機動戦士ガンダム00 C.E.71_第39話

Last-modified: 2011-11-15 (火) 15:23:34
 

戦闘が終結し、アークエンジェルから帰投命令が届いた。
自力で帰投する力も失ったメビウス0は、ジンメビウスとストライクで抱えていく事になった。
『悪いな、余計な手間取らせちまって』
「気にするな」
実際、ムウの粘りが無ければアークエンジェルは沈んでいただろう。
ブリッツ、ハイマニューバを同時に相手して尚無傷であった刹那だが、
それはあくまで時間稼ぎが目的に戦闘していたからに過ぎない。
攻撃は最小限に回避重視の戦闘スタイルは、前までのジンでは叶わなかったスタイルだ。
機動性の無い以前のジンでは、敵を攻撃する事で攻勢を維持しなければ手数に圧殺されてしまう。
新型並みの機動性を得たジンメビウスだから成せる業であった。
であるから、バスターまで相手取るのは流石に手に余る。
被弾ご法度の機体でバスターの援護射撃を受けたMS2機を相手するのは、
いくら刹那でも避けたい賭けであった。

 

「キラ、どうした?気分が優れないか?」
『いえ・・・』
先程からずっと黙りこくっているキラに話しかけるが、返ってくるのは気の無い返事ばかりだ。
頑なというより、戸惑っているというのが正しいのかもしれない。
何があったかは、2機のMSに集中していた刹那には分からなかった。
しかし彼は、デュエルを戦闘不能にしバスターの砲撃を阻止した。
加えて刹那も得体の知れない強力な脳量子波を感じた事は事実だ。
それらをまとめて判断すれば、キラの中で何かが起こったのは確かだろう。
刹那から見て、今までの彼が正規の精鋭部隊相手に圧倒出来る訳が無い。
「まぁいい。第八艦隊に合流すれば、少しは時間が取れるだろう」
アークエンジェルの左足、とも形容出来るハッチが艦載機を迎え入れる為に開いていく。
第八艦隊と合流すれば、多少の補給と休息は得られるだろう。
キラの異変は、その時に聞けば良い。

 
 

艦載機の収容完了。中破1、各パイロットに負傷者無し。
ハンガーからの報告にナタルはホッと胸を撫で下ろした。
第八艦隊との合流までもう少し、これで少しは落ち着けるだろう。
「艦長、第八艦隊との通信可能距離に入りました。ハルバートン提督から通信です」
「なっいきなり!?」
丁度緊張が取れた瞬間だった為、ナタルの口からは自分でも驚く様な素っ頓狂な声が上がった。
周りのクルーが、見なかった風を装って顔を背ける。
しかしノイマンだけは、顔を背けていても肩が震えていた。懲罰物である。
仕方ないだろう、突然提督と会話する事になるなど思いもしなかったのだから。

 

「・・・よし、いいぞ繋げ」
慌てて姿勢を整え、軍帽を被り直す。
コホンと1つ咳払いをしてから、ミリアリアに回線を繋げる様に指示した。
「了解しました」と返事が来て一拍、艦長席正面に位置するメインモニターに
髭を蓄えた初老の男が姿を現した。
「アークエンジェル艦長、ナタル・バジルール少尉であります。艦隊合流許可を願います」
教本に載せたいくらい完璧な敬礼を決め、ハルバートンもそれに返礼した。
『ふむ、許可しよう。ご苦労だったなバジルール少尉。
 辛い戦いであっただろうが、良くここまで新型を届けてくれた。
 流石はバジルール家の出なだけはあるな。礼を言う』
「いえ、私は任務を全うしたまでです」
ナタルの模範的な返答に律儀な頷きを返すハルバートンだったが、彼の興味は他にある様だった。
紳士然とした風貌に似合わない子供の様な目付きで、モニターの向こうから
アークエンジェルのブリッジを見回す。
その様子を怪訝そうに見るナタルの視線に気付いたのか、ハルバートンは嬉しそうに話し出した。
『いや、その艦のブリッジの設計には私も一枚噛んでいてな。
 クルーが扱い易い様に色々と注文を付けといたんだが、どうだね?』
「はい、少人数での運用も支障はありませんでした。お気遣いに感謝します」
『そうか。で、新型の方は・・・』
満足そうに頷いて次の話題に移ろうとすると、
ハルバートンの横に控えていた黒髪の副官が彼に耳打ちした。
『済まない。副官のホフマンは少々口煩くてな。
 話は後で報告を聞こう。今後の事もあるからな。細かい事は、追って文書で伝える』
「はっ」
最後に再度敬礼を交わして短い通信は終了した。
今度こそ体の緊張を解いたナタルが艦長席に寄りかかる。
男顔負けの長身な彼女だったが、この時ばかりは疲れを見せていた。

 
 

無事第八艦隊と合流したアークエンジェルだったが、だからといって各部署が一息着けるという訳では無い。
その中でも取り分け忙しかったのがハンガーである。
中破したメビウス0の修理と、ジンメビウスからの戦闘データ吸出し作業に各員が右往左往していた。
そんな中、隅でパイプ椅子に座って待機するパイロットスーツが3人。
「はぁ、あんなに派手に機体壊したのはエンディミオンクレーター戦以来だなぁ」
何時もの様に、前後を逆にした椅子の背もたれにもたれかかるムウが溜息を吐いた。
相当酷い損傷なのはコクピット内から把握していたが、改めて外から見るとショックが段違いだ。
頬に右フックを食らった瞬間の様に拉げた機体が 整備士達に取り囲まれている様は哀れの一言に尽きる。
「今までクルーゼの野郎以外から被弾した事なかったんだけどなぁ」
サラッと凄い事を言ってのけて、再び溜息。
今の彼には缶ビール片手が似合うだろうが、生憎今持っているのは飲料チューブである。

 

「まぁ、大尉の話はいいとして」
「おい」
刹那は項垂れたムウをスルーしてキラに視線を向けた。
「デュエルとバスターを撃退した時、お前の中で何があった?」
「・・・分かりません」
意外とすんなり答えたキラは、ただ自分の中で起こった事に戸惑っている様だった。
「何だか周りの音が遠くなって、動きもゆっくりに見えるんです」
「極度の集中でトランス状態になったとかか?」
飲料チューブを咥えてプラプラさせながらムウが聞く。
事故などに遭う瞬間などに、辺りがスローに見える事がある。
科学的には、命の危険に晒された時に無意識化に集中する事で、
脳のリミッターが一時的に外れる事で成し得る現象だと言う。要は火事場の馬鹿力だ。
戦闘中、常に命の危険に晒されているパイロットなら、トランス状態になる事は決して珍しい事では無い。
ムウにも経験があるし、勿論刹那にもある。しかしその推論に対してキラは首を振った。
「多分、違うと思います。何だか自分じゃない誰かが体を乗っ取ってる様な、
 五感は自分の物なのに、操作は別の人がやってる・・・スイマセン、自分でも良く分かりません」
「・・・・・・」

 

自分の中で何が起こっているか分からない、というのは不安な物である。
説明を断念して俯くキラを見、刹那は考えた。
あの瞬間、キラの脳量子波が一時的に、格段に強くなったのは間違い無い。
その時の脳量子波の強さは超兵クラスの代物だった。
しかし、常人が急に脳量子波のレベルを上げるという話は聞いた事が無い。
僧侶などが修行をする事で段々と脳量子波を強くする事はあるが、
それは長年の鍛錬の成果である。超兵の様に科学的な改造を施したり、
イノベイターの様に革新する様な事が無ければ、脳量子波が劇的に強くなる事は無い。
急に脳量子波が強くなる、体を乗っ取られている感覚、そう聞くと、
かつてCBの仲間であったアレルヤ・ハプティズムが頭に浮かんだ。
彼も内包するもう1つの人格であるハレルヤを抱えていて、
彼が体の主導権を握っている間もアレルヤには意識がある。
キラはコーディネーターだ。
もしかしたら、生まれる際にそういう調整を受けているのかもしれない。

 

「やっぱり僕、どこか変なんでしょうか?」
「あ、いや・・・」
ずっと仏頂面で見てくる刹那を怪訝に思ったのだろう。
キラは心配そうな顔と声で聞いてきた。まるで癌宣告を受ける直前の患者である。
返答に窮していると、横からムウに小突かれた。
「お前が坊主心配させてどうするよ」
小声で突っ込まれ、全くだと刹那は自分を心の中で叱咤した。
大体、もしそんな風に戦闘向きな調整がされたというなら、
キラがヘリオポリスで平和に暮らしていた事実と矛盾する。
二重人格など持っていても、日常生活を送る上で利点は限りなく低い。
調べた限り、キラの両親は至極真っ当な人間だ。
自分の子供にそんな仕打ちをするとは考え難い。刹那は首を振り、自分の推論を否定した。
今必要なのは、そんな推論では無い。
「大丈夫だ坊主。お前が変だってんなら、この仏頂面はどうなる?
 ナチュラルでただの修理屋の癖に、いきなりMSに乗って大活躍する奴だぜ?」
第三者から見ればそうなるかもしれない。
ムウに言われて自分を顧みてみれば、刹那自身相当な不審人物である。
「確かに、俺は変な奴だ」
「すんなり認めんな」
真顔で肯定する刹那に呆れ顔で再度ツッコミを入れるムウ、
そのやり取りをポカンとした表情で見るキラ。
「って事だ。まだお前が変わった奴だと決まった訳じゃない。
 俺達が様子を見て、おかしいと思ったら言ってやる。だから気にすんな」
相手の不安を吹き飛ばす笑顔を作ったムウがキラの頭をわしゃわしゃと撫でた。
全く、この男は素晴らしい力を持っている。
「ムウの言う通りだ。それに、自分で分かっていないだけで
 ただのトランス状態という事もある」
「はい。有難う御座います」
2人の言葉に多少元気付けられたのか、はにかんだ様な笑顔でキラは答えた。

 

「でも実際どうなるのかね?」
「何がだ?」
ムウがストライクに視線を投げながら言うが、
それが何を指しているのかが刹那にもキラにも分からなかった。
そんな2人にムウは呆れた様に肩を竦めた。
「当初の目的である第八艦隊は成し遂げた訳だろ?多分民間人はここで降ろせる。
 正規の船員も編入されるかも知れない。お前ら元々正規の軍人じゃねぇだろ?
 俺だって、正式にはアークエンジェル所属じゃないしな」
つまりムウは、もうこのチームで出撃する事は無いのではないかと考えているのだ。
刹那は兎も角、キラにとっては大きな問題だった。
「でも僕は・・・」
「まぁ、お前がそう簡単に除隊出来るかは分からないけどよ。
 おハルさんはお偉いさんにしては珍しく融通利く人だからな。何とかなると思うんだよ」
除隊するにはキラは機密に触れ過ぎていた。加えてコーディネーターともなれば、
地球連合軍の中で飼い殺しにするのが1番手っ取り早い口封じだ。
どこかで戦死してくれればそれで終わりである。
「何かあるなら上の人間が言ってくるだろう。それまで、サイ達と良く話し合うといい」
また難しそうな顔で俯くキラに刹那が諭す様に言う。
彼らは中立を宣言しているオーブの国民なのだから、これ以上は連合軍に組するべきでは無い、
と刹那は考えていた。
それに対して素直に頷くキラだったが、数瞬の逡巡を経て刹那に対して疑問を口にした。
「カマルさんだって、元々民間人じゃないですか。貴方は、どうするんです?」
「・・・そうだな」

 

そういえば考えていなかった。オーブ国民という肩書も仮の物でしかない。
しかもヘリオポリス用に偽装した物なので、管理の厳しい本国のチェックには引っかかる可能性もあった。
戦時中の軍なら、案外そういったチェックは薄いので、連合軍に身を置く手もある。
だが、刹那にとってこの世界の戦争に、片方の陣営に立った立場から関わるのは得策では無い。
ELSが管理しているので大丈夫だろうが、クアンタもそれなりには気になる。
「・・・・・・」
「・・・お前本当は何歳なのか知らないけどよ。人生設計もちっと考えた方がいいぜ?」
考え込んだまま固まる刹那にムウの表情が再び呆れ顔になった。
今までの人生を見ても、刹那に人生設計などという物はあった試しが無い。
大体、今の刹那の年齢なら、普通の人間なら余生を楽しく過ごす道楽を考えるか、
死に支度を整えるくらいしかやる事の無いのだが。
「まぁそれもこれも、上のお偉方の決定が無くちゃ始まらないからな。下っ端ってのは辛いねぇ」
飲料チューブから残りを飲み干して、大して気にして無さげにムウが言う。
彼の言う通り、軍に身を置いている以上
上からの命令には是非も無く従わなければならない。
個々が判断出来るのはその後、決められた範囲での話だ。

 

一旦話題の収束が見えた所で、ハンガーの出入口からざわめきが聞こえてきた。
「なんだ?」
「さぁ」
特に興味も無さげに3人がそれを見ていると、
焦った様子のマリューがざわめきの中心である一団まで走って行った。
マリューを加えた一団は、暫く話した後にハンガーの中を歩いて行く。
「・・・こちらに来てないか?」
「ああっ!ありゃおハルさんじゃねぇか!」
「なっなんでそんな偉い人がここに・・・」
近付いてくる一団にハルバートン提督の顔を発見したムウがあんぐりと口を開ける。
キラも軍の偉い人、という得体の知れない人種に興味半分恐れ半分と言ったところか。
飲みかけの飲料チューブを片付けている暇も無く、一団は刹那達の休憩場所にやってきた。
「やぁ君達だな。アークエンジェルを守ってくれたのは」
「はっ」
紳士な准将の問い掛けに逸早く反応したのは、腐っても正規の軍人であるムウだった。
素早く立ち上がって敬礼する彼に、刹那とキラも続く。
「楽にしてくれ。さきの戦闘で疲労しているのだろうからな」
「あ、そうですか」
しかしハルバートンの一言でムウは直ぐに何時も通りの砕けた様相に戻ってしまう。
ハルバートンの横に控える副官の視線が険しくなり、
ビシッとしたムウさんは何だか何時もより頼り甲斐がありそうだなぁ、
などと思っていたキラも拍子抜けした視線を送っていた。

 

しかしハルバートンは、そんなムウの態度に軽快な笑い声を上げた。
「そうこなくてはな。連合軍随一のMA乗りが、そのくらいの大胆さが無いようでは困る」
「まぁあまりお役には立てなかったんですがね」
苦笑いしながら頭を掻くムウ。自分が所属する部隊が全滅、護送していた新型の正規パイロット達も
全員が輸送艇と運命を共にし、実質任務は失敗しているのだ。
おまけに乗機が中破した状態では面目も立たないといえた。
しかし、その言葉に横から異議を唱える声が上がる。
「そんな事ありません!ムウさんがいなかったら、僕達は戦ってこれなかった」
キラが訴える様に言い、刹那も無言で頷いた。
実際、チームを纏める役割としてムウは部隊長の任務を良くこなしたといえた。
彼がいなければ、軍隊経験の無い機動部隊などまともな連携が取れなかっただろう。
「君は確か・・・ストライクの面倒を見てくれた子だな。
 辛い思いをさせた。済まなかったな」
「あっいえ・・・」
データで既にキラの素性を知っているハルバートンが、軍帽を取ってキラに握手を求めた。
反射的に応じたキラだったが、ハルバートンの手の力強さに驚く。
将兵の命を預かる提督の肩書に恥じない手だった。
「君もだ。謎のエース君」
キラにしたのと同じ様に、ハルバートンは刹那にも握手を求めた。
刹那は黙ってそれに応える。
「実験用のジンでどうしてそこまでの戦果を挙げられるのか、是非とも聞きたい所だな」
「それは秘密です提督」
「なっ、貴様・・・」
刹那の精一杯の冗談に、副官が声を荒げた。
マリューがハッとした表情になるのを見て、自分の冗談が不味い事に気付いた刹那だったが、時既に遅し。
上官の質問に答えなかった刹那に副官が何事か言おうとした時、
ハルバートンの大きな手がそれを制した。
「構わん、今はどうあれ、彼は民間人だ。私も興味本位で聞いただけだ。
 それに、聞いたからと言って他のパイロットが真似出来る物でもあるまい?」
「あー・・・無理ですねそりゃ」
刹那の代わりにムウが手を振って答えた。
セーブしているとはいえ、イノベイターの刹那の操縦を一般兵が真似するのは無理な話だ。
下手に真似しようとすれば事故が多発する事になるだろう。
「・・・提督、そろそろ」
「ああ、もうそんな時間か」
咳払いした副官がハルバートンに耳打ちすると、
腕時計を確認したハルバートンは残念そうな声を上げた。
「おちおち君らと話す時間も無い。フラガ大尉、君には後で会うから別だがな」
「?」
ハルバートンはそう言うと、ムウが言葉の意味を問う前に背中を向けて行ってしまった。

 

「なんだか凄い人でしたね」
「ふふ、提督は元々ああいう人よ」
体の緊張が解け、ガクンとパイプ椅子に腰を下ろしたキラにマリューが微笑みかける。
ハルバートンを尊敬しているのが良く分かる口調だった。
「で、俺もおハルさんの所に挨拶しに行くのか?」
「ええ、主要な士官・・・つまり艦長と私、フラガ大尉は
 この後のアークエンジェルの運用について提督と話し合う予定よ」
「成程ね」
ムウは面倒臭さそうに溜息を吐くと、軽く伸びをしてハンガーの出入口へ歩き出した。
「ムウさんどこへ?」
「シャワーだよ。お偉いさんと正式に話すんだから、汗臭いまんまじゃ困るだろ?」
「僕も行きます」
そういえば、まだ自分達はパイロットスーツのままだった。
それを思い出したキラもムウの後を追った。
「じゃあ俺は・・・」
「曹長はジンの再調整があるからまだ付き合って貰うわよ?
 私も行かなきゃいけないから時間無いし」
「・・・了解した」

 

ジンメビウスはまだ調整が必要な段階である。
今後必要になるかは分からなかったが、早めにやっておく事に越した事は無いだろう。
刹那は、久々に尊敬する上司と会った事で機嫌の良いマリューに連れられて愛機の下へ向かった。

 
 

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