機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第14話前編

Last-modified: 2009-10-13 (火) 19:33:57

黒海南岸海上、ミネルバ

 

『両舷カタパルト、オンライン。全システム、正常に作動中。進路クリアー!いつでも行けます』
『追尾は順調に継続中。現在まで、会合予測座標に誤差ありません』

 

『了解した。それでは行って来る。ハサウェイ・ノア、Ξガンダム、行くぞっ!』
『こっちも出るぞ!ジェス・リブル、ベルナデット・ルルー、Gフライト発進だ!』

 

ブリッジでそれぞれ分担して管制を行っているメイリンとアビーのナビゲーションを受け、妹〈ディアナ〉と共に黒海の水面の上へとその巨体を浮かべて航行しているミネルバから、
ハサウェイのΞガンダムと、追加装備のフライトシステム(ブースター付きの強化バージョンになっている)を増着したジェスとルルーのガンダムアウトフレームDが発進する。

 

空中へと射ち出されたΞガンダムの機体はいつもと同様にミノフスキーシステムを作動させ、飛行しながら反対舷から発進してきたアウトフレームに並び掛ける。

 

『ジェス・リブル君、ベルナデット・ルルー女史。二人とも、準備はよろしいかな?』
ハサウェイからの確認の呼びかけに、ルルーとジェスの二人共が、
『ええ、大丈夫です。ノア総帥』
『いつでもOKだ、ハサウェイさん!』
それぞれに応え、ハサウェイもモニター越しに頷きを返し、笑みを浮かべた。

 

『了解だ。それでは、行こうか。空の上まで〝出迎え〟に』
『おう!』
言うや、ジェスはGフライトに追加装備させたブースターロケットへと点火をし、
若干のタイムラグを置いて火の入ったブースターロケットが加速を始め、アウトフレームDはそのまま蒼穹のただ中へ、一気に急上昇へと移って行く。

 

「くっ!」
「ううっ!」
襲いかかる〝G〟に小さく呻き声を上げるジェスとルルー。
アウトフレームの機体にも振動が襲い来るが、その状態でも構え続けているガンカメラを向けるその先には、
アウトフレームDの先導をするかの様に、機体ひとつで悠々と上昇機動を続けているΞガンダムの姿があった。

 

そしてそのまま上昇を続ける2機は、やがて雲の彼方へとミネルバの視界からその姿を消した。

 
 

無論その姿が肉眼では見えなくなった後も、センサー類はその軌跡の追尾を続けていたが、
「凄い……ッ!MSが、単機でこんな上昇力を……!?」
自席のモニターを目にしたアビーが、そんな驚きの声を上げるのも無理はあるまい。

 

MAに近くなっている、増着するフライトユニットにブースターロケットを取り付けたあのジャーナリスト達のMS〈ガンダムアウトフレームD〉ならばともかく、
Ξガンダムの方はその様な追加装備は一切用いてなどいない筈であるのに、
眼前に示されている上昇角度と速度、到達高度を示す数値はどれも、常識から言えば到底信じられない様な世界を見せていた。

 

『全く、ホントにどうなっているんだよ? アンタ方のMSは?』
ジェスのボディーガード役として同行している、テスタメントガンダムを駆る傭兵のカイト・マディガン――
本来ならジェスがMSに乗っている際は、基本的に常に張り付いている事にしているのだが、今回は状況的に同行が難しかった為、
妥協案としてすぐに駆けつけられる様に1ギャルセゾンの機上に単機で乗って空中待機~の格好になっていた
――もまた、眼前にさせられたΞガンダムの驚異的な性能の、新たなその一端に舌を巻いていた。

 

『流石に〝あれ〟は、俺達にとっても「特別製」だけどな』
マディガンの呟きに対して、苦笑めかして答える1ギャルセゾン機長のレイモンド・ケイン。

 

ミノフスキー・クラフトと絶大な推力の組み合わせによる擬似反重力推進で、Ξガンダムは一気に成層圏上層めがけて駆け上がって行きつつあった――
その気になればそのまま単独での大気圏離脱も、更には(ビームバリアーを展開しての)大気圏再突入までもが可能であると知ったら、果たしてアビーやマディガンはどんな表情になったであろうか?

 

そう言った呟きを耳にして、これもまた立派なデモンストレーションなのだなと言う事を改めて認識するメイリン達だった。

 
 

まるで撃ち出された砲弾の上昇軌道の様な勢いで、雲界を突き抜けて上昇を続けて行くハサウェイ達の眼前に、
やがて宇宙空間から大気圏内へと降りて来つつある1隻の船の姿が見えて来た。

 

その両脇には護衛機の役目を担わせているのだろう、シャトルの底部だけを切り取った様な板状の物体に乗った2機のガンダム・タイプのMSを従えている、
デュランダル議長を乗せたプラントからの政府専用クルーザーだ。

 

IFFのシグナルには特に、互いに直前に決め交わした特別なコードを付加する様にしていた為、
直衛に付く2機のガンダム・タイプも必要最低限以上の警戒は見せずに接近を見守る構えを取る中、Ξガンダムはクルーザーへと接近し、並び掛けた。

 

『わざわざのお出迎え、いたみいります。ノア総帥』
クルーザーの船体へと、ハサウェイがΞガンダムの右のマニピュレータを伸ばして接触回線を開くや、未だに錯覚を覚えそうなデュランダルのそう言う声がした。

 

『ようこそ地球へ!とでも申し上げましょうか? ご壮健そうで何よりですね、デュランダル議長』
堅苦しい儀礼的な挨拶を、しかし礼を失しない範囲内で砕けた調子も含ませて返すハサウェイ。

 

実際にはこの「出迎え」は、デュランダルからマフティー側への地球公式訪問の内示を受けた際に、それに付随してのちょっとした打診があった事がきっかけとなってのものだった。

 

苦笑気味にその要望に対しての承諾の頷きを返したハサウェイの方から――多分にジェスらの存在を意識しての――それならば~と言う形で、
「上空への出迎えに出る姿」と言う、Ξガンダムならではの能力の一端をそうやって見せる事にしたのである。

 

『デュランダル議長、こちらが噂の「マフティー」の方でいらっしゃいますの?』
そこに差し挟まれる、あるいは些か場違いな様にも聞こえる可愛らしい女性の声。

 

『…………』
沈黙して聞きに回るハサウェイの前で、デュランダルはふっと微かに微苦笑を浮かべ、そしてハサウェイへと説明する様に、その声にと答えた。
『ええ、その通りです、ラクス・クライン嬢。我々プラントの頼もしき同盟者、「マフティー・ナビーユ・エリン」のハサウェイ・ノア総帥に、御自身からの出迎えを頂きました』

 

『まあ!それは光栄ですわ。お初にお目にかかります、ノア総帥。私、ラクス・クラインです。お会いできて嬉しく思います』
爛漫な印象の声で言う「伝説の歌姫」に、ハサウェイの方も合わせる様に返す。
『こちらこそ、ラクス・クライン嬢。伝説のプラントの歌姫にお会いする事ができて、たいへん嬉しく思います』

 

そう言い交わす間に、グゥルに乗ったMSも収容可能なクルーザーのカーゴハッチが、Ξガンダムらを迎え入れるべく開き始めて行く。
シャトルで来る方が簡単なのにも関わらず、そうではなくわざわざ大気圏内への降下が可能な両用宇宙船を使って来た理由もこれだったりしたのかと、
初めて納得がいったジェス達の前で、Ξガンダムが船内へとその機体を進入させ、アウトフレームDも慌ててその後を追う。

 

〝デュランダルのラクス〟こと、ミーア・キャンベル。
これが、後に文字通り「伝説」の彼方の存在となる運命の「もう一人の歌姫」との、ハサウェイ達マフティーの初接触であった……。

 
 
 

黒海南岸、沿岸都市ディオキア

 

「接岸完了!両舷、推進機停止――宜候ー!」
操舵手のマリクが、タリアの命令を復唱しつつ接岸作業のシークエンスを無事に全て完了させる。

 

マリクにご苦労様と声をかけ、それからタリアは艦内放送用のマイクを手に取って上陸準備の指示を下達すると、
副長のアーサーにMS隊隊長のアスランとその副官役のメイリン、それにハサウェイの留守を預かるイラムとその副官役のミヘッシャと言った戦隊首脳部の面々を引き連れて、
入港の手続きの為に一足先に、艦外へと降ろされたタラップへと歩を進めた。

 

「いやあ、きれいな街ですねえ!」
外の風を受けるタラップの上にと立って、眼前に広がる白い壁の建物が立ち並ぶ美しい街の景観に、アーサーが思わず感嘆の声を上げ、そしてしみじみと言う感じに呟いた。
「何だか、こういうところは久しぶりですよ」

 

晴れ渡った空や美しい海の青色に、街の周囲の山々の緑とのコントラストが実に風光明媚で、どことなく彼ら宇宙移民〈コーディネーター〉達の故郷であるプラント〈スペースコロニー〉を思わせる様な風景だった。

 

「そうね、これまでずっと海や荒野の中ばかりだったから、こう言う場所で少しのんびり出来れば、皆も喜ぶでしょうね」
そう言ってタリアも頷く。

 

確かにこれまでのミネルバの航路は、オーブとカーペンタリアを除けばそのほとんどが某漠たる大海原か荒野のただ中ばかりであったし、
そのほとんどがスペースコロニー育ちであるプラントのコーディネーター達からしてみれば、この箱庭の様な風景が郷愁を呼び起こす様な、馴染んだ〝世界〟の姿であるかも知れない。

 

ΞガンダムとガンダムアウトフレームDを発進させた後も航行を続けていたミネルバとディアナの両艦は、黒海の沿岸都市の一つであるディオキアの港(の軍用エリア)へと、揃って入港を果たしていた。

 

つい先日までは地球連合――ユーラシア連邦の支配下にあったこの地域にも、ガルナハンの解放からドミノ倒し式に始まった地球連合隷下からの独立の波が押し寄せ、
ペルシャ湾岸に橋頭堡を築いて地球軍と睨み合っていたザフトの勢力が、ついに黒海への到達を成し遂げたのであった。

 

ザフト単独でそれを果たしたのならば(無論、国力やマンパワーと言った総合的な「戦力比」を考えればそもそもありえない仮定なのだが)領土的野心むき出しの〝侵略〟のそしりを免れないのであろうが、
実際にはユーラシア連邦からの独立を求めているこの地域全体のうねりと言う、抵抗運動の下地が有り、
身勝手な大国〈地球連合〉の横暴に抵抗すると言うその動きを、立場を同じくする者としての同志的連帯感で支援すると言う大義名分を自身の側のものとして、
義勇兵的援軍の格好で兵力を出しているザフトは、同盟軍のマフティーと共に「解放者」として、この地域全体で歓迎されていた。

 

一方、対する地球連合軍の側にも局地的には戦略面まで圧倒されていると言う状況を、流石にもはや無視は出来ないレベルまで押し込まれている事情があり、
この地域に進駐させていた戦力を――主として陸路で孤立を余儀なくされた戦略拠点のスエズに向けてだが――ユーラシアの東西両面へと、守りを固める為に自らスイングさせざるを得なくなっている状況だった。

 

そう言った双方の事情の合致の故にか、小競り合いと言える程度の規模での戦闘以上には戦火の拡大無しで状況が推移する事になったのは、
現地住民の人々はもとより、ザフト、地球軍双方の兵士達にとっても幸いな事であったかも知れない。
それがあくまでも局地的、そして一時的な結果でしかないのは誠にもって残念な事ではあるけれども、
それでもそんなこの状況が何より雄弁に「軍事力と言うものの正しいあり方(使われ方)」と言うものを示しているのではないか?

 

マフティー側からの軍事、そして政治に関する諸々の要素のブリーフィングがてらのレクチャーの中で投げられたその問いに、素直に納得しつつ頷かされるアスランやシン達であった。

 
 

ガルナハン解放作戦を見事な〝成功〟(単純な軍事的成功の範疇を、良い方の意味で遙かに超えて)に導いた結果として、言わば英雄的存在となった彼ら――
フェイス達が率いる2隻の最新鋭艦の精鋭部隊と、頼もしき同盟者〈マフティー〉達からなる戦闘集団を最大限に活用し、
ガルナハン解放の余勢を駆って、ドミノ倒しの如く一気にこの地域全体から地球連合の勢力を一掃すると言う、ラドル司令官の戦略構想は見事に成功していた。

 

無論、フェイスのグラディス艦長にアスランとハイネの両MS隊長、そしてハサウェイとイラムらマフティー側の参画と協力もあっての事ではあるが、
確かにラドル指令本人もまた、自身がこの地域の事を任されるだけの器量を持つ、充分に有能な人材である事を見事に証明していたと言えるかも知れない。

 

もっとも、幾ら彼が以前からこの西アジア方面を担当して状況も熟知していたとは言え、
流石にその勢いが黒海にまであっさり到達してしまった事には、流石にラドル自身も大いに驚きを覚えさせれてもいたのだったが。

 

単に自陣営の勢力が黒海沿岸に達したと言うどころか、地球連合(ユーラシア連邦)軍の戦力が黒海の北岸と西岸部まで後退してしまっていると言う状況であったのだから。
地球軍は黒海の大半は放棄し、地中海への出口となるマルマラ海に通じるボスポラス海峡部のみを死守の構えでザフトに対峙する体制を取っていた。

 

流石にそう言う素早過ぎる逃げ足を目にすれば、ある種の罠ではないのか?とも疑うのはある意味自然な状況であったし、
そうではなかったとしても、戦力的には劣る側が勢いだけで無闇にその勢力圏を広げられるものでもない。

 

実際には罠ではなく、地球軍にそこまでの余裕は(主として心理的にだろうが)無かったのだが
――純粋に戦略的守勢の為に、あえて思い切りよく後退する事で、
ザフト・マフティー同盟軍側が仕掛けた〝勢い〟と言う波に対してまともにぶつかる事を避け、損耗を抑えると言う対応をしたと言う、
双方それぞれの側からの戦略的な観点での実際の砲火を交えぬ攻防が交わされていた、その「結果」だと言う事だ。

 

――もっとも、戦略的な判断と言うものが〝理解出来ない〟この戦争の背後にいる者達にとっては、現在の状況と言う現実はただただ不快なものでしかなかったわけだけれども。
そして結果的にはそれが、有能な前線指揮官らの粛正〈更迭〉の嵐と言う、言わば内部〝虐殺〟的な自分で自分の首を更に絞める愚行や、
この後のオーブに対しての出征の「要請」(と言う名の命令)と言う事態にも繋がって行く事となるのだったが……。

 

ともあれ、自らが主導する格好で実現させたこの様な情勢の中、
ペルシャ湾から黒海までの回廊として繋がるそれなりに広大な地域を解放し終えたミネルバ、ディアナの両戦隊とマフティーは補給がてら、
「解放の立役者」としての言わば顔見せとでも言うべき、政治的なPRの意味合いも兼ねての黒海進出を行って来たと言うわけだった。

 

両艦が入港したディオキアには、充分な設備を備えた港湾も整備されており、
元は地球軍が使っていた軍事用のエリアをそのまま、ただし充分な使用料を支払う格好でザフトが借り受ける事にしていた。
そちらにて補給と修理を行い、両艦とその乗員達も連戦の疲れを癒すのだ。

 

黒海南岸のディオキアを、ペルシャ湾岸のマハムールと連動するこの方面における自陣営の有力拠点とし、
回廊状に展がる地球連合からの解放成ったこの地域を地球連合の領域内に打ち込んだ太い楔とするその為にも、引き続き地域の住民達との協調は不可欠であり、
その辺りからも補給物資の調達等、正当に対価を払っての現地での購入を行うなど、地球軍とは真逆に互いの良き関係を維持する為の措置は講じているザフト側であった。

 

そうしてザフトがそのまま使用権を譲り受ける格好になって〝新設された〟ディオキア基地の中へと降り立ったタリア達は、
同様にディアナから降りて来たハイネとその副隊長格のグロス、ディアナの艦長副長ら向こうの首脳部と共に歩を進めながら、しかしそんな基地の中に漂う妙にうわついた様な落ち着かない空気が一様に漂っているのを感じ取って、揃ってやや訝しげな表情を浮かべる。

 

「……何ですかな、これは?」
ディアナのアルガ艦長がひとりごちる様にそう呟き、律儀にも(?)それに答えてやはり自分も同様の疑問を呟いて返すアーサー。
「さあ……? 一体何事なんでしょう……?」

 

基地の一角には非番の(そうである筈だ)兵士達が大勢集まって、興奮にざわついた様子でひしめき合っている。
――それどころか、基地の敷地を娑婆と隔てるフェンスのその際にもずらりと、ディオキアとその周辺の住人であろう人々も一様に期待を浮かべた表情で鈴なりに群がっていた。

 

「歓迎の出迎え、ですかね?」
冗談とも、軽い皮肉とも取れるような口調でそう呟くハイネ。

 

その場にいる彼ら戦隊首脳部の面々は立場上、彼らの到着に合わせる様に(と言うか、実際に合わせて来ていたのだったが)デュランダルの来訪
が予定されている事を知らされていた。

 

――もっとも、仮にも国家元首を迎える雰囲気では無いなとしか、彼らには思えなかったのだけれども。

 

そんな疑問の答えは、寄港の手続きに入った建物内で応対に当たった係官の口から明かされた。

 

「しかし、我々は運がいい……」
そう言う本人も、こみ上げてくる喜びを隠しきれないと言う風情で、迎え入れた最新鋭艦2隻と同盟軍の幹部達に向かって、礼を述べる様に言って寄越したものだ。

 

「武勲比類無きあなた方への歓迎の出迎えを~と言うそのおかげで、我々までもお相伴に預かれる事になりましたよ。デュランダル議長も、粋な計らいをして下さいます」

 

(?)
この任務の当直中でなければ、絶対に外に群れ集っている連中の中に彼も加わっている事だろうなと言うのだけは判ったが、やはり何の事を言っているのかは要領を得なかった。

 

そんな眼前の〝英雄たち〟の表情に気付いたわけでもないだろうが、係官はようやく彼自身も地に足が着かなくなっているその「理由」を口にした。
「まさか、ラクス様が慰問コンサートの為に同行して来て下さるとは!」

 

(!)
なんとまあ……と言う表情になる一同。
特に〝ラクス〟のその正体を知るアスランはやはり複雑な驚きの表情を見せていた。

 

それが冷めやらぬ内に、建物の外からは軍事基地にはおよそ似つかわしく無いような軽快なメロディーが流れ始める。
「おお、そろそろ始まるようですね」
係員も気もそぞろと言う感じで言い、手続きは滞りなく完了した一同は音楽に吸引されるかの様にぞろぞろと揃って建物の外へと出る。

 
 

そこにはまるでここは基地ではなく、どこぞの屋外ライブ会場か?と錯覚させるかの様な情景が広がっていた
――いや、実際にその場にいる〝観客〟が皆、ザフトの軍服姿である事を考えなければ、本当にそれそのものと化していた。
そしてそこから割れんばかりの拍手と歓声の渦が巻き起こる。

 

「ッ!?」
その場の雰囲気につられる様にして一緒になって頭上を見上げて、そして彼らは軽い驚きの声を上げる。

 

そこに彼らのよく見知った巨大な機影――Ξガンダムがゆっくりと舞い降りて来ようとしていた。
いや、それだけならば今更そんな風に驚く事はない。

 

驚いたのは、そのΞガンダムのマニピュレーターの上にと立っている人影の存在に対してだった。

 

そのタイミングで、しつらえられたスピーカーから愛らしい女性の声が響き渡って、その人物が自らその正体を明らかにする。

 

『みなさあーん! ラクス・クラインでーす!』
その余韻が消えるよりも早く、まさに形のないうねりの様な歓喜のどよめきが周囲を覆い尽くした。

 

その勢いに乗るかの様に奏でられ出すアップテンポのメロディーに乗って、水平に広げられたΞガンダムの両掌の上でラクスが軽快に踊りながら歌い始める。

 

「いやぁ、これは本当に議長閣下からの素晴らしいサプライズですね!」
周囲の雰囲気に早くも馴染んで、自分も楽しげに体を揺すりながら言うアーサーを(様々な意味合いで)なまあたたかい視線で見送って、
互いに場の雰囲気からは一歩退いた立場を取って、意味ありげな視線を交わし合う一同。

 

(そう言えば、婚約者だったっけ? 聞いてなかったのか?)
アスランに対してはハイネとグロスがそんな視線をまず向けて来たし、
それには同調しなかったタリアとアルガの両艦長にメイリンの三人も一緒になって、今度はイラムとミヘッシャに対して揃って物問いたげな視線を向ける。

 

(ハサウェイ総帥自ら、わざわざMS〈専用機〉共々の〝お出迎え〟に~と言うのはつまり、こういう事ですか……?)
と、視線と表情でもってそう尋ねられたマフティーの二人はしかし、その問いに頭を振った。

 

「いいえ!流石にこんな事するだなんて話は、聞いてませんよ……」
なんとまぁ……と言う表情を浮かべてミヘッシャが答える。

 

「ミノフスキークラフト機に、まさか〝こんな使い方〟があったとはな……!」
完璧に想像の範囲外だと言うのを、雄弁に現しての溜息をつくようにして呟くイラム。

 

スラスターの噴射は元から行わず、ミノフスキークラフトの働きだけで全く機体をぶれさせる事も無しに静々と、ゆっくり舞い降りて来るΞガンダムは、
そのままステージ上の低空で空中に機体をピタリと静止させたまま浮揚させ続けており、
その両マニピュレーター上で踊るラクスも、ステージ上に立つのとなんら変わらない様子で踊り続けながら歌っている。

 

そんな様子を、こちらはスラスターを吹かせながら滞空する、
その斜めやや上空にと陣取ったジェス・リブルとベルナデット・ルルーの乗るガンダムアウトフレームDが、手持ちのガンカメラを向けて撮り続けている。

 

若い将兵たちの多くは憧れのラクス・クラインのライブにとただ夢中になっていて全く気付いていない様ではあるが、
比較的年齢の高い将兵達の方はむしろ、(ライブ自体を彼らなりには楽しみつつも)同時にそんな彼女を乗せている〝見慣れない大型のMS〟の方にも興味を引かれている様子だった。

 

それは映像でこの光景を目にする更に多くの人間が、同様の驚きを拡大再生産する筈だ。
ジェス達に間近で撮影させているのにも、そういう狙いもあるのだろう。

 

1曲目が終わり、フィニッシュの決めポーズから直ったラクスが、割れんばかりの歓声に対して弾けるような笑顔を満開にして手を振る中、
Ξガンダムがミノフスキー粒子の発振量を絞りながらその両脚を静かに地上へと降り立たせた。

 

「ラクスさまーっ! ありがとうございますーっ!」
口々に投げ掛けられる叫びに、ラクスの方もガンダムのマニピュレーター上から身を乗り出して手を振って応えながら、感謝の言葉を口にする。

 

『わたくしも、こうしてみなさまにお会いできて本当に嬉しいですわー! 勇敢なザフト将兵のみなさぁーん! 平和のために、本当にありがとうー!』
自分達の頑張りを理解してくれていて、そして労ってくれている〝ラクス〟の言葉に、更にこれまで以上の歓声が湧き上がった。

 

その歓声が静まるのを待って、続けて今度は基地区画のフェンス越しに慰問コンサートの様子を鈴なりになって眺めている、ナチュラルの民間人の人々に対してもラクスは語りかける。

 

『そしてディオキアのみなさーん! この様な無益な戦争が一日も早く終わる様に、コーディネーター達〈わたくしたち〉も、切に願ってやみませぇーん!』

 

一応は〝ザフトの基地への慰問〟と言う体裁ではあるのだが、最低限の警備体制のみでディオキアや周辺地区の民間人も遠巻きにライブを見られる格好にと配慮がされていた。
語りかけられた彼らの間にも、わぁああぁッ!と言う大歓声が湧き上がる。

 

『平和を取り戻すその日のために、コーディネーター達〈わたくしたち〉もみなさんと一緒に頑張りまーす! みんなで力を合わせて頑張りましょーうっ!』
そして、更に語りかけられるそんな彼女――〝あのラクス・クライン〟の、
やはりナチュラルも分け隔てなく共に手を携え合う仲間ですと、そう示している言葉にも現在のプラントの本気と言うものが如実に示されている。

 

それを感じ取ったディオキアの民間人達の間からも、ザフト将兵に負けない程のラクスに対しての拍手と歓声が湧き上がった。

 

その歓声が静まり行くのを待って、2曲目を始める――のではなく、
半身を振り返らせる様にして自らの後方に意識を向けるラクス。

 

『そして……ノア総帥、ありがとうございます』
皆の前で名前を呼ばわって、仰々しく一礼したラクスに応える様に、彼女を乗せたマニピュレーターの後ろに位置したΞガンダムの三重のコクピットハッチが展開し、
パイロットスーツ姿ではなく、白地にケープ付きの華麗な総帥服にサングラス姿のハサウェイがその中から姿を現した。

 

歓声は、無論起きない。
先程までラクスに向かって熱烈に歓声を上げていた軍民の人々が、そこでようやくラクスを乗せているΞガンダムと言う「異質な存在〈MS〉」に対しての意識が行った様だった。

 

『みなさま、この地域の解放にも多大な貢献をして下さった、わたくし達の頼もしき同盟者、「反地球連合組織マフティー・ナビーユ・エリン」のハサウェイ・ノア総帥ですわ!』
紹介して言うラクスの言葉に、マフティーの存在の噂を耳にはしていた人々――軍民問わずにだ――の間から、一拍遅れて、再びわぁっ!と言う大歓声が湧き上がった。

 

そのうねりに応えて片手を上げると、降ろしたその手でラクスと握手を交わして、ハサウェイは背中からコクピットシートへと戻り、アームレイカーを操作してガンダムの機体を膝を折って前屈みにさせながら
彼女を乗せたマニピュレーターをそっとステージの真横へ、フラットな高さまで降ろして行く。

 

ステージ上へと軽やかにぴょんと跳び移ったラクスが笑顔で見上げる中、機体を戻したガンダムは再びコクピットハッチを閉じると、一歩を真後ろへと後退し、
そしてミノフスキークラフトを再び作動させて、その場から垂直上昇をして見せた。

 

スラスターを吹かせる事がない為、こんな至近距離でも周囲に影響がないからだが、言うまでもなくその光景を目撃した人々には一様に驚愕に目を見張らさせる事になった。

 

更に上空でようやくスラスターを吹かして反転し、ゆっくりと飛び去るΞガンダムの背部には、
明らかに揚力が得られそうな〝翼〟も付いてはいないと言う事にも気付かされる事になる。

 

「ッ!? あれはっ――!」
その場にいて見ていた多くの人々が、異口同音に無意識のそんな呟きを口にしていた。

 

特に、ザフトの将兵達は
「翼も付いてないのに、なんで飛べるんだ?」
と言う驚愕に、信じられないと言う表情でいた。

 

もっとも、逆にハサウェイ達マフティー側から言わせれば、
「俺達からすれば、『翼状のものを付けておけばとりあえず飛ぶ』と言う方が、よっぽど不思議に思えるんだが?」
と言う事になるのだから、これはお互い様と言う処かもしれないが。

 

ともあれ、Ξガンダムはミネルバへと去り(ガンダムアウトフレームDも付いていった)、ようやく2曲目が始まったラクスのコンサートの再会に多くは再び熱狂しだしたが、
それでもそれらの人々の中にも、Ξガンダムの存在は鮮烈なインパクトとなって残ったのである。

 
 

「成程、そういう事か……」
そんな一部始終を見届けて、納得した表情で頷くイラム。
恐らくはハサウェイも迎えに出た上空で、何故地上で出合うではなく、更にはΞガンダムで来てもらえないだろうか?と言う議長からの事前の打診の理由――
デュランダル議長が考えたのであろう、こう言った〝演出〟のその効果を認め、ついでに言えばある種の面白さの様なものも感じてハサウェイも快諾したのだろうと思われた。

 

確かに、彼らの元いた宇宙世紀の世界では、まるで「お話の中にしかいない様なスーパーアイドル」とでも言うかの如くのラクス・クラインの様な存在は、そもそも想像すら出来ない様なものだった。

 

同じプロパガンダの要素を考えるのならば、より鮮やかに劇的に!と言うのは正しい。
正直、ここはデュランダル議長に一本取られたな!と言う風に思うハサウェイとマフティーの面々であった。

 

(それに――)
確かに、元よりその目的の為に生み出された兵器〈モノ〉であるが、例えプロパガンダでもあろうとも、こうしてその本来の「存在意義」と真逆の使われ方をしていると言う方が、ガンダムにとってもむしろ幸せなのではないだろうか?
と、イラムはとりとめもなしにそんな事をふと思う。

 

どんな大義名分を掲げても、それがやむを得ない必要悪なのだと判っていようとも、
やはり人を殺す為に在るよりは、その為に用いられるのよりは、〝こんな使われ方〟をすると言う事の方が余程マシなのではないか?

 

イラムのそんな呟きと考察とを聞かされて、やはり納得して頷くタリア達だったが、
(それで、そんな事を企てた〝黒幕〟〈プロデューサー〉さんの方は、一体どちらかしら?)
タリアは頷きながら、そんな事を思う。

 

元々は彼女らのディオキア入港も、デュランダルからの
この地でマフティーや、彼女達フェイス陣らザフトの西アジア方面戦線担当首脳部との会談を希望すると言う、彼からの内示によって決まったことなのだから。

 

そんな事を考えている彼女の耳に、
あれは!? と言うアスランやハイネ達が上げる軽い驚きの声が聞こえた。

 

反射的に彼らの注意が向いている方へと自身の注意も向けたタリアの目に飛び込んで来たのは、
2機のガンダム・タイプのMSに両脇を守られた格好でこちらへと飛んで来つつある、ジェット・ファン・ヘリコプターの機影だった。

 

デュランダル本人がおそらくそれに乗っているであろう事は容易に予測が付くものであったし、別段驚く様な話でもない。
しかしながら彼女自身もまた、アスランやハイネらとその軽い驚きを共有させられる事になったその理由とは、ヘリの両脇を守る2機のガンダム・タイプ――
明らかに見覚えのあるセカンド・ステージのMSのシルエットを持ったその2機の存在に対してだった。

 

ヘリの向かって右手に付く機体は、見慣れたインパルスガンダムのものだったが、
その背部に増着されたシルエットは恐らくは新開発の追加タイプなのだろう、既存の〝フォース〟、〝ソード〟〝ブラスト〟いずれとも異なる形状のシルエットの様だ。
そしてそれ以上に彼ら彼女らを驚かせたのはむしろ、ヘリを挟んでその反対側を守って飛んでいるもう1機の方――
どう見ても地球軍に(正確にはブルーコスモス直属の非正規部隊ファントム・ペインにだが)強奪された3機のセカンドステージシリーズ機の内の1機、カオスガンダムだ!――の存在に対してであったのだが。

 

無論どちらの機も、それぞれのパイロットに合わせてVPS装甲の出力調整を行っていると言う事なのだろう、
彼らが見知っている機体とは異なるカラーリングのセカンドステージシリーズのガンダム・タイプMSがいた。

 

「成程ね……おっしゃっていたのはこれの事でしたか、議長」
ハイネが呟き、それを耳にした周囲の同行者達に自身がグフイグナイテッドを受領した際のデュランダルとのやり取りを説明する。

 

本来ならば君にもセカンドステージシリーズの機体を託したいところなのだが……と、あの時はすまなさそうに言ったデュランダル議長は、その言葉に続けて更にこう言ったのだ。
「現状では間に合わない様だ……」

 

今、こうして目の前にインパルスタイプ(増着しているシルエットの名を冠して●●●インパルスガンダムと呼ばれる筈だ)とカオスタイプの2種類のガンダムが存在しているのを見れば、
あの時点でこれらが建造中だったのだと言う事が判る。

 

(単なるお披露目と言うわけではなく、立派に戦力化されているってことだよな? パイロットに選抜されたのはどんな奴だ?)
ハイネは率直にそんな事を思う。

 

セカンドステージシリーズ機が、現状のザフトにおける最高性能のMSである事は無論承知しているハイネだが、
それならこの俺に!などと言う様な意識とは彼は無縁であった。

 

現在の愛機のグフが気に入っていると言うのも本当だったし、そもそも自らの技量に絶対の自信(無論、過信にはならない本物のそれだ)を持って研鑽も怠らない人間であれば、まさに筆ならぬ機体を選ばずと言う事だ
――彼の隊の隊員達も、いかに通常を超える強化改修を施しているとは言え、ウィザードシステムを持つザクの汎用性には劣るゲイツタイプを愛用し続けて、
それで華麗に活躍している者が多いと言う辺りにもそう言った〝心意気〟の様なものが鮮やかに示されているであろう。

 

そういうわけで、純粋な興味だけでもってそう呟いたハイネだったが、
「まあ、程なくそれも判るのではないかしら?」
と言うタリアの声に、笑みを浮かべた表情で頷く。

 

視線の彼方に、その新鋭のセカンドステージシリーズガンダムを従えて着陸したヘリの機体の中から、
黒い長髪を旋風になびかせつつタラップを降りてくる、白い服に長身を包んだ人物の姿が望まれた。
デュランダル議長も無事に到着と言うわけだ。

 

落ち着いたら間違いなく召喚があるだろうと言うのは確実であったし、その前に乗員達に上陸許可を出すべく、一同はその場は一旦それぞれの母艦へと踵を返すのだった。

 
 

「ええっ!? ラクス様だって? マジかよっ!」
「うわっ!俺たち超ラッキーじゃん?」
ミネルバ艦内のラウンジスペースでは、上陸許可を待ちわびている整備兵のヴィーノやヨウランらが他の若手乗り組み員達と一緒に、
口々にそんな声を上げながら、揃って逸り立つ勢いで舷窓に取り付いて艦外のライブの様子をうかがっている。

 

舷窓の大窓からも、先程発進して行ったΞガンダムとガンダムアウトフレームDが舞い降りて来ているのは見えたのだが、
気の利いた者がスイッチを入れてチャンネルを合わせたラウンジスペースの大画面モニターに映し出された、基地からのライブカメラの映像で
そのΞガンダムがマニピュレーター上にと乗せているラクス・クラインの姿を目にした瞬間、彼らの間では驚きが喜びを伴って爆裂していた。

 

「軍本部の奴らばっかズルい!なんて思ってたら、まさかこんな所で俺たちにもッ!ちっくしょー!」
「くっそー!やってくれるぜ!」
などと言う具合に、セリフだけ見れば悔しがっているのか喜んでいるのか判らないような叫びが口々に上がる。

 

そんなある種の狂乱とすら言っても良い様な光景を、ソファに悠然と腰を落ち着けて苦笑気味に眺めているマフティーの面々と、それにパイロット連を中心にした一部のザフト将兵達がいた。

 

「だけどさぁ、ホントに歌の感じ変わったよな、彼女。俺、前々から今みたいな感じの方がいいのに……って思ってたんだよなー!」
「あー、だよなぁ!しかもさ、今はもう衣装なんかもバリバリじゃん?」
「そーそー!ああしてみっと胸、結構あんのなー!今度のあの衣装でのポスター、絶対欲しいぜ――」

 

互いにそんな風に言い交わしていたヴィーノとヨウランが、しかしそこで一転して嬉しくない事を思い出してしまったと言う表情になって呟く。

 

「いいよなぁ、ザラ隊長は……」
「何たって、婚約者だもんなぁ……」
「だろ!だろ? かーっ、それなのにさあ、メイリンとも最近なんだか思わせぶりな感じじゃんよ?」
「えーっ!マジかよそれ……?」

 

徐々に声を潜めつつ、そんな風に口にし合って、揃って盛大な溜息を吐く二人のぼやきが聞こえてしまい(聞くつもりがなくても、だ)、
ローエングリンゲート要塞への奇襲部隊としての侵攻行を共にしたマフティーとミネルバのパイロット連達は揃って互いに苦笑を交わし合う。

 

(そっか、今でも〝公式には〟「そのまま」なんだ……)
元ニーラゴンゴ空戦隊のパイロット達と共に、ラクスの思いがけない登場にやはり嬉しい驚きの声を上げはしたルナマリアだったが、
事情を知らない友人達のそんな会話を耳にして、ルナマリアはある種の納得を覚え、それと共に直ぐにクールダウンする。

 

既に彼女らあの時の遠征を共にしたメンツだけは、アスラン本人の口から前大戦の顛末を語ったのに付随して、
ラクスとの婚約はそもそも双方の親同士が遺伝子的相性から決めた事であり、その後の状況からとっくに破棄となっていて、ラクスにはもう別の恋人がいると言う事実そのものは知らされていたのだった。

 

と、やはり苦笑気味の微妙な微笑みを浮かべながら自分の方を見つめるミヘッシャに気付き、ルナマリアも苦笑でアイコンタクトを交わす。

 

妹〈メイリン〉の名前が出ていたが、確かに彼女がアスランに対して思慕の念を抱いていると言うのは明白であったから、
これはひょっとすると……と言う考えにもなるのだった。

 

互いにそんな事を考えている彼女らの目の前で、今日は珍しく〝マフティーの制服〟姿のジュリア・スガが軽く頭を降りながら呟いた。
――と言っても、上着は前をはだけて羽織っているだけと言うラフな格好ではあるが。
「しっかし、判んないねぇ……。あのアイドルの子、皆してそこまで熱狂する程のものなんだ?」

 

その脇でマフティー側の整備長のニコライも、確かになと呟いて頷くと、
「えぇっ!? だって、あのラクス・クラインですよ?」
間近にいたヴィーノとヨウランの二人が目を剥いて、整備兵同士の仲として今や慕い親しんでいるジュリア達のそんな反応への訝しみの声を上げた。

 

「あの〝ラクス・クライン〟って言ったってねぇ、誰もが夢中になるってもんでも無いでしょうに」
あっさりとそう返して寄越すジュリアの反応に、逆にすかされた様な感じになったヴィーノ達が、縋るような雰囲気で今度はその矛先をニコライに向ける。

 

「せ、整備長。整備長は、「プラントの歌姫」の事……」
「ん、俺か? そうだな……俺が「歌姫」って言われて思い浮かべるのは誰だ?って聞かれるんなら――〝ほんこー……い、いや!何でもない」
突然に自分でも何を言い掛けているのか? 全くわけが判らない妙な事を何故だか口走りかけさせられてしまい、わざとらしく咳き込んで煙に巻くニコライであった。

 

ヨウランやヴィーノ達のレベルでは、マフティーが実は異世界人であると言う事実までは知らされていない――あえて曖昧なままにしておくと言う位置づけの情報公開レベルであったが為に、
さながら「超太陽系アイドル」とでも形容されてもよさそうな印象さえ覚える〝ラクス・クライン〟を、特別視はしないと言う人間の存在がにわかには信じられない驚きであったと言う話だ。

 

「あ!じゃ、じゃあ上陸許可が出たら、俺らと一緒にライブ行きましょうよ!」
「そうですよ!実際に行ってみれば、きっと直ぐにラクス様のファンになりますって!」
だがしかし、すぐにそんな衝撃からは立ち直って、そう熱心にジュリア達を誘うヨウランとヴィーノ。

 

――同じ整備班員同士の付き合いでもあり、彼らは彼らなりにやはり双方の間で慣れ親しんではいた。
そもそも、叩き上げ系の強面な彼らのリーダーことミネルバの整備主任マッド・エイブスにしてからが、
さながら〝自他共に認めるマフティー整備班の一番弟子〟とでも言う様な感じに、常日頃から積極的に教えを乞い、学ぼうと言う姿勢を示しているのだ。

 

また実際にエイブスは、セイバーガンダムの大改修(現場レベルにおける)を筆頭とする、ミネルバに艦載されたMS各機への施したなにがしかの改修で性能向上を実現させていたが、
それも即時的なマフティー側からの影響のその成果として見せられる〝結果〟として出したものと言える。
その様な状況下で、当のエイブスの下で働く若手の整備兵達にも、そんな空気が伝染〈影響〉しないわけが無い。

 

――また実際に「マフティー」の持ち込んだ宇宙世紀式の進んだMS運用概念に倣った方式を導入し始めてからと言うもの、
ミネルバの艦載MS隊の稼働率と運用効率は大幅な上昇曲線を描いていた。
無論、元よりザフトの水準から見てもかなり上位のレベルを持っていたミネルバではあったわけだが、逆に言えばそこからのインフレーションぶりがあり得ない様なレベルであったと言う事だ。

 

ガルナハン作戦を前にして、整備班から見ればそれを導入する為の準備期間を与えられた格好ともなっており、
そんな状況下で元ニーラゴンゴ空戦MS隊もそのまま再度受け入れると言う状態でありながら、インド洋航海中のやりくりの苦労から始められたそう言った裏方側の改変は正しかったと、
誰もが実感させられる程にスムーズな運用が実現される様にとなっていたのだった。

 

実際に作戦行動を共にしていて、ミネルバだけが明らかに運用性が抜きん出ている様を見せ付けられる事になった為に、
ガルナハン解放戦後の周辺地域制圧作戦行を共にしていた、姉妹艦のディアナやラドル隊の旗艦デズモントからも向こうの整備主任らが、運用のノウハウを学びに来艦する様にとなった程である。

 

当然その辺りも上層部へと報告が上げられて、ザフト全体にもそうしてまた一つマフティーの影響が浸透して行く事になる筈だ。

 

しかし、そう言った裏面的な話は置いて、単純に表層〈現場〉レベルの話に限っても普通に良好な関係が築かれていると言う事を証明するかの様な、微笑ましい光景ではあったかもしれない。

 

空調も無しで熱帯の海上を航行中だからと言って、トップレス姿で平気で歩き回ってしまう様なジュリアである。
流石に(こちらは基本が宇宙戦闘艦である為に)空調完備のミネルバにと乗り組む様になって以降はそれは止めていたが、
最初の内は作業後に整備用のツナギを腰まではだけて、上は下着も着けないTシャツ1枚と言う、健全な青少年たちの目には色々な意味で困った姿でいた事もあったりもしたのだった。

 

当然と言うべきか、仕事そっちのけでそちらにと気を散らされてしまうヨウランやヴィーノ達がいたのだが(その辺り、ナチュラルもコーディーネーターも違いはあるまい)、
当のジュリアの方がその集まる視線を真っ向から受け止めて、悪びれもせずに堂々と、
「見たいんだったら、見せてやろうか?」
そう言ってTシャツの裾に手をかけて臍上まで捲り上げて見せてしまったりするものだから、
「すっ、すいませんでしたーッ!!」
と、顔を真っ赤にしながら一斉に叫んで逃げ出してしまうヴィーノ達であった――
などと言う、微苦笑を誘われる様なエピソードも存在したりもしたのだが。

 

無論、その後でニコライからあんまり子供をからかうなよと一応の注意は受けもして、ジュリアもシャツの下にはヌーブラを着ける位の妥協はする様にはなってはいたが、
結果的に見れば出会いの初期にそう言うある種の強烈な先制パンチで、ミネルバ側の少年達の方が一発KOの様相であったと言えるかも知れない。

 

無論、実際に共に働く様にとなってみれば徐々にマフティー側の〝凄さ〟をも理解出来る様になっては行くし、
次第に打ち解けて行く中でジュリアなどは所謂〝姐さん〟と言う感じで、ヴィーノら少年兵達からは慕われる様にとなっていたわけだが。

 

「わかったわかった、アンタらに付き合うよ」
「ま、せっかくの機会だ。こういうのも悪くないか」
そう苦笑気味に頷きながら、少年達に応えるジュリアとニコライ。
自分達が元いた世界では考えられもしなかった様なものを、せっかくだから見てみるかと言うくらいには柔軟さは見せられると言うものだ。

 

そうして上陸許可を待ちかねる空気が刻一刻と高まりを見せる中、
ミネルバに帰艦したハサウェイ達に前後して寄港の手続きを終えたアスラン達も帰艦し、
タリアが艦内放送で反舷上陸の許可を告げるや、非番の者達ほぼ全員が先を争うようにして艦外へ、我先にと駆け出して行くのだった……。

 
 

「ちぇっ、なぁんか楽しそうじゃん?ザフトの奴ら……」
基地のフェンス沿いに併走して走る市道の路肩に停車した1台のオープンカーの後部座席から、
フェンスにかぶりつきで基地内で行われている真っ最中のラクス・クラインの慰問コンサートに熱狂する街の住人達の背を眺めて、つまらなそうにそう呟くアウル。

 

「やれやれだな」
車からは降りていたスティングもそう呟きながら運転席へと戻ると、エンジンをかけてアクセルを踏み込み、さりげない格好でその場を後にする。
この直後、Ξガンダムが「マフティーは、反重力推進をも完成させているのか!?」と、見た者達を一様に驚愕させる(推力によらない)垂直上昇機動を見せるのを、結果的に彼らは見なかった。

 

因縁浅からぬ敵艦であるミネルバがここディオキアに入港すると聞いて、自分の目で偵察にとやって来た彼らファントムペインのエクステンデット達だったが、
そこでまさかザフトの連中がこんな事をやっているとは……口に出してこそ言いはしないが、些か面食らわされてはいる気分であった。

 

「でさ、まだあの艦〈フネ〉追うの? 俺たち」
背後に遠望されるミネルバの艦容が次第に小さくなって行き、やがて消えた。
郊外へとディオキアの街中を走り抜けながら、スティングに向かってそう言うアウル。
車の助手席ではいつもの様にぼんやりしたステラが、柔らかな金髪を風になぶらせながら二人の会話を聞くともなしにどこか遠くを眺めている。

 

「そうだろうな。少なくともネオは間違いなくそのつもりだろ?」
気のない風のアウルとは対照的に、スティングの方は自身もそのつもりであると言うのを隠しもせずに答える。

 

「ふーん、めんどくさいのな……なんかさ」
だがそう言われても相変わらず気のない態度は変わらずに、アウルは呟いた。

 

「俺たちにとって大事なのは、この戦争の行く末とかじゃねえ。要は、殺るか殺られるか……ただそれだけだからな」
「まあな」
そこだけは嘘偽り無い100%本気で呟くスティングに、アウルも頷く。

 

「――なのに、ここん所ずっと黒星続きだろ? ミネルバ〈あの艦〉の連中に対してはな」
だが、更にそう続けられたスティングの呟きに対しては、打って変わって言い返すアウルだった。
スティングの物言いは、彼にとっては聞き捨てならないものだったから。

 

「少なくとも、〝俺は〟負けてないぜ?」
この間のインド洋での戦いでは、アウルがザフトのボズゴロフ級とその水中用MS隊をほとんど一方的に血祭りに上げ、壊滅的な敗戦の中にもそれなりの一矢を報いてはいたのだから、
彼自身がそう言うの自体はある意味当然の話ではあった。

 

だがそう言われたスティングの方も言い聞かせる様に応える。
「同じだよ。殺れなきゃ負けなんだよ、特に〝俺達〟の場合はな……。判ってんだろ?」
「……ああ」
そう言われてはアウルも頷くしかない。

 

「非合法部隊〈ファントムペイン〉に――俺達に、敗北〈負け〉は許されねぇ……」
バックミラー越しに、横目でちらりと助手席に座った上半身を捻っていっぱいに広がる海の方だけを眺め続けているステラの事を見やってみせるスティングに、アウルもまた少しばかり渋い表情で頷いた。

 

スティングの言わんとする所はアウルにも分かる。
合法非合法などおかまいなしに、その手段を問わずただ勝利のみを得る為に。彼らはそういう風に条件付けられて造り上げられて、その為だけに存在している者達なのだから。

 

ステラを見ていれば、嫌でも思い返させられざるを得ない話だ。
戦っているその時以外はいっつもボーッとしてて、何を考えてるのかもわからなくて何の役にも立たない、ホントにお馬鹿な奴。

 

舌打ち混じりに、でも時々そんなお馬鹿さ加減が羨ましくも思える事もある。
こんな奴だけど、やっぱり自分達の〝仲間〟だから。面倒見てやんないと寝覚めが悪い。

 

アウルはそう思うのだ。
そして多分、スティングも自分と同じ様に思っている筈だと。

 

もし戦争が無くなっちまったら、自分達には何の存在価値も無い――それこそステラ〈こいつ〉なんかには。
だから、自分達は戦って戦って、戦い続けるしかない。いつまでも、いつまでも。ずっと――。

 

「こんな無益な戦争を一日も早く終わらせましょう」
あのラクス・クラインと言うコーディネーターの女はそんな事をぬかしていた。
(そんな事になっちまったらさ、困るんだけどなぁ……俺たち)
アウルは思い返して内心でぼやいた。

 

戦争を止めようだなんて、冗談じゃない!
憎しみとか怒りとか言った感情では無しに、まるでその必要性がある障害物を無造作に除去する様な感覚で、
やっぱりコーディネーター〈あいつら〉って言うのは全部殺っちまわないといけないんだなと、そう思うアウルだった。

 

……それが彼の、彼らの本当に自然な感情――復讐心や憎悪と言った、何かしらの動機付けとなる「理由」に基づくものとして湧いてきているのであったのならば、
敵対する側の者達からしても(我が身に置き換えてみられれば)そういうものが人間にはあるのだと言う事実から、
心情的には欠片なりの理解の余地はまだ抱けもしうるものではあるかも知れない。

 

しかし、彼らの持つ〝それ〟と言うのは結局のところ
戦いの為の便利な道具とされるべく徹底的に、それのみを刷り込まれた「結果」としての(人為的、恣意的に)〝造り上げられたもの〟でしかないと言う事実があった。

 

コーディネーターをひたすら見下し、敵視するのみの、
そんな彼らがほとんど唯一持ち得ている自身の〝意識〟すらもその実、本当の自前のものでは無いと言う、哀しい事実。
それこそが彼ら自身には決して分からない、彼らの現実なのだった。

 

奴隷の定義とは、「自らの運命を、自らの意志では決められない(その自由が無い)者」の事であると言う。

 

その意味では彼ら――エクステンデッドと言う存在は、まさしく奴隷であった。
この世界を色濃く覆い尽くしている、底知れぬ人の悪意と言うものの――。

 

そんな彼らの前に、皮肉な運命の神はいかにもらしい〝悪戯〟を用意していると言う事を、無論この時彼らは知る由も無かった。

 
 

「シン、ルナマリア。待たせてすまなかったな、二人とも」
そう詫びながらメイリンを伴ってラウンジにと姿を現したアスランは、さっさと上陸を許された他のクルー達をしりめにさせながら、その二人だけには特に待機を命ずる事になったその理由を教えて、
二人を驚きと共に納得させる事に成功していた。

 

「えぇッ!? ホントなんですか?それ!」
「うそっ!そんな、わざわざ直々にですか?」
シンとルナマリアがそれぞれ同時に発した驚きの声が見事に重なった。

 

なんとデュランダル議長が直々に、ハサウェイ総帥、イラム参謀や艦長達フェイスの3人らと共に、自分達二人に対しても
会って少し話してみたいと言ってくれているのだと聞かされて、当然ながらシンもルナマリアも揃ってびっくりさせられていた。

 

確かに、普通ではまず考えられない様な名誉な事であったし、いわばこの戦争の始まりに立ち会った様な格好となって以来、ずっと戦い続けて来た自分達の事を
プラントの元首である議長がわざわざ気にかけてくれていると言われて、嬉しい思いを抱かない筈はない。

 

「無事に到着された議長から、ミネルバのブリッジへ直に通信が入ったの。そうしたらそんな風に言って頂いて、本当にびっくりしちゃった」
笑顔を浮かべてそう状況説明を補足するメイリン。
そう言う彼女自身もまた、アスランの副官役と言う事で実は同様にその場へと招かれていたりもするのだが。

 

「そういうわけなんだ、議長がお待ち下さっている。二人共、すぐに行けるか?」
そう言って促すアスランに対して、もちろん否やなど有る筈も無くシンもルナマリアも頷き、
そうして彼らは揃ってミネルバを降りると、さしまわしの車でデュランダル議長が待つ会見場となる、それなりに広い基地の敷地の外れに隣接して建っているディオキア一の高級ホテルへと向かうのだった。

 

「ん?あれは――」
先導して歩いていたアスランがふと気が付いて上げた声に、付いて来たシンとホーク姉妹もそちらへと注意を向ける。

 

辿り着いたホテルのロビーで、彼らに先行していたジェス達3人とハサウェイらマフティー側の幹部が集まって、ちょうど彼らには背を向けた格好で立つ赤服を含むザフトの軍服姿の者達と何やら話し込んでいる。

 

乗機と同じ(と言うか、本当はパーソナルカラーの方をそれに合わせているわけだが)オレンジの髪をしたその内の一人は明らかにハイネだが、その隣にいるのはザフトレッドの小柄な女性兵士だった。

 

と――ちょうど対面の位置にいたジェス達の視線に気付いて振り返った眼鏡姿のその女性が、親しげに声を掛けて来た。
「あらっ!お久しぶりね、シン」
「えっ!リーカさん!?」
思いがけない再会に軽い驚きの声を上げたシンに、もう一人の顔見知りからも挨拶がかけられる。
「ああ、久しぶりだな」
「コートニーさんまで!? いったいどうしたんですか?」

 

リーカの隣に立っていた、こちらはザフトの軍服姿では無い青年は、軍属としてザフトの新鋭機のテストパイロットを務める腕利きのMSパイロットであるコートニー・ヒエロニムス。

 

ザフトレッドの女性パイロット、リーカ・シェダーと彼は、今のこの戦争が勃発するその前兆となったアーモリー・ワン襲撃事件のその主役となった、セカンドステージシリーズのザフトガンダム達のテストパイロットとして、
シンとは共に正式運用を前にしての各種運用テストにと働いていた仲であり、

 

その頃にはむしろ〝抑止力〟としての意味合いの方をこそ考慮していたが故に、ザフトとしてはむしろ積極的な宣伝を目論んでいた為に、
その公試の時期には当時はプラントでも屈指のジャーナリストとして活躍していたルルーも、政府派遣の顧問格として実際の公試運用にも深く関与をしていた。

 

その縁でルルーは、前大戦後の南米独立戦争の取材を通して知り合っていたジェスをその公試の場へと招待し、
そこでジェスと護衛のマディガンの二人はアーモリーワン襲撃事件の、その現場にも居合わせる事になったのだった。

 

その意味では、シンにとってはアーモリーワンでインパルスガンダムのテストパイロットとして日々公試と機体の校正にと励んでいた日々を思い出させる、
懐かしい面子がこの場に揃っていると言う格好にもなっていたと言えるだろう。

 

――本当はその時の〝同僚〟にはもう一人、この場に居ない者がいるのだが、
現在はアーモリーワンでエクステンデッド達に受けた襲撃の傷からのリハビリ中の彼が、もし健在であったとしても、間違いなくこの場に呼ばれる事は無かったであろうけれども。

 

「最近の活躍は聞いたわよ、シン。やるじゃない!」
「ああ。完全にインパルス〝ガンダム〟の性能を、100%以上に引き出してみせた様だな」
リーカは素直に称える口調で笑顔でそう言い、基本的に寡黙でお世辞の類などは口にしないコートニーもガルナハンで見せたシンの戦いぶりを認める言葉を口にした。

 

「あ、ありがとう……」
照れを覚えて、はにかみの表情と口調で応えるシンの姿を目にして、
アスランとホーク姉妹は普通に年長者と一緒にいる時のシンの以外な――と言ったら失礼だろうか?――礼儀正しい態度に軽い驚きを覚えた。

 

もっとも、目の前にした二人のパイロット達は腕も立つのは勿論の事として、人当たりの方も良さそうな人物達であるのは直ぐに察せられたので、
これならシンも素直に――むしろ同年代の者達相手よりも付き合えたのかも知れないなとも思えたのだったが。

 

「そう言えば、二人はどうしてここに?」
やや遅ればせながら、今度は自分の方からも再度そう尋ねるシンに、それまで黙ってやり取りを見守っていたルルーがそこで、ついでに自分達の側の現在のこの状況の説明も兼ね、代わって応じる。

 

「コートニーとリーカの二人は、プラントから降りて来られる議長を乗せたクルーザーの護衛として、新鋭機のテストを兼ねて同行して来たのよ。
今は改めて二人にノア総帥、マサム参謀以下マフティーの方々をご紹介していたの」

 

それを聞いてシンもアスラン達も状況の理解と同時に、コートニーが先程「インパルスガンダム」と言って見せた事にも納得を覚えた。

 

それもΞガンダムと言う存在があっての話でもあるのだが、そうやって呼称するのはまだミネルバ及び〝その周辺〟の、現場レベルでの話に留まっている筈なのに、
宇宙から降りて来たばかりの彼らがそれを普通に口にすると言う辺りに、議長がそれを教えられる位にコートニーとリーカの二人を信任している事が伺えると言う事だ。

 

コートニーとリーカの二人もまた、眼前にΞガンダムと言う〝存在〟を見ていれば興味津々になるのは当然の話。
そのパイロットでもある総帥ハサウェイに対しても、MSへの造詣も深いテストパイロットとして喜んで接するのも自然な処であろう。
ましてやそう言った話が出来る相手と言う意味では、ルルーやマディガンの二人もいるのであれば尚更の事だ。

 

もっともハサウェイ達マフティーの側にも、ある意味で手土産を持って来てくれた格好であるとも言える二人に対して礼を述べると共に、会っておきたいと言う意志も有ったわけだが。

 

そんな感じでいた処にアスラン達もやって来たと言う事で、その続きはまた後回しにして、
コートニーとリーカに案内された一同はデュランダル議長が待つテラスへと向かうのだった。

 
 

『お話中失礼致します。〝我らが英雄方〟をご案内しました』
ジェスのカメラをやはり意識しての事だろう。
リーカがらしくない様な芝居がかった大仰な物言いで、ホテル低層棟の屋上を利用しただだっ広いオープンテラスの向こうへと、到着を告げた。

 

そしてテラスへと出たアスラン達の眼前に、デュランダル議長の姿が在った。
向かい合う様に、既に先着して話し込んでいたらしい――その前に茶器が供されているからだ――タリアとレイが座っている。

 

夕方へと向かいつつある午後の日を浴びて立つ、いつも以上の柔和な微笑みを浮かべているデュランダル議長の姿。
マフティーが現れて以降のミネルバの、これまでの戦いとその意味を確かめる――そしてこの先の道行きを見定める、
これもまた運命的な~と言ってよい事になるのであろう会見が、始まろうとしていた。