引き起こした行為であった。
呆然と佇み、その場に残された子供の手がその体に大きすぎる小銃を降ろし、何かを呟く、
その動いた口元が刻む言葉が聞こえる。
『ア・リ・ガ・ト・ウ』

 

大きく振り下ろされたGNソードⅢは、バランスを欠き、その速さも鋭さも残していない。
ただガンダムの動きが止まっていた。
GN粒子を纏う刃が装甲を切り裂き、機器を砕いて、フレームを断ち、右肩から左脇へと抜け、上体を両断した。
その断面が炎をあげ、赤い衣が黒煙のヴェールと色幕を重ねる。
青い輝きが弾け、全てが白く照らされた。
そして彼は、舞台から退場した。永遠に……
うなだれ佇むMSが一機、そこには取り残された。

 

粒子の流れ込むコクピットの中で、ルイス・ハレヴィは少女をその胸に懐きながら。
彼女の知る男達の決着を看取った。
「あなただって愚かよ、リボンズ…… 」
そう別れを告げたルイスは、まわされた腕に増えた力に少女の悲しみを感じた。
「リバースさようなら、会って話がしたかったわ」
この寂寥や後悔は、繰り返し続いていくのだろう。
それでもリバースは私たちに希望を見てくれた。
そしてリボンズは彼に何かを与えられたと信じよう。
それでいいのだろう。
「―ルイス ―ルイス」
生き残っていた回路が、青年の声を運んでくれた。
「聞こえるわ、あなたの声が、
 ううん、ずっと前から聞こえていたわ。
 ねえ聴こえる、わたしの声」
「うん、ずっとずっと聴こえていたよ。
 ねえルイス いいかな、ええと実はさ、ジュノーが見えるようになったらって決めていたんだけど、
 こんな時だし、でも…… 」
「なあに」
「その、つまり僕と結婚して欲しい」
「…… はい」

 

彼女の返事が伝えられると、回線が楽奏のような人々の声を響かせた。
「ハッピーブライド」「お幸せに」
「おめでとうご両人」「花婿殿に乾杯」
「花嫁様万歳」「おめでとう」「おめでとう」
パイロット達が、イノベイドが、ジュピトリアンが、全ての人々が先を争うようにオープン化していた回線に言葉を贈った。
それまでの硝煙を洗い落とすように、そしてここで生まれた新たな門出を寿ぐため。
サジは、慌てて振り向くと通信の使用を取り次いでくれたジュピトリアンの友人を非難がましく見やった。
ターシンが被害者然と肩をすくめ、隣に立つ女性に視線を渡す。
恥ずかしさも憤慨も、2人に握手を求められ
「おめでとう」「お幸せに」
この言葉が、有耶無耶にした。

 

見知っている仲間達の声が回線から流れ出ている事に気づき少女は、涙を我慢して、
大好きな姉に祝福の言葉を投げかけようと、ルイスの胸にうずめた顔を上げ彼女の顔を見つめた。
そのバイザーの向こうに幾つも浮かんだ青い星が少女の瞳を映しこむ。
『まったく…… ルイスだって泣き虫じゃないのよ』
やっと笑みの浮かんだ自分の顔を知って、ネネは思った。
哀しいこともあった、でも嬉しいこともあった。
今は何か楽しい。だからこの笑顔をわけてあげる。
「おめでとう」

 

                           ・
                           ・
                           ・
                           ・

 

戦闘の終結を示したプロポーズから幾時間が経過したのか、ジュノーの重力圏から外れる外宙域をデブリと化した残骸が
一つまた一つと流れてゆく。そして、その中に微かに聞こえる生命の囁きがあった。
「何が僕が引き受けるだ、
 まさかお前が操作に介入するとはな」
『もっと兄さんと話がしたくなってね。
 あなたが今まで何を見て、誰と出会ってきたのか、
 僕だって少しでも、彼らの言った幸せを知りたいんだ』
「ふっ幸せだと、動力の死んだコアブロックだ、このノーマルスーツの電源が無くなるまでの邯鄲の夢でも見るか、
 くだらんな、ならば静に寝かせろ」
『兄さん…… あなたはあの時、幸せだったんですか』
「…… 」
兄弟は、沈黙する。
いたづらに延ばされた最後は、彼らにとって何であるのだろうか。
宇宙もまた沈黙するのみであった。
「…… おーい、…… おーい」
ハッチの向こうを叩く音と、振動として伝えられた男の声が突然に響いた。
「生きてっか? 返事しろよ、せっかく見つけた漂流仲間が仏さんじゃシャレにもならないぜ
 喋れないなら、音出せ、音」
「…… 」
「おい、生きてりゃ二回、死んでるんなら一回、どっか叩け。わかったか」
余りの馬鹿馬鹿しさに呆れると供に、しつこさに辟易して2回叩く、
「よかった生きてら、言ってることもわかるようだな。
 ならあんたは幸せなヤツだぜ」
何を言ってるのだろうか、脈絡の無い台詞がわかりかねた。
「なんせこの幸せのコーラサワー様と漂流してんだ、絶対生き残るぜ。
 今頃マイハニーが捜してくるれてるさ」
幸せを名乗る男が現われ、一瞬にして彼らを幸せ者だと断定した。
「ククク…… ハハハハハ」
『フフフ』
「なんだよ、喋れるんじゃねえか、なら暇してたんだよ、ちょっと聴いてくれ。
 こんど俺パピーになるんだぜ、それが男の子だってさ、いつ産まれるかって?
 わかんね、でも名前はちょと前に決まってんだ…… 」

 

聞いた話では、連邦軍の急援がコーラサワー中尉を見つけたことで、最後の救助が完了し、この戦争の幕が降りたという。
地球連邦政府は、セレナ代表とジュピトリアンの和平協定を裁可した。
慣性飛行を続ける大質量体である小惑星ジュノーは、いずれ7次にわたる減速固定ミッションが行われ、
月軌道上に配される事になるという。
政府は潜在的イノベイドの存在と、これまでのイノベイドに関連した事柄を公表した。
併せて、木星人の同胞としてジュピトリアンが紹介された。
彼らは地球を人間を知ることを求め、話し合いの結果、ジュピターモラトリアムと呼ばれる制度が作られる事となった。
そして、いずれ希望する未来を自身で選択していくのだろう。
これが嫁入り騒動と揶揄される事となっていく、一連の遭遇の結末である。

 

布団が跳ね上がり、部屋の中をいつもの嵐が動き出した。
「もー、何で起こしてくれなかったのよー、遅刻しちゃう」
ドアの向こうのダイニングキッチンへ非難の声を上げる。
「何度も呼んだわよ。それに子供じゃないから一人で起きられるなんて言ってたのは誰かしら」
「いじわる。べーっだ」
そんな喧騒の中でも、女の子である。鏡の前でちょっとコンプレックスなくせっ毛に最低限のしつけをかける。
「はー、わたしの教育が悪かったのかしら、前はもっとしっかりした娘だったのに。ねえ、あなた聴いてる?」
「ああ、そうだね昔のきみに良く似てるかな。師を見て弟子は育つって言うし」
コーヒーを飲む男性と、一人分を除いてきれいに無くなったお皿をシンクに運ぶ女性が、背中越しに談笑する。
「もう、意地悪」
「それじゃ僕も時間だ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
腰を上げた夫に、妻はいそいそと近づきそっと顔を上に向ける。
そして、その夫は未だにぎこちないキスを贈った。
「毎朝毎朝、見せ付けてくれちゃって。お弁当これね、ごめん、朝ごはんは無理」
「だったら、あなたも早くいい人見つけなさい。でもその可哀相なお胸じゃ無理か」
「むー、分かりました」
牛乳を一気に飲み干して、ゆで卵を二口で胃袋に収めると、トマトを飲み込み、少女はトーストを片手に駆け出した。
お先にと言って一番乗りを果たした玄関で革靴を引っ掛けながら、いつものように元気な声を上げる。
「それじゃ姉ーね、兄ーに、ネネ・クロスロード本日も学校に行ってきまーす」

 

―そして僕たちは家族になった。

 
 
終  劇