機動戦士ガンダム00 C.E.71_第23話

Last-modified: 2011-07-25 (月) 02:28:55

デブリベルトから軌道衛星上宙域へ進路を取るアークエンジェル。
やっと補給を済ませた船の中、ハンガーだけは未だに作業に追われていた。
水の搬入は船の大型タンクに流し込むだけだから良いのだが、
MSなどに使用する資材に関してはそうはいかない。
使える資材か、壊れて使えないかを大まかに分別して、
そこから更に規格が異なる物別に分けなくてはならない。
こればっかりは機械で分別する事は不可能なので、整備士達で地道に行うしかなかった。
ハンガー内を粗方片付けた所で、資材を分別する者と救命ポッドを処理する者で別れる事になった。
「で、ポッドのハッチは生きてるのか?」
「ええ、お蔭で簡単な操作で外部から開けられるわ」
救命ポッド処理班に回ったのは、資材分別が出来ない刹那とムウ、
ハンガーで起きた事の報告をする整備班班長のマリューとライフルを装備した保安隊隊員数名だ。
他は皆資材の分別に追われている。プラント製の為、他の勢力がハッチを開くにはハッキングが必要になる。
『救命』ポッドなので、用意されている暗号は簡単な物だ。
マリューが救命ポッド外部に設置されている端末にプラグを差し込み、
手に持った暗号解読装置でハッキングを開始する。
マリューが数回端末を操作すると、1分程でハッチはロックが外れた状態になった。
「開けるわよ」
緊張の一瞬である。開けたらドカンなんてトラップの場合もあるからだ。
デブリベルトにあったこれに、そんな物が仕掛けられている可能性は低かったが。
マリューが端末を操作するとゆっくりハッチが開いていく。
保安隊隊員達が前に出てライフルを構えた。

 

ハロ、ハロ、ラクス、ハロ
「へっ?」

 

開いたハッチから現れたのはラグビーボール程の大きさをした球体だった。
その間抜けな電子音に一同の緊張が一気に抜けるのを刹那は感じた。
「ご苦労様です」
これは何なのかとムウが突っ込もうとした直前、球体の後から1人の少女がアークエンジェルに降り立った。
弛緩し掛けた空気が更に別の方向に攫われる。
「あら?あらあら?」
自分を取り囲む一同を眺めて、少女は首を傾げる。
ポッドを降りる仕草、上質な服装に豊かな髪、どう見ても良家の令嬢といった所だが、
少々間の抜けた天然の様だ。
「・・・ここはザフトの船では御座いませんの?」
「そうです。艦名は機密になる為申し上げられませんが、この船は地球連合軍の所属となります」
刹那達の着る軍服がザフトの物でないと気付いたのだろう。
毅然としたマリューの説明に、少女は困った様子も無く応じる。
「ポッド内からMSが見えたのでてっきり・・・」
彼女が勘違いするのも無理は無い。MSを操縦出来るのはコーディネーターだけであり、
世間一般ではMS=ザフトという方式が成り立つ。
明らかに印象の異なるストライクを見ても、一般人ならザフトの物だと疑わないだろう。
「でも、助けて下さって有難う御座いました」
折り目正しく頭を下げる彼女からはかなりの育ちの良さが伺える。
降りて直ぐの、家来に言う様な言葉からもプラントで相当な地位にある、若しくはその家の娘なのだろう。
それなら敵国の人間とはいえ、相応の対応をする必要がある。ナタルの頭痛の種がまた増えそうだ。
「とりあえずここじゃなんだ、場所を移そうぜ」
「そうね。艦長にも連絡をお願い」
見れば、資材を分別している者達が少女をマジマジと見ていた。
無理も無い、彼女の服装、雰囲気どれをとっても戦艦の中という環境では目を引く存在だろう。
「それで宜しいですか?」
「分かりました。宜しくお願いしますわ」
浮世離れした少女は、マリューの提案にも何の抵抗も無しに応じた。
敵対国の軍隊相手なのだから、もう少し警戒しても良さそうな物だが。
ここで抵抗しても無意味なのが分かっているのか、それとも本当に天然なのか。
「足元に注意を」
「ふふ、有難う御座います。ジンのパイロットさん」
片付いたとはいえ、ここは重機を扱うハンガーである。刹那の言葉に、少女は魅力的な笑顔で応えた。

 
 
 

「任務変更!?」
「そうだ。平たく言えば救出任務だな」
アプリリウス・ワンの艦船ドックで、アスランは周りの目を顧みない素っ頓狂な声を上げていた。
アスランにとってこの任務変更は、今からイザーク達に追い付き、
脚付き追撃任務を続行しようと意気込んでいる彼にとって寝耳に水だった。
「しかも、これは・・・」
「ああ、ただの救出任務では無い。
 君の婚約者であるラクス・クラインが式典前の調査中に行方不明となった。
 彼女を乗せていた船も消息不明らしい」
極秘任務の筈だが、クルーゼは艦船に繋がる通路を歩きながら任務内容を話し始める。
渡された任務概要に目を通している内に、アスランに1つ疑問が浮かんだ。
書面に明記されている、ラクスが行方不明になった時間、位置を考えれば、
いくらヴェサリウスが高速艦といえどラクスが生存しているかは微妙な時間からしか探索を開始出来ない。
探索には他の部隊も動いているらしい。では、クルーゼ隊が出向く理由は?
ただでさえ、クルーゼ隊は脚付き追撃という重要任務がある。どうにも作為の臭いがしてならなかった。
「・・・隊長、この任務を我が隊が受けた経緯をお聞かせ願いませんか?」
「君が彼女の婚約者だから、という答えだけでは君を納得させる事は無理だろうな」
仮面の男に、アスランは静かに頷いた。黙って納得するには、この任務は自分と関連性が有り過ぎる。
「簡単な事さ。ここには書かれていないが、先に探索に向かった隊の偵察型ジンが戻らん」
「なっ!?」
「彼女が向かったのはユニウス・セブンだ。今は流されてデブリベルトにあるのは知っているな?
 嫌な場所だよあそこは。連合の支配宙域にも近いしな」
「他の勢力・・・連合の関与があると!?」
驚くアスランに、クルーゼは静かに頷いた。
特務に就いている自分達まで向かうのだから単なる民間船の遭難事故では無いと思っていたが、
まさかそんな重大な事態に発展しているとは。
「我々の任務変更はザラ国防委員長閣下の要請でな・・・」
「・・・・・・プロパガンダですか」
父親の名前が出た途端、アスランの表情が暗くなった。
「君はやはり察しが良いな。その通りだ。君が救出に成功すれば、
 歌姫を救った騎士として君は英雄扱いだ。閣下の求心力も増すだろう。
 逆に失敗しても、連合の関与が疑われるなら国民の抗戦ムードも高まる。
 閣下にとって悪い事は何1つ無い」
「俺は、そんなマスコミ向きの演技なんて出来ませんよ」
自嘲染みた口調でアスランは独りごちた。
要するに、自分はこの事態から起こる効果を高める為の舞台装置に過ぎないのだ。
アスランやラクスの存在も、パトリックにとってその程度の物でしかないらしい。
そう考えると、アスランの心は益々暗く落ち込んでいく。
「君はまだ子供なのだ。プラントがいくら15歳で成人と言ってもな。
 大人になれば、閣下の気持ちも分かる時が来る。男とはそういう物だ」
「申し訳ありません」
クルーゼは俯くアスランの肩を叩いて、そのままヴェサリウスへと向かう。
確かに、男が大人になるのは父親を理解した時だ、という話もある。
しかし、あの父親を理解するなど、今のアスランには想像も付かなかった。

 
 
 

少女が案内されたのは、簡素なイスとテーブルだけが置かれた狭い部屋だった。
刹那から見ればどう見ても取り調べ室なのだが、
少女は艦内を珍しそうに眺めるだけで抵抗感を抱いてはいない様だった。
「ここからは士官限定タイムだ。Mr.色黒はどうする?」
「ジンの整備をする。マリューが取り付けてくれた新武装も、まだ改良の余地がありそうだ」
「あっそ。じゃ、またな」
「ああ」
刹那の反応が面白くなかったのか、ムウは肩を竦めた。
階級以前に正規の軍人でない刹那は取り調べには参加出来ない。
少女が普通の民間人なら良かったのだが、プラントの要人である可能性が高いのであれば仕方が無い。
これは外交問題だ。しかし、刹那には少女の事で気にかかる事があった。
救命ポッドは搭乗者に余計な恐怖心を与えない様に、必要最低限しか外が見えない。
なのに、彼女は初対面で紹介も無しに刹那がジンのパイロットである事を見抜いた。
それにあの笑顔である。刹那がそれを向けられた時、心を触られた感じがした。
他の者は気付きもしないだろうが、刹那にとっては非常に気味が悪い体験だった。
こんな事が出来るのは、超兵やイノベイターが発する強い脳量子波だけだ。
しかしこの世界には刹那以外にはどちらもいない筈である。ではどういう事か。
「・・・・・・」
部屋の前に待機する保安隊隊員の横を通り過ぎて、そのままハンガーに向かう・・・
様に見せかけて、取調室に一番近い壁がある曲がり角を曲がった。
イノベイターの強化された聴覚なら、簡易防音設備がある部屋の音も微かにだが聞き取れる。
それと脳量子波を組み合わせれば、ある程度会話の内容を拾えるのだ。
刹那は周りの目を誤魔化す為に空になった飲料チューブを口に当てた。

 

取調室の中では、狭い部屋に少女とマリュー、ムウがテーブルを挟んで向かい合う形で座っていた。
「地球連合軍所属、マリュー・ラミアスです」
「同じく地球連合軍所属、ムウ・ラ・フラガだ」
「ラクス・クラインと申します」
ラクスが微笑むと、殺風景な取調室に花が咲く様だ。にやけるムウを、マリューが肘で小突く。
咳払いをして気を取り直したマリューがある事に気付いた。
「・・・クライン?何処かで聞いた様な・・・最高評議会の・・・」
「ああ、待て待て、俺も思い出せそうだ。あの~えーと・・・」
ムウも頭から引っ張り出そうとして名前が浮かばない様だ。
唸る2人を交互に見やり首を傾げたラクスが口を開く。
「私の父が、何か?」
「えっ」
「ごめんなさい。良く聞き取れなかったわ。もう一度お願い出来るかしら」
「私の父、シーゲル・クラインはプラント最高評議会の議長です」
まさかと思って聞き返すが、彼女の言葉にマリューの期待する変化は無かった。
魅力的な笑顔を見せるラクスを前に、2人の大人はそのまま石になってしまうかの様な重い溜息を吐いた。

 

ブリッジで頭を抱えているのは、艦長であるナタルだ。
マリューからの報告を聞いて、驚きと困惑と不運を嘆く気持ちが同時に来た感じである。
確かにプラントの要人なら利用価値がある。しかし、よりにもよって最高評議会議長の『娘』とは。
敵対勢力の首魁の身内という事は、政治的利用価値は最高レベルである。だが彼女は民間人なのだ。
別にナタルは罪悪感を感じている訳では無い。民間人と言えども、ラクスは既に私人では無いのだ。
問題なのは、彼女を利用した事をプラントがプロパガンダに利用した場合である。
プラント国内は抗戦ムードに沸き上がるだろうし、
国外にそれが流されては大西洋連邦自体が非難される可能性もある。
つまり、下手をすれば国際問題になりかねない問題なのである。
おまけに、周囲に友軍は居らず、通信も出来ない。
いざという時は最高責任者のナタルがラクスの使い方を決めなければならない。
緊急事態で艦長になった自分の様な若輩者にとって、ラクスは大きすぎる宝箱だった。
キラ・ヤマト少尉が倒れたとも聞いている。
「どうするべきか・・・」
深い溜息と共に、胃がキリッと痛んだ気がした。後で医務室に行こう。
今なら優に10個以上は胃に穴が開いている自信があった。

 
 

「ここは・・・」
「ああ、起きたかね」
キラが目を覚ますと、最初に白い天井が視界に飛び込んできた。
次に軍医であるメガネを掛けた中年の男性が話しかけてくる。
「少尉、君はここに来る途中で気を失って、マードック軍曹に担ぎ込まれたのだ。
通路をゲロまみれにしたのは覚えているかね?」
「僕は・・・・うっ」
「ほれほれ、私の仕事場までゲロまみれにせんでくれよ」
気絶する前の記憶を手繰ろうとして、偵察型ジンを撃墜した時の感覚を思い出してしまう。
再び襲ってきた吐き気に口を塞ぐと、軍医がエチケット袋を持って来た。
キラはその中目掛けて盛大に吐いたつもりが、胃の中が空なのか殆ど何も出てこなかった。
「もう少し寝ていなさい。君には過度のストレスによる症状がいくつか出ている。
 本来なら軍艦なんかからは降ろして、専門の所に連れて行ってやりたいが・・・。
 取りあえず、体が疲れ果てている今を使って、症状の1つである睡眠不足を解消しようじゃないか」
左目に泣き黒子が軍医はそう言って、半身を起き上がらせていたキラを横にさせる。
カーテンを閉めると、暫くしてから規則正しい寝息が聞こえてきた。
「やぁ済まないね軍医殿。キラの奴は寝たかい?」
「ああ今し方な。全く、酷いモンだ。ここの所寝ていない様だし、自傷の形跡もある。
 医者の立場で言わせてもらえば、彼はMSに乗せるべきでは無いよ。
 センスがあるとか、そういうのは私には分からん。が、少なくとも精神的な適性は彼には無い」
キラを見舞いに来たムウに、軍医は厳しい言葉を投げかけた。
コーディネーターだからといって、精神的な耐性はナチュラルと大して変わらない事は
医学界では常識だった。
「うーん。あんたの言う事も分かるんだけどさぁ。今は人手が・・・」
「無論、今の状況は私も分かっているつもりだ。だが、少しでもパイロットから外してやれんかね?
 腕の良いMS乗りもいるんだろう?」
「そりゃあそうだが・・・」
軍医は刹那の事を言っているのだろうが、その刹那を含めてもギリギリなのが現状なのだ。
ムウは頭を掻くと、カーテンの閉まったキラの寝ているベットを見やる。
確かに、今キラが使い物にならなくなるのは困る。
これから、後何回戦闘があるか分からないのだ。休ませられる時に休ませる必要がある。
ナタルの話では、敵艦はアークエンジェルを完全にロストしているという話だった。
クルーゼがそんなヘマをするとは思えないが、向こうにも何かあったのかもしれない。

 
 

歌声が聞こえる。可憐な、美しい声だ。
しかし、聞けば誰もが心安らぐ歌声の持ち主は、現在囚われの身だった。
宛がわれた個室はアークエンジェルの他の部屋と比べ大した差は無かったし、
本人もその事について不満は無かったが、ドアには鍵が掛けられている。軽い軟禁状態だ。
ラクスの歌声が満ちるその部屋に、電子ロックの解除音が無粋な響きを上げる。
ラクスが開くドアを見つめる中、食事の乗ったトレイを持って入ってきたのは刹那だった。

 

「話がある」

 

開口一番、刹那は有無を言わせぬ口調でラクスを見やった。

 
 

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