機動戦士ガンダム00 C.E.71_第46話

Last-modified: 2012-01-08 (日) 04:32:49
 

「・・・なんだ?」

 

一瞬戦場を支配する程の何かが広がり、そして消えた。
あまりに一瞬の事だった為に、クルーゼは自分の錯覚かとも考えたが、
アスランからミゲルが撃破されたと聞いて納得する。
「先程の感覚はムウの物では無かった。やはりあのパイロットか」
一瞬の力の膨張、それは同時にクルーゼもその腕前を認めるミゲルが
一瞬で撃破される程強力な物であった事を示していた。
「危険だな。ムウ以上の脅威となる可能性も、或いはと言った所か」
前々から危険視していたとはいえ、流石にここまでとは思わなかった。
クルーゼが認識を改めた所で、四方からの機銃掃射がシグーを襲う。
『クルーゼ!』
「ムウ、お前とも遊んでいられなくなったよ。
 そんな機体で私を追ってくるとは称賛に価するがな」
射撃元とは別の位置から、オレンジ色の機体、メビウス0がスラスターを全開にして接近してくる。
しかしそのスラスター光は弱く、幾度と無く相対したクルーゼからは機体の不調が手に取る様に分かった。
そんな機体で、この混戦の最中クルーゼに狙いを定めてくる技量と胆力は脅威の一言である。
しかし今感じた物に比べればそれも些細な事だ。

 

「ムウ・ラ・フラガ、貴様は感じなかったのかな?この戦場にある最大の脅威に!」
『何を・・・!』
クルーゼとムウにはある関係から互いの感覚をある程度共有する能力がある。
クルーゼの言う脅威もまた、明確なビジョンを持ってムウに届いた。

 

『気付いたさ。だからどうした!』
「貴様はあんな力の近くにいて、それを無条件に信頼出来る様な男では無いと思ったが?」
『何が言いたい!』
クルーゼは動きの鈍ったガンバレルの1基を撃ち落とした。
ガンバレルの動きが鈍ったのは、ムウの動揺を現していると言える。
仮面の男はニヤリと口元を歪め続けた。
「あの様な不審なパイロットに、貴様は背中を任せられるのかな?」
相手の思考を読む術に長ける自分達がある種呪われた出自であるからには、
ジンメビウスのパイロットも偶然その力を持っているだけという話は通用しない。
それはムウとて分かっている筈であった。
しかしムウの返答は無言、クルーゼは更に畳み掛ける。
「理解出来ない、信用出来ない大きな力を傍に置いておけば、やがて火傷では済まなくなるぞ?ムウ!」
2基目のガンバレルを重斬刀で破壊し、トドメとばかりの言葉をムウに浴びせると、
クルーゼは答えを聞く前にその場から離脱した。今のメビウス0ではシグーは追えまい。
それに、クルーゼにとっては向かってくる鋭い感覚に対処する方が先決だった。
そのパイロット――刹那とムウを同時に相手にする事は
いくらクルーゼであっても厳しいと判断したからだった。

 
 

バスターと共にメビウスの数を減らす事に専念していたアスランは、突然の警告音に視線を下に降ろす。
主モニターの下に設置された副モニターには、指揮下のMSの状態がリアルタイムで表示されている。
それを見たアスランの顔が一気に強張った。
ミゲルのハイマニューバが表示されている部分が血の様に真っ赤になっていたのだ。
「ミゲル・・・!?」
先程までどこにも損傷が無かった筈なのに、今表示されているハイマニューバの状態は四肢を破損、
コンディションは戦闘不能と表示されている。
ミゲルが一瞬の内にこれだけの損害を受けたという事実がアスランにはとても信じられなかった。
兎も角、こんな状態ではパイロットが生きているかも分からない。
直接確かめねばならなかった。
「ディアッカ、ミゲルがやられた。ここは任せるぞ」
『ミゲルがやられた?・・・あっ、おい!』
後ろで散弾砲を構えていたバスターに後を任せる。
アスランはイージスをMA形態へ変形させ、ハイマニューバが確認出来る地点に急行させた。

 

「生きていてくれミゲル・・・」
アスランにとってミゲルは、部隊内で頼れる唯一の存在であった。
決して人と接するのが得意とは言えないアスランが部隊長としてやってこれているのは
ミゲルの存在が大きい。
そんな彼が死んでしまっては、悔やみ切れるものではなかった。
「ここら辺の筈だが・・・」
イージスの示した座標は、今戦場となっている宙域から若干後退した位置にあった。
連合艦隊の方に流れていなかったのは幸運以外の何物でも無い。
イージスをMS形態に戻し、アスランは捜索を開始した。
幸い、ミゲルの機体は彼のパーソナルカラーであるオレンジ色に塗られて判別がつき易い。
しかし、四肢を失ったMSは熱源としても小さく、目視で探すのも一苦労と言えた。
「・・・いた・・・!」
暫く探していると、他の残骸に混じったオレンジ色のハイマニューバが漂っているのを見つける。
見た所胴体に損傷は無い様だ。アスランは直ぐに駆け寄ると、
イージスをハイマニューバに触れさせて接触回線による通信を試みた。
「ミゲル、ミゲル聞こえるか?応答してくれ」
しかし返事は無い。アスランは最悪の事態を覚悟した。
「・・・どうする、ハッチを抉じ開けて直接確かめるか?いや駄目だ」
思い付いた方法を即座に否定する。
ミゲルが生きていたとして、気絶している可能性も十分ある。
もしそれでヘルメットが割れていたとしたら。
ハッチを抉じ開けた途端彼の体は無防備な状態で宇宙空間に晒される事になる。
「ミゲル、返事をしてくれ!」
『・・・アスラン・・・か?』
アスランの叫びに、ミゲルの微かな声が応えた。
アスランはミゲルが生きていた事が分かって胸を撫で下ろした。

 

『ここは・・・俺は奴にやられて・・・駄目だモニターが死んでやがる』
「大丈夫です、ここは戦域じゃない。俺も直ぐ戻らなくちゃならないので、
 問題がなければこのまま機体をヴェサリウスの方に流します」
『ああ・・・頼む』
声は重いが、言葉自体はしっかりしている。
命に別状は無いと判断して、アスランはハイマニューバをヴェサリウスに任せる事にした。
ヴェサリウスへ流す為にイージスがハイマニューバから手を離そうとした時、
ミゲルが重い口を再び開いた。
『アスラン・・・他の奴にも言っとけ、蒼い奴に近付くな。ありゃ化け物だ・・・』
「・・・分かりました、伝えます」
今度こそハイマニューバから手を離し、MA形態に変形したイージスは踵を返して戦闘宙域に向かう。

 

「化け物・・・ミゲルは何を見たんだ?」
パイロットという人種は往々にして負けず嫌いである事が多く、
ミゲルやイザークはその中でも顕著な例と言える。
その彼にこうも言わせるには、アスランの中にある蒼い奴の印象は弱いと言えた。
確かに、驚異的な機体の制御能力とスラスターを振り回すセンスは一級の物だろう。
自分がイージスで挑んでも勝てないという自覚はアスラン自身にもある。
しかし、今までの戦闘を見ても蒼い奴はミゲル以上、クルーゼ未満というのがアスランの評価だ。
現にミゲルは返り討ちに遭っても再戦への闘志を燃やしていた。
それはつまり絶望する程の力量差は無かった筈なのだ。
それが、先程のミゲルの声には明確な怯えの色が含まれていた。
ミゲルの実力が突然落ちるとは考えられない。
そうなると現実には、蒼い奴が今まで実力を隠していた事になる。
そこまで思考してアスランの額に冷たい汗が流れた。
「不味いぞ、これは・・・!」
戦闘宙域に残してきた戦友達を想い、アスランはスロットルを踏み込んだ。

 
 

未だに決着のつかない一騎打ちの最中、コクピットにムウの声が響いた。
『坊主、後退だ!艦隊直衛のいる場所まで後退するぞ、急げ!』
「10秒後にミサイル砲撃!?」
ムウからの後退命令と、同時に送られてきた電文にキラの顔が青くなる。
副モニターに、10秒後当宙域へ近接信管のミサイルを実行するという内容の電文が表示される。
段々とメビウスの数が減ってきているのに加え、ザフト艦隊がキラ達のいる宙域を射程に捉えつつある。
それが到達しきってしまうと、完全に連合機動部隊は孤立してしまう事になる。
そうなる前に、ミサイル砲撃で壁を作り機動部隊を後退させようというのだ。
「・・・っ、分かりました!」
バッテリーが底を尽きかけているのか、射撃に消極的になっていたデュエルASを、
全武装を用いた弾幕で引き剥がすと、キラはエールの全推力を動員して後退を開始した。
『味方のミサイルに当たるなよ!』
ムウのメビウス0も後退するのが見え安堵した次の瞬間、足元を通り過ぎた大型ミサイルにヒヤリとした。
ミサイルはそのまま先程まで戦闘を行っていた宙域に直進していく。
一騎打ちで集中力が限界に来ていたキラは、その光景を眺めながらヘルメットを取ると、
汗で張り付いた前髪を掻き上げた。しかし急にハッとなって、ムウと無線を繋ぐ。
「ムウさん、カマルさんを見ませんでしたか!?」
『ああっ?見てなねぇけど、アイツなら大丈夫だろ』
後退する味方の機影の中に、ジンメビウスがいない。
焦るキラに、ムウは軽い調子で言った。
そうこうしている間に、ミサイルの近接信管が起動したのだろう。
球体の爆発が宙域一帯に広がった。

 
 

機動部隊に後退命令が下るより少し前、互いに仮面を被った2人の戦闘が始まっていた。
銃撃と斬撃の応酬に、しかしお互い被弾は無い。
2機のMSが織り成すハイレベルな機動戦に互いの僚機も手出しが出来る状態では無かった。
「手強い・・・!」
刹那は迫るバルカン砲の弾幕を躱し、バズーカで応射する。
対するシグーはバルカン砲を撃ち尽くしたのかそれをパージ、こちらに投げ付けてきた。
放たれた榴弾とバルカン砲の銃身が衝突し、2機を結ぶ中央で爆発が起きた。
次の瞬間、咄嗟に重斬刀を抜いたジンメビウスと爆発を隠れ蓑に急接近してきたシグーが切り結ぶ。
互いに高機動型である為、止まって鍔迫り合いなどナンセンスだ。
刹那は距離を取ろうと操縦桿を引こうとするが、それより早くシグーからの接触回線が開いた。

 

『君とはゆっくり話がしたい。634だ』

 

突然仮面の冷たい声が響くと、同時にお互い剣を引いて距離を取った。
それが間違い無く、以前オープン回線から聞いた
シグーのパイロットの声だと認識した刹那は、言われた通り回線を634に合わせた。

 

「聞いてやる」
『ふっ、以前に比べて素直だな。ミゲルの言った通りだ』

 

以前にも刹那はミゲルに回線番号を指定されて開いた事がある。
刹那からすれば、GNドライブが無い現状で残っている唯一の通信手段なのだから、拒む理由は無かった。

 

『早速質問だが・・・君は何者かね?連合のエース君』
「抽象的過ぎて質問の意味が分からないな」

 

クルーゼの問いに、自身の心が波打ったのを感じたが平静そのものの顔と声で応えた。
その間にもシグーのキャニスが火を噴き、
それをジンメビウスがデブリにワイヤーを撃ち込んで回避する。

 

『では質問を変えよう。君のその力、どこで手に入れたモノかね?』
「答える義理は・・・無い!」

 

ワイヤーを使った変則的な機動で格闘戦に持ち込んだジンメビウスが
掬い上げる様に重斬刀を振るい、シグーのシールドを斬り飛ばした。
そしてシグーから反撃の斬撃を浴びる前に素早く距離を取る。
間違い無く、このパイロットはムウと同類だ。刹那は確信した。
脳量子波の強さ、表面的な所は陰と陽で全く異なるものの本質的な部分に同じモノを感じる。
そして今の口ぶりからして、それが何なのかは分かっていないものの
純粋種の力の発動に気付いている。

 

『強情だな。君を殺さずに捕縛するのは無理だろうからこうして聞いているのだが・・・』

 

ジンメビウスを撃破するのに大きな火力は必要無いと見たのか、
シグーはキャニスを捨ててマシンガンでの射撃に切り替えてきた。
正確な射撃を回避している間にも、クルーゼの話は続く。

 

『間も無くこちらの艦隊がそちらの艦隊を捉える。
 MAも数を減らしているとなれば、君がいくら頑張った所でそちらの壊滅は必至だと思うが?』
「何が言いたい?」
『何簡単な事さ。そんな力を持ってMSを駆る君が、
 連合に大人しく従っている訳ではあるまい?ならこの話の意味する所も分かる筈だ』

 

クルーゼの言う話は正しい。今もこちらの機動部隊はその数を確実に減らしており、
これでザフトの艦隊が到着すれば詰みだ。連合に忠誠を誓う身でも無いなら、
ザフトに寝返るのも合理的だろう。
しかし、刹那の口から出た応えはそれとは真逆な物だった。

 

「俺を脅迫しようと懐柔しようと無駄な事だ。大切な物は全て、俺と共にある」

 

別の世界の人間であり、連合に対して思い入れの無い刹那ではあったが、
アークエンジェルの行く末だけは見届ける義務があると感じていた。

 

『大切な物は共にある、か。では、共に滅びる事も辞さないと?』
「それは、俺にも貴様にも大尉にも分からない、未来の話だ」

 

イノベイターだから、脳量子波が使えるからといって、未来が覗ける訳では無い。
刹那がそう言い放つと同時に、爆発の炎が戦闘宙域を彩り始めた。
後退しようとするジンメビウスをシグーが追おうとするが、
それもまたジンメビウスと入れ替わりに飛来したミサイルによって阻まれる。
シグーがいた位置を一瞥した刹那は、広がった爆発の壁を背にジンメビウスへ後退を促した。

 
 

【前】 【戻る】 【次】