機動戦士ガンダム00 C.E.71_第16話

Last-modified: 2011-05-23 (月) 01:41:22

アークエンジェルは煙の充満した艦船ドックを抜け、
宇宙空間に白い船体の前半分を晒した状態で停止していた。
何故停止しているのか。それは、艦前方に待ち構える存在の為であった。
その前方甲板にいるキラは、親友との2度目の会合を果たしていた。
『やはりな。守備隊をイザーク達に任せて正解だった』
通信から聞こえるのは、最悪の再会を果たした親友の声。
再会した時と同じく、その声は目の前の赤い機体、イージスから通信によってキラに届いていた。
彼らクルーゼ隊は、ニコルが光波防御帯の突破に成功したとの報告を受けて出撃。
アスランはイザークとディアッカに展開していたアルテミス守備隊の相手を任せて、
アークエンジェルが取るであろうルートに先回りしていたのだ。

 

「アスラン・・・」
『知っているのかヤマト少尉?』
「それは・・・」
ナタルの鋭い問いにキラは言葉を詰まらせる。
親友なのだと素直に言ったとしてもだからといってアスランを引かせる事は出来ない。
無力な自分が真実を明かした所で、何ら事態は好転しない。
『貴官の任務は!』
「えっあ、アークエンジェルの護衛です!」
黙ってしまったキラに苛立ったのか、突然声を張るナタルに、
キラは反射的に答えてしまった。教育的な条件反射とは怖い物である。
『・・・宜しい。それが分かっているのなら好きにすると良い。
 さっきの事は後でじっくり聞いてやる』
「・・・はい」
てっきり責められると思っていたが、好きにしろと言われてキラの中から戸惑いが消えた。
今はアークエンジェルを無事脱出させる事が第一だ。
自分にそう言い聞かせて、前方で静止しているイージスに集中する。
まだアルテミス守備隊が頑張っているとはいえ、後方には他の新型がいて、前方にはイージスがいる。
時間を掛けていては包囲されてしまうだろう。問答に時間を掛けている暇は無い。
ストライクがシュベルトゲベールを構えようとした。
すると、今まで静止していたイージスがビームライフルを素早く構え、ストライクに照準を合わせる。
同時に響いたロックオン警報が、キラの動きを止めさせた。
素早く、隙の無い構えは、彼の練度を示すのには十分な物だった。
『本当に我々に敵対するんだな?キラ・ヤマト』
警報の中飛び込んできた親友の声は、今まで聞いた事が無い程冷たい物だった。
ヘリオポリス跡で再会した時の戸惑いも激昂も無い。ひたすらに冷たい、軍人のそれであった。
「前にも言った筈だ!僕はヘリオポリスを攻撃したザフトは許せない。それに、約束したんだ、守るって!」
『そうか』
短く答えたのと同時に、イージスのビームライフルが火を吹いた。
放たれた光柱を、ストライクの左腕に装備した小型盾が弾いた。
(ワザと左手目掛けて!?)
一瞬の出来事だった。勿論、キラはイージスの攻撃に全く反応出来なかった。
それが寸分違わず、ストライクの左腕に装備した小型シールドに命中したのだ。
モーションの殆ど無い、敵に反応を許さない射撃である。
『今のは威嚇だ。次はコクピットを焼く』
射る様な言葉と同時に、イージスが構えたビームライフルの銃口が微調整される。
今まで感じた事の無いプレッシャーに、キラは硬直してしまう。
コクピットの装甲越しに、ピタリと狙いが定められた銃口の存在をキラは感じていた。

 

『その艦と、お前が乗る新型を明け渡せば、オーブ国民の安全は保障する』
嘘であった。一パイロットであるアスランに、そんな権限は無い。
だが、アスランは国防委員長子息である。今までその地位を利用した事は無かったし、
これからも利用しようとは思わない。しかしキラの為なら利用しようと思ったのだ。
中立国オーブのヘリオポリスへ攻撃を仕掛けた事は、ザフトにも少なからず負い目がある。
それに付け入れば、ただの「国防委員長子息の我が儘」でも、
オーブ国民の安全を保障するくらいなら出来る筈である。
「アスラン・・・」
『黙れ!』
イージスは今まで両手で構えていたビームライフルを、片手で突き付ける様な構えに変えた。
その動作が、アスランの焦りをそのまま表していた。アスランとて、親友を無碍に扱いたくは無い。
出来れば戦わずに済む事に越した事は無いのだ。
しかし、イザーク達が合流しては、それも不可能になるだろう。
今キラの声を聞くと、抑えている情が溢れそうになる。
そうなっては、更に無駄に時間を浪費する事になってしまう。時間が無いのは、彼も同じだった。
『ヤマト少尉』
「はっはい」
『悪いが時間が無い。艦砲射撃で隙を作る。その隙に飛び込め』
「そっそんな」
迷わないつもりでも、やはり親友を撃つのには引け目があるのだろう。
まだ年端も行かぬ少年に、これ以上期待するのは酷だ。
憎まれ役ぐらい、大人が引き受けなくてどうするのか。ナタルは自嘲的に笑った。
幸いゴットフリートは展開済みだし、イージスは艦正面に位置している。
照準の微調整を必要としない威嚇程度なら、イージスが反応する前に撃てる。

 
 

「答えは・・・!?」
再度降伏を勧告しようとしたアスランが、咄嗟に操縦桿を倒す。
数瞬遅れて、ゴットフリートから放たれた光柱が先程までイージスがいた場所を通過した。
「そんな物で!」
自分を捉えられる訳が無いと続けようとしたアスランがアークエンジェルを視界に収めようと
イージスを動かすと、代わりに大剣を背負って突撃してくるストライクが視界に入った。
『うおおおおおおっ!』
「ちっ!」
迎撃しようとビームライフルを向けるが、続いてアークエンジェルから上がり始めた
イーゲルシュテルンの火線が、イージスに回避行動を強いる。
その間に、ストライクが大剣の間合いにイージスを捉えた。
しかし突進の加速力をそのままに振り下ろされた大剣は、アスランの目にはとても稚拙な物に見えた。
MSの動きは人の動きを模倣した物である。
然るに、人として効率的な動きはそのままMSにも代用出来る。接近戦となれば尚更だ。
今大剣を振り下ろしているストライクは、脇が開いている上に大剣の間合いをしっかりと把握出来ていない。
腕の振り方もてんでバラバラだ。連合のOSが未熟なのもあるだろう。
それらを加味しても、目の前に迫る大剣はアスランにとって何の脅威でも無かった。
「こんな物で!」
アスランは迫るシュベルトゲベールに向けて、無理な体勢なままイージスを飛び込ませる。
シュベルトゲベールの下に機体を滑り込ませる形となったイージスは、そのまま機体を一回転させた。

 

キラは何をされたかも理解出来なかっただろう。気付くと、
シュベルトゲベールが根本から真っ二つに切断されていた。
機体を一回転させた時に腕部のビームサーベルを展開。
シュベルトゲベールのビームに守られていない根本の部分を切断したのだ。
その事実に、ストライクの動きが一瞬止まる。アスランはその隙を見逃さなかった。
「接近戦に持ち込めば勝てる、とでも思ったか?」
後ろに回り込んだイージスが、ストライクを羽交い絞めにして、
脇の下からコクピットにビームライフルの銃口を突き付けた。
『あっうあ!?』
機体が密着した事で、直接回線が開きキラの声がコクピットに響く。
「さあどうする?これでも降伏しないというのか」
羽交い絞めにした状態のまま、ストライクを盾にするかの様にアークエンジェルの方に方向転換する。
誤射を恐れてか、アークエンジェルからの火線が止んだ。
ストライクが羽交い絞めの状態から抜け出そうともがくが、無駄な事だ。
MA状態でクローとして展開されるイージスの四肢は、新型の中で一番の馬力を誇る。
バーニア出力でも、エール以外を装備したストライクではイージスとは比べるべくも無かった。
何より、機体の制御能力に関してキラとアスランの間には埋め難い溝があった。
『僕は・・・引かない。守るって約束したんだ』
「まだ諦めないのか!この状態のお前に、何が出来る!?」
軍人でも無い民間人のキラがここで弱音を吐いても、降伏しても、決して情けない事は無い。
アスランは焦っていた。自分の知っているキラはここまで強情では無い。
寧ろ努力が嫌いで、苦手な事は直ぐに他人任せにする。しかし、代わりに突出した部分も多い。
天才肌で、エンジニアとして活躍出来そうな、とても軍人など出来ない、そんな奴の筈だった。
それが今、どう足掻いても脱出不可能な事態に陥っても尚、自分の意思を貫こうとしている。
このままでは、自分は本当に親友を討たなくてはならなくなる。
「最後の警告だ、降伏しろ!」
『守るって、決めたんだ!!』
「くう・・・」
キラの振り絞る様な声に、アスランにはもう紡ぐ言葉が無かった。
このままキラを気絶させてストライク共々持ち帰るか?
コクピット部分に打撃を加えれば、それは不可能な事では無い。
「なら、仕方ない」
意を決し、イージスにストライクのコクピットを殴打する様に指示を出そうとしたその時、
ストライクのコクピットから、キラでは無い人間の声が響いた。
『良く言ったぜ坊主!ここからは俺に任せろ!』
少年には無い低い男の声。ストライクへの通信が、接触回線を通ってこちらに聞こえてきているのだ。
ハッとしてアークエンジェルを見ると、脚付きの名の由来となった前方2本のハッチの左側が
急速展開されているのが確認出来た。
「させるか!」
咄嗟にビームライフルを連射するが、
ストライクの脇の下に潜り込ませていた為射角が取れずハッチのラミネート装甲に阻まれた。
アークエンジェルと戦闘を行うのが初めてだったアスランはその光景に面食らう。
「糞っ!」
焦ったアスランは、ビームライフルを脇から出して更に連射する。しかし、それが間違いだった。
射撃に適した体勢を取れば、必然的にストライクへの拘束が緩くなる。その隙をキラは見逃さなかった。
「ぐうっ!?」
横合いから強烈な衝撃がアスランを襲う。
拘束を逃れたストライクの左腕がイージスに肘打ちをお見舞いしたのだ。衝撃でイージスが仰け反った。
その間にストライクは羽交い絞めの状態から素早く脱出、イージスと距離を取る。
「くう・・・キラ」
未だにクラクラする頭を押さえ、アスランは再び対峙するストライクを見やった。

 
 

一方艦船ドックの煙の中では、もう1つの戦いが続いていた。
戦闘とは、有利不利が何度も交代する物である。
そして今、刹那は視界0の中で回避運動を強いられていた。
「くっ、このパイロットは・・・!」
予想外だった。まさか自分がここまで苦戦させられるとは。
考えている間にも、巨大な鉄の塊がジンに向かってくる。
その鉄の塊はジンを狙う様にしつこく軌道を変えて飛来した。
それ自体は要塞の爆発で散らばった残骸の1つでしか無い。
しかし良く見れば、その塊には杭が撃ち込まれており、そこからコードの様な物が伸びているのが分かる。
ブリッツの装備の1つであるグレイプニールである。
掴む能力が非常に高いそれは、今は巨大な残骸を振り回す、いわばフレイルの鎖であった。
「面倒な戦い方をする・・・!」
刹那が煙の中でブリッツを捉えられていたのは、そのパイロットの意思を捉えていたからである。
イノベイターの刹那にとって、人の意思は闇夜の海に輝く灯台である。
それを辿れば、視界が利かない中でも位置を掴むのは容易い。
しかし、残骸にそんな物は無い。
煙の中から突然目の前に飛来してくるそれを、刹那は持ち前の反射神経のみで躱していた。
「だが、勝機はある」
ジンが動きを止めた。ジンの駆動系が、一切音を立てなくなる。
再び残骸が迫ってくるが、ジンは微動だにしない。手にはアーマーシュナイダーとガンランチャー。
煙の中から、鉄球と化した残骸が凶暴なその姿を現す。しかしジンは動かない。
そのまま残骸の重い一撃が、ジンの腹に突き刺さった。
残骸の質量、速度をまともに受ければ、MSなど一溜りも無い。
ジンのフレームなど簡単に拉げ、衝撃でパイロットはバラバラになる筈だ。
だが、刹那は未だ平然とした顔でモニターを埋め尽くす残骸を見つめていた。
煙の中でそれを目撃する者は皆無だ。しかし良く見れば誰もが確認出来ただろう。
残骸とジンの間に突き刺さったアーマーシュナイダーを。
衝突の瞬間、左手に装備させたアーマーシュナイダーを残骸に突き刺し、
曲げた肘のクッションとバーニアの調整で、衝撃を0にしたのだ。

 

「左腕は・・・もう無理だな」
機体の状態を示す計器は、今まで黄色で表示されていた左腕を赤く染め上げていた。
ガタがきていたフレームに重い衝撃を耐えさせたのだから無理も無い。だが後は右腕のみで十分。
ジンはガンランチャーを残骸に宛がい、直ぐ様零距離射撃、残骸を粉砕する。
残骸が破壊された事に気付いたのか、巻き取られ様とするグレイプニールのワイヤーを、
ガンランチャーを腰に戻したジンが掴んだ。
「逃がさない」
巻き取られるグレイプニールの速度が上乗せされ、
凄まじい速度となった蒼いジンが煙に紛れていたブリッツを急襲する。
刹那の奇策に反応が遅れたブリッツは、煙の中から現れたジンの斬撃をモロに受けた。
重斬刀による一撃でブリッツがよろめく。パイロットの悲鳴が聞こえる様だった。
しかし手を緩める訳にはいかない。
しかし、止めとばかりに構えられたガンランチャーは、横合いからのビームに遮られた。
「この感じ・・・バスターか」
アルテミス守備隊を突破したのだろう。バスターの火器管制システムは他の新型と比べても格段に高性能だ。
視界が利かない中でも狙撃が可能である。流石に新型3機相手は不可能と判断した刹那は、
怯んだブリッツをそのままにアークエンジェルへとバーニアを吹かした。

 
 

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