「――『クサナギⅣ』?どこからそんなものを……?」
代表はその問いには答えず、俺が怯む位に澄み切った瞳を向けて、
「――現在のオーブが持ち得る最強の機動戦力――これを貴方に託すわ」
と、そう力強い声で話を締め括った。
俺が呆気に取られていると、アスハ代表はどこぞの大学の女学生のように、
「フフッ……貴方でも、そんな風に驚くのね?」
と俺に微笑みながら話しかける。俺から一本取った事を喜んでいるようだ。
「いやはや……どこからそんな金を捻出したんですか?」
俺は半分おどけながら、に内心では驚愕していた。
現在のオーブに新たな機動艦隊を創設できる財力が存在していた事を。
俺も関わった第二次軍備拡張計画によると新型であるKS型機動戦闘艦を中心とした、
常備軍としての機動艦隊の配備は第1から~第3までの合計3個艦隊で構成される事となっていた。
――第1艦隊は本国の要として。
――第2艦隊はヘリオポリス2の防衛及び駐屯艦隊。
――第3艦隊は遊軍として地球衛星軌道上及び周辺Lポイント宙域の巡回。
そして、将来はKS型戦闘母艦を中心とした10個艦隊を創設し、
地球連合強国との戦力均衡のバランスを取りつつ、
太陽系圏内に於けるオーブの国際社会の地位向上と秩序を保つ上で軍備計画の一環でもあった。
だが、少なくともそれは最低でも、後30年は先になる話だと俺は見ていた。
現状の3個艦隊があれば少なくとも、此処10年以上の間は、
近代国際社会の紛争による激動の波を被らずに、オーブに平穏無事をもたらすはずであったのだ。
『メサイア戦没』に続き地球圏の平和を唱え、無駄に首を突っ込みながら混乱に介入していった通称『ラクス・クラインの争乱』は、
地球連合に加盟する強国や周辺小国にかなりの甚大な被害を与えていた。
そして、泥沼の果ての外乱の末に双方が戦闘の継続が不能になる程の被害をもたらしたのだ。
その間に、俺達は着々と力を蓄え、
内政を整え政治体制を代表首長府のに置ける中央集権体勢に移行させつつ、軍事改革にも着手した。
そしてついでに俺はオーブに古くから根付く旧体制派の様々な階層の人々から多くの恨みを買う事となる。
――それ自体に俺は後悔も躊躇いもない。
誰かがやらねば成らなかったことだったし、それがたまたま俺だったというだけの事なのだ。
この抗争によって連合強国もラクスの傀儡となったプラントも国力が極端に減少し、自然に休戦と言う形に持ち越される事となった。
ラクス軍の生き残りは辛うじてプラントへ戻り、一部は厚かましくもオーブに戻ろうとする連中もいた。
そうのような輩はご丁寧に退場を願ったが、アスハ代表の血縁と言う事を武器に居座る馬鹿もいる。
そいつ等は俺が叩き出しておいたのだが。思いっきり奴等から恨みを買う事となった。
どちらにしろオーブとプラント間の交流は5年前のオーブで発生した内乱である、
『統一戦没』によって完全に途切れてしまった。
これはアスハ代表の側にいる俺達を『奸臣』扱いにし、排除する為に行われた馬鹿馬鹿しい戦いでもあった。
政府軍と反乱軍とに分かれて戦ったこの内乱は、プラントのラクス側から反乱軍の支援もあり、短期間だが熾烈を極めた。
―― だが、杜撰な連中という事である。そう都合の良いように戦えるはずがないのだ。
この時期には奴らの『邪神の加護』も尽きていたのだろう。
俺達は戦闘の合間の間隙を付きながら政治工作や補給路線を衝いたり、
プラント側も一部こちらの政府軍側に付く勢力もあり、その結果、驚くほど短い期間で反乱軍の撃滅に成功した。
反乱軍を撃滅させ、反乱に関わった大方の首謀者氏族の連中や関連者、
軍人等の財産没収や追放劇、禁固刑など大幅な粛清を成功した。
これによってオーブは近代化の道を進む事となる。災い転じて福とした訳だ。
ラクス関連者はオーブからプラントへの国外逃亡を果たし、アスハ代表も敢えて追求はしなかった。
この点は俺は甘いと思うが、まぁ、それが代表の意向ならこちらは従うまでである。
奴等がどのような策謀を企てようとも叩き潰す自信が当時の俺にはあったのだ。
……若いと言うのは恐ろしい。正直赤面の至りだ。
まぁ、今の俺なら、奴等程度ならば幾らかの策を施して、奴等が事を起こそうとする前に叩き潰すだろう。
――閑話休題であった。
俺が一番の疑問に思っている新艦隊創設資金の出所については、ロンド・ミナが答えてくれた。
「――『クサナギⅣ』の建設と『第4機動艦隊』の設立資金はアスハ家とサハク家、共通の秘密基金である『特別運用資産』と
国庫の別枠である『代表府の機密予算』から密かに捻出された……国内穏健派を抑え、説得してる間に国が滅びては仕方があるまい?」
と、とんでもない事をサラリと言ってくれる。
俺は少し頭にきた。アスハ血縁のお偉方や金のある氏族連中から、
幾らでも毟り取るのは別に構わない。
奴らはその為に生かされているのだからな。だが、国民を騙すのどうなのだろう?
俺は皮肉の一つも言いたくもなる。
「……おい。『民主主義』て言葉を知っているかい?」
ロンド・ミナに深刻な皮肉をぶつける。
だが、奴は眉毛一本も微動せずして、
「――自らを『護る術』を持たずして何の為の主義主張なのだ?」
と俺に切り替えしてきた。
俺達が無言で睨みあっていると、アスハ代表が仲裁に入ってくる。
「――サイ、ミナ。二人とも。時間が無いのはわかっているのでしょう?」
と柔らかく仲裁に入ってくれた。
5年前の代表府ではいつもの風景である。
俺とロンド・ミナが激しく遣り合い、それをアスハ代表が上手く仲裁に入る。
俺達は幾つもの懸案に対して対策方針をそれぞれ提案し、それをアスハ代表は取捨選択し、決断する。
このような風景が代表府では当たり前の光景であったのだ……
「ミナもそうだけど、サイ、貴方もよ。もう結論はとっくに出ているのでしょう?」
とアスハ代表は俺に念を押してくる。
相変わらずガッチリとこちらの弱みを突いて来る。
俺はその態度に好感を持ちながら、
「――やる気満々で」
彼女に一言、物を申した。
アスハ代表はそれに受け答えながら、
「ええ。勿論――私は私の『義務』を果たすわ。そして貴方も『義務』を果たさなければならないでしょう?」
笑顔でお答えになる。
「……何の義務ですか?」
俺が咄嗟に呟くと、今度は彼女は幾分真剣みの篭った言葉で、
「今のオーブを創り上げた責任と義務。そして、その為に……私達が捨石とした人々の為に」
と思いっきり意味深な一言を切り返してきた。
そうだな。俺は安穏とした暮らしが許されないのだった。
……どうしてその事を忘れていたのだろうか?
「……柄じゃないんですけどね?」
と俺は心底の感想を呟いて、今日までの退屈だが、安穏の生活を捨てる事を理解しなくてはならなかった。
アスハ代表は俺に完全に決別させるために、わざわざ退路を塞いでくれたのだ。
「――さぁ、サイ・アーガイル!覚悟を決め貴方の責務を果たしなさいな。もう逃げ道はないのだから」
俺を再び戦場へと誘う彼女の言葉は、いっそ爽快な気分にさせてくれた。
「――わかりました!……わぁかりましたよ!!ですがそれは貴女の為ではない!」
俺は一応の、格好を付ける為にバレバレ態度でありながら言葉を続ける。
「――私が戦うのは 私がこの国の為に犠牲してきた人々の為ですっ!
さぁ――果たしましょうか。義務とやらを……!」
そして、俺は自分のプレハブの事務所を後にして、アスハ代表達とヘリに乗り込んだ。
再び戦場へと戻る為に……
続く
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