機動戦士ガンダムSeed Destiny -An Encounter with the Trailblazer-_6話

Last-modified: 2013-07-26 (金) 00:15:51
 

短く刈り込んだ短髪に、角ばっているが精悍な顔立ち。
顎に伸びた無精髭。カーキ色の作業服の上からも分かる隆々とした体格。
入ってきた人物はまるで鍛冶屋の頑固親父のような風貌の男性であった。
おそらく彼がここの家主なのだろう。
通り過ぎるとき値踏みするかのような視線で彼はカガリのことを見る。
男性は着ていた上着をソファーに放り、カガリの対面に身を投げ出すように座る。
彼の視線は鋭く、油断ならない雰囲気を感じカガリは気を引き締めた。

 

「いったい何の御用ですかな、アスハ代表」

 

丁寧な言葉遣いながら彼の声色の奥には、忌避の色が滲んでいる。
カガリは臆することなくまっすぐに彼を見つめ、言葉を選ぶことなく語った。

 

「単刀直入に言おう、オーブへ戻ってはもらえないか」

 

何の飾り気もない一言に、彼は瞳を丸くする。
カガリの後ろに控えているアレックスの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
強く気高い、獅子のように誇り高いカガリ。
自分には持ち得ない前向きで、ひたむきな彼女のことが誇らしく、また頼もしい。
誇らしげな表情のアレックスと違い、男性の出した答えは冷ややかなものであった。

 

「そのようなご冗談をおっしゃるために、わざわざプラントにいらしたのですか?」

 

真っ直ぐに男性のことを見つめていたカガリの顔が、さっと朱色に染まる。
遊び半分でここまで来るわけがない!
怒り任せに言葉を発しようとした矢先、男性の語る現状によって彼女の言葉は阻まれた。

 

「オーブへ戻る必要性を一切感じません」
「だが、オーブは――――」
「故郷であったかもしれませんね。ですが、今こうして我が家を持てるようになり、
 仕事も順調。オーブにいた頃よりも収入は増しております。何故今更戻る必要があるのです?」

 

彼の語る話に飲まれ、カガリは喉の奥まで出掛かった言葉を紡ぐことが出来なかった。
そうじゃない、そうじゃないだろう!オーブという国は、あなた方にとっても大切なもののはずだ!

 

「…………しかし!」

 

愚直な彼女は声高に叫び、キッと睨むように彼に視線を向ける。
話を聞いて欲しい、オーブへ帰ってきて欲しい、わが国の力になって欲しい……。
対話を続けようとする意思を見せるカガリを煩わしく思ったのか、彼はため息をつく。
それはとても重く、苛立ちと煩わしさを伴ったものであった。

 

「はぁ。率直に申し上げましょう、我々はもうあの国に戻るつもりはありません」
「えっ?」

 

カガリは彼の言葉が理解できなかった。呆けたような顔で目を白黒させている。
そんなカガリをよそに、彼は淡々と語り続ける。
冷ややかな眼差し。しかし、瞳の奥でちりちりと何かが燃えている。
カガリはそれに見覚えがあった。あれは何時だっただろう。
それはとても身近にあって、自分もそれを抱えていたように思う。

 

「何故戻らなければならないのですか、我々を見捨てた国に」
「ッ!!」

 

カガリの喉の奥に、声にならないものが込み上げた。
見捨てた?オーブが?誰を?

彼女の思考が追いつかない。否、理解しようとしなかった。
2年前に焼け出されたものが、当時の想いを切々と語り続けている。

 

「大西洋連合の圧力に屈することなく、自国の理念を貫き通した。
 正しい選択のようにあなたは感じたかもしれませんね。
 だが、国民の大半は家を焼かれ財産を失い、戻るべき寄る辺を無くした。
 だというのに、あの国に俺たちが帰ると本気で考えているのか?」
「あっああっ…………」

 

カガリは唇を力なく震わせ、憤怒の表情をする男性に飲み込まれる。
彼の瞳の奥で燃え続けているものの正体、それは純然たる怒りであった。
慎ましく穏やかに暮らしていたいのに、それを引っ掻き回すような為政者。
それがたまらなく疎ましく憎い。彼の瞳が語っていた。

 

「俺たちはまだいいさ、どれだけ家財を失おうと、家族という最も大切なものだけは失わなかった。
 でもな、俺たちみたいに恵まれたものはほんの一握りだ。
 親を失ったもの、子を失ったもの、恋人を失ったもの、自分以外の家族全員を失ったもの。
 悲しみを忘れ、何とか生きようとしている奴らにあんたは言えるのか、オーブに戻れと」

 

溜め込んでいた想いを伝えると、彼は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
今にも泣き出しそうな子供に当り散らしても仕方がない、そんな態度であった。
ムッと気難しそうな表情で、彼らが帰っていくのを待っている。

 

「でも、この国に居ても――――」

 

どうにもならない無力感に苛まされ、カガリがつぶやく。
ひざの上に握った拳に視線を落とし、己の至らなさを受け止め思わず口を付いた言葉。
視線を外し、さっさと帰れという雰囲気をかもし出していた彼が、思わずカガリを見る。
無意識のうちに発した言葉には往々にして真実が宿る。

 

「なんだ、プラントに居ちゃいけないってのか…………いや、違う――――お前、まさか」

 

カガリの思わずこぼした一言、その意味を悟った彼の顔が青ざめる。
反芻し状況を掴むと、男性の顔が真っ赤に染まり激昂した。
機械をいじり続けてきた硬く節くれだった無骨な手が、カガリの細首に伸びる。

 

「俺たちの仕事を奪いにきたのか!!」

 

襟首を締め上げる男性に、カガリはパニックと理解が訪れた。
何故首を締め上げられるのか、それが分からず突然の事態にパニックを起こした。
だが、理解できたことがひとつあった。彼の瞳だ。
2年前のあの時、自分やその周りに居た者たちが何時も同じ目をしていた。
怒りと憎しみ、身を焦がす激情の黒炎。

 

(あいつは卑怯な臆病者だ!我々が留守の街を焼いて、それで勝ったつもりか!?
 我々はいつだって勇敢に戦ってきた!昨日だってバクゥを倒してきたんだ!)

 

頭の中に声が響く、あのときの自分の声が。
朦朧とする意識の中、カガリの耳に届いたのは最愛の男の頼もしい声であった。

 

「代表から手を離せ!」

 

アレックスが懐から素早く拳銃を抜き取り、照準を定める。
銃口に収束される殺気。カガリの首を絞める男を殺してでも止めようとする気迫が伝わる。
だが、引き金が引かれることはなかった。

 

カチャッ

 

アレックスがトリガーを引く前に、彼のこめかみに拳銃が突きつけられた。
突きつけたのは他でもない、レイ・ザ・バレル。
何故、自分が銃を突きつけられなければならない。苛立ちとともに、少年は吼えた。

 

「何を考えている!レイ・ザ・バレル!」
「私は先ほど夫人と約束したばかりだ。何かあれば止めに入ると。
 まず止めなければならないのは彼ではない。アレックス、あなただ」
「ッ!」
「彼に怪我を負わせるわけにはいかない。まず銃をおろすべきなのはあなただ」
「しかし!」
「そもそも、彼はあなたの大切な雇い主を殺そうと思っているわけではない。
 銃を下ろせ、アレックス・ディノ」
「――――!」

 

レイの突きつける拳銃に殺気が収束される。言葉で何を言ってもアレックスは止まらない。
そう判断した。ならば止めるにはどうするか。レイもまたこの方法しか知らなかった。
膠着する二人。首を絞められたカガリは、息苦しそうに男性を見つめる。
冷ややかな奥に燃える怒りの炎。ぼやける視界のなか、彼女は思った――
――あの時は奪われる側だったが、今は自分が奪う側になってしまった。

 

混迷する事態を止めたのは他でもない、夫人の一言だった。

 

「あなた、止めてあげて。こんなことをしても、何にもならないわ」
「……お前」

 

男性の手からするりと力が抜ける。
咳き込み、苦しそうなカガリの元にアレックスは駆け寄りいたわる様に背中を擦った。
己の首に手を当て、震えるカガリ。
己の最も大切なものを傷つけた男が許せなくて、アレックスは殺気混じりの視線を向ける。
男性は疲れたような顔色でソファーに腰掛け、カガリたちを一瞥すると力なく呟いた。

 

「どうせプラントに来たもの、オーブの技術を使うなとか言いに来たんだろ」
「そ、それは」
「俺たちの間じゃ、その話題で持ちきりだったさ。いつ首を切られるか分かったもんじゃない」
「ッ!!」
「出てってくれ、あんたらの顔なんざ見たくもない」

 

右手で頭を支え、力なく囁く姿を目にするとカガリたちは何も言えなかった。
夫人が申し訳なさそうに頭を深々と下げていた。
カガリはアレックスに体を支えられ、ゆっくりと車に乗る。
玄関ではレイが申し訳なさそうに夫人と話していた。
おそらく、何かあれば止めに入るという約束を果たせなかったことを詫びているのだろう。

 

後部座席に座ると、カガリは小動物のように体を丸め震えていた。
アレックスがそんな彼女の肩を抱き、落ち着けるよう宥める。
怯える彼女が少しでも安心出来るよう、やさしく包むように宥め続ける。
レイの瞳には彼らの姿がどう映ったのだろうか。
優しい青年が少女を癒そうとしているように見えたか、はたまた傷の舐め合いに見えたのか。
バックミラー越しに見えるカガリに視線を向け、レイは淡々と問いける。

 

「いかがいたしますか、アスハ代表。他の家々も回りますか?」
「貴様、何も今言わなくとも!」

 

アレックスの激昂などどこ吹く風、気にした様子もなくレイはカガリの返事を待つ。
バックミラー越しに見えるカガリは何か言いたげに顔を上げ、口を開いては俯く。
ため息を飲み込み、レイは己の感じていることを語った。

 

「先ほどの技術者が怒るのも無理ありません。オーブの技術と人員を使わない。
 それはすなわち、彼らから仕事を取り上げるも同然です」

 

ビクッ。カガリの体が飛び跳ねた。
その光景を気にした風もなく、レイは淡々と続ける。

 

「仕事がなくなれば彼らに訪れるのは破滅だけです。
 それを加味した上でオーブに戻ってこいと仰っていたなら、私はむしろ感心します。
 オーブ首長はそれほどまでにしたたかであったと」
「貴様ッ!」

 

まるで囲い込みだ。プラントで生きていく術を失えば、彼らはオーブに戻るしかない。
言外に語るレイの態度が気に入らず、アレックスは激怒し殺気を放つ。

 

「止めろ、アレックス。彼の言うとおりだ。
 私はこの国に住む元オーブ国民から仕事を、生きていく術を奪おうとしていた」

 

努めて冷静に事実を受け入れようとするカガリ。
己の行いの行き着く先を彼女は今知った。
大西洋連合の圧力に屈し、プラントにまで赴き取り成そうとしていたものの本当の姿を。
明日、議長の元へ行き本日願い出た案件を止めて頂こう。瞳を伏せ、少女は決意する。

 

「私の行いは間違っていたかもしれない。
 だが、それと国に帰ってきてくれぬかと説得するのは別だ。次の技術者の下へ案内してくれ」
「――――カガリ」
「畏まりました、アスハ代表」

 

折れることのない意志の強さに、レイは感心した。
未だ小刻みに体を震わせ、恐怖と戦っている。だが、それでもなお困難に立ち向かう強さ。
なるほど、アスラン・ザラを抱き込むだけはあるな。
口元に小さく笑みを浮かべ、レイは車を走らせる。

 
 

先ほどまでと違い、カガリはオーブ技術者の大切さを説き、丁寧に頼んだ。
だが、誰一人として色よい返事をもらうことが出来なかった。
あるものはカガリの顔色を伺い、あるものは取り合ってさえしてくれない。
のらりくらりと話をはぐらかすものが居れば、親身に聞いてくれるものもいた。

 

だが、彼らから返ってくる答えは一様に同じであった。
『オーブへ戻るつもりはありません』と。

 
 

宛がわれたホテルの一室で、彼女は己の無力さを噛み締めながら一夜を過ごした。

 
 

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