機動戦士ガンダム00 C.E.71_第36話

Last-modified: 2011-10-24 (月) 12:45:22
 

アスランに連れられてやってきたヴェサリウスで、ラクスは盛大な歓迎を受けた。
盛大とはいっても、左右に並んだ軍人達が一斉に敬礼する軍式の物だ。
ラクスが受けた物はその中でも最上級に当たるのだが、
軍の雰囲気に馴染めないラクスにとってはどんな物でもさして変わりは無い。
思い出してみれば、アークエンジェルはそういう雰囲気の薄い所であった。
民間人がいたせいでもあるのだろうが、それだけで説明出来る物では無い。
「こちらです。後で軽食を届けますので、またその時」
他人行儀な態度のアスランが一礼して部屋を出て行く。
軍務中とはいえ2人きりとなったのだから少しは話し方を崩せば良いのに。
全く、融通が利かない殿方である。それが彼の良い所でもあるのだが。

 

誰も居なくなったせいで緊張の糸が切れたのか、
ラクスは溜息を吐いて備え付けのベットにボスンと腰掛けた。
横ではピンクちゃんが相も変わらず元気に跳ね回っている。
ラクス、ゲンキ?ラクス、ゲンキ?
構ってやる元気も湧かず、ラクスはそのままベットに倒れ込んだ。
長い髪は乱雑に広がりスカートの裾は捲れ上がったその姿は、到底他人に見せられる姿ではなかった。
そのまま視線を横に向けると、反対側の壁が威圧的な白さで彼女を出迎える。
ヴェサリウスでラクスが宛がわれた部屋は、アークエンジェルよりも狭く感じた。
これはラクスの待遇の良し悪しでは無く、アークエンジェルが
最新鋭の設計でクルーにストレスを与えぬ様、ゆとりを持って造られていたからだ。
対してザフトの艦船は設計思想を潜水艦から継いでいる為通路、 部屋共に狭いのは致し方ない。
その代わり船体の割にMSの艦載量は多いのだ。

 

「色々な事がありましたわね・・・」

 

追悼慰霊団代表としてプラントを発ち、諍いからのデブリベルトでの漂流。
そして地球連合軍に拾われ、映画さながらの脱出劇の末に行き付いたのがこのザフトの艦である。
天下のラクス・クラインも些か疲れた。
ヴェサリウスに着いた時を思い出すと身震いがする。
遅れてシグーから降りてきた仮面の男、ラウ・ル・クルーゼと対面した時の話だ。
戦闘中の事もあって気に入らない小娘だろうに、クルーゼの挨拶は至極真っ当な物であった。
しかしラクスは感じた。
ここまで冷たい人間というのが存在するのかと。
仮面の下に湛えた微笑は些かも動かず、機械の様な印象をラクスに与えた。
アークエンジェルにいた人々とは正反対と言って良い。

 

ラクスが物思いに耽っていると、部屋のブザーがなった。
『ラクス嬢、食事を持って参りました』
「あ、アスランですか!?少しお待ち下さい!」
アスランが食事を持ってくる事をすっかり忘れていた
ラクスにとってそれは完全な不意打ちだった。
何も言わずに開けない彼のモラルに感謝したい所だ。
パッと立ち上がったラクスは髪を手櫛でサッと撫で、スカートの寄れた部分を直し深呼吸を1回、
冷静さを取り戻してから口を開く。
「どうぞ」
「失礼します」
背筋をピンと伸ばしたアスランが、規則正しい歩幅で食事の乗ったトレイを運んできた。
そのままデスクの上に真紅のテーブルクロスをかけ、その上にトレイを乗せる。
続いてプラスチックで出来たトレイに不釣り合いなナイフとフォークをテーブルクロスの上に並べだした。
少々呆気に取られているラクスを尻目に、 食事の準備を終えたアスランが料理の説明を始める。
「茸と玉葱の冷菜に、マッシュポテト、コーンポタージュです。
 軍の食事ですので、味は普段より落ちますが・・・好き嫌いは特に有りませんでしたか?」
・・・給仕のつもりだろうか。いや、彼は上流階級らしく女性との付き合い方もレクチャーされていて、
普段のデートの際も予約してあるレストランのメニューを完璧に暗記している男である。
間違い無く、一介の兵士として完璧に給仕をこなすつもりだ。
こうなった時のアスランは厄介だ。完璧を追及するあまり、融通という物が凍結する。

 

「アスラン?」
「・・・なんでしょう」
「何でもありません」
直立不動で返事するアスランに溜息を吐いた。
長年許嫁として付き合っていて分かる事、
それは彼がこういう態度を取る時は、決まって心が弱っている時だ。
基本的にメンタルが弱い彼は、こうして役割という仮面を被っていないと酷く不安定なのである。
ついさっき親友との別離を経験した訳だから、そうなるのも仕方無い。
実際、他人に対してあんなに感情を露わにするアスランを見た事が無かった。
結局無事ラクス・クラインを奪還したというのに、
MSから降りるまで彼の表情は晴れる事が無かったのも、それを裏付けていた。
しかし、敵軍に攫われた許嫁が帰還して傷心の中にあるというのにこの態度である。
女心が分からないとはいえ、流石にこちらを気遣ってくれても良いのでは無いか。
多少不貞腐れた態度で食事を口に運ぶ。
不貞腐れているとはいえ、そのテーブルマナーは陰る事無く完璧だ。
全く、こんな時まで寸分の狂い無く動く体が嫌になる。
少しくらいカチャカチャと食器の音が鳴ってくれた方が気も紛らわされるだろうに。
鬱憤が頂点に達したラクスはアスランにちょっとした意地悪をしようと考え付いた。
気が利かない彼氏への罰だ。

 

「キラさんから聞きました。アスランは彼と親友同士であったと」
「・・・・・・」
ぽそっと呟いたラクスの言葉に、アスランは無言を貫く。
しかし彼の仮面がズレたのをラクスは見逃さなかった。
「彼は強く、優しい方でした。それに・・・」
「ラクス、彼は地球連合軍の兵士です。ザフトの艦に乗る以上、そういった発言は慎んで頂きたい」
静かに、しかしキッパリとした口調に、アスランの余裕の無さが垣間見えた。
全身からこの話題を避けたいというオーラが伝わってくる。
しかし、だからといって話題を変えては罰にならない。
それに、普段感情を表に出さないアスランの本音を聞ける良い機会だとも思えた。
「いいではありませんか。ここには私と貴方しかいないのです」
「しかし・・・」
「彼からアスランの事は聞きました。昔から優秀な方だったと。
 なら貴方からキラさんの事も聞きたいと思うのも普通でしょう?」
「・・・・・・」
俯いたアスランとの間に沈黙が流れる。

 

ラクスはアスランを視界の中心に捉えたまま、彼が話し出すのを辛抱強く待った。
心を閉ざしてしまう芯の弱さも彼の物なら、馬鹿正直で誠実なのもまた彼である。
真摯に向き合えば、アスランは必ず口を開いてくれる。
そう信じて瞬きもせずに見詰め続けていると、
俯いて垂れた前髪の間から見えるアスランの口がゆっくりと動き出した。
「・・・アイツは馬鹿です。自分は軍人でないと言いながら、まだあんな物に乗って・・・」
「それは、貴方が彼の友達も含めて攻撃しているから・・・ではありませんか?」
「連合の連中が降伏すれば、キラの友達やオーブの国民だって被害を出さずに解放出来るんだ!」
ラクスの冷たい一言に、アスランが目を見開き声を荒げる。
彼を隠していた仮面は、今や完全に抜け落ちていた。
「それを、良い様に扱われて利用されて状況を悪化させてるのはキラだ!
 アイツの両親はナチュラルだから・・・!」
「そういう物言いだから、キラさんは貴方から離れたのではなくて?」
「・・・・・・っ!」
先程のキラを意識した言葉をワザと使う。

 

アスランの愕然とした表情を見、中々酷い女だと自分でも思うがアスランは不器用な男だ。
人の倍は溜め込んでしまう性分な癖に、溜め込んだ物の吐き出し方を知らない。
見ているこちらからすれば、何時爆発してしまうか分かった物では無かった。
だから、これを機会に全て吐き出して貰おう。
どうせこの人の事だ、軍内に本心をぶちまけられる仲の者などいないだろう。
「タカ派の父を持って、母を殺された、復讐者になった俺が、
 他にどんな物言いが出来るって言うんだ・・・」
再び俯いてしまったアスランが絞り出す様な声で、やっとそれだけ口にした。

 

アスランの泣く姿などラクスは見た事は無かった。今も彼の頬を伝う物は無い。
しかし、ラクスの目には今のアスランが顔をグシャグシャにして泣く子供に見えた。
全く、仕方ない人―――。ラクスは内心、自分に向けて溜息を吐いた。
先程アスランに感じていた憤りはどこへやら。
ラクスはアスランの頭を引き寄せると、優しく胸の中で抱きしめた。

ピクンと一瞬の逡巡を見せたアスランだったが、
それだけで後は大人しくラクスの胸に収まる。
先程とは違う、安らぎに満ちた沈黙が狭い部屋を満たした。

 
 
 
 

アークエンジェルの医務室には、現在4人の人間がいた。
未だ目覚めないフレイと、それの見舞いに来たキラとサイ、
医務室に常駐している軍医である中尉だ。
通常こんなに大所帯になる事が無い医務室は、普段より幾分手狭な空間となっていた。
「サイ・・・」
「ん?」
ラクス脱走幇助の罪は、ナタル、マリュー、ムウの間での協議の結果、1週間トイレ掃除に決まった。
キラにはそれに加えてナタルからのビンタと説教も追加された様だが、
それだけで済んだのはまさに奇跡といえた。
しかし、医務室に来て以来キラは神妙な表情を崩さない。
フレイが眠り続けている事に責任を感じているのだ。
それを理解しながらも、サイはワザと無関心な返事をする。
中尉の話では身体的には問題無く、心理的な要因で目覚めないのだという。
先程自分を呼んだ声が聞き間違いかと感じ始めた頃、漸くキラの口が開いた。
「僕がもっと早く出撃していれば、フレイはこんな風にならなかったのかな・・・」
「・・・俺には分からないさ、そんな事」
「僕にもっと力があって、アスランを撃てていれば・・・」
一言目は顔を合わせない様にして突き放す様に言う事で対応できた。
しかし、二言目でサイの堪忍袋の緒が切れ、自制していた感情があふれ出してしまう。

 

「キラは考えないんだろうな」
「・・・何を?」
「自分以上に、無力感を感じてる人間がいるなんて事」
サイは苛立っていた。何時だって自分を責めているキラに。
「お前がそんな風になってたら、俺はどうしたら良い?
 MSにも乗れない、ブリッジで戦況を見ているしか出来ない俺は」
「それは」
言っても詮無い話であった。サイはナチュラルで、MSを操縦する事は出来ない。
だが、CICとして戦場を広く認識していながら、
ただ見ている事しか出来ない自分にサイは憤りを感じていた。
「お前に分かるのかよ!眺めてる事しか出来ない無力さが!」
「おいケンカなら・・・」
そんな無力な自分の前で、実際に戦えている奴に
「自分は無力だ」なんて言われたら堪ったものでは無い。
自然と語気が強くなる。中尉が渋い顔をするが、そんな事はお構い無しだ。
「モントゴメリィの爆発は俺も見たんだ!フレイの親父さんとも面識があった!
 それを・・・その人が死ぬのも、見てるしか出来なかったんだ!」

 

サイに出来たのは、父親が死んでショック状態だったフレイを医務室に連れて行ってやる事だけだった。
その後も非番の度にフレイを見舞って、目を覚まさない彼女の髪を撫でるしか出来ない自分に
一層無力感は積もった。
「何か言えよ!」
サイの激昂に、驚き唖然とするキラは黙ったままだ。
それが余計にサイの苛立ちを助長し、怒りに変換される。
サイのそれが、最早八つ当たりの域に達しようとしていたその時。

 

「う・・・ん・・・」

 

微かな声がベットからサイとキラに届いた。2人は直ぐに我に帰り、
ベットで寝ているフレイを見る。すると、その瞼が震え、ゆっくりと開いた。
「フレイ!俺が分かるかサイ・アーガイルだ」
「サイ・・・キラも・・・」
サイが身を乗り出しフレイを覗き込む。
彼女はまだ意識がはっきりしていないのか、ぼんやりと2人の友人の名前を呟いた。
「ここは・・・?」
「医務室だよ」
「学校の?」
「何言ってるんだ?学校はもう・・・」
様子のおかしいフレイに2人は顔を見合わせた。

 

「・・・何で2人とも、そんな服着てるの?それ、地球連合の服、よね?」
「何でって・・・」
「まさか・・・」

 

出来るだけ考えない様にしていた事態が起こっている事に、2人は目の前が暗くなるのを感じた。
「あ・・えっと」
ショックから中々次の言葉を紡げないでいるキラを押しのけ、呆れ顔の中尉がずいとフレイの前に出てくる。
「素人判断で勝手に暗くなるな。一時的な記憶の混乱という事もある。
 ここからは私の仕事だからな、ほれ出てった出てった」
そう言ってフレイの前にイスを寄せ、中尉はフレイの診断を始めた。
キラとサイは今ここで出来る事が無いと分かると、スゴスゴと医務室を出て行った。

 
 

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