時間は、アークエンジェルがヘリオポリスを出港しようとしていたその前に遡る
先のコロニー内での戦闘を生き延びたヘリオポリス行政府。豪奢な執務机が据えられた行政官用の執務室。
執務机の背後、壁一面の窓からはヘリオポリス全域を見渡せる。先の戦いの被害が、爪痕となって残るヘリオポリス市街が。
そこで、行政官は変事に混乱していた。
ヘリオポリスの無防備都市宣言……つまりは降伏に際し、オーブ軍ヘリオポリス駐屯地の部隊にも降伏をしてもらわねばならなかった。
半ば自治権を与えられているヘリオポリスは、本土の了承無しに行政府の判断で無防備都市宣言を行える。
しかし、領内に占領軍に対する戦力が残っている状態では、無防備都市宣言は認められない。
もちろん、事前に駐屯地司令とは話し合っており、オーブ軍の降伏は決定していた。
だが、この期に及んで……オーブ軍は抗戦の意志を一方的に行政府に伝え、後は連絡を拒絶したのである。
「……どういうつもりなんだ」
行政官は、執務机に座したまま頭を抱え込んだ。
状況的に、抗戦など有り得ない筈だ。軍事の専門家ではない行政官でも、そんな事くらいわかる。
MA隊などのMSに対抗しうる兵種は既に全滅しており、このヘリオポリスを守る戦力は失われているのだから。
では、何がオーブ軍を抗戦に走らせたのか? その答えは、行政官の元を訪ねようとしていた。
ノックの音が、行政官の意識をドアへと向けさせる。
直後、遠慮無く開け放たれたドアの向こうに、その姿は見えた。
先頭に立つ、儀礼用の士官服を着た少女。その背後に続く、戦闘服の兵士達。
行政官は、少女の姿を見知っていた。
「カガリ様? 何故、このようなところへ……」
執務机から立上がり、行政官はとりあえず声をかける。
カガリ・ユラ・アスハ。オーブ連合首長国代表首長及び五大氏族アスハ首長家当主ウズミ・ナラ・アスハの娘。
とはいえ、本人は何の権力も持たない民間人である。いきなり、行政官の執務室に駆け込んでくる事が許されている筈もない。
それに、行政官は別の氏族であるセイランに近い。アスハとは関わりはほとんど無い。
だからこそ、何故かという疑問。VIPの筈の彼女が、何の連絡もなくヘリオポリスにいた事への疑問も混じってはいるが。
「今は火急の時。お相手をしている時間はございません。今は避難を……」
言いながら、行政官はもう一つの疑問を覚える。
何故、カガリが兵士を連れているのか? 最初は護衛かと思ったが……違う。
行政官は思い出す。アスハ家には、つまりはその娘のカガリには、軍の強い支持がある。それも狂信的なほどの……
そのカガリは、怒りをあらわにし、行政官を問い質した。
「行政官、お前に聞きたい事がある! 降伏を選ぼうとしたというのは事実なのか!?」
「それは……事実です。それが何か?」
行政官はその問を不可解に感じながら答える。
政治を任された行政官の権限で決めた事。行政府の議員の賛成も得ている。
カガリにとやかく言われる事ではないはずだ。
しかし、カガリは行政官を糾弾した。まるで、その権限を持っているかのように。
「他国の侵略を許さず! このオーブの理念はどうした!」
「そうは言われましても」
行政官は言葉を濁す。
他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。この三つがオーブの理念である。
それはまあ素晴らしい事なのかもしれないが、現実的に今の状況で守りきれるものではない。
「戦力が無い以上、敵を追い払う事は出来ません。援軍を呼び寄せる余裕もない」
今のヘリオポリスに戦力は無いし、本国やアメノミハシラからの援軍に期待するにしても間に合わないだろう。
よしんば援軍が間に合ったとしても、オーブ軍のメビウス部隊がどれほどの戦力になるというのか。
結局、秘密裏に行われたMS開発がZAFTに察知された段階で、もはやヘリオポリスには打つ手は無かったのだ。
「今、採り得る手は無防備都市宣言。ヘリオポリスの全面降伏だけです」
これを出さないと、オーブにはヘリオポリスを戦場として戦う意志があるという事となる。
だが、カガリはそんな事は理解しようともしなかった。彼女は、目の前にある事しか頭になかったのである。
すなわち、オーブの理念が侵されようとしている事。
「全ての原因は、他国の争いに介入しないというオーブの理念を破り、ヘリオポリスでMSなんか作ったりしたからだろう!?
自分達でまいた種じゃないか! それなのにお前はまた、オーブの理念を捨てるのか!?」
ヘリオポリスが悪いと言いたげなカガリに、行政官は頭痛を覚えながら言った。
「……MS開発は国策です。ヘリオポリスは内閣の決定に従い、場所を提供したにすぎません」
「お父様の責任だというのか!?」
連合との共同でのMS開発は公開情報ではない。
形としては、オーブ五大氏族のサハク家が秘密裏に請け負った形となっている。
しかし、国家の長がそれを知らないという事は常識ではかると有り得ない。ウズミ・ナラ・アスハは絶対にそれを知っていたはずである。
知っていてそれを黙認したのだから、責任が無いとは言えない。だが、ウズミ一人の責任となるかと言えば、それは少々違う。
「国の責任です。オーブは、ウズミ様のものではありませんから。その責任は、政策を承認した内閣や関連省庁、果ては国民に至るまで無数に分割されます」
「責任逃れをするな! お前は、オーブの理念を破っているのに、その責任を他になすり付けるだけじゃないか!」
ヘリオポリスがオーブの理念を破らざるを得ない状況に追いやったのはオーブ本国の責任だという話をカガリは理解してくれない。
状況がどうあろうと、オーブの理念を破る事が罪らしい。そして、その責任を行政官に求める。
「では、具体的に何をしろと言うんです? オーブの理念を捨てずに、ZAFTからヘリオポリスを守るにはどうしろと」
「それを考えるのが、お前の役目だろう! 行政官の役職は飾りか!」
カガリの声に行政官はいらつく。
飾りであればどれほど良かったか。さぞや、安穏と暮らせた事だろう。
「話になりませんな。苦情は承りました。しかし、この件は行政府で決めた事です。お引き取りください」
行政官がそう言って退去を促そうとした時、カガリの側に控えていた兵士が口を開いた。
「オーブの理念を守る為、自衛戦闘の許可は出ています。MA隊は全滅しましたが、歩兵部隊や機械化車輌部隊は残っています」
行政官は、唖然としながらその兵士を見る。その時、襟に見えた階級章から、その兵士の階級が一尉である事を知った。
基地司令の下、実戦部隊を指揮していた者だろう。その一尉は、行政官の反応に関わらずに言葉を続けた。
「オーブの理念を守る為、オーブ軍ヘリオポリス駐屯地の将兵は、命を賭して戦う事を選びました」
「コロニー内で戦うつもりか!? それも、勝てない戦いを!」
「戦う前から決めつけるな! 諦めたら、そこで終わりだろ!」
思わず激昂した行政官に、カガリの怒りの声が飛んだ。
「そうやって諦めてしまうから、オーブの理念を捨てる事が出来るんだ!」
理想と決意に萌える少女の毅然とした眼差しに見据えられ、行政官はできの悪い演劇を見ている気分になった。それもこれはきっとコメディに違いない。
頭の中が混乱し、言葉が出ず、行政官はへたり込むように椅子に腰を下ろし、執務机に沈み込む。
保身の為でなかったと言えば嘘になる。ZAFTに恩を売り、亡命する腹づもりではあった。どうせ、残っても詰め腹を切らされるだけなのだから。
それでも、市民を犠牲にしない為にとれる最善の手だったと考えている。
占領されれば、市民をZAFTに委ねる事になる。しかし、虐殺されるわけではない。
オーブ本国との交渉次第で、幾らでも何とか出来るはずだ。
例えオーブの理念を……法律でも何でもない、ウズミのお題目に過ぎないオーブの理念を破ったとしても、国民を守る事が出来る。
抗戦すれば、巻き添えでどれほどの人命が失われるかわかったものではない。
「許さないぞ! お前の勝手に、巻き込まれてたまるものか!」
行政官は執務机から立上がり、カガリに向かって詰め寄ろうと小走りに歩いた。
直後、一尉がかばうようにカガリを引き寄せ、部屋の外へと出る。そして、残る二人の兵士が前に出て、後ろ手に執務室のドアを閉めた。
行政官の体は、その二人の兵士に押さえられる。
「何をする。放せ!」
行政官が二人を押しのけようともがくが、兵士達はそれを許さない。
「……アスハの犬め!」
ややあって、一言唸るように吐き捨ててから、行政官はカガリを追うのを諦めて兵士から離れた。
そして、電話に向かって歩き出す。部下に命じて、オーブ軍の暴走を抑制しようと考えていた。が……
行政官の後ろで、兵士達は懐から拳銃を引き抜いた。
「オーブの理念を汚す者! 天誅!」
「天誅!」
兵士二人の声が重なり、同時に銃声が響く……
同じ頃。集結したオーブ軍の一部は、残余の宇宙兵器を集めて港湾部にて待機。
アークエンジェル出港後、即座に陣地を構築し、ZAFTを迎え撃つ第一の壁となる。
もっとも、ミサイルコンテナで急造の砲座を作るぐらいが限度だが。
一部は放送局を占拠。
ヘリオポリス市民に向けた放送を準備中。
残りは地上用兵器の全てを持って行政府前に集合していた。
「行政官はああ言っていたが……負けるのか?」
行政府の廊下を歩くカガリは、不安を見せながら傍らの一尉に聞いた。
一尉はそれに澱み無く答える。
「敗北主義者は負けるとしか言わないものです。それに、これは理念を守る戦い。勝敗は重要ではありません。
誇りを持って戦い、オーブの理念の気高さを世界に示す事が重要なのです」
「そうか……そうだな。オーブの理念の為だからな」
カガリは納得した。オーブの理念を守る。その気高い戦いに赴くのだから、勝敗など関係がない。
自信を取り戻したカガリに、一尉は僅かに喜色を滲ませて言う。
「カガリ様がおられますから、共にオーブを守る為に立ち上がる市民も少なくはないでしょう」
「そうだな。オーブの理念を守る為、オーブの国民ならば理解してくれるはずだ。
ならば私は、オーブの理念の為、全ての国民と共に戦おう」
オーブの国に燦然と輝くオーブの理念。その為なら、国民は犠牲を厭わず戦うだろう。正義の為に戦うのは、当然の事。そして崇高な事。
露程も疑わず、カガリはその美しい戦いに思いを馳せる。
少女の潔癖性じみた正義感の中で、理念への殉死は美しい理想だった。現実を差し挟む間も無いほどに。
「さすが、若くともオーブの獅子の血を引くお方。まさに救国の姫獅子」
一尉は、心酔した様子でカガリに言葉と忠誠を捧ぐ。
歩みを進めていたカガリと兵士は、行政府の玄関から外へと歩み出る。
待っていたのは、整列したオーブ軍兵士。さらに中継車が回されて放送の用意もされていた。
玄関前の一段高くなった場所にはマイクが用意されている。
カガリは緊張に表情を引き締めると、兵士達が注視するマイクの前へと歩み出た。
「戦闘中に受信した映像です」
アークエンジェルとの戦闘後、ガモフの艦橋。メインモニターに、マイクの前で拙い言葉を必死で並べるカガリの姿が映っていた。
カガリは、オーブの理念を守るべく徹底抗戦を叫んでいる。
『みんな、本当に大事なものが何かを考えて欲しい!
オーブの理念が失われようとしてる今、私達は何をすべきなのか。
このまま、オーブの崇高な理念が失われるのを見ていて良いのか!
心あるオーブ国民のみんな、私達と共に戦おう! オーブの理念を守る為に!』
カガリの演説を流しながら、映像は次々に集まってくる民衆を映していた。
オーブの理念を守るという呼びかけに答えた者は驚くほどに多く、銃を配っている兵士の前で長蛇の列を作っている。
ゼルマンは、その映像を眺めて苦笑した。
「心意気は賞賛するが、勝てぬ戦いだとわかっているのか」
万に一つでも勝てるならやってみる価値はある。
身を捨てても果たさねばならない責務というのも理解できる。
しかし、この暴動に勝ち目はない。
「所詮はナチュラルのやる事か。まあ良い。立ちはだかるならば、打倒しよう」
ゼルマンは愚行はナチュラルの故なのだと切り捨て、そしてこの反抗を打ち砕く事を決める。
敵だから叩くという単純な話ではなく、艦の修理が出来るドックを手に入れなければならないという理由もあった。
ヴェサリウスはもちろん、ガモフも傷を受けており、修理を必要としている。
宇宙空間で修理するのは限界がある。ちゃんとした設備や道具のあるドックでの修理が望ましい。
そして、ドックを使用するには、ヘリオポリスのドックを使用するのが一番早い。
それには、コロニー内の敵戦力は邪魔で、叩く必要がある。
「……ところで、行政官との交信は?」
「個人宛の通信は不通です。行政府に連絡しましたが、行政官は戦死とか何とか……」
問われた通信士の返答は要領を得ない。
戦死? 戦闘の起こっていないコロニー内で、どう戦死すると言うのか。
通信士も疑問に思い聞き返そうとしたが、混乱した通信は切れてしまった。以降の通信は拒絶されている。
「消されたな。有用な人物だったが……」
ゼルマンは察した。
行政官は、現状のヘリオポリスには降伏より他に未知がない事を悟っていた。そんな行政官が、今の状況を許すはずがない。
そんな彼が、不可解な死を遂げたのだ。邪魔者扱いされて殺されたに決まっている。
行政官からの情報提供は有り難かったし、その労には報いるつもりでもあったが、殺されてしまえば何をしてやる事も出来ない。
ともかく今は、ヘリオポリスの制圧が先だ。
「まあいい、ヴェサリウスの兵は残っている。ガモフの兵も合わせて、陸戦隊を組織する」
戦闘能力を失ったナスカ級ヴェサリウスだが、乗員に被害は少なく、兵力はほぼ残っている。ガモフも同じ。
陸戦隊を組織するに不都合はない。
「両艦の各部署に通達し、1時間以内に陸戦隊をシャトルに搭乗させろ。それから、ジンの出撃準備を。コロニー内の敵はMSで叩き潰す」
ゼルマンの指示に、艦内はあわただしく動き出した。
最後の記憶は、眼前に迫る魔獣‥‥
「……!」
「よぉ、おはよう」
悪夢に跳ね起きたミゲル・アイマンを迎えたのは、同僚のオロール・クーデンブルグの声だった。
見れば、いつものガモフ艦内の二人部屋。ベッドに腰掛けて、こっちを覗き込むオロールの姿もいつもと同じ。
まるで、全てが悪夢だったかのようだ。だが、幾ら何でもそれは無いだろう。
「どうなった?」
「お前は跳ね飛ばされ、俺が必死で追いかけて回収した。身体に異常なし。俺に感謝しろよ」
だからガモフの中。ミゲルはそれを知って、自分が生き残ったことを深く実感した。
それと同時に、オロールの行動へ疑問を抱く。あの時の任務は、ザクレロを引き付ける事だったはずだ。
「戦闘を放り出して、俺の救助を?」
「ジンで、あのMAに追いつけるかよ。追いついたところで、効く武器がないだろうが」
オロールは憮然として言った。
確かにその通りで、オロールが追撃しても何の意味もなかったろう。
逆に、ミゲルの回収を急いだことで、ミゲルの行方不明は避けられた。
だが、それでも任務放棄をとがめられて叱責を受けたわけで、オロールとしては面白くない。面白くないから、意地悪をと言うわけでもないが‥‥
「悪いニュースと、最悪のニュースがある。どっちを先に聞きたい?」
オロールは口端を笑みに曲げて言った。
それに対してミゲルは迷い、そしてどっちでも良いという気になって答える。
「悪いニュースからで頼む」
本当に悪いニュースなら、こんな冗談交じりの伝え方をする筈がないのだ。だから、どちらから聞いても同じだろうと。
その予想の通りオロールは、かなり気楽な口調で言った。
「任務を外れて、お前を救出したせいで、俺のボーナスはパァだ」
もっとも、正式にそう言う罰が下されたわけではないので、冗談の意味の方が多い。
「そりゃ悪かった。で、最悪のニュースは?
ミゲルは少し笑って、次のニュースを促す。
それに答え、オロールはニヤリと笑みを見せる。
「出撃だよ。お前が後1時間寝ていたら、俺が出撃だったんだがな」
今、艦に残っているのはオロールのジンなのだが、艦長のゼルマンはより優秀なパイロットであるミゲルの出撃を望んだ。
ミゲルが出撃前に目が覚めたらという条件付きだったのだが、目が覚めたので役はミゲルに回ったというわけだ。
「出撃って……アークエンジェルの追撃か?」
状況を把握できていないミゲルに、オロールは肩をすくめて答える。
「コロニー内のオーブ軍残存戦力と、レジスタンスを殲滅するんだ。MSの敵になりそうな物はない。鴨を撃ちに行くみたいなもんさ」
「……あれで良かったか?」
兵士達が戦闘準備を進める市街地を歩きながらカガリは、歩みを共にする一尉に聞いた。
演説は、用意された原稿を読んだだけ。父の姿を思い起こしながら、精一杯やった。
一尉は満足そうに頷き返す。
「もちろんですカガリ様。多くのレジスタンス志願者が現れてくれたではありませんか。カガリ様の演説に、オーブ国民は皆、奮い立った事でしょう」
「そう……か」
褒められて嬉しいのか、カガリは緊張していた表情を少しほころばせた。
「行政官も、あの演説で心を変えてくれただろうか?」
意見を違えた行政官だが、心を入れ替え、正義に目覚めてくれないかと夢想する。しかし、
「いえ、彼は逃げたようです」
一尉がまるで真実のように答える。行政官への侮蔑の感情を込めて。
「戦いが始まると知って怯えたのでしょう。情けない男です。セイランの派閥の者ですから、当然とも言えますが」
「……こんな大事な時に逃げ出しただと! 責任感のない!」
カガリは一尉の言葉を簡単に信じ、怒りを行政官に向けて発した。そして、
「駐屯地司令も逃げたのだったな。ヘリオポリスは上に立つ者に恵まれてはいないようだ」
カガリは、ヘリオポリス駐屯地の司令も降伏論者であった事を思い出した。もっとも、カガリとの接見の後、司令もまた逃亡したと一尉に教えられたのだが。
「こうなれば、私達がよりいっそう頑張らないとな!」
「流石ですカガリ様。反抗の準備は着々と整っております」
一尉はそう言うと、カガリに現況を説明する。
「無重力下での戦闘を行える兵士と、無重力下活動を日常的に行っていた市民には、宇宙港に行ってもらいました。港で、ZAFTの進入を食い止めます」
自信満々に言う一尉だが、その論に全く勝てる根拠はなかった。
少数のプロに、アマチュアを混ぜ込んだ戦力で何が出来るというのか。むしろ、混乱を引き起こして戦力を低下させるのでは?
しかし、一尉はそのような事は考えていない。オーブの理念を守る為、ウズミへの忠誠を尽くして戦う事が大事で、勝ち負けなど考えの外である。
だから一尉は、勝てる見込みなどは話さなかった。ただ、話を続ける。
「残りの兵士と市民は、オーブ軍がもっとも得意とする市街戦でZAFTを迎え撃つべく、市街地に展開中です」
オーブ軍の防衛戦術の基本は、都市部に布陣して戦う事となっている。
また、市民の避難などは、ほとんど考慮に入れない。避難は、市民がそれぞれの責任の範疇で行う。
だから、軍としては兵士の展開をして準備は終わりだ。
既に兵士達は戦闘準備を終えて、建物に隠れている。外にいるのは、伝令などの例外を除けば、武器を持った市民達だけ。
彼らは、戦場を歩くカガリを遠巻きに見ては、黙礼したり、バンザイを叫んだりと、熱狂を素直に現わしている。
カガリは、軽く手を振るなどして無邪気に応えていた。
と……そこに、響き渡るサイレンの音が届く。それは、宇宙港の方で鳴っている様だった。
カガリはその音を知っている。敵襲を知らせる警報に他ならない。
「敵襲……いよいよだな!」
「はい。それでは、カガリ様。司令部に戻りましょう」
一尉は、カガリに戻るよう示す。
司令部は、主戦場として設定された市街地より遠く離れたシェルターの中にある。つまり、もっとも安全な場所に。
「何を言う! 私も皆と一緒に戦うぞ!」
戸惑い気味に声を上げたカガリに、一尉は穏やかに言い聞かせる。
「カガリ様。人にはいるべき場所がございます。カガリ様のいるべき場所は、前線ではありません。
全ての兵士が安心して戦えるよう、カガリ様は全ての兵士を見渡せる場所においでください」
「ん……そうなのか? それが、戦ってくれる者達の為になるんだな?」
カガリは納得しなかったが、一尉に諭されて従う事にした。
「だが! もし、前線が危なくなったら、私も戦いに出るぞ!」
「ご随意に。その時は、私もお供しましょう」
カガリは素直だった……一尉の言う言葉に素直に従ってしまったのだから。