機動戦士ザクレロSEED_第19話

Last-modified: 2008-12-01 (月) 20:33:22

 オーブ。ウナト・エマ・セイランの私邸。
 応接室に通したウナトの友人は、元より老境にあったのではあるが、その表情には年齢以上の疲れを滲み出させていた。病的にやつれたその身体をソファに沈ませているその姿は、死人のそれと言っても過言ではない。
 彼は、その顔に皮肉げな笑みを浮かべ、手にした水割り入りのグラスを掲げて、嘲笑混じりに言った。
「ヘリオポリスの住民は、外患援助の罪で起訴されたよ。君と話が出来るのも、ここに警察が踏み込んで来るまでだ」
 彼はヘリオポリスの住人。襲撃があった後、命からがら逃げ出してきた普通の市民……その筈だ。
 しかし今、彼と彼の家族は、政府と国民によって罪人にされようとしていた。
「それを笑わせてはくれないのだろうな」
 ウナトは苦い物を噛んだ様な表情を浮かべる。
 外患援助……国に対して外国から武力の行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた者は、死刑又は無期若しくは二年以上の懲役に処する。そういう法律だ。
 本来は敵との内通者を裁く法であり、敵の侵攻を受けて降伏した国民を裁く為の法ではない事は言うまでもない。しかし、降伏して無抵抗である事が、敵に軍事上の利益を与えたという理屈が通っていた。
「つまり、ヘリオポリスの住民は全員、最低でも二年は牢に入れられ、最悪では殺されると言う事か? 馬鹿げている!」
 ウナトは怒りと苛立ちを露わに、手に持ったグラスを強く握りしめる。友人は肩をすくめながら答えた。
「裁判所がそれを認めたならな。何にせよ、全員が拘置所送りなのは間違いない」
 もっとも、代表首長が罪人だと言えば、捜査も逮捕令状も無しに対象を逮捕出来るような国なのだ。裁判所に司法の独立と法の平等を期待出来るかは疑問だった。
「これは政治的粛正だ……ジェノサイドだ! まともな国のすべき事じゃない!」
 ウナトの怒声に、友人の返す視線は冷め切っている。『ここはまともな国なのか?』と問いかける様に。その答えを知る一人がウナトではなかったかと。
 ウナトは怒りが冷めていくのを感じた。かわりに深い失望感が取って代わる。
「知っているかね? 陸戦協定違反の便衣兵については、オーブ政府はその罪を認めない……アスハ派はプラントに対し、オーブ国民は皆兵であり、全国民を正規兵と見なして構わないと啖呵を切るつもりだ。狂っている」
 議会でアスハ派閥の議員がそのように働きかけていた。現状、それを止めようとする声は小さく、無力も良い所だった。
 国民皆兵自体は忌むべき事でもない。国家を守る為ならば、その選択は十分に有り得る。
 だが、今の流れは違う。オーブ政府が国民全てに守らせようとしているのは、オーブの理念というお題目だ。国家と国民を危機に追いやってでも、オーブの理念を守ろうとしている。そこに今のオーブの異常性があった。
「既に国民の軍事訓練の義務化と、軍事予算の大幅増が提案されている」
 アスハ派議員が、軍拡路線を強力に推し進めようとしている。国民皆兵は名ばかりではなく、実際に全ての国民を兵士として扱うつもりらしい。
 理論的には、そんな急拵えの兵士に意味がない事は分かり切っていたが、議員も世論も「大事なのは理論ではなく、理念なのだ」と盛り上がっている。
「くくっ……あっはっはっはっは! はーっはっはっは! 牢獄の中で死ねる私は幸福かも知れないな」
 友人は笑い出す。以前、ウナトが最上のジョークを聞かせた時も、これほどには笑わなかった。
 もしこれが、舞台の上で行われているのならば、ウナトも大いに笑っただろう。しかし、この愚劇が行われているのはオーブという国の中であり、ウナト自身もまた演者の一人ときている。
 このままでは、権力を握り、危なげなく国を守りながら小狡く金を貯めて、引退して孫でも見ながら悠々老後を過ごすという、ささやかな夢すらも叶えられそうにない。
 何とかしなければならないのだが、ヘリオポリス襲撃事件以降の状況の流れは速すぎ、ウナト等セイラン派閥は後手に回っていた。
 まあ、それでも希望が全くないわけではない。
「もっとも、ウズミはそのどちらにも反対している。これは通るまいな。残された希望がウズミだと言うのが皮肉なものだが」
 アスハ派の首長であるウズミ・ナラ・アスハは、現在の急進的とも言える動きに慎重な対応を求めていた。
 ウズミは軍縮論者だ。非現実的な非武装中立論者ではないが、軍事力には常に縮小を求めてきた。
 MS開発を許可したのも、軍事産業方面での旨味の他に、既存の兵器よりも高性能なMSならば、より小規模な軍隊が実現出来るといった思惑がある。もっとも、ウズミにとってMS開発の重要さは、土壇場で無かった事にしたがった程度でしかないのだが。
 ともあれ、乗り気だった頃のウズミは、究極の超高性能機を作り、その一機のみでオーブを守るといった夢想を漏らしていた。実際には一機のみという事はないだろうが、これから先は少数精鋭の小規模な軍隊を目指したいのだろう。軍拡の流れはこれに反している。
「どうかな? “姫獅子”は、軍拡の必要性を煽っている様だが?」
 友人が、部屋の片隅にあるテレビにチラと視線を向けた。今はスイッチが入れられていないが、言いたい事はわかる。
 ウズミの娘、カガリ・ユラ・アスハはこの所、テレビに出ない日はないというくらいの人気ぶりだった。彼女はヘリオポリスの悲劇を語り、その悲劇を防ぐ為として国民の軍事訓練の重要さや軍拡の必要性などについて語っている。
 当初は、オーブの理念の重要さを語る娘に好意的だったウズミも、カガリが自分の政治に反し始めた事で、対応に苦慮しているようだった。
「ウズミには頭の痛い問題だろうが……いや、大きな問題はあるまい。所詮、もてはやされて増長した子供だ」
 カガリは、実際には背後にいる何者かの傀儡に過ぎないとウナトは考えていた。恐らくは、軍拡路線をとなえる急進的なアスハ派が背後にいるのだろう。敵がわかっている以上、背後のアスハ派にのみ気を付ければ良い。
 しかし、友人は意見が違う様だった。
「どうかな? 怖いのは、むしろ国民だ。今の熱狂ぶりを見たかね? あの姫獅子が命じれば、殺人とて喜んで行われるだろう。彼女はオーブの理念という神に仕える異端審問官で、国民は邪悪な魔女を捜し求めている」
 実際にカガリによって断罪されたヘリオポリス市民……彼自身と家族は、政府と国民によって罪人として殺されようとしている。だからこそ言えるのかもしれない。
「オーブは国民の声が政治に及ぼす影響は小さい。氏族の力の方が大きいからな。しかし、氏族とて国民だ。この熱狂は氏族にも影響を及ぼすだろう」
「なるほど……忠告として受け取っておく」
 ウナトは友人の言葉を真摯に受け止めた。友人は、ウナトの言葉に初めて穏やかな笑みを浮かべる。
「そうか、これで君に一つ、餞別を残せたという物だ」
 友人のその台詞に、ウナトは言い返そうとした。しかしその時、応接室のドアがノックされる音が響く。
「旦那様、警察の方がお見えです」
 ドアの外から、使用人が言う。
 時が来た……だが、友人は取り乱す事はなかった。
「ウナト。最後に乾杯をしようじゃないか」
 言いながら、空になっていた自分の手のグラスに酒を注ぐ。それから、ウナトが急いでグラスを空けるのを待ってから、ウナトのグラスにも酒を注ぎ入れた。
 ウナトは、友人が注いでくれたグラスを持ち、乾杯の口上の為に口を開く。
「君と君の家族の安全を祈って……」
「いや」
 乾杯を言いかけるウナトを、友人は止めた。そして、彼が替わって乾杯の口上を述べる。
「オーブの未来に」
「……オーブの未来に」
 二人はグラスを掲げ、一息に中身を飲み干した。別れの杯を……
 
 数日後、ウナトは友人の死を知った。
 警察での取り調べ中の心臓発作と発表された彼の死体が遺族の元に返ってくる事はなかった。

 

 

 ヘリオポリス襲撃から十二日が経った二月六日。ユウナ・ロマ・セイランは、民間商船に乗ってヘリオポリスを来訪した。
 民間商船は、港外で駐留ZAFTによる臨検を受け、武器類の持ち込みが無い事が確認された後はすんなりと通される。
 ここに駐留するのが実戦部隊であり、こうした臨検などに慣れていないのが幸いだった。乗客の身分の照会などされていれば、ユウナの場合は多少面倒になったかも知れない。もっとも、ZAFTからの情報提供の求めにオーブ本国が応じるとも思えないのだが。
 ともあれ船は港へと着き、乗客の下船が許可された。
 このヘリオポリスで降りるのは、ユウナの他、セイラン派が用意した調査員と支援スタッフ。短時間で良くも集めたものだと感心する位には居るが、その数は決して多くはない。
 そして船は、乗客の他に積荷を下ろし始めている。
 積荷は食料や医薬品などの支援物資で、全てセイラン家が私財で購入した物だった。今のオーブに、ヘリオポリスの支援をしようと言う声はほとんど存在しない。戦って死ねば困窮はしなかったろうと言う、乱暴な声はよく聞かれたが。
 何にせよ、ヘリオポリスは完全に見捨てられた土地となっていた。いや、むしろ堕落と腐敗の象徴として、誅罰の対象となっている。
 ユウナが地球を立った時に既にそうだったのだから、今はどうなっているのか知るのが楽しみだ……と、ユウナは思っていた。知る為には、まずは長距離通信設備が要るだろう。
「カガリは、頑張っているかなぁ」
 今日も演壇の上で糾弾の声を上げているだろう少女の事を思い、ユウナは薄い笑みを浮かべる。
「いっぱい頑張って、凄い輝いて欲しいな。その輝きを消す瞬間が……スッとお腹を開いて、ピンク色の……おっと。うふふ」
 幸せな妄想に浸っていたユウナは不意に前屈みになり、微妙な足取りで船を下りていった。

 

 

「この腰抜けがぁ! もう一度言ってみろ!」
 今やZAFTの占領下にあるヘリオポリスの港湾部の一室、いわゆる赤服のお坊ちゃん達にあてがわれた待機室で、イザーク・ジュールの怒声が盛大に上がっていた。
 その怒声を叩きつけられているのは、イザークに胸ぐらを掴まれているアスラン・ザラ。
 アスランは、イザークの怒りに少しも動じる事無く、決意を胸に言葉を返した。
「軍を辞める。もう決めたんだ」
 事の始まりは、キラ・ヤマトだ。
 かつての親友とは、ほとんどわだかまりが無かったのですぐにかつての仲を取り戻した。
 キラは昔と変わっていなかった……だが、アスランは変わっていた。彼は兵士となり、憎しみで戦い、ナチュラルを殺す事に心動かされる事も無くなっている。キラはそれを悲しみ、昔の優しかったアスランに戻って欲しいと願った。
 争いだの愁嘆場だの和解だの色々あって、アスランは決意したわけだ。軍を辞める事を。
「このまま戦えば、俺はまた大事な人を失ってしまう……そう気付いたんだ」
「……くっ! 貴様、本気で……」
「……おい」
 激昂しかかるイザークを、二人の争いを見ていたディアッカ・エルスマンが肩を叩いて止めた。そして、イザークの耳元に囁く。
「あのな……」
「っ!? な、男同士だぞ!?」
 何を囁かれたのか、イザークはまるで何か汚い物に触れていた事に今気付いたのだと言わんばかりにアスランの胸ぐらを掴んでいた手を放し、何か振り払う様に手を振った。
 それから、アスランを嫌悪と不安の混じる表情で見てから、何かの間違いである事を祈るかの様にディアッカを見る。
 ディアッカは、沈鬱な表情で首を横に振った。
 イザークは続けて、アスランと仲の良いニコル・アマルフィを見る。待機室の真ん中に置かれたテーブルにつき、事を見守っていたニコルは、イザークの視線を受けて困った様な表情で僅かに首を縦に振った。
 イザークは、深い深い溜息をつき、それから哀れむ様な目でアスランを見て言う。
「……もう良い。俺には理解出来んが、好きにしろ」
「いや、待て。何か勘違いしてないか?」
 イザークの不穏な反応に、アスランは困惑を露わに詰め寄ろうとした。が、イザークは後ずさってアスランから距離を取る。
「触るな。俺にそんな趣味はない」
「安心しろイザーク。お前はアスランの好みのタイプじゃない。むしろ危険なのは……」
「え? 僕ですか!? 困りますよそんなの」
 嫌悪丸出しで言うイザークに、ディアッカが言いながらニコルの方を見る。ニコルは、困った表情を浮かべてアスランの方を見て答えた。
 それで、だいたいの状況を悟り、アスランはその顔に怒りの表情を浮かべる。
「お前達……俺とキラの関係を、そんな不純な物だと思っていたのか!? ふざけるな、キラはそんな奴じゃない! キラは……そんな奴じゃないんだ」
 言い立てるとアスランは、一同に背を向けて待機室を出て行った。
 その背を見送り、ディアッカが苦い表情で呟く。
「……自分がそう言う奴だって思われた事は否定すらしないのかよ」
 アスランにしてみれば、キラを侮辱された事に怒るあまり、自分の事をすっかり忘れただけではあるのだが……この場の誰もが、それを察するどころか、ディアッカと同意見であったのは言うまでもない。
 アスランの性癖について疑惑が深まった所で、待機室の空気は重くなった。
 特に、アスランを密かにライバル視すらしていたイザークはショックが大きかった様で、苛立ちを隠せずにいる。ライバル……つまりは、その実力を認めていた男が、ノーマルな同性として微妙な性癖を持っていたというのだ。ショックを受けない筈がない。
「くそ、あんな男を俺は……」
 後悔たっぷりにイザークは声を吐き出す。
 蔑めば内心でアスランを認めていた自分が惨めだし、かといってアスランをライバルとして評価し続ける事はもう出来そうにもない。
 もう少し理解力ついてくれば、それもまた人の個性であり非難すべきではないと、事実を受け止める事が出来るのだろうが、まだ十代の若者にそれを求めるのは難しい物があった。ましてや、癇癪の激しいイザークの事である。
 まあ、全てが悪い事ばかりではない。アスランが軍を辞める決意を固めた事について、イザークは納得に到っていた。つまり、人に理解出来ない性癖を持つのだから、人に理解出来ない決意を固めても仕方ないと。
 それが無ければ、イザークはアスランの決意を決して認めようとはしなかっただろう。認めなかったからどうだと言うものでもないのではあるが、当面の間はつきまとって怒鳴り散らす位はしただろうし、最悪、キラを原因と見て怒りをぶつける可能性もあった。
 アスランにとっては不本意かも知れないが、実際には良い結果だったのかもしれない。
「ま、まあ、アスランの事はともかく……」
 空気の重さに辟易としたニコルが、とりあえず話題を変えようとした。
「みんなは、これからの身の振りって考えてますか?」
「とりあえず、連合MSを持って凱旋だろ?」
 他に何があるんだと言わんばかりにディアッカが返す。
 議員の子息である自分達がこの作戦に就いたのは、政治的な理由が多分に含まれている。それぐらいの事がわからないディアッカではない。
 母艦のヴェサリウスが航行不能状態にある等の不測の事態で動けないで居るわけだが、議会としてはさっさと呼び戻して宣伝に利用したい筈だ。英雄となった議員の子息という、戦争を遂行する議員達の正当性を象徴するものを。
 それを考えると、アスランの様に軍を辞めるというのも悪くはない。軍を退いたとしたら、今度は政界で生きる事になるのだろう。英雄という肩書きは強力な武器となる筈だ。
 何にせよ、プラント国民に連合MSを奪取した英雄達を大々的に宣伝する所までは、確実に起こる事だった。そして、それを拒否する理由は誰にもない。
 だからこそ、ディアッカはニコルの質問に返したのだ。他に選択がないのに聞く意味は何なのかという問いを含めた答えを。
「ラスティは残るって言ってるんですよ。この艦隊に。それで、他のみんなはどうなのかなって思ったんです」
 ニコルは、肩をすくめてそう答えた。
 残って何をするか……考えるまでもなく、普通の兵士として前線で戦闘を続ける事になるだろう。それだけだ。そこに何も利は見いだせない。
「あいつ、何を考えてるんだ? 残ると言ったのが、イザークならわかるけど」
「俺ならわかるとは、どういう事だ!?」
 ディアッカが首をかしげて言った台詞に、イザークが噛みつく。ディアッカは、釣り針に魚がかかったのを見た釣り人みたいにニヤリと笑い、すぐに言い返した。
「お前なら、政治の道具になるより、ナチュラルと戦ってプラントに貢献する事を選びそうだと思ってよ。それに、クルーゼ隊長の仇をとるって息巻いてたろ?」
「ぐ……それは確かにそうだが……」
 イザークは言葉に詰まる。確かにその通りで、その選択が許されたなら喜々としてそうした事だろう。そう、許されれば。
「ママには逆らえないもんな」
 ディアッカは、イザークの弱みを突いた。
 イザークの母親もまたプラントの議員だ。彼女は、イザークが危険な任務に赴く事を望んではいないが、英雄になる事は望んでいた。
 その辺り、出世をさせたいという様な息子を思っての部分もあるだろうが、政治的にそれが求められていたと言う意味合いの方が強い。過保護極まりない部類に入る彼女は、愛息子を戦場に送り出す事に、さぞかし悩んだ事だろう。
 それが今や、イザークは英雄となって堂々と凱旋出来る様になった。となれば、イザークに、これ以上の危険な行軍を望むわけもない。つまり、戦い続ける事を選択するなら、イザークは母親の意思に逆らう事になる。
「母上は関係ない!」
 母親離れ出来ていない事を揶揄され、イザークは怒りに声を荒げた。
「れ……連合MSを、本国まで持ち帰るのが任務だ! それを放棄して、ここに残る事など出来るものか!」
「おっ、上手く逃げたな。俺もその言い訳を使わせてもらうぜ」
 怒るイザークの前で、ディアッカは感心した様に言う。それから、改めて首をかしげた。
「ま、でも、そうなるよな。俺達の任務は、連合MSを奪って持ち帰る事だ。ここに残って戦うなんて、大儀も無ければ、政治的意味もないし、出世とも関係ない。アスランみたいに恋人に言われたとかでもなければ、理解出来ないよな」
「恋人ですか? そう言えば……何か冗談で、恋をしたとか何とか言ってたましたよ。本当に誰か好きな人が居るのかも知れませんね」
 ニコルが、何日か前の事を思い出しながら口を開く。
 ラスティが、浮かれた様子で何やら口走っているのを聞いた。もっとも、その内容はどう考えても冗談以外の何物でもなかったのだが。
「あれに恋人ねぇ?」
 ディアッカは、疑問に出しながらも、それは無いだろうと確信していた。

 

 

 ヘリオポリスにあった連合のMS開発基地は、MS奪取時のZAFTによる戦闘行動と、その後のアークエンジェル脱出の際に連合軍の手で行われた破壊工作により、かなり徹底的に破壊し尽くされていた。
 しかし、MSの部品や、コンピューターなどの情報源となりそうな物が破壊を免れ、瓦礫に埋もれて残っている事から、ZAFTによってその発掘作業が行われている。
 作業はまず、瓦礫の山となった地上の建物を取り除く所から始まっていた。
 乱暴に行ってはならない。瓦礫の下に埋もれた物を傷つけない様、慎重に慎重を重ねて瓦礫を除去する。そういった作業にも適しているのが、MSと言う物であった。
『なあ、ミゲル』
 ミゲル・アイマンは、通信機から聞こえるオロール・クーデンブルグの声を聞き流しつつ、MSを使った瓦礫除去作業に集中する。
『……おい、黄昏の屑拾い』
「うるさいな! 何だよ、さっきから!」
 ミゲルは思わず通信機に怒鳴り返した。
 その間も、ミゲルの乗るオレンジ色の機体、ミゲル専用ジンは掴み上げた瓦礫を集積場所に放り投げる作業を続けている。
『いや、ZAFTのエースが高性能専用機で穴掘り作業ってのは、どんな気分かと思って。楽しいか?』
「お前だって、ジン・ハイマニューバで穴掘りだろうが! 高機動性を活かして、ちゃっちゃと作業を進めろよ!」
 ミゲルが睨むモニターの中、オロールが乗るジン・ハイマニューバが、やる気なさげに瓦礫を持ち上げ、適当極まりなく放り投げるのが映っていた。
 ミゲル専用ジンもジン・ハイマニューバも高性能機なのだが、こんな作業ではその性能を生かせるはずもない。と言うか、作業用の低性能機で十分だ。
『せっかく新型が手に入ったのに、最初の任務がこれかよ……機体が泣くぞ』
 ミゲルにも、オロールの嘆きは理解出来た。
 新型MSに乗り、連合との一戦で華々しいデビューをと逸っていた所が、与えられた任務は穴掘りである。ミゲルも、連合の新型MAとの雪辱戦を望んでいたのに、完全に思惑とは違ってしまった。
 連合MS奪取の達成を補完する重要な任務だという事はわかるのだが……
「しょうがないだろう。ワークス・ジンなんて無いし、ツィーグラーのMS隊は哨戒任務に要る。俺達しか浮いてないんだよ」
 免許があれば誰でも使える、ワークス・ジンの様な作業用MSは無い。ローラシア級モビルスーツ搭載艦ツィーグラー所属のMS隊は、母艦と共に周辺宙域の哨戒任務に出動している。
 一方、ローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフは、先の戦いで受けた損傷を修理中。また、所属するMS隊がミゲルとオロールの二機分しか無い事から、率先して動ける態勢にはなっていない。つまり、暇なMSはガモフ所属のミゲルとオロールしか居ないわけだ。
『半端はつらいねぇ』
 オロールもその辺りは理解しているので、溜息混じりにそう言ってくれた。
「ああ……こんなんじゃ、給料も上がらないしな」
 ミゲルも溜息をつく。弟の治療費に金が要るのだ。いつまでも、こんな所でしけた任務をしていたくはない。
「新しくMSでも見つかれば別かも知れないけど」
 ZAFTが全く情報を掴んでいなかった未知のMSがヘリオポリスから持ち出されたと聞いていた。ひょっとすると、他にもまだあるかも知れない。
 ミゲルは独り言を呟きながら、そんな事を考えていた。と……
『おい、ミゲル!』
「何だよ。愚痴ならもう聞かないぞ」
 オロールからの再度の呼びかけに、ミゲルはウンザリしながら答える。
 だが、オロールが伝えたかった事は、愚痴などでは無かった。
『瓦礫の下に空間がある! 格納庫っぽいぞ!』
「本当か!?」
 ミゲルは、今自分が担当している場所を放棄して、オロールの元へと向かう。
 オロールは、さっきまでの態度とは打って変わって、せっせとジン・ハイマニューバを動かして瓦礫を除去していた。
 確かに、ジン・ハイマニューバの足下には、四角く切り抜いた様な大きな穴が開いている。恐らく、元からあった搬入口か何かで、上の建物が崩れて塞がってしまったのだろう。
 幸い、穴は埋まっておらず瓦礫が乗っているだけの様で、瓦礫を除ければ中に入れそうだった。
「よし、手伝うぞ」
 ミゲルは、その穴を埋める瓦礫を取り除く作業に参加した。しばらくの間、二人はMSを使って黙々と作業を続ける。
 瓦礫を取り除き、後は建物の骨組みだった鉄骨だけとなって穴の底が覗ける様になると、どうやら穴の底は巨大なエレベーターになっている様だとわかった。つまり、何か大きな物を地下に搬入する為の入り口と言うわけだ。
「……本当にMSとかがあるかもな」
『良いなそれ! 本当なら、ボーナスもんだ』
 オロールが喜びの声を上げて、鉄骨の片づけを急ぎだした。MSのパワーを持ってしても折り重なって絡み合う鉄骨はなかなか動かないが、それでも本数が少なくなってくると作業は楽になり作業進行も早くなる。
 しばらくすると鉄骨は全て取り除かれ、そこには穴だけが残った。
『よし行こうぜ』
「ああ」
 二人は、MSを軽く跳ばせて、穴の中へと入らせる。
 スラスターを軽く噴かせて、緩やかに下に降りると、そこには壁一面の巨大シャッターが待ち構えていた。
「基地の電源は死んでるんだったか?」
『ああ。こじ開けるしかないな。俺は右。お前、左な』
 シャッターと言っても、鋼鉄の一枚扉だ。なかなか破る事は出来そうにない。シャッターを動かすには電気が要るが、そんな物の復旧はしていない。
 オロールが言って、シャッターの右側に取り付いた。ミゲルは左につき、シャッターに専用ジンの指を添える。
『せーの』
 オロールの声が聞こえると同時に、ジン・ハイマニューバがシャッターを持ち上げ始め、シャッターが軋みを上げた。
 ミゲルも、専用ジンでシャッターを押し上げる。二機のMSのパワーで、重たいシャッターはゆっくりと持ち上がっていった。
 ややあって、シャッターは完全に持ち上がる。
 その奥に広がっていたのは、かなり広い空間。しかし、そこにミゲルとオロールが夢見た様な物は無かった。
『MAだな』
 オロールの声は落胆に近い。そこにあったのはMA。
 ここは開発部門ではなく、整備工場だったのだろう。半ば分解された状態のMAが、整備台の上に置かれたまま放置されている。
「連合の新型は無いか?」
 ミゲルはモノアイを動かして中を眺め回す。
 思い出すのはザクレロ。あの新型MAなら、連合製MS並に価値がある。
 MAはナチュラルが使う時代遅れの兵器というのがZAFTでの共通認識になっているので、認めない者も多いだろう。しかし、戦った自分達は、あれが事によってはMSよりも厄介な敵になるだろう事を知っていた。
 もし、実物が手に入るなら、解析して対策を練る事が出来るわけだ。
 しかし、ここには新型MAも無かった。オロールが舌打ち混じりに言う。
『全部、メビウスとか言う奴だ。おっ、こっちのこいつだけメビウス・ゼロだぜ』
「宝の山かと思ったら、ゴミの山か」
 流石に、普通のMAなど必要ない。
『つまらねぇな。全部、ぶっ壊すか?』
 オロールがそう言って、整備工場の奥へと入っていこうとする。ミゲルが、参加しようとは思わないまでも、「好きにしろ」とでも言おうと考えた所で……何者かが通信に割り込んだ。
『壊すですって!? 何、馬鹿な事言ってるのよ! これだから、MS乗りは……』
 若い女の声。それは、すっかり怒りの色に染まっている。
『あんた達の足下。踏まないでよね』
 言われてモノアイを向けると、いつ降りて来たものやらか、つなぎの作業服を着て安全ヘルメットを被った人がいた。見た目、少年の様でもあるのだが、さっきの声の主という事は少女なのだろう。
 作業服と言うことは、メカニックか何かなのだろうか?
 彼女は携帯通信機を使い、ミゲルとオロールに向かって声を荒げていた。
『ほら、ぼさっとしてないで全部運び出しなさい! 壊さない様に慎重にね』
『待てよ、こんなガラクタ、どうするんだ?』
 オロールの疑問は、ミゲルも同感だ。MAなんかを大事に扱う意味は全くわからない。
 しかし、少女にとってガラクタという表現は好ましくはない物の様だった。
『ガラクタですって!? MSなんて機械人形の玩具みたいな物に乗ってるくせに!』
『玩具だって!? 聞き捨てならないぞ、この……』
 オロールの言葉に少女が噛みつき、それを受けてオロールが怒鳴り返す。
 後は、低俗な悪口の応酬……馬鹿アホ間抜けなどという基本はもちろん、お前の母ちゃんでべそ等という様な高度な語句まで飛び出す始末。ちなみに後者を言ったのは少女だった。
 ともあれ、話を聞いてるとどうも、少女はMSとMSパイロットがたいそう嫌いらしい。
『MS乗りなんて最低ね! 女の子に、よくもそんな事が言えたもんだわ! まあ、MS乗りなんて臭くて風呂にも入らない、外を出歩く服もない、女の子にもてない連中なんだもの。女の子の扱い方がわからなくて当然よね!』
『も……もてないだと!? お前に何がわかる!』
「オロール、お前の負けだ」
 いい加減、口喧嘩を聞くのにウンザリして、ミゲルは口を挟む。それから、わざと慇懃に少女に疑問をぶつけた。
「で、お嬢様はMAをどうなさるおつもりで? 運び上げるのは構いませんが、それだけ教えてはいただけませんか?」
『MAでマフィンを焼くとでも思う?』
 少女は冷たく一言で返す。それから、ミゲルの方は話が通じるとでも思ったのか、少しだけトゲを引っ込めて話を進めた。
『ともかく、基地で見つかった物は全部回収する様に命令が出てるでしょ? 横着してないで、MAも全部回収しなさい』
「わかった。確かに、命令は全部回収だ。全部回収しよう」
 口は悪いが、少女の言い分が正しい。とりあえず回収するのが自分達の任務であって、捨てるかどうかの判断は誰か他の人間がやってくれる。
「オロール。ここから、運び出せる物は全部出すぞ」
『面倒くせぇ。俺、瓦礫除去に戻るわ。ここは任す』
 オロールは、手伝うのはまっぴらだとばかりに、外へ向かってジン・ハイマニューバを歩かせていった。
 残されたミゲルは、どうした物かと考えながら、少女に目を落とす。
 少女は奥へと駆け込んで、整備中のMAが並ぶ中を走り回っていた。凄い楽しそうである事はわかるが、何が楽しいのかは全くわからない。
「何だかな……」
 ミゲルは、とりあえず手近な物から運んで、さっさと終わらせようと、専用ジンの操縦桿を握り直した。

 

 

 敵がいない。敵を探せ。
 思考はただそれだけを繰り返す。
 先ほどまでモニターを埋め尽くしていた敵の姿を求め、トール・ケーニヒは灰色のモニターを見つめていた。その瞳は散大し、意思の光を宿しては居ない。ただ、敵の存在を求める一つの部品であるかの様に。
 ハッチが開かれて、暗いコクピットの中に光が差し込む。トールはその光にも反応しない。操縦桿を握る手は、敵の出現を警戒して、硬く握られたままだ。
「お兄ちゃん」
 コックピットの中に入ってきた何かが、軽く背伸びをしながらトールの唇にキスをした。
 柔らかな感触……誰かの声がトールの頭の中で響いた。
『好…………ール。……な時……ど……こん……だ…………せて。好き……ト………………時で……私……っと一緒……………………』
 みつからないからだのぶひんくろこげでばらばらになったほのおのなかできりさかれるわらっていたはしっておちてくるせんとうきが…………み……り……ぃ。
 声は苦痛の記憶を呼び覚ます。その記憶は、苦しみ無き忘却の彼方に消えたトールの自我を強制的に引き戻した。無から狂気の中へ。
 トールの無機質なその瞳に、僅かに意思の光が灯る。
 そしてトールは、キスをしてくれた少女に微笑みを向けた。
「ああ、ミリィ。どうしたの?」
 ミリィと呼ばれた少女、エルは寂しそうに微笑む。
「……お兄ちゃん、朝ご飯の時間だよ? 一緒に食べよう?」
 
 ヘリオポリス地下の秘密のシェルター。そこでトールは少しずつ壊れていく。
 壊れたトールは、新型試作MAミステール1のシミュレーターを動かし続けた。食事も、睡眠もとらなくなり、ただただモニターの中の敵機を破壊する事に集中する。それも肉体的消耗が激しい高G環境型シミュレーターでだ。
 おそらく、そのままであったならトールはすぐに死んだ事だろう。
 その命を繋いだのは、エルという少女だった。
 エルは、起きている間はずっと、トールがシミュレーターに入らない様に気を付け、食事と睡眠を取らせる様にした。
 しかし、エルが眠っている間に、トールはシミュレーターに入ってしまう。その度に、エルはシミュレーターを止め、今の様にしてトールをシミュレーターの外へと連れ出した。
 エルと一緒にいる間、トールは普通の暮らしが出来る。少なくともそう出来ているように見える。エルの事を、死んだ恋人のミリアリアだと思い込んでいる事以外は。
 エルがどんなに話しかけても、トールはエルではなくミリィを見て、ミリィに話している。自分がトールの前に居ない様で、エルは少し寂しかった。
 それでも、エルはトールと一緒にいようとする。そうしないとトールが死んでしまうから。そうなれば、本当に一人になってしまうから。
 このいつまで続くかもわからない、シェルターでの二人だけの生活を、出来るだけ長く送れる様に……エルは頑張っている。
 
 シミュレータールームから居間へと移り、二人は朝食に保存食を食べていた。
 と……エルが不意に箸を止め、トールに話しかける。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「何、ミリィ?」
 食事を止めて、そう返したトールの前、エルはまた寂しそうな笑みを浮かべた。そして僅かに黙り込み、それから意を決した様に言葉を続ける。
「エルって呼んでくれないかな?」
「どうして? あだ名か何か? でも、俺にとってミリアリアはミリィだし」
 理解出来ない様子でトールは首をかしげた。ミリアリアのあだ名はミリィで良い。
「ああ、さては何かに影響されたんだろ? しょうがないな、ミリィがどうしてもって言うなら……」
「ううん、いいよ。やっぱり、呼んでくれなくて良い」
 エルは顔を伏せて、トールにそう返す。伏せられた顔の下、膝の上にポタポタと涙の滴が落ちた。
 ミリィをエルと呼ぶのではなく、エルをエルと呼んで欲しい。その思いはトールへは伝わらない。
「え? ミリィ、泣いて……」
 涙を見てトールは慌てふためいた。何故、エルが泣くのか、トールにはわからない。狂った心では、わかるはずもない。
「どうしたんだ、ミリィ? えと……ごめん、俺、何か言ったか? 泣いてちゃわかんないからさ」
 それでも、何とかしてあげたくて、トールは必死でエルに話しかける。しかし、その言葉はミリィに向けられた物だ。エルを傷つけている事に、トールは気付けない。
 救われない少女と、救えない少年。そんな二人だけの世界に、いきなり土足で踏み込む者が現れた。
「おや、女の子を泣かすなんて良い趣味をしてるじゃないか。良いよね、女の子が震えながら涙を落として命乞いする所とか。その後は、少し希望を見せてあげて、それから絶望に落っことすとまた……」
 エルの泣き声に割り込んだ喜悦混じりの声。居間のドアを開け放って、いきなり現れたユウナ・ロマ・セイランは、初対面の二人に遠慮無く話しかける。
「良いなぁ。僕も混ぜてくれないか? ああ、もちろん食事の方にね」
「……あんた誰だよ?」
 驚きに泣きやんだエルを背にかばいながらトールが言った言葉は、されて当たり前の質問であった。

 

 

 オーブ宇宙港。宇宙から降りてきたそのシャトルは、無事に滑走路に着陸した。
 ヘリオポリスから降りてきたシャトルにはマスコミがすかさず食いつき、何処で聞いて集まってきたのか民衆が取り囲んで罵詈雑言を浴びせるという様な展開が当たり前だったのだが、このシャトルにはそういった事は起きていない。
 かわりに黒塗りの高級車が一台止まっており、その横に一人、軍服姿の男が居る。
 シャトルのドアが開けられ、タラップが下ろされた。軍服姿の男……レドニル・キサカ一等陸佐は、すかさずタラップの下へ行き、直立不動の姿勢で待機する。
 すぐに一人の痩身の中年男がシャトルの中から姿を現した。彼は、眼鏡の奥の目を日差しの眩しさに細め、それからタラップを降りてくる。
「やあ、キサカ君。オーブの潮の匂いが混じった空気も、久しぶりに嗅ぐと良い物だね」
「プロフェッサー・カトー。ご無事で何よりです」
 タラップを降りきって親しげに声をかけてきたカトーに、キサカは敬礼で返す。それを受けてカトーは、苦笑いで答えた。
「無事だけど苦労したよぉー。宇宙はサハクの目があるからね。まくのに随分と遠回りをしてさ。シャトルの居心地は上々だったけど、何せ狭くてねぇ。風景も代わり映えしないだろう? 飽きちゃった。しばらくは宇宙はこりごりだね」
 そんな事を言いながらカトーは勝手に車を目指して歩いていく。キサカはそんなカトーを追い抜き、先に車につくと後部座席のドアを開けて中へ誘導した。
「ああ、ありがとう。悪いねキサカ君」
 カトーは導かれるまま車に乗り込み、座席に腰を下ろす。
 キサカはドアを閉めかけ、ふと気付いた様にその手を止め、カトーに聞いた。
「プロフェッサー、手荷物などはございませんか?」
「ああまあ、着の身着のままで逃げたからね。そうそう、荷物と言えば、アストレイはサハクの手に落ちた様だよ。とは言え、彼らに出来るのはそこまでだろうね」
 キサカに聞かれた事から話がそれて、カトーは何やら話を続ける。キサカは慌ててそれを遮った。
「プロフェッサー。ここでその様な話は……」
 人払いはしてあるが、防諜が万全の場所というわけでもない。あまり、不用意に発言をされては困る。
「あー、そうか。ごめんごめん。内緒だったね、アレ」
 カトーはペコペコ謝った後、自らの頭を指で突いて見せ、ニヤと笑った。
「重要な物は全てここにあるから大丈夫だよ」
「了解です」
 キサカはドアを閉め、それから自ら運転席に回りハンドルを握る。
「では、まいります」
 車は走り出した。宇宙港を抜け、何処かへ向けて……