機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第七話(前)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:16:37

ハイネ「えーと、そろそろミナ・バンガードからの人員が来るはずだな」
シン「ハイネ!? 本物!?」
ルナ「うわ、久々に見た!」
レイ「今日はいいことがあるかもしれんな」
ハイネ「うん、三人とも、さりげなく失礼な物言いをありがとう(にっこり)」
シン「すみません悪気はないんです」
ルナ「ごめんなさい調子に乗ってました」
レイ「冗談はさておき、あなたの出番はまだ先なのでは?」
ハイネ「俺もそう思ってたんだけどね。カットインさせることになったみたいで」
レイ「カットイン?」
イザーク「おい、ちゃんと三十分に収まるんだろうな? 今回はシーンの数が多いのだ、
      切り捨てられたらシャレにならんぞ」
アーサー「極端に多いわけじゃないよ。オーバーしたらこっちで編集するから安心してくれ」
シホ「そんなこと言われたら逆に安心できないと思います」

ピンポーン

トール「ど、ど~も、トール=ケーニヒです」
ステラ「うぇーい! ステラです!」
トール「あ、よろしく。ホントに声、フレイと艦長に似てるな」
ステラ「うぇーい! ステラとフレイとかんちょー… かんちょー… タリアとステラ、似てる?」
シン「アンタがトールか。俺は『主人公』のシン=アスカ、よろしくな」
ルナ「あたしは『ヒロイン』のルナマリア=ホーク。よろしく」
トール「よ、よろしく。でもなんで主人公とヒロインを強調すんの?」
レイ「主人公コンプレックスの再発など、適当に暴れればじきに収まる。気にするな、俺は気にしない」
トール「いや今不吉な単語が聞こえたような」
ディアッカ「お~久しぶり、トール。どうよ、そっちの活動」
トール「あ、ディアッカ。いやぁイマイチだな。ガードの固い奴かそもそもガードしてない奴ばっかりでさ」
ハイネ「なになに、何の話?」
レイ「気にするな、俺は気にしない」
ルナ「レイはちょっとくらい気にしてもいいと思うけど…」

トール「あー、えーと、ところで…ミリィは?(おそるおそる)」
ハイネ「ああ、彼女なら(向こうを指差す)」

ミリアリア「クックックックッ…(ナイフを研いでいる)」

トール「*1)ガクガクブルブル」
ディアッカ「*2)ガクガクブルブル」
ハイネ「殺る気満々だねぇ彼女」
シン「い、一応確認しとくけど…撮影だよな? 本当に抜き身のナイフ使うわけじゃないよな?」
アーサー「それは監督の心ひとつ」
シュバルツ「甘い! 甘いぞシン! 撮影とは常に全力勝負! 危機感あるシーンを撮るのに
       なまくら刀を使ってどうする!」
シン「うわ出た変態覆面! 何で!? アンタも出演するのかよ!?」
シュバルツ「うむ。私も驚いたが、オファーが来た」
シン「マジでかーっ!」
ルナ「元祖の皆さんで出演するのはドモンさんだけかと思ってた…」
ドモン「俺も聞いていないぞ、シュバルツ! 一体何の役だ!?」
シュバルツ「それは…」
カナード「たのもう!!」
シュバルツ「……と、人員が揃ったようだな。撮影開始だ」
ルナ「あ、逃げた!」

アーサー「本番いきまーす! 3・2・1・Q!」

******************************************************************

 ――十年前、ネオメキシココロニー、某所――  

「これが…地球の海…」
「そうだ。これがじいちゃん達が暮らしていたネオメキシコの海だよ」
「すごーい…」
「きれいだなぁ…」
 年端も行かぬ男の子と女の子は目を輝かせ、写真に見入っていた。
 老人の皺だらけの手から、何枚もの写真が取り出されていく。その全てに写っているのは、 母なる地球の美しい大自然だ。
 男の子――名をトールという――は、漁師であり写真家でもある祖父の話が大好きだった。
 昔々の地球の話や、祖父の撮った写真を見て、子供なりに雄大な大自然を思い描いていた。
 それは幼馴染の女の子、ミリアリアも同じであった。暇さえあれば老人の話を聞きに来ている。
 そんな孫達の心を壊すのが忍びないのか、老人は申し訳なさそうに言う。
「見た目はきれいじゃがな…今は魚も何も取れなくなったらしいで」
「海はしんじゃったの?」
「死ぬものか。お前たちが大きくなる頃には、きっと美しく豊かな海に戻っているさ…」
 それは老人の願望でもある。
 実際はどうなのだろう。ガンダムファイトの現場にならなければ、その可能性もあるのだが…。
「じいちゃん、僕決めたよ」
 孫の声に顔を上げれば、トールは一層目を輝かせ、こちらの目を覗き込んでいる。
「僕もじいちゃんみたいな写真家になるんだ。それで、地球でたくさんきれいな海をとる。ミリィもつれて!」
「トール、本当? 本当につれてってくれる?」
「まかせとけ、ミリィ! 約束するよ! ぜったいに地球に行くんだ、二人で!」
「うん!」

「さて…大自然の溢れる海に魅せられたトールとミリアリアはやがて大人となっていく。
 果たして二人は夢見る海へとたどり着く事ができるのだろうか?
 全てはデビルフリーダムと共に地球に落ちた義兄キラを追って、ガンダムファイトを続けるシン=アスカと…
 ネオアメリカクルー・ディアッカ=エルスマンとの出会いが鍵となるようだ。
 今日のカードはネオメキシコのテキーラガンダム!」

 ドモンがマントをばさりと脱ぐ。
 下から出てきたのはピチピチの全身黒タイツ、即ちファイティングスーツだ!

「それではッ!
 ガンダムファイトォォ! レディィ…ゴォォォ――――ッ!!」

第七話「来るなら来い! 決死の盗撮者」

 ネオメキシコの市場を、場違いな色黒の男が歩いていく。
 鍔広の帽子に大きな眼鏡、諸所にフリルと金メッキ飾りボタンのついた黒い中世的衣装。
 ここがヨーロッパの由緒正しい古城などならともかく、ネオメキシコの生活臭溢れる市場ではミスマッチもいいところだ。
 最も、今市場にいる人々は、そんな場違いな男を気にしている余裕を持たない。
 物があるというだけで恵まれていると言える地球の現状では、物と金が飛び交う場は戦場のようなものだ。
 そして、彼自身も、自分の格好をそれほど気にしているわけではないようだ。片手に持った通信機をそっと口元に寄せ、呟く。
「定時通信。こちらディアッカ。第一市場にてシン=アスカを尾行中。どうぞ」
『こちらシホ。了解しました』
 短いやりとりの後、ディアッカは通信機を服の中にしまいこんだ。何事もなかったかのように歩き続ける。
 視線の先に、黒髪と赤鉢巻を捉えたまま。

「この男を知らないか?」
 尾行されているとは知らず、シンはいつものように件の写真を見せている。
 皿売りの青年は、ひょいと写真を受け取り、しばらく首を傾げるが…
「見たことないね」
「そうか」
 シンは写真を返してもらい、すぐに懐にしまいこんだ。
 地上に降りてからこっち、全く収穫はない。クルーゼからの情報も途絶えた。
 後は、しらみつぶしに地球を回り、ファイトをし、地道に聞いて回るしかないだろう。
 気の遠くなる話だが、シンにはその道しか残されていない。地球の人々全員に聞くことも覚悟している。
 だから、『知らない』という答えにも落胆しないようにした。
 ダメで元々。そう考えると少しは楽になる。
「ところでお客さん、皿はいかがかな?」
「いらん」
「そう言わず。丈夫だよ?」
「それより、このあたりにガンダムファイターがいると聞いてきたんだが」
「知らないねぇ…。それより皿」
「いい。他を当たる」
「無理だよ」
 立ち去りかけたシンを、青年の言葉が引き止める。

「どういうことだ?」
「この国は人の出入りに滅法厳しくてね。みんな他所者と関わって面倒に巻き込まれたくないのさ。
 あんたもこんな所に長居は無用だよ?」
 肩をすくめる青年。
「……皿を売りつけようとしておいて、今度は『さっさと出て行け』かよ」
「商売と親切心は別物だからね。はい、代金払って」
「おい、俺は買うなんて一言も」
「質問への回答二つ、旅に貴重な助言一つ、占めて60アースダラーなり」
 迷わずシンは青年の顔に拳を入れた。彼が倒れるのも確認せず、歩き出す。
 背後で丈夫なはずの皿が盛大に割れ、騒ぎになったようだが、シンは振り返らなかった。

「お前、人を捜してるのか?」
 市場をもうすぐ出るというところで、いきなり後ろから声をかけられる。
 振り向こうとした。途端に――

   ヒュッ

 放たれた吹き矢を咄嗟に右手でガードする。ちくりとかすかな痛みを覚えた。
(何の、つもり、……!)
 叫ぼうとした。だが間もなく、全身から力が抜けていく。
 矢は掌に刺さってしまっていた。即効性の毒が塗られていたのか、もう視界がぐらついている。
 敵は目の前にいるのに…!
(お前っ!)
 シンは最後の力で目の前の少年を睨みつけた。しかし抵抗できたのはそこまでだ。あっさりと意識が闇に落ちる。
 吹き矢の少年は、冷たい瞳で倒れたシンを睨みつけ、鼻で溜息をした。
 乱暴にシンを担ぎ上げ、歩いていく。

 その頃、シンを尾行していたはずのディアッカはといえば。
「はいパスポート見せて。国籍ネオアメリカ? 嘘言っちゃいかんよ、その格好で」
「嘘じゃないっての! ネオアメリカのファイト委員会に問い合わせりゃ分かるって!」
「そう言う不法侵入者は山といるんだ。署まで来てもらおう」
「否グゥレイトォ…また始末書か…」

『いいか、我々は遊びに行くのではない! ネオメキシコのファイター、トール=ケーニヒを倒すために行くのだ!
 明朝七時に発つ、それまで準備を済ませておけ!』
 ネオメキシコ行きが決定した直後、イザークはそう宣言した。クルーの二人も、当然とばかりに頷いた。
 なのにディアッカはサーフボードを、シホはサンオイルと三人分の水着を隠し持って来てしまった。
 それを叱るべき立場のイザークもまた、ビーチパラソルとスイカ型ビーチボールをこっそり忍ばせていた。
 つまり、三人とも本音では遊びたかったのである。
 汚れきったニューヨークの海ではなく、徐々に本来の生命を取り戻しつつあるネオメキシコの海。
 比べ物になるかと問われれば、答えは否。
 オセアニア辺りの珊瑚礁とまではいかずとも、ニューヨークの浮浪児にとっては十二分に憧れの対象である。
 互いが持ち込んだレジャーキットを目の当たりにして、三人は目を丸くした直後に大笑いしたものだが――
「やっぱり、現実って厳しいですね」
「言うな、シホ…」
 港に停泊させたクルーザーで、ぎらぎらとした太陽の光を浴びながら、イザークとシホは肩を落としていた。
 汚い。
 人間の活動がどれほど地球を汚染したのか、その実例とも言えるほどに汚い。
 ニューヨークの海よりはまだマシだ。少なくとも毒々しい泡や産業廃棄物があったりはしない。
 しかし、この色はどうにかならないのか。
 エメラルド色を期待していたわけではない。が、この黒い色は何だ。
「何年か前のガンダムファイトで、破壊されたガンダムの動力炉が暴走して…」
「もう言うな…」
「……はい」
 ガンダムファイト国際条約第一条、頭部を破壊された者は失格となる。
 地上の人々を申し訳程度であるが、気遣った条約である。
 四年に一度ガンダムという高出力マシンが地上でほいほい爆発されては、環境汚染も人的被害も膨れ上がってしまう。
 それを防ぐため、機体の完全破壊ではなく、敢えて頭部と限定した。
 コロニーにしてみても、地球を完全に滅ぼそうなどとは考えていないのだ。
 地上を蔑んでいても、心の底には地球への憧憬がある。
 豊かな大自然。雄大な山脈、美しい海原、日が昇り沈む水平線――イミテーションなどではない、天然の芸術。
 申し訳程度の地球への遠慮であれ、幻想の内にしかない自然への憧憬であれ、
 それらはコロニーの人々もまた地球人だという証明であろう。
 しかし、偽善であることもまた確か。
 コロニーの力であれば、ガンダムの動力炉の捜索、海の清掃など、やろうと思えば出来ることなのだ。
 それをしないのは、旧世紀から続く縄張り意識、官僚主義の弊害であり、またコロニーの人々の危機感が薄いせいでもある。
 地球とはいえ、遠くの世界。夢の中にしかない世界。我々の関知するところではない。
 それがコロニーの人々の一般的な考えであった。
「ええい、俺が優勝した暁には地球環境の保全を認めさせてやる! 第一にネオメキシコの海の清掃だ!」
「いえ、その前にニューヨークの海の清掃ですよ。それからサンフランシスコも」
「なら世界全域で同時清掃だ! ネオアメリカの一大事業として! その上でもう一度ここに来てやる!」
「目的が一つ増えましたね、隊長!」
「うむっ! 我々はさらに負けるわけにはいかなくなったぞ!」
 二人は分かっている。優勝したガンダムファイターとはいえ、そこまでの発言力は持たない、と。
 一時期『時の人』になるだけだ。政界に食い込もうと、芸能活動で生き残ろうと、所詮はそこまで。
 全世界規模の、それも地球の現状に関する提案など一笑に付されるだけだろう。
 分かっている。
 しかし、今だけでも、暗い現実は忘れたかったのだ。
「俺は勝つ! 故郷ネオアメリカのために、この地球の海のために!」
「はい!」
「そのためには、まず手始めにあのインパルスと! ここのファイターを倒す!」
「はいっ!」
「シホ! 調査はバッチリだな!?」
「はい! シン=アスカにはディアッカさんが張り付いてますし、ネオメキシコファイター、トール=ケーニヒは
 現在行方不明です! ……あれ?」

 さて、吹き矢の少年は、シンを担いで断崖絶壁まで来ていた。どさりと地面に投げ出す。
「次から次へと…良い加減にわかってくれよな…アディオス…」
 別れを告げ、シンを蹴り落とそうとする。しかし――
「やめて、トール!」
 かけられた声に、その動きが止まった。振り返ると、大切な少女が息を切らして駆けて来る。
 短い栗色の髪、トールと同じく青緑の瞳。整った顔立ちではあるが、美人というより、可愛らしい部類だ。
 布切れをかき集めて作った服は潮風と砂にまみれて色あせている。
「ミリィ!?」
「お願い、やめてトール!」
「家にいなきゃダメじゃないか!」
「トールが酷いことするの、見過ごすわけにはいかないじゃない!」
「分かってくれ、ミリィ! これしか方法はないんだ! 追っ手は全員こうやって始末しなきゃ…」
「誰が追っ手だって?」
 耳元で、ささくれ立った声がする。
 トールの顔が引きつる。錆びた人形のようにぎこちなく後ろを見れば、気絶していたはずのシンは
 いつの間にか起きていて、トールの首に手刀を立てていた。
「毒でしびれていたんじゃ…」
「あんな半端な薬が効くか。キング・オブ・ハートを舐めるなよ」
 シンの声色は強い。厳しく引き締められた赤い瞳が燃えている。
 ファイトではなく、姑息な手段で勝ちを拾おうとする者に容赦は不要なのだ。
「トール=ケーニヒ。アンタにファイトを申し込む。嫌とは言わないだろうな」
 脅しとも言える言葉に、トールは震えながら答えた。
「い…嫌だ」
 シンの目が険しくなる。
「貴様、それでもガンダムファイターかッ!」
 怒声と同時に、シンは手刀を入れた。
「――ッ!」
 ミリアリアが小さな悲鳴を上げる。
 トールの意識が一瞬ブラックアウトする。しかしすぐに持ち直し、裏拳を入れる。
 シンはトールの拳を受け止めた。トールはくるりと反転、追い討ちをかける――と思いきや、
 そのまま大きくバックステップして、ミリアリアの隣にまで下がり間合いを取る。
「来い!」
 改めて身構えるシン。しかし――
「あ、あああ……」
 ミリアリアが硬直し、震えだす。瞳孔が段々と開いていく。顔から血の気が引いていくのと反比例するように、
 眼球が血走っていく。
 それに気付いたトール、はっとしてシンに背を向け、彼女の肩を掴んだ。彼女からシンの姿を隠すように。
「いけない! ミリィ、見るな、早く行け! 家で休んでいるんだ!」
 言い含めるトール。しかしミリアリアの体の震えはおさまらない。
「おい、どうしたんだその子は?」
 様子がおかしいと気付いたシンも、ファイティングポーズを解いて二人に近づこうとした。
 キッとトールが首だけで振り返る。
「どうした、だって!?」
 思わずシンはたじろぎ、足を止める。トールの気迫は、ファイターの健やかなものではない。
 何か鬼気迫るものを感じさせたのだ。そう、例えば強大な敵に怯え、一目散に逃げようとする必死さのような。
「お前のせいだろうが! せっかく治まってたのに、お前が余計なことするから!!」
 トールが尚も言い募った直後。

   ピキィィィン!

 シンの第六感が、最大級の警告を発する!
 ミリアリアの瞳孔が開き切った。血走った目がトールを見た。彼女はトールの手を振り払い――
「え…?」
 シンは呆然と、それを見ていた。

 ミリアリアが。
 トールの胸倉を掴んで。
 ナイフで腹を切り裂いた。

「――っ!!」
 鮮血が散った。トールが悲鳴にならない悲鳴を上げる。
「ど…どういうことだ…?」
 シンは混乱していた。この少女はトールの仲間ではなかったのか。
 少女は、崩れ落ちるトールを、歪んだ笑みを浮かべながら眺めている。返り血を浴びたその姿、まさしく悪鬼と言えよう。
 トールの体が、完全に地に倒れ――
「ひゃはははははっ! ついに仕留めたぞ、『マシンガンシャッター』トール=ケーニヒ!!」
 血塗れのナイフを高々と太陽に掲げ、少女は狂った高笑いを上げた。
「マシンガン…シャッター…?」
 事情が飲み込めず、間抜けにも鸚鵡返ししか出来ないシン。少女はシンを振り向くと、にやりと笑った。
 先程までの可憐な印象はどこにもない。
「アンタは誰? 何者? 十秒以内に答えなさい」
「え…お、俺は…ネオジャパンのシン=アス」
「ブブーッ! 十秒経過! よってアンタも敵と見なす!」
「な!?」
「ひーっひっひっひ! 盗撮者は全員みぃな殺しだぁぁぁ!!」
 壊れた笑い声を上げながら、飛び掛ってくる少女。
 動きは素人のそれだが、発する気迫はガンダムファイターに匹敵する。
 シンは迎え撃つことを忘れ、思わず大きく横に避けた。
 そのまま少女は走り過ぎ、断崖絶壁から落ちて行ってしまう。
「あははははははは…………」
 笑い声がどんどん遠のいていき…最後に小さな水音がした。
 残されたシンはぽかんとしていたが、やがて正気を取り戻し、絶壁から下を見てみる。
 少女の姿や血痕等は全く見当たらない。
 かぶりを振って、もう一人の重傷者に駆け寄る。
「おい、トール、生きてるか?」
「うう……」
 小さく呻くトール。シンはほっと息をついた。
「待ってろ、今医者を呼んでやる。射撃は下手だが、メスの腕は確かだ」

「ガンダムファイターが逃げ出したぁ!?」
 イザークのすっとんきょうな声がクルーザーに響く。
 ネオメキシコのファイト委員会が接触を図ってきたから、何かと対応してみれば!
「国の威信を賭けて闘うガンダムファイターが逃亡…これは国家反逆にも等しい罪です」
 この暑い中にスーツをかっちり決めたファイト委員が、見かけどおりの固い口調で言葉を続ける。
「しかし、トール=ケーニヒは得がたいファイター。我々としてはもう一度彼にチャンスを与えたいのです」
「…………」
「イザーク=ジュール。どうか彼とファイトを行っていただきたい」
「きょ…腰抜けのファイターと闘う気はないっ!」
「そこを何とか」
 頭を下げる委員。イザークは憤懣やるかたなし、といった具合に腕を組んだ。
「確かにファイトで優勝するのが俺の夢だが、ファイターにはファイターの自由というものがあるだろう!
 何が悲しゅうて気に入らん相手と闘わねばならんのだ」
「……は?」
 思わず委員は素で聞き返してしまった。
 嫌な奴とではなく、気に入った相手と闘う。ファイター独特の戦闘観である。
「そんな奴と闘うより、俺には一番の相手がいるのだ! そう、ネオジャパンのインパルスが!」
 イザークが言い切った直後、シホの通信機が鳴る。
「(ピッ)もしもし、ディアッカさん? ……だからあの服はおかしいって言ったじゃないですか…。
 ……はい、じゃあ後で始末書お願いしますね(ピッ)」
「どうした、シホ」
「ディアッカさんがシン=アスカを見失ったそうです」
「おいディアッカァ! 何が『任せとけ』だ! 俺は立派なクルーを持って幸せだぞ!」
 大げさに額に手をやり、嘆くイザーク。確かに見た目は大げさだが、彼の場合本気で嘆いているのだ。
「シン=アスカが消えた、ですと!?」
「何だ、いきなり」
「これまで我々の手の者が何人も行方不明になっています。今度もトールの仕業に違いありません」
「何だってぇ!?」
 イザークの脳裏に、最悪の予想が閃く。トールに捕まり、卑怯な手段でこの世から消されるシン=アスカ。
 銃弾で胸を撃たれたか、絶壁から蹴り落とされたか――
「いえ、ディアッカさんは警察に職務質問で捕まっただけみたいですよ」
 シホの声に、クルーザーの上の空気が凍りついた。
 反応に困っている委員。いつものように飄々としているシホ。そしてイザークは俯き、拳をふるふると震わせ――
「あの馬鹿者ぉぉぉ!!」
 イザークの叫びがネオメキシコの太陽にまで突き抜けた。

「ディアッカ=エルスマン、国籍ネオアメリカ…ガンダムファイト・ネオアメリカクルー…」
 どこかで見たようなやりとりの末、ディアッカはようやく釈放された。
 シホに一連の顛末を連絡した直後、誰かさんの叫び声が聞こえたような気がしたが、今は意識の外に置く。
(この、背筋に来るぴりぴりとした気配!)
 市場を歩きつつ、ディアッカは真剣に気配の正体を思い浮かべていた。
 ディアッカ=エルスマン。彼は様々な顔を持つ。
 盗撮者としての彼の勘が、最大級の危険を知らせているのだ。
 それは、彼にとっては宿敵であり、最高の獲物でもある『彼女』がいることを示している。
「ハルパーミリィ…奴だ」
 小さな呟きを聞いた。
 振り向くと、あの調子の良い皿売りが、営業スマイルで皿を突き出している。
「どうだい、いらないか?」
 ディアッカもまた、安っぽい笑みを浮かべた。
「生憎ディナーは骨付き肉へのかぶりつきと決めててね」
「それはまたワイルドなことで」
「食うものがないよりマシだろ」
 二人の青年が、にっ、と笑う。
「ちょっと来てもらいましょうか」
「おいおい、俺はついさっき警察から釈放されたばかりなんだぜ?」
「なーにすぐに済みますよ」
 皿売りの青年が店を立って歩き出す。ディアッカもそれに続く。
 青年が裏路地に入る。追って裏路地に入ったディアッカは、慌てて足を止めた。
「久しぶりだな。『怒れる女神像を掲げる男』」
 そこには、黒・黄・赤の覆面をした男がいた。
「随分とご無沙汰じゃんか。『七眼レフ』の」
 にやりと笑って、言ってやる。
 互いに互いの本名は知らない。だが二つ名のみで用件は充分だ。
「それで、奴はどこにいるんだ、『七眼レフ』?」
「『マシンガンシャッター』トール=ケーニヒのクルーになっている」
「何!?」
「何故盗撮界のホープと『ハルパー』が今まで衝突せずにいられたのかは知らん。
 だが、先程から続くこの殺気は…」
「奴が目覚めたって事か…」
 『七眼レフ』が頷く。ディアッカ――『怒れる女神像を掲げる男』は、少しだけ顔をしかめ、言った。
「こいつはネオアメリカファイターの仕事じゃない。手を借りていいか?」
「無論。私もそのためにお前と接触したのだ」
「考えることは同じってか」
「奴と渡り合える人間など、そうはいない。……まずは『マシンガンシャッター』と接触しろ。私は奴を追う」
「オーケー」
 ふ、と気配が消える。
 裏路地にいた二つの人影は消えていた。


*1 (( ;゜Д゜
*2 (( ;゜Д゜