機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第17話

Last-modified: 2010-09-27 (月) 23:28:22

不意に襲って来た爆発の振動。
そしてけたたましく鳴り響く警報音と、数パターンの内容が複合的に繰り返し流れ続ける
警告のプリレコーデッド〈自動〉アナウンスが、否応なしにただ事でない事態の発生を告げていた。

 

独特の匂いが漂う文字通りに新造ぴかぴかの艦に合わせたと言うわけでもあるまいが
(むしろ現実にはザフト――ひいてはプラント自体への前大戦の負の影響の一端を現している話だと
 言う事になるわけだが)、
ほやほやのルーキーであると言う度合いならばその乗艦と同レベルであると言っても差し支えない様な
新兵達が乗員〈クルー〉達の大半を占めていると言う状況下では無理もない話だとは言え、
突然の事態の急変にすっかり浮き足立ってしまっているそんな彼らを、視界に入るその端から叱咤し、
どうにか叩き込まれて来た筈の教育の内容を反芻しながらの対処行動へと走らせつつ
一瞬たりとも足を止める事をせずに長い通路を息せききって駆け抜けて、
非直時以外の居場所たる発令所の中へと飛び込んで来た指揮官が叫ぶ様に尋ねる。
「状況は!? いったい、どうなっているか!」

 

お決まりのセリフだと言ってしまえば身も蓋も無さ過ぎるだろうが、
確かにこういう状況下で口に出来る事はと言えば、そのバリエーションもさしては存在しなくもあるだろう。
そしてその言葉を待っていましたとでも言うかの様に返される、
部下のオペレーターからの報告〈バッドニュース〉もまたしかり。

 

「う、右舷第7ブロックにて大規模な爆発が発生!主動力部〈メイン・リアクター〉からの動力系統にも
 深刻な損傷が及んでおり、現在なおも状況は悪化の一途です!」
「何だと!?」

 

先程から鳴り響きっ放しの警報だけでも、ただ事では無いであろうのは嫌でも予測させられてはいたとは言え、

流石に想定外過ぎる!
それもまた非常時の状況を如実に現す赤色の非常照明の光の下で、流石の指揮官の顔が歪んでいた。

 

そこに追い打ちをかけるかの如くに、代役としてこの発令所に詰めていた副長格の赤服を纏う女性士官が
こちらは冷静に、更にろくでもない状況を追加報告する。
「問題の第7ブロックは現状においては無人区画の為、ブロックごとの強制パージも含めた緊急対応の
 あらかたを試みましたが、残念ながらフェイルセーフの各システムも軒並み全滅です。機能しません」

 

その報告に被せるように、航法を担当している別のオペレーター兵からも危機的状況を告げる
報告の声が上がった。
「既に本艦の推進系は制御を外れた迷走の状態にあり、予定進路を大きく逸脱して
 デブリ帯の方へと一路突き進みつつあります!」

 

「く……、やはり〝突貫竣工〟のツケが回って来たと言うわけか……」
ギリッと唇を噛みしめる様にしながら、それでも指揮官は自らの務めを忘れる事無く
再びオペレータに問いかける。
「ならば結論から聞こう。このまま状況の悪化を食い止める術が無いのであれば、どうなる?」

 

「そ、それは――」
一瞬口ごもり、それから答えを待って自分に対しての眼差しを逸らさない指揮官の視線の圧力に屈する様に、
予測されうる破局を口にするオペレーター。
すなわち、この艦は動力系統の暴走により、爆沈する――と。

 

そうなるであろう事は予感しつつも、出来うるものならば聞きたくはなかった結論に、
発令所の中を沈黙が覆った。

 

(隊長……)
隣席の者同士で互いに顔を見合わせながら気配だけで、あるいは直接に目をやって指揮官の様子を窺う
オペレーター達の間にも息を詰めるような緊張感が高まって行く。

 

そんな新兵達の無言の意識を代弁する様に、指揮官を迎えて立っていたもう一人の副長格である
緑服の青年が場違いなくらいに努めて軽い感じで、決断を迫る様に尋ねた。
「で、どうするよ。隊長?」

 

普段であればフランク過ぎるその物言いを注意したりする処なのだろうが、
流石にこの時にはそんな事をしようとはせずに、むしろ指揮官はその問いかけで踏ん切りを着けた様に
顔を上げ――
「……やむを得ん。ここでこの艦を失うのは我々にとっては確かに余りにも大き過ぎる痛手だ。
 だが、だからと言ってこのままむざむざと貴様達多くの若い乗組員〈クルー〉達を
 犬死にさせる様な事になれば、それこそが真に許されざる過ちだ!」
率直なその言葉に、当の新兵達には揃ってハッとした表情で顔を上げさせながら。
――そして指揮官はきっぱりと言い切った。
「総員、これより直ちに退艦!急げ! デュランダル議長と最高評議会には、俺からお詫びする」
「りょ、了解!」
重大な決断を躊躇しない指揮官の態度にと感銘を受けさせられたが故に、一瞬の間静まり返った発令所の中は

次いで余りにも短かかったこの艦における任務の、各自がその最後のそれを果たすべく、
一斉に動き始めたのだった……。

 
 
 
 

L〈ラグランジュポイント〉4 プラント領アーモリーコロニー群宙域(半日前)

 

無数の星々の光を散りばめた真空の大海原のただ中へと、その艦〈フネ〉はしずしずと進み出て行く。
いや、優に1200メートルを超える全長を誇るその雄大なサイズは、
既に軍艦と言うよりは「移動式小要塞」と表現する方が妥当であるかも知れない。

 

ザフトのプラント本国防衛体制の中核を担う存在として、ザクやグフの様なニューミレニアムシリーズの
新世代型MSや、公式には半黒歴史扱いのエターナル級を発展させた、本格的両用艦としての
改めての始まりとなるミネルバ級戦艦らと共に、計画・建造された超大型宇宙母艦ゴンドワナ級。

 

そのサイズは多数のMSを搭載する宙母としては言うまでもなく、艦艇を一隻丸ごと――
前大戦時からの顔ぶれであるローラシア級やナスカ級はもちろん、より大型となるミネルバ級の戦艦すらをも
――余裕で入渠させられる規模の艦内ドックすら備えている程のものであり、
「まるでドロスじゃないか!」と、カーペンタリアでミネルバを見送った後に宇宙へと上がって来て
その情報にと接したマフティーの後方要員の面々を、一様に驚かせてもいたのだった。

 

――何しろ、この世界にも「ザク」やら「グフ」が存在するのであるから。
また、前大戦で名を馳せたザフトのエースパイロットでもある名の知られた指揮官達にも、
やれ仮面の男だの、『蒼い巨星』よろしく『砂漠の虎』などと言う異名を奉られた男だのが存在した~
と言う具合にまるでカリカチュアでも目にしているかの様な気分になるくらいに自分達が元いた世界との
「実に奇妙な類似」を見せるこの世界の姿の事を考えれば、そんなドロスもどきが存在するのに対しても、
逆説的な意味合いでの奇妙な納得と言うかを覚えてしまう処ではあるのだったが……。

 

宇宙世紀世界のジオン公国軍が、本国の最終防衛ラインとなるア・バオア・クー要塞に展開する戦力の
その中核として就役させていた超巨大空母ドロス級は、ネームシップのドロスと
『ソロモンの悪夢』と呼ばれたエースパイロット、アナベル・ガトーの母艦でもあった事でも知られる
ドロワの姉妹艦二隻が存在していた事が戦史には記録されているが、
このコズミック・イラの世界においてもやはり同様の類似形を見せて、ネームシップに続く超大型母艦の
二番艦として進宙した彼女には、その艦名として〝メガラニカ〟の名が与えられていた。
――余談ではあるが、彼女に与えられたその名もまた、マフティーの面々にとっては元の世界との
奇妙な類似を感じさせられもする要素の一つでもあったりもしたのだが。

 

しかし、それ程の戦力である筈なのにも関わらず、先日の開戦時のプラント防衛戦でも早速活躍した
姉のゴンドワナとは異なりこの妹の方の進宙は、式典らしきものすら無しにの、
ごく少数の関係者のみによる実にひっそりとしたものであった。

 

無論、戦時故に華々しいセレモニーを~と言うわけにも行かないと言うのはあるわけだが、
それでも「これ程の備えがある」と言う事実そのものは、プラントの国家安全保障体制構築上の
有力な駒の一つとしての重要な宣伝効果も担っている。

 

そう考えればこの戦略級とすら呼びうるかも知れない新戦力の加入を公的にお披露目する場である進宙式は、
少なくともプラント最高評議会のタカオ国防委員長ぐらいは臨席の下に
例え戦時の略式ではあろうとも、本来ならば挙行されるべきである筈のものなのだ。

 

だが、現実にはそんなザフト――のみならずプラント自体にとってもの話であろう朗報が一顧だにもされずに
現在のプラント国内の耳目のそのほとんどが地球連合の圧制下からの解放成った、
地球上の新たな同盟者達の下へと訪問中のデュランダル議長と、慰問と友好親善促進の為にと
それに同行した〝ラクス・クライン〟の方にと集まっていると言うのは、
そういう意味では些か奇妙な状況であるとは言えた。

 

そしてそんな事実それ自体が、それを見る者の目によってはプラントの――あるいはデュランダル自身の
欺瞞の現れだとも見え得ると言うのは、否定出来ないことではあったかも知れない。
もっとも、それを言い出したらそもそもL5に建設されているプラント本国(コロニー群)に
おいてではなく、そこから離れたこのL4宙域で建造・進宙となっていると言う事自体が
胡散臭いと言う話へと、容易に変質飛躍をもし始める事にもなるわけなのだが。

 
 

彼女〈メガラニカ〉が建造されたここ――プラント13番目の市として現在も建設が続けられている
アーモリーコロニー群――は、まぎれもない〝新興国〟であるプラントにとっては初となる、
「外地にと獲得した新領土」である。

 

月軌道内の宇宙空間までをも含める、地球圏全域を巻き込んだ前大戦の影響は
この世界においてもやはり同様に、宇宙にと進出した人類の生活拠点〈スペースコロニー〉群の
軒並み壊滅と言う惨状をもたらしていた――
もっとも、辿って来た歴史的経緯の違いから(人口爆発と環境問題に伴う玉突き的宇宙移民強制を
余儀なくされる様な状況には、このC.E.世界はそもそも陥ってはいないが故に)
元からして宇宙世紀の世界に比してこの世界の宇宙生活拠点〈スペースコロニー〉開拓の度合いと言うのは、
それこそ成立に特殊な事情もあるプラントを別にすれば、一年戦争時のサイド7の様な状態
(ラングランジュポイント1つにコロニー1基のみがぽつんと存在)さえも珍しくないと言える位に、
〝比較にならない程の小規模なもの〟にと留まっていたわけなのだが。

 

とは言え、それら軌道上にと建設された宇宙への進出拠点のその大半が破壊、
あるいは放棄される事になって壊滅したのには変わり無く、
大戦の終結した後にはその再建設〈復興〉と、(それで戦争前の水準への復旧の暁には)
再び「その先」への開発再開の為の取り組みもまた改めて始まるであろうと言う事も考慮して
講和条約であるユニウス条約の条文にも、成立後の各ラグランジュ・ポイントの再建に向けての協力体制
――字義通りの意味合いはもちろんの事、各国家ごとにその縄張りを新たに割り当てると言う処までをも
含んでいる――については明記されていた。

 

そして、まずはやはり前大戦の爪痕からの復興にと国力を傾注させざるを得ず、
故に宇宙開発体制の再開までにはほとんど手を回せない地球上の諸国家を尻目に
ユニウス条約における同条項を早速かつ最大限に活用していち早く、かつ着々と、
合法的に獲得したこの「新領土」の建設を進めていたプラントではあったのだ。

 

そしてここL4の宙域の中で、プラントにと割り当てられたエリアに新たに建設が開始されたコロニー群には
もちろん本国と同様の、よく「砂時計」にと例えられる天秤棒〈アーク〉型と呼ばれる
独特の形状が採用されている。

 

宇宙空間における居住空間としてのその基本設計思想はプラント本国と全く同じものであるのだが、
新しく一から建設されるコロニーならではの「生産の拠点としての部分」での設計の特徴としては、
本国のコロニーの様な後からの改装ではなく、最初から軍需関係の生産拠点となる事を想定して
設計・建設されていると言う点にあった。
――まさしく、文字通りの造兵器廠〈アーモリー〉コロニーだと言うわけだ。

 

元々、コロニー10基で1市を構成する
(うちユニウス市のみ、その第7コロニーが「血のバレンタイン」事件により欠番)行政単位を
全部で12持つと言う国家体制で来ていたプラントだったが、
いずれは本国から離れたこの新たなコロニー群も「アーモリー市」として、
プラント最高評議会に13人目の最高評議会議員を送り出す事にはなるのであろう。

 

もっとも、現状ではミネルバやセカンドステージシリーズMSを建造したアーモリー・ワンだけが
コロニーとしては完成しているのみで、その他には建設工事が最終盤まで進捗して来ていて、
先行して既に居住可能なレベルまで出来上がっている南極側の円錐内部の供用も開始
(主として建設工事関係者と家族向けに)され出しているアーモリー・ツーだけと言う、
いわば「1.5基」分の規模しか有していない状況である為、
軍需関係においては生産基地としてではなく研究と試作、及び量産化へ向けての運用試験の場
――実質的には戦力外だと言う事だ――としての位置付けがされているに過ぎず、
最高評議会にもまだアーモリー市代表の席は存在していないのだけれども。

 

前大戦時、連合側はプラントの主張〈独立宣言〉など認めないと言う態度を取っていながら、
その一方でプラントに向かって宣戦布告(それを行うのはその相手を国家として認めていればこそ、
と言う事になる筈なのだ)するなどと言う、ハサウェイ達マフティーの面々から見れば(政治的な意味で)
全くわけの判らない事をやっていたので、その意味では「実状の追認」でしかないと言う見方も
成り立ちうる話でもあろうが、ユニウス条約において独立国であると言う現実を〝改めて正式に公認させた〟
プラント側としては、晴れて独立国らしくそれでは、と言う感じで国家の独立と安全を保障する為の
国防兵備体制を堂々と整え始める様にとしたと言う事だ。

 

――無論、それもまたユニウス条約で相互に認め合った筈の条件内であるのだから、
本音としてはどうであれ、連合側もその点に関しては表だっての非難などは出した事が無かった。
それこそ、再びの開戦にと至った現在においてもなお。

 

唯一、それに文句を付けて来ていた「痛い存在」と言うのが、ユニウス条約の主旨からすれば
部外者でしか無い筈のオーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハだったわけなのだが。

 

間近にいればこそ、そんな彼女の心情そのものは十二分には理解しつつも、
それでもやはりそれは拙い事だったのだと現在ではようやく理解出来る様になって来ていたアスランだったが
この先において彼がまだまだ更に理解しなければならない〝特殊な事情〟もまた内包している、
アーモリー市でもあるのだった。

 

すなわち、カガリがデュランダルにと再三再四申し入れていた
(最終的には非公式ながら直談判に押し掛けるまでにエスカレートしたわけだけれども)
「元オーブ国民によりプラントへと流出した各種技術の、軍事分野への転用を即刻止める様に」との要求の、
その下地となっている現実である。

 
 

ナチュラルとコーディネーターの間の、新しい概念の〝人種対立〟による戦争であった前大戦の
全地球規模に広がった戦火の影響をその国是的なものの故にある意味で最も被る当事者となってしまったのが
かつてはシン自身もそんな内の一人として今は亡き家族と共に暮らしていた、
オーブと言う国に生きていた人々であった。

 

そもそも地球上に在る国ながら、例外的にオーブはコーディネーターに対しても寛容で、
ナチュラルとコーディネーターの別なく共存して行ける社会を指向している珍しい国として知られていた。

 

もちろんそれは単なる人道主義的見地のみに立脚しての話だと言う事だけでは無く、
独立した技術立国として小国ながらも侮られない力を得る為にコーディネーターの能力を活用すると言う
計算も含まれていたわけだが、それはそれで公平な待遇と正当な評価とを得られると言う事を
意味しているのだから、当のコーディネーターの側からしても何ら問題になるものではないと、
そう見なされていたのである。

 

ナチュラルが大多数を占める社会の中で、マイノリティーとして生きて行く事の厳しさと悲哀は
文字通りに身を以て散々味わわされ、重々に承知はしていつつも、コーディネーター達の中にもやはり、
「人間〈ひと〉として」生まれ育った母なる大地の上から離れて暮らすと言う事には
何かしらの躊躇を覚える者は決して少なくはなかったし、また幾らそうしない限りマイノリティーとしての
立場は変わらないからと言って、宇宙空間と言う〝辺境〟に、そのマイノリティー達だけが集い暮らす社会を
構築すると言う事に対しての危惧――それまで虐げられて来た事への反動もあいまっての閉鎖的・排他的な
集団無意識の醸成をも予想し得た、物事の見えている者達も、少数ではあっても確かに存在した。

 

そんな中で、コーディネーター達にと「ナチュラルとも普通に共存出来る社会」としてその門戸を開いた
オーブは、それらの考え方を持つコーディネーター達の受け皿となる事により、小国ならではのやり方での
その国力の増強を図ると言う戦略を選択していたと言う事だ。

 

国家の経営戦略としてならば、それは決して悪くない判断であったと言えるだろうし、
現にそれは確かな効果を発揮して、オーブはコーディネーター達の力も加味する事によってプラントにも
肩を並べうる独自の高度なテクノロジーを有する、技術立国としての立場を確かなものにする事も
出来たのだから。

 

しかし、ナチュラルの中の一部狂信的過激強硬派〈ブルーコスモス〉による
プラントのスペースコロニー群の一基、ユニウス・セブンへの無警告核攻撃と言う蛮行〈大虐殺〉によって、
長年に渡ってくすぶり続けていた導火線からついに爆発が起きるが如くに燃え上がった大戦と言う劫火からは
結局はそんなオーブもまた、傍観者の立場を守るだけで逃れ続けると言う事は許されなかった。

 

それも、ウズミ・ナラ・アスハと言う為政者の愚かさ故に亡国を最悪の形で迎える事となった後、
当然の帰結としてその国内社会もまた、かつてのままではいられなくなってしまっていた。

 

コーディネーター排斥路線の連合の前にと屈し、その占領統治を受ける事となった後のオーブでは、
もはやそれまでの様なナチュラルとの共存は危うくなる事を察したコーディネーターの国民の大半が、
今や唯一の寄る辺となる同じコーディネーター達の国――
ナチュラルとの共存を指向するコーディネーターであるが故に、それまでは選択肢に含められる事の無かった
――プラントへの移住を余儀なくされる様になったと言う結果がそれだ。

 

しかし、無論そんな元オーブ国民を主体とした難民と見なしても差し支えない様な〝同胞〟達を受け入れる
プラントの側とても、話はそう単純には行かない事情は当然ながら存在するわけだった。

 

シンがザフトのアカデミーにと入学してみて、周囲のプラント社会で生まれ育った連中達とは馴染めなかった
理由の一つだったと、ルナマリアが彼との関係を特別なものとする中で気付かされた様に。

 

実質的にほとんどコーディネーター達のみで構成されている社会であると言ってよいプラントの中で生まれ、
そんな世間を常識として育てられ暮らして来た者達と、
逆に地球上において大多数のナチュラル達に囲まれた社会の中で、マイノリティとして(オーブ国民以外は)
身を小さくして生きて来た者達とでは「同胞」〈同じコーディネーター〉だと言う意識は、
建前として唱えられる以上のものにはまず成り得なかった。

 

プラント育ちの者達からすればどうしても、
自分達コーディネーターの種の平等〈独立〉と生存権とを賭けて多くの血を流し戦って、
ようやくそれを勝ち取ったプラントに何ら協力したわけでもないのに、
その結果が得られたその後になってのこのこと「同胞だから~」と厚かましく押し掛けて来た、
ナチュラルかぶれの連中だ!と言う様な潜在的無意識は生じたし、
また逆にナチュラル中心の社会〈地球上の諸国家〉で生きて来たコーディネーター達からすれば、
プラント育ちの連中は、「外の世界の事」〈現実〉をろくすっぽも知らない(また知ろうともしない)
くせに、実はそんなに大したものでも無いコーディネーターとしての優越感情だけを
極端に肥大化させてしまった閉鎖的で排他的な人々だと、
やはり互いに相手の事はそういう風にと見えてしまうのだから。

 

それに加えてもう一つ、そんな〝新たなプラント国民〟となった地球上からのコーディネーター達の
その大半を占める旧オーブ国民には多くの場合、「家族の問題」が付いて来ると言う事情もあるのだった。

 

元の母国〈オーブ〉が、ナチュラルとコーディネーターが共存する融和的な社会を指向していたその結果が、

プラントでは「先祖〈ナチュラル〉返り」だ!(つまり、進んで行う〝退化〟と言う愚行である)と、
いい顔をされる事は基本的にまずないコーディネーターとナチュラルのカップリングと、
またその結果としてのハーフコーディネーターの子供の誕生も決して珍しいものでも無くしていたし、
或いはキラ・ヤマトやロンド・ミナ・サハクの様な、養子として迎え入れられてナチュラルの養親と
「家族」として暮らしているコーディネーターの例もまま有ると言う様な、
〝相互の関係〟を多数生じさせてもいたのだから。

 

「歴史は繰り返す」とは、確かに使い古された言葉ではあるが、
しかしながらその言葉が常に命脈を保ち続ける所以でもある――
やはりそれは人間世界〈この世〉の真理をまさに言い当てているものでもあるだろう。

 

そして状況はその言葉が見事に当てはまる構図だと言う事になるわけだけれども、
かつて地球上でマイノリティーとしての悲哀を味わわされ尽くして来た自分達がようやくの事で造り上げた、「そこから解放された(筈の)社会」が今、その内にと〝かつての自分達の様な存在〟が如き、
新たなマイノリティー達を迎え入れる側の立場にと回る事にとなったのだ。

 

これもまた人間の矛盾――皮肉と言うしかない現実なのだが、
不当な不遇を長きに渡って強いられて来た側が、ひとたびそこから逃れ得たその後に、
ではそんな自身は、寛容で公明正大に誰に対しても接して行けると言う例は、まずあり得ない。

 

〝同じコーディネーター〟ではありながら、オーブでナチュラルとも共存する生き方を選んだ者達には
予見し得ていた通りプラントと言う、そんな「コーディネーター達によって構成される社会」が
形になったその後に――
その社会の集団的無意識が、それまでの抑圧への反動が一気に吹き出して来るが故に
――「コーディネーターと言う種の優越」と言うイデオロギーに染まって行くと言うのは、
ある意味(〝人間の本質〟と言う意味合いで)ごく自然な成り行きだったと、
そう言えてもしまうわけだったが。

 

俯瞰的に見れば、そんなプラント社会が直面する事となった前大戦後の現在のこの現実と言うのは
これ程までに皮肉な話もまず無いだろうと、そう言われてしまっても確かに仕方が無い様な構図で
あったかも知れない。

 

一昔前……まだ宇宙と言うフロンティアにプラントと言う寄る辺も存在せず、
地球上〈圧倒的大多数のナチュラル達の中〉で謂われ無き差別や迫害に晒され続けながら、
怯え身を小さくして生きて行かねばならなかった過去を持つ自分達が、
ここでは今やその時のナチュラル達が如き「多数派」の立場であり、そんな彼らの前に現れた、
あたかも過去の自分達も同様の立場にいる〝ナチュラルに近しい同族達〟(及びそれに付随してくる
ナチュラルやハーフ達までもいる)と言う「マイノリティ」をその内にと抱え込んでみて――

 

プラント社会は「初めから無理があった」と言うしかないだろう、それまで目を背け直視する事から
逃げて来ていた〝現実〟の一面と言うものとの間のその軋みと、
否応なしに向き合わねばならなくなってしまっていたと言う事なのだった。

 

そして、もたらされたそんな〝現実〈状況〉の変化〟を、そのまま無条件・無考えに受け入れると言う事の
困難さをしっかりと想像し得ていた前政権――カナーバ議長以下の暫定評議会がその問題に対して採った
政治的対応と言うのは、いきなり混淆を行おうと言うのでは無く、とりあえずはその人々の当面の受け皿を
別個に用意して、言うなれば「一国二制度」式のやり方でもって適度にその間をセパレートしつつ
時間をかけて緩やかにその両者の融和を図って行く、段階的統合の方策を選択していた。

 

そして前政権〈暫定評議会〉の定めたその方針は、それが正しい措置であろうと認めた
後継議長のデュランダルにもそのまま引き継がれていたし、
むしろ彼によってそれをより深化・発展させる方向へも加速が付けられる様にとなっていたのだ。

 

即ち、カガリからは噛みつかれるその理由にもなった、
軍事分野をも含めてのそんな「ナチュラル混じり」達の存在が後押しをした、その結果としての
前大戦後のプラントの新たな技術発展には、実際に目覚ましいものがあったのである。

 

――コーディネーターとナチュラルの、その両者それぞれならではの長所をバランス良く
ハイブリッドする事が出来ていた立場であるが故に、それらオーブからやって来た
「(多数のハーフコーディネーターやナチュラルも交えた)新たなプラント国民達」の下には、
技術立国を自任するプラントにおいても未だ実用レベルには達していない様な、独自の発想や
それに基づいての実用化された理論や技術も実際に多々存在していたのだから。

 

つまり、デュランダルが付けた加速と言うのは、「実際の成果」と言う現実をもって
そんな新国民達はプラントにとっても実際の有益をきちんともたらしてくれ得る存在でもあると言う、
良い意味合いでの「実利」の側面をも実証させてみせる事によって
元来の国民である〝プラント育ちの〟コーディネーター達〈人々〉にも彼らの存在を認めさせる
その担保とする、と言う事だったわけである。
実際に現実のその成果として具現化するものを見せ付けられてしまえば、
原理主義〈コーディネーター至上主義〉に拘泥するが故に自ら進んで〝主観的盲目〟に走る様な
手合いでもなければ、その事実は認めざるを得ないと言うものだ。

 

もちろん、本音を言えば些か複雑――下世話な言い方をすれば「余り面白くはない」と言う事には
なるかも知れないが、そう言った潜在的な感情の問題は〝人間であれば〟誰しも、何かしらは持っているのが
当たり前なのだから。
それが実際の排他的、あるいは差別的な行動と言う形で顕在化するのでない限り、
わざわざそこに手を突っ込む必要もまた無い。

 

――それに、他方ではそんな「プラント新国民達」の側にもまた、彼らなりの立場や心情と言うものも
当然ながらあるわけだった。

長年に渡っての隔絶を経てきた〝プラント社会と言う異境〟に対しては、
実際にその内にと住み暮らす様にとなってみて、様々に思う処や感じる処と言うのは当然ながらやはり存在しはする。

しかし、そんな彼らとて理解してはいるのであった。
現在〈今〉のこの世において、自分達の寄る辺はもはや否応無しに
プラント〈ここ〉しか無いのだと言う現実を。
そしてその人々の大多数を占めている元オーブ国民達は特に、それを文字通りに
身を以て味わって来ていたが故によくよく思い知ってもいた――
自らの寄る辺〈国〉が亡びると言うのは、どういう事であるのかを。

 

つまり、そんな彼らにとっては二重の意味合いで「プラントの為にと必死で働く」理由と動機とが
あったと言う事でもあるわけだった。

 

時間をかけて融和を~の基本方針自体は肯定しつつも、同時に以上の様な状況までも見通して進められた
〝積極策〟により、多数派であるプラントコーディネーター達にはそれら外様の新国民達の存在への
心理的障壁を引き下げさせつつ、逆に新国民達の側に対しても良き意味合いでの彼らの自尊心を尊重しつつ
新しき寄る辺〈プラント〉への帰属意識を持たせ、しかもその成果として目覚ましい技術発展と、
それによる国力――防衛力も含めた、トータルとしての――増強をも成し遂げると言う、
理想と現実のそのどちらをも両立させる「真の意味での国益」の追求と達成を実現させつつあった
デュランダルの政治家としての見識と力量の証明だったと言えるだろう。

 

そして異邦人ならではの客観的視点でもってこのC.E.世界の状況を俯瞰しているハサウェイ達
マフティーの面々にとってもうであるからこそ、そんなデュランダルの政権下にある現在のプラントこそが
唯一、同盟を結ぶ事で協力関係を選択しうる対象にと成り得たのだ。

 

この様な事情が、デュランダルにアスランのみならずシンにもまた
「政治的な意味合いでの〝戦い〟」においても出来うる事があると言わしむる根本とも
なっていたわけなのだったが……。

 

その露払いをする。と言うのには大仰すぎるかも知れないが、間違いなく無関係とは言えない様な
事情を内包しているこの宙域の事情を背負って完成したばかりの最新鋭艦〈メガラニカ〉が
試験航海にと乗り出して行きつつあった。

 
 
 

試験航海中 宙母メガラニカ艦内(4時間前)

 

出航して来たL4の宙域を脱し、地球上で言うところの公海になぞらえて俗に〝公宙〟と言う風にも呼ばれる
月軌道内の広大な宇宙空間へと、メガラニカはその歩を進めていた。

 

ここまでの航海は至極順調なもので、戦時中の処女航海にと乗り出したこの艦と同様に
ザフト軍学校〈アカデミー〉を卒業して軍務に就いたばかりと言う新兵達がその大半を占めている
クルー達の間に張りつめていたある種の緊張感も、そのプラスαの部分に関してならば、
大分和らいでも来だしてはいる処だった。

 

とは言え、航法を始めとする艦の管制のその全てを司る発令所の中の空気が
弛緩していると言うわけでは無い。

 

そんな良い意味での適度な緊張感を維持させている要因であるとも言えるのが、
艦体のサイズにと正比例してやはり広大なスペースが取られている発令所内の指令ブースにと
仁王立ちしたまま、厳しい――生真面目な表情を浮かべている、
白服を身にまとう銀髪の青年指揮官の存在だった。

 

『発令所より全艦。現在までのスケジュールには遅延なし。
 向後状況に変化が無い限り、15分後を目途に第二体制へ移行する。以上』
そんな表情を和らげもせずにマイクを取り上げ、彼の指揮下に置かれた艦内にとそう下達し終えたその彼に、

傍らにと同様に立ったままでやはり状況を見守っていた浅黒い肌に金髪の緑服姿の青年が、
いかにも軽い調子で話しかける。

 

「あー、もし、隊長殿? 第二体制に移行って事は、我々もようやく一息入れられるって事で?」
「ディアッカ!何を軟弱な事言ってるか貴様はぁ! 俺達は艤装委員を拝命している立場だぞ?
 この試験航海が無事に終わるまで、気を抜いてなどいられるかッ!」

 

緑服の青年こと、ディアッカ・エルスマンがそれを言い終えたその途端に、間髪入れぬ見事なカウンターで
隊長のイザーク・ジュールからの叱りつける声が飛ぶ。
瞬間湯沸かし器を連想させる直情型の人であると言う事でもつとに知られる彼らしく、
ついつい力が入り過ぎてしまうせいでディアッカに浴びせた叱責の一言の発音が
「きしゃまはぁ!」と言っているかの様に聞こえてしまうと言う辺りも、その周囲の人々には
(ああ、またやってるよあの二人……)と言う風に内心で笑いを噛み殺しつつ見られてしまいもする、
微苦笑を誘われる処であったかもしれない。

 

「ハーネンフース!お前も笑ってないで、何とか言ってやらんか!」
一番間近でそんな二人のいつものやり取りを、やはり微苦笑を浮かべながら眺めていた
長い栗色の髪を持つザフトレッドの少女にも、そのとばっちり……もとい、参戦命令が飛ぶ。

 

いきなり水を向けられた格好のその少女――部隊内で技量No.1の座を互角に分け合う
隊長のイザーク・ジュールとその副長格(一号)でもあるディアッカ・エルスマンの二人に次ぐ、
ジュール隊No.3のパイロット(にして、もう一人の副長格)であるシホ・ハーネンフースは、
こちらもいつもの様に微苦笑を微笑気味へと変化させながら、先輩でありながら新参だとも言える
(ついでに言えば〝出戻り〟でもあると言う、なかなかに複雑な立場にいたりもするのだが)
ディアッカに向かって口を開く。

 

「エルスマンさん。あんまりそう言う事をペラペラと、
 口に出してしまうのはちょっとどうかと思うのですが?」
「ん? ああ、ごめんごめんシホちゃん。ついついさぁ……」
言われたディアッカの方もそう言って軽く頭を掻くような仕草で応じる。

 

決して声高に相手を叱り付ける様な物言いはしない少女なのだが、
お姉さんが子供に「めっ!」とやる種の類の雰囲気を漂わせる彼女には
(自分の方が年上なのにも関わらず)毎度ながら弱いディアッカではあるのだった。
そしてそんなディアッカに対しては今度は苦笑の度合いの方が大きい微苦笑を再び浮かべると、
シホは続けて隊長のイザークにも向き直る。

 

「ですが隊長。エルスマンさんの言われる事にも確かに一理は有ると思います」
言い方はあれですが……。と言うニュアンスではあったが、
同時にディアッカの言わんとする事自体は否定はしないし、自身も同感であると示すシホ。

 

体力的にもその限界値が基礎的に底上げ強化されているコーディネーターであるとは言え、
無論の事生物としての生理的な限界と言うものから逃れられるわけでは無い。
「状況はまだまだ途上で先は長いのですし、特に隊長はこれまでの間中ずっと気を張られ通しなのですから、
 エルスマンさんや私でも代行が出来るところで適度にお休み頂きたいです」

 

「む……」
緊張もそうし通しでは疲労して、いざと言う時に判断ミスをしてしまったり使い物にならないと言う
悪循環もあり得る。故にそれを避ける為にも適宜の弛緩も必要である。

 

ましてや前大戦の負の影響である慢性的な人員不足(その深刻さの度合いならば、ザフト――プラントの方が
敵である地球連合側を遙かに凌ぐかも知れないくらいだ)が端的に現れている証左でもあろうが、
軍学校を出たての新兵の少年少女達に大半を占めさせる格好となっている乗組員〈クルー〉達の
その人数自体も、いくら実戦ではなく試験航海なのだとは言っても本来の実戦運用に必要とされる
最低現の人数すらも大幅に割り込んだ、極端に少ない人数でもって運航が行われているのだから。
その分のしわ寄せまでも上乗せされて来るのは自明の話だ。

 

その様な状況を踏まえれば当然の忠告ではあるわけだが、逆にそうだからこそそれを言うその相手によっては
素直に聞けなかったりもするという、やっかいな人間の性行にも関わるものだとも言える。
しかしそれを素直に頷かさせる辺りが、シホと言う少女の人徳であると言う事なのだろう。
押しが強いと言うわけでは全くないのだが、イザークも進言をして来るのが彼女である場合には
何だかんだは言いながらも素直に受け入れる事が多いのであった。

 

「……成程、確かにそう言われればそうかも知れんな。
 分かった、では第二体制への移行と共に当直要員の交代を行う事とする!」
イザークはブリッジクルーにとそう全艦に下達する様にと指示を下すと、シホに対して
貴様とディアッカの二人にしばらく当直を委任し、自分も非直に入らせて貰う事にしようと呟いた。

 

「はい。お任せ下さい!」
安心したと言う微笑と共に隊長に対して敬礼を返すシホ。

 

そんなやり取りを見守っていたディアッカが、(お見事!)と言う目線をシホにと送り、
それに気付いた彼女の方も軽い微笑を浮かべて頷きを返す。
「イザークの奴〈アイツ〉、シホちゃんの言うことなら素直に聞くのな」と、彼が述壊する所以であったが、
その彼に対してはイザークもしっかりと、
「貴様の非直入りは俺が戻って、代わりにハーネンフースが非直に入ったその後だぞ?」と
釘を刺して置くのは忘れなかった。

 

「へいへい、任されましょう」
そう言って、手をひらひらと振って見せながら了解の意を示すディアッカ。

 

一見しただけではちゃらんぽらんにしか見えないが――事実、始めの内は本当にただそれだけなのだとしか
思えず、心服するジュール隊長がどうしてあんな人と……。と言う風にしか思えなかったシホにも
それは傍目にはそう言う風に見せておくと言う、言わば〝ごく自然にと互いにやってのけて見せている、
高度な腹芸〟とでも呼ばれるべき類のものなのだと、今ではもう理解が出来ていた。

 

とは言え、彼女の様にそれに気付ける者の方が少なかったりするのもまた事実であり、
厳格な指揮官〈イザーク〉が非直に入り、代役が〝ゆるいエルスマンさん〟だと言う状況から来る
微妙な弛緩がブリッジをはじめ全艦を緩やかに浸しだそうとしていた。

 
 

――そんなやり取りが行われていたその数時間後に、まさかそういう状況が見事なまでに
暗転する事となろうとは……。

 

それを想像し得たブリッジクルーをはじめとする乗員達は、〝ごく一部の例外〟を除けば、
この時誰一人として存在しなかったのだった。

 
 
 
 

総員退去中 超宙母メガラニカ(再び現在)

 

新兵揃いと言う状況故にの相応の混乱こそは有りもしたが、総員退去はおおむね順調に進んでいた。

 

ザフト随一の――と言うよりは、C.E.〈この世界〉でも宇宙世紀世界同様に存在する木星往還船を別にすれば〝規格外〟と言っても良い規模の巨艦であるのは事実なのだが、前倒しの試験航海と割り切ったと言う理由で
文字通り本当にギリギリの運航人数のみでもって行われていたが故に人数もおらず、
更に人員が実際に配された区画自体もごく一部のみであったが為に時間のかかりようが無かったのだとも
言えるのが、何とも皮肉な話ではあったのだけれども。

 

実際の乗員数が少な過ぎる為に、多数の内火艇〈ランチ〉が使用される事も無いままに放棄された状態の
第1格納庫内では、退艦ぎりぎりまで残っていた最後の乗組員〈クルー〉達がやはり最後となるだろう
MSの発進管制に当たっているところだった。

 

「――既に他のクルーは総員、シャトルに分乗しての退艦完了しました。
 護衛に当たるジュール隊のMS各機も合わせて発進済みです」
今回はここのみで運用されていた第1格納庫に直結のサブ発進管制所にと詰め、
全乗員の退艦管制を担当していたオペレーター達からの報告に、
その背後にと立って状況を見つめていたイザークは頷いた。

 

「了解した。最後までご苦労だったな」
厳しい表情は浮かべたままながらそう言って殿軍〈しんがり〉役を務めていたブリッジクルー達を労うと、
イザークは「では、貴様らも退艦せよ」と、彼らにも最後のシャトルに移乗する様にと促す。

 

『ディアッカ、ハーネンフース。お前達二人で最終のシャトルに付け。最後の発進管制は、俺がやる』
管制室からの退去をしかけた新兵達の耳にはそう指示を出す隊長の声が聞こえ、
まさか、隊長は残られるおつもりですか!?と、思わず足を止めてしまった彼らに、
イザークは苦笑して首を振った。

 

「ああ、心配するな。幸い俺が乗る機は〝カタパルト射出無しでも大丈夫なやつ〟だ。気にせず早く行け」
いつもは厳めしい表情を崩して言う指揮官に、新兵達は安堵の表情を浮かべると、
一斉に敬礼して駆け出して行った。

 

それを見送ったイザークの装着するインカムに、不意にディアッカの声が入る。
『お見事。流石だな、〝隊長〟殿?』
振り返ると、ディアッカが新たな乗機として駆る様になっていた黒いブレイズザクファントムに、
管制ブース内を格納庫側から覗き込ませていた。

 

ディアッカもいつもの調子の物言いだったが、そう言われたイザークの方もいつもとは違って苦笑で応ずる。
『ふん、抜かせ。まだ状況は進行中だ。お前達なら手抜かりも無かろうが、頼むぞ?』
『あいよ。それじゃな、お先』
心得顔で頷いて、ディアッカは自分のザクをカタパルトへと進めて行く。

 

『ジュール隊、ディアッカ・エルスマンだ。ザク、発進する!』
ディアッカの駆る黒いブレイズザクファントムがまずカタパルトから射出され、
続けて最後の乗組員達を乗せたシャトルが発進してその後に続いた。
これで残るは続いて発進するシホのとイザーク自身の乗るMSのみとなっていた。

 

『それでは、隊長。お先に行かせて頂きます』
ディアッカ機とは入れ違いの格好で発進ポジションに着く、やはりパーソナルカラーを許されている
ブレイズザクウォーリアを駆るシホからも通信が入る。

 

『ああ。そっちは任せるぞ、ハーネンフース』
『はい! ジュール隊、シホ・ハーネンフース。ザク、行きます!』
そんなやり取りを交わしてから、イザークは手元のコンソールを操作して彼女のザクをカタパルトで
加速して射ち出して送り出す。
発進をさせた側の事後確認〈見送り〉までもちゃんと終えて、イザークは残るは彼のみとなった
巨艦の中を見回した。

 

「短い付き合いだったな、貴様とも。ま、達者でな」
誰言うともなしにぽつりとそんな事を呟くと、イザークは用意は済まされていた自身のパイロットスーツにと
手早く着替え、自身の乗機が待つハンガーデッキへと歩を進める。
やがて――

 

『ジュール隊、イザーク・ジュール。〝セイバーインパルス〟ガンダム、退艦する!』

 

最後まで律儀にそう宣言をして、イザークは新たに与えられた自身のガンダムをスラスター噴射のみで
ゆっくりとMSデッキから離艦させると、推力を機体の後方にと収束させられる航空機型のMA形態へと変形させ
部下達の後を追って彼方へと一気に飛び去って行った。

 

かくしてその場に残されたるは、今や間近に迫り来る最期の時を虚しくただ待つのみの
主無き物言わぬ巨艦だけ――
ザフト期待の新戦力となる筈だったギガントスーパーキャリアは、その真価を一度たりとも発揮する事無く、
進宙から1日も満たずで虚しく宇宙〈そら〉の藻屑と消える。
戦史に詳しい一部の者には「なんてこった、我々は〝シナノ〟の上を行っちまったぞ!」と、
嘆かせる事にもなったりもする、ザフトにとっては誠に不幸な結末であったわけだが――

 

と、そういう状況になった。

 
 
 

――〝その筈〟であった。

 
 
 

『ふん、ようやく行ったかよ』
各種のセンサー類は勿論の事、肉眼でも〝何も見えない〟宇宙空間の一隅で。
そんな呟きを発した者がいた。

 

『エザリアの小倅め。往生際悪く艦を放棄しない様な奴では無いと言う辺りは、
 まあ褒めてはおいてやろうじゃないか』
おかげで、こっちも「仕事」がやり易くなってはいるからねと。
〝エザリアの小倅〟と言う呼び方、それ自体に揶揄や軽侮の念も含みながらイザークの事を評する、
女の声がそれに応じる。

 

『しかし、艦〈フネ〉もそうだが、奴が乗って行ったあのセカンドステージシリーズ機も、
 しっかりと「新型シルエット」付きのやつだったな?』
最初に口を開いた男のものとは別の男の声がそう呟きを漏らし、イザークを小倅呼ばわりした女が
それに対しても応じて再び言う。
『ああ、デュランダルの奴も本当に〝芝居が上手な悪党〟だねぇ……。
 こうやってその裏で着々と軍備増強を進めているって言うのにさ。
 それをおかしいとも思わずに、それどころかああやって新型機を与えられてコロリと丸め込まれて
 喜んで尻尾を振っている様じゃ、幾らラクス様に対しては好意的だとは言われてたって、
 イザーク〈あのお坊ちゃん〉も所詮アテにはならないタマって事だね。
 けどまあ、脳天気な多くの連中は騙せても、ターミナル〈あたしら〉の目までは誤魔化せない。
 黙って見ちゃいないよ』
そう言い切って。

 

『よぉし、それじゃ、おっぱじめるかい!』
と、女は状況開始を宣言する。
『おうよ!』
そして異口同音にそれに応じる二人の男と、その他複数の男女の声が唱和して――〝彼ら〟は動き始めた。

 

『ミラージュコロイド解除! 前進する』
艇長席〈キャプテンシート〉に着いた男の声と共に、ミラージュコロイドを使用してそれまでじっと
その場に留まって隠れていた一艘のMS搭載型シャトルが姿を現す。

 

『全周警戒! 付近にザフト、及びその他勢力の機影も……完全に反応無し!』
『目標まで、距離800。右舷へ変針2!』
オペレーターやコ・パイロット達も、各自それぞれの仕事を果たしつつ報告を上げる中、
キャプテンシートの艇長に対しては、艇内に格納して来ていた即時発進待機中のMS隊パイロットからの
連絡が入る。

 

『キャプテン、もういいね?』
いい加減に待ちくたびれたよと言う感じの獰猛な笑みを口元に浮かべて、
アイパッチの赤毛の女がモニター越しにそう確認を寄越す。

 

『ああ、先行してくれヒルダ。それで問題がなければ、このままあの第1〈シャッター開口されたままの〉
 デッキに入る。頼むぞ、〝三重星〟!』
操縦席のビューポート越しに目指すメガラニカ〈巨艦〉への着艦予定箇所を遠望しつつ、
キャプテンは先行させるMS隊に発進を促した。

 

『了解。ヒルダ・ハーケン、出るよッ! 遅れるんじゃないよ?マーズ、ヘルベルト!』
『応!』
ニヤリと笑って発進を宣言するヒルダと呼ばれた女の声に、先程彼女とやり取りを交わしていた二人の男も
同時に応じ、虚空にと向けて既に開いていたシャトルのメイン・カーゴハッチから、
見るからに重量級と言う印象を与える3機の同型のMSが一斉に飛び立った。

 

ブラックとパープルをベースに彩られたそのMSの姿をもし目にしたなら、ここでもまたマフティーの面々は
「またかよ……」と言う感じの(もはや麻痺しかけていて大して感じなくなりそうではあるのだが、一応)
驚きを感じさせられる事にはなるであろうその機体の名は、〝ドムトルーパー〟。

 

元々は〝ザク(ウォーリア/ファントム)〟や〝グフ(イグナイテッド)〟に続く
新世代量産型機〈ニューミレニアムシリーズ〉の一つとして設計されていたこの機体はしかし、
そんな兄弟達とは異なり、コンペではその設計思想には多分に先進的過ぎる部分が多いが故にと、
再び戦争が始まってしまった状況下では先行する高性能な新鋭機たるだけのポテンシャルが
既に実証されていたザクシリーズの建造配備をまずは優先すべきと言う事で、
実機の建造と開発は当面「保留」の扱いとされていた筈の代物だった。

 

ところがその後に、自分達以外の勢力〈他者〉の持とうとする武力はすべからく圧制や侵略、戦争を
肯定する為の悪しき手段〈道具〉に過ぎないと考える彼ら――ターミナルと称される非公然組織――の
手によって〝未然に〟ザフトの公式アーカイブからはそのデータの一切が密かに抹消破棄され、
更には当のそのターミナルの下において、更なる改設計を加えられた上で、
彼ら「真の平和の護り手たる者達〈ターミナル〉」の為の剣となる高級量産機の位置付けで、
〝ドム〟はその立ち位置を大きく変えてこの世へと生まれ落ちていた。

 

ぱっと見には鈍重そうな印象さえ与える重量級の機体はしかし、やはり異世界〈宇宙世紀〉の兄弟達と同様に、大推力を備えた機動性の高さを売りとしている。
更にはターミナルが独自に加えた改良点として、ハサウェイ達マフティーの面々であっても
多少目を剥くかも知れないこの世界ならでは技術の最先端の結晶たる、ビーム・シールド――
ザフトから技術研究の成果をコピーして盗み出すと共に、そちらの開発進行に遅延を招く様な妨害工作も
同時に実施して、先んじて実用配備品を完成させていた――をも装備しており、
防御面においても不安は無いと言うことで、文字通りに海賊的と言ってもよい今回のこの任務に
デビュー戦としての白羽の矢が立てられていたと言うわけだ。

 

かくして、本来ならばと言うのとは異なる形で邂逅を果たしたザフトの最新鋭艦へと接近をした
ターミナルの最新鋭MSたちは、目標も最新鋭艦であるだけに、自分達の有するやや古いザフトの
IFF信号パターンが認識されずに「不明機」と見なされて、近接自動防御火器に
迎撃されるかも知れないと言う可能性への警戒をしていたのだったが、それも杞憂に終わり、
何らの妨害も受けるもことなく巨艦のその舷側にと取り付く事に成功し、
それを確認して接近して来たシャトルと共に、虚空へと向けて解放されたままの超巨人宙母の
第1デッキの中へと進入を果たす。

 

『よし、さっさと済ませるぞ!』
『了解!』
キャプテン以下、シャトルから降りて来たターミナルの面々がノーマルスーツを着込んだままに、
先程までイザークとその部下達が詰めていたメガラニカのブリッジへと乗り込むと、
各々手近なオペレーター席へと腰を落ち着けて一斉に作業にと取りかかり始める。

 

『まずはこの耳障りな警報を、さっさと止めちまってくれよ』
自身も手近なシートにと着いて作業にと加わりながら、ヒルダが言う。

 

『ヒルダの言う通りだぜ。こう五月蝿くてかなわないんじゃ、落ち着いてデータも拾ってられん』
彼らの艦内への侵入後も変わらずに、主達無き後の(無人である筈の)艦内にと流れっぱなしの
警告のアナウンスに顔をしかめ気味にそう言う、三重星と呼ばれたドムトルーパーパイロット達の一人である
マーズ・シメオンもヒルダの言葉に頷く。
無論、口ではそんな事を言いつつも、淀みなく自身の手元のコンソールの画面を確認し、
キーボードを叩く手も止めずにせっせと艦のコンピューターから様々なデータのコピーを取る(盗る)作業を
行っているのだけれども。

 

『ええ、勿論です。すぐにロックプログラムの……解除キーを流します』
オペレーター席にと取り着いている女性兵士が、ヒルダやマーズの催促にもそう応じて手元のコンソールから

「とある文句」を打ち込み始める。

 

その一文で形作るコマンドの入力が実行されるや、一拍の間を空けて、耳障りに騒ぎ立てる警報音と
自動警告アナウンスとがピタリと止まり、非常灯の赤光も通常の照明にと順次復旧をし出して行く。

 

パージさえ出来れば他への影響は最小限に食い止められる一ブロックに仕掛けた時限爆弾の爆発をきっかけに
作動する様にと、彼らターミナルがこの艦全体の制御を統括するメイン・コンピューターにと密かに事前に
〝仕込んであった〟フェイルセーフ系全システムの反応凍結と、機関系を自壊へと「暴走させる」
プログラムが、それによって解除されたのであった。

 

「ふん。どうやら成功した様だな」
それまで閉じたままにしていたパイロットスーツのヘルメットのバイザーをようやく上げて。
左の額には縦に一筋走る縫合痕を持つ四角い顔をしたもう一人のドムパイロット、
ヘルベルト・フォン・ラインハルト――流石に今はそうしてはいないが、

普段はボルトを禁煙パイポの様にく口にくわえていると言う癖とも相まって、
眼鏡をかけたフランケンシュタインをイメージさせる男である――が呟く。

 

「ああ、これで吹っ飛ばした区画だけパージしてやれば、後はこいつを回航するだけだ」
同様にヘルメットのバイザーを上げての肉声でヘルベルトにと頷いて、
キャプテンが自分達ターミナルの手で爆破した右舷第7ブロックの、強制パージの操作コマンドを実行する。

 

ややあって彼らが占拠する発令所にも微かな振動が届く――爆発ボルトの一斉作動により、
破損したブロックが丸ごと艦本体から切り離された証だ。

 
 

作戦成功!
ターミナル〈自分達〉が仕掛けた策略によりまんまとザフトを出し抜き、
その〝過剰な武力増強〟の象徴を芽の段階の内で未然に摘み取りつつ、
それもただ単に除去するだけでは無く同時にそれをターミナルの更なる戦力の充実にも利用する――
こんな大巨人も、心悪しき者達の戦争の道具として使われるより、
それに抗う「唯一正しき〝力〟である我ら」の為の戦力として尽くす方が、
遙かに幸せであろうと言うものだ。
そんな意識を共有する彼らターミナルの面々の表情には、一様に笑顔が浮かぶのだった。

 
 

「よし、それでは……」
回航を始めよう。キャプテンがそう言い掛けた、その途中で彼の言葉は中断を余儀なくされる事になった。

 

「ッ!?」
その瞬間、不意に異変が彼らを襲う。
つい先程、彼らが〝復旧させた〟筈の状況――通常の照明が落ちて薄明るい非常時用の赤色灯への
切り替わりと、再び各スピーカーから一斉に流れ出す警告の自動音声とが、再び始まったのだ。

 

「どういう事だ!?」
流石に驚いた様子でそう声を上げながら、周囲のオペレーター席にと着いている同僚のヘルベルトや
キャプテンらの同志達に問いを投げるマーズ。

 

「待て……」
そう言ってマーズ――また彼が先にそうしたが故に、自身は黙ったままに顔を向ける仕草だけで
同様に問うて来るヒルダも――をそう言って制し、ヘルベルトはキャプテンらと共に再度の異常発生の
原因を探り始める。

 

「…………くっ、こいつは!」
ややあって再び口を開いたヘルベルトの声には、珍しく舌打ちする様な感情が露わになっていた。

 

どういう事だい?とヒルダが尋ねる前に、先程も打ち込んだ「解除キー」を再度入力していた女性兵士が
声を上げる。
「駄目です!解除プログラム、機能しません!」

 

「何だと!?」
そう驚きの声を上げるキャプテン達の耳に、〝ヘルメットの骨伝導マイク越しに〟のヘルベルトからの
通信――いち早く、彼が開けていたヘルメットのバイザーを再び閉じたと言う事だ――が届く。
『まさか、こうなるとはな……。流石に想定の範囲外だ!』
いつもの様な冷静さはすぐに取り戻しつつ、若干の自虐を感じさせる様な皮肉げな口調で
黙って説明を待つ同志達へと、把握した状況を伝え始めるヘルベルト。

 

本来ならば、先程打ち込まれた解除キーで「異常」は全て復旧し、
この艦は彼らターミナルの下に制御を取り戻す筈だった――何しろ一連の制御不能と暴走とは、
全て彼らが仕組んで仕掛けた人為的なものであったのだから。
実際には何らの異常が無いにも関わらず、異常有りと言う偽りの情報を出して送り続ける事で、
動作する本来はフェイルセーフ用の非常体応のシステムを逆手に取る事での、
言わば演出された「暴走」である。
その〝誤信号〟の送出を止めさせ復旧させる事の出来る唯一のツールである、(仕掛人の)彼らだけが知る
解除キーを送る事で、そこから容易に復旧させる事が出来る。

 

その筈であった。
いや、事実そうして一度は彼らの眼前で実際に復旧はしていたのだ。

 

それが、何故また?
と言うその理由とおぼしきものに見当を付ける事が出来たヘルベルトの説明に、
愕然とさせられるターミナルの面々。

 

異常検知の制御信号系プログラムへの復旧は、確かにちゃんとかかってはいた。
ただし、実際のそこに現出する事となった「想定外の状況」のその理由とは、簡単に言えば、
彼らが仕掛けた偽りの異常発生と言う状態が、制御システムの大本の部分にまで
そう認識させると言うところまで行ってしまっていたと言う事なのだった。

 

そういう風になってしまっていれば、制御系システムの構成上で従属する下位の部分で幾ら復旧をかけた処で
大本の方では異常を〝感知し続けて〟おり、それを保持したままでいると言う状況には
何ら変わりが無いのだから、状態は彼らがイザーク以下のザフト将兵を総員退艦へと追いやる事にさせた、
その時のものへと再び回帰するだけである。

 

ひどく大ざっぱに言えばだが、要はそう言う事が起きてしまっているのだろう――無論、精査すれば
本当の処は違うのかも知れないが、悠長にそれをしている時間は無いのは言うまでもない――
と言うのを理解して、一様に苦虫を噛み潰した様な表情にとなるターミナルの面々。

 

「要するに、このデカブツは――動かしてた連中だけでなく、
〝その中身〟の方も急造の粗製だったって事かい?」
呆れたもんだと言う声を上げるヒルダ。

 

マーズやキャプテンら、大半の者が同感と言う感じで頷くが、そこでヘルベルトにと倣って
自らのヘルメットのバイザーを再び下ろして、ヒルダはきっぱりと言う。
『ま、そういう事なら仕方がないね。奪取したこいつを手土産にして帰って献じる事で、
 ラクス様にも喜んで頂きたかったけどさ……。
 それでも、少なくともザフトの奴らの過剰な軍備増強の野望の実現そのものは挫けるんだ。
 このまま沈むに任せる!』

 

それでいいね?
〝主目的〟それ自体は問題なく果たせるんだからねと、未練を断ち切る様にきっぱりと言うヒルダの決断に、
マーズもヘルベルトも、そしてキャプテン以下他の同志達も揃って頷く。

 

「そうと決まりゃ話は早い。頂くものだけは頂いて、とっととずらかろうや?」
そう言って、マーズも立ち上がりながらヘルメットのバイザーを下ろす。
『そうだな』
『データのコピーの方は、後10秒もせずに終わります!』
ドムトルーパーパイロット三人組に従うキャプテン以下のシャトルクルー達にも、否やも抜かりもなかった。

 

かくして巨人超空母強奪作戦を企図したターミナルの面々は、
その作戦目的を前半分(ザフトの手にはこの戦略級兵器を渡さない)のみの成功だけでよしとする事にして、
乗って来たシャトルにと再び駆け込んでメガラニカを後にする――
普段であれば、自分達の手で自沈させる様に爆弾を仕掛けたり、去り際に一撃をくれてやっている処なのだが
流石に相手がでかぶつに過ぎるのと、放って置いても間もなく爆沈する筈の代物であり、
そのでかぶつさ故に、一刻も早く自分達も安全圏へと逃げないと巻き込まれかねない危険性がある為に
――三十六計逃げるにしかず!の勢いで遁走して行くのだった。

 

やがて、全力で遠ざかりつつある彼らの後方で、まるで虚空に咲く巨大な花火を思わせる様な大爆発の光芒が
宇宙空間にと広がって――そして消えた。
超巨大宙母〈メガラニカ〉が、極端に短いその生涯を終えたと言う事だ。

 
 

手に入れ損ねた大物を惜しむ気持ちと、しかし戦略レベルで悪しき軍事力〈ちから〉の膨張を
挫いてみせたと言う達成感とをない交ぜに、いつも通り通常の航路を避けて帰還の途につく彼らには
予想だにしない〝二つの作戦〟が、実は今この瞬間にも、彼らの敵手とその協力者達によって
密やかにと進行し始めていたのだったが、
さしものターミナル〈彼ら〉も、それには全く気付く事は出来なかったのである……。

 
 
 
 

地球、黒海沿岸都市ディオキア市街 ホテル・グランシャリオ

 

超高級ホテルのメイン・ダイニングのフルコースディナーなどと言う、元の世界にいた頃の感覚からすれば
目を剥きそうな贅沢を享受させられながらの会食は、そう言う意味での〝緊張〟はやや見せながらも
和やかな雰囲気のままに進んでいた。

 

デュランダル議長からの招待を受ける格好で、ハサウェイとイラム以下マフティー実戦部隊側の首脳陣は
ディオキアでの上陸休暇の宿にと提供されたホテルのレストラン内の個室で、
晩餐の卓を囲みながらのトップ同志の会談を行っているところだった。

 

これからちょうどメインディッシュが運ばれて来ると言うタイミングで、一度席を外した秘書官のサラが
僅かに微笑を隠しきれない様子で戻って来ると、そのまま議長にと近付いて何事かをささやいた。

 

「そうか」
それを聞いたデュランダルも小さくそう呟き、その表情にも同様の小さな微笑が浮かぶ。

 

朗報であろう事だけは感じ取る他の列席者達にと向けて、
デュランダルは自らの口でその表情の理由を告げる。
「ちょうどいい、祝杯と行きませんか? たった今、宇宙のウェッジ船長より連絡が届きました。
 文面は、『テティス海を見ゆ』です」

 

(!)
その符丁の意味する処に、ハサウェイ達マフティーの面々もやはり同様の表情にとなって。
そうして一同はデュランダルの音頭通りに、作戦成功を祝する新たな乾杯を交わすのだった。

 

「しかし、……豪儀と言うか、議長も思い切った事をされますね」
驚嘆とある種の呆れ感とをない交ぜにしながら、そう水を向けるイラム。

 

戦略級の兵器だと言っても過言ではないゴンドワナ級の最新鋭艦を丸々1隻、
惜しげもなく手放す格好で実行されていた極秘作戦――
ザフト側は議長とその僅かな側近(イザークとその副官格二人は、もちろんその内に含まれている)のみが
知るだけで、作戦実施の主体は宇宙にと上がっていたブリンクス・ウェッジ船長達マフティーの
後方支掩部隊の面々が担っている――
すなわち、その姿をじっと潜めたまま容易にその尻尾も掴ませない獅子身中の虫たる
〝ターミナル〟なる連中へと、出て来ないと言うならば、こちらから出て来る様に仕向けてやればいいと
言う事で、その眼前へと無視しておくには余りにも大き過ぎ、美味しくあり過ぎそうな
餌をどんと置いてやり、そしてまんまとそれに釣られて出て来て食らい付いた悪食共を、
確実に捕捉しその尻尾を掴む為の契機にする。
そんな意図でもって実行されていたのが、完成したばかりのゴンドワナ級超大型宇宙母艦二番艦メガラニカ
と言う豪儀な撒き餌――にして、実は毒饅頭なのだが――を用いての、
今回の誘い出し作戦だったと言うわけなのだ。

 

「なに、それもあなた方のガルナハンでの作戦でも実践されていた、大物を釣りたければその為の餌は
 惜しむべきではないと言う教訓に従わさせて貰えばこそのものですよ。マサム参謀」
そう応じて微笑の度合いをやや深めるデュランダル。

 

先だってのガルナハンでのローエングリンゲート要塞攻略作戦においてマフティー側が立案した作戦の一部。
即ち地球軍の誇る「陽電子」砲ローエングリン〈最強の矛〉とリフレクター搭載MA〈無敵の盾〉の
その両方を引き付け、釣り上げる為に同じ「陽電子」砲を持つ二隻の戦艦、ミネルバとディアナを
繰り出して撒き餌にと使ったその戦術。
敵〈相手〉の心理を読んで嵌めると言うそれに、倣ってみましたとあっけらかんと言われてしまっては、
イラムも苦笑するしかなかった。

 

「それに、〝現場レベルでの欺瞞手法〟のヒントについては地球軍――正確にはロゴスの尖兵であろう、
 ミネルバではボギー1と呼称を付けた、アーモリー・ワンを襲った謎の部隊の母艦である
 敵艦が与えてくれました……」
と、デュランダルが言うのは、今次の戦争のきっかけとなったユニウス・セブン落着事件にと先立つ、
アーモリー・ワンからのザフトの新型ガンダム〈セカンドステージシリーズMS〉強奪事件の
実行犯部隊を追うべく緊急出撃したミネルバが、捕捉して攻撃しようとしていた敵母艦〈ボギー1〉が
切り離した増設推進用プロペラントタンクをその鼻先へとぶつけられる格好で爆発させられ、
まんまと出し抜かれて逃げられた時の経験――
その時、デュランダル自身も襲撃の混乱下にあったコロニー内から避難して来たミネルバが
ボギー1追撃の為にとそのまま急遽実戦デビューとなったが為に、退艦する暇もなく
状況をその艦橋内で見届ける格好にとなっていたのだ――を分析して倣ってみた結果である、
メガラニカが爆沈したと思わせる為の爆発の〝演出〟についてである。

 

一目散に遁走するターミナルの連中が自身の探査も不可能になる圏外まで遠ざかった事を確認した後に、
〝仕込まれていたプログラム〟にと従ってモジュール構造を採用している艦尾側の1ブロックを、
メガラニカは自動的に切り離していた。
そして空荷の筈のその区画にと密かに搭載されていた、廃棄艦数隻から流用して来た元々不安定だった
機関ブロック〈融合炉〉群――実は二度目の「暴走の警報」は、そこが出元だった――を
過負荷状態にしたまま、切り離して宙空へと放出。
そしてそれらを自壊爆発させる事によって、遁走しながら後方を観測中のターミナルの連中の遠目には、
動力系統の誤暴走により艦が爆沈したと見える様に演出すると言う、
計画通りに事態は推移したと言う事だった。

 

そして、彼らの側が逆に仕掛けを開始した作戦はむしろ、そこからが本番だと言えるのだ。

 

ガルナハン作戦とやはり同様に、現場レベルでの絶対無二の切り札〈ジョーカー〉となるのは
異世界の懸絶した技術装備を有するマフティーの存在である。

 

確かにその神出鬼没ぶりを担保している意識の証左でもあろう、ターミナルの連中の
「見つからない様に」の動きっぷりそのものは、相当に用心深いものではあった。
しかし、ミノフスキー粒子と言う妨害因子が存在しないこのコズミック・イラの世界においては
その本来の性能をフルに発揮出来る、マフティーが持ち込んだ宇宙世紀世界製の装備の持つ探査能力は
文字通りに〝非常識〟と言う以外に無い代物で。
この世界の現有技術力ではとうてい感知できない〝大遠距離〟から、受動式〈パッシブ〉探知だけで
ほぼ完璧に捕捉し、一方的に監視を続ける事が可能なのだった。

 

そういう前提を踏まえたその上での話だと言う事だが、幾ら相手が神出鬼没なやっかいな連中であるとは言え
初めからそこに来ると判っているならば――無論、そうなる様にと自ら誘い込んでいたからこその
ものでもあるわけだが――幾らでも仕掛けようはある。

 

自分達が常に謀略を仕掛ける側であり、まんまとザフトを(時には敵である地球連合軍等に対してもだが)
出し抜いていると言う自負を強烈に持っている事は疑いないであろうターミナルの連中であればこそ、
まさかそんな自分達の方が実は相手の掌の上で踊らされているなどとは、
そんな可能性はまず夢にも思わない事であろう。

 

デブリ帯に近い宙域に、ミラージュコロイドで身を隠しながらメガラニカの到来をじっと待ち伏せていた
ターミナルの尖兵達にとっても、そんな自分達には感知不可能な遙か遠方より、
自分達の事をじっと監視している者達がまさか存在しようなどとは、全く想像の範疇外であった。

 

宇宙世紀世界ではお馴染みのアイテムの一つだとも言える、微小惑星〈岩塊〉に見せかけたダミーバルーン

(と、適宜散布するミノフスキー粒子の薄いベール)の陰から
ターミナルのメガラニカ強奪作戦の顛末を、この作戦の為にと準備された二隻の高速スループにと分乗した、
ブリンクス・ウェッジ船長以下のマフティー後方支掩部隊の面々の目がじっと見続けていた。

 

そして嵌めたつもりが逆に嵌められた(とは当の本人達は気付いてもいないのが滑稽でもあるが)
ターミナルの連中がメガラニカから泡くって逃げ出した処から。
待機していた彼らの作戦も、本段階のスタートとなる。

 

彼らが分乗するザフトより提供された二隻のスループには、彼らマフティー後方部隊が宇宙へと
上がるに当たって一緒に持ち込んだ、カーペンタリアにと置いてきた二隻の支掩船のものだった
各種の装備を載せ替えている。
――それもあって彼らは、この宇宙における新たなフネたちにと、
この世界へと彼らを運んで来た老嬢〈支掩船〉たちの名をそのまま引き継がせていたのだった。

 

そして彼らマフティーの新たな二隻の支掩船は、かねてからの作戦プラン通りにここで二手にと分かれた。

 

指揮官格のウェッジ船長率いる〝ヴァリアント〟はそのまま密かにターミナル実働部隊の連中が乗る
シャトルを追跡し、その監視に当たる――かなり本気で、その秘密拠点をも探し出すつもりだ。

 

一方〝シーラック〟の方は、ここで再び無人となったメガラニカへと接舷し、
巨艦を三度有人の制御下に置きにかかる。
但し、そうして再びその道行きを正常なものにと戻した後の巨艦の向かうその先は、
プラントが領有する宙域のいずれかではなく、前大戦の戦火が生み出した負の産物の一つでもある
無数のデブリが特に集まり滞留する暗礁宙域――
良くも悪くも逞しい事だけは間違いないジャンク屋〈ハイエナ〉共ですら近付かない。
いや、近付きたくとも近付けないと言う方がより正確なのだが
――内の一角にと設定された、秘密拠点に向けてと言う事になるが。

 

ジャンク屋達ですら近付けないと言うのには、無論れっきとした理由があるのだが、
〝ヴァリアント〟がターミナルの尖兵達を密かに監視追尾出来るのと同じ理由で、
この世界の技術レベルでの「航行不能」は彼らに対してだけは当てはまらない。

 

彼ら自身、もしくは直接的に彼らの支援が受けられるものだけが「航行可能」であると言う
前提条件が成立すると言うわけであれば、そこはまさに、半人為的な〝天然の防壁〟にと守られ隠蔽された、
聖域と化す。

 

モジュール化されている各ブロックを組み替えさえすれば、ゴンドワナ級の巨体は戦闘用の宙母から、
そのまま移動も可能なミニマムコロニーとでも言うべき、内部で一通りのサイクルが完結した
研究・試作工場としても運用する事が可能であった。

 

現状では、〝事故で自沈した〟筈の――いずれ(戦後に?)「事実を明らかに」出来る日が来たならば、
実は〝ターミナルのテロ〟だったと言う事になるだろうが――メガラニカは、
このまま彼らマフティーの手によってその聖域まで運ばれ、既に準備されていた改装用の
モジュールブロックへの組み替えを行って、彼らと、議長が厳選したプラント側の科学者や技術者達の
共同作業で宇宙世紀の技術を基にした各種の研究開発や試作、初期量産を行う為の、外界とは隔絶した、
極秘独立拠点へと生まれ変わる事にとなるのだ。

 
 

「確かに、一戦力単位としてのゴンドワナ級1隻は大きいですよ。
 数字上でならば〝あくまで1隻〟とは言え、その重みが違いま〈戦略級の代物なので〉すからね」
軽い微笑を浮かべていた表情を真面目な顔へと戻して、そう言うデュランダル。

 

「しかし、例え戦略級の代物ではあろうとも、単にそのスケールが馬鹿でかいと言うだけで、
 それ自体はあくまでこの我々の世界の技術力の範疇内に留まる存在であるに過ぎません。
 お恥ずかしい限りの話ではありますが、それに対するのにこの様な策を弄さざるを得ない様な、
 得体の知れない〝獅子身中の虫〟達の暗躍〈跳梁跋扈〉を許してしまっていると言う現状がある以上は、
 その中で『あなた方マフティーが保有され、我々に対しての提供開示をも頂いている技術や知識』と言う
 〝とんでもない代物〟こそが、そんな連中に対してその一断片すら渡してしまう事を
 絶対に許してはならないものであるのは明らかです」
そう言い切るデュランダルの言葉は、現在のザフト――プラントが密かに抱え込んでいる
確かに憂慮すべき状況を説明され理解しているマフティー側としても納得の行くものだった。

 

もっとも、その〝憂慮すべき状況〟と言うものの実態そのものに関して言えば、
無言で天を仰いでしまいたくなってしまいそうな、「彼ら異世界人の感覚」からすれば
到底信じられない様な現実であるとしか言い様が無いのだが……。

 

しかし、彼ら異世界人の目と感覚上においてどう見えようとも、
それが「この世界の〝現実〟(の一つの形)」であると言う事実はそのまま受け入れるしかないのである。
そして彼らがとりあえずこの世界にと適応し得たのも、そんな真理が感覚的に理解し得たからであるのは
間違いない処であったのだ。

 

成程、勇断と言うよりは蛮勇と言うべきかも知れない、豪快すぎる割り切りぶりで
見事にターミナルを手玉にとって見せたデュランダルの今回の「策略」は、法理的な意味合いから言えば
間違いなくアウトと言える行為ではあるだろう。

 

しかし、そもそもそう言う事をあえてしなければならないと言う事情もまた一方の現実として有るその中で、
時にはあえて確信犯でそれを犯すと言う決断が求められる――矛盾と言えば矛盾だが、
それこそが政治と言うものでもある。
そして今、現にデュランダルはそういう立場にといる人物であるのだ。

 

その辺りの〝現実〟と言うものが理解できなければ、また理解しようともしないでいるくせに、
自分達の物差しだけを勝手に相手に対して当てはめて、その行動だけを見て「野心家!」だの
「腹黒い陰謀家」だのと非難罵倒し、危険視する。
否、口で非難しているだけならば直接的には無害だが(但し、世論と言うものへの負の影響までは
どうしても皆無と言えないだろうが)、ターミナルと言う連中の場合はそれを実際の行動として
直接的に妨害工作や機密奪取と言った形で現出させているわけなので。

 

ブルーコスモス強硬〈凶行〉派と同様に、全くもってやっかいな精神病理の持ち主達であるとしか
言いようが無い。

 

無論、そうであるからこそ野放しにはしては置けないし、またそうしてはならない手合いであるが、
言うまでもなくそれをあぶり出すのも容易ではないのだけれども……。

 

だからこそ、ここでもまたそれらに対する為の切り札たり得るのはやはり、
そう言ったしがらみが一切無いマフティーと言う究極の(隠し)切り札なのだった。

 

そして最初から、実はこうする予定にしていたゴンドワナ級の二番艦に、
あえて幻の南方大陸〈メガラニカ〉の名を付していたのはつまり、それを狙ってくるターミナル――
〝自分達が見たがっている〟ありもしない幻を見ている連中――に対してのデュランダルなりの
皮肉のスパイスを効かせた諧謔だと言う事なのだ。
無論、だからと言って「ムー」だの「レムリア」と付けるのでは
流石に露骨に過ぎるからでもあったわけだが。

 

それを踏まえてデュランダルは譲渡相手たるハサウェイ達に問いかける。
「さて、〝消えた筈の艦〈フネ〉〟を譲渡させて頂きましたので、今度はあなた方マフティーの手で彼女に、
 仮の名〈メガラニカ〉に変わる真名を与えて頂きたい処ですが?」

 

その問いに対して、微笑を浮かべながら互いに顔を見合わせ合うその場に居るハサウェイ以下の
マフティーの面々。
宇宙での足として提供されている二隻の高速スループには、彼らをこの世界へと乗せて来た支掩船の名を
付していたわけだが、今回新たに(大々的な芝居まで打って極秘裏にと)譲渡された代物に対しては――
その性質を考えれば、この場にはいない多くの同志達の大多数もおそらくは同じであろうが、
彼らの脳裏にと浮かぶ名は一つしか無かった……。

 
 

かくして、極秘裏に〝メガラニカ〟改め〝ロドイセヤ〟として新生した巨艦はこの後、
彼らマフティーと、彼らが協力するデュランダルらにとっての梁山泊となる。
今はまだ誰にも予見し得ない話ではあったのだけれども。ここに於いて打たれていたこの布石は、
後々まで彼らに取っての大きなアドバンテージとなるのであった。

 

――それこそ、当初の想定をも遥かに超える意味合いまで。

 

自らの意志と力とで運命を切り開いて行き続けている強かなクロサギ達の会合は、
かくして終始和やかな雰囲気のままに夜が更けるまで続いて行ったのであった。

 
 

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