ウィーン ウィーン ウィーン ウィーン
――何処か知れぬドック内――
ドック内の照明は全て消えており、そこにあるものは暗闇のベールに覆われている。
だが、そこにはまるで生き物のように光る2つの光点。目を凝らすと薄っすらとその巨体の存在感を感知する事が出来る。
そう、2つのモノアイから漏れる光と機体の奥から漏れる可動音。
それは、膨大なエネルギーが凝縮されその場で爆発するのを何か強大な力が押さえ込んでいるかのような錯覚さえ覚える。
そこには異形のMSが鎮座していた。
通常のMSより2倍近くの体格と威風の堂々のその姿は全てのMSの頂点に立つ王者の風格さえ備えているかのようだ。
そのすぐ側には作業用ハンガーが設置されている。
そこに一人の男が佇んでいた。
「これこそ……『力』の象徴だ――古き世を破壊する象徴……」
男は設置されたハンガーからこの異形のMSを飽くことなく見つめていた。
長い間、微動せず見つめていると……男の背後から気配がして声が聞こえてきた。
「ご指示の通りに……」
「ご苦労だった。彼にちゃんと『あれ』を渡したね?」
「……はい」
男に声をかけたのは長い金髪の女性だ。
いきなり背後から現れ、それに驚いた様子も無く男は淡々と言葉を続けた。
「そうか……さぞ彼も驚いたことだろう」
男の反応に対して女性の方はその綺麗な顔に困惑の表情を浮かべていた。
軽く頭をひと振りしておずおずと話を続ける。
「本当に……あれでよろしかったのでしょうか?」
異形の巨人を眺めながら男は彼女に振り返ろうともせずに話し続ける。
「切っ掛けが必要だった。そう……何よりも有効な手段だよ」
男のその答えを聞き、彼女は泣きそうな顔になった。
その表情が幼い少女のようになる。
「……貴方は酷い方です」
「そう、言われるまでもなく私は『人でなし』だよ『ベルトーチカ』……『目的』の為ならばどのような『卑劣』な事もできる。
――『地獄』というものが本当にあるのならば……私はそこに真っ先に落ちる人間だろう」
ベルトーチカはその言葉を聞き、はっとした。
仕方が無い事なのだ……多くの人々の命運が懸かっている。
だが『彼』を利用する事に自分が心を痛めることは本当に欺瞞なのだろうか?
男は――『ギルバート・デュランダル』は自分の方を振り向きながら微笑していた。
――信じる道を進むだけだ。後悔はしていない――
と彼のその目は語っている。
彼女は思う。
人とは大切な人を欺き、全てを捨て去り
そして自分の命をも、天秤に賭けなければ物事を成す事はできないのだろうか?と
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チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえる。
朝の日の光の中で俺は上等な寝具の中で目を覚ました。
無論ここは『プラント』でコロニーの中なので『地球』とは違い普通は朝と夜の概念はないだろう。
だが、偽物であり真似事とはいえ、これらの循環は正常な人間のライフサイクルにとって必要な事だ。
俺は大きく伸びをすると、本日の起床時間を知る為に豪奢なアンティークの置き時計で確認してみる。
『10:08』
よく寝ていたようだ。
二日酔いになっていないし気分も良い。
昨日のあの後、レイとその後にMS戦の話をして盛り上がり結局寝たのは4:00近くになってしまった。
まぁ、6時間寝れば十分だろう。
俺はシャワーを浴び着替えると食堂に向かった。
そこには執事のヴァーンズさんに給仕されながら遅い朝食を取っているラウの姿があった。
彼は頭を抑えてながら食事は然程進んでいない様子だった。
「よう、おはよう」
「……ああ」
「なんだ? 二日酔いかよ? アルコール中和剤は飲んでいるんだろう?」
「私はその薬を飲む前から寝呆けていたのだぞ? 今しがた……飲んだばかりだ。急に効く訳があるまい」
「そいつはご愁傷さま」
俺はラウに朝の挨拶の声をかけると彼の正面の席に腰を下ろした。
すかさず、ヴァーンズさんが俺に声をかけて来た。
「おはようございますハサウェイ様。よくお休みになられましたか?」
「ええ。ぐっすりと休む事ができました」
「ご朝食は何になされますか? 無論、和風もありますぞ。ハサウェイ様の為に準備しておきました」
「それはいい。じゃあ、『納豆』にご飯にしようかな?」
「畏まりました」
俺の注文を受け、ヴァーンズさんは食堂から出て行く。
ラウは俺が注文したの朝食のある単語に反応する。
「まさか『ナットウ』とは……あのネバネバした腐敗した細菌が繁殖した物体のことか?」
「美味いぞ」
「うぷ……」
俺のその言葉にラウは口を抑えた。
「何故……腐敗したものをワザワザ口に入れなければならないのだ……? それも『サムライ』の習慣なのか?」
「人の食事の好みに口を出すなよ……『豆腐』は知っているか? あれと同じ材料だぞ」
「馬鹿な! 『トーフ』と『ナットウ』を一緒にするな! 『トーフ』はあの美しい『白い』食材のことだろう? あれは美味い」
「同じだって」
俺達はそんな馬鹿な話題で盛り上がりながら朝食を終えた。
食後のコーヒーを取っているとラウの方から
「……昨晩は馬鹿なこと口走ってしまったようだ……忘れてくれると助かる」
「ん? 何の事だ? 何も覚えてないけど」
俺は白を切るつもりだったが……どうやら上手くいかなかったようだ……
「フン、それならいいさ」
ラウも俺のその糞不味い態度に苦笑しながら応じた。
そして、これから彼と付き合う長い年月の間にそのやり方は互いに知られたくない事を
知ってしまった時の為の暗黙の了解となっていった。