機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第13話中編

Last-modified: 2009-03-23 (月) 19:31:23

『ちゅ、中佐がっ!』
まさに頼もしき守護神として最前線に自ら立ち続けて身体をはって戦い、敵軍の侵攻をくい止めてくれていたユークリッドが喰われた。
その事実を数瞬遅れて認識したその瞬間、地球軍将兵達の闘志を支えていた最後の砦もまた、事実上崩れ落ちていた。

 

『も、もう駄目だ!俺達は皆殺しだっ!』
とうとうパニックに陥った幾名かのパイロットが、操縦を放り出して自機のコクピット内でそう頭を抱えて叫ぶ――もっとも、戦闘中にそんな事をした者達は、その直後に攻撃を浴びて爆散して行く事になるのだったが。

 

これまでとは全く次元の異なる怯みに襲われて、完全に浮き足だっている地球軍に対して、攻めるマフティー・ザフト両軍の方は反比例していよいよ勢い付く。

 

ユークリッドを墜とした化け物MS〈Ξガンダム〉が留まって加勢に入った後部防衛線は、背後から狙い撃つミネルバ空戦隊らからも挟撃を受けた事も相まって、恐慌状態の只中に驚く程の短時間で粉砕されて行った。

 

要塞前面の主攻部隊が詰める正面戦線の方でも、素人目にも明らかな程に比我の勢いは決定的になりつつあった。

 

そして、そんな地球軍に止めとなる最後の一撃を叩き込むべく、その裏側からシンが一人、インパルスガンダムで征く。

 
 

シンの前方から無数の攻撃が、雨あられと襲いかかって来ていた。
かたくなに持ち場を離れなかったと覚しき点在するMSや、地上や峡谷の岩壁に設置されている機関砲やユニット型のミサイル発射機と言った要塞の防衛システムがインパルスガンダムを狙って来るが、
それらをかわし、かいくぐり、シンは一心不乱に機体をひたすら前へと駆けさせていた。

 

(くそっ、まだ遅いッ!もっと……もっと機敏に動かさないとっ!)
そうあせる気持ちを必死に押さえようとしながら、シンは懸命の操縦を続けている。

 

ビーム攻撃は仕方ないとして、実体兵器の攻撃ならばVPS装甲を持っているインパルスガンダムには恐れる必要性は基本的には無い。
それでも直撃を受ければ衝撃に機体を振られたり、爆風に押し戻されたりと言う状態までは避けられず、その分だけ行き足が鈍る。
時間が勝負のこの状況下ではその「無駄な時間」の積み重ねこそが惜しいから、そう言った直接的な意味での脅威度が低い攻撃をも徹底的に回避しているのだ。

 

シンが狙うのは、再度の発射のチャンスを窺おうとしてエネルギーをチャージしたまま戦況の推移にその機会を逸していながら、漫然と露頂展開されたままでいるローエングリン。

 

万が一、自軍を巻き添えにしてでもの苦し紛れの発射が敢行されようものなら、至近まで押し込んでいる友軍主攻部隊に甚大な被害が出るのは確実だった。

 

それ故にシンは急ぐ。
その前に一気に肉迫して、発射や要塞内への格納が行われるその前にローエングリン砲塔を破壊する――この地に圧政を敷いている地球軍の傲慢な力のその源泉を叩き潰して、コニールやあの少年達に「明日の自由」を取り戻すのだ。

 

しかし、だからこそシンは焦燥を覚える。
目と鼻の先に、手を伸ばせば届きそうなくらいに間近に迫っているのに、まだあきらめようとはしない地球軍の抵抗線に邪魔されて、その「あと一歩」が遠い。

 

見れば、ようやく要塞側も気が付いたのか、ローエングリンの発射をあきらめ、分厚い岩盤のシェルターの中へとその砲台を格納しようと言う動きを始めている様だった。

 

「約束したんだ!任されたんだ! ここであきらめてっ……たまるかよおッ!」
自らを叱咤し、鼓舞する為にシンはそう叫びながら突撃を継続する。

 

と、その眼前に散開して配置されていて激しく撃ちかけて来る地球軍のMSや防衛システムたちへと、斜め上方から絨毯爆撃をするかの様なビームの豪雨が浴びせられ、一瞬遅れて猛烈な爆発が巻き起こる。
――それら立ちはだかっていた敵の陣容が各所で寸断され、炎上していた。

 

『シン!そのまま進めっ!』
自身も当然戦闘中のアスランが、自らの相対する敵機群にと隙を見せる事になるのを承知しながらセイバーガンダムに再度のフルバースト攻撃を敢行させて、インパルスガンダムへの援護射撃を放ってくれたのだ。

 

『はいっ!』
シンもそれだけを応じて、そうして造られた敵陣の混乱から生じた隙の中を縫うように愛機を飛ばす。

 

「そうだ……。行け、シン!」
迷いを振り払ってまっしぐらに飛ぶインパルスガンダムの姿に、シン自身の強い決意を感じ取りつつ、アスランもそう呟く。

 

『隊長!』
(!)
その次の瞬間、6ギャルセゾンに乗るメイリンからの警告の通信と同時に、セイバーガンダムのコクピットにもセンサーからの敵機急接近の警報が鳴り響く。

 

『くたばれっ、この野郎ッ!』
シンへの援護の為に背中を見せる事になっていたその隙を狙って、正面から仕掛ける事には躊躇を覚えていた数機の地球軍MSたちが、チャンスと見て襲いかかって来ていた
――もっとも近い1機は既に、その手にビームサーベルを抜き放っている距離にまで迫っている。

 

MA形態に変化して離脱する余裕は無い。
そう判断するや、アスランは逆に機体を反転させながら自らも、逆に迫る敵機へと前掛かりに踏み込んで迎え撃つ。

 

「何っ!?」
シールドを構えようとも、肩口のサーベルを抜こうともせずにそんな機動をするセイバーガンダムの動きに、瞬間戸惑ったそのウィンダムのパイロットは、
その隙に自らの方が逆に間合いを詰められている事に気付いて愕然とする。

 

こちら側の戦線では初めて見せる脚部ビームクロウによる蹴斬撃に、ビームサーベルを構えた右腕を斬り飛ばされ、
返す勢いで更に斬りつけられたシールドビームサーベルにジェットストライカーの片翼のあらかたを斬り裂かれて、そのウィンダムは返り討ちで墜落して行った。

 

それを横目で一瞥して、アスランは向かってくる他の敵機へと、今度は逆に自らの方から迎え撃ちに突っ込んで行く。

 

『ルナマリア、頼む!』
そう叫んで促した通り、そうする事で自身で敵機を引き付け、ルナマリアのガナーザクとそれが載る1ギャルセゾンにシンへの援護射撃役を引き継ぐ為だ――
もっとも、1ギャルセゾン機長のレイモンド辺りならば、黙っていても言わずもがなでそう動いてくれる事ではあろうが。

 

そしてアスランが動いて確保した援護の可能な進路を、代わってインパルスガンダムへの援護を行うべくガナーザクウォーリアを載せた1ギャルセゾンが前進する。

 

『シン……』
単機で敵中の低空を駆けているインパルスガンダムの機影を目にして、今や大切な存在となった相手の名を無意識に呟くルナマリア。

 

『おお!アイツ、やるじゃないか!』
『汚名返上のチャンスだぞ! 気張れよっ、シン!』
そんな彼女を励ます様に、1ギャルセゾンに乗るマフティーの面々が口々にシンを鼓舞する様な声を上げた。

 

(皆さん……)
荒削りだけど、本当の真情が素直に込められた彼らの気遣いに、ルナマリアの胸の奥にもあたたかな気持ちが湧き上がる。
例えそれらの声自体が届くことが無くても、そんな彼らからの気持ちはシンにも必ず届いている筈だ。

 

自分も彼〈シン〉と同じ、そんな彼らに気付かせてもらった様々な事への想いをもって、今この時を戦う。それのみだった。

 

ルナマリアは周囲の戦場を見回し、ローエングリン砲台へとひた走るインパルスガンダムを長距離射撃で狙おうとしている2機の砲戦型MSの存在に気付く。

 

「まずいっ!」
ランチャーストライカーパックを装備したダガーに、バスターダガー。
どちらも長射程・大威力のビーム砲を装備する、PS系の装甲を持った機体であっても侮れない存在だ。
ルナマリアは急いで腰だめに構える長大なオルトロスの砲身をそちらへと振り向け、照準を開始する。

 

『っ!ロックされた!?』
それらに狙われたインパルスガンダムのコクピット内に警報が鳴り響いた瞬間、そのロックオンをかけたランチャーダガーに向かってのオルトロスの一撃が放たれていた。

 

『当たれええぇっ!』
自らが遠い間合からの狙撃を目論んでいただけに、逆に自身が狙われている可能性に対しての警戒が無意識に薄くなってしまっていたランチャーダガーは、その分だけガナーザクウォーリアからのロックオンへの反応が遅れ――
おそらく、そのままインパルスガンダムを撃つか、それとも新たな脅威にと目標を変えるか(と、思った処で間に合う筈が無いのだが……)をとっさに迷ったらしい
――腰だめに構えていたアグニを放つ事も出来ずにそれごとオルトロスのビームを浴び、発射態勢にあったアグニもろとも爆散する。

 

『ルナ!』
遠く、滞空するギャルセゾンの機上に巨大なビーム砲を構えて立つ赤いザクの姿が見えた。

 

『シンっ!そのまま飛んで!』
『ここは任せろ!』
ルナマリアから、そして彼女のザクを載せる1ギャルセゾン機長のレイモンドからの通信が、連続して飛び込んで来る。

 

『……ああ!』
口に出しては、ようやくそう言うのだけで精一杯だった。

 

今、戦っているのは自分自身だけれど、それは自分一人のだけのものではなく、共に戦ってくれる人々の有形無形の助けを借りて為しえている事なのだと、
インパルスガンダムを駆りながら、シンはその事実をひしひしと実感させられていた。

 

『中尉っ! くそおっ、邪魔者がぁ!』
確率1/2の狙撃を免れたバスターダガーが、こちらは躊躇無く攻撃の目標を僚機を屠った上空の敵MSへと変更する。
同じ長距離砲戦型MS同士、今度は不意打ちではない正面からの一機打ちだ。

 

「中尉の仇だ!喰らえっ!」
先手を打ったのはバスターダガーの側。両肩のミサイルポッドに格納された3連装ミサイルを、同時に上空のガナーザクとそれを載せた敵軍MAへと一斉に撃ち放す。

 

接近するミサイルに対して、ガナーザクが自らの大型ビーム砲からの射撃で迎え撃ち、直撃コースを飛び来るミサイルたちを殲滅する。

 

攻撃失敗。だが、バスターダガーのパイロットには舌打ちも落胆も無い。
ミサイルでの攻撃はむしろ牽制であり、また敵機にこちらに向けられるのではない射撃を行わせてしまう事が狙いであったからだ。
むしろその意味では、(かかったな!)と言う快哉を上げても良いくらいだった。

 

その意気のままに本命の攻撃に移るバスターダガー。
右腰の脇で連結した超高インパルス狙撃ライフルが、ギャルセゾン機上のガナーザクウォーリアを狙う。

 

ロックオンのマーカーが空中のガナーザクを捉えた。
『墜ちろっ!』
その瞬間、躊躇無くトリガーを落とす。
超高インパルス狙撃ライフルから放たれた、敵機の大型ビーム砲にも匹敵する強烈なビームの奔流が一直線に上空へと駆け上がる。

 

『ロックオンされたわっ!』
『ルナマリア!』
今度は自らの側が狙われた警報音に声を上げるルナマリアに、その名を呼ぶ事で合図を送るレイモンド。

 

『了解!』
そう応じたルナマリアが取った待避行動は、バスターダガーのパイロットの予想を遙かに上回るものだった。

 

ルナマリアはオルトロスを構えさせた格好のそのままに、ザクウォーリアのバーニアを吹かせると、その甲板上を蹴って上空へと跳び上がる。

 

『なっ!』
驚愕するバスターダガーのパイロットの眼前で、ギャルセゾンの方もまた、ザクが離脱する反動も利用して一気に機体をストンと落とす格好の急降下を行い、
上下の空中にしばしの分離を行う格好で、超高インパルス狙撃ライフルからの高出力ビームをその間の空中に空しく行き過ごさせた。

 

『今度はこっちの番よっ!』
何度も繰り返した訓練の成果。レイほどではないにせよ
ルナマリアもまた、取り回しの大きいガナーウィザードを装備した状態でもジャンプフライト戦法による、この程度の回避機動が行える様になっていた。
そしてそんな機動が出来れば、回避機動中も再びの攻撃に移る為の照準も継続できる。

 

今度は空中から地上へと、狙い澄まされたオルトロスの野太いビームが迸り、バスターダガーを襲う。
咄嗟に回避に入っていたバスターダガーだったが、半分程度しかかわしきれずに超高インパルスライフルを構えた右半身側が、その構えていたメインアームともどもオルトロスの強烈なビームの奔流に削ぎ取られていた――
そしてその次の瞬間に起こった爆発をもろに受けて地面にと薙ぎ倒された。

 

もはや戦える状態にはないだろうと言うのは明白なので、それ以上に攻撃は加える事はしないルナマリアとレイモンド達。

 

重力に引かれて降下して行くガナーザクウォーリアのその真下へとレイモンドがギャルセゾンを回し込み、
再び機上にと両足を付けたルナマリアは、次の脅威となりうる対象の存在へと意識を配るのだった。

 
 

目の前に、一筋の〝道〟があった。
峡谷の中、左右下面から自らに向かって飛んで来る無数の砲火の中を、目指すローエングリンへとひた走るシンの前方に、それが拓けていた。

 

向かい来る弾雨の中を、まっしぐらに愛機を前へ前へと駆けさせながら。
シンは今、かつて抱いた事が無い言いしれぬ熱い想いの中に在った。

 

ここに至るまでの様々な出来事が、どこか覚醒している様な不思議とくっきりした意識の中で、立て続けに想起されている。

 

ある日突然に、自分の生命以外の大切な全てを踏みにじられ、奪われた二年前のあの日の事。
余りの理不尽さと、己の無力とを嫌と言う程に味わわされた、今こうしてザフトのMSパイロットとして戦っている生き方を選ばせた、その原点を。

 

親身になって世話をしてくれたオーブ軍の士官、トダカさんが行かせてくれた、〝異国の地〟であったプラント。
そこでアカデミーに入った〝異分子〟の自分にも分け隔てなく接して来てくれた、そのまま一緒にミネルバの乗員となった同期の戦友のみんな――
つまり、レイやメイリン、ヴィーノ達はプラントと言う「生き慣れない社会」で得る事が出来た、かけがえない友人〈仲間〉達なのだ
――遅まきながらもそれに気付かされた時に、自身の未熟さに恥ずかしさを覚えつつも、同時に心の内にあたたかいものが満たされるのを感じた。

 

そして、その中でも一番大切な存在となった彼女――ルナマリアの事。
自分が独りよがりを極めた果てに大きな過ちを犯してしまった、どうしようも無くなってしまっていたその時に、彼女が自分の傍にいてくれた。
知らずに多くの人々を傷付けてしまっていたと言う〝現実〟に、自身もまた深く傷付いて慄えていた自分の心ごと抱きしめて、温もりを与えてくれた。
今、生きていると言う事のあたたかさを教えてくれた。
それがあったから、どうにか自分はそのまま崩れ落ちてしまわずに済んだ。

 

だからこそ、その後の〝二つの出会い〟をきっかけに、もう一度パイロットとして戦いの場に立つ、その決意も付けられたのだと思う。

 

マハムール基地で出会った難民キャンプの少年達と、今それぞれのこの戦場で〝一緒に戦っている〟少女、コニールとの出会いが。
もう一度、自分自身の戦うその理由を見つめ直させてくれた……。

 

かつて自分の家族を奪ったのと同じ様に、手前勝手な理屈を一方的に押し付けて、そんな人々の平凡でささやかな幸せを壊して恥じない理不尽な圧政者達から、そんな人々を助けたい。
自分が味わわされた様な想いを、他の誰かにはして欲しくない。

 

それが、自分が本当にしたかった事。そしてその為に、それを成す為の〝力〟を自分は求めていたのだ――いや、その筈だった。

 

けれども自分のその想いは、気付かぬ内に歪なものにと変わってしまっていた。
つい先日のインド洋での戦いで犯してしまった許されざる過ちを頂点として、そこに至るまでの己の姿と言うものを振り返ってみれば、その事実に暗澹とせざるを得ない。
それ程までに自分は、気付きもせずにその想いを際限なく歪な方向へと深めつつあったのだった。

 

その結果としての、あのインド洋の戦いでの暴走と、それにより自ら惨禍を友軍と罪無き人々にもたらしてしまった、痛恨と言うも生温い過失があった。

 

それを厳しく叱責し、自分が間違っていると言う事を気付かせてくれたガウマンらマフティーの人達と、ザラ隊長。
自分には〝見えていない〟ものを、ちゃんと見えて理解している彼らに、何も見えていなかったくせに幼稚な感情のままに反発していた自分が恥ずかしい。

 

そんな彼らは皆それぞれに、やはり様々な苦い記憶や経験を背負っている、そこから自分へと言ってくれていたのだと、今はもう理解させられていた。
そして一度それを理解出来る様にとなれば、素直に耳を傾けて聞いてみようと言う想いになりもするし、その言ってくれている言葉の奥にあるものも、おぼろげにでも感じられる様にもなる。

 

だからこそ、そうやって隊長のアスランをはじめとして、彼らが自分を諭しつつ、「やり方を間違えはしてしまったが、お前のその想いそのものが決して間違っているわけではない」と言う、
芯の部分の肯定もしてくれていた事、それを心底からありがたい事だったと感じていた。

 

間違えてしまったのなら、それに気付いた後には今度はもう間違わなければいいと。
その想いをもって、これからはやり方を間違えずに守られるべき人々――
自分が守ってやりたいと思う人々の為にその〝力〟を使えばいいと、そうやって背中を押して貰った。
いいや、今この時にもそうやってこんな自分の為に身体を張って、自らの危険を犯してまで「行け!」と、背中を押して貰っている。

 

シンは〝自分自身〟を今ここに在らしめさせてくれる、多くの人々からの有形無形の〝支え〟の存在を感じていた。
それが彼が得た、皆から与えられた「絆」だった。
生き続けたその先で、ようやく見つけ出せたものだった。

 

それを自覚した時、シンは初めて気が付いた。
これまでの己の在り方を自ら歪めさせたものの、その正体を。

 

(そうだったのか……俺は……)
ただ闇雲に「強さ」を、〝力〟だけを求めていた、ついこの間までの自分。
そうしてひたすらにただ〝力〟を、〝より強い力〟を!と、求めて求めて、求め続けて。
それで自分が本当は何が欲しかったのか?と言う事に、シンはようやく気が付いていた。

 

(俺が、本当に欲しかったのは……、「あの日」を覆す〝力〟だったんだ……!)
それは「夢」などと呼べる様な代物ではなくて、決して不可能な、ただの〝妄執〟も同じだった。

 

それに気付かずにいた、馬鹿な自分。
際限なく求め続けて、それなりには手にする事も出来てはいた〝力〟。
けれども、手にするそんな〝力〟のそのステージを上げても上げても、いつだってどこか満たされる事のない空しさを感じてもいた。

 

そんなのは当たり前の事だったのだ。
そうして手に入れたその〝力〟で本当に守りたかったものは、とうの昔に奪い去られていてどこにも無い。
だけど、その喪失こそがそうやって〝力〟を欲するようになった、そもそもの原点で。

 

ぐるぐる回り続ける、矛盾のループ。
自分は「あの日」から一歩も進めていなかった事に、決して覆る事の無い〝過去〟にと捕らわれ続けていたままだったのだと言う事に、シンは今ようやく気が付いていた。

 

積もり積もったその歪みの噴出が、あのインド洋での自分が犯してしまった過ちだった。
そうして過去に捕らわれ続けている限り、自分は何も守れやしないのだと――それどころか、真逆に自分自身もまた、それらの人々を踏み潰す側になってしまう――だけなのだ。

 

理不尽な過去への憤りと、喪った――奪われた痛みは自分の中に刻み付けられたまま、決して消える事はないだろう。
だけど……だからこそ、自分は他の誰かにはそんな想いを味わわせたくない。自分の様な生き方を、しなくても済む様であって欲しい。

 

自分の原点だった筈のその想いに、シンはもう一度向き合っていた。
それは単なる感傷、ただの代償行為、そんな代物でしかないのかも知れない。でも……それでも!

 

――脳裏に再びコニールや難民キャンプの少年達の顔が浮かんだ。
(俺は、奪われているあいつらみんなの〝今〟を取り戻してやりたい!)
シンは素直にただそれだけを思った。

 

力が欲しい!
その願いが、強く強く想いの奥底から沸き上がっていた。

 

怒りに任せて敵を踏みにじる為の力をでなく、自分自身の渇望を満たす為の力をではなく。
ただ素直に自分が助けたいと、力になりたいと願う「誰か」の為の〝力〟を。
そんな誰かの「今」を守り、そして「明日」〈未来〉へと活かす為に。
その為の〝力〟が、今欲しい!
そう思った。

 

それは、これまでの自身を突き動かして来た、理不尽と、それに対して無力な自身、その双方にと向けられ続けて来た激しい怒りよりもなお強く、そして純粋な感情だった。

 

激しく沸き上がるその想いがシンの内を満たし、全てを染め上げたその瞬間、シンの中で〝何か〟が音を立てて弾けた――

 
 

唐突にインパルスガンダムの動きが変わった。
誰の目にも明らかなくらいの変わり様に、それを目撃した者達は皆等しく目を見張らされる――それ程までにその変化は劇的だった。

 

前へとまっしぐらに空中を駆けているその姿自体は変わらない。
しかし、その〝速さ〟が格段に違っている。
周囲の者達にはそれこそブースターでも使ったのか?とでも言う風に、唐突にインパルスガンダムの速度が一気に上がった様に見えただろう。

 

しかし、実際にはとうにインパルスガンダムは「最大速度」で飛行していた。
それが急に一気に加速をしたかの様に見えたのは、回避を行いながらの飛行機動の変化のその故に……であったのだ。

 

ハサウェイ達がいた「宇宙世紀」の歴史にはかつて、〝通常の3倍速い〟と形容された伝説のパイロットがいた。
その「3倍速い」は≠乗機の推力3倍であって、実際にエース用にチューンされた3割増し程度の推力は保持していたとは言われているものの、
多少の誇張〈戦場伝説〉はあるとしても、確実に平均の倍以上に速かった筈なのは、その機動が常人にはまず真似の出来ない様な意味合いでの「合理的な」代物だったからだ。

 

今のインパルスガンダムの取っている一連の動きは、本来はそちらの世界の住人であった筈のマフティーのメンバー達には自然とその伝説を想起させる様な、そんな機動だった。

 
 

――突然に、〝世界〟の見え方が変わった。
脳裏で何かが弾ける様な感覚を突如として覚えたその瞬間、シンの目に移る周囲の世界のその全てが、一変する。

 

恐ろしいくらいに視界がクリアになり、視野が広がる感覚があった。
そしてその感覚が捉える周囲の敵味方のそれぞれの動きというものが、さながら微速度撮影を見るかの様に不思議とスローに見え、動こうとしている〝その先〟の事が判る。

 

だから、もう回避はほとんどする必要が無かった。
ローエングリンへとひた走る自分にと向けて放たれて来る無数の敵弾も、その中には火線と火線との入り組む中にと出来た「空白地帯」となる安全な空間が、トンネルの様に続いていた。

 

刻々と変化するそれを、同様に見切り続けて常にその中へと機体を飛ばし続けていさえすれば、当然回避機動は要らず、そのロスが無い分だけ〝速く〟飛べる道理だ。

 

さながらボクサーがインファイトで相手のパンチを〝皮膚の薄皮1枚だけを削ぎ取らせる様な感覚でかわす〟のにも似た、MSで行う極限の見切りだろうか。

 

その〝回廊〟上の所々にある切れ目――進路を閉塞している格好の火線を放っている敵機や砲座がある時にだけ、
インパルスガンダムはビームライフルのただ一射のみで確実に沈黙させる攻撃だけを繰り出しつつ突撃して行く。

 

(大丈夫だ。間に合う!)
先程までの焦りは、既にどこかにと消えて無くなっていた。
ローエングリン砲台はもう、エレベーターシャフトの中へとその巨体を沈めて行き出している状態だったが、
それでも比我の距離と現在の自機の飛ぶ〝速さ〟、敵機や防衛火器群からの妨害に対して要するであろうタイムロスと言った種々のファクター全てを瞬時に計算して、
冴えきった頭がそう結論を出していた。

 

それに――
(援護が、来る!)
全天周モニターでは無いながらも、一瞬後方にと意識を向けただけでシンはそれを悟る。

 

後方上空から放たれて来た、見た目からして力強い奔流の様なビームの一線がインパルスガンダムを一瞬にして追い抜き、
そのまま前方のローエングリン砲台のやや前方上方にある断崖の壁面にと命中、そこに設置されていた迎撃用のミサイル砲座ごと派手に爆発を引き起こす。

 

それによって崩落した大小多数の岩塊がローエングリン砲台の方へと転げ落ちて行き、
その中でも一際大きな岩塊が、降下収容されて行くローエングリンを覆い隠す為に閉じ始めていた分厚い装甲隔壁の天蓋シャッターの間にと見事に挟まって、その動きを強制的に押し止めていた。

 

後方からの、再度の最大出力でのビームライフルの発射を行ったΞガンダムの援護射撃だ。

 
 

「これが、君が秘めていた〝力〟か!シン……」
そう呟くハサウェイには、「今のシン」の動きが別次元に踏み込んでいるものだと言う事が誰よりも良く〝見えて〟いたかも知れない。

 

ニュータイプ的な共振の感覚こそないので、それは(この世界ならではの)〝異質な力〟なのだろうと判断させられもするが、
彼をして目をみはらされる、それだけの〝力強さ〟が、「SEED能力」を覚醒させた者が戦うその姿から受ける感覚には有った。

 

故にハサウェイも、普段ならそうしている様にその旨の通信も送る事もせずのダイレクトに援護射撃を放っていたわけだが、
もちろんシンの方も瞬時にそれを理解して動いていると言うのは明白だった。

 

何故、戦士〈MSパイロット〉としてならば明らかに完成度が上のレイ――
ニュータイプ能力と同質の〝力〟(とは言っても、磨かれざる原石の様なものだったが)を持っているレイの方が、トータル的に優れていると言うのもある意味では自明の理だったかも知れないが
――を押さえて、シンが現状で〝ザフト最高性能のMS〟と言って良い機体であるインパルスガンダムのパイロットなのか?
と言う、多くの者が感じるであろう疑問のその理由は、これだったのか……。

 

眼前に、何かのスイッチが入ったかの様な動きをしているシンの姿を見て、そうハサウェイは理解する。
政治の世界に身を投じる以前には遺伝子工学の研究者だったと言うデュランダル議長が、
彼にはこの様な秘めた資質の因子が潜在していると言う事を見抜いて、あえて荒削りなままのシンにと最新鋭機を託したのかも知れないと。

 

確かに、この様な「爆発力」だけは、ほぼ全ての面において高い水準で、なおかつ安定しているレイには無いものだった。

 

ハサウェイは、「ニュータイプ能力を上乗せして持つ傑出したパイロット」と言う、自身がある意味イレギュラーな存在であるからこそ、彼自身も実戦においてのそういう存在の必要性と言うものをよく理解できる。

 

ここ最近の出来事と、それを通しての自身の成長も相まって、元より戦友であったシンとはより深く、良き親友〈とも〉としての関係を強めつつあると判るレイだったが、
恐らく本人も自覚はしていないだろうその心の奥の片隅には、「インパルスガンダムのパイロットが、何故自分ではなくシンなのか?」と言う疑問や不満――つまり、嫉妬に分類される類の感情が在る事を、ハサウェイは感じ取っていた。

 

もっとも、そんな感情が在ると言う事自体はむしろ喜ばしい事だと、ハサウェイは思ったのだったが。

 

レイは余りにも〝完成され過ぎて〟いる……――良い意味ではもちろんの事、悪い意味でもだ。
あの歳でそうだと言うのは、逆に不自然と言うか、歪なものだと言う事になるだろう。

 

だからこそ、例え無意識下にではあっても、レイにもそう言った〝人並みの(自然な)感情〟と言うものがちゃんと働いているのを感じられたのは、
彼の「未熟な師匠」――などと言うとそれこそ偉そうなので、「未熟な先達」だとしておこう――として、ハサウェイにとっても喜ばしいものであったのだ。

 

未熟であるのは当然ながら、良くも悪くも真っ直ぐでひたむきな少年少女達の姿に、眩しさとどこか羨望を感じながら、
そして自分達はもうとっくに喪ってしまった様に思えるそんな〝若さ〟〈過去〉をほろ苦く想い返させられながら、
そんな彼ら彼女らの為にも、自分達〝大人〟も今はただ、この異世界で身を投じたこの戦争を戦い抜くのみだった。

 

急速に迫るインパルスガンダムの存在に気付き、ようやく危険を覚えた(遅すぎるが)らしい要塞側がローエングリンの発射をあきらめた様で、
エネルギーをチャージしたまま再び吼える事無く、要塞内への下降を開始するローエングリン砲台。

 

砲座と砲本体が完全に要塞の内部へと沈み込み、そのシャフトを覆う分厚い装甲シャッターの天蓋が両側から閉じ始めている状況だったが、
そこへと肉薄するシンのインパルスガンダムの動き(の〝速さ〟)を見て、ハサウェイもまた、シンが間に合う事を確信していた。

 

最悪、装甲天蓋が閉じきるその前に、ファンネルミサイルをその隙間から中へと撃ち込むと言う事も一瞬考えはしたのだが、どうやら無用の心配の様だ。
シンに任せておいて大丈夫だと言う事で、ハサウェイはその天蓋装甲の閉鎖を妨害する為の間接的な援護の一撃を放つや、
そのまま機体をアスラン達の正面戦線側の支掩にと回して飛び去って行くのだった。

 
 

そのハサウェイが向かう正面側の戦線も、いよいよ大詰めの局面を迎えている。

 

攻めるザフト・マフティー同盟軍の猛攻に損害は続出させながらも、狭隘な地形にその大兵力を集中させているその分だけ地球軍の防衛戦は縦深を大きなものとしており、
「面」を制圧する兵器であるタンホイザーとローエングリンとが互いに使えない状況では、必然「点」の攻撃とならざるを得ない――
圧倒的な攻撃力の高さを持つマフティーでも、その攻撃はあくまで「線」(を貫くと言うレベル)に留まる話であるからだ。

 

唯一、セイバーガンダムのフルバースト攻撃だけはある程度「面」で制圧可能な攻撃ではあったが、それとて繰り返し乱発出来るような性質のものではない。

 

故に、攻撃側は圧倒的な勢いで攻めかかりつつも、地道に前線での潰し合いを続けながらその先鋒を敵陣の奥へとじわじわと押し込んで進めて行く、必然そう言う構図となっていた。

 

しかし、こちら側の戦線においてもやはり、ユークリッドの撃破は守る地球軍将兵達の士気を喪失させる、決定的な一打となっていたのだ――
それをきっかけに、明らかに地球軍防衛陣には潰走へと向かう方向への行き足がじわじわと付き始め、
一度そうなれば一気に押し込んでくる攻撃側の勢いを受けた玉突き状態になって行くのは必然の帰結。

 

ついに地球軍の正面側の最終防衛ラインは自壊を始めた。
戦いのただ中に身を置いている者達にその流れの変化は直ぐに察せられるものであり、
それは攻める側の勢いの急上昇と言う格好でもって傍目にも見える程に具現化する。

 

こちら側でもギャルセゾンから離脱してのジャンプ・フライト機動による攻撃を開始する支隊のメッサーたち。
正面側の戦線の彼らもやはり敵機を圧倒して行くのは言うまでもなかったが、
その彼らに倣って機動性を高く発揮しての攻撃にかかるハイネ隊のメンバー達の動きもまた、充分に見事なものだった。

 

メッサーの後を追って自身も地上へと降下を選んだ、グロス達ハイネ隊のナンバー2とナンバー3の乗り手二人の愛機もその両脚を大地へと着け、
着けるやいなや、間髪入れずに手近な敵機へと近接攻撃を仕掛けて行く。

 

両腕にそれぞれビームトマホークを構えたブレイズザクファントムは、左腕からの斬りかかりで眼前のウィンダムが構えるシールドを釘付けにしておいて、
そのまま素早く機体をその右手側にと流すと、シールドを構える敵機の左腕を右のビームトマホークで斬り落とし、再度の左で仕留めた。

 

一方、ゲイツカスタムの方は、通常のR型とは異なりシールド固定のビームサーベルが連装になっている、その倍の威力を活かした一点突破の鋭い突きで、ストライクダガーをその構えたシールドごとぶち抜く。

 

また空中の方でも、グゥルに乗ったそれ以外のハイネ隊の各機が、ギャルセゾン隊からの援護射撃を受けながら、自分達の隊長に続いてそれぞれジェットストライカー装備の敵機にと一気に間合いを詰めている。

 

互いにビームライフルを撃ち合いながら接近して、共にビーム格闘武器の間合いに入る――その寸前の距離で大きな威力を発揮したのが、
ゲイツカスタムの腰アーマー側面に装備されている可動式ビームアンカー、エクステンショナルアレスターだった。

 

グフイグナイテッドのスレイヤーウィップと言う武器に特性の一端は受け継がれているかも知れないが、
(その使いどころ等も含めた全般的な意味合いで)基本的に〝扱いが難しい〟武器であった為に、
ザクに徐々にその座を譲りつつあるとは言え、現状においてはなおザフトMS中で最大の機数を揃える「主力機」たる、
型式番号に「Reinforce」を示す頭文字〝R〟を追加した標準型のゲイツ(ゲイツR)ではレール砲・ポルクスⅣにと換装されたその武器を、
両腰共そのままか、片側のみクスィフィアス2改レール砲に換装しているかの違いはあれども、
ハイネ隊のゲイツ乗り達は全員がそんなR型と同等の性能向上改修自体は愛機に受け入れながら、あえて残して愛用し続けていたのである。

 

それは「並の腕では使いこなせない」に、自分達は当てはまらないと言う自負の証でもあろうが、
確かに自在に使いこなせるのであれば、トリッキーな戦い方が実際に可能な有効な武装となるのもまた事実。

 

使いこなせる者が少ない――は、敵機の側もまたそんなクセのある武装の相手をし慣れていないと言う事でもあり、
ビーム刀剣類の間合いの外側から、それも〝有線誘導〟で敵機の構えたシールドの横合いから、
弧を描く機動で回り込んで攻撃できるエクステンショナルアレスターの噴進打突が次々と、面白い様に決まって行く。

 

その辺りも狙って行けると言う辺りが、「エース級の腕利き揃いのハイネ隊」の、まさに面目躍如であったろう。

 

面白い事に、この状況下におけるハイネ隊の中では旧世代型の主力機たるゲイツタイプの方がむしろ派手に活躍をしており、
新しい世代の主力機であるザクタイプの方が、近接戦用のスラッシュウィザードを装備している1機以外は後方からの支援役を務めると言う構図となっていた。

 

もちろん、ビームガトリングを唸らせつつ大型のファルクスG7ビームアックスを振り回すスラッシュザクウォーリアの暴れっぷりもゲイツカスタムたちに劣るものではないし、
援護に回るブレイズ/ガナーザクウォーリア各機の射撃もやはり的確に、隊の僚機やメッサーたちの動きを更に効果的に高めている。

 

ラゴゥ以下のマハムール隊の動きとも巧く歩調を合わせて、マフティー支隊とハイネ隊から成る正面攻撃部隊の主力の、その卓絶した戦闘力がこちら側にもぐいぐいと最後の一押しをかけて行く。

 

そして、側面からはアスラン達が敵陣の弱所を的確に狙い撃って、更に損害を増大させて行き、地球軍の正面側防衛線も緩やかに潰走しかけながらその戦力を撃ち減らされ続けている状況だった。

 

その流れのただ中に踏みとどまる格好となっていたのが、いまやメッキが剥がれたかの様な存在へと落とされかけている「無敵の盾」のその片割れ、ゲルズゲーだった。

 

逆境の中にあっても揺るがぬ闘志を漲らせて戦っていたユークリッドとは異なり、ゲルズゲーのパイロットの方はその様な強い意志があってそうしていたのではなく、
あまりにも速過ぎる状況の展開に付いて行けず、気が付いたら戦線の全体で突貫をかけて来ている敵軍の攻勢のただ中に取り残される様な格好で孤立しかけている状況だったと言うだけなのだが。

 

しかし、無論攻める側にそんな事情が判る筈もなく、むしろ「無敵の盾」を潰して要塞を丸裸にしようと言う狙いの下、攻撃目標として優先されるゲルズゲー。

 

半ばパニック状態に陥り掛けているゲルズゲーのパイロットはもう、しゃにむにご自慢のシュナイドシュッツの光壁を展開して〝自らを〟守ろうとする。

 

苦し紛れの行動であるのは間違いないのだが、確かにシュナイドシュッツのバリアーに守られるゲルズゲーの機体には、数々の攻撃も全く届かなかった。

 

『ちっ、コイツは!』
舌打ちするハイネ。
自機の突進に対抗して展開された光壁に阻まれて、またしても接敵を眼前で止められる。
こちらの要たるMAを落とそうと攻撃をかけていたのだが、対MS戦においても守りに徹しているゲルズゲーはそれなりにしぶとい。

 

この地球軍が開発したバリアーは、本当にやっかいな〝存在〟〈相手〉だった。
幾ら得意の近接戦を仕掛けようにも、自機の間合いにと踏み込めるその寸前でそれ以上を強制停止にさせられると言う、先程からもう何度もそれの繰り返しだった。

 

(やっかいなヤツめっ! さぁ……どうするよ、俺?)
内心で自問するハイネ。
無論、倒せない相手ではないだろうが、現状ではそうやって「かかずらわっている時間」の方が惜しかった。
しかもそうやって長引けば、敵が全面潰走にならないその理由でもある、なお旺盛な士気を保ってる一部の連中がMAを援護に来るだろう。
その前に片を付けたい処なのだが……。

 

『ハイネっ!』
(!)
そんなハイネに向けてのアスランの声と共に、敵MAの側面後方からビームが数条飛来し、狙われたMAの方も慌てて機体を1/4回転させて、展開したままの光壁でそれを防いだ。

 

『アスラン!』
その攻撃の彼方から、こちらへと接近中のセイバーガンダムの赤い機体が見えた。
その側面を衝こうかと言う様に、未だになお戦意を失ってはいない地球軍の部隊も移動しつつあるが、
セイバーガンダムの更に後方に現れたΞガンダムの特徴ある機影がそちらにと向かって行くのを確認して、ハイネはそいつらの存在は無視する事に決める。

 

今回はあえて突撃の中途で早めにMS形態に戻して来たセイバーガンダムは、
突入をかけながら左右の背負い式火力モジュールを交互に発射し続けて、MAが展開させる光壁の表面を叩きまくっていた。

 

立て続けに繰り出されて来るその攻撃を、MAの方は光壁で完璧に防御し続けるが、
必然的にその行き足は釘付け状態にされて止められてしまっている。

 

その隙を衝いて後背を取ろうと狙うハイネだが、さすがにMAの方も側面や後背の火器類を駆使してグフを近付けまいとする。
正面から仕掛ける分には、逆にある程度距離を詰めてしまえばゲルズゲーのその巨体が壁にもなって、影響されなくなるのだが、
後背から近付こうとするとなるとまともにその前に姿を曝す事になってしまう、ゲルズゲーを直援するダガー部隊からの攻撃も合わせると、流石のハイネであっても迂闊には近付けない。

 

(なら、先に護衛隊の方から片付ける!)
ハイネはそう判断して邪魔なゲルズゲーの護衛MS隊へと先にグフの機体を向けて行く。

 

『調子に乗るなよ!このザクもどきがっ!』
真っ先に狙いを付けた、リーダー機とおぼしきダガーLが迎え撃ちで仕掛けて来るビームサーベルの斬撃を左腕のアンチビームシールドで受け止めた時、敵パイロットのそんな叫びが聞こえた。

 

それをシールドで受け、逆に自分から反撃のテンペストを繰り出しながら、ハイネも叫ぶ。
『ザクとは違うんだよっ!ザクとはなぁッ!』
まさにその名の如くに唸りを上げるテンペストが華麗に地球軍MS隊の間を駆け巡り、その数を撃ち減らした直後、再度のアスランからの通信が飛び込んで来た。
『ハイネ!ウィップでっ!』
そう言うやアスランは、セイバーガンダムの右手にグリップするビームライフルの持ち手を銃本体へと握り替え、ライフルを勢いよく前方上空へと投擲する
――そのバレル下に装備されたヴァジュラ・ビームサーベルのバヨネットを〝発振させたまま〟で。

 

『OK!任せとけ!』
即座に〝その意味〟を了解してニヤリと笑みを浮かべたハイネは、ゲルズゲーの頭上を飛び越えて放物線の下降曲線にと入りだしている投擲されたビームライフルめがけてスレイヤーウィップを飛ばし、
伸びたウィップの赤熱化〝していない〟先端がそのライフルにと巻き付いた。

 

『そぉらああっ!』
そしてハイネは間髪入れずにウィップを手繰り、ビームライフルを〝掴んで〟いるその先端を大きくしならせて、ゲルズゲーの機体後部へと叩き込んだ!

 

『なっ!?』
予想外どころの話ではない攻撃を喰らって、ゲルズゲーのパイロットがそう愕然の声を上げた時にはもう、ビームサーベルの銃剣に機体の後部を左から右へと綺麗に一薙ぎされた後だった。

 

一瞬遅れて、斬り裂かれた破孔全体が小爆発の爆炎を吹き上げ、
急速にその出力を失ったゲルズゲーはホバリングを維持できなくなって、緩慢に墜ちて行く。

 

自慢のリフレクト・シールドもかき消されてしまったそこへと、前後から一気にアスランとハイネが距離を詰めていた。
正面から左側を狙うセイバーガンダムと、左背面から攻撃するグフイグナイテッドとが、ゲルズゲーの人型上半身の部分ですれ違いの軌跡を描き、
ゲルズゲーの両腕と頭部が斬り飛ばされて宙にと舞った――両肩のシュナイドシュッツの発生器も、同時にそれぞれ潰されている。

 

かくして、ゲルズゲーもまたその戦闘力を奪い去られて大地にと叩き伏せられていた。
2人がかりで連携して攻撃する事で、確実に無力化しつつ破壊を狙わなかったのは、やはり彼らも虜獲を考えに入れていたからだ。
そういう辺りもまた、ゲルズゲーを落とした攻撃法などと併せての「マフティー」側から受けた薫陶の現れだった。

 

そして地球軍にローエングリンの発射を躊躇させる役目も果た〝させていた〟ゲルズゲーへの、墜とす為にの攻撃は即ち、もうその必要が無くなったと言う事を意味していた。

 

(シン!)
ルナマリアが、アスランやハイネが、ハサウェイ達もなお残敵との戦闘機動を継続しつつ、要塞へと肉迫を果たしたインパルスガンダムの姿を追った――
そして、戦闘には加わる事無しにこの戦いの経過をじっと見守り続けていた者達も。