機動戦士ガンダム00 C.E.71_第96話

Last-modified: 2013-06-16 (日) 00:18:24

カガリ達オーブの救助隊がやってくる数時間前。刹那は、苦境の中にいた。
不用意に接近してきた最初のディンを一刀に伏したまでは良かったものの、
その後はひたすらに回避を続けるという精神を削る戦闘を続けていた。
「くっ、バッテリーが」
二機のディンからの波状攻撃により、ジンオーガーのバッテリー容量は限界に来ていた。
刹那自身は砂漠で半日に及ぶ猛攻も経験した事があるので問題無いが、
ジンオーガーの方はそうもいかない。敵は最早アークエンジェル追撃を諦め、
この機体を撃破する事だけを目標にしている様だった。
「一先ず作戦は成功か・・・」
自分の役割は果たした。これ以上耐える必要は無い。撤退を考えた、その時。
突如ジンオーガーが姿勢を崩した。
「なんだっ」
副モニターを見ると、膝の関節部がオーバーヒートしている。
刹那の操縦に耐え切れなかったのだ。
それでも、破壊に至っていない辺りは流石アストレイのフレームといった所か。
急いで姿勢を立て直そうとする刹那だったが、それを許す敵では無い。
ここぞとばかりに無数のミサイルがジンオーガーに降り注いだ。
「くっ」
グランドスラムと肩のシールドを盾に上半身をカバーする。
動かせる範囲で機体を振り、致命傷は避けた。しかし―――
「っ!」
左足の脛にミサイルの一発が着弾。推進剤に引火し、膝から下が吹き飛んだ。
派手な爆発の割にそれだけの被害で済んだのは、長い戦闘で推進剤が残り少なかったからだ。
今度こそ完全に崩れ落ちたジンオーガーに、ディンに一機が接近してくる。
近距離からの散弾砲で、確実に仕留める気か。
「・・・焦ったな」
足の潰れた機体を、ミサイルの一斉射撃で仕留められなかった事に
業を煮やしたパイロットの思惟が伝わってくる。
迂闊なディンにジンオーガーが半身を持ち上げ、グランドスラムを逆手に握り直した。
その姿は、槍投げの選手が取る姿勢に似ている。
刹那は、迫るディンが散弾砲を撃とうとする直前にタイミングを合わせた。
操縦桿を一気に前へ押し込むと、右手のスラスターが吠え、
腕の振りと同時に凄まじい初速でグランドスラムを投擲された。
巨大な弾丸となったグランドスラムはディンに突き刺さり、
その重量をもって地面に叩き落とした。
残るは一機、しかし最後のディンは暫くこちらを警戒した後、撤退を開始した。
「ふぅ、行ったか」
こちらにまだ何かあると踏んだのだろう。
しかし、ジンオーガーは文字通り最早死に体だった。
グランドスラムを投擲した際に掛かった過負荷によって右腕は完全に稼働不能だ。
最後のスラスター点火がトドメとなり、ディンに刺さった
グランドスラムを抜きに行く事すら出来ない程バッテリーも消耗している。
もし最後の一機が玉砕覚悟で攻めて来たら勝てなかっただろう。
ディンが完全に見えなくなってから、刹那はハッチを開いた。
ジンオーガーはもう動かない。短い間だが共に戦った愛機を一瞥し、刹那は走り出した。
軍人としての役目は一先ず終わった。だが人としてやるべき事はまだ残っている。
「トール、キラ・・・!」
トールが撃墜された付近へ近付くと、そこは火の海となっていた。
そこかしこにスカイグラスパーだった物の破片が転がり、そ
の中央には唯一原型を留めている機体の後部が砂浜に突き刺さっていた。
あるのは後部だけで、コクピット部分は確認出来ない。
トールの死を実感した刹那は、静かに俯いた。
「ん?」
ふと視線を外すと、少し離れた場所にオレンジ色の物体が海から打ち揚げられている。
「・・・・!」
直ぐにそれが何なのか理解し、刹那は顔を歪めた。
それは見慣れたヘルメットだった。オレンジ色の、連合軍の物である。
拾い上げると、中身に血が付いていた跡がある。
海水によって薄まっているが、少なくとも、長い時間が経った物では無い。
「トールの物か」
確証は無い。しかし、刹那はそれを大事そうに脇に抱えた。
トールとの出会いは、偶々彼の歌の練習現場に遭遇したのがキッカケだった。
あんまりに下手なものだから、コツだけ教えてやろうと初歩の手解きをしたら
何時の間にか刹那の修理屋へ通ってくる様になっていた。
ミリアリアという彼女の手前、歌が下手なのは恰好が付かない
という理由を聞いた時は、何とも下らないと思ったものだ。
しかし、トールにとっては、日常を生きる彼にとってそれは重要であったに違いない。
この世界で初めて繋がりを持った少年の死に、
刹那は自分の脳量子波が僅かに乱れているのを感じた。表情にも行動にも動揺は無い。
しかし、確かに心は乱れていた。
「っ・・・・・・」
久しぶりだった、己の力不足を悔いるのは。だが何時までも感傷に浸っている場合では無い。
刹那はヘルメットを抱えたまま、その乱れを振り払う様に
キラの脳量子波が途切れた場所に向かった。

――――――声がした。
遠くで響く声は形を成さず、誰のモノか、何を言っているのかは定かではない。
瞼は僅かに開いている筈なのに、その瞳は何も映さない。ただひたすらに暗い、地の底の様な。
そこに、突如一点の光が届く。
強い輝き、それを認識したのを最後に、キラは意識を手放した。

「キラッ!」
擱座したストライクのコクピットを開くと、
そこにはぐったりと体をシートに横たえたキラがいた。
意識は無い、視界を下げると脇腹には大小の破片
―――破損したモニターのガラス片や金属片―――
がパイロットスーツを貫通して突き刺さり、滅茶苦茶な状態になっていた。
普通なら即死、或いはショック死する状態に、刹那はすぐに脈を確認する。
僅かながら反応があった。
「コーディネーター・・・か」
喜びと同じくらいの驚きが湧き立った。
通常の人間なら絶対に助からない傷なのは、長い経験から分かる。
しかしキラの体は、その経験では推し量れない様だ。
刹那はシート裏にあるメディカルキットを取り出すと、
キラのパイロットスーツを切り、治療を始める。
だがこの重傷は、備え付けのメディカルキット程度では応急処置も心許無い。
半端な処置では、失血多量でキラがもたない。
「・・・少し手荒くなるぞ、キラ」
刹那は外れかけていた金属の棒を乱暴に外すと、未だ燃え盛る外の炎にかざした。
火に炙られた棒の先端はみるみる赤色化し、スーツ越しでも熱が伝わってくる。
刹那はその棒を、躊躇無くキラに向けた。

轟く爆音と閃光が止んで、どれだけの時間がたったか。
今は静かに降りしきる雨音だけが世界を支配していた。
体の芯にまで響いてくる轟音に怯えていた子供達の中にも、
何とか落ち着きを取り戻し他の子供を慰める者が現れ始めていた。
その中心に佇む、一団の中で唯一の大人であった男は、閉じられた瞳で辺りを見渡す。
一先ずの危険は去った、そう判断し子供達を家の中へ入れようとした時
―――死なせて、たまるか―――
「・・・・・・!」
「導師様?」
頭に声が走り、男の顔が僅かに強張った。
傍らにしがみ付くようにしていた少女が、心配そうにこちらを見上げてくる。
彼女が反応しないという事は、この声は普段耳にしているそれでは無い。
大丈夫だよと頭を撫でてやりながらも、マルキオの顔は声が響いた方へへばり付いたままだ。
その僅かに後に、森の中から二人の軍人が現れた。
周りの子供達の緊張が一気に跳ね上がったのが伝わってくる。短い悲鳴を上げる者もいた。
「心配いらないよ。キヤル、私の手を引いてくれるかな」
子供達を宥め、男は子供達の中でも年高の少年を呼んで軍人の下へ歩を進めた。
「君かな、私に話しかけてきたのは?」
「・・・連れを、助けて欲しい」
強い意志を感じさせる青年は、質問には答えず端的に要件のみを伝えてきた。
彼が担いでいる片割れの軍人は、まだ少年だった。ぐったりとしていて意識も無い。
先程の戦闘に参加した者だろう。
「これ以上体温を下げてはいけない、一先ず家に来たまえ」
「感謝する」
律儀に頭を下げる青年を認め、男が家に引っ込んでいた子供達に手を上げてみせる。
安全だと分かった子供達が一斉にやって来て、担架で少年を家へ運んでいく。
「貴方の名は?」
「マルキオだ。さあ、話は教会へ入ってからだ」
盲目の導師マルキオは、刹那にニコリと微笑んでみせると、教会へと彼を促した。

 
 

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