機動戦士ガンダムSeed Destiny -An Encounter with the Trailblazer-_8話

Last-modified: 2013-06-07 (金) 01:00:41

艦内召集を受け刹那は移動用のガイドレバーを握り、ブリッジを目指し移動していた。
この世界に関する調査がひと段落つき、クルーの全員によるミーティングを行うのだろう。
眉間のしわを深くし、気難しそうな表情でいる。
そんな彼の後を付いて移動する淡い桜色の髪の女性、フェルト・グレイスは
頬の熱がなかなか抜けなくて困っていた。
先を行く刹那の頼もしい背中が目に付く。先ほど展望室でのやり取りを思い出してしまう。

 

彼の胸に額を預け、泣いてしまった。
彼を困らせるような弱音を吐いてしまった。
彼が肩に触れ、真摯に諭してくれた……。

 

「――――刹那」

 

胸がギュッと締め付けられるように苦しくて、思わず彼の名をつぶやいてしまう。
小さく囁かれた言の葉は、甘く切なく、ほろ苦い…………乙女の心情すべてが篭っていた。
まさにフェルトの内面をさらけ出してしまった一言。肝心の想い人である刹那はというと、

 

「呼んだか、フェルト」
「え、ううん、ち、ちがうの刹那。ちょっと呼んだだけだから、気にしないで!」
「顔が赤い…………大丈夫か、体調を崩しているんじゃないのか」
「へ、平気! 全然平気!! ちょっと顔が熱いだけだから!!」

 

頬をカッと赤らめたフェルトが首を横に振り、手をパタパタと振ってみせる。
知って欲しい、でも知られたくない。小さく揺れ続ける恋する乙女の機微が分からぬのに、
彼は耳ざとく反応しフェルトの体調を気遣って見せる。

 

何故、そんなに慌てているのだろうか。本当に体調は大丈夫なのか。
彼女の動揺を理解できない刹那は、首を傾げ頭の上に『?』を浮かべ、気遣わしげな瞳で
フェルトを見つめ続けている。

 

どう答えたらいいのだろうか。
『あなたのことを想うと…………胸が締め付けられて苦しいの』
そんな風に本音を言えてしまえば、どれだけ楽あろうか――
――そして、彼に拒絶された後、どれだけ辛いだろうか。
刹那が純粋に心配してくれているからこそ、フェルトも苦しかった。
真摯な瞳で心配そうにしている彼に、嘘などつきたくない。でも、本当の気持ちが言えない。
心底困り果てたフェルトを救ったのは、この艦で最年長の男の声であった。

 

「おー、お前さんたちも今来たところか」

 

陽気に手を振ってみせる白髪交じりの壮年の男性。
CBのメカニックマンにしてガンダム各機の開発を一手に担う人物、イアン・ヴァスティ。
彼の傍には若々しい愛妻であるリンダ・ヴァスティと、ノート型の端末を嬉しそうに胸元に
抱えている愛娘のミレイナ・ヴァスティの姿があった。
イアンからは、フェルトが丁度刹那の背に隠れて見えないのか、にこやかな表情で二人に話し掛ける。
逆にミレイナたちの位置からは、フェルトが顔を赤らめもじもじしているのが良く見えた。
気遣わしげな声が不意に響く。

 

『フェルト、顔が赤いようだが大丈夫か?』

 

若い男性の声がフェルトのことを気遣う。
少女の胸元にある端末に存在しているガンダムマイスター、ティエリア・アーデ。
ELSとの戦いの折、肉体を消失した彼はデータの状態でトレミーに存在している。
モニター越しに佇んでいる彼の姿を、CBメンバー全員が当たり前に受け入れていた。
そんなティエリアを髪に柔らかなウェーブのかかった少女、ミレイナが
ちょっぴり非難の色を混ぜた声色でたしなめる。

 

「アーデさん、ダメです。乙女には色々と聞かれたくないことが、たくさんなんです」
『そ、そうか…………難しいのだな、乙女というのは』

 

フェルトはホッとした。これで刹那からもこれ以上追求されたりしないだろう、と。
だがせっかく綺麗にまとまった話も、ミレイナの次の一言で台無しになる。

 

「そうです。きっとセイエイさんとグレイスさんの間では甘酸っぱい恋のメロディが「な、なな――――ない。全然ないから、ミレイナ!!」」

 

ミレイナ・ヴァスティは色恋沙汰が気になるお年頃。
そういえば、マリナ・イスマイールやマリー・パーファシがトレミーに訪れたときも
『二人は恋人なのですか』と尋ねてはまわっていたらしいのを、フェルトは思い出す。

 

あたふたあたふた。
少しだけノート型端末を空中に浮かし、手を組んで夢見がちな瞳になるミレイナに対し、
フェルトは頬どころか顔全体を真っ赤にし、首をすごい勢いで横に振る。
せっかく話題が逸れかけたはずなのに、ミレイナの好奇心から再び話が困ったほうへと
流れてしまった。フェルトは心底思った。
「わか…………ッ、初々しいというのはいいもんだな。なあリンダ」
「ええ、そうですねあなた。なんだか、あなたに出会ったばかりの頃を思い出します」
「むむっ…………どうだい、かあさん。今夜」「もう、ダメですよ。ミレイナの見てる前で」
(新婚夫婦のようなことしてないで、ご自分の娘を止めてください!)
声にすることの出来ない怒りが、フェルトの心の内をよぎる。
そんな彼女の気持ちなどよそに、この艦唯一の夫婦は甘い空気を醸し出した。

 

どうしよう、どうしよう。
フェルトはそわそわと刹那の様子を窺い、ミレイナたちの方を見る。
幸い刹那はミレイナの話が理解出来ないのか、不思議そうに首を傾げている。
下から覗き込むように様子を伺っているフェルトと、刹那の視線がぶつかった。
数瞬、フェルトと刹那は見詰め合う形になる。
せっかく頬の熱が冷めかけたのに、サッとフェルトの顔が桜色に染まる。
ようやく落ち着いてきた胸の鼓動も、またトクトクと高鳴っていく。
想い人と見つめ合い続けたら、自分が壊れてしまいそうだ。
耐え切れずフェルトはフイッと刹那から視線を逸らした。

視線を逸らされた刹那は、この場にいる誰も気が付かない一瞬、物悲しそうな顔をした。
表情をゆがめた後、胸をチクリと刺す棘のような感触に首を傾げてみせる。
自分の胸の内で小さく宿る感情が何なのか、彼自身名を付けることが出来ずに居た。
友愛なのか、親愛なのか、家族愛なのか――――それとも。

 

一歩引いた位置で、ミレイナはワクワクとした様子で二人のことを今も見守っている。

(ミ、ミレイナ~)

 

彼女が生きてきた二十数年の中で、これほど心底困り果てた状態はなかった。
ロックオン、クリス、リヒティ、モレモ……家族と言うべき存在を亡くし、悲しく苦しい時があった。
突然現れたマリー・パーファシに憎しみをぶつけてしまったことがあった。
イノベイドとの決戦前、刹那に花を贈ったときに宿った小さな想いがあった。
ELSとトランザムバーストの意識共有をした際、脳に受けたダメージで昏睡状態だった刹那のために
祈り続けたときがあった。
フェルトの中で、次々と思い出される感情の宝箱。

 

(あッ…………この感じ、あのときに似てる)

 

困り果てているはずなのに、はにかんだ微笑がフェルトの顔に浮かぶ。
武力介入を始めたばかりのあの頃。物価が上がるといっては、自分の手を引いて買い物を
楽しんでいたクリスティナに振り回されていたあのとき。
慣れない地球での買い物。たくさんの人が居て、その中で次々とフェルトの小柄な身体に
色とりどりの服を当て、楽しそうにしていた姉代わりのクリスティナ。
温かく懐かしい頃を思い出し、フェルトの表情が柔らかく華やいだものとなる。

 

「ムムッ!!?」

 

穏やかな微笑を浮かべるフェルトを見ていると、ミレイナは突っ込むように尋ねたかった。
『恋の花が咲いたのですね!』と。それはもう大喜びで。
だが、その言葉が発せられることは無かった。何故なら――――

 

「こんな所でどうしたんだい、みんな」「良かった。遅れずにすんだわね、アレルヤ」
「お、丁度全員で入るところか」

 

おしどりの様に二人揃ってやってきたアレルヤとマリー。
反対側からやってきたロックオンが唇の端を吊り上げたシニカルな笑みを浮かべている。
フェルトはホッとした。全員の話題が、ブリーフィングに向けたものに変わる。
ひとりだけ、不満そうに頬を膨らませているミレイナには悪いと思いながらも、
彼女はようやく落ち着くことが出来た。

 

「これで、ほぼ全員揃ったことになるか」
「ラッセなら操舵席に居るはずだしね」
『ああ。確かに彼は今、ブリッジに居るな』
「んじゃ、さっさとなかに入って、スメラギさんの話を聞こうぜ」

 
 

プシュッ

 

ブリッジに続くドアが開くと、そこには胸元の下で腕を組み悠然と待っている女性が居た。
CBの戦術予報士、スメラギ・李・ノリエガ。
隣にはラッセ・アイオンが不敵な笑みを浮かべ、佇んでいる。
柔らかな表情で居ることの多い彼女が真剣な面差しで待っていた様子から、
これから開かれるブリーフィングが一筋縄でいかないことを暗示しているかのようだった。
全員が室内に入るのを確認すると、スメラギが表情を緩めクルーのことを温かく迎える。

 

「みんな、忙しい中こうして集まってくれてありがとう。
 察していると思うけど、これからこの世界についての調査報告、
 及び私たちが今後どうして行くのがいいのか話し合いたいと思うわ」

 

スメラギが集まってくれた全員に視線を向けていく。
普段と変わらぬクルーが頼もしく思え、またこれから伝えることによって彼らが苦しむかも
知れぬと思うと、スメラギの胸のうちがほろ苦い思いで溢れる…………のだが。

 

「どうしたの、ミレイナ?」

 

ペタペタと意味ありげに胸元を撫でているミレイナの姿が、スメラギの目に止まった。
何をしているのかしら? スメラギが一歩前に出ようとする。
するとどうだろう、彼女の身体的特徴が揺れ動き、ミレイナをますます落ち込ませた。

 

「…………?」
「スメラギさんよ、わざとやってるかい?」

 

茶化した様子のロックオンが横槍を入れる。
あごをしゃくる様に示す彼に、スメラギは首を傾げながらも示されたところを見る。
そこには――――彼女の豊満な双丘があった。

 

「…………アッ」

 

胸の下で組んでいた腕を解き、慌てたようにミレイナに話しかけてみせるスメラギ。
――――肩がこって大変なのよとか、大きさじゃないわよとか、なんとか。

 

アレルヤは事態を理解し、顔を赤らめた瞬間マリーに頬を抓られ。
イアンは傍らに居る愛妻をそっと抱きしめ『お前一筋だぞ』と老いてますます盛んな様子。
事態の引き金を引いたロックオンはというと、口笛を吹きいたずらっ子のように推移を
見守り、ラッセは困ったように頭を抱えていた。

フェルトはちらりと刹那のほうを見る。彼はどう思っているのだろう。
彼女の瞳に映ったのは、穏やかな表情を浮かべ仲間たちのことを見守っている彼の姿があった。
馬鹿なことをして笑っていられる、そんな時間が大切で愛しい。刹那の表情がそう語っていた。
フェルトは刹那の事を見、柔らかな微笑を浮かべスメラギとミレイナのやり取りを見守る。

 
 

十数分後。
永い説得の末、瞳に涙を浮かべぐずっていたミレイナも、ようやく落ち着いてくれた。
スメラギは一仕事終えたように疲れた顔をしたが、すぐに引き締めようやく本題に入る。
大きく咳払いをひとつし、良く通る声でクルー全員に話しかける。

 

「ん、んん…………それでは、改めましてブリーフィングを始めます。
 はじめる前にひとつだけ。私はこの世界へ不用意に関わるべきでないと思っているわ」
「んだよ、藪から棒にスメラギさんよ。そんな前置きをするってことは、何かあるのか?」

 

全員の疑問を口にしたロックオン。それもそうだ。
こういった全員の意見を聞いたうえで指針を決めていくブリーフィングの場で、開口一番
皆の意見を聞く前に自分の考えを口にする――――スメラギにしては珍しいパターンである。
指揮官も兼任している彼女は、意見が傾いたりせぬよう必ず皆の考えを出し切ってから自分の
考えを付け加えることが今まで多かった。

 

ロックオンの疑問に明確に答えることなく、スメラギは刹那の傍らに居るフェルトに視線で合図をする。
二人の間にはもう取り決めがあったのか、フェルトは日頃から愛用しているオペレーター席に座り、
複数のデータを呼び出した。
呼び出されるデータの数々を、刹那をはじめトレミークルー全員が固唾を呑む。

 

この世界の情報収集、及び調査は基本フェルトがひとりで担っていた。
刹那は脳量子派を介し、この世界に燻る何かをパズルのピースのように感じていた。
飢え、怒り、悲しみ、憎しみ、恨み――――微かに感じ取れる感情のピース。
ロックオンとアレルヤ、イアンたちは外貨獲得のためデブリベルト帯に浮かぶパーツ漁りを
していたがため、断片的にではあるがこの世界のことを知っている。
ラッセは操舵と索敵に集中し、マリーはMS待機と炊き出しを担当していた。
ミレイナとリンダの二人は主にMSの修復を担当し、時折手の空いたときはフェルトの
情報収集の手伝いの一環としてこの世界の歴史などを軽く調査していた程度。
残るは――――

 

『…………』

 

表情を硬くしているティエリアが画面越しに居た。
彼の存在はいまやトレミーの一部と化しており、フェルトが何を調べていたか、この世界が
一体どういった状況にあるのかも深く理解していた。
その彼が表情を固くしている――――事態がどれ程深刻なのが伺えるが、
CBのクルーにそのことを知るものは居ない。

 

「はじめて頂戴、フェルト」
「――――了解」

 

ゆっくりと指示を促すスメラギに、どこか翳りのある表情のフェルトが頷く。
ブリッジにあるモニター全部を使い、この世界『コズミック・イラ』に関する情報が
映像とフェルトの解説によって流されていく。

 
 

ことの始まりは『ジョージ・グレンの告白』から始まった。

 

『ぼくの秘密を今明かそう。ぼくは、人の自然そのままに、この世界に生まれた者ではない』

 

彼自身が自然受胎で生まれたものではなく、遺伝子設計されこの世に生を受けた人間であることの告白。
己の後に続く人間が生まれ出でることを願い、遺伝子設計の方法をネット上に載せ、広めたこと。

 

『――――ぼくをこのような人間にした人物は、こう言った。
 「われわれヒトにはまだまだ未知の可能性がある。それを最大限に引き出すことができれば、
  我らの行く道は果てしなく広がることだろう」と』
『彼はまた、ぼくに言った。「ヒトとヒト、そしてヒトと宇宙に調和をもたらす調停者たれ」と。
  それが彼の、そしてぼく自身の願いだ。僕に続く者が今後、現れてくれることを願う』

 

彼自身、善意と希望、願いを託し行った行動であった―――
―――だが、世界は歪む。
能力格差に伴うナチュラルとコーディネイターの軋轢。
ナチュラルに生まれた己の限界を嘆いた少年によるジョージ・グレンの暗殺。
その後、コーディネイターによる新型インフルエンザのナチュラル殲滅作戦といったブラフ。
血のバレンタインと呼ばれる農業プラント・ユニウスセブンへの核攻撃。
報復行動として地上の核分裂を抑制するNジャマーの投下作戦。それに伴う深刻なエネルギー危機。
地上の1割に当たる人口が餓死によって死に絶えた。
双方の反感情はピークに達し、戦争は激化した。

 
 

「…………ひどい」

 

マリー・パーファシィーが顔を真っ青にし、口元を抑えて震えていた。
映像による情報から伝わってくる憎しみの怨嗟。
なまじ感受性が強い彼女は、この世界の憎悪をリアルに受けてしまい体を芯から震えさせた。
アレルヤがそっと彼女の細い体を後ろから抱きとめ、なだめる。
抱きしめてくれるアレルヤの温もりに包まれ、マリーは静かに涙をこぼす。
悲しみにくれる彼女のことを少しでも癒したいのか、アレルヤはギュッと強く抱きしめた。

 

「こんなの、悲しすぎるです…………」

ただ悲しくて、涙を流すものがいた。CBの最年少、ミレイナ・ヴァスティである。
彼女は手にしているノート型の携帯端末を抱きしめ嗚咽した。

 

「ひとと違うって、そんなに大事ですか!
 ミレイナはアーデさんがどんな風に変わっても気持ちが変わったりしなかったです!
 なのに、それなのに……」
『――――ミレイナ、ありがとう』

 

ミレイナの純粋な想いに触れ、ティエリアの胸の内は感謝の想いで溢れた。
彼女という存在は、イノベイド……否、ティエリア・アーデという存在にとって救いである。
ヴェーダと一体化した彼には、もはや肉体は不要である。
こうして、トレミーのシステムの一部に自らを組み込み、存在し続けることが出来る。
だが、果たしてそれは生命といえるのであろうか?
この世界の住人、C.Eの人間であれば化け物と断じたかもしれない。
だがミレイナは、ありのままの今のティエリアを受け止めた。
たとえ触れ合うことが出来なくとも、分かり合うことで気持ちを繋げることが出来る。
イオリア・シュヘンベルグの求めた答えのひとつが、確かにここに存在していた。

 

「スメラギさんよ、どうして介入行動をするのがまずいんだ?」

 

気遣わしげにミレイナのことを一瞥してから、ロックオンが戦術予報士に尋ねる。
彼の表情には苛立ちが含まれていた。なまじ世界の歪みによって肉親を無くした彼にとって、
今この世界のありようは到底許容できるものではない。
スメラギは小さく嘆息を吐き、首を横に振る。

 

「色々な要因があるから――――と言うのは簡単ね。
 まずこの世界にはヴェーダが無い。
 私たちは補給もままならない状況にある。
 そもそもこの世界に訪れてしまったのは完全なイレギュラーであるともいえる。
 でもね、一番の理由は――――この世界に前倒しを起こしたくないのよ」
「前倒し、だ。なんだ、そりゃ」

 

ヴェーダによる情報の集積、および操作もできない。
GN粒子を活用した兵器はともかく、破損を受けた際の交換パーツなど微々たる量しか
トレミーには無い。だが、そんなことよりもスメラギは強く危惧していることがあった。

 

ラッセの口にした疑問に対して明確な答えを出す代わりに、スメラギはフェルトに視線で合図を送る。
フェルトは滑らかな手つきで、あらかじめ準備しておいた映像を呼び出す。
そこに映ったのは、巨大な砲台の姿があった。
外宇宙航行艦、ソレスタルビーイング。あれに装備されていた大型砲座など
比較にならない程『それ』は巨大な兵器に見受けられた。
フェルトが解説を付けていく。
あの兵器の名は『ジェネシス』。
その仕組みは巨大なガンマ線照射装置であり、もしこれが地表に向け発射された際には、
射線上のみならず気象変動に伴い地上の生物のおよそ80パーセント以上が死滅すると弾き出された。

これには、トレミークルー全員が固唾を呑んだ。そんな兵器を母なる地球に向けるのか?
だが、全員の思いは無残に打ち砕かれる。

 

「事実、あの兵器は地球にも向けられたそうよ。
 幸い、発射される寸前に内部から爆破されたようだけれどね」

 

スメラギは目を伏せ、事実を淡々と述べた。
さらに付け加えるならこの世界でMSが実用、運用化されたのはその戦争の最中だと言う。
たった一年少々の間で次々と新型機が開発され、あまつさえナチュラルも使用できるものすら
開発されている…………。

 

「ガンダムがそう簡単に鹵獲されるとは思っていないわ。
 でも、もしかすれば私たちの存在は最悪の事態を招く可能性もある。
 そう、国連軍に擬似GNドライブが渡り、アロウズが台頭してきたときのように」

 

ブリッジが静まり返る。思っていた以上の事態に、全員がショックを受けていた。
否、前もって情報を知っていたフェルトだけは、気丈に振舞おうとしていた。
先ほど、刹那に弱音を零してしまったばかりだ。もう一度へこたれた姿を刹那に見せられない。
そんな芯の強さを垣間見せ、フェルトはその彼の方に視線を向けた。

さすがに刹那もショックを受けたのか、若干顔色が悪いように見える。
だが、彼の表情は変わらなかった。遠く、未来を見据えるような瞳。
力強さを一欠けらも失わないその瞳を見ると、フェルトは思わず声を掛けてしまう。

 

「刹那は、どう思う?」

 

彼女の言葉に、一瞬刹那の身体が強張った。その様子から、刹那が何かを感じていると察した。
この世界に訪れてからの刹那は、どこか遠くを見ている気がした。
だからこそ、フェルトは尋ねずにはいられなかった。刹那子感じている『何か』を知りたいから。
ゆっくりと刹那の視線が、声を掛けたフェルトの方に向かい、ついでスメラギたちに向けられる。

 

「なんでもいいわ、言ってちょうだい刹那」
「言葉にしてくれなくちゃ伝えてくれなくちゃ、何も始まらない――――刹那」

 

スメラギが刹那の言葉を待ち望み、フェルトがその後に続くように告げる。
二人の女性に己が感じていることを求められ、仲間たちも彼の一言を待っていた。
小さく頷き、刹那・F・セイエイは意を決したのかゆっくりと語りだす。

 

「感じていることはある――――この感じ、あの時と似ている」
「あの時っていつのことだよ、分かりやすく言ってくれ」

 

ラッセの先を急かすような言葉に反応し、刹那は言葉を選ぶのに手間取り、数瞬の間が開く。
そして。

 

「………………メメントモリ」

 

刹那の告げた一言に、全員が凍りついた。

 
 

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