機動戦士ガンダム00 C.E.71_第94話

Last-modified: 2013-04-17 (水) 19:00:26
 

アークエンジェルとザラ隊が激戦を繰り広げる海域より僅かに離れた所に、
ザラ隊を見送った潜水母艦が待機していた。
ザラ隊の指定した作戦時間はとうに過ぎており、
本当なら撤退していなければならない時間である。
しかし、艦長は未だ艦を動かす指示を出さない。
『デュエル確保、パイロットの生死は不明。機体をそちらに流します、回収を』
「・・・分かった。引き続き偵察を続行しろ」
『了解』
偵察に出していたグーンから通信が届く。
先にもたらされた情報では、デュエル以外のザラ隊の機体は確認出来ないものの、
脚付きも船体に深刻なダメージを受けたのか不時着しているらしい。
「艦長、ラゲン隊、出撃準備整いました」
「ああ。・・・緊急浮上開始、目標、脚付き!」
脚付きは手傷を負っている。沈めるならば今しか無い。
「仇討という言葉は嫌いだが、このままでは彼らが浮かばれん」
ザラ隊とは短い付き合いで、戦友と呼べる間柄では無い。
しかし、若い同胞達が散り際に残した成果、無駄には出来なかった。
潜水母艦が浮上し、上部のハッチからディンが三機出撃して行く。
それを見送って、艦長は腕を組み直した。

 
 

グランドスラムが唸り、木々を薙ぎ倒す。ディンはそれを躱すと、散弾砲で反撃する。
ジンオーガーはシールドでそれを防ぐと、強引に距離を詰める。
しかし、重量の軽いディンはバックステップとスラスターで更に距離を離した。
「早いな」
何度目かのやり取りの後、刹那はそんな敵機を見据え独りごちた。
こう木々が多いと、大型スラスターで一気に距離を詰めるという事は出来ない。
中々厄介だ。しかし、追いかけっこもそろそろ終わる。
この小島に降りた時の記憶が確かなら。
もう一度同じやり取りを繰り返すと、視界が突然開けた、森林を抜けたのだ。
そこは切り立った崖の上、下は海である。
先に行くほど足場も狭くなっており、ディンに逃げ場は無い。
「仕留める」
追い詰めた敵を前に、ジンオーガーはグランドスラムを腰の左側に入れ、姿勢を低くする。
俗に言う居合の構えである。しかしそれは、本来後の先として迎撃に使われる物とは違った。
大型スラスターのノズルに青白い炎が灯り、
エンジンが出力を上げて行く高い音と共に振動がコクピットを揺らす。
一瞬の沈黙、刹那が深く息を吸うのと、ディンが散弾砲を構え直すのはほぼ同時だった。
「シッ!」
散弾が発射されると同時に、ジンオーガーが深く一歩目を踏み込む。
大型スラスターの点火の勢いも相まって、その速度は新型をも上回る。
機体を半身に捻って散弾を回避し、更に踏み込む。
ディンが後退しながら胸部を開くと、
万が一の為に残してあったのであろうミサイルの最後の一発が顔を覗かせる。
殆どグレネードの要領で発射されたそれに、
予め左手の指に挟んでいたアーマーシュナイダーを投擲。
ミサイルの弾頭にアーマーシュナイダーが突き刺さったのも確認せず、
三歩目でミサイルと交差する。背後で爆発が起こり、更に加速。
ディンが重斬刀を振るうが、更に姿勢を低くして回避。しかし紙一重でジンの特徴である鶏冠型のセンサーが切断された。
それにも構わずディンの懐に飛び込んだジンオーガーが、
最後の踏み込みと同時にグランドスラムを解放する。
腕部スラスターが唸り、神速の速さで振るわれたグランドスラムが
ディンの左腕、左足を斬り裂いた。しかし―――
「浅い!」
本当なら胴を真っ二つにする筈だったが、重斬刀を躱す際に狙いがズレた。
二の太刀を浴びせる為に更に踏み込む。
と、その瞬間、刹那は胸を抉られる様な感覚に襲われた。
「これは―――キラ!?」
乱れ切っていたキラの脳量子波が穏やかになったかと思うと、次の瞬間プツリと途切れた。
同時に、暗い空を明るく染める程の大爆発が起こる。イージスの自爆による爆発であった。爆風が機体を叩き、刹那はやっと我に帰る。
気付くと、目の前には体勢を崩しながらも散弾砲を構えるディンが映っていた。
「ちっ―――!」
それは極僅かな、文字通り刹那の忘却だった。しかしこの瞬間、それは致命的な隙となる。
戦いの中で一瞬でも他の事に気を取られるとは。
刹那は自分の甘さに驚きながらも、迅速にジンオーガーを動かす。
もうグランドスラムでの追撃は間に合わない。
刹那が選んだのは、踏み込みをそのまま利用したショルダータックルだった。
肩のシールドを前面に、ディンに体当たりを掛ける。
しかし紙一重でディンの散弾砲の方が早かった。
至近で飛び出した無数の弾丸は、半数がシールドを叩き、
もう半数が、半身になって晒されていた背部の大型スラスターを穴だらけにする。
それでもジンオーガーは止まらず、ディンに体当たりをぶちかました。
衝撃で散弾砲を手放したディンは、その重量の軽さも相まって大きく跳ね飛ばされ、
背後に広がる海へ真っ逆さまに落ちていった。
「・・・スラスターをやられたか」
元々軽量化の為殆ど装甲で保護していなかったのだ、
即爆発しなかっただけ運が良いと言えた。
使い物にならなくなったスラスターをパージすると、爆発のあった方へ機体を向ける。
「・・・キラ」
依然、キラの脳量子波は途切れたままで、何も感じられない。
考えられる理由は二つ、気絶しているか、もしくは・・・。
自分の想像に首を振ると、刹那は爆心地へと機体を進めようとする。
しかしその直後、新たな脳量子波が刹那の頭を叩いた。
「これは・・・新手か」
海の方へ振り返ると、まだ戦闘距離には無いものの空に三つの機影が見える。
ザフトのディン、増援である。
向かってくる方向から、不時着したアークエンジェルを狙っているのは明らかだった。
「今更、やらせる訳にはいかないな」
今のアークエンジェルには、ディン三機とて命取りとなる。
キラも心配であったが、優先順位は既に決まっていた。
「ん?」
低いエンジン音が辺りに木霊する。
直後、対岸に不時着していたアークエンジェルが頼りない上昇速度で離陸を開始した。
増援を捕捉したのだろう、急速離脱するタイミングとしては今しか無い。
「それでいい。ナタル・バジルール」
急速離脱するという事は、収容出来ていない刹那やキラを見捨てる事を意味する。
しかし、艦の安全を第一に考えなければならない彼女にとっては当然な、
寧ろ勇気のある決断だった。
ナタルに辛い決断をさせたのだ、こちらも相応の役割を果たさなければならない。
ジンオーガーは落ちていた散弾砲を拾うと、銃口を上空へ向け弾倉が空になるまで撃った。
小島全体に、大きな銃声が連続して木霊す。
用済みとなった散弾砲を投げ捨て暫く待つと、
アークエンジェルに向かっていた三機のディンが銃声を探知して方向を変え、
こちらに向かってくるのが確認出来た。
「ジンオーガー、最期の仕事だ」
近付いてくる三機を見据え、ジンオーガーはグランドスラムを構えた。

 
 

「何丁寧にやってるんだ、飛べる様になればいい!」
激しい喧噪の中、ムウと切羽詰った声が一際室内に木霊する。
アークエンジェルのハンガーでは、スカイグラスパーの懸命な応急処置が進んでいた。
しかしまだ再出撃出来る状態には無い。
「くそ、このままじゃ・・・!」
未だ戻らない戦友達の事を想い独りごちる。
さっき感じた、体に突き刺さる様な嫌な感覚が頭から離れない。
ラウ・ル・クルーゼと会敵する時とはまた違う感覚、嫌な予感がした。
飲料チューブを乱暴に飲み干すと、急速離陸の注意を促す艦内放送が響いた。
「なっ、離脱だって!?」
戦域からの離脱を旨とする放送に、ムウは空になった飲料チューブを握り潰す。
一気に険しくなった形相で、ブリッジと直通の通信機を起動させた。
すぐにナタルの顔がモニターに表示される。通信が来る事を予想していたかの様な速さだ。
彼女が口を開く前に、形振り構わず大声で噛み付いた。
その声に辺りの整備士達は目を剥く。
「どういう事だ艦長!離陸は分かるが、このまま離脱だって!?」
『そうです。敵増援はディン三機、今の我々では対処しようが無い』
「ディンの三機くらい俺が・・・!」
『無理です。第一機体が無いでしょう。更に増援が来る可能性も―――』
ナタルの正論は、通信機に叩き付けられた拳によって遮られた。
「俺の――、俺の部下が、まだ誰も、誰も帰って来てないんだよ。だから・・・」
俯いた顔、絞り出す様な声は、泣いている様にも見えた。
そんなムウの初めて見る有様に、ナタルは一瞬怯み、悲しそうな表情を浮かべたが
すぐに平静の風に戻って首を振った。
『この決定に変更はありません。
我が艦は連合勢力圏、アラスカの防空圏に向けて急速離脱します』
「・・・分かった」
ナタルの言葉を最後まで聞かず、ムウは通信機に背を向けた。
「スカイグラスパー、一応もう飛べるんだろう?出してくれ」
「しっしかし大尉、今のまま戦闘は・・・」
「ごちゃごちゃ言うな!今すぐ・・・!」
無理矢理にでも出撃しようと、修理を担当する整備士を怒鳴りつけるムウ。
そんな彼の手を、柔らかい感触が包んだ。
「行かないで下さい、フラガ大尉」
「・・・・・・」
無言で振り返った先には、ムウの手を握るマリューがいた。
俯いたその表情は上から見下ろすムウからは見えなかったが、
握られた手から彼女が震えているのが分かった。
「貴方まで行ってしまったら、私は・・・」
震える体の、その胸元には、震えに合わせてペンダントが揺れていた。
―――ああ、何故気付かなかったのだろうか。
残される事の、その恐怖を知ってしまった人間が自分以外にもいた事に。
「・・・・・・分かった」
奥歯を砕けんばかりに噛み締め、ムウは漸くそれだけ呟く様に言った。
味方の勢力圏へ入るというのに、ハンガーに喜びの感情を露わにする者はいない。
さざ波の様に広がる無力感だけが、ハンガーを包み込んでいった。

 
 

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