朱 ◆NaPp2aS6cI 氏_しん・かうんた~・あたっく_プロローグ

Last-modified: 2010-11-24 (水) 20:27:06

ガルナハンの中心部より少々離れた位置に存在するとある酒場。
茶色の髪をポニーテール状に結った、まだ年若い褐色肌の美少女が健気に切り盛りする店として、
ガルナハンでもそれなり有名な酒場なのだが、
有名さ故にか太陽もようやく頂上を下り始めたばかりだというのに、
既に一人の少年がカウンターの席を陣取り、健気な美少女に語りかけながら一杯引っ掛けていたりしていた。

 

「マスター。もう一杯お代わり」
「ふざけんな。お前まだ勤務中だろ? さっさと仕事に戻れよ。
 あと、マスター言うな」

 

耳元を隠す程度にまで伸びた黒髪に、そこらの女性であれば間違いなく羨むであろうほどの真っ白い肌。
そしてなによりも目を引くのが、その特徴的な真紅の瞳。
血のように紅く、夕日のように儚く、ルビーのように輝いていた彼の瞳。

 

「別にいいだろ、マスター?
 俺の今現在の楽しみなんて、ここでマスターの顔見ながら飲むぐらいしかないんだからさー」

 

そう、輝いていた。輝いて『いた』のだ。

 

所詮は過去形。今は昔。
子供がサンタを一目見ようと瞳を輝かせ夜通し一生懸命起きていたら
親がプレゼントを枕元に置くシーンを目撃してしまったかのように、
赤ん坊はキャベツ畑で生まれてコウノトリが運んでくるのだと頑なに信じていた子供が
保健体育で性教育の授業を受けてしまったかのように、
彼の『昔は』キラキラギラギラ輝いていた瞳は、今は見る陰もなく淀みに淀みまくっていた。

 

ああ、世界はいつだってこんな筈じゃないことばっかりだ、とは誰の言葉だったか。
かつては『フリーダム墜とし』だの『デュランダルの懐刀』だの言われていた姿は最早見る陰もなく、
場末の酒場で牛乳を煽る毎日を送る、ガルナハンの駐在軍人こと『シン・アスカ』

 

何が彼を変えてしまったのか、メサイア戦役より約一年後。
今だ世界から争いの火種は消えることなく、弱者はむしられ強者はむしり、
弱肉強食世はまさに世紀末といった有様の、C.E.75年の一幕だった。

 
 
 
 

しん・かうんた~・あたっく
プロローグ「駐在軍人シン・アスカ」

 
 
 
 

目の前で牛乳を煽るシンを見つつ、呆れた顔で溜息を吐く健気な美少女ことコニール・アルメタ。
一応とはいえ戦争も終わり、自身も生きる為にと死んだ両親が経営していた酒場を継いで
何だかんだと奮闘していたところに、ザフトから治安維持の名目でただ一人ガルナハンに左遷されてきた
目の前の駄目人間ことシン・アスカ。

 

生意気な奴だと思ったこともあったが、ガルナハンを救ってくれた恩人が来てくれるとあって、
シン本人には照れ臭くて言えないもののかなり喜んでいたのだが、
戦争後のザフトでの風当たりが余程酷かったのか、やって来たシンは荒みに荒みまくっていた。

 

「お前、前に彼女いるとか言ってたじゃないか。戦争中に出来たって。
 その彼女と電話なりなんなりすれば良いだろ。あと、マスター言うなつったろ」

 

ガルナハンに来た当初のシンは、常にイライラして余裕がなく、
決して大人しい性格とは言えないコニールと何度も何度も喧嘩になったりしていたのだが、
基本的に世話焼きな部分があるコニールは何度喧嘩になってもシンを放っておくことができず、
恩返しという意味も込みで世話を焼き続けていたりもしたものだ。
何かと絡んで話しかけてみたり、時に飯を作ってあげてみたり、
また時には日が暮れるまで喧嘩してみたりと日々日々世話を焼いていたら、
段々とシンの刺々しさも消えていき、
そして何故か毎日牛乳飲みながら酒場に入り浸られるようになっていた。
現在は、最早来た当初の荒みっぷりはカケラも見られず、
毎日だらだらだらだらと酒場でコニールと会話をするシン。
打ち解けられたのは構わないのだが、昼間は定食屋としても開いているこの酒場。
長時間居座られるのは正直邪魔だ。
その上、腐ってもかつてガルナハンを救ったことがあるためか、
客に人気で居座っていても苦情が来たりしないのが始末に悪い。
正当な苦情の一つでも来れば、それを理由に酒場に来るのを少し控えてもらうのに。

 

「あー…ルナねぇ。もう大分前に別れた」
「…はあ? 別れたぁ?
 あの荒みまくってたシンとも別れず、何かと心配してくれてたとか言ってたのに何で?」
「まあ、所詮は傷の嘗め合い的に始まった関係だからな。
 一応連絡は取り合ってたけど、最後に直接会ったのが半年以上前だし、
 それだけ会ってないとお互いに段々と冷めてきちゃって、まあ自然消滅的に…さ」

 

特段恋愛経験のないコニールは、ふ~ん。そんなものなんだ、と曖昧に相槌を打つ。
十五と十七。二つしか歳は離れてない筈なのに、やけにシンが大人びて見えたのは少し癪だったりした。

 

「だ・か・ら・さ、今はコニールと駄弁りながら一杯飲むのが唯一の楽しみなんだよ」
「そうかそうか。それは光栄だな。だが、駐在所に帰って仕事しろ」
「おいおいコニール、このザフトの爪弾き者に何の仕事があるってんだよ。
 俺の仕事はガルナハンの平和維持。
 一応給金は出ているが、特に報告なんてしなくてもいいんでさっさと死ねと言外に言われてるんだぜ?」
「威張って言うことじゃないだろ」

 

打ち解け過ぎたためか荒んでいた反動か、やけにフランクな態度を取るようになったシンに、
コニールはまた一つ溜息を吐く。
しかしながら、シンの発言は的を射ている。
今や時の権力者となったラクス・クラインや、カガリ・ユラ・アスハによる、
プラント、地球連合双方の無理矢理とも言える軍縮。
それによって、軍を首になった人間や軍から離反した人間などが日夜テロ活動に励んだり、
盗賊紛いのことをしたりと悲惨な有様なのに、ガルナハンに居る軍人はシン・アスカただ一人。
しかも…

 

「せめて旧型でも良いからMSの一機でも回してくれたら、それの整備とかで仕事が出てくるんだけどなぁ」
「上に申請してみろよ」
「無理無理。余裕がないだの何だの言って、断られるのが目に見えてるよ」

 

派遣一人。体一つ。あからさま過ぎる嫌がらせである。
だが、そんな嫌がらせを受けながらでも、シンにとってはそれでも今の生活は気に入っているのだ。
ガルナハンの人達は温かく、荒んでいた自分ですら受け入れてくれ、
時に馬鹿みたいに飲んだり食ったりと騒ぎまくれ、そして何より
口では邪魔だ邪魔だと言いながらも付き合ってくれるコニールがいる。
家族が死んだあの時から、ここまで心に余裕を持てたことはなかった。
家族と過ごしていた時とはまた違った形の平和だが、それでもシンは今のこの平和を享受しているのだ。
だからこそ、例えMSが無かったとしてもこの平和を守ろうとシンは心に決めている。

 

だからこそシンは、

 

「というわけでコニール、牛乳お代わり」
「どういうわけだよ…」

 

今日もまた、おつまみを食べながらコニールが注いでくれた牛乳を飲む仕事を始めるのだった。

 
 
 

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