機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第15話

Last-modified: 2015-09-30 (水) 23:10:01

  手に血がつかない人殺しでは、痛みはわからんのだ。

 

                               ――クワトロ・バジーナ

 
 

「久しぶりだね。本当に元気そうな顔が見られて嬉しいよ」
政治家〈公人〉としては絶対に見せない(また、見せられない)、素直な心からの喜びの表情で破顔しながら、デュランダルは少年に向かってそう語りかけた。

 

「この間は本当にちょっと顔を見るだけしか出来なかったからね。すまなかった。ようやくこうしてゆっくり会う事が出来て良かったよ」
「ギル……ッ!」
そのまま軽く身を屈めたデュランダルに向かって、こちらも普段の冷静さをどこかにかなぐり捨てたレイが、まるではぐれた親の元へと帰り着いた幼子の様にその首へと飛び付いた。
こちらもまた、この時以外には決して見せないであろう、純粋で混じりけなしの信頼に満たされた、安心しきった無防備な笑顔を浮かべている。

 

実際のところの双方の〝年齢〟はともかく、そんな二人の雰囲気はほとんど親子そのもので。
二人の関係が本当の処どうなのか?の全てまでは知らないタリアにも、そんな彼らの姿を目にするのは微笑ましさを覚えさせられるものだった。

 

だが、それと同時にある種の郷愁の様な想いもまた湧き上がるのは、彼女が幼い一人息子を残して軍務に就いている身だから~と言う理由だけではあるまい。
――世の父親たちの多くが浮かべているのと明らかに同質の表情を、(彼女にだからこそ)無防備に見せているデュランダルの姿を目にして、タリアは自らの胸の奥にほろ苦さを伴った微かな痛みが疼くのを自覚していた。

 

そんな内なる想いを振り払う様に、タリアはわざと微苦笑の表情を浮かべながら微妙な棘を含んだセリフを、デュランダルに向けて投げてみせる。
「まったく、良くも今回みたいな事を思い付かれるものですね」

 

「はは。驚いてくれたかね?」
「ええ、とっても」
デュランダルはそんな親しみと愛情とを込めた情人からの嫌みをさらりと受け止める、ちょっとした悪戯をまんまと成功させてみせた少年の様な顔で言う。

 

もっとも、そんな表情〈かお〉を見せると言うこと自体が〝特別な関係を示す証拠〟でもあるわけだから。
タリアの方もそう答えながらその微苦笑の度合いを深めて見せるのだった。

 

三人がそんなやり取りをしている間に、流石に訓練が行き届いたホテルマンらの手で、シミの一つとて無いまっさらなテーブルクロスが掛けられた長テーブル上に茶器があつらえられていた。

 

手近な席にと座ったデュランダルと向き合うようにタリアとレイも席に着き、穏やかな初冬の午後の陽光が柔らかく降り注ぐテラスで彼らはしばし茶話に興じる。

 

話題の切り出しの始めはやはり、レイの事だった。
デュランダルは改めてレイの漂わせる雰囲気が、以前のカーペンタリアでの短い対面の際よりも更に溌剌としている様に見えると言う事実を口にする。

 

「やはり、ハサウェイ総帥の間近に接する処から感じるものは多いかね?」
「はい、ギル」
デュランダルからのその問いに、レイは何の躊躇もなく肯く。
その言葉以上に、浮かべている表情が雄弁にその想いを現していた。

 

「確かにそう思えるわね、レイ。あなた自分で気付いているかしら? 私が見ていても、最近のあなたは随分とさばけて来ている様に見えてよ。」
もちろん、良い意味の方でね。
そう言って微笑むタリアの言葉に、レイは少し顔を赤らめて無言で頷いた。

間違いなく照れているのが判る反応だったが――久しぶりにデュランダルに会うことが出来たが為に、いささかタガが緩んでいると言う事なのかもしれないけれども――そう言う姿を見せると言う事自体が、
まるで機械人形の様だと、嫉妬混じりに陰で揶揄されもしていた程の〝以前の彼〟を知っている者ならば、まさに驚く様な変貌ぶりであったと言えるかも知れない。

 

「タリアがそう保証してくれるのだから、これは〝本物〟だと確信して良い処だろうね」
ハサウェイ総帥とマフティーの人々に、本当に感謝せねばなるまいな……。

 

そう口に出して呟くデュランダルに向かって、タリアは確かめる様に問いかける。
「まさかとは思いますが、そうする為においでになった……などとはおっしゃらないでしょうね? 貴方がこうしてわざわざいらっしゃるわけですもの、連合の側に何か大きな動きでもありましたの?」

 

「ん? ああ、やはりそう言う風に見えるわけだね。成程……」
生臭い話に入りかけた入り口の処で、はぐらかす様に苦笑して見せながらデュランダルは立ち上がり、数歩を歩いてテラスの縁の低い手すりに背をもたせかけるかの様な様子で肩をすくめる。
その姿にタリアは、やっぱり煮ても焼いても食えない人ね……と言う態度で示す、微苦笑の度合いを深くするのであった。

 
 

「お話中失礼致します。〝我らが英雄方〟をご案内しました」
と、そんな処に投げ掛けられる女性の声に、一様にその声が聞こえたこのテラスの出入り口となっているホテルの建物の方へと注意を向ける三人。

 

コーディーネーターには珍しく、大ぶりの〝眼鏡〟を掛けている小柄なザフトレッドの女性兵士が、デュランダルがこの場にと招いた面々を案内して姿を見せていた。

 

ホスト役のデュランダルは丁度上手いことに、既に立ち上がっていた為に、そのまま歩を前へと進み出させて、客人達を出迎える。
――まずは、やはりハサウェイ以下のマフティーの面々からだが、立場上「対等」の彼らを迎えるのだから、デュランダルとしても形式上からもそうする必要性自体はあった――
既にハサウェイとはクルーザーの船内で、ジェスのカメラを前に握手を交わしていたが、対外的にはナンバー2格と言う事になるイラム達も交えて改めての挨拶を交わし会う。

 

上位ゲストであるマフティーの面々に対しての挨拶の儀礼を済ませると、彼らには先に席へと案内を誘わせ、代わってアスランやハイネら、下位のゲスト達にと向き直る。

 

「やあ、アスラン、ハイネ。久しぶりだね、二人とも。よく来てくれた」
にこやかな微笑みを浮かべて、信任する若きフェイスの二人を歓迎する意を示すデュランダルに、並んで立って敬礼を返していたアスランとハイネも控えめに微笑で返した。

 

アスラン、次いでハイネとやはり握手を交わして、それからデュランダルはおもむろにフェイス二人の後ろにと控えてしゃっちょこばっている、ミネルバから招待の三人の少年少女兵へと目を向けた。

 

「それから、君達もよく来てくれたね。シン・アスカくんに……そちらの二人は確か、ホーク姉妹だったね?」

 

ファントムペインによるコロニー・アーモリーワンでのMS強奪事件を機に、予定を前倒しにしての慌ただしい就役――即実戦と言う流れのただ中のものとなったミネルバの初陣には、艦内へと避難して来たデュランダルも結果的にそのまま立ち会う格好となってしまった。

 

それ故にこの三人の少年少女達とも、ほんの僅かな間ながらもそれぞれに間近に接する事ともなってはいたわけだったが、
「雲の上の人」である筈のデュランダル議長が自分達の事をちゃんと見知って記憶していてくれたと言う事実は、三人それぞれに驚きと誇らしい喜びを呼び起こした様だった。

 

「はいっ!ルナマリア・ホークであります!」
「あ……メ、メイリン・ホークです」
それぞれの性格の違いを現す様な反応を見せながら姉妹がそれぞれ名乗り、少年も慌てて続いた。
「はっ、シン・アスカです!」

 

揃って初々しい反応を見せる三人に、デュランダルは柔和な微笑みの度合いを更に深めて応えた。
「君達の事はよく覚えているよ。特に最近はそれぞれに活躍してくれているそうだね。グラディス艦長やアスラン、それにマフティーの方々からもその辺りの事は聞いている。確か、叙勲の申請も来ていたね。結果は早晩手元に届くだろう」

 

プラントの国家元首たるデュランダル議長から直々に、手放しでそう称えられて。
三人は揃って頬を紅潮させ、誇らしげな表情でデュランダルから差し出された手を取って握手を交わすのだった。

その興奮は、やはり椅子を勧められて座に着いたその後にも続いて行く事となる。
握手を交わしながら、デュランダルは一人ずつに具体的にその働きを口にしての賞賛を忘れなかったからだ。

 

メイリンには、アスランの副官役としての様々な配慮ある献身的な働きぶりを。
ルナマリアはマフティーによって鍛え直された自身のMSの長距離射撃法に関しての詳細をレポートに上げ、それがザフトの戦技向上に大いに寄与するものでもあった事を。
そしてとりわけシンに対しては先日のローエングリンゲート要塞攻略戦の際の、「劇的な」活躍を――
それぞれに声を掛けて行ったデュランダルであった。

 

そう言った事が議長にまで伝わっていると言う事実は同時に、アスランやグラディス艦長が、それにハサウェイ達マフティーの人々が自分達の事をしっかり見ていて、ちゃんと認めてくれているのだと言う話でもあるわけだから。
それを理解した三人の喜びも、むべなるかなであろう。

 

そしてデュランダルは最後に、やはり久しぶりの再会となるルルーと、言わば彼女の事を〝引き受けてくれた〟格好でもあるジェス――もちろん彼とは初めての顔合わせとなるわけだが――とも挨拶と握手を交わし合う。
その二人に対しては、ジャーナリストとしてのその姿勢への賞賛と、今後にも期待していると言う旨を伝えた上でやはり二人も座へと誘って、かくして会談へ移る為の準備は全て整え終えられたのだった。

 
 

「あらためてもう一度申し上げますが、よく来て頂きました、ご一同」
デュランダルはそう言って、軽く一礼する様な仕草で始まりの挨拶を送ってみせる。
護衛役随員として、テラス上に散らばって立っているリーカとコートニー、それにマディガンのパイロット三人と、随員である議長の女性秘書官のサラと言った限られた者達だけを観客〈ギャラリー〉とした会談が、そうして開始された。

 

それにしても、興味深い顔ぶれが集っていると言えた。
タリアにアスラン、それにハイネと。三人のフェイス以下ザフトの中でも屈指の華々しい活躍をしている者達と共に、対等の同盟軍であるマフティーの首脳部がおり、更にはフリーのジャーナリストとしてのジェスとルルーがいる。
故に全員に話しかける場合のデュランダルの口調も、対等な物言いの仕方となっていたわけだが、席次についても考慮されていると言う事だろう。大きな円卓が用意された上で座る位置取りの方も、一見すると上座も下座も判らない様な割り振りとなっていた。

 

「ここで今、こうして会う事が出来るのも、この場にいるお歴々の活躍でローエングリンゲートの突破が成り、この地域全体が地球連合の圧制下から解放されたそのおかげです。いや、本当にご苦労様でした」
改めて感謝の意を表するデュランダルに応える一同――ハサウェイ達マフティー側とザフトのフェイス陣、それにレイは軽く頷き、対照的にシン達三人は「ありがとうございます!」と、声を揃えて一礼した。

 

「しかし、それにしてもガルナハン解放からここまでの間の、状況の進展は速かったですね」
それを仕掛けた側の当事者であるハサウェイが、事の経過を思い返しながら呟き、同調するように他のマフティー、ザフト両軍の面々も一様に頷く。

 

「全くもって、その通りでしたね」
デュランダルもまた、そうして頷き返しながら述べる。
「皆さんの華々しい活躍は無論の事ではありますが、それにしてもここまでとは……。これは単なる我が方の軍事的成果と言うだけの話には止まらない。その呼び水ともなった地球連合の支配下における一般市民の窮状と言うのは、我々の想像を凌ぐものがあった様ですね」

 

デュランダルの表情に、軽い苦々しさが浮かんでいた。
事実、解放成ったここディオキアへのザフトの進駐も、地球連合軍が戻って来ない様に引き続き守って欲しいと言う、独立運動への支援を求めて来た地域住民代表からの要望によるものであったと言う側面もあるのだ。

 

言葉は悪いかもしれないが、言わば〝用心棒〟の様なものとして、ザフトを見ていると言う話だ。
もっとも、そんな要望が向こうから出て来ると言うのも、連合からは盛んに化け物だの何だのと言うプロパガンダをされていたコーディネーターの方が、自分達をよっぽど公正に扱ってくれていると言う現実を見ての結果なのだから、プラント側から見ても悪い話ではない。

 

それ程までに、この地域の人々が「同胞〝である筈の〟地球連合」を忌避する想いが強いと言うことであった――
その事実一つを取っても、相変わらず地球連合の「統治」はその名に全く値しないものである事の証左であろう。

敵対している側の指導者としては、それにも助けられていると言う皮肉な現実もあるわけだが、純粋な一為政者としての意識で言えば、その実状は無論の事見ていて不愉快さも覚えさせられるものであるとも言えた。

 

「確かに……。ここまでの状況下で、自分もそれは強く感じましたね」
議長の言葉に相槌を打つようにハイネが応え、デュランダル以外の座に着いた他の全員がその呟きに揃って頷いた。

 

「とにかく、今は状況が何とも複雑です。皆さんの活躍とその成果はもはやこの地域だけの話では無く、同様の状況である世界中の各地にも影響として飛び火しています」
そう言って目線で合図を送ったデュランダルに頷いて、控えていた女性秘書官のサラが全員の前にと資料となる紙束を配って回る。

 

そこに記されているのは、現状における地球上の各地での情勢を俯瞰的に眺めたレポートであった。
一見して国内情勢に大きな問題が無さそうなのは、プラントの友邦である大洋州連合と、敵対陣営である(旧)地球連合の本丸とも言うべき大西洋連邦、その他にはスカンジナビア王国ぐらいのものであり、
それ以外の他の地域では等しく、紛争や武力衝突と言った懸念事項が(その規模や範囲の多寡はあれど)勃発していると言う状況が示されていた。

 

特にその状況が顕著なのが、実質的な新地球連合だと言っても差し支えない「世界安全保障条約機構」体制を構成する各国の側だった。
中でもユーラシア連邦は地球連合構成国の内の一つと言う大国でありながら、現在こうしてペルシャ湾から黒海にまで至る広大な地域全体から三行半を叩き付けられる格好になっており、
それらの中でも最もダメージを受けている勢力であると言えたが、他の国々とてもそんな状況は決して対岸の火事では無かった。

 

元より(旧)地球連合――実質的にはほとんど大西洋連邦単独と言っても良いわけだったが――に対しては反発と独立自尊の気風が根強い裏庭の南アメリカ合衆国では、
アメノミハシラ経由で密かにプラントからの帰還を果たしたかつての独立運動の指導者だったエドワード・ハレルソンを中心にした、再度の反地球連合の動きが水面下でもっか順調に進行中だ。

 

またミネルバが航過してきた赤道連合や汎ムスリム評議会と言った、
ブレイク・ザ・ワールドに端を発する現在の情勢の中で世界安全保障条約機構への加盟を地球連合からの圧力によって余儀なくされた諸勢力においても、同様の動きは確実にうねり出している。

 

BTWと言う未曾有の状況下における「相互協力」の為~と言えば聞こえは良いが、しかしてその実態はと言えば、
性懲りもなく……と言う感じで、地球連合が再び勝手に始めた戦争への〝協力〟をただ一方的に強要され、元より未だ前大戦のダメージからの復興途上にあった国力をただ一方的に吸い上げられるだけ。
政治や経済の実権を握っている者達にこそ、鼻薬とでも言うべき利権の見返りは与えられてもいたけれども、それで済まされる大多数の庶民はたまったものではなかった。

 

それらの国々においては、未だ前大戦の遺した傷跡のも癒えるどころの話では無い処にもって来て、突如勃発したBTWの損害までもがそこに更に上乗せされると言う格好で。
「戦争なんぞしている場合か!」と言う、ただひたすら割を喰わされ、不当な忍従を強いられているだけと言う現実への、民衆の当然の反発が噴出しまくっているのだった。

 

――余談になるが、このレポートにおける懸念事項ありの国家・勢力群の中には、もちろんオーブも含まれていた。
あえて「政変」と言う表現で、元首であったカガリの誘拐(出奔?)とそれを実行した「〝正体不明の勢力〟の存在」の事、またその前後の国内のセイラン派による実質的独裁体制確立の流れを概説している。
アスランやシンがやがて直面する事になる状況の萌芽は、既にこの時点で明白ではあったのかも知れなかったが……。

 

「よくもまあ、ここまで……」
まるで世界中が火薬庫の様ですわね?
そんなニュアンスの溜息を漏らして、タリアは続ける。

 

「地球上はこう言う状況であるとして、宇宙の戦況の方は……――いえ、愚問でしたわ」
自分で口にしている中途で、彼女は直ぐに自分で気が付き、苦笑を浮かべた。

 

開戦と同時に地球連合軍が仕掛けて来たプラント本国への直接攻撃が失敗に終わって以来、彼らはずっと月面基地に逼塞したままだ。
その結果、地球軍とザフトは互いに自方からは積極的に手を出さずに~の格好で睨み合ったままの状況で対峙の構図が続いている。

宇宙での戦線の状況がそうしてまがりなりにも〝安定〟(と言う表現自体は、奇妙な話であるとも言えたが)していなければ、そもそもこうして地球上へと降りて来ると言う事も簡単には出来ない筈なのだから。

 

再び核兵器を用いてプラント本国を直接攻撃すると言う企図で、強引に開戦した地球連合だったが、
ただの一撃で片が付く!そんな必殺の目論見で振り上げた拳は予想に反してスルリとかわされ(実際にはプラント側も状況的には危なかったのだが)、
逆に自軍の方がほとんど一方的に手痛い大損害を被って撃退されると言う、満天下に大恥をかかされてすごすごと月面拠点へと引き下がらざるを得なくなる仕儀に陥っていた。

 

しかもプラントが防衛に用いた、核兵器を問答無用で自爆作動させられるニュートロンスタンピーダーとやら言う新兵器の前に、当面有効な対策も打ち出せずにいると言うまさに千日手の状態であればこそ、引きこもり状態もやむを得なくなる処ではあったろう。

 

自方の応戦は、あくまで積極的自衛権の行使だと言うスタンスで限定的な戦闘行動のみを行いながらも、同時に常に和平への対話のチャンネルもオープンにしたまま、その為の呼びかけも繰り返してはいるプラント側である。
それを実践している~と言うアピールでもあろうが、ザフトが自軍からは地球連合軍の月面基地への攻勢の姿勢を見せようとはしないと言う現実の故にもたらされている「奇妙な平穏」と言うのが、現在の宇宙での戦況であった。

 

地球連合の側にしてみれば、実に不本意な予想外の情勢であっただろう。
幾らBTWの大惨禍があったとは言え、全世界を巻き込んだ二年前の大戦の遺した負の影響と言うものの大きさは、彼らの予想したよりも遙かに大きかった。
ほとんどの国々が物的な面はもちろんの事、より時間のかかる人的な面でも、そこからの復興に向けての取り組みが思う様には行っていないと言うジレンマの中に在ると言う現状下にあったのだから。

 

何もプラントに対しての同情と言うのでは無しに――それどころか潜在的な反感さえ、あったとしてもだ――それらの国々にとっても
「また戦争か!」「まだ戦い足りないと言うのか?」と言った感じに、本音では大いに眉をひそめる様なものでしかない、全くもって端迷惑な話だった。

 

一言で言えば、そんな余裕がどこにある?
そういう事だ。

 

それを無視しての強引な開戦へと踏み切った地球連合(実質的にはほとんど大西洋連邦単独――より正確に言えば、ロード・ジブリールらブルーコスモスだが)から見れば、まさに誤算の連続だった。

 

全く、こんな状況ではある筈が無かったのだ。

 

〝主戦場〟などと言う言葉すら不要である程の「超短期決戦」で!
それのみで終わると言う前提だからこそ、やった者勝ちであり、同時にその〝力〟の前には内心不満を抱く諸勢力もまた、結局は黙るであろうし、黙らせる。
そう言うつもりで始めた軍事的オプションが無惨に破綻した時、それに代わるプランなどはそもそも想定すらされていなかったと言う事なのだった。

 

そして結局はその強引さのツケが、「〝誤算続き〟の現在の地球上の情勢」と言う形で返って来ているわけであり、またそれに対して有効な対処も出来ずにひたすら受け身に回らされていると言う状況を生みだしていたわけだが。

 

「それで、停戦への具体的な目途などは…………これでも立ちそうもありませんの?」
改めての情勢認識に基づいた、溜息混じりの声と表情で言うタリア。
まともな神経を持った軍人や政治家なら、こんな状況で戦おうなどと思える筈が無い。
――まともであればだ。

 

しかしそう尋ねられたデュランダルの方も、同様に嘆息の表情で答える。
「残念ながら、〝こんな情勢下である筈〟なのにも関わらず、地球連合側は相変わらず何一つとして譲歩しようとはしない。誰も好き好んで戦争などしたくもないが、これではどうしようもないよ……」

 

悲しむべき事に、そんな「まともさ」は期待できるものでは無い様だ……。
そう自分も溜息をついて応えてから、デュランダルは自嘲気味とも見える様な苦笑を浮かべて言い継いだ。
「いや、軍人の君――君達に言うべきセリフではないかもしれないけれどもね……。戦いを止める、戦わないと決める事を選ぶと言うのは、戦いを始める事や戦おうと決める事よりも、遙かに難しいものさ……」

 

「……戦いを、止める…………」
デュランダルの言葉に対して、自分の口が無意識にそう言葉を発してしまい、それで話の腰を折るような格好になってしまった。
シンはハッと自分の無礼に気付いて、慌てて頭を下げる。
「あッ!? すっ、すみません……!」

しかしデュランダルはそんなシンを咎め立てようとはせずに、むしろ彼の良い意味での若さ〈真っ直ぐさ〉を肯定する様に、微笑み返して応えたのだった。
「いや、構わんよ、シン・アスカくん。むしろ君の様な立場でこうして現在〈いま〉のこの戦いにと身を投じる事になった若者達が、その現実の中で見て感じて来た事と言うのは貴重な意見だ。
私も、それを聞きたいと思ったからこそ君達にもこうして来て貰った様なものだし、むしろ遠慮なく思う処を聞かせてくれないだろうか?」

 

いつもながら、思わずやってしまってから気が付くと言う悪癖を、またもやしでかしてしまったのに気付いてシンは赤面し、「しまった」と言う表情を浮かべながらデュランダルの叱責を待っていた。
にも関わらずの、議長からの思いがけないそんな反応に驚いて、シンは思わず周囲の年長の戦友たちを見回す。
だが、アスランもグラディス艦長も、ハサウェイ達も皆一様にそんな彼に対して微苦笑を浮かべながら頷いていた。

 

もちろん普段ならば別だが、今この場に限ってならばそれで構わない――そのわきまえさえきちんと付いていればいいと言う事だ。
以前ならば気付かなかったであろう、そんな無言のニュアンスを込めた視線に頷いて謝意を示してから、シンは議長の顔をしっかりと見据えて再び口を開く。

 

「議長が今おっしゃられた言葉に、自分はハッとさせられる様な想いになりました」
「戦うのを止める、戦わないと決めると言う方が難しいと言う事についてだね?」
「はい」
頷いて、シンは促されての今の自身の想いを吐露し始める。

 

「確かに議長がおっしゃる様に、戦わないと言う途を選ぶと言う事は大事だと思います。ただ、戦うべき時には戦わなければ、そうでなければ何も守れません」
オーブで死んだ――殺された、俺の家族みたいに……。
一旦言葉を切ったシンがそこで最後に漏らしたその呟きと、その時に見せていた表情は、カメラのファインダー越しにジェス達の注意を引いた。
結果的にはそれがこの後に、シン自身にとっても思いがけない話がもたらされる事のきっかけでもあったのだが、無論それはこの段階では誰にも判る筈もない事だった。

 

「普通に、平和に暮らしている人々の生活は守られるべきです。今のこの戦争に、お……いえ、自分も、戦う軍人の一人として加わってみて、自分は改めてその事を確信しました」
多くの人を巻き込んでしまう様な、酷くて大馬鹿な失敗までも自分はやらかしてしまいましたけど、それでも……。
顔を上げて静かに、けれども一語一語を噛みしめる様にそう言うシンの目には、確かな想いと意志とが宿っていた。

 

「でも……」
しかし、そこで初めてシンの口調と表情とに翳りが生じた。

 

(でも……?)
その変化を感じ取るデュランダルや上官・戦友達の前で、シンは初めてとなるこれまでは考える事が無かった「その先へと」向けた目線での話を口にし始める。

 

「その想いはますます強くなりました。けれども逆に、だからこそますます判らなくなってしまった事もあります」
シンはそう前置きして、目を伏せて言う。

 

「今まで自分は、ただ「守る」って事だけを考えて来てました。「攻めて来る奴ら」はただの敵――ゲームの中のモンスターみたいな、立ちはだかって邪魔をして、罪も無い人々を傷付けるだけの〝悪魔〟の様な奴ら――そんな風にしか思ってませんでした……」
だけど、本当はそんな単純なものじゃないんじゃないのか?って、こうしてザラ隊長やハサウェイ総帥達マフティーの皆さんと一緒に戦う様になってから教えられた、いろんな事から考えさせられる様になったんです……。

 

カーペンタリアを出撃してからの、インド洋、マハムール、ガルナハン、そしてこの黒海への途と。
重ねて来た幾多の戦い、そしてその中で出合った人々と出来事とを思い返しながら、想いを言葉にして紡いで行くシン。

 

「敵の、地球軍の連中の中にだって、やっぱり自分の家族とか、守りたいものがあって戦っている奴らも沢山いるんだって事を、知ってしまいました……。
それなら尚更、どうして余所の土地でそこの人達を苦しめるんだよ?自分が守りたいって思うのと同じものを、自分自身はその人達から奪っていて何で平気なんだよ? そうも思いますけど……」
シンは沈痛な声と表情で言う。

「だけど、現実にはそうやってずけずけと入り込んだ余所の土地でそこの人達を苦しめている地球軍の連中だって、ブルーコスモスの奴らみたいなのを別にすれば、戦争さえ無ければそんな事はしない――しなくて済んだ筈だった人間なのかも知れない……。
だとしたら、そいつらだってある意味では〝戦争の被害者〟だって事になるんじゃないのか?って、そんな風にも思う様になったんです……」
も、もちろん、だからって余所のその土地に暮らしてる人達に迷惑をかけていいだなんて事には絶対にならないですけど!
少し慌てて言い繕うかの様にそう言い添える辺りは、大人は思わず微苦笑を誘われそうな若さと純粋〈真っ直ぐ〉さの発露ではあろうが、けれどもそれは聞いている方にとっても不快なものでは無かった。

 

「だとしたら、本当に悪いのは戦争って言うやつそのものだし、間違いなく〝悪〟だって呼べるのはブルーコスモスみたいな、自分がそれを望んで他の人々もそこに無理矢理に巻き込んで恥じない様な奴らだけ。そうなんじゃないでしょうか?」
そう言うシンの姿に、そこまで考えられるようになったのか!と言う、良い意味での驚きやある種の感心を、周囲の彼を良く知る戦友〈仲間〉達はみなそれぞれに抱いていた。

 

「でも、そんな〝戦争したがる奴ら〟がいる限り、やっぱり自分自身や自分の大切なものを守る為には嫌でも戦わなきゃいけなくなってしまうと思います。
議長がおっしゃった様に、どこかでそんなループは断ち切らなきゃいけない筈なのに――それだけはきっと正しい事なんだと判っても、じゃあそれはどうやったら実現出来るんだろう?って、幾ら考えてもそこが判りません……」
シンの悩みのステージは、彼自身の成長を通してより高い次元へと上っていると言う事だった。

 

それを確かめて、デュランダルはわずかに笑顔を深めて頷く。
レイからの報告――非公式ルートだからこその、良い意味の方でのより詳細な生の情報――の通り、
彼がインパルスガンダムを託す事にしたこのオーブ出身の少年は、「プラント社会の外の世界出身であるコーディネーター」と言う出自ならではの新風を吹き込み得る様な存在へと成長しつつある様だった。

 

そして、もう一人――
こちらもキーパーソンと成り得る存在であると言える青年が、シンに代わって口を開く。
「私も、よろしいでしょうか?」

 

「ああ。もちろんだとも、アスラン」
快諾するデュランダルに軽く一礼し、シンも頷くのを確かめてからアスランはシンの話した事を引き取る様な格好で話し始める。

 

「シンが今口にした事は、私にとっても大いに頷かされるものです。確かにそう言う想いこそが私に復隊を決意させた理由の一つですが、そんな私自身も彼と同じ様に改めて今、戦う人間の存在する意味と意義について日々考えさせられている処です」
そう言うアスランの表情もまた、シン達ミネルバの仲間達と共にマフティーと接しながら送って来たこれまでの戦いの道行きを思い返しながらの、そこから確かにしつつある想いを感じさせる、そんなものだった。

 

「かつてある人から言われた事があります。そうやって、殺されたから殺して、殺したからって殺されて、それで最後には平和になるのか?と……。その時の私は、それに対しての答えを返す事が出来ませんでした……」
いえ、その答えはそれからもずっと見いだせないままに、自分は再びこうして武器を手に戦場へと舞い戻る事を選ぶ様にとなりました。
目を伏せ気味にそう呟いたアスランは、しかしそこで顔を上げ、しっかりとしたまなざしをデュランダルへと向けながら続けた。

 

「ですが私も今、ハサウェイ総帥以下マフティーの方々と共にこの地域の解放を成し遂げて行く中で、初めてお会いした時に投げられた問いの意味する処が自然と理解できる様になったと、そう思います」

 

「…………」
アスランの言わんとしている事を聞き漏らすまいと、シンは黙って耳をそばだてる。
それは他の皆も同様だった。

 

「あの時、ハサウェイ総帥から言われた事は、殺して殺されての連鎖を止めたいと願うのならば、ではそれはただ一人の戦士として戦う事、それのみによって果たして成し得るものなのか? そこの処をどう考えるのか? そう言うものでした……」

 

衝撃でした。
今まで、そんな風に考えた事すらも無かったと。そう痛感させられました。
アスランは自身の想いの変化の軌跡を思い返すようにしながら呟いて行く。

 

「私も、先程シンが口にしたのと全く同じループの中にはまり込んでしまっていたのですね……」
そうしてほろ苦い想いを口にするアスランに、シンは彼もまた自分と同じ様に考え、悩んでいるのだと言う事を自然な共感と共に認識させられていた。

 

「そんな私の眼前に、その事実は衝撃的な格好――ガルナハン解放後の出来事ですが――となって立ち塞がりました……」
降伏した地球軍将兵への、それまで彼らに不当に虐げられていた住民達からの報復。

 

「戦いの後には必ずついて回る、忌まわしいけれどもやむを得ない事だと。
私はそう、現状を黙認し〈あきらめ〉てしまっていました……。ですが――
シンは〝それ〟を諦めたりはしませんでした。ああだこうだ考え込むだけで現実には何も出来ない私の目の前で、彼は身体を張ってそれ以上を止めようとしました
――残念ながらそれだけでは状況を押し止める事は出来ず、結局はハサウェイ総帥のご出馬を仰いでようやくそうする事が出来たわけですが、だからと言って彼のその想いが、姿勢が何らその価値を減じるわけではありません」

 

(隊長……ッ!)
はっきりとそう言い切るアスランに、シンは内心で驚きの声を上げる。

 

「あの時、私はこんな自分自身に一番必要なものが何であるのか?と言う事を痛烈に思い知らされました……。
そして、そこで実際にそんなループを断ち切ると言う事を見事に成し得てみせたハサウェイ総帥の姿を目の当たりにして、ずっと見つからなかった問いへの答えと言うものを見せ付けられた想いでした」

 

「それが、先日までの間のこの地域の解放ミッションに当たっての、君の姿勢の原動力だったのだね?アスラン」
「はい」
デュランダルから返された確かめの問いに、はっきりと頷くアスラン。
その目にも、横顔にも、静かな――けれども確固たる彼自身の意志と言うものがありありと浮かんでいた。

 

「ほんの少し前までは答えが見つからなかった、殺して殺されての果てなき繰り返し。そんな現実への疑問を持つ事、それ自体は間違いではなかった筈だとは思います。
しかし同時にその問いは、ただ単にそうやって双方がそんな感情をぶつけ合っているその激突の渦〈戦場〉の只中に留まっている限り、恐らく永劫に答えは見つけだせまいと、今はそう思います」
「………………」
そんなアスランの独白を、誰もが固唾を呑む様にして黙って聞いていた。

 

「俺は、アスラン・ザラです。
かつての大戦で、そんなレベルの思考の中にと自ら進んで捕らわれたまま、そうして他者に対しての憎悪と絶望だけを際限なく世界に振りまいてしまったパトリック・ザラの息子です」
アスランは初めて、皆の前〈公の場〉でその事実を自ら進んで認めてみせる。

 

「息子として、そんな父が犯してしまった過ちを償う為に、微力でも何かをしたい。自分はその想いをもってこうして再びザフトの――プラントと世界の為にと戦場へと舞い戻った筈なのに……。
かつて「それは違う!」と離反した筈の父と、結局は同レベルのところでしか物事を見てはいなかったのだと言う事を思い知らされました。だからこそ……」
カーペンタリアにて、デュランダルも立ち会う下で初めて会ったハサウェイとイラムとの会談の中で示唆され、初めて目を開かされたことを
アスランは今、本当の意味で〝自分のもの〟として確かにしつつあった。

 

「つまりは、戦うと言う事は物事の〝あくまで一部分〟に過ぎないのだと言う事なのですね。それだけをもって解決出来る事など、実際には何一つ無いのだと」
アスランが語る言葉に自然と引き込まれ、シンは無意識にその言葉に頷いていた。
そしてそうした後に気が付いて、自身でも驚きを覚える。
彼の隊長の口にしている言葉は、彼自身にとっても凄く大事な事を教えてくれるものだと、そう直感的に思っていた。

 

そんなシンの反応には気付かぬまま、アスランの語りは核心へと入って行く。
「自分の父親が犯した大いなる過ちの、その余りの惨禍に――そして、私自身もまたその一端を担っていたのだと言う事実に、私は本当の意味でそれと向き合う事から逃げていました……。
ですが、二度とあんな過ちを繰り返してはいけないんだ!と、本当にそう思うのならば、そこからも目を逸らしてはならないのだと言う事をようやく受け入れられる様になりました」
それだって、皆さんのおかげなのですけれどもね……。
熱くなり過ぎるその前に、軽く冗談めかす様に言って自らクールダウンさせる――上手く内圧を抜いてみせると言う事を覚えつつあるアスランだった。
そして彼は一拍を置いて再び続ける。

 

「確かに、私の父は許されざる大きな過ちを犯しました……。しかし逆説的にですが、それはハサウェイ総帥がおっしゃって下さった事の正しさを証明する事でもあるのだとも、今は思います」

 

――それはデュランダルからも言われていたことではあったが、そもそもの動機だけならば決して間違っていたとは言えないその想いとエネルギーの
しかしながらその〝方向性〟が完全に間違っていたが為に、結果としてはより悲惨な方向へと向かうだけ~と言う形に具現化してしまう事になった。

 

だがそれは同時に、その方向性が間違ってさえいなかったのならば、真逆の結果をも生み出し得るものでもあった筈――と言うよりも、本来ならばそうでなければならない筈なのだが……――だろう。

 

「ガルナハン解放後の出来事を目の当たりにして私は、本当ならば判っていた筈の〝その先の道〟と言う事に対して、自分は無意識に逃げていたのだと言う事にようやく気付かされました。
何とかしなければ! もう二度とあんな過ちは繰り返してはいけないんだ!
そうやって威勢のいい言葉を口にはしていながらの、実際の姿勢はと言えば……。今は、そんな自分を深く恥じています」
アスランの表情にはその想いがありありと滲んでいた。

 

「そして今更ながら私は、自分自身が願う〝平和〟と言うものの実現を引き寄せるその為に、そこからはもう逃げまい、逃げたくないと、そう思う様になりました。
ザラ家のアスランである私自身が、パトリックの息子であると言う事実からは逃れる事は出来ません。
しかし、そのパトリックの息子が父親とは異なる道を選んでいると言う事実そのものが、意味〈周囲に与えうる影響〉があるのだと言う事を、今の私は素直に受け入れられます。
そして、その〝事実〟そのものが真の意味での平和をこの手にと手繰り寄せる事に繋がるのだと。そうであるならば、私は喜んでその道を行きたいと、そう思っています」
彼女――〝ラクス〟がそうである様に……。

 

最後の一言の意味する処の裏面までもが理解できるのは、無論デュランダルだけであったわけだけれども、少し前までの彼ならば想いすらもしなかったであろう部分にまでもアスランは進んでいたと言う事だった。
静かな想いを秘めてそう言うアスランに、デュランダルは満足そうに微笑んだ。

 

「やはり君は〝本物〟だったね、アスラン。自分を恥じていると君は言ったが、自身を省みてそう言える君は……立派だよ」
そう断言してもいい。
最後にそう言い終えた時のデュランダルの顔は真剣な表情になっていた。

 

「私も同感だな」
そこで今までは聞きに回っていたハサウェイも同意を示して頷いた。
「ガルナハンの後のここまでの、君の解放と宣撫活動への積極的な姿勢と尽力は見事なものだったと思うよ、アスラン」

 

「いえ、そんな……」
この場の2トップから交互にそう言われて、はにかむ様に下を向いてしまうアスラン――何だかんだは言っても、こちらもいい意味でまだまだ若いと言う事だった。

 

「まあ、なんだ。つまりは、〝そう言う事〟なんですね?」
元々の性格も無論あるだろうが、それ以上に意図的に努めて明るい声でハイネがそこで言う。

 

「ああ、〝そう言う〟事なのだよ」
「その通りだね」
互いに微笑しながらそれぞれそう答えるデュランダルとハサウェイ。

 

そうやって場の空気を再度和らげた処で、シンやホーク姉妹――ひいてはジェスの構えるカメラの彼方にいる人々(すぐにこれを見せられるわけではないにせよ)に向かって、語って聞かせる様に口を開くデュランダル。

 

「つまるところ、軍事は政治の一形態――戦争とは、話し合い〈交渉〉ではなく武力と言う実力行使をもって問題解決を図る格好の〝外交〟に他ならない。これが現実なのだね」
「そして、戦争をすると言う事それ自体は、実は〝悪〟ではない」

 

しかし、デュランダルが口にしたそれに対して応えたハサウェイの一言に、反射的に納得が行かない様な声を上げてしまうシンとホーク姉妹の若い(この場合はもちろんいい意味で)3人がいた。

むしろ望ましいそんな反応にハサウェイは微苦笑で応え、その意味する処を理解させるべく掘り下げて行く。
「ああ、もちろん〝それ〟が生み出す惨禍と言う意味合いでは、間違いなく戦争は悪だよ。そう、断言していい」

 

ハサウェイがすぐにそう言ってくれたので、3人は露骨にホッとした様な表情になった。
しかし安堵してみると同時に、それなりに人となりも知った筈のハサウェイ総帥ともあろう人が、どうしてそんな事を言うのか?と言う疑問を覚え、聴きの構えにとなるのであった。

 

「ここで言うのは、個々人それぞれのレベルで言う善悪と、国家の様な人間集団のレベルにおいての物事の善悪は〝同等ではない〟と言う事だね」
ハサウェイは穏やかな微笑で相対しながら、丁寧にその故を語って聞かせる。

 

「確かに、ダイレクトに「戦争は悪ではない」と言ってしまったら、君達がそう誤解をするのも無理はないだろうが、残念ながらそれもまた一面の事実でもある。
そして実は、現実はそうであると言う事は既に理解している筈なんだよ。今こうして軍人として戦争のただ中にと身を置いている君達ならば、もうね?」

 

「えっ?」
異口同音に少年少女3人は声をあげる。
ハサウェイ総帥の謎かけの様な言葉は、それが何故なのかはまだ判らないながらもその背後に本能的な説得力を感じさせるものだった。

 

そして言わばその証明にと入ったハサウェイからの問いは、ある意味恐ろしくダイレクトな代物として投げかけられて来た。
「つまりね、こう言う事なんだ。どうだろう、君達は人殺しは悪い事だと思うだろうか?」

 

3人はほとんど反射的に頷いた。
当然だった。幾ら軍人であるとは言え、そんな事を好き好んでしたいわけがない。
しかしそんな3人に、ハサウェイはそこで一気に畳みかける様に言う。

 

「その通りだね。しかしその一方でさっきシンが言った様に、不当な暴力から自分自身や自分の大切なものを守る為に戦う――その結果として攻めてきたその相手を殺している、我々のしている事はどうだろう?」
その理屈で言えば、それもまた〝悪〟と言う事になると思うか?

 

(ッ!)
その問いかけは確かに、若い彼らの抱えている矛盾への想いに突き刺さるものだった。
そこまで論理立てて考えられてはいないまでも、彼ら自身もやはりこれまでの戦いの中で、本当はその矛盾については実感を覚える様にはなっていたのだ。

 

「それは……仕方がない事だと思います」
ルナマリアが、ようやくと言う感じに口を開いてそう答えた。
「さっきシンが言った通りです。私たちは決して進んで事を構えたいわけではありません。でも、だからと言って何もせずに殺されるなんて出来ません」

 

ルナマリアはそこで傍らの妹を見やって、続ける。
「もし……もし自分が、それでも人を殺すよりは自分が殺される方を選ぶ。なんて言う考えを持つ人間だったらって、そんな風に考えたとしてもです。
自分自身はそれでいいのかも知れないですけど、だからと言ってこの子を見捨てる――自分の大切な人までそれに付き合わせるだなんて、そんな事出来るわけがありません」
「お姉ちゃん……」

 

(ッ!)
メイリンのみならず、聞いていたシンとアスランをもハッとさせたルナマリアのその言葉は、実は彼女自身がシンから聞いたその境遇を耳にして率直に感じた事を口にしたに過ぎなかったのだが……。

しかし、この場合まがいなく良い意味で発露されていたその自然な〝感覚〟こそが、かつてシンの家族にと悲劇をもたらしたオーブと言う国家の「異常さ」〈罪科〉を浮き彫りにもする。
すぐにでは無いにせよ、後にそうなって行く事の端緒にも、その実なっていたりもしたのであった。

 

「そうだね、ルナマリア。全く君の言う通りだ」
ハサウェイはそうして彼女の言葉に首肯して、更に続けた。
「つまり、私が先程口にした事と言うのはそこから始まっているわけなんだ。今、君が言ってくれた様な事は、誰にとってもそうである事だよね?」
その問いにルナマリアもメイリンも揃って頷くのを確かめてから、ハサウェイは続ける。

 

「そんな一人一人の人々の想いのその集合体を、その中にと内包した集団としてのものが国家と言う存在であるわけだ。
だからこそ、国はそういうものを守るその為に戦争――人殺しと言う道義的な〝悪〟をも、やむを得ずにあえて選ばねばならない状況に陥ってしまう事だってあり得る筈だね?」
そこでそんな手段としての〝悪〟を選ぶ事が出来なければ、それこそ君達の言う通り、不当な暴力と言う〝別のもっと大きな悪〟から何一つ守る事など出来ないと言う事だ。
守ろうとするその義務を放棄していると言う事だ。

 

「国家と言うレベルにおいては〝戦争をする事自体が悪だとは言えない〟と言うのは、つまりはそういう事なのさ」
ハサウェイは決して声高に主張しているわけでは無かったが、達観される事実を――それが現実であると言う事実への哀しみを踏まえた上で――淡々と語るその言葉に、若い3人も引き込まれる様に頷かされていた。

 

「しかし、だ……。幾ら〝守る為〟の正当な戦いではあったとしても、戦争であるには違いない。
であるならば、攻撃を仕掛けて来たその敵を殺すと言う事だけに留まらず、その敵に殺される味方〈仲間〉もまた出てしまう」
代わって今度はデュランダルが、為政者としての立場でもって続きを口にした。

 

「今の我々が陥ったまま抜け出す事が出来ずにいるループの状況と言うのはつまり、そこだ」
それに応じる様に直ぐにそう言うハサウェイは、その続きをミネルバの若きザフトの面々へと投げかける。
「ならば、どうすればいいと思う? どうやったらそのループから抜け出せるのだろう?」

 

「――戦うのを、止めれば…………。戦おうだなんて思わなければ……」
ほとんど反射的にシンの口はそう呟き返していた。

 

「シン!」
それを聞き咎めるかの様にすぐにそうかけられるルナマリアの声。

 

(言いたいことは判るし、あたしだってそう思うけど……。だけどそんなのは当たり前の事じゃない! じゃあどうしたら、それが実現できる?って言う、私達はそれを今考えているんじゃないの?)
そんな彼女の想いが言外に滲み出ているものだったが、ルナマリアがそれではまた振り出しじゃない!と言うニュアンスで返したシンのその言葉に、しかし意外にもデュランダルとハサウェイ達は頷いたのだった。

 

「いや、シンの言う通りなんだよ。物事の本質的にはね」
「えっ!?」
そう言って同意を見せたイラムの言葉に、ルナマリアとメイリンの姉妹の上げた驚きの声が見事にハモる。

 

その呼び水となる無意識的な呟きを漏らしていたシン自身もまた、やはりイラムの言葉に驚きの表情を浮かべていた。

 

そんなシン達へと向かって一つ頷いて見せて、ハサウェイが再び口を開く。
「国家が問題解決の為の手段としての必要悪で、戦争と言う行動を選択する事はあり得るし、道義的にはともかく政治的にはそれは悪とは言えないと言う事実は今述べた通りだ。
ただ、それに照らし合わせてこの世界の戦争の起因要素を俯瞰視してみると、その問題の本質が見えてくる」
「それは、一体なんでしょうか?」
ハサウェイの言葉にダイレクトに聞き返すアスラン。

 

ハサウェイはそれに対して頷いて答える。
「端的に言えば、〝手段としての必要悪〟として戦争と言う行為を選ぶと言うレベルを簡単に踏み越えて、余りにも安易に武力での解決と言う方針を選んでばかりである事。
――と言うよりもだ、もっとぶっちゃけて言えば、初めから交渉をしようなどと言う気すらもなく、腕ずくで解決すればいい~と言う以外の選択肢を〝持とうとすらしていない〟と言う事だ」
つまり、「政治」と言うものがまともに機能していないと言う話になる。

 

ハサウェイのその言葉を引き継ぐ様に、今度はデュランダルが口を開く。
「戦争と言う手段そのものは――政治的には――ありだとしてもだ。
それを選ぶと言う事は、その相手は言うまでもなく、自らをも傷付け血を流させる行為に他ならないと言う事。
であればこそ、それは本当に最後の〝最後の手段〟としてのみ、真にやむを得ず選ばれるべき性質のものであり、為政者が安易にそれを用いる事は厳に戒められるべき事なのだよ」
そう言って、デュランダルは自嘲する様に哀しげな微笑を浮かべる。
「もっとも、結局は戦争と言う途を選ばざるを得なくなってしまった――その前段で解決させる事が出来なかった私自身も、為政者として失格なのかも知れないが……」

 

「いや、そうではないでしょう」
そう返すのはハサウェイの隣に座っていたイラムだった。
「これが一個人の問題であるならば、あるいは自分自身の意志や努力のみの話であるかも知れない。
しかし、実際には個人のレベルにおいてだって相手次第と言う事が往々にあるわけですし、ましてやそれが国家と言う人間集団のレベルともなれば、相手があってのものであると言うのは尚更でしょう」

 

「マサム参謀の言われる事は、全くもってその通りですね」
首肯するデュランダル。

 

イラムの方も頷いて更に言葉を紡ぐ。
「自身の意志は意志として、相手の出方次第で対応を決めると言うのが〝現実感覚〟と言うものである筈でしょうが、デュランダル議長を別にすれば「この世界」の政治指導者にはそういう傾向が見受けられない様に思えますね」
うっかりすれば単なるヨイショに聞こえかねない様な際どい発言ではあったが、それが彼らマフティーが〝異世界人〟としての自分達の視点でもって紛れ込んだこのC.E.の世界を俯瞰して眺めた時に見える構図であった。

 

相手があってのものである以上、幾ら自身が努力し、誠心誠意可能な限りの全力を尽くしたとしてもそれが通用するとは限らない。
イラムが口にしたその事は、シンやホーク姉妹達まだ若い3人にとっても分かり易く納得がいくものだった。

 

ユニウス・セブン落下事件〈ブレイク・ザ・ワールド〉をきっかけに始まった今のこの戦争の、一方的開戦に踏み切った地球連合の強引と言うのも生温いやり口は未だ記憶に新しい。
それに照らし合わせてみれば、全くもってイラムの言う事が腑に落ちる。

 

そして、この時のシン自身の中ではまだ潜在的な納得に留まってはいたものの、「相手があってのものだ」と言う現実への納得こそが、即ち彼がオーブと言う国へ対して抱えている愛憎ない交ぜな複雑な感情に一つの道筋を与えるものでもあったのだった。

 

そうやって内心から頷かされているシン達の前で、彼らにも新たな視点を与えてくれる語りは続いて行く。

 

「最初に言った様に、国家が行う戦争とは言うのは本来、外交の一形態――軍事力と言う実力行使をもって行う形の〝外交〟――である筈なのだ」
端的に言えば、話し合い――つまり、通常の外交だけでは解決出来ない問題での対立が生じている時に、相手を叩きのめして無理矢理にでも交渉のテーブルへと引きずり出し、こちらの条件を呑ませる。その為の手段としてだね。

 

そこまで説明をした上で、ハサウェイはやや厳しい表情を浮かべる。
「手段である以上は、その目的をとりあえず達成したならばそこですっぱりと矛を収める事を考えるのが自然だよね?
勝者と敗者の構図になるか、あるいは痛み分けに終わる場合もあるが、戦争はそうしてそこで終わる。一応はその筈だ。
手段……そう、それはあくまでも手段だ。そうでなければならない。
しかし、今のこの世界の現実はどうだろうか?
アスランが悩む通り、ひたすら撃って撃たれての際限なき繰り返し。そしてそれがシンの様な理不尽への嘆きを抱えさせられる人々を拡大再生産し続けるだけの、そんな世界の有り様は?」

 

「間違っていますよね……。しかし、それが判っていながら現実には戦争は無くならない――ほとんどの人間は戦争なんて嫌だと言う筈なのにねぇ……」
そう嘆息して言うハイネの言葉に、アスランもシンも、ホーク姉妹も皆揃って一様に俯いてしまう。
全くもって、考えれば考える程に現実と言うものはいかんともしがたく思えた。
本当に、何故なのだと思う?
哀しげな微笑みでハイネに応じて、そしてもう一度独白する様にそう問いかけるハサウェイに、シンは俯き気味に考え込んでいた顔を上げて答えた。
「それは……やっぱり、ブルーコスモスや大西洋連邦みたいな身勝手な連中がいるからじゃないでしょうか……?」

以前ならばためらいもなく即答していたであろうその答えはしかし、現在〈いま〉の彼にはその様には言えないものとなっていた。
今はもう、そうやって断言〝できない〟と言う事実こそが、何より雄弁なその成長の証であり、同時に彼が今その事を真に論ずる〈考える〉資格がある者へとなっていると言う事実を意味していた。

 

そんなシンのよき変化〈成長〉を微笑ましい想いで受け止めながら、ハサウェイは部分的首肯を返す。
「そうだね、確かにその通りだ」

 

75点と言うところかな。
ハサウェイの表情に、しかし微苦笑がそれを受けて混じったのを見れば、シン以外の者にもそんなニュアンスが伝わっていた。

 

「ただし、それだけでは新たな疑問もまた、そこから同時に湧いては来ないか?」
「え!? それは……」
何故その点数なのか?と言う理由への回答にも実は繋がる、その新たな問いにシンは当惑を覚える。

 

ちょっと難しかったかな?とでも言う様な微苦笑と共に、ハサウェイはつまりこう言う事だと言うのをシンに向かって説明して行く。
「ヴェステンフルス隊長が言う通り、実際には圧倒的多数の人々は戦争など望んではいない。それなのにも関わらず、戦争は無くならない。
その理由が、君が言う通り、その中で身勝手な理由の為に戦争をしようとする一部の連中が存在するからだと言うのは正しいだろう。
しかしそれならば、どうしてそんな一部の者達の声だけが、戦争を望んでなどいない筈の多くの人々の声を圧倒できる程になるまでの現実の影響力があるのだろうか?」

 

そういう事にならないか?
ハサウェイの言う、ならばそれで新たに呼び起こされる疑問と言うものに激しく納得したシンは、そんな勢いのままに首肯させられていた。

 

「つまりは、そんな〝何故?〟と言うそこの部分にこそ、この世界からかくも戦争が絶えないその真の理由が隠されてもいると言うわけだ、シン」
そう言い終えたハサウェイの言葉を継いで、今度はデュランダルがその先を語り出す。

 

「あれは間違った存在だから、許せないからと。存在自体が恐い、危険だから、やられるその前に殺って芽を摘んでしまえばいいと。
また、そんな誰かの持っているものが欲しい、あるいはそれが妬ましくて、奪ってやろうと。そんな理由で戦い続けているのは確かだ、人間〈ひと〉は……。
しかしそれと同時に、もっと救いがたい一面もあるのだよ。戦争と言うものにはね」

 

「え……?」
デュランダルの言葉に、シンは思わずルナマリアと顔を見合わせる。

 

そんな彼らの目の前でデュランダルは立ち上がると、テラスの向こうでこちらを護衛するかの様な雰囲気で佇立している二体の巨大な鉄灰色の巨人たち
――コートニーとリーカの乗って来た、護衛のガンダム・タイプMS――へと近付ける様に歩を進めて振り返り、再び口を開く。

 

「例えばこれらの機体――ZGMF-X56S/η〝トリニティインパルスガンダム〟に、ZGMF-X24SⅡ〝ダブルカオスガンダム〟ですが――ここにお招きした皆さんならば、おそらくもう察しは付いている事でしょう。
アーモリー・ワンで強奪された機体の補填分として追加建造されたセカンドステージシリーズ機となります」

 

デュランダル自らその詳細を教えてくれた新たなセカンドステージシリーズの(ガンダム・タイプ)MSたち。

 

向かって左手はそのシルエットからしてシンの愛機と全く同じ、見慣れたインパルスガンダムのものだったが、後背部に増着されているシルエットの形状は彼らが知る既存のどれとも異なる印象のものとなっていた。
基本的な全体の形状としては、高機動型のフォースシルエットに準じた大型のウイングとバーニアスラスターの組み合わせでもって構成されている。
しかし同時にその右舷側にはソードシルエットの主兵装であるエクスカリバー状の大型対艦刀とおぼしき武装が見えたし、
対する左舷側の方にはブラストシルエットのケルベロスやセイバーガンダムのアムフォルタスを思わせる、大型の砲撃モジュールが備えられていた。
そして各々伸びているウイングの方も、可動構造の採用等によりそれらのマウントされている兵装と互いに干渉しない様な配置が工夫されているようだ――
インパルスガンダムの既存の各シルエットと、セイバーガンダムの背部デザインとを折衷した様な印象を場にいた一同は受けたのだったが。

 

「〝三位一体〈トリニティ〉〟と言うからには……?」
その名から連想される事を表情で問いかけるミヘッシャに、その通りですと言う意味合いで頷きを返すデュランダル。
「フォースシルエットの機動性に、ソードシルエットの近接戦攻撃力とブラストシルエットの大火力をも併せ持たせた統合型兵装として計画された新シルエットの、その試作零号ユニットです」

 

(――!?)
そう聞いて、軽い驚きの表情を浮かべたのはアスランとジェスの二人だった。
それぞれに思い当たる追加武装モジュールの存在があったからだが、それをあっさりと肯定するコートニーの声がした。
「つまり、ザフト版のI.W.S.Pの様なものだと言う事になるか」
余談にはなるが、そう言うコートニー自身が敵手としてそのストライカーパックを運用する地球軍の特殊部隊MSとの遭遇戦の経験を、このシルエットシステム版の統合型兵装の開発に反映させてもいたと言う裏事情も存在するわけなのだが。

 

と言う事は、このトリニティシルエットもいずれミネルバにと配備となるのだなと頷きつつ、一同はその視線を今度は右手側の機体にと転じる。

 

ある意味ではこちらの機体の方がより興味深いものだったとも言えなくもないが、こうして間近でまじまじと見てみるとやはり、間違いなくこの機体は〝あのカオス(ガンダム)〟と基本的に同様のものだった
――細かな相違点を挙げるとすれば、頭部形状の一部(セイバーガンダムと同型の真っ直ぐ伸びた頭部アンテナと、ザフトの手元に残されたセイバー及びインパルスの両ガンダムと同様の、口吻を思わせる頭部正面下部の横二本スリット)。
そして、最大の特徴とも見える胸部コクピットハッチ上部に備え付けられた固定式大型砲の砲口と言う、カオスガンダムには本来存在しなかった武装が追加されている事ぐらいだろうか。
それ以外では、その両マニピュレータの先端部にも大ぶりのボクサーグローブを連想させる様な物体が取り付けられてもいるのも覗えたが。

 

よく見ると、自然と機体からの延長軸線上に立っている格好である辺りから、トリニティインパルスガンダムはコートニー、ダブルカオスガンダムの方がリーカと言う搭乗割の様だった。

 

一同が、一通り観察の時間を無駄にしなかった事を確認するように微笑みを浮かべながら、デュランダルが解説の方を再開する。
「どちらもつい先頃、軍事工廠からロールアウトしたばかりの機体の試運用を兼ねた初任務として、今回の地球訪問の護衛に就いて貰ったわけですが。
今は戦時ですからね。そんな不手際への追求もそこそこに、最優先でこれらの追加建造はあっさりと承認されました」

 

それだけではなく……と、デュランダルはハイネの方を見やって言った。
「ハイネ。君がガルナハン戦以降の実戦で挙げてくれた運用実績が認められ、その成果を盛り込んだ格好でグフイグナイテッドも正式に量産化が決定したよ」
それは光栄です。とでも言う様に、ハイネは笑みの表情を浮かべて無言で一礼する。

 

「もちろんMSだけでなくその母艦となる艦艇や、それらが搭載する火砲やミサイルの類の生産も、続々と行われ続けています。生産ラインは不眠不休で要求に追われていて、それでもなお追いつかない程だ。
予備役化でモスボールされていたジンやゲイツの、同盟国軍やザフトがその立ち上げを支援している各友好地域・勢力の自衛組織向け供与の為の復旧、及び改修作業等も並行して行われていますしね。
いや、何も兵器だけに限った話ではないですな。我々が解放した各地域に、当面の支援として供与される食料や医薬品、産業用機械類と言った様々な物資や人的支援についてもそうですが」
「…………」
デュランダルの話は続いていたが、シン達はその話がどこにどう繋がるのがよく判らずに戸惑いを覚えていた。
だが、それもデュランダルの次の一言を聞くまでの事であった。

 

「戦争と言うものは、結局は大いなる破壊活動の繰り返しと言う事になる。消耗と生産の、それも異常に速いサイクルを形成する兵器類全般については言うまでもなく、それらが振りまく破壊もまたそうだね。
戦争が終わったら終わったで、その爪痕からの復興の為の活動が自然と付いて来る事にもなるわけだし。
どうだろう、そういった今のこれらの状況の全容を、仮に一つの〝経済活動〟として捉えてみたとするならば? 
平時ではありえない程に効率良く、また脇目もふらずの好景気だと言えるとは思わないかね?」
皆にも聞かせているのには変わりは無いながら、シンの方を見やってそう言う事で、特に自分に向かってそう問いかけて来たデュランダルの言葉に、シンは衝撃を覚えた。
「経済活動」――そんな括りで〝戦争〟と言うものを捉えると言う発想は彼の思考の範疇外であったからだが。
しかし、その当事者も当事者(の内の一人)と言ってもよいだろうデュランダル議長自身の口からそう尋ねられてみると、これまでハサウェイ達から聞かされていた言葉も腑に落ちると言う処も確かにあったのだった。

 

戦争は政治に、政治は経済に、それぞれ従属するものだと言う原則を教えてくれていたマフティー側から、レクチャーされた話の内容を今、シン達は実感させられている処だった。

 

「議長、そんなお話……」
しかしそこでデュランダルをたしなめるかの様に、タリアがそう呟く。
高級将校格のフェイス達に対してならばともかく、一介の若手将兵に聞かせるには途方もない話になり過ぎてはいませんか?
と言うのは、確かに常識的な配慮であるとは言えたかも知れない。

 

「いいえ、艦長。出来るならば私は、今議長がおっしゃって下さっているお話を全部聞きたいと思います」
だが、お言葉を返すようですみませんと言う態度はポーズで無しに示しつつも、けれどもそう言ってはっきりと意志を示したのは、それまではほとんどじっと聞きに回っていたメイリンだった。

 

「メイリン……」
タリアは驚いたように呟いた。
いつの間に、そんな風に言えるくらいに成長して〈大人になって〉いたのだろうか……と言う思いはしかし、その姉のルナマリアも、そしてああも〝問題児〟であった筈のシンまでもが
揃って共に同様の態度を見せているのを目の当たりにすれば、認める以外にない事だった。

 

そうなると言うの自体が、必ずしも幸せな事であるとは限らない。
しかし、戦争に従軍すると言う非常時の真っただ中――それもその最前線に身を投じねばならない立場の彼ら彼女らにとっては、あるいはそうである事が必要なのかも知れなかった。

 

そこまでを考えて、タリアは黙って頷いた。
彼女が預かる少年少女達の見せる確かな成長に目を細める様な、微かな微笑みを浮かべて。

 

自分達の艦長が見せてくれた大人――それも女性らしい気遣いには感謝しつつ、しかし同時に自分達の想いを察してもくれる度量にもやはり感謝する会釈を返すミネルバの若者達は、そうして再びその意識を議長の語る事へと向ける。

 

そんな関係をあたたかい目で見守っていたデュランダルも、それに応えて語りを再開した。
「つまりはだ、そんな状況を自らが利益を得るための〝ビジネスのチャンス〟だと、その様に捉える者から見れば、戦争はぜひともやって欲しい、そして出来るだけ大規模かつ広範囲に続いて欲しい。
そういう事だと言う理屈になるのでないだろうか? 何しろそうであってくれればくれるだけ、その分自分達は儲かるのだからね」

 

(ッ!)
デュランダルが指摘してみせた一つの現実は、シン達の心に激しい衝撃をもたらした。
今までは自ら明示的にそう言った視点と言うものは持つ事は無かったが。しかし言われてみれば、確かにそうかも知れないと言う風に頷かされざるを得ない様な話でもあった。

 

「……でも、それは……仕方がない事だと思います」
シンはやっとの思いで、絞り出すようにそう応える。
戦争なのですから……。
シンの言葉に同意を示す様に、ルナマリアとメイリンも頷いた。

 

やむを得ない事だと言うのは今しがたも、改めて確認させられざるを得なかった話なのに……。
それなのに、何故〝もう一度〟なのだろう?
シン達のみならず、アスランやハイネにタリアも、また見守る立場のジェス達も。
デュランダルの話の行方が一体どこに向かおうとしているのか? 皆目見当も付かずに――しかし何故だか引き込まれずにはいられなくなりながら聞いている。

 

〝一応は中立〟的な立場の第三国と言うものが、紛争当事国同士とは別に何故必要であるのか?(必要とされるのか?)
その理由の「表」のみならず「裏」面までもだが、マフティー側から教わっていた事がシン達若手3人にも、周りの年長者達に準じたそう言う反応をもたらす働きをしていたと言えるかも知れなかった。
しかし、それもデュランダルの続く言葉を聞くまでだった。

 

「確かにそうだ。戦争なのだから、それは仕方がない事だ……。だが……」
そこで一度言葉を切って、シンとホーク姉妹、そして一同を見渡してデュランダルはその続きを口にする。
「それで儲かるとなれば、残念ながら〝その逆〟も考えるものさ。人間は……」

 

「え?」
〝その逆〟と言うのは?
と、デュランダルが何を言いたいのか察して表情をこわばらせるアスランやタリア達の前で、漠然とした嫌な予感だけは抱いたままに問い返すシン。

 

デュランダルはそんな彼に、沈痛な表情で首を左右に振りながら答えを返した。
「つまり、それが自分達の利益を生み出す事になるのだから、戦争が無くなってしまったりしては逆に困る。
だから、そうならない様に逆に焚きつけて鎮火させずに、戦争の火種をより煽って大きくしてやればよい。それどころか、その理由が無ければ自分達でそれを作って投げ与えてやればよい。
その様に考えて、しかも実際にそれを行っている者達がいるのだよ。いつだって戦争の絶えた事のない〝この世界〟の、その裏側にはね……」

 

(!?)
デュランダルの口からその衝撃的な一言が飛び出すや、声にならない呻きが座を埋め尽くした。
この時ばかりは、マフティーの面々を除いた元よりのこの世界〈C.E.〉の住人達は揃って皆、一様にその表情をこわばらせる。

 

(戦争を……〝望んで〟いる? それも、自分が儲かるからって言う、ただそれだけの為に……!?)
そんな、表には見えないような一面の真実を薄々とは、言わば「肌でもって感じ」ていもしなくはない(この場合はアスランとレイをも含めた)〝大人達〟はともかく、シン達〝若者〟には、まさにそれは激しい衝撃であった。

 

「……確かに、前の大戦を実質的に主導していたブルーコスモスの当時の盟主、ムルタ・アズラエルは同時に大西洋連邦――地球連合の経済界の重鎮でもありましたものね……」
取材をする側でありながら、その形式を突然インタビュー型に切り替えたかの如くに、ベルナデット・ルルーがそう応えた。

 

「〝ビジネスとして〟の発想に手法でもって、コーディネーター(と言う人種)を絶滅させる~とか何とかうそぶいていた男だったんだよな? いや、全く慄然とするね」
上がったアズラエルの名に、軽蔑と冷笑と嫌悪感を隠さないそんな反応でもって返すイラム。
正直な個人的感想の発露であるのも確かだが、この場でそうして〝同じナチュラル〟の立場からそう言った手合いに対しての否定的ニュアンスを示してみせる事。
それ自体に意味が有ると言うものでもあったわけだが。

 

ルルーとイラムの呟きに、デュランダルはまとめて頷き返す。
「その通りです。前の大戦がそうであった様に、今のこの戦争の裏側にもそうやって自らの利益の為にそうなる事を望み、また誘導している彼ら――〝ロゴス〟が間違いなく絡んでいるでしょう。
何故なら、彼らロゴスこそがあのブルーコスモスのパトロンでもあるのですから」

 

「ロゴス……」
聞き慣れない単語に、カメラを構えたままジェスも思わず鸚鵡返しに呟いていた。

 

今もこの時にもそうである、無益で不毛な争いがかくも絶えずに続くその理由〈わけ〉は。
戦争を望まない多くの人々の声を無視する極一部の超過激派の行動がまかり通ってしまっているその背景には。
そんな〝死の商人たち〟の存在と暗躍がある?

 

余りの現実に、衝撃を受けた表情でただ絶句するシン達。
彼らまだ少年少女と言う方に近い年齢の者達はもちろんの事、アスランやハイネ、それどころかタリアにとってすら、それは同じであった。

 

ただの衝撃と言うのではなく、もっと不快な――肌が泡立つかの様な、生理的な嫌悪感みたいなものだと言うのが気分としては近いだろうか?
そうやって他人の生き血を搾って金を得る事に、何らの痛痒も感じない様な者達が存在する――とても〝同じ人間〟の所行だとは思えなかった。
人間が、同じ人間に対してそんな事が出来るのだとは、思いたくなかった。

「同じ人間」が……。
と言うその場の空気自体は、ナチュラルのジェスが加わっている事でより普遍的な意味での感覚的な意味合いを得ていたわけだが。

 

ただその中で、レイだけはどこか醒めた風に一人冷静でいると言う事にマフティーの面々は気付いていた。
――とは言っても、その〝冷静さ〟は無関心を意味するものではなく、むしろその真逆の悲しい諦観の様なものをうかがわせるものだったのだが……。

 

率直に言えば、あの歳でそんな表情を見せると言うのは、一体どれ程のものを背負っているのか?と、言う様な想いは自然と抱かされてしまう様なものであったわけだが、無論興味本位で尋ねる様な事はしない。
いずれ、彼が自分で話してくれる気になるのを待とうと、そう思うくらいには彼らもレイと言う少年の事を認め、また考えていたと言う事だ。

 

それもあって、彼らマフティーの面々だけはロゴスの存在を明かした議長の言葉に対する同様を見せもせずに受け止めて、そしてさもありなんと言う風に頷いていた。

 

このC.E.世界の者達から見れば、そんな事実を平然と受け止めてしまうと言うだけでも驚愕させられる様な事ではあるのだろうが、マフティーの面々がやって来たU.C.の世界の事を考えれば、達観にも見える様な彼らのそんな平然の受容も当然の帰結ではあっただろう。

 

彼らのフラッグマシンたるRX-105Ξガンダムには、そのテストタイプでもある兄弟機のRX-104FFペーネロペーと言うミノフスキー・システム搭載型MSが存在するのだが、
そのペーネロペーはマフティーの前に立ちはだかる敵、すなわち地球連邦軍のキルケー部隊の中核となるエース(正確にはまだその候補生だが)パイロット用の機体として配備されていた。

 

このC.E.世界へと迷い込む、その直前に発生したインドネシア・ハルマヘラ島沖での空中戦で初陣を迎えたハサウェイの駆るΞガンダムは、その兄弟機に対してひとまず完勝を収めていた――再戦の機会があるのかどうか?は最早判らなくなっていたけれども。

 

要は製造元〈メーカー〉であるアナハイム・エレクトロニクス社は、平然と敵対する両陣営の双方にそれぞれ機材を提供していると言う事だ。

 

複雑かつ急速な進化の一途を辿るMSの開発と生産、安定した運用担保力と言ったファクターの確保には、それに応えられるだけの能力と体力、資本力を持つアナハイム社の存在が必要不可欠なものとなっていた。
ハサウェイ達がまだ幼い頃に勃発したグリプス戦役によって基本形が出来上がったその構図は、その対象勢力の変遷こそはあれどもそれ以降ずっと続く様に固まっていたのである。

 

かつてのグリプス戦役時には、アナハイム社の会長メラニー・ヒュー・カーバイン自身もエゥーゴの側に立って、木製圏から帰還したジオン残党のアクシズとの政治的交渉に出座したと言う前歴もあるくらいだ。

 

巨大な軍産複合体〈コングロマリット〉たる存在無しには、戦争を――ひいては政治・経済の面においても同様なわけだが――行う事は最早、不可能となっていると言う現実があった。

 

同じ「反地球連邦組織」とは言っても、反主流派とは言え正規軍の中の将兵を基本的母体にしていたエゥーゴと、所詮はテロ組織には違いないマフティーとでは組織の性質自体が全く異なるわけだが(もちろん、その規模も比べようもない)。

 

大ぴっらにこそされるわけが無いとは言え、合法非合法を問わず相手が〝誰であれ〟注文には応じてくれるアナハイム社と言う存在は、その意味では確かに「死の商人」の非難は免れ得ない処ではあるだろう。
とは言え自分達マフティーもまた、自軍が運営する装備の調達に(敵である地球連邦軍と共に)〝顧客〟としてアナハイム社からの支援を得ずには戦えないのだ。

 

そう言う世界の有り様を、いいか悪いかの二元論とは別に現実として認めると言うのは、U.C.の世界のまっとうな大人ならば普通はまず誰でも身に付いている事なのだった。

 

そうであるからこそ、その場をC.E.と言う「別の世界」に移した処でその辺りの〝現実〟への認識や感覚はそのままであり、故に「別段驚く様な事ですか?」と言うのが
彼らU.C.世界からやって来た〈マフティーの〉面々からすればごく当たり前の話だったと言うわけだ。

 

しかし、そんな視点を持っている異世界人であるからこそ、逆に不思議に感じられるC.E.世界の現実と言うものもまた、在った。
デュランダルの語る、やはり戦火の絶えないこの世界のその〝構図〟と言うものを、様々な資料を分析して俯瞰視した時に見える「現実」と照らし合わせると、それが見えて来る。

 

「ただ、それだと逆に判らなくなってしまう事もあるのではありませんか?」
そう尋ね返したイラムに、デュランダルのみならず他のC.E.世界の住人達一同の注目が集中した。

 

興味深げな表情を作って先を促すデュランダルに向かって、イラムは彼ら異世界人ならではの感覚に基づいての疑問をぶつけ始める。
「戦争の裏に、その「ロゴス」とやらが暗躍していると言うのは、確かにあり得る話でしょう。しかしそうすると、あと一歩で人類絶滅の瀬戸際までも行ってしまっていた前大戦最終盤の状況は?と言う、そこを逆に説明できなくもなるのでは?」

 

「もちろん道義的な部分での話はまた別ですが、〝利益を目的に戦争をコントロールしている〟のであるならば――イラムの言う通り、あの様な終末的な状況が生まれると言う処までは、逆に行き得ない筈ですね?」
そう言うハサウェイの同調する頷きを得て、イラムも更に続けた。
「古代支那の故事にも『狡兎死して、良狗煮らるる』と言うのがある様に、〝敵〟と言うその対象が存在し続けてくれなければ、逆説的にですが、戦争をし続ける事も出来ないのですから」

 

(!?)
イラムとハサウェイからのその指摘に、デュランダルを除いたC.E.世界の住人の面々は揃ってハッとさせられる。

 

基本的に戦争とは、損得――限られた利権のパイの奪い合い――の産物であるからこそ、幾ら自らが損はしたくはないとは言え、だからと言って死んでしまってはそれこそ一番の丸損だと言う事で
そうなる〈死ぬ〉前に適度な処で手を打って止めておこうと言う判断も出て来るわけだし、逆説的な皮肉でもあろうがそれが〝抑止力〟の作用をする筈なのだ――本来ならば。

 

だが、確かに今のC.E.〈この世界〉の現状はと言えば、地球連合――より正確に言えばその影の中にいるブルーコスモス、ひいてはロゴス達は二年前に果たせなかった
プラント――コーディネーター殲滅の為の戦争を再び開始し、戦況がそれを容易に許さない中においても虎視眈々とそれを狙い続けていると言う状況であった。

 

「良いコーディネーターは、死んだコーディネーターだけだ!」
などと言う怖気を覚える様な論理を、何の疑問も抱かずに平然と実行出来てしまえる様な手合いが相手では、はじめから妥協や講和の余地は生まれようもあるまい。

 

そうやって逃げ場もなしに相手を追い詰めれば、まさに捨て鉢の窮鼠と化さしめさせるのは当然の帰結だ。

 

確かに多大な批判の対象であり、否定的に見るしかない故パトリック・ザラではあるが、彼をはじめとする当時のプラント強硬派にジェネシスを撃たせる処まで追い込んだのは、核を使った地球連合軍――ブルーコスモスの側であるのは紛れもない事実である。

 

際どい処ではあったし、戦況次第ではどう転んだか判らない部分も無論あるとは言え、現実としてはそんなパトリックであっても
自らの側の最終兵器について「先制不使用」の原則だけは少なくとも守ってはいた事になると言う結果(的事実)の、現実の政治的な意味合いでのアドバンテージは大きいと、そう見ているマフティー側だった。

 

あくまでも、あくまでも仮定の話ではあるが、考察として当時の地球軍――ブルーコスモスの側に立って、本気でプラントの壊滅を目論んでみたとしてもだ。
ハサウェイやイラム達マフティーの面々から見れば、当時のブルーコスモス盟主〈戦争指導者〉ムルタ・アズラエルらはまさに〝愚物〟としか言いようがなかった。

 

「核ミサイル〈決戦兵器〉」と言えるその名の意味する通り、やるならばそれは一気呵成に用い、まさにその一撃のみをもって事を決するべき代物である筈だ。
でありながら、アズラエル達は防衛宇宙要塞ボアズと言う露払いの撃滅に早々とそれを使用して見せ、結果それがパトリックらを窮鼠となからしめ、プラント側の最終兵器〈ジェネシス〉の使用を呼び込む事態にとなったのだから。

 

かつて自分達の側からの先制核攻撃によって、プラント側にニュートロンジャマーを使わせると言う状況を呼び起こしたと言う事実から、一体何を学んでいたのか?
と、思わずそう言いたくもなる様な話であろう。

 

〝過激すぎる手段を用いて〟こそいながら、それは徹底には程遠い中途半端なものでしかなく、それでもって決定的には事態を決められず(また決めようともせず)、その結果自らの側にも手ひどいしっぺ返しを喰らわされている
――それも一度ならばいざしらず、二度までも全く同じ轍を踏んでいるなど、学習機能が無いと酷評されてもむべなるかなと言う話ではないか。

もっとも、同じ轍を一度ならず二度までも~と言うのを言うならば、今回の戦争の開戦当初にも再び核ミサイル攻撃隊のプラント接近を許してしまったザフト――
コーディネーター達の側もまた、「〝他人〟の事は言えない」と言う話にもなってしまうわけだが……。

 

そんな事実自体が、コーディネーターが本当の意味で優越している存在であるなどと言う、プロパガンダであり、またコーディネーター達が縋りたがる心地よい願望のその否定ともなる。
そしてその様な甘い幻想などは端から欠片も抱いてなどいないからこそ、デュランダルはニュートロンスタンピーダーと言う防衛システム〈現実的対策〉を早々に準備していたと言う事だ。

 

政治家として、それ程までに(まっとうな意味合いで)醒めていられる人物であればこそ、マフティー側も自分達が紛れ込んでしまったこの世界で、真に手を握るに足る相手として認め得た理由だと言えたし、
逆にそうであるからこそ、ブルーコスモス思想と言うものにまみれて正常な思考が出来なくなっている〝指導者〟連中への評価と言うものもまた、必然辛辣になる。

 

何故、封印を解かれた核と言う「決定的な切り札」を手にしていながら、一撃で決める事をしなかったのだろうか?
自分達にしてみれば当然のそんな疑問を分析してみたマフティーの面々が導き出した結論は、当の彼ら自身にげんなりした気分をもたらすものだった。

 

要は、最終的に根絶やしにすると言うゴールこそは同じとしても、これまで不遜にも散々手こずらせてくれた分も、その前に逃げ場のない状況下での迫り来る恐怖をたっぷりと味わわせてやる!
と言う様な、嗜虐の感情を充足させるのを優先させたわけだ。

 

そして、そうやって相手を〝対等な存在〟として見ない(見ようとしないし、そもそもそれ自体が絶対に出来ない)のだから、
それでは相手の出方はどうであろうか?と言う可能性を予測する事だとて、まともには出来なくなるだけなのは必然の話となる。

 

その要素が全く無かったと言うわけではないにしても、試し撃ちだなんだのもっともらしい理屈などは、所詮は後付けの成分〈口実〉にしか過ぎまい。
心理分析の手法でもって迫ってみれば、アズラエルと言う男は幼児的卑小さを小賢しい理屈で糊塗しているだけの小人に過ぎなかった。

 

「もっとも、相手がそんな〝大愚か者〟でなければ、アスランとシン、ジェス・リブルくん辺りを除いた今日この場にいる面々とは、今こうしている事自体も出来なくなっていたのだとも言えるが……」
ハサウェイは皮肉な笑顔で言う。

 

「しかし、コーディネーター、ナチュラルの別を問わず、そんな愚物どもの身勝手に付き合わされて死ななくても良かった筈の命を失わさせられる幾多の人々の方こそ、いい面の皮だろう」
淡々と語るハサウェイの、しかしその静かな口調の中にやるせない憤りが込められていた。

 

部外者〈異世界人〉であればこそ、彼らはこの世界に根深く巣くっているナチュラルとコーディネーターの対立と言うものに対して超然たる態度と、是々非々の客観視でいられる立場ではあった。

 

そうした立場から、ガルナハンの人々の様な大多数のナチュラルの庶民の側の視点でもって見た時に、そんなナチュラル〈彼ら〉自身により多くの害をもたらしているのはコーディネーターではなく、同じナチュラルの一部連中なのだと言う皮肉は明白な事実だと言えた。

 

何故わざわざ「寝た子を起こす」様な真似をする必要があるのか?
初めからプラントと言う寄る辺以外にはどこにも行き場を持たない人間集団に向かって、根絶以外の選択肢を突き付けずに追い詰め、死にものぐるいの反撃に出させる様な明白な「下策」を採るのか?

 

その結果喰らったしっぺ返しの大損害の責任は、本質的に相手に対してではなく、それを仕掛けた者達自身の側にこそ帰せられるものであろう。

 

「もっとも、アズラエル辺りが生き延びていたとしても、絶対にそうして自らの側の非〈ミス〉など認めはしないだろうがね」
見透かした様に冷笑〈わら〉うイラム。

 

とにかく自分は絶対的に正しいのだ!
と、そう何の疑いもなく自己肥大を続けられる様な手合いから見ればバーターで、であるならば悪いのは全て他者〈相手〉だと言う論理になるのは自明の理なのだから。

もちろん一番悪いのは宇宙の化け物〈コーディネーター〉どもだが、そんな奴ら相手の「聖戦」の意義を理解せず協力しようとしないオーブ(ウズミ政権)の様な者達も、
また、そんな連中相手の殲滅と言う正義の遂行を躊躇し、また戦術だなんだと言っては疑義を呈する様な〝無能な軍人〟たちも、
「正義の使徒」たる自分を等しく苛立たせる様な存在〈愚民ども〉でしかない!

 

「――そんな論理で、動いているわけだろう?」
嘆息気味に言うイラムの言葉に、とりわけシンとアスランの二人はうつむいて、ギリッと奥歯を噛みしめさせられていた。

 

その二人の様な当事者と接していると言う点も、無論マフティー側の認識への影響を与えているのも事実だった。
その観点のみで見ても、自らの強大な権力〈ちから〉を、それには不釣り合いすぎる卑小な人格でもって弄ぶ「黒幕」どもに駄目出しをするのに足りると言う、そんな想いを抱かされる。

 

少しぐらい小知恵が回るからと言って、何だと言うのか?
軍人〈専門家〉でも無いくせに最前線に自ら仕切りにしゃしゃり出て行って、いい様にかき回すだけかき回して味方の余計な被害も増大させ、そのあげくに自らも〝戦死〟している~などとと言う時点で、その程度が知れると言うものだ。

 

しかし現実には今なお、この世界の道行きはそんな者達の手にと握られている。
宗教的狂信と同質の衝動的かつ排他的原理だけでもって、コズミック・イラの世界は現在〈いま〉この瞬間も動いているのであった。

 

「本当に、何故そこまで出来るんだ?」
ユニバーサル・センチュリーの世界とは余りにもかけ離れた感覚――一言で言うならば、〝幼稚〟だと言ってしまっても過言ではあるまい――でもって動いている「この世界」の現実と言うものに接して。
ハサウェイ達が暗澹たる気分でもってそう思わされるのも当然の帰結だと言えよう。

 

ハサウェイ達はハサウェイ達で、その意味合いや深さこそは違ってもやはり「C.E.〈この世界〉」の現実と言うものの、その余りの酷さには眩暈を覚えさせられそうな程であった。

 

そして、あっさりとそこまでも見切ってしまっているハサウェイ達と言う存在を見て。
そんな彼らを相手にこうして公式に迎える場を用意していたデュランダルもまた、彼らのその疑問への解答を明かす決意を改めてもう一度、確かなものにさせられていたのだった。

 

今の〝この世界〟に取っては、爆弾にも等しい「裏の真実」を……。

 
 

「ジェス・リブルくん……」
その始まりは、ハサウェイ達マフティー側に対してのダイレクトな反応ではなく、カメラを向けて記録しているジャーナリスト二人への呼びかけからだった。

 

(ここから先はオフレコで~と言う事ですかしら?)
ある意味当然かも知れない反応を、表情でもって返して寄越すルルーに向けて、デュランダルはゆっくりと首を振る。

 

「いいや、そう言う約束で君達にはここに居てもらっているのだ。これから私が語る話も無論の事、きちんと記録してくれたまえ」
微笑を浮かべながらそう言うデュランダルであったが、
「ただ……」
と、その表情を真顔に改めて、続けた。

 

「この話は衝撃〈影響力〉が大きすぎる代物であるが故に、今はまだ無条件には公には出来ない類のものであると言う事は、恐らく納得して貰える筈だと思う」
淡々とそう言うデュランダルの静かな言葉には、しかし途方もない重量感が同時に伴っていて。
ジェスもルルーも、だけでなくザフトの全員に、更にはミヘッシャまでもが思わずごくりと生唾を呑まされる程だった。

 

そんな一同の注目を浴びながら再びデュランダルが口を開き、隠された〝この世界の真実〟を語り始める。

 

「この物言い自体、好きではないのですが、ここではあえてそれを用います。
ナチュラルであるハサウェイ総帥以下マフティーの方々から、そうして「何故?」と言う問いが上がって来ると言う事。
それ自体がこの世界にとっては重大な意味を持っているのだと言う事にもなる筈だからです」

 

実際には異世界人であればこそ、先入観に囚われる事無しに客観的に俯瞰して導き出されたものではあるのだが、
そこを伏せれば確かに〝同じナチュラル〟の側から、今のこの世界の有り様に対しての疑念が提示されていると言う格好になっているわけであり、
それ故にこそ政治的にも重要な意義が生まれて来ると言う話になるのは、これまでのやり取りを通してシンであっても概略的には頷ける話でもあった。

 

「ハサウェイ総帥」
そう呼びかけるデュランダル。
それに応えてハサウェイが頷くのを確かめて、デュランダルはその目を見据えながら語り出した。

 

「あなた方「マフティー」から改めて示された、今のこの世界の有り様への疑問はもっともな事であると思います。
その答えを明らかにするには、そんな今のこの世界――と言うよりも我々プラントの……いえ、私達コーディネーターと言う存在の、そもそもの成り立ちについての真実から語らねばなりますまい」

 

「………………」
いささか意外な話になったと言う様な想いも抱かされつつ、揃って身を乗り出して聞くと言う様な雰囲気を見せる一同。
ハサウェイ達、異世界人〈マフティー〉の面々は純粋に興味深そうにしているが、逆に元よりのこの世界の住人達の方は、揃って漠然とした不安感の様なものを覚えてもいたのだったが。

 

「現代の人種分類としての〝コーディネーター〟の、その呼称〈名〉の由来はご存じですね?」
あえて選んで向けられたデュランダルからのその問いに、頷いて応えるミヘッシャ。
「はい。与えられたその優れた資質をもって、人々の間の調停者たるべく〝造られた〟人類。その願いを込めてその名が付けられたと言う事ですよね?」

 

即答できるくらいに、この世界の事をしっかり頭に入れているミヘッシャの反応に、満足げに頷くデュランダル。
その流布されている話こそが、彼がこれから皆に開陳しようとしている裏面の真実の話へと繋げる呼び水とするその為の、満点解答であったからだ。

 

「その通りです。我々コーディネーターとは、そう言う存在として生み出された者であると言われています。
しかし、それを聞いて何となく引っかかる様なものを感じた事はありませんか?」
ミヘッシャの言葉に頷いて、その上でデュランダルは更にそんな問いを新たに投げて見せた。

 

「人々の間の調停者」としてある為に……――果たして、〝何を調停する〟と言うのでしょうか?」
と、そうしてデュランダルの口から出て来た疑問に対して、それぞれ考え込む表情になる一同に向け、彼は更に別な真実をも開陳する。

 

「もう一つ、こんな真実をご存じでしょうか? ザラ家やクライン家に代表される様な、元来のプラント社会の指導者階層を構成していた人々の、そのほとんど全てはロゴス
――すなわち地球連合の裏側で真の実権を握っている存在の成員達の多くと、血縁的には近しく繋がっているのだと言う事実を」
(ッ!?)
彼がそう呟いたその瞬間、文字通りの声にならないどよめきが、座を埋め尽くした。

 

プラント――コーディネーターと言う存在の殲滅を実行する、その為の手段としての戦争であるが故に、「終末的な状況」さえ呼び起こす様な格好で進められている戦火の中にありながら
それでも交渉や情報交換のチャンネル自体は、非公式かつ限定的ながらも維持され続けているのも、そう言う水面下の繋がりがあればこそだったりもするわけだが。

 

しかし、そうしたデュランダルが今ここで明らかにした一つの〝真実〟にと接した時、ようやくこれまでの前振りとして俎上にと挙げられて来た一見バラバラな話の様にも感じられていた全ての要素が、一つの流れの上にピタリと符合した!
と言う風に想い当たれる感じとなっていたからだ。

 

もっとも、そんな整合性を感じたと言う事は決して楽しいものではありえなく、むしろ激しくショッキングな代物でさえあった。
――それこそ、この場にいるコーディネーターの面々にとっては。

 

「議長……まさか…………?」
さしものタリアの、そう尋ねる声が震えを隠し切れていなかった。

 

それを真正面から受け止めて、デュランダルは心底やるせない表情で頷きを返す。
「残念ながらその通りなのだよ、グラディス艦長。
我々コーディーネーターと言う存在が生み出されたそもそもの理由とは、ロゴスと呼ばれる者達の〝欲求〟に基づくものなのだ」

 

「ッ!」
湧き上がった一同の声無きどよめきの大きさは、先程の比ではなかった。
座について居る者達は無論のこと、離れて立ちながら見守っているサラやコートニーにリーカ、さらにはマディガンまでもが渋面を浮かべている。

 

当然だと言えるそんな皆の反応を見ながら、デュランダルは更に知られざる真実を語り続けて行く。
――そもそもコーディーネーターとは、ロゴスがその存在を求めたデザイナー・チャイルドとして、彼らの子女の内から造り出された者達であった。

 

既に長き年月に渡って、ロゴス〈彼ら〉は自分達の手にする権益を確保し、かつ拡大させ続けられるだけの強固な経済的――ひいてはそれに基づいての政治的、軍事的な部分までをも含めての――支配の体制を確立していたわけだが
あたかも泳ぎ続ける事を止められない回遊魚の如く、人間〈ひと〉の欲望と言うものにも残念ながら終わりは無い。

 

「『金持ち喧嘩せず』と言う言葉があるが、九分九厘それは実際には逆説と言うものだろうね。
人間は誰しも、一度手にしたものは手放したくなくなるものだし、ましてやそれを他人の手に渡す――取られる事などもっての他だと、そう思うものさ」
それが、古代から今現在に至るまで何一つ変わらない〝人間の本質〟なのだから……。

 

デュランダルの言葉に頷くハサウェイ達。
ただしそれは諦観混じりの斜視の態度に向かってのものではなく、あくまでそんな現実に向き合いながら事を為して行こうと言う意志の現れであるに過ぎないわけだが。

 

しかし、デュランダルが今開陳しているコーディーネーターと言う存在の始まりに関しての隠された真実もまた、そんな人間の本質に根ざしたものであるのだった。

 

「地位も財産も、更には名声をも手にしてそれで、そこで人は満足するだろうか?
――中にはいるかも知れない。ごくごく稀な例ではあるかも知れないが、『満ち足りると言う事を知る』人は幸福なのであろうし、その様な人物こそが本当の意味での〝智者〟と言うべき人なのだろう。
だが、現実にはそれが出来る人と言うのは普通はまず存在し得まい。何故ならば、それは――無論、皮肉な意味合いでの話だが――〝人間の本質に背く〟と言う事であるわけだから。
だから、我々コーディーネーターと言う存在が求められたのだ。
現在〈いま〉全てを手にしている者達が、明日も……そして願わくば未来永劫にそれを確保し続けるその為に」

 

古来より、権力者が洋の東西を問わず追い求めた見果てぬ夢の究極は、等しく不老不死と言うものであったわけだが、
コーディーネーターを造り出す技術と言うものは、その夢の一つの亜種形(の同類)だと考えてよかろう。

 

いわば財力と権力と言うものを独り占めにして放さない「勝ち組」の立場の者達が、自分達の仲間内だけ――所謂〝貴種〈青い血〉〟と言うやつだ――を文字通りの、身体的にも知能的にも超人的に高い「新種の人類」と成す事で、
未来永劫、その他大勢〈賤民ども〉による「下克上」などと言う状況が絶対に起こり得ない様な形へと、「世界の構造」そのものを変えようと目論んだ。

 

これが、コーディーネーターと言う存在が〝欲された〟真の理由なのだった。

 
 

「………………」
重苦しい沈黙が場を支配していた。
デュランダルが予言してみせた通りだった。
とりわけ、この場に居る面子の多数を占めるコーディーネーター達には、その事実は余りにも衝撃に過ぎる話であった。

この場にいるコーディーネーター達は皆、ナチュラルに対しての優越感覚に根ざした偏見などからは自由な者達揃いではあったが、そんな彼ら彼女らであっても
コーディーネーターであると言う、言わば自身のアイデンティティに関わる根幹の部分を揺さぶられる、そう言う事実に晒されていたと言う事であるわけだから。

 

「で、でも……っ! お、自分の家なんかは別に……」
あからさまに現れている声の震えをそのままに、喘ぐ様にしてどうにかそう疑問を返すシン。

 

議長がそう言う風に語る以上は、それなりに正しい話ではあるのだろうなとは思いつつも、オーブに暮らしていた自分達一家はそんな世界などとは一切関わりのない、ごくありふれた一庶民に過ぎなかった筈だと。

 

「ああ、もちろん君の言う事もその通りだろう。アスカ君」
しかし、デュランダルはそう拍子抜けするくらいにあっさりと、シンの反論に対して肯定の頷きを返した。

 

「人間の生命に関わる事に対してこういう言い方をするのには些かはばかりも覚えはするが、遺伝子操作などの生命工学とて「技術」の一つである以上は、その発展と一般化の程度に応じてやはり段階的に〝普及〟はして行くものだ」
それは判るね?
表情でそう問われ、シンも納得して頷く。

 

「さほど遠くはない歴史上の過去の一時期には、そうして我が子を簡単にコーディーネーターにすると言う選択が「流行」した時代もあった。
現在、第二世代と呼ばれるコーディーネーター達の親の世代は皆、その時代の子供達だ」

 

「とは言っても、そんなコーディーネーター同士の間においてもまた、〝格差〟と言うものが存在しなかったわけが無い。違いますか?」
そこでイラムから挟まれた問いかけに、ご明察ですと頷くデュランダル。

 

遺伝子に手を加える、その度合いが大きければ大きい程、それに見合って技術的な難度も相対的に上昇し、その分だけ費用と言うものも要する筈であるのは自明の理。

 

コーディーネーターとして、遺伝子操作による人為的な先天性高資質の付与を行った子供のその〝強化〟の程度にも、人為的なものなればこその――
例えるならば、公共の乗り物で言う処のファースト、ビジネス、エコノミーの各クラス別が存在するが如き、「元々の格差」と言うものが有ると言う事だ。

 

コーディーネーターを造り出す技術そのものが「一般化した」とは言え、それを行うにもやはりある程度の元手〈経済的余力〉と言うものが求められると言う点には変わりは無い。
今現在で存在する――いや、この場合には既に鬼籍に入っている、かつて存在していた者達も含めて考えるべきだろうが――コーディーネーター達の、遺伝子的出身分布を見てみればそれは明白であろう。

 

コーディーネーターの内のその圧倒的大多数の出身母体は、地球連合を構成しているプラントの旧理事国(=宗主国)でもある大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国の3ヵ国と、
スカンジナビア王国やオーブ連合首長国と言った、所謂「先進国」として数えられる国々ばかりであった。

 

それらの国々や地域においては、元よりの経済的余力が高いが故に、一般庶民においても我が子をコーディーネーターとする事の敷居は低かったのに対して、
その他の発展途上地域においてはコーディーネート化を試みると言う事自体が、上層階級の者にのみ手が届く高嶺の花であったのだ。
なればこそ、そう言った地域を出身母体に持っているコーディーネーターが、絶対数において少数派であるのも当然の帰結だと言える。

 

またそうして見れば、「前大戦の構図」と言うものにも別の見方が生じても来るだろう。
地球と宇宙、ナチュラルとコーディーネーターの対決の構図ではあっても要は、「本質的には地球連合の内ゲバ」だと言うのが、前大戦も今次の戦争でも変わらない基本的構造なのだった。

 

その前大戦においては、コーディーネーターの優秀さを地球連合〈ナチュラル〉に見せつけつつ、同時にノブレス・オブリージュと言うものを体現する事によりプラント国内の戦意高揚にも寄与させると言うプロパガンダの意味合いも込めて
アスランの様なプラントの指導者階層の若き子弟達で構成された、赤服を纏うエリート部隊としてクルーゼ隊などが華々しい武勲を挙げていたわけだが、
見方によってはそんな彼ら〈エリート達〉の活躍も、もともと特に優れた下地を与えられて生まれてきているのだから、ある意味当たり前の話ではないか?と、言われてしまい得る様な部分も存在してしまうだろう。

 

「ああ、すまない。アスラン」
しかし、どうか気を悪くしないで貰いたいと、そう言ってからすぐに詫びも口にするデュランダルであった。

「無論、だからと言ってその下地を伸ばす為にはまっとうな努力が必要なのは言うまでもない事だし、その意味で、君やイザーク・ジュール君、ディアッカ・エルスマン君の様な前大戦を生き延びた猛者達は、ただ才能に無為にあぐらをかいている様な人物ではありえない」
言い繕いではなしにそうも言うデュランダルの言葉もまた、確かに本心からのものだろう。

 

確かにこれも、言葉尻だけを捉えれば際どい発言でもあったが、これまでのやり取りをちゃんと見て来たこの場にいる一同には、そんなデュランダルの想いを疑う必要はなかったのだ。

 

何より、当のアスラン本人がそう言う一面が成り立つと言う事を、さもありなんと素直に納得していた。
――この時彼は、デュランダルの語りから自然と、そんなコーディーネーターと言う存在の〝その究極形として造られた〟と言う運命を背負わされた存在である親友〈キラ〉の事を、自然と連想させられていたからだ。

 

そんな自ら望んだわけでもない筈の宿命を生まれながらに背負わされ、その現実に傷付き苦悩していた友人の姿は、
まるで自分達コーディーネーターと言う存在そのものに付随する、様々な軋轢の極みまでをも象徴しているかの様にすら思える、そんな時さえもあったから。

 

デュランダルが語った裏面の真実を具象化した様な存在であるキラ・ヤマトと言う人間を間近に見ている彼なればこそ、あるいは誰よりもデュランダルがそれを語っている時の言外の苦渋の想いまでをもアスランは感じ取っていたと言えるかも知れなかった。

 

そしてそんなアスランのこの時の状況と言うのは――無論の事、彼自身にはまだ知る由も無い話ではあったけれども、
全てを知る神の視座で見たならば、そのキラと言う存在を挟んで、文字通りにデュランダルとは線対称の相似形を描く立場にあったのだと言えた。

 

マフティーの面々は気付いていた、そんな周囲の人々〈コーディーネーター達〉の反応の中を、レイだけは一人超然として見ていられるその所以でもある事実――
彼、そして今は亡きラウ・ル・クルーゼらの〝兄弟〟と呼べる存在達、コーディーネーターと言う人々のその裏の存在に当たるクローン人間としてこの世に生を受けたと言うその現実から。

 

デュランダルが語るこの世界の秘められた真実と言うものを、我が身をもって実感させられる続ける生を送る運命を背負わされているが故に。
レイはそれを誰よりも強く信じられる立場であったし、そんな「彼ら」の運命をただ見守り続ける事しか出来ない立場のデュランダルにとっても、我が身に重ね合わせての現実の無情さにと共に向き合う間柄でもあった。
――それが、余人には容易に伺い知れない彼らの関係なのだった。

 

「ともあれ、遺伝子操作〈コーディーネート〉技術の一般化そのものと、格差の維持と言う要素は矛盾しないと言う事は納得して貰えただろうか?」
「は、はい!」
理解が行って納得した表情で頷くシン達に頷き返して、デュランダルはいささか横道に逸れた――無論、それはむしろ有意義なものだったわけだが――話を元に戻す。

 

「もちろん言うまでも無い事だが、幾ら先進国においてはコーディーネーターを造り出す技術が普及化していたとは言え、
ファーストクラスとでも言うべき最高レベルの度合いの強化操作はロゴスの者達が自分達の子女にのみ施すものとしてほぼ独占していたわけだがね。
そして、その成果は想像以上のものだった――少なくともその時点では判らない長期的な視点で見た場合に現れてくるコーディーネーターの問題点はまだ誰にも判らなかったと言う意味で、メリットしか見当たらない大成功だと。
こうして文字通りの「貴種」にと、自らを高める途を開いた自分達の栄華はこれで永遠にも等しくなった!と言う様に、当時はまるで薔薇色の夢が実現したかの如くに見なされていたのだ……」

 

「しかしそこにこそ、彼らにとっても予想外の〝最大の誤算〟が潜んでいた?」
導き出された予想を口にするハサウェイに、デュランダルは頷いた。

 

「その通りです。コーディーネーターと言う〝新しい超人類〟を造り出すと言う試みは確かに成功した。
しかし、そうして遺伝子操作を為された子供達は彼らの内の中でも比較的少数の一部でしかなかった――兄弟姉妹や、同年代達の親族達の内の一人だけを~と言う具合にですね」

 

「成程。確かに当然の判断ではあるでしょうね。まだまだ実験段階的な部分も色濃く残る技術を導入する以上は、そうするのが〝保険〟でもあるし、
同時にそれでナチュラルのままの子とコーディーネーターにした子とでの間で、実際の〝比較〟も行えると言うわけだ」
納得の声で頷くイラム。

デュランダルは、理解が早くて助かりますとでも言う様な軽い微笑で応じて続ける。
「それで問題がなければ、いずれ彼らは自らの子孫全員をコーディーネーターと言う〝貴種〟へと進めた事でしょう。
しかし、そうはならなかった。そんな動きへの激しい反動は、皮肉にも当の彼らの間の中から吹き上がって来たのです」

 

(それが、ブルーコスモスの始まりと言う事……?)
衝撃的なのには間違いないが、最初は途方もない話だと思わされもしたデュランダルが語る今のこの世界の真実に関わる話が、徐々に今の自分達の処にまで降りて来つつある様に感じられ出して。
圧倒されていたシンやホーク姉妹も、いよいよ聞く意識を強めさせられる程に引き込まれていた。

 

「コーディーネーターとして生まれさせられた一部の子供達が、ナチュラルのままであるその他の子供達よりも比較にならない程に優秀であると言う事実が明らかになるにつれ、当初は予想だにされていなかった空気が彼らの間を覆って行き始めたのですね」

 

「皮肉な事に、勝ち組たり続けんと欲するそんな彼らの間に内部にも、コーディーネーターとナチュラルと言う厳然たる「格差」が生じてしまったと言うわけですか……」
肩をすくめる様な仕草を伴ってイラムがそう呟く。

 

「全員が――とは流石に言わずとも、大多数がそこで一気にコーディーネーターとされていたのであれば、あるいはそう言う流れも逆に抑えられたのかも知れませんが。
しかし実際には、そうしてナチュラルのままの子女を圧倒するコーディーネーターとされた子女達の数は絶対的に少なかった」

 

自らを「大多数の庶民〈一般大衆〉の上に立つ者である」とすると言う意識を、当たり前のものとして生まれ育った者達からしてみれば。
そんな自身が太刀打ち出来ない様な存在と間近に接するなどと言う現実は、文字通りに自らのアイデンティティを揺るがす脅威であった。

 

しかも、それが本物の天才や秀才と言う様な、自然〈ナチュラル〉の天賦の才を持つ者達に対してであるのならばまだ我慢も出来ようが、
そうして自分達を〝見下ろす(能力的な意味合いで)連中〟と言うのは、遺伝子を弄る事で――つまり、言うなれば生得の素養の部分においてのドーピングとでも言うべき初めからのズルをして、それで自分達の上に来ている「汚い連中」だ!
と言った類の意識を持つ様になるのもまた、自然な流れであっただろう。

 

「つまりはそれが、ブルーコスモス思想と言うものの根底なのですか……」
納得は行きつつも、そんなこの世界の真実に心底からため息をつくと言う表情で呟くミヘッシャ。

 

確かにデュランダルが言う通り、大多数がそう〈コーディーネーターと〉なっていたのであれば、あるいはその様な事態にはならなかったのかも知れないが、
現実にはそうしてコーディーネーターとして生まれさせられて来た者達は絶対的少数派であったが故に――
そんな彼らに対しての怖れを抱く、依然ナチュラルのままの者達によって占められる「ロゴスと呼ばれる者達」の間で選択されたのは、自らがコーディーネーターとして生まれ出させた存在の「排斥」と言うものであったのだった。

 

いいや、自らの仲間内からと言うのは無論として、そんな自分達が主導権を握っている社会そのものからも追い出し、宇宙と言うフロンティア〈辺境〉の一隅へと追いやった。
――プラントと言うスペースコロニー群は、確かにその名の現す通りに巨大な生産基地として誕生してはいるのだが、大っぴらにするかしないかは別にして、何もそうしたモノを造った理由や目的と言うのは一つと言うわけではなく
それには同時に、コーディーネーターと呼ばれる人々をそこへと隔離し、押し込めて置く為のゲットーとしての側面もまた、あったと言うわけだ。

 

「ある意味、飴と鞭の様なものかな? そうやってナチュラル達が大多数を占めている社会の中で迫害されたり、そうでなくとも常に潜在的な軋轢を恐れながらその中で身を縮めて生きて行くか?
それとも宇宙にと新たに造られた、例えお仕着せではあろうとも同じ境遇の人々〈コーディーネーター達〉を主体に造り上げられた社会へと移住して、日常的にはそう言う類の心配からは解放される生活を選ぶか?と言う選択を突きつける……か」
ハサウェイがそう呟く通り、そうであるならば大多数の者達がどちらを選ぶのかと言うのは自明の理であろう。

またそうする事により、「(形の有無それぞれの面での)集団的意識」の醸成という懸念そのものは必然的に想定される事であるとは言え、
〝管理〟(及び監視)する側の観点から見たとしても、薄く広く散逸させているよりは、むしろ一カ所に集めて置いた方がやり易いと言うのもあったのだろうと、当時のロゴスの者達が考えていた方策はかなりの程度に想像は出来得るものだった。

 

そして宇宙世紀の世界に比較して、総合的な技術力の下地においては相当なレベルでの「格差」が存在する関係で。
このC.E.の世界においては人類が宇宙へ進出すると言う事の難易度もまた、相当に高いものとなっていると言う一方の現実もある。

 

その意味では、宇宙と言う〝未開の大荒野〈フロンティア〉〟への先駆けとしての要求に応えられるだけの素地を(元から与えられた結果として)備えていると言う点で、
その役目をコーディーネーター達に担わせる~と言うのは、確かに十二分な必然性も有する「合理的な話」ではあったのだとも思える。
「利潤」の追求を動機にして動くロゴスの論理からしても、合理性(にして〝合利性〟)のあるものだろう。

 

「そうして、問題だらけではありながらもどうにか一応は、問題解決の為だと言い張れる様な格好の鋳型の中にと「世界」を押し込めた。それが今のこの世界の体制だと言うわけですが」

 

そう言って、デュランダルは話の矛先をやや転じる。
「無論の事、火種は無数にくすぶり続けている状態ではあったながらも、押さえ込む事によって問題が戦争〈大きな形〉で顕在化する事は無いと言う、表面上の小康状態はそれなりの長期に渡って維持されてはいました。
そしてそんな一定の年月と言う、いわば〝観察期間〟を置く事で。その結果、短期的には確認出来なかったコーディーネーター化の弊害もまた、明らかになり始めたのですよ」

 

デュランダルのその言葉に一番ハッとした表情を見せたのは、タリア・グラディスその人であった。

 

コーディーネーターとして生まれさせられた、所謂〝第一世代〟と呼ばれる者達が(出身元の社会からは排斥されたりの苦難に遭いながらも)成長し、同じコーディーネーターの同胞同士で結婚をして次の世代の子供を設ける――
この場にいるコーディーネーター達のほとんどがそれに該当するわけだが、これが〝第二世代〟と呼ばれるコーディーネーター達だ。

 

そうして新たに生まれた世代のコーディーネーター達は、その両親がそれぞれ持っていた底上げされた遺伝的素養を受け継ぎ、両親と同等以上に更に優れた素養を発揮する例も珍しくない程ではあったのだったが、
同時にその一方では出生率の低下と言う、目には見えにくい深刻な脅威もまた、生じ出していたのであった。

 

「〝目には見えにくい〟……か。私の様な形でそう言う弊害が現れてくれれば、判りやすいのでしょうけれどもね……」
そこで苦笑気味にの表情を浮かべながらそう声を上げたのは、護衛役兼随員として立ちながら座のやり取りを見守っていたザフトレッドの女性パイロット、リーカだった。

 

当の本人はその事実に悲観的な感情など欠片も抱いていないと言う事なのだろうが、実にあっけらかんとした口調でもって彼女は自分の目元を指さして見せながら言う――
そこにはサングラス様の〝眼鏡〟が掛けられているが、それはファッションではないのだと言う。
「遺伝子操作は、決して万能ではないわ。私は生まれつき盲目なの。もっとも、変わりに視覚を与えてくれるこの電子的なデバイスのおかげで不自由はないけどね」
そう言ってマフティーやシン以外のミネルバの面々にと、リーカは微笑みながらの自己紹介をしてみせる。

 

(コーディーネーターなのに、眼鏡っ娘とは珍しい……)
知らない事とは言え、彼女の姿を最初に見た時にはいささか暢気な……とも言われてしまいそうな事を考えてしまった面々は、逆にそんな事実に驚かされていた。
――もっとも、同時にそんなハンデを抱えていながら赤服を着る程のパイロット技量を持っていると言う事に対しても同様だったが。

 

そしてハサウェイ達マフティーの面々には、彼らのいた「元の世界」よりも進んだ技術の一端があったか!と言う、素直な驚きもあったのである。

しかし彼女の言う通り、逆説的にだがそうやってカバーする事の出来得る「問題」だけならば、そこまで深刻になるものでは無いとも言えるだろう。
デュランダルは上手い具合に合いの手を入れてくれたリーカにも頷いて、再びその「見えざる脅威」の事を語り始める。
「我々、今のコーディーネーター達の大半を占める、第二世代のコーディーネーター同士の間の出生率の低下は著しいものがあります。遺伝子操作のその隠れた弊害が、数十年のスパンを経て顕在化し始めたと言う事でしょうか……」

 

何もデュランダルだけに限った話では無く、前大戦時の指導者であった故パトリック・ザラ、シーゲル・クラインら、プラントの歴代の為政者達にとっても
――無論、それへの「対処法」のスタンスと、それの是非はあるとは言え――
ダイレクトに目に見えるものではないからこその、その問題の深刻な脅威さそのものへの認識と危機感自体は共通したものとなっていた。

 

「アスラン。君とラクス・クライン嬢が婚約者だった理由も確か、そうだったね?」
デュランダルの問いに、頷くアスラン。
「はい。彼女と私の遺伝子的相性が非常に高い、つまり無事に子供を設けられる確率が大きいと言う事が判明したと言う理由で、物心つく前に当時は親密だった互いの父親によって取り決められた話だと聞かされました」

 

デュランダルの語りを裏付ける様なアスランの説明を聞き、うんうんと頷く様な仕草でいたハイネが突然驚きの声を上げる。
「ちょっ!?ちょっと待って下さい!〝だった〟って、どういう事です?」

 

それ自体は流石と言うべきなのかも知れないが、デュランダルが口にした言葉の一部分をもハイネは聞き漏らしたりはしていなかったと言う事だ。
無論、その内容自体はさしもの彼をして別な意味で驚かせる様な話であったわけだが。

 

同様に、もちろんその程度の差はあるけれども、タリアにジェス達、コートニーとリーカはもちろんの事、〝今のラクス〟の事情も知っている秘書官のサラまでもが揃って一様に驚きの表情を見せていた。

 

「ん? ああ、これは失言だったかな?」
そう言われてデュランダルは苦笑を浮かべる。
アスランの方も彼に同調するように、微苦笑しながら頷いた。
「これに関しては、今の処はオフレコと言う事でお願いします」
そう前置きとして要望した上で、アスランは自分と彼女とはもう婚約関係にはないと言う事実を自ら打ち明けるのだった。

 

「そうだったの……」
カガリとの姿を見ていて薄々察しはついていた処に納得が行ったと言う事もあって思わずそう呟いていたタリアはしかし、
そこで居並ぶ彼女の部下の少年少女達はそれを聞かされても全く驚くそぶりも見せていないと言う事実に気が付いた。

 

「あなた達は……驚かないのね?」
それと予測しつつ投げ掛けた問いへの対象者達の反応は、言うまでもなく肯定。
「すみません。私達はもうその話は、ガルナハン侵攻作戦中のXデイ前夜にザラ隊長から聞かせて頂いているんです」
代表するように答えるメイリンの言葉に、彼ら(パイロット達+メイリン)は既にそこまで互いの関係をしっかりと築き上げているのだと言う事を納得させられるタリアであった。

 

更にそこに上がるハイネの声。
「何だよ、おい!ったく、勿体ない話じゃないか?」
苦笑混じりに言うが、彼もまたあっけらかんとした口調である。

 

「そっか、そっか。それじゃあ今はもうお互いに納得ずくでの〝芝居の様なもの〟だってわけか。成程ねえ……」
なら、今回みたいに来るって言うのを知らないのも当然かと、一人で納得した様にうんうんと頷いているハイネの姿に、余りにも重苦しい話題にどんよりとしたものが色濃くなっていた座の雰囲気も和むのだった。

 

気さくで飾らない元来の性格も相まって、自然とそうした明るい雰囲気を生み出せるハイネは確かに好漢と呼ぶに相応しいだろうが、
それに加えて、周囲の状況を認識して意図的にもその様に振る舞ってみせると事も出来ると言うクレバーさをも持ち合わせている。
その辺りこそが彼を深く信任させる所以でもあるのだが……。
内心でそう改めて頷きながら、デュランダルは語りを再開する。

 

「その方針を特に極端な程に推進していたのが故パトリック・ザラであったと言う事への反動も加味されているからなのでしょうが、
前大戦後の戦後処理とも連動した様々な方針転換の中で、出生率低下への対策としての半ば強制に近かった婚姻統制は、なし崩し的に過去のものとなりつつあります」
その意味では、アスラン君とラクス嬢の婚約解消にも、別な意味での政治的な意味合いも生じてもしまうとも言えるかも知れませんが……。
デュランダルはそう言って、やや苦みを秘めた微苦笑を浮かべて続ける。

 

「個人の意志の尊重と言う観点から言うのであれば、確かにそこに強制介入と許認可制の如きが持ち込まれると言うのはよろしくない事ではあるのでしょうが……。
ただそうであるならば、当然ながらその反面で出生率の低下と言う決して棚上げには出来ない筈の深刻な問題に関しては、いよいよ放置すると言う事にもなってしまいます」
正直言って、八方塞がりだと言うしかないでしょうか?
そう言いながらデュランダルが見せるシニカルな微笑に、声も出せなくなる一同だった。

 

流石に直接的な物言いこそはしてはいないけれども、つまりコーディーネーターには未来は無いのだと言うニュアンスは、受け取りのし間違い様の無いものであったから。

 

「……デュランダル議長、どうして俺達に対して(まで)そんな事実を?」
確かに情報統制が必要とされるに値する様な衝撃的な事実だと、一個人としては十二分に納得が出来る様なものを教示されて。
しかし同時に「事実を開示する事」による衝撃や負の影響という要素だとてよくよく承知してもいるからこその、驚きと疑問をぶつけるジェスだった。

 

まさに致命的だとも言っても大げさではないだろう、それ程までの「プラントにとっての不利な事実」を認めてみせるその意図は?と言うのが、全く読めなかったのだ。

 

「君の疑問はもっともだ、ジェス・リブルくん。ならばそんな君と、この場にいるお歴々にお聞きしたい」
デュランダルはある種の凄みさえ感じさせる様なまなざしで問いかける。

 

プラント――コーディーネーターと言う存在には未来が無い。
このまま行けば、先細る一方の出生率と言う〝種としての壁〟にとぶつかって、いずれは絶える。
緩慢に滅びの方向へと向かって歩み続けている存在であると。

 

「それを自ら認めて、だからこんな「コーディーネーターを絶滅させる為の戦争」などと言う手段に訴えずとも、ただその時を気長に待っていさえすればいいのだと。
そう地球連合〈ナチュラル〉――ロゴスやブルーコスモスの者達に向かって訴えて納得させれば、あるいはこんな戦争は終わると思いますか?」

 

「ッ!?」
そしてまたもや声無き呻きが座を埋め尽くす。

 

確かに極論――と言うよりも禁じ手と言った方が良い様な話ではあるだろうが、それもまた一面の真実である事には間違い無い。
またもや繰り返されている、コーディーネーターを絶滅させる事を目的として始められた戦争のその理由は、大分に希薄化はされてしまいそうな話ではあるだろう。
放っておいても目的は自然と達成されるのであるならば、自らをも痛めてまでそれを性急に求めるまでの合理性は無くなる筈ではある。

 

しかし――
「残念ながら、そうは行かないでしょうね」
ハサウェイは確信を持ってそう言えた。

 

「結局、この場合ロゴス〈彼ら〉を動かしている真の動機は〝利〟ではないのだから。故に、上辺はともかくとしてもそこに本当の意味での合理性などはその実存在しない」
無いものに期待は出来まい?
ハサウェイの発言もまた、そんなシニカルなものにならざるを得ない。

 

「自らを、普通の人々の上に立つ特別な存在だと自負する事でのみ精神的安定を得られる者達にとっては、そんな自らを逆に見下ろしうる、自らをその地位から引きずり降ろし得る可能性を秘めた者の存在など、例え一瞬でも許容出来るわけがない。
その事実は彼らのアイデンティティそのものを根底から揺るがす脅威そのものであるが故に、自らもそれで損をしようとも構わずに、ここまで遮二無二それを消し去ろうとする。
恐怖――そう、彼らを衝き動かしているその根底にあるものは、つまりは恐怖の感情なのだ」

「その恐怖心を与える存在を生み出したのも、そんな自分達自身であると言う事実は都合良く〝忘れて〟いる様ですが……」
イラムがそこに更に辛辣に言い添える。

 

結局は、コーディーネーターと言う存在に怯えるロゴス達と言うのは、合わせ鏡の格好に具現化した自らのエゴの影にと慄のいているだけなのだと言うのは、無論皮肉な意味でだが――喜劇的な現実だと言っても良かったかも知れない。

 

「だから彼らは、そんな自分達に脅威を与える存在を完全に消し去らない限り、決して安心を得られない。故に、彼らは〝待てない〟」
そうであるからこそ、今のこの様な「戦争」は利害や合理性を説いた処で、ましてや平和を望む交渉〈話し合い〉や戦争までは望まない多くの人々の声などでは絶対に止まらないな。
そう結論づけて、ハサウェイは何ともやりきれないと言う表情で溜息を吐いた。

 

「少なくとも、ロゴス達〈彼ら〉の主観において言えば、「脅威から自らの身を守る為の、やむを得ない戦い」だと言う事になるからだね」
そう言って何とも悲しげな皮肉を込めた微笑をシンへと向けるハサウェイ。
彼らもまた、主観的には君と同じ様な気持ちではいるんだよ。と。

 

「そんなッ……!」
余りの衝撃に絶句するシン。
自分自身や、自分の周囲の戦友〈仲間〉達が抱いている真剣な想いと同様の気分でいる?そんなとんでもない奴らが!?

 

(冗談じゃない!)
まさにそんな叫びを上げたくなる程に、気持ちが一瞬で煮えたぎっていた。

 

当然と言うべきシンの反応は、アスランやルナマリアら周囲の者達にも伝わっていた――と言うよりも、彼ら彼女らにとってもその想いはシンと同じ方向を向いていたから、空気的にシンクロするのも当然だった。

 

「ああ、もちろんだよ、シン。そんな連中が抱くそれと、君達が抱く想いが同質のものであるわけがない。私が言っているのは、ただ〝主観〈気分〉の問題〟だと言う事さ」
だからこそ、やっかいなのだがね……。ハサウェイは苦い笑みを浮かべながら言う。

 

「主観〈気分〉の問題…………」
自らもそうやってハサウェイの言葉を繰り返しに呟いて、考え込む仕草を見せるアスラン。
ハサウェイの言わんとするそのニュアンスは、彼には伝わった様だ。

 

それをシン達にも理解させる一助とする為に、ハサウェイは言葉を継ぐ。
――指導者マフティーを演ずるにあたって研究し、模倣しつつ学びもして私淑する部分も多分に含まれる様にもなっていた人物の言葉を拝借して。
「何故なら、人間は容易に他人を信じないからさ。信じないから疑い、疑うから他人を悪いと思い始める。それが結局は人間を間違わせるのさ」

 

この世界からいっかな戦争が無くならない、その真の理由の本質とは。
つまりはそこなのだと、そうハサウェイは指摘していたのだ。

 
 

「………………」
座をしばし、沈黙が支配していた。

 

何故、戦争は終わらないのか?――ひいては、どうして戦争と言うものは無くならないのか?
戦争と言う業の中にと自らを置いているからこその、そんな疑問に対して真剣に向き合い、掘り下げて考えてみたその結論と言うものは……。

 

その様な事を試みると言うの自体が、そんな彼らが良い意味で純粋な部分を持った善良さを持っている事の証明でもあったわけだが、何とも皮肉な話でもあるだろうけれども、逆にそうであるからこそ
接した〝真実〟のその救われがたさと言うものは、それ故に余りにも重くのしかかって来ていたわけだった。

だが、そんな沈黙してしまった座の空気を吹き払うかの様に朗らかな表情を浮かべてハサウェイは口を開いた。
「とは言ってきたけどね。それは〝これまで〟の話だろう?」

 

(!?)
その言葉に、デュランダルを除いたC.E.世界の住人の面々が揃ってぱっと弾かれたように顔を上げた。

 

そんな彼ら彼女らの姿を確かめる様に小さく頷いて、デュランダルへと水を向けるハサウェイ。
貴方は諦める気などないのでしょう?
そう問われて、デュランダルは凛とした決意をたたえた表情で頷いた。
「確かに、これまではそうだった。それは事実です。だからと言って、〝これから〟もそうでなければならない。などと言う理由〈わけ〉がない」

 

「ッ!」
揃って息を呑むC.E.世界の住人の面々。

 

自分達が戦うべき「真の敵」とは何か?
その答えが今、そこにあった。

 

「……やっと判りました。俺達が本当の意味で戦わなければいけないのは、そんな〝戦争の背後にいる者達〟なんですね」
自分達が戦うべきなのは、そうやって戦争の種を自らの都合で振り撒いている者達とこそ。
この社会〈世界〉と言うシステムの、その影の中にと隠れて自分勝手に世界を引っかき回し続ける事を止めない卑怯なそいつらを、引きずり出して打倒する。

 

「そうでなければ、何も変わらない。そうですよね?」
ようやく迷いが吹っ切れたと言う様な表情を浮かべながら言うシン。

 

だが、その言葉を受けたハサウェイの反応はシンにとっては意外なものだった。

 

「90点……と言う処かな」
「え!?」
クロスカウンターの如くに返って来た評価に、驚きの声が口をついて出る。
だって、そう言う事を言われていたのではないのですか?と、シンのその表情が問うていた。

 

「うん。確かに君が言う通りだよ、シン」
正解まではあと一歩。その間を埋める最後の――そしてもっとも大事なピースをハサウェイ達は填めにかかる。

 

「自らそれを望み、積極的に世界をその方向へと導いている者達が存在するからこそ、こうしてまたもや戦争が起きている。それは事実だ。
実際、前大戦もそんな者達の筆頭格であったムルタ・アズラエルが取り巻き達共々まとめて〝戦死〟を遂げて一掃された事で、それまでの流れが嘘の様に一気に停戦、そのまま終戦(条約締結)と言う方向へと事態は変わったのだからね」
デュランダルの口にする一面の事実に頷くハサウェイ達。

 

実際、どちらが先に手を出した?だの、そもそもどちらに原因〈非〉があるのか?と言った話は別にして、停戦時の純粋に軍事的・政治的な状況を俯瞰して見れば
その後に――紆余曲折はあったにせよ――前大戦の講和として締結されたユニウス条約のその内容は、明らかにプラント側に有利な内容であったと言えるだろう。それも、圧倒的に。

 

実際の戦争の展開そのものは、目的を見失ったかの如き際限なき憎悪の拡大再生産の様相を呈してしまっていただけだったかも知れないが、
そうして見れば最後の最後で当初の、そしてそもそもの目的であったプラントの国家としての独立を全世界に承認させ、その上戦争に関わる対外的な負債を負わされる事も見事に回避したわけだから。
客観的に見れば、政治的な意味では明らかにプラント側が前大戦の「勝者」だと言う判定が出来る。

 

「――普通に考えれば、圧倒的に劣勢にある軍事的な状況から脅威の土俵際の粘り腰でうっちゃって、政治面で逆転勝利にと持って行ったアイリーン・カナーバ前(暫定)議長の卓越した手腕だと言う事になりそうですが……」
どこか苦笑気味に呟くイラム。

 

「無論、カナーバ前議長以下の暫定評議会の尽力と見識に疑問を差し挟む余地は無いとは言え、やはりその成果は交渉相手である地球連合側の〝お家事情〟と言う要素も無しにはあり得なかったでしょう」
ハサウェイもイラムと共に、デュランダルが立場上はやはり自身では口にはしにくい事実を代わって取り上げてみせてくれたおかげで、デュランダルも話を返しやすくなっていた。

 

「ユニウス事件の犯人達の様に、我々プラント――コーディネーターの中にも様々な考え方を持つ者達がいるのだから。
ならば同様に相手の事も単純に〝地球連合〟は――ひいてはナチュラルは~などと、一括りで考えてはいけないと言う事でしょう」
デュランダルのその呟きに、聞いているC.E.世界の住人の面々は躊躇無く頷きを返す。

 

「ハサウェイ総帥以下、マフティーの皆さんとご一緒させて頂いていながら、そんな事を思える筈がありません」
珍しくもレイがそう声に出して同意を示した。
それにはちょっとした驚きを覚えつつも、アスランやシン達にとってもそれは全くの同感の事だった。

 

結局、前大戦と言うのはブルーコスモスの尖兵が独断で放った核ミサイル〈禁断の炎〉によって引き起こされた、「ブルーコスモスの、ブルーコスモスによる、ブルーコスモスの為の戦争」でしか無かったと言う事なのだ。
ナチュラル達の内の、あくまでも過激な一部による〝私理私欲〟の、その実現の為の戦争。

 

それ以外の大多数のナチュラル達からしてみれば、コーディネーターは確かにどこか薄気味悪い様な存在の様にも思える気持ちも無いわけではないし、出来れば関わり合いにはなりたく無い。
けれども、だからと言ってわざわざ戦争なんて言う、自分にもとばっちりが飛び火して来る様な手段に訴えてまで即時の排除を図るだなんて言う事まで求めるつもりも毛頭ない。
そんな気分であった筈なのだ。

 

しかしそんな世論も、先走った過激派の挙げた〝戦果〟(その惨禍)を目の当たりにさせられ恐慌状態に陥ってしまったコーディネーター達が、ほとんど集団逃避的に後先を考える余裕も無しに開発・投下したニュートロンジャマーによる
世界規模のエネルギー危機と、それに付随する社会的混乱の状況も都合良く利用されて、巧妙に対コーディネーター絶滅戦争を推進する方向へと向かう様にと仕向けられて行ってしまったわけだが。

 

とは言えやはり、そうやって無理に造り上げた戦争の為に他の全てを犠牲にさせると言う様な体制は長くは保つ筈がない。
ニュートロンジャマーを使用した目的の〝その副作用〟による、深刻かつ広範囲のエネルギー危機の状況下においても戦争の遂行のみを優先している様な体制は、戦争が長期化するに従って
ボディーブローよろしく、元々潤沢とは言えない地球連合側の体力をもじわじわと奪って行く。

 

軍事的にこそ圧倒的に有利に見える体制を造り上げていた地球連合の側ではあったが、逆に言えばそれにのみ傾倒し過ぎて、それを支える〝銃後〟の方は本当にガタガタだったのだ。
――今なおその後遺症が、今次の戦争の状況下においても同様に地球連合側の足を引っ張っているわけなのだから、ここでもやはり「何も学んでいない」と言われても反論できまい。

 

もっとも、例え後方がそうして幾ら犠牲になっていようとも、そんな戦争を真に推進しているブルーコスモス――ロゴスは絶対に拳を振り上げるのを止めようとはしなかったわけだが。

 

コーディネーターと言う、存在してはならない化物どもを浄化する。その大義に優先するものなど他に何一つとて無い!
そう言う論理で狂信的に動き続けている末端〈尖兵〉達の〝供給〟には事欠かなかったし、その背後で真に糸を引いているロゴスに属する連中は強迫神経症が如き状態に支配されている。
どちらも、自身に一欠片の疑問すら抱く事は無いと言う点では共通していたわけだが、土台それでは落とし処を探る術などあろう筈もない。

 

「あらゆる犠牲を払っても」と、実際に彼らはそう言うわけだけれども。
その言葉を口にするロゴス――真のブルーコスモス達は、決して自分自身の手は汚さない。
それで実際に手を汚し、傷付き血を流すのは――またそれに巻き込まれて犠牲となるのも、常に一般庶民の側だけだ。

しかし、そんな事は当然だと。
〝オブリージュ無きノブレス〟の彼らは、本当にごくごく当たり前に〈ナチュラルに〉そう思っているのであるから。
そんな「犠牲」など、省みる筈も無いのだ。

 

そうした形の「戦争」一色へと世界を牽引していたアズラエル以下の連中は、確かに強力な推進機関であった事は間違い無い。
――そのエネルギーの方向性や、それによってもたらされるその結果の悲惨さと言うものを問わない限りにおいては。

 

しかし戦闘の結果としてそんな暴走する〝頭〟が綺麗さっぱり消滅してしまったことで、地球連合内の大多数の間においても密かに拡大し続けていた厭戦気分も、そこでようやく解放された。

 

一部の者達だけが独善的にそれを望み、他の者達をもそこへと否応なしに巻き込んで、しかもそこから降りる事も許さない!
と言う構図を造り上げていたからこそ止まる事が無かった――止まらなかった、そんな戦争なのだから。
それを望む御者が消えたならば、自然とその行く足も止まる。

 

「そうしてやっと、前の大戦は終わった。互いに際限なき憎悪の拡大再生産を繰り広げ、そして双方が共に絶滅してしまう本当にその瀬戸際にまでも迫ってね……」
デュランダルの言葉に、それがたったの2年にも満たない程度の過去の話でしかないと言う事実に改めて意識を向けさせられて、身震いする様な想いになるC.E.世界の住民の面々だった。

 

「元々、前の戦争自体がブルーコスモスと言う〝一部過激派〟の連中の暴走と思惑によって引き起こされた代物であったわけだから。
だからこそ、結果的にそいつらが居なくなりさえすれば、そもそも戦争にまで訴える理由自体がほとんど無くなってしまうと言う事になって、戦争も手打ちにしようと言う空気がようやく実権を回復出来る様にもなったと言う事なんだな」
逆に、実感としてはそれを知らない異世界人の立場ならではの分析でもって、イラムが呟きながら頷く。

 

「中途の経過はともあれ、政治(目的)として戦争をすると言う基本だけは最低限押さえてはいたプラント側と、実は政治ではなく単なる感情・衝動の具現化でもって戦争と言うその実行に訴えると言う邪道を犯していた地球連合側との戦いだったのだから。
ダメージ自体は双方痛み分けの様なものではあっても、結果的にはプラントの方がより実を得る――政治的な面と意味合い上においては判定勝者の側となるのも、その意味では当然だと言う事かな」
そう言って僅かに皮肉を込めた笑顔を向けながら、ハサウェイはそこからシンへと更なる言葉を投げかけた。

 

「さあ、話はここからだ。シン」
「え!?」
再び圧倒される様な気分で聞いていたシンは、そう言われて慌てて気を取り直す。

 

「確かに君の言う通りだ。今の様なこんな無益な戦争は、自らそれを望み、そちらへと世界を牽引している者達の存在があればこそ勃発し、続いている。
であるならば、そういう連中をこそ排除すれば戦争は止まるだろうな。確かに」
前大戦はそうして止まった。
だが、逆に言えばそれからたったの二年にも満たずして、再びこうして前大戦と全く同じ動機と基本構造での戦争がまた始まってしまった。

 

「ブルーコスモスも、新たな盟主を得ていつの間にかしっかりとその力を盛り返してしまった……。しかも、その新たな盟主はかつてのアズラエル以上に狂信的かつ、同じナチュラルに対しての(自身の)貴種意識の方も著しい人物の様だ」
それを支えるロゴス自体は健在なのだからねと、そう補足するデュランダルの言葉にも頷いた上で、ハサウェイは断言する様に言う。

 

「つまり、君の言う様なそれは、あくまで〝対処療法〟としては正しいと言う事だね。だから、充分に合格点の圏内ではあるけれども、満点ではないと言う事なのさ」
「…………は、はい!」
そう言う事なのかと、納得した表情でシンは頷かされる。
彼のそんな気分は同席するアスランやホーク姉妹にとっても同様のものであった。

 

それを見て微笑を浮かべながら再び彼らに語りかけるデュランダル。
「さて、いよいよその先の――〝それで……〟の話だね。
何故、戦争は無くならないのか?と言う、その疑問から掘り下げて探って行って突き当たったその真の理由は――〝今のこの世界の構図〟と言うもの、それ自体に起因していた」
こくりと頷きを返す皆の反応にと自身も一つ頷いて、デュランダル達からの問いかけもいよいよ結論に向けてのラストスパートへと入って行く。

 

「そうであるならば、我々は今ここで考えなくてはならないのではないだろうか?
確かに、普通の人間であればまず進んで自ら事を構えたくなどは無いだろうし、その上でもし火の粉がそれでも自身にも降りかかって来るのならば、やむを得ずそれを払おうとはするだろう。
だが、現実に〝今のこんな構図の世界〟の中にと否応なしに生きてはいながら、そう言う「受け身」の姿勢でいると言う事が本当に正しいのだろうか?」

 

(ッ!)
投げ掛けられたその問いに、座のほぼ全員がハッと顔を上げた。

 

「ああ、そうは言ってもプラント――ザフトの側から自衛の枠を超えての積極的戦線拡大と言う、前大戦の再現の様な方針へと転換しようと言う事では無いのですよ?」
誤解を招きかねない物言いでしたか?と、デュランダルは苦笑を浮かべてそう言い添える。
その言葉にタリアとアスランの二人は一瞬の安堵の表情を見せるのだった。

 

「基本的には、積極的自衛権の行使と言う段階までに留めると言う、今次の開戦時からのプラントの方針は今後も堅持です」
デュランダルはそう明確に断言して見せた上で、続けた。

 

「むしろ我々コーディネーターの側だとて、冷静にちゃんと見たならば〝あれ程の成果〟を上げた筈のカナーバ前議長以下の前評議会を、
その和平条件ですら手温い!と言う世論の声の大きさで講和条約調印の承認と引き換えに退陣に追いやってしまっているのですからね……」
そんな事をやっていながら、「愚かなナチュラルどもは~」などと言っていられる感覚を見ていれば。
無論逆説的な話としてではあろうが、コーディネーターがそんなご大層な存在〈もの〉なのか?――つまりは(ナチュラルにとっても)そんな大した脅威と言えるのか?
と、醒めた眼と言うものを持っていれば普通に思えて来る様な話ではないか。
無論のこと、流石に口に出してそう言っているわけでは無いにせよ、そう言うニュアンスで言われているのだと言う事は聞いている側にも良く理解出来るものだった。

 

「ナチュラル〈相手〉の事ばかりを言っているのではアンフェアと言うものでしょうね。
そうした意味では〝変わらなければならない〟のは、何も彼らの側のみならず、我々コーディネーターの側にもまた、同様に求められている事でもある筈でしょう」
そこまで言うと、聞いている皆がそれにもやはり頷くのを確かめて、デュランダルはふっとその相貌を崩すとやや苦笑気味に続ける。

 

「それを踏まえた上での我々が取るべき今後の方策ですが――
既にここにいる皆さんがその雛形を確立させてくれた〝現状〟を、このまま更に拡大させて行く。
それが受動的にでは無しに、この世界の有り様そのものを変えて行くと言う、能動的にそれを希求して行くと事にもなる筈だと。私はそう確信しています」

 

「議長!」
そこに喜ばしい想いが溢れ出しての、そんな座の多くからの声が唱和した。

 

非常に大きく、かつ暗澹とさせられる様な想いも抱かされる程の道行きを敢えて通らせて、その上でようやく導き出された結論とは――
今現在の自分達が挑んでいる事そのものが一体どの様な意味を持ち、そして周囲の世界へと確かに良き影響を与え得る行為であると言う事を、当の本人達にも真の意味での納得と共に理解させながら
その意義と働きとを認めてくれると言う事だったのだと、ようやく呑み込む事が出来ていたからだった。

 

「あなた方は、この世界の「希望」です。コーディネーターとナチュラルとが垣根を超えて互いに手を取り合い、そして真の自由と平和の実現のその為に、本当の意味でそれを望み願う人々の側に立って戦っている。
その事実自体が、この世界に生きる人類〈我々〉全ての前にと示される、我々にはそれが出来るのだと言うその証となるのです」
この座を共にする、C.E.世界とU.C.世界の住人達――コーディネーターとナチュラル達全員を見回しながらそう語りかけるデュランダル。

 

(それが、出来る……。我々〈人間〉はその様にも成る事だって出来る……!)
デュランダルの言葉はシンプルであるが故に強く心に響く。しかしてそれは疑い様の無い現実にと、確かに担保されたものでもあった。
ここまでのやり取りを通して、自覚していたものよりも遙かに大きかった自分達がしている事のその意義を納得させられた当の彼ら自身が、今それを日々実践しているのだから。

そうと理解した皆の表情にも、静かな歓喜と共に確かなものが宿っているのを確かめて。
ハサウェイとイラム達も、やはり満足げな微笑を浮かべて見せた。
「確かに、我々が征かんとする途もまた、戦い――手段としての武力行使であると言う事実から逃れる事は出来ないな。
しかし、武力と言うものを用いている点では同じでも、我々自身のそれと〝我々が戦うべき相手〟のそれとは断じて同じものでは無い!
我々自身は良く判っている筈のそれを、他のより多くの人々にも知って貰う事。それこそが我々が目指すべき「真の戦い」なのだ」

 

イラムの言葉に頷くアスランやシン達へ。
ハサウェイはよりかみ砕いて理解出来る様にする為の言葉を添えた。
「これも古代支那の故事からだが、「相手を攻めるに、その城を攻むるは下策。その心を攻めるをこそ上策と為す」と言う言葉もある。
我々が目指す戦いも、そうあるべきだと思わないか?」

 

「はい」
「そうですね」
「ええ!」
そんな感じに、それを聞いた若者達各々の口からも本当に晴れやかな表情と共にの、そんな返事が返る。

 

唱和には加わらなかったが、そんな姿を微笑ましいものを浮かべて見やりながらタリアが口を開いた。
「よく判りましたわ。であれば尚更、私達は勝ち続けなければならないと言うわけですわね?」

 

〝希望〟と言う象徴であればこそ、自分達は常に勝ち続けて行かなければならない。
そんな自分達が活躍すればする程に、悪役〈ヒール〉たる地球連合の側は逆に醜態を晒す事になり、その立場を苦しくして行く。
それは今現にこの戦争の為に苦しめられている、地球連合の圧制下にある多くの人々をその(〝人災〟による)苦境から解放する事になるのと同時に、
地球連合の内部においても自らを窮地にと追い込んでいる「真の元凶」たるブルーコスモス――そしてその背後にいるロゴス達と、それ以外の大多数の人々との間の乖離を強めさせる事にもなるからだ。

 

「ま、そういう事なら進むしかないですよね。どのみち、道は前にしか開かれないんだ」
タリアが語った理解を受けて、肩をすくめて苦笑する様にして言うハイネ。
肩の力を抜く様にはして言いながら、ちゃんその意味も理解している辺りが、彼もまた非凡ならざる人物であった。

 

「………………」
黙したままそれを聞いていたアスランが、そこで意を決した様子で顔を上げてデュランダルを見据えた。
「議長。お願いがあります」
「うん? ああ、聞こう」

 

興味深そうに頷くデュランダルに向けて、アスランは今日のこのやり取りを通して固める事の出来た覚悟の形を口にする。
「私達がここまでやって来た事こそが、こんな無益な戦争を終わらせ、真に平和を手繰り寄せると言う事にと繋がる途であると言うのがよく判りました。
その上で私も今、その実現の為に本当の意味で〝自分に出来る事〟をしたい!と言う、その想いを新たにさせられています。
私が今、こうして「かつての父とは異なる途を行こうとしている」と言う事実が、そうした公的な場面に寄与出来る事があるのであれば、私への配慮など無しにどうかそれを積極的に活用しては頂けないでしょうか?」

 

「アスラン……」
「隊長……」
それぞれの立場で言い方は二つに分かれたが、座の全員が彼の想いを感じさせられてそう呟いていた。

それを口にすると言うだけでも、相当な決心がいったであろう話だったのだが、当のアスランの決意の程度は更にその上まで行っていたのである。
アスランはそうやって言いながら、同時に自分自身を客観視して気付いた事を続ける。

 

「いえ、して頂けないか?と言う物言いは謙虚のつもりで、その実は卑怯でしたね。申しわけありません」
そう言って頭を下げて見せてからアスランはもう一度顔を上げ、そして言った。
「議長。願わくば私にも、ただの一軍人としてだけではなく〝それ以外の部分〟においても戦争を終わらせるその為にと戦える、そんな役目を与えては頂けないでしょうか?」

 

力強くそう言い終えてデュランダルを見るアスランの真摯な目に、デュランダルは軽く驚いた様な表情を浮かべ、それから何とも嬉しそうな微笑みへと変えた。
「……ありがとう。よくそう言ってくれたね、アスラン」

 

無論今すぐに~と言う様な話では無く、それどころかようやくその端緒に付いたばかりだと言う処ではあるのだろうが、
いずれ将来その役割をバトンタッチする事になる、プラント社会の次代の担い手たる事を期待し得る様な若者を見出せた様だと言う事実の、その喜びを静かに味わっているデュランダルだった。

 

間違いなく一皮むけたアスランのそんな姿に、ハサウェイ達もまた見込んだ通りだったなとでも言う風に柔和な笑顔を見せながら頷いていた。

 

そして目の前でそうして文字通りに「大きく」なって行って見せたアスランの姿を目の当たりにした事への感動は、
こんな戦争に対しても、ただ戦っているのでは無く未来〈まえ〉へと向かうその為のものなのだと言う展望を得る事が出来るのだと言う事実に気が付けた喜びとも相まって、シン達の胸中にも激しく響いているのだった。

 

そんな想いにと衝き動かされるままに、シンは感動に震える声でアスランへと語りかける。
「隊長……。俺、感動しました! 俺……自分は隊長みたいには行かない、ただMSに乗って戦う事しか出来ない奴ですけど、出来るなら隊長の下で戦う事で、少しでもそれを手伝えたら……って、そう思います」
「シン……」
素直に純粋な感動の想いが伝わって来る、疑いもなく良い意味での若さと真っ直ぐさに溢れたシンの姿は、そうだと分かってはいても、見ていて心地の良いものだった。

 

そんなシンはしかし、それに対してデュランダルから掛けられた余りにも思いがけない言葉に絶句させられる事になる。
「いや、シン・アスカくん。もちろん君の意志次第の話ではあるが、アスランと同様に〝別の部分〟においても戦う事が出来ると言う途は、君にも開かれてはいるのだよ?」

 

「えっ!?」
余りにも突拍子もない事を言われて、絶句したまま固まってしまうシン。

 

そんな彼の姿を見ながら、恐らくデュランダルが考えているであろう「シンにもまた、出来うる〝心攻戦〟」と言うものとは?と、それを予測するマフティーの面々であった。

 

(恐らく、それを提示されたなら。シンは喜んでその道を受け入れるだろうな……)
そしてそう推測が出来たマフティーの面々は、そうする事を通して、それがシン自身にとっても更により良き道をもたらすであろうと。またそうであって欲しいと。
デュランダル議長がこの世界の道行きを正すと言う難題への挑戦の――自らと共にの〝現在〟を、そして彼ら自身の〝未来〟の――事を託そうとしている若者達の為にと、心の内で静かに祈るのだった。

 

そんな彼らが撒き、育んで来た〝この世界の為の種子達〟は、いつか大きな花を咲かせるその日を目指して今、そこから吹き出て来た芽を確かに、そして健やかにと伸ばし始めていた――。