機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第七話(後)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:17:29

 『取らせてもらった?』
 「アンタの負け?」
 完全な状況を知らされていないイザークとシホは、そろって首を傾げた。
 ちょうどマックスターの肩のあたりにいたファイト委員が慌ててよろめいた。

「やったのか…ディアッカ」
 二人の最も近くにいて、二人の気迫を浴び続けていたシンは、溜息まじりにそれだけを呟いた。
 まったく、動機は下らないのに、やっていることはガンダムファイト以上に殺気立った闘いだ。

 ナイフが地に落ち、澄んだ音を立てた。
 屈辱にか、ハルパーミリィが震え出す。己の象徴たるナイフを取り落とし、震える手で顔を覆う。
「さあ、もう分かっただろ。アンタは負けたんだ。大人しく引っ込みな」
 ディアッカの声に、頷くことはしない。ふるふると首を横に振り――段々と大きくなっていく。
 どす黒い感情が行き場をなくして蠢き、右手の熱がさらに勢いを増した。
 ほだされるように、少女の思考が一つのループを形作る。

 認めたくない。
 認めたくない。認めてたまるか。こんなことがあっていいわけがない。
 何故こんな犯罪がまかり通る。どうして写真家の誇りと女の恥じらいを踏みにじる奴らが大手を振る。
 認めたくない!
 
 ハルパーミリィは顔を上げ、わけの分からない言葉を天に叫んだ。叫び続けた。
 それでも右手の熱は消えなかった。いよいよ燃え盛る熱は、右手の甲へと延び広がっていく。
 ディアッカが哀れみを顔に浮かべる。
「Go home, ミリアリア。アンタの帰りを待ってる奴がいるんだ」
 その言葉を聞いたハルパーミリィは、ディアッカの方へと突進した。
 ディアッカは何も行動を起こさない。既に彼女はナイフを捨てているのだ。
 それに、相手の目も見れない『ハルパー』など、脅威に値しない。
 ディアッカの思った通り、彼女はディアッカの脇を駆け抜け、コアスプレンダーのシンも無視して、ただひたすら走り去っていった。
 
 後に残ったのは、バツの悪い顔をして頭をかくディアッカ、未だ地に伏したままの『七眼レフ』、そして――

「見つけた」
 
コアスプレンダーで呟くシン。呆然とした表情から、徐々に口の端がつり上がっていく。
どこかやる気のなさそうだった、げんなりとした赤い瞳に、生気が、怒りと憎しみが蘇っていく。

「見つけたぞ」

 見紛うことなどあろうか、あの忌まわしい輝きを。すれ違いの際、シンにははっきりと見えた。
 ミリアリアの右手に浮かんだのは、小さな小さな銀の鱗。
 それ即ち、捜し求めてきた仇の痕跡。

「見つけたぞ、キラァァァ!!」

 心底からの憎悪と歓喜に打ち震える少年。彼の右手に輝くは、覇王の紋章キング・オブ・ハート。
 あふれ出す感情のままにアクセルを踏み、シンはディアッカもイザークもトールも忘れてコアスプレンダーで飛び立った。

 ミリアリアは走った。ただひたすら走った。
 行くあてなどない。ただ、自分が敗北したという現実から逃げたかった。
 知らず知らずのうちに足が海に向いていた理由は、正確なところはわからない。
 自分の原点である海に戻りたかったのかもしれない。それとも、先程から勢いを増している右手の熱に導かれてきたのかもしれない。

 通行人はみな道を開けた。返り血を浴びた、鬼気迫る彼女を避けたのだ。おかげでミリアリアは障害もなく断崖絶壁にたどり着いた。
 躊躇なく、ミリアリアは飛び降りた。いかに汚れていようと、海ならばこの火照りを受け止め消し去ってくれるような気がした。
 飛び降りて――落ちて、落ちて、落ちて――水面に叩きつけられ、あっさりと意識は闇に落ちた。昼のときと同じように。
 そして同じように、海に眠っていた鉄の巨人が手を差し出し、自らの胸へとミリアリアを迎え入れた。

 サボテンを模した頭部に特徴的な三叉矛。名をテキーラガンダムという。

 トールの容態を見ていたルナマリアは、盛大なブザーの音に跳び上がった。
 ガンダムのスタートキーの音だ。不正に動作していることを持ち主に伝えている。
 はっと自分が持つスタートキーを見るが、全く反応していない。とすれば、このブザーは……
「トール! 悪いけど起きて!」
「ん…なんだ…」
 跳ね髪を揺らしつつ、ルナマリアはトールの頬を叩いた。幸い、小さく呻きながらもすぐに目を覚ましてくれた。
 患者を無理矢理起こすのは気が引けたが、異常事態だ。ネオメキシコのガンダムが奪われれば、トールの責任になってしまう。

 説明せずともトールはすぐにブザーに気付いたようで、また体を起こそうとした。だが、やはり起き上がれない。
「つっ…」
「無理しないの!」
「だからって暢気に寝てられないよ…」
「あたしがいるんだから、使いなさいよ! 患者は体に鞭打つもんじゃないわ!」
「……悪い。それじゃ、俺の上着取ってくれ。内ポケットにキーがある」
 ルナマリアは言うとおりにした。ハンガーにかけていたトールの上着を取り上げ、
 内ポケットから少しごつごつしたスタートキーを取り出し、彼に渡す。

 ガンダムのスタートキーは、車の鍵のようなシンプルなものではない。防犯はもちろん、簡単なプログラムも組める、最新技術の結晶である。
 キーと言うより、コントローラーと言った方が近いくらいだ。
「これね!?」
「ああ、サンキュ!」
 トールは両手を上げて受け取ると、慣れた手つきでキーを操作した。小型ディスプレイを起こし、素早く各ボタンを押していく。
 一秒間60回の指は伊達ではないらしい、とルナマリアはぼんやり思った。
 ガンダムの簡単な遠隔操作なら、キーを通じてもできる。ルナマリアはそれをやっているのかと思っている。
 だが、トールが実際にやっていたのは、全く違うことだ。
 ポン、とコミカルな音がして、ディスプレイの表示が切り替わる。先程までの無機質な画面から、少女の映像へ。
 画面の向こうで、モビルトレースシステムが起動する。ファイティングスーツが少女の頭からすっぽりと被さっていく。
 音声はないが、締め付けに苦しみ喘いでいる様子は見て取れた。
(やっぱり、ミリィ、君か…)
 予想通り、と心の中で頷いて、トールはさらにボタンを押した。表情は真剣そのものだ。

 一方隣に立つルナマリアにも、シンから通信がかかってくる。
『ルナマリア! ガンダムを出す!』
「は? ガンダム? ……ああ、イザークと闘うのね」
『違う! あいつはどうでもいい!』
「それじゃ誰と…」
『ミリアリアとだ! あの子はキャリアだった!』
 瞬間、事態はルナマリアの脳の許容量を超えた。

 キャリア。細菌保持者。いや違う、シンがその言葉を使うのは……

「何ですってぇ!?!?」
 ルナマリアの反応はワンテンポ遅れた。すっかり油断していたのだ。まさかこのややこしい状況で『当たり』を引くとは!
 トールもトールで、キーを操作する手を止めていた。ぎょっと目を剥いている。シンの声を聞いたからではない。
 ディスプレイに映る画像が信じられなかったからだ。
「ち、ちょっと待ってシン、それじゃあたしもそっちに」
『待てん!』

 一声吼えて、通信を切るシン。回線がなければ小言も聞こえない。
「ガンダァァァァム!!」
 コアスプレンダーの中で、シンが指を弾いた。
 主の声に応え、三機の飛行物体が空中で高速変形合体! 大きく波を立て、インパルスガンダムが浅瀬に着水する。
 上がってくるであろうミリアリアを待ちうけ、シンは構えを取った。
 が、ミリアリアが出てくる前に、背後から波の音が迫ってくる。
『ジャストァモォーメンッ! インパルス! どうでもいいとは言ってくれるなぁ!』
 マックスターだ。シールドをサーフボードのようにして、波に乗ってやってくる。
 ディアッカが通信周波数をマックスターに合わせてから全くいじっていないため、通信がイザークにも丸聞こえだったのだ。
 ちなみにネオメキシコのファイト委員はさっさと放り出し、足止めをシホに任せている。
 背中から近づいてくるイザークの怒声に、シンはちらりと振り返り、画面ごと通信をつなげて――

「邪魔するな、イザークッ!!」

 邪魔するなとは何だ、そんな言葉で納得できるか、こちとらお前を探して派手な陽動までやったんだ、
 声もかれるしシホには突っ込まれっぱなしだし、何のためにここに来たんだかわかりゃしない……
 言いたいことは山ほどあったし、反論のタネもあった。なのに、言えない。

 イザークは気圧されていた。彼自身は決して認めないだろうが、シン=アスカの瞳に負けたのだ。
 赤く暗い瞳。どす黒い感情を隠そうともせずに宿し、燃やしている瞳。
「これはアンタには関係ない。さっさとディアッカを回収して次の国に行け!!」
 だが、イザークも社会の最下層からよじ登った男である。萎える心を奮い立たせ、叫ぶ。
「関係ないとは何だ、インパルス! 分かるように説明しろ!」
「……ガンダムファイトは一対一が原則だ」
「ガンダムファイト? まさか貴様、本当にあのクルーがガンダムに乗ってやってくるとでも思ってるのか!?」
「ああ、そうだ! 奴は必ず――!」
 シンの言葉を遮るように、海面が爆発する。
 二人はそちらを見た。サボテンをかたどり、三叉矛を構えたガンダムが、飛沫の中から姿を現してくる。
 ネオメキシコ代表、テキーラガンダムだ。
 さらに三叉矛はテキーラの手の中でうねりながら姿を変えていく。
 柄は短くなり、刃は一本に纏まり、あっという間に短剣になってしまった。
 イザークが呻いた。ギミックではなく、生物的な動きの変形は、ある種のグロテスクさがあった。
 これをネオメキシコのファイト委員が見ていなかったのは、ネオジャパンの人間にとっては幸いだったろう。

 ミリアリアは夢を見ていた。
 雄大な地球の大自然。老人の節くれ立った皺だらけの手から、魔法のように取り出されていく美しい写真の数々。
 目を輝かせる少年と少女。遠い世界に思いを馳せ、いつか自分達もと笑顔で誓った。

 ――なんでこうなっちゃったんだろう。

 期待を膨らませて降りてきた自分達に突きつけられた、黒い海という現実。
 闘い続けなければならない宿命。
 委員会からの追っ手。何も知らず、考えず、ファイトを迫ってくる他国のファイター。
 爆弾にも等しい自分をなりふり構わず守り続けてくれたトール。

 ――敗北だの何だのと、言ってる場合じゃないのに。

 右手の熱が広がっていく。まだ足りない、まだ収まらない、と吼えるように燃え盛る。
 銀の鱗は熱と共に広がっていき、ミリアリアの右手をほぼ占領してしまっていた。
 テキーラガンダムのコクピットの壁からは、生物の触手のようにコードの束が飛び出してきて、ミリアリアの全身に絡みついていく。
 右手の熱がひときわ勢いを増した。いつの間にか右手にナイフが握られていた。
 ああ、これは夢なんだ、とミリアリアは思った。
 怒りに縛られ、目的を忘れ、殺傷という所業に手を染めた自分。まさにこの夢の通りではないか。
 子供でも分かる話だ。盗撮は確かに悪い。だが、実際にナイフで人を狩る自分と盗撮者、より罪深いのはどちらだ?
 盗撮者としてのトールと、逃げ続けるために追っ手を殺し続けたトール、より罪深いのはどちらだ?
 やけにおかしくなって、ミリアリアは笑った。笑いながらナイフを振り回した。狂ってる、と自分でも思った。
 目の前には白い巨人と青い巨人がいる。白い巨人が天に吼え、我が身を赤く塗り替えていく。
 何を言っているのかは聞き取れない。だってこれは夢なのだから。
 白と赤の巨人が、絶叫と共に大剣でミリアリアを貫いた。
 言葉は聞き取れない。痛みも感じない。ただミリアリアは、巨人の叫びを叫びとして感じた。

 ――何よ。怒りに駆り立てられてたら、アンタだってあたしと同じじゃない。

 滑稽だ。何もかも喜劇だ。悲劇の皮を被った、ろくでもない戯画だ。
 ミリアリアは笑った。笑って、笑って、笑い続けた。夢が途切れ闇に沈む最後の瞬間まで、ずっと。

 テキーラガンダムが爆発する。インパルスの、シンの全エネルギーを叩き込んだエクスカリバーに貫かれて。
 細かな裂傷を至る所に刻んだインパルスは、水中へと膝をついた。
 もう、シンにもインパルスにも、立ち上がるエネルギーなど残っていない。
「シン=アスカ」
「…………」
「シン=アスカ!」
「うるさい。…聞こえてる」
「だったら返事をしろ! ついでに説明もしろ、分かりやすく!」
 マックスターが肩を掴み、揺さぶってくる。だがシンにすればものを言うのも辛い。
「だったら後でルナマリアにでも聞け…」
「何ィ!?」
 イザークがまだ何事か言っているようだったが、シンにはもう聞こえなかった。
 膝をついたまま、シンは眠ってしまっていた。

 シンがキャリアーのベッドで目を覚ましたとき、事後処理はほとんど終わっていた。
 ミリアリアはあのあとすぐにイザークが見つけ、回収していた。シホとルナマリアが治療を担当したそうだが、
 実際はシホはほぼノータッチだったという。
「ウチの馬鹿が先走った結果ですから、責任を取らせてください」
 患者を前に責任も何もない、とシホはいい募ったが、ルナマリアは一歩も退かず、ついに押し切ってしまったそうだ。
 仕方ないので、シホはもう一人の重傷者、『七眼レフ』の治療をしようとした。
 だが、病院に連れ込んだ次の日には彼は消えていたという。
 また、ルナマリアはイザークからも質問攻めに遭ったらしいが、彼女はディアッカに説明バトンを回した。
 確かに本題に触れずとも、業界と『ハルパー』について説明すれば大体納得させられる。
 というか納得せざるを得ない。そして彼らに説明するべきはディアッカだ。
 シンは一部始終を聞いて、眉間にシワを寄せると共に安堵の息をついた。

 テキーラガンダムがファイト中に文字通りなくなったことでトールは死亡認定され、めでたく自由の身となった。
 ガンダムファイト国際条約補足、過失によるファイターの殺傷。ファイト中ならば加害者も無罪となる。
 そしてファイターとして死んだとなれば、ネオメキシコのファイト委員会も納得する。
 今はミリアリアと二人仲良く入院しているが、怪我が治れば穏やかな暮らしに戻れるだろう。
 ミリアリアもディアッカに完全敗北したことで元に戻っている。

 ネオアメリカチームがネオメキシコを発つ直前、ディアッカが一人でトールを見舞いに来た。
 業界関連の話をするためだ。
 病室が個室なのはありがたかった。もしミリアリアが一緒だったら、危なくて話せたものではない。
「でもなトール、アンタがあいつに勝たない限り、あいつはまたハルパー化するかもしれないぜ」
 トールはベッドに寝たまま、にやりと笑ってスタートキーを渡した。
 キーのディスプレイを覗き込んだディアッカ、ここが病院であることも忘れて大爆笑した。

 小型ディスプレイには、ミリアリアのあられもない姿が映っていた。
「いつかこうなるかもって思ってたんだ。テキーラのコクピットにカメラを付けておいて正解だったよ」
 ぺろりと舌を出すトール。
 確かにこれは、罠に気付かなかった『ハルパー』の敗北である。
 負けたようで、最後にトールは勝ったのだ。
「さすがだぜ『マシンガンシャッター』! どうするんだ、このデータ。流すか?」
「いや、やめとく。さすがにミリィに悪いよ」
「もったいないねぇ。こんなベストショット、そうそうないぜ?」
 それを聞いたトールは、曖昧な笑みを浮かべる。
「……こんなのは俺のやり方じゃないから、さ」

 彼は誰にも話していない。キーのディスプレイを通じて見た、コクピットとミリアリアの変貌を。
 話せば、また騒動になるに決まっている。やっと手に入れた平穏だ。わざわざ手放したいとは思わない。

「それで、どうだったんだ、ルナマリア」
 そこはキャリアーの中の居住区。テーブルにつき、目を輝かせ、シンがパートナーに話を促す。
 彼の期待から逃れるように、ルナマリアはコーヒーメイカーに手を伸ばした。
「……正直、参考になる手がかりじゃなかったわ」
 悪いのはルナマリアではない。だが彼女にすれば、せっかくの手がかりが空振りに近いものだった、
 と告げること自体が心苦しいのだ。
 二つのコーヒーカップに黒い液体を注ぎながら、ルナマリアは続ける。
「接触したのはミリアリア本人でも、テキーラガンダムでもないのよ。
 本当にアレと接触したのは、前回のガンダムファイトで破壊されたガンダムの残骸」
「残骸?」
「ほら、動力炉が暴走して海を汚染していたって言ってたでしょ」
「ああ…」
 そういえばそんな話もあった、とシンはぼんやり頷く。
「ミルク入れる? 砂糖とか」
「いや、いい」
 肩をすくめ、ルナマリアは角砂糖を取り上げた。自分のコーヒーに砂糖を入れ、かき混ぜる。
 時折コーヒースプーンがカップに当たり、かちかちと音をたてた。
「それで、残骸が《侵され》て…残骸は海に隠されていたテキーラガンダムに取り付いて…
 そこにミリアリアが落ちていったのよ。ミリアリアは三次感染者だったわけ」
 かき混ぜながら、コーヒーを見ながら、ルナマリアは説明する。
 つまり、シンを襲って、そのまま海に落ちたあのときに、ミリアリアは感染したということだ。
 初めて会ったときのミリアリアは、全くの健常者だった……。
「それじゃ、ミリアリアのハルパー化は何なんだ? トールを切り裂いたのは?」
 シンはルナマリアの背中に問いかける。
「関係なし。だってトールの話じゃ、彼女がハルパーに目覚めたのは四年前だもの。
 そのころはデビルフリーダムは開発途中よ」
「そ、そうか…」
 複雑な思いで息をつくシン。
 どうやら今回のことは、完全にデビルフリーダムのせい、というわけではないようだ。
 それでも事態がガンダムファイトにまで発展したのはデビルフリーダムの干渉のせいなのだが、シンにとっては物足りない。
 全ての原因がデビルフリーダムに、キラにある。そう思ってしまいたいのだ。
「そういうわけだから…」
 シンの心に気付かないまま、ルナマリアはコーヒーを二つ持ってきた。彼の前に砂糖なしのコーヒーを置くと、自分も椅子に座る。
「いつデビルフリーダムがネオメキシコに来たかなんて分からないのよ。本当に、参考にならない手がかりなの」
 締めくくって、自分で入れたコーヒーをひとすすり。
 シンは無言だ。折角入れてもらったコーヒーにも手をつけず、黒い水面をただ見つめている。
 何を思ったか、ルナマリアが突然カップをテーブルに置いた。慌てたように手を振り回し、付け足す。
「で、でも! ちゃんとあたし達は痕跡を見つけられたんだもの。ハズレばっかだったのに、とうとう見つけたんだから、少しは近づいてるわよ!」
「ン… ああ…」
 ルナマリアの挙動が何となくおかしくて、シンはぎこちなく笑った。
 充分眠ったはずなのに何故か、顔の筋肉を動かすことすら億劫と感じる。

 結局、シンはそのコーヒーに手をつけなかった。

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 月も星もない、ある夜のことだ。

 長い黒髪を振り乱し、カナードは跳躍した。
 ファイターの動きに応え、白黒の巨人が宙を舞い、瓦礫を飛び越え、距離を取る。
 しかし、普通の相手になら充分な間合いでも、この化け物に対しては意味をなさなかった。
 一体何十メートルあるのだろう。もしかすれば何百、何千かもしれない。
 前脚の鉤爪だけで、普通のガンダムの大きさを凌駕しているのだ。
 奴が数歩前進すれば、すぐに追いつかれる。
『なあ、アンタ!』
 巨大な円月刀を振るって共に闘っていた白いガンダムが、すぐ隣に着地する。息遣いが荒い。
『アンタはあとどれくらい持つ!?』
「さあな!」
 相手には気のない返事と思われただろうが、カナードには本当に余裕がなかった。
 体力的にも、ガンダムのエネルギーも。しかし正直に言ったら、たった二人の共同戦線はあっけなく崩れてしまうと思った。
 もはや二人とも、気力だけで闘っているのだ。
「どこまでやれるかは分からん、だが!」
『ま、どっちにしろ逃がすつもりはないだろうね、あいつ!』
 白いガンダムが化け物を見やる。
 全く、世界の美意識に喧嘩を売るようなフォルムだ。甲虫の下半身にガンダムの上半身を蛇腹でくっつける?
 どこの馬鹿だ、こんなデザインにしたのは。そのくせ全体を見れば調和が取れているのが逆に癇に障る。
「逃がすつもり!? 俺は逃げるつもりなどないぞ!」
『おお、勇ましいね!』
「貴様も気合を入れろ! わざわざファイトを中断して共同戦線を取ったんだ、勝てないことなど、ない!」
 敗北の、死の予感を振り払うように、カナードは断言した。
 隣で白いガンダムが笑う。画像つきで通信が送られてきた。
 ディスプレイの向こうで、オレンジ色の髪をした狐目の青年が笑っていた。
「にわかコンビでも、パートナーがアンタでよかったよ! 名前聞かせてくれ!」
 カナードもまた笑みを浮かべる。安っぽい感傷とは思わなかった。
「まずは聞く側から名乗るのが礼儀、とは言うまい! ネオドイツ代表、カナード=パルスだ!」
「しっかり言ってるじゃんかよ! 俺はネオトルコ代表、ハイネ=ヴェステンフルス!」
 二人は迫り来る化け物を前に名乗り合った。にやりと笑い、通信を切った。
 もはや言うことはない。
 化け物が鉤爪を振り上げる。二人は別々に跳躍し、最後の力で得物を引き抜き、攻撃をかけた。
 ハイネの円月刀が化け物の顔に振り下ろされる。カナードの刃が蛇腹を切り裂こうとする。
 戦友――まさしく戦友であった。突如出現した化け物に、果敢に立ち向かった二人の戦士。
 おそらく生還することはないだろう。互いの行為を知るのは互いのみとなる。
 下らない感傷であろうが、死に際した二人には、それこそが救いとなった。
 彼らが際しているのは、孤独ではない死だ。

 二人の得物は、固い金属音を響かせ、傷の一つも付けられずに終わる。化け物が身を震わせ、二人を弾き飛ばした。
 地に叩きつけられたカナードは、残った体力を振り絞り、もう一度起き上がった。
 ちょうど化け物の鉤爪が、岩に叩きつけられたハイネのガンダムを襲っているのが見えた。
 鉤爪が、ハイネのガンダムの首をくわえるように岩に食い込む。
 そのまま動かなくなる。ハイネも、化け物も。
 ハイネへ通信回線を開こうとは思わなかった。開いてどうする。今更何を確認しようと言うのだ。
 カナードはゆっくりと刃を構えた。次が最後になると悟っていた。
 やはりコクピットを狙うしかない。だが、何度も何度も試して分かってしまっている。
 この化け物の装甲を抜くことは出来ない、と。
 しかし、分かっているからと言って、ならばどうすればよいと言うのだ?
 逃げられないのを承知で、ひたすら逃げようと試みるか?
 カナードは戦士だった。そしておそらく、ハイネもまた戦士だった。勝てない、逃げられない、
 負けの決まっている理不尽な戦いでも、彼らは最後まで闘うことを選んだ。
 大きく息を吸い込み、カナードは跳んだ。
 化け物は何故か動きを止めている。コクピットは狙いやすい。
 カナードは回転をつけ、思い切りコクピットを切り裂こうとした。
 固い金属音。
 ブレードはコクピットの上部で、何を切り裂くこともなく止まった。
 やはり駄目なのか。押さえ込んでいた絶望が、カナードの胸に広がっていく。
 そのとき――

『撃ちたく…ない…』

 幻聴かと思った。明らかにハイネの声ではないし、回線を通じたクリアな声でもなかった。
 しかし、考えてみればもう一人いるのだ。話せる――かもしれない――相手が。
 今までいくら回線をつなごうとしてもつながらなかったが、接触回線で相手の声を偶然拾えたのかもしれない。
 そこまで考えて、カナードは怒りが湧き起こってくるのを感じた。
「撃ちたくない…だと…!?」
 カナードは低く呻いた。
 そんな化け物に乗って、ここまで戦っておいて、何を言う。
『撃ちたくない…撃たせないで…』
「ふざけるな、貴様ァッ!!」
 カナードはブレードに力をこめ、反動で一旦飛び退ると、もう一度コクピットを狙って跳んだ。
 怒りが、もう一撃加えるだけの力を体の底から引き出していた。

 まだ化け物は動かない。今更偽善ぶって涙でも流しているのか。馬鹿にしている、とカナードは思った。
「貴様がここまで荒らしておいて!!」
 怒号と同時に、ブレードをコクピットに打ち当てる。斬撃ではなく、自分の叫びを相手にぶつけるための攻撃だった。
 カナードの声が届いたか、接触回線の声色が変わる。呻き声ではなく、明らかに他人に呼びかけるものになった。
『お願いです、もう闘いをやめてください! あの人を連れて逃げてください!』
「今更何を!」
『早く逃げて! 無駄死になんてしたくないでしょう!?』
 カナードの目が一層険しくなる。ぶち切れた、と言ってもいい。
「この傲慢野郎が!! そんなに自分の力が誇らしいか!!」
『違います! 僕は…ただ僕は…』
 徐々に接触回線の声が弱々しくなっていく。連動するように、化け物が小刻みに動いていく。
 カナードはそれに気付かなかった。先程の声が、カナードの理性を完全に奪い去っていた。雄叫びを上げる。
「消えろ! 消えろ!! 消えろ!!! 消えろぉっ!!!」
 逆上し、何度となくブレードを打ち付ける。しかし全ては装甲に弾かれ、金属音を虚しく立てるだけだ。
 虚しい乱舞も長くは続かない。本当に限界が来た。刃を振り上げようとしても、もう腕が動かない。
 ガンダムのエネルギーも底をつき、スラスターの光が消えていく。
 無力感が、怒れるカナードを冷静に引き戻した。
 終わりとは、考えているよりもあっさりと来るものだ。自由落下しながら、カナードは思った。
 背中から地表に叩きつけられる。胸の空気を強制的に吐き出させられ、後頭部を強打し、それでもカナードには意識があった。
 意識だけがあった。腕も足も動かない。体が鉛か何かのように重い。
 最後の抵抗とばかりに夜空を睨みつける。月も星もない闇の夜空。そこに、さらなる巨大な影が落ちてくる。
 奴の鉤爪だ。

『……僕は……』

 回線はつながっていない。なのに、カナードはその声を聞いた。 

 弱々しく、涙の交じった、少年の声。

『僕は、殺したくなんかないのに…!』

 地面が揺れた。
 雲が流れる。紅い月が顔を出し、またすぐに隠れて消えた。

次回予告!
ドモン「みんな、待たせたなっ!
    ネオカナダのファイター・サトーとの戦いで、シンはルナマリアを人質に取られてしまう!
    彼女を救い出すためロッキー山脈へ向かうシン!
    しかし、その前にフォー・ソキウスのボルトガンダムが立ちはだかるのだ!
    次回! 機動武闘伝ガンダムSEED DESTINY!
    『仇は討つ! 復讐の宇宙刑事』にぃ!
    レディィ… ゴォォォ――――ッ!」

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撮影後

カナード「うおおおおおおおお!(ガリガリボリボリ)」
ヴィーノ「どうしたの、あいつ。さっきから全身掻きまくってるけど」
ヨウラン「今回のアテレコが自分でやっててむず痒いんだとさ」
ヴィーノ「あ~、散々監督にダメ出しされてたアレか」
カナード「何故、何故俺があんな軟弱な声を…! キラ=ヤマトはどうした!!」
アビー「まあまあ。はい、今回の報酬です」
カナード「く…確かに受け取った…が…次からは更なる上乗せを要求する」
アビー「監督には伝えておきますよ」
シン「報酬って、全国ケーキ引換券千枚かよ!? 普通にキャッシュで渡した方がいいんじゃないか?」
ルナ「……じゅる」
ハイネ「下手に食うと太るぜ、ルナ」
ルナ「うっさいわね!」
レイ「ところで監督、何故キラを使わなかったのですか?」
タリア「キラは現在身柄をオーブに移しているの」
レイ「それが何か?」
タリア「ちょっとオーブ国内で面倒が起きてるらしいのよ」
レイ「はあ」
シン「またかよ…あの馬鹿元首…」
タリア「もめごとはこちらに影響しない程度にやってもらわないとねぇ…。スケジュールが変わっちゃって困るわ」

メイリン「もはや艦長のセリフじゃねぇ――!!」
ラクス「あらあら、また電波を受信したのですかメイリンさん」
メイリン「もっと艦長らしからぬ人がここにいるけどっ!! つか復活してるし!」
ラクス「当ッ然! ですわ! あの程度でこのラクス=クラインを追い詰めたなどとは片腹痛い戯言!」
メイリン「追い詰めたんじゃなくてあれはラクス様の自爆…」
ラクス「それではわたくしの復活記念に、我々はオーブに向かいますわよ!
     誰が真の主であるかをあの愚か者キラ=ヤマトに教えて差し上げるのです!」
一同「はっ! ラクス様のために!」
メイリン「…って、なんで私までそんなセリフ言っちゃってるのぉ!?」
アスラン「待て、ラクス! キラは敵じゃない!」
ラクス「その通りですわ、アスラン。キラは敵ではありません」
メイリン「へ?」
ラクス「キラをたぶらかした者こそが我々の敵! 我々はキラを取り戻しに行くのです。あなたの親友を取り戻しに」
アスラン「ならやるしかないじゃないかぁぁぁ!!」
メイリン「うわ一瞬で誤魔化されやがったっ!」
ラクス「というわけでエターナル発進ですわ~!」

マリュー「あの強いリーダーシップは、ある意味艦長らしいわよねぇ…(ぼそぼそ)」
ムウ「どうしたの、我らが大天使の艦長さん」
マリュー「なんでもないわ。アークエンジェル発進!」

イザーク「さて、我々も戻るぞ!」
ディアッカ「ちょっと待った。トールはどこ行った? 帰る前にもう少し情報交換したいんだけど」
シホ「あれ? さっきまでそこに…」
アーサー「トールなら一足先に帰ったよ。身の危険を感じたそうだ」
ドモン「おい、衛生兵はいるか? シュバルツがあのシーンを撮ってから動かないんだが」
アーサー「え…? いや、まさか」
シュバルツ「甘いぞドモン!」
ドモン「シュバルツ!?」
シュバルツ「ゲルマン忍術に不可能はなし! あれが変わり身だということにまだ気付かんか!」

身代わりにされたマリク「ヒドイ…イクラソンザイカンガナイカラッテ…ガクッ」

タリア「それではタンホイザー起動、照準盗撮集団。この機に一網打尽にします」
アビー「ひょっとしてこれが真の目的ですか、監督。ドモンさん含め関係ない人たちも巻き込みますけど」
タリア「アビー、巨悪を滅ぼすのに多少の犠牲は仕方ないのよ」

その頃のマザー・バンガード

トール「た…ただいま…」
ニコル「だ、大丈夫ですか、トール…って酷い怪我じゃないですか!」
トール「ハッチ閉めてくれ、早く、あいつが来る前に…」
ミゲル「いくらなんでも宇宙には来れないだろ。彼女、MS操縦も出来ないんだろ?」
ミリアリア「あら、油断大敵って言葉を知らないの?」
一同「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」

アズラエル「いやいや、大した騒ぎですねぇ。賑やかでいいことです」
ナタル「ああ、どいつもこいつも! 少しは女性の痛みを真面目に考えてください!」