機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第13話後編

Last-modified: 2009-05-21 (木) 05:39:43

装甲シャッターの隙間に挟まり込んでその閉鎖を妨害する格好になっている大きい岩塊を取り除け!とでも命じられたのだろう、ジェットストライカーを増着しているダガーLの一個小隊3機がその天蓋上にと移動して、
1機が迫り来るインパルスガンダムにと背を向け、両腕にビームサーベルを下向きに構えて起動させて足下へと振るい始める一方、残りの2機がインパルスガンダムへの迎撃の砲火を放って来る。

 

しかしそれらの必死の迎撃も、今のシンの前では空しいあがきに過ぎなかった。
シンは迫る火線の全てを寸前に見切ってかわしながら、ビームライフルを素早く連射。一発必中の射撃でそのダガーLたち2機をいとも容易く葬り去って――そして、ついに彼はローエングリンへと辿り着く!

 

『く、来るなっ!来るなあぁッ!!』
猛烈な勢いで迫るインパルスガンダムのプレッシャーに屈し、半ば狂乱したかの様な形相で叫びながら、残ったダガーLのパイロットは機体を振り向かせ、迎撃を図ろうとしたのだが――
その彼の視界いっぱいに映ったのは、自らへと向かって突き出されて来る、既にその間合いにまで飛び込んで来ていたインパルスガンダムの右手に握られた、巨大な対MS用ナイフの切っ先だった。

 

シンは岩塊を破砕しようとしていたダガーLだけはあえてビームライフルで撃ち抜いて爆散させずに、
懐まで飛び込んでそのコクピットへと対装甲ナイフ・フォールディングレイザーを突き立てて無力化しながら、左肩でその機体を抱え込んで運ぶ様にして最後のひとまたぎを飛び、
ローエングリンを収容するシャフトをついに、その眼下に見下ろした。

 

インパルスガンダムの右手に再びビームライフルを握らせると、眼下で装甲天蓋の閉鎖を妨げている岩塊へと連続してビームを撃ち込む――
SEED能力が覚醒した状態でならではと言う感じの、ピンポイントに同一箇所へ連続で撃ち込むと言う離れ業だ。

 

それで強度を失った岩塊がせめぎ合う装甲天蓋からの圧力に屈して砕け、再び閉じ行きを再開する天蓋の、その閉じ行く隙間にとシンは運んで来たダガーLの機体を投げ込む。

 

天蓋の両端に引っかかったジェットストライカーの翼端の破砕を兼ねて、至近距離から胸部CIWSの20ミリ機関砲弾をこれでもかと浴びせかける。

 

そうして全身を蜂の巣にされたダガーLの機体本体が、シャフトの中へと落ちて行ったその直後に、装甲天蓋の方も完全に閉まりきった。

 

それを見届けるインパルスガンダムは既に、素早く崖下の空中へと離脱を始めている。
飛ぶのでは無く、跳び降りて急降下。
その途中でスラスターを吹かして落下速度を相殺、地表間近で自由落下から制御緩降下へと切り替わった処で、シンの〝時間(感覚)は〟ふっと元通りの速さに戻って行くのだった……。

 

そしてその直後、分厚い装甲天蓋を中から吹き飛ばす程の大爆発の火柱が、さながら噴火の様に立ち上った。

 

エネルギーをチャージしたままでいたローエングリンが、閉鎖された分厚い装甲隔壁内と言う密閉された空間で、ダガーLの爆発による誘爆を引き起こしたのだ。

 

そのエネルギーの奔流は凄まじく、巨大な岩塊の内部をくり抜いて造られた要塞の内部のほとんど全てを駆け巡り、
外に開いた大小無数の開口部の穴という穴全てから爆炎となって吹き出した。

 

それ以上、もう何も手を下す必要もない、ローエングリンゲート要塞の凄絶な最期だった。

 
 

大爆発を起こして果てた要塞の姿を眼前に見て、生き残っていた地球軍のほとんどが戦意を喪失したであろうを見越しての降伏勧告が全方位通信で呼びかけられ始め、
残存していたMS隊の大半がライフルやシールドを投げ捨て、あるいはストライカーパックを排除しての武装解除に応じて両手を上げて行く。

 

戦闘中は容赦せずに苛烈に戦っているのだとしても、作戦目的が達成された後にはそれ以上無駄に血を流す必要はないと言う事だ。

 

もちろんここでも、中には断固として〝コーディネーターたちへの降伏〟を拒み、インド洋での戦いの時と同様に降伏しようとする友軍を裏切り者呼ばわりして虐殺しようとする者達は存在したが、
当然ながらそんな手合いに対しては何らの容赦も必要ない。
この期に及んでもなお諦め悪く、なおも〝他人に無駄な血を流させようとする〟者こそが断定して良い明確な「悪」だった。

 

そんな情景が周囲で展開されているのもオートのサブカメラ群で記録し続けてはいるが、メインである手持ち式のガンカメラはずっと正面に向け続けている――
爆発のエネルギーの余波で炎上している要塞をバックに佇立する、3機のガンダム・タイプMSに。

 

「野次馬」の通り名で知られる、MSに乗って戦場を取材するフリーのジャーナリストであるジェス・リブル達の眼前に立つ、機体・パイロット共に見知っているトリコロールのガンダム〈インパルス〉と、
それに並びたつ赤いガンダム、そして初めて目にする(他のMSと比べて頭二つ程も大きい)白のガンダムたちの雄姿に、彼らの目は釘付けになっていた。

 

『本当に、やりやがった……!』
『凄い……!シンも、ここまで……』
ジェスが思わず口にした感嘆の呟きに応じる様に、機体の頭部ユニットに増設しているサブコクピットに座るベルナデット・ルルーからもそんな呟きが聞こえて来る。

 

インパルスを始めとするザフトの期待を一心に背負って計画・建造されたセカンドシリーズのMSには、彼女も報道側の代表としての〝宣伝〟役として深く関わっていたと言う縁もあり、
取材で引き合わせたジェス以上にシンとも顔なじみになっていた分だけ、眼前にそのシンの〝凄まじい活躍〟〈成長した姿〉を見た彼女にも感慨深い気分にさせられるものがあった。

 

『…………』
そして彼らが乗るガンダムアウトフレームDの傍らに並んで立つ、兄弟機のテスタメントガンダムに乗る護衛役であるフリーの傭兵、カイト・マディガンの方は、
たった今目の当たりにした眼前のガンダムたちの動きに、声にならない呻きを発していた。

 

『いくら何でも……ありえん……! どうなっているんだ、〝あのMS〟は?』
ようやく絞り出すようにして発せられたその声には、腐れ縁〈相棒〉とでも言える程に付き合いが深くなっているジェスをして意外に思わさせる程の、自然な驚きの感情がにじみ出ていた――
否、実際には隠しきれずにその程度には滲み出させてしまっていたのだが、マディガンはその視線の先に彼にも見覚えのあるインパルスと、
それとセイバーの両ガンダムと並び立つ格好であるが故により顕著に判る巨体(登頂高22メートル級)を持つ、Ξガンダムの姿を見つめていた。

 

インパルスの方は、彼自身もまたジェスの供〈護衛役〉として、就役を目前にしての訓練と運用データ収集にいそしんでいる時期を目にしており、どんな動きをしていたかは良く覚えている。

 

この戦場で戦う姿を遠望しての再会となったわけだが、無論の事そこまでの間の実戦を通して鍛え上げられたのだろう、その技量が相当に向上している事は一目で判った。
しかし、終盤に単機でローエングリンへと突貫をかけた際の、その途中からの劇的な変貌ぶりは明らかに〝異常〟なレベルであった。

 

言うなれば、そう豹変する前までの技量の発揮自体は相当なものだとは言え、それでも予想出来る進境の範囲の内ではあった。
だが、一瞬で激変したその後の機動のレベルは――まさに異次元まで一気に跳躍したと形容しても良い程に、根本的に懸絶した世界へと行っていたのだ。

 

だが、それだけでも充分以上に驚きに値すると言うのに、事はそれだけでは収まらない。
そんな異次元へと、ワープして踏み込んでいたインパルスの動きとも遜色ない機動をずっと続けていたのが、
インパルスやセイバーと似通ったシルエットを持った見慣れない大型のMSだった。

 

頭長高でおおよそ22メートル級と言う、通常のMSを二周り程も上回る雄大なサイズを持つ巨大MSでありながら、
その機動は他のどんなMSよりも速く、そして真似が出来ない程に滑らかだった。

 

自身もスーパーエース級の技量を持つマディガンだけに、眼前に見たインパルスガンダムと(更にそれ以上かも知れない)Ξガンダムのその機動の〝異次元ぶり〟に気が付いたのだ。

 

『凄いじゃないか、シン・アスカ!まさかこれ程までとはなァ……』
相棒〈マディガン〉の内心も知らずにルルーの呟きに自分も同意を返すジェスだったが、
無理もない話ではあろうが、彼らの目には派手な活躍を決めて見せたインパルスガンダムの勇姿こそが目立って見えているのもおかしくはなかった。

 

普通では見えない様なものが〝視える〟(視えてしまう)からこそ、気が付くものもあるのだと言う事なのだろう。
それこそが、この異世界に紛れ込んで来てしまったハサウェイ達マフティーの、真に凄い処であったと言えるかも知れない。

 

ともあれ、この地においてのザフトの――その頼もしき「同盟軍」と共闘しての――鮮やかな戦いぶりは、両軍の戦闘記録のみならず、
前日に出発した奇襲部隊と入れ違いに到着し、ロンド・ミナ経由でデュランダル議長から改めて出された「取材許可証」(単なるパスではなく、最大限便宜を提供すべしと言う一筆でもある)を提示して
前線での同行取材を黙認させたフリーのジャーナリストの〝眼〟によっても記録される事になり、
それがやがてはプラント社会のみならず、全地球規模での〝人類の社会全体〟への影響を生み出して行く様になる、その第一歩となるのだった……。

 
 

作戦成功!
信じられないような大勝利に沸きかえる合同攻略軍の陣中。
艦艇の中では手近な乗員同士が手を叩き合わせて歓喜の声を上げる。
各MSやギャルセゾンのパイロット達もまた、快哉を上げていた。

 

長きに渡ってマハムールのザフト地上軍の将兵達に多大な出血を強いてきた、難攻不落を誇っていたローエングリンゲート要塞がついに陥ちたのだ。
安堵やそれまでに犠牲となった者達への悼みをない交ぜにした、歓喜の波が拡がって行く。

 

そのただなかで地上にと降り立ったインパルスガンダムのコクピット内で、シンはまだ実感が追い付かない半信半疑の戸惑いの中にいた。
「やったのか……? 俺は、本当にやったのか……」
ヘルメットを外して大きく一つ息をつきながら、無意識にそう呟いている。

 

さっきまでの〝異様な感覚〟は一体何だったのだろう?
自らが本当に成し遂げていた事だとは、当の自分自身が到底信じられぬ思いでいた。

 

『シン!』
そんな想いを吹き飛ばす様に、ルナマリアの声が聞こえた。
『ルナ……』
低空に降りて来た1ギャルセゾンから離脱して、ルナマリアのガナーザクウォーリアの赤い機体が舞い降りて来る。

 

『やったわね、シン!あんまり凄すぎてびっくりしちゃったわよ。いったい、どうしちゃったわけ?』
そう、屈託無くいつもの調子で声をかけて来てくれた事で、ようやくシンもいつもの自分を取り戻した様な気分を覚えた。

 

『うん……いや、俺も自分でびっくりだよ……。何か、突然こう頭ん中がさ、パアッとなって……』
そう呟きを返すシンの周囲に、共に戦い勝利を手にした〝戦友〟〈仲間〉達が集まって来ていた。

 

『シン、よく決めたわ』
『お見事!大したもんだ』
『凄かったよ、シン!』
口々にそう言った声をかけて来てくれる、メッサーやギャルセゾンに乗るマフティーの面々やメイリン達。

 

ハイネ以下、新たな戦友達からの多くからも口々に賞賛の声が浴びせられ、シンは照れくさいやら気恥ずかしいやらで困惑していた。

 

『よくやった、シン』
『やり遂げたな』
そして機体を並び立たせながらそれぞれそう声をかけて来てくれるアスランとハサウェイ。

 

シンは嬉しい戸惑いを振り払う様にとゆっくりと頭を振った。
『いいえ、みんなが力を貸してくれた……そのおかげです。俺一人じゃ何にも出来なかった。……それが、よく判りました』

 

そう言って顔を上げたシンの表情は、憑き物が落ちたかの様な晴れやかな顔だった。
モニター越しにそんな彼の顔を見た仲間達にも、この戦いを通してシンが大きく変化した事を明確に感じさせる――そんないい表情を、シンは浮かべていた。

 

この戦いの経験を通じて、シンは確かな何かを見出した様だった。
それを感じた彼の仲間達もまた笑顔を浮かべる。
彼らは、やり遂げたのだ。

 
 

……しかし、そうしてそんな余韻をゆっくりと味わう事は、まだ許されないところだった。
直接的な戦闘行為はひとまず終わったが、ならば(現場レベルにおける話での)その後の始末を行っていかなければならなかったからだ。

 

ラドル司令官以下、主力部隊は一旦ここで足を止め、自軍の損害の把握と必要なものへの応急対応を行いつつ、
半ば自爆する様な格好で果てたローエングリンゲート要塞の検分へも手を着けねばならない。

 

必然、解放した筈の後方へと再び舞い戻り、撤退に移っている敵勢の確認と、そちらでの攻撃に投降した地球軍部隊の収容の為の処理などの初動は、
それを成してのけた彼ら奇襲部隊の側にと委ねられる格好になったのだった。

 

そうしてガルナハンの街の方へと舞い戻った彼らは、そこで〝現実〟と言うものの過酷な一側面を目の当たりにする事になる。

 
 

どうしてここにいるのか?と言う詳細は不明ながらも、
シンに対しては『久しぶりだな!』と気さくに通信を入れて来た、
アーモリーワンでの事件の直前まで取材を受けていて、旧知の仲であるジャーナリストのジェス・リブルと、その相棒の乗る兄弟機であるガンダム・タイプのMS2機も、
グラディス艦長やラドル司令官らとの幹部同士のやり取りの為に後発するアスランやハサウェイ達に入れ替わるかの様な格好で同行して来ていた。

 

旗艦デズモントからも、グラディス艦長からも、二重に『その許可は出している』との指示が出た以上は、マフティー側がノーを突き付けでもしない限りは断れない話ではあるし、
逆にルナマリアとメイリンの方などは、そのジェスと言うジャーナリストに「あのベルナデット・ルルー」が同行していると知って、相当びっくりしてもいたのだが……。

 

ともあれ、再び来た道を引き返して飛ぶシン達奇襲部隊の面々が一様に驚かされたのは、
峡谷を抜けたその先に、この戦いにおいて間違いなく一番の雄敵だった、あの地球軍の新型MAの残骸が見当たらないと言う事実だった。

 

Ξガンダムの攻撃をくらって、エンジンをやられて墜ちて行った筈なのに……!
そう驚きを覚えるのはある意味当然の話ではあっただろう。

 

――この少し後の偵察を兼ねた探索で、墜落したその残骸は発見されたものの、その位置から考えると敵の新型機〈ユークリッド〉は、
撃破されたとは言え片肺飛行のその状態でなお、信じられない程の距離をスエズ方面に向かって飛び、ようやく不時着。
事後、機体を自爆させた様であった。

 

その状況から考えても、パイロットはスエズ基地へと落ちのびた可能性も高いだろうと言う予想だった――無論、そちらの地球軍から回収の為の迎えも出る筈だろうし。

 

そして、その予想は正しかった……。
ユークリッド機長の奮戦は、間違いなく彼自身の生命を救ったのみならず、同乗の部下達、そして要塞攻防戦を生き延びて脱出を選びえた将兵達を逃れおおさせる途を拓いていたと言えたのである。

 

奇襲部隊の側は、少数精鋭だった事もあり、敵の直接的な戦力に対しての無力化にのみ傾注しての速戦即決で行っていた為に、
一定規模の敵兵力の逃亡自体は防げなかったのだ。
――基本的には、防ごうともしていなかったからでもあるわけだけれども……。

 

つまり、〝最高の脅威対象(たる人的要素)〟は、むざむざと取り逃がしてしまったと言う事であった。
だが、終わった事は後からはどうしようも無いことであるし、所詮は「結果論」なのだから、それは深刻なものではない。
むしろ大事なのは、〝目の前に在る人々〟の事の方なのだから。

 
 

そう気を取り直してそこから更にと飛行し、ガルナハンの街へと近付く。
奇襲部隊の攻撃に呼応して蜂起したレジスタンス達の作戦成功の証だろう、街の各所には幾つもの火の手が立ち上っている。

 

これまでの間ずっと〝力〟に任せての圧制と暴虐を欲しいままにして来た地球軍への、当然の怒りが爆発していると言う処であったろう。

 

地球軍が接収していたとおぼしき幾つもの建物から上がる火の手は下火になっている様だったが、
他にも街の各処に集っている住民達の輪の中で、引きずり降ろされた地球軍の旗などが燃やされている。

 

それらの人々の輪の中に、シンはあのコニールの姿を見出した。
自分達の生活を取り戻す為に戦った勇敢な少女は、大人に肩車されてちょっと恥ずかしそうに、でも満面の笑顔を浮かべながら周囲の大人達からの喝采を浴びていた。

 

シンはそれを1ギャルセゾン上のルナマリアに教え、二人がその近くへとガンダムとザクの機体を降ろして行くと、
それに気付いたコニール達が一斉にその足下へと集まって来る。
そして今度はその喝采が並び立った二機のMSから降りて来る二人に向かって浴びせられる。

 

『シン!』
シン達の両足が大地を踏むよりも早く、待ちきれないと言う感じでその足下へと走り出て来るコニール。
『コニール!』
『おめでとう。本当に頑張ったわね!』
そう口々に言うシンとルナマリアと互いに手を取り合って健闘を讃え合い、喜び合う。

 

『本当にありがとうよ』
『凄かったぜ!あんたらみんな』
そんな風な喜びの声と共に、周囲の人々もまた二人の肩を叩いたり、握手を求めて来たりと言った喜びの感情を爆発させていた。

 

その輪の中にあって、シンは胸の中に静かに沸き上がる喜びを噛みしめる。
やっと、自分は「やり方を間違えずに」戦う事が出来た――自分の戦う「理由」でもって、矛盾する事無く〝誰か〟を救う事が出来た。
その人達に笑顔を、現在〈いま〉を取り戻せた。

 

その事実が、歓びとなってシンの内を満たしていた。
シンは今、本当の意味で〝誰か〟の為に戦うと言う己の決意を、我がものとしたのである。

 

そして、その傍らに立ってそんな彼の表情を、ルナマリアも本当に嬉しそうに見つめていたのだった……。

 
 

――パァン!
そんな、満ち足りた想いでいた彼らの耳を、ほど近い場所から聞こえた乾いた音が叩いた。

 

「銃声!?」
まだ抵抗している地球軍の兵士がいるのか?
そう思って顔を見合わせるシンとルナマリアに向かって、
「ああ……」
と、複雑な表情になってそう呟くコニール。

 

怪訝に思って、その銃声のした方にと数歩を進めて注意を向けたシン達の目に、重い〝現実〟の光景が飛び込んで来た。

 

「なっ!?」
思わず声を上げるシンとルナマリア。

 

そこ――街の裏手では、後ろ手に拘束された多数の地球軍の兵士達が一列に並ばされ、順番にひざまずかされてはその後頭部を撃ち抜かれて処刑されていた。
それだけではなく、思わず見渡すその手前や周囲の路上にも――
袋叩きにされたのだろう、倒れたままぴくりとも動かない地球軍兵士達のずたぼろな姿が無数に散らばっている。

 

そうして今や惨めな敗者の立場へと引きずり降ろされた彼ら地球軍の兵士達への裁きにかかっている街の男達の表情には、一片のあわれみも浮かんではいなかった。

 

それも無理のない話ではあっただろう。
彼らはそれまで暴虐を極める地球軍が自分達に対して行って来た事を、そっくりそのままに彼らへと返しているだけなのだから。

 

それ程までに地球軍は彼らを虐げていたのだと言う事を、その怒りの噴出が何よりも雄弁に証していたと言えよう。

 

凄惨な情景であるのには違いはないが、不当に虐げられていた彼らの気持ちを考えれば誰にも止められない、仕方のない事だ……。
頭ではそう判っている筈なのに――

 

「やめろ! もうやめろッ!」
気が付いた時にはもう、シンの口はそう制止の声を上げていた。

 

「シン!?」
異口同音に驚きの声を上げる、ルナマリアとコニール。

 

「ザフトのパイロットさんか……」
止めろってのは、どういう意味だ?
そういう声と表情で、突然現れて制止の声をかけて来たシンの事を見る、男達からのうろんげな目が一斉に向けられる。

 

「戦いは、戦闘はもう終わったんだ!幾らそいつらが敵だからって、そんな事は……」
内心の想いを言いあらわすには余りにも言葉が見つからず、それでも必死に訴えかけようとするシンの言葉は、みなまで言わされぬ内に激しい口調で遮られる。

 

「関係ない奴はすっこんでてくれ! こいつらが俺達にどんな事をしたのか、あんたに判るのかよっ?」
だが、シンはひるまずになお叫び返した。
「判るさ!俺だって、オーブで地球軍のせいで家族をみんな殺されたんだからな!」

 

(っ!?)
そんなシンの叫びには、流石に住民達の間にも一瞬驚きの波紋が広がる。
だが、なればこそ地球軍への復讐に逸り立っている住民達の納得は逆に得られなかった。

 

「何でだよ? そんな目に遭ったんだったら、あんたにだって判るだろうが!」
「それは……」

 

止めなくては!
その気持ちだけで矢も楯も溜まらずに飛び出して行ってしまったシンは、そこで言い淀みの行き詰まりを覚えてしまう。

 

確かに彼らのそんな気持ちは、シン自身にも良く理解出来ることだった。
なぜならばかく言う彼自身もまた、本当につい少し前までの間、彼らと同様の〝復讐者〟であったからだ。

 

何の罪咎も無い筈なのに、ある日突然に外からやって来た〝誰か〟が、全く手前勝手な理由で一方的に自分の大切な全てを踏みにじり、奪い去って行った。

 

その残酷な事実に対しての怒り――その相手を憎むのは当然として、その対象はそれに対して無力であった自身に対しても実は向くものだったわけだが――は人として、ある意味当然の事だろう。

 

愛憎は表裏一体のものだと言われるが、大切なものたちへの自然の愛情があるからこそ、
それが理不尽に踏みにじられ、奪い去られた残酷な事実への怒りや、それを為した者への憎悪が生まれるのだから。

 

だから、彼らの言い分も、行動も、その意味では決して間違ってはいない当然のものではある。
それはシンにも良く判る事だった。
(だけど……だけど、違う!)
けれどもシンは今、そう思っていた。

 

それは決して間違ってはいないのだ。
いないのだけど、でも違う。
もっと大きな意味で(大きな視野で)見た時に、
「正しいのだけれども、でもやっぱり〝間違って〟いる!」

 

そういう、まさに逆説的に~と言うしかない事実の別の側面を、
マフティーやアスラン達と出会ってからのこれまでの「経験」と、この戦いを通して真に〝実感〟させられた事を通じて、本当の意味で理解したからこそ、
シンにはそんな人間の根源的な矛盾と言うものが、(直感的な意味合いで)〝見えて〟来てもいたのだ。

 

「そうやって、殺されたからって殺し返して、それで最後は平和になるのかよ!」
よりにもよって、家族の仇の片割れでもある〝あのアスハ〟の者が口にしたと言う言葉に頷かされると言うの自体は皮肉でもあるし、正直不愉快な話ではあったのだけれど、
確かにかつてアスランがそれを投げかけられて衝撃を受けたと言うカガリのそのセリフが、(少なくともそれだけは、そこだけは)「言っている事自体は正しい」と認めさせられざるを得なかった。

 

だからこそ、シンは今この瞬間に目の当たりにしている〝現実〟を前にして、矢も楯もたまらずに動いていたのだった。
そう、その行動の表層だけを見たならば、さながら彼が心底忌み嫌うアスハ――カガリの様に。

 

そして当然ながら、ある意味余りにも純粋であり、理想的なその想いは、
相手に受け入れられると言うそれ以前の、まず自身がそれだけの発露が出来てもいないと言う事実に、
ただもどかしさと、そんな現実への苛立ちだけを募らせると言う処までも相似形を描いていた。

 

ただそれが決定的に違うのは、シンのそれは長い精神的な彷徨と挫折、そしてそこから本当の葛藤を経たその上に、
確かな「現実」のその上に築き上げ、そして見出した本物の(自身の)「真実」であったと言う点だったわけだが。

 

シンは今、その話を聞かせてくれたアスランがその時に感じたと言う精神的な衝撃と言うものを、自身も実感を持って共感出来る様な気がしていた。

 

だが、そんなシンの言葉が幾ら正しかろうとも、残念ながらその「正論」でもって眼前の〝現実〟を押し止める――影響を与えうるだけの〝力〟はまだ伴わず、未だ持ち得ないものだった……。

 

なぜならば、それは彼自身にとってもようやくその端緒に付いたばかりのものであったからだし、
そもそも彼自身がそこに辿り着くまでに経験した、様々な出来事の故にようやく辿り着いた境地を、条件が違う他人にも求められるものではないからでもあった。

 

その想いも、そしてその発露たる行動そのものは間違いなく「正しい」ものではあったのだろうけれども、
惜しむらくは、それは「そのやり方」としては正しいとは言えないものだった事である――
無論その〝未熟さ〟は、決して彼の責任に帰せられるものでは無いのだが。

 

故に今はまだ、彼とは違いそれだけのものを持ち得ている大人の――ハサウェイ達の力〈助け〉が、その辺りの事を成す為には必要なのだった……。

 
 

シンと対峙する格好となっている街の男達の頭上に巨大な人型の影が落ち、かすかな駆動音が聞こえて来る。

 

(!)
それに気付いて頭上を見上げた彼らの視線の先に、あの白い巨大なMSが浮かんでいた。
状況を知って、駆け付けてきたハサウェイやアスラン達が到着したのだった。

 

『ガルナハン住民の方々にご報告申し上げる。この地の地球連合軍の将兵は、我々ザフト・マフティー同盟軍に降伏し、既に戦闘は終結を迎えている。
我々は〝地球軍とは異なり〟降伏した敵兵に対しても「人道的な処遇」を約束しており、既に戦闘行為を中止し降伏の意志を示す地球軍将兵は、例外なく捕虜として受け入れるものである。
よってガルナハンの住民の方々におかれても、生き残った地球軍将兵の全員を速やかに捕虜としての収容手続きを済ませ、ガルナハンよりマハムール基地へと移送する為の「〝協力〟を要請」させて頂きたい』

 

Ξガンダムから響き渡るハサウェイの声。
戦闘終結を告げるその第一声には相応の歓声が湧き上がるが、続いて出された〝要請〟に、その波が一気に引いていく。
そしてそれはその後に続いた通告によって決定的となる。

 

『繰り返し申し上げる。戦闘は既に終結した。故に現時点でも抵抗を止めた敵兵に対しての〝暴力行為〟は、地球軍の蛮行と同様のものとなると言う事をご理解頂きたい』

 

ハサウェイのその〝要請〟に、納得が出来ない多くの者達が拳を突き上げ、口々に不満の声を上げる――
「ふざけるな!こいつらに殺された俺の女房と娘の恨みを忘れろって言うのか!」
「人道だ?奴らが俺達にした事を棚上げにして、奴らの方はそんなもんでのうのうと赦されるってのかよ!」

 

そう言った声に応える様に、ハサウェイは更に言葉を紡ぐ。
『どうか誤解をしないで頂きたいが、「捕虜としての正式な待遇を約束」すると言うのは無論〝無罪放免〟などを意味するものではない。
彼らそれぞれの戦争犯罪行為については、彼らを収容するマハムール基地に於いて、厳密な調査と軍事法廷での公正な裁判が行われる事を、ガルナハンの方々には確約する。
当然、あなた方にも証言等の協力をお願いするのと共に、それに見合った補償としての支援も準備させて頂く事になるだろう』

 

どうやら最後のその一言がてきめんに効いたらしく、ざわめきは大分静かになって来ていた。
ハサウェイはなおも、畳みかける様に続ける。

 

『我々は捕虜の地球軍将兵の供述と、あなた方の証言と併せて、地球連合の圧制下にあったこの地であなた方が被った惨禍の実体を全世界に発信したいと考えている――
それ程の理不尽な圧制を受けながらなお、地球軍に対しては〝彼らとは対照的に理性を持って敗れた彼らを扱った〟と言う「事実」と共に。
その為に、世界的に有名なフリーのジャーナリストにも、こうしてこの地へと来て貰っている』

 

そう言うハサウェイのΞガンダムが指で指し示す先には、ジェスとルルーの乗るガンカメラを構えているガンダムアウトフレームDの姿があった。

 

『我々が全世界にと伝えるこの〝事実〟は、必ずや世界中の多くの心ある人々に届くだろう。
そして、今この時も世界中の各地で地球連合の圧制の元にあるあなた方と同じ立場の人々を勇気付ける筈だ。
願わくばそれらの人々の為にも、今度は〝力〟を用いないやり方で、あなた方もどうか我々と共に「戦って」頂きたい』

 

「………………」
決して強い口調でないが、マフティーらしく培ってみたやり方を活用して語りかけるハサウェイの言葉には、逸り立つ人々の心を冷まして沈める効果はあった。

 

そして、それらの人々の輪の中にいたあの「長老」は、ハサウェイのその言葉に頷いていた。
「あの者の、言う通りじゃな……。もう、止めよ」

 

「長老!」
彼がそう言うのであれば従わざるを得ない。
それは充分に承知していてなおそう声を上げる者達も当然ながら多くいたが、

 

「儂とて悔しい想いはある……。じゃがのう、儂らは〝明日〟〈これから〉の事も考えなければなるまいて?」
そう言う長老の様な、経験から冷静に物事を考えられる人間には判っていたのだ。
ハサウェイが正論と併せて言外に示して来ていた、「利」の側面についても……。

 

まず、今はザフト(と、マフティーとやら言うその同盟軍もだが)の方が地球軍に対して勝利をおさめて自分達にと「解放」をもたらしてくれたわけだったが、
それが永続する保証などはどこにも無く、もし再びザフトが追われてこの地が地球軍の手に落ちる様な事があれば、その時は更に苛烈な報復が降りかかるのは必定だった。

 

そしてこれから彼らは地球軍によって滅茶苦茶にされた生活の安定を取り戻す為に、あらゆる面において再建に向けて頑張らねばならないわけだったが、
その為にもザフト(プラント)と、それに追随してくるであろう大洋州連合の様なその友邦からの軍事的・経済的な支援が不可欠である以上、彼らの方針を無視する事は出来ない。

 

少なくとも、自分達の証言に基づいての「公正な裁判」を確約すると言われた以上は、それを信じて世界の同情を得る方が得策であった……。

 

「くっ……!」
生き残った以上は、そして生きている以上は、まず生きている者達の事を第一に考えねばならない。
長老の口からそう言う認識に基づいて言われては、なお納得はいかない者達であっても不承不承ながらも矛を収めざるを得ない。

 

かくして、それ以上の非戦闘員(正式な軍人ではない)たる者達による戦闘員への武力行使と言う、法治の原則的には問題となる行為は差し止められる事となったのだった。

 
 

そしてそれは、その様をつぶさに見ていたザフトの者達の心へと生じさせた波紋もまた、大きかったのである――とりわけ、シンとアスランの二人に対しては。

 

「〝理〟だけでなく、〝利〟をも説いて止めて見せた……」
その事実を目の前に見て、アスランは良い方の意味での大きな衝撃を受けていた。

 

シンが必死に訴えかけていた「正論」に――そういう事が自然と出て来ると言う事そのものには、彼の確かな変化と成長を感じつつ――
しかしそうであるが故に、それは通じまいと言う事もまたアスランには理解出来てしまう事で。

 

だからこそ、それが現実であり、仕方のない事だ……と言う〝諦観〟とも言える様な感覚に、無意識に甘んじてしまっていた。

 

だがそれを、ハサウェイはそのまま是としはしなかった。
戦うその時には「仕方がない」と割り切っている事ながら、決着が着いたその後にもなお無駄な血を流す事は否と考える――そしてその対象は、敵に対しても向けられているのだ――
と言う事をハサウェイは実践していると言うその事実に、アスランは脳天を殴りつけられた様な衝撃を覚えさせられていた。

 

確かに、事は感情に根ざした問題であり、
ましてやその感情(の発露としての行動)は、ブルーコスモスの様な甚だしい考え違いをしている者達のそれとは違う、
「間違っている」と簡単には言えないものだった。

 

だからこそ、必死に止めようとするシンが口にした「正論」だけでは、それを止める事が出来なかった。
それに対してハサウェイは〝理〟と〝利〟どちらもその通りである両方の要素を取り混ぜる事によって、その言葉に「現実的な説得力」を与えていた。

 

彼らと出会う前の自分だったならばきっと、〝利〟をもって説くと言う事をただ汚らわしいものの様に考え、
シンと同じく〝理〟(理想・理念)と言う「綺麗なもの」だけでもって考え、そして相手に対していたのだろうなと、アスランはそう思わされる。

 

だが、目の前にこうして現実の結果としてのそれを見せ付けられてみて、アスランは改めて痛感させられざるを得なかった。
真に大切なのは、「結果」であるのだと。

 

ハサウェイはそうやって、この地の住民達が後々後ろ指を指されたりする様にもなりかねない可能性を食い止めつつ、同時にそれによって地球軍の兵士達をも救ったのだから。

 

ただ正論をぶつけるだけではどうにも出来ない事を、清濁併せたやり方でもって実現してみせる。
ミニマムなものではあったが、それはまさしく政治的な配慮と行動であり、政治とは何の為にあるのか?と言う事を、
それがまっとうに行われれば出来る事――言い換えれば、それがなければどういう事になるのか?と言うのを、明確に示していたと言えよう。

 

アスランが、為政者の側に近い立ち位置の思考でもってそれをひしひしと実感させられている時に、
シンの方も逆に一般市民の視点と気分とに近い立ち位置から、その現実と言うものを見つめていた。

 

そんな彼の耳に、周囲の街の人々には聞こえないような落とした声でのコニールの呟きが届いた。
「あたしだって、納得はしてないよ。…………だけどさ、……やっと平和が戻ってきたんだもんね……。
だからさ、それが憎いあいつらのもんでも、もうこれ以上人間〈ひと〉が血を流すところは、見たくないかな……」

 

複雑な表情で少しだけ笑いを作って見せて、コニールは頭上のΞガンダムの姿を見上げた。
「あの人、あんたらのお仲間なんだろ?」

 

「ああ……」
そう頷いたシンに向かって、コニールは更に声を落として呟いた。
「……後で伝えておいてくれるかい? …………止めてくれて、ありがとうって……」

 

そう言ったきりコニールは黙り込んで、もう何も言わなかった。

 

復讐に逸る空気の中では思っても誰も言えなかったであろう、多分彼女以外にも多くの人々が密かには抱きもしただろう、そんな想いの欠片をそっと落として。

 

シンも、ルナマリアと共に、痛い程のそんな人々の想いを肌で感じさせられながら、何も言わずに――そして言えずに――ただその場に立ち尽くしていた。

 
 

その激しさの中で芽ぶかせ、確かなものとした成長と、だがそれ故に目を開かされる事にもなった新たな苦みをも同時に味わわされる事にもなりながら、
幾多の声無き慟哭たちがこだまする、ガルナハンの地における戦いはひとまず終結を迎えたのだった……。