機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第三話(前)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:14:14

「さて…準備はいいか? 良ければお前達に、このガンダムファイトを説明させてもらうぞ。
 そもそもは六十年前に遡る。大戦争で汚れきった地球を後に宇宙に上がった人々が、コロニー国家間の全面戦争を避けるため、
 四年に一度、各国の代表を『ガンダム』と名付けられたロボットに乗せて、『ファイト』と称し!
 戦って! 戦って! 戦い合わせ!
 最後に残ったガンダムの国がコロニー国家連合の主導権を手にすることが出来る…
 ……何ともスポーツマンシップに溢れた戦争だよ。
 これで人類が滅びに直面するような危機は避けられた。だが残された問題が一つ。
 ファイトの舞台は地球。そう、俺達が住む汚れきった地球だ…
 以上がガンダムファイトの骨子だ。
 だが今回の大会は、どうも普段とは様子が違うらしい…」
「そこのお前! この写真の男に見覚えはないか!?」
赤い鉢巻と赤いマントに身を包んだシンが、いきなり写真を突きつけてくる。
半ばから破られた写真。褐色の髪の少年が、誰かと肩を組み、じゃれあうように笑っている。相手が誰なのかは、破られていて分からない。
ドモンはそれを受け取り、少し考え込む仕草をしたが、すぐさま皮肉めいた笑みを浮かべる。
「この写真がどんなファイトの嵐を巻き起こすことになるのか? …それを知っているのは底意地の悪い神様くらいのものだろう。
 今日のカードはネオチャイナのドラゴンガンダムだが、誰が乗り込むのかは…内緒だ」

ドモンがマントをばさりと脱ぐ。
下から出てきたのはピチピチの全身黒タイツ、即ちファイティングスーツだ!

「それではッ!
 ガンダムファイトォォ! レディィ…ゴォォォ――――ッ!!」

第三話「倒せ! 魔女ドラゴンガンダム」

――よいか、フレイ=アルスター。そちはこれよりドラゴンガンダムと共に地球へ降り、
この宇宙の真の覇王たるはいずこの国か、
その問いに、ネオチャイナの名を持って答えられるよう、しかと心得、必ずや勝利せよ…
よいな… ゆけっ!

「はっ! 必ずや!」
凛とした女の声が、総師の間に響き渡り――

ネオチャイナの人々は逞しい。

彼らは人類が宇宙に進出し、コロニーと地上の力関係が確立した現在でも、変わらない暮らしぶりをしている。
体制がいくら変わろうと生活を作るのは自分達という自負があるからである。

……とルナマリアは聞いていたが、実際にこの目で見ると、何の冗談かと思ってしまう。
藁葺きの家、洋服ではなく民族衣装に独特の髪型。変わらない暮らしぶりなのではなく、
時代が止まっているだけなのではないか、と思えた。
このあたり、良識あるコロニー育ちとはいえ偏見があることの証明であろう。均一化された文化を当然と思えば、
こういった地球の人々の暮らしを奇異にも見てしまう。ためにネオロシアでは寒い目に遭うのだが、まあ今は語るまい。
地上のことは伝聞の知識としてしか知らないルナマリア。もっともらしいことを言っても、地球に降りるのは今回が初めてなのだ。
だから周りを物珍しそうにじろじろ見てしまう。
しかしふと気付けば、村人たちも自分達を見ているのだ。怯えた顔つきで。
(失礼しちゃうわね、何もしないってば)
自分達の格好が、ここでは異端なのだという発想は出てこない。更には……

「おい、この男を知らないか? ……あ、こら、逃げるな! 逃げるってことは何か知っているんだな!? おい待」
「何やってんのよ馬鹿シン!」
村人を追いかけるシンの鉢巻のしっぽを引っ張る。
そう、パートナーがトラブルメーカーであることもすっかり意識の外であったのだ。
ルナマリアはそのまましっぽを掴み、ずるずると引きずっていく。
「く、首、首がっ… な、何するんだよルナ!」
「そんなんだからアンタはいつもいつもトラブル起こすのよ! 少しは聞かれる人のことも考えなさい!」
と、微笑ましいやりとりをしていると――

「と、盗賊だぁーっ!」
「黒竜団が出た! 逃げろーっ!!」
半鐘の音と共に悲鳴交じりの避難勧告。遠くで爆炎。
怯えていた村人達の行動は早かった。手に手をとって逃げ出していく。
家々からも、まとめた荷物を背負って、子供の手を引き逃げる親の姿が見られる。
「盗賊ですって…? こんなご時世に!」
ルナマリアは呻く。
まるっきりコロニー育ちの見方である。こんなご時世だからこそ盗賊がいるのだ。
コロニー社会に置き換えて言うなら、盗賊団は犯罪結社のようなものである。
村の近くに立て篭もり、直接的に被害を出すのでそう呼ばれるだけだ。
しかし、意識がどうであろうと、こんな状況でやるべきことを見失う少女ではない。
布で顔を隠し、蛮刀を構えた男がばらばらと出てくる。奇声を上げながら、逃げる村人に襲い掛かる。
「シン!」
「言われずとも!」
ルナマリアが声をかける前に、シンは飛び出していた。瞬く間に盗賊達を叩き伏せていく。
「さ、こっち!」
ルナマリアは逃げる途中に転んだ女の子を素早く抱え上げ、村人の波に乗せる。少し戸惑ったようだが、女の子は無事に走っていった。
ほっと息をつくルナマリアの背後、頭上から蛮刀が襲い掛かる。
「女だからって…甘いわよっ!」
振り向きざまに肘鉄一撃、盗賊の腹に命中。相手がひるんだところを、完全に振り返ったルナマリア、思いっきり股座を蹴り上げた。
声にならない悲鳴を上げ、盗賊が前かがみになり、刀を取り落とす。それを空中でキャッチし、峰で盗賊の頭をぶち叩いた。
完全にKO。白目をむいて盗賊は倒れ伏す。
「これでもアカデミー卒よ? アマチュアに遅れを取ってたまるもんですか」
「いや、お前がえげつないだけだろ…」
振り返る。シンが近くに来ていた。向こうには彼がKOした盗賊達がばたばたと倒れている。皆例外なく、どこかしらの体が妙な方向に曲がっている。
ルナマリアは腰に手を当て、嘆息した。
「アンタの方がえげつないわよ。少しは手加減したら?」
「手加減はしたよ。でなきゃ全員殺してる」
低く言い切るシン。その表情は怒り。
少し怯みながら、それでもルナマリアは問いかける。
「生きるために盗むのは仕方ないんじゃなかったの?」
「盗みは許すさ。でもな…!」
二人の会話を引き裂くように、爆音が轟いた。
何事かと振り返る二人の目に飛び込んできたのは、一体の鉄の巨人。
「ガンダムだと!?」
シンが叫ぶ。

ガンダムは竜を模した両手を村に向けた。火炎が吐き出される。藁葺きの家はあっさりと火に包まれ、灰になっていく。
(盗賊がガンダムを使っているってのか!)
その意識は、シンにさらなる怒りを起こさせた。
「ルナマリア!」
「分かってる!」
『あいや待たれよ!』
ユニゾンの声を響かせ、飛び出してきたのは、袈裟を着た二人の少年僧。
「おい、危ないから下がってろ!」
『いいえ下がりませぬ! お手前、名うてのガンダムファイターとお見受けいたした。その上でお願いしたきことがござる!』
シンは…いや、ルナマリアも大口を開けてしまった。
話の内容ではない。長台詞ながら一糸乱れぬそのユニゾンに、毒気を抜かれてしまったのだ。敬服した、もしくは呆れたとも言う。
『どうか我らの話を聞いてくだされ!』
二人揃って土下座。
シンとルナマリアは、顔を見合わせてしまった。

「はい、これでいいわ。今日一日はなるべく動かさないでね」
「ありがとうございます」
村から少し離れた荒地で、一同はひとまず腰を落ち着けた。
先程は怯えていた村人達も、ルナマリアが医療免許を持っていると知れば、大分打ち解けてきてくれた。
火傷や怪我をした村人が、ルナマリアの前に列を作っている。
(薬、足りるかしら…)
村人が持ち出せた薬は少ない。ルナマリアも、大量に持ち運んでいるわけではない。
(どこか近くの町に言って補充しないとね…)
「次の方、どうぞ!」
心配事は胸の内。優しい笑顔を浮かべ、ルナマリアは治療を続ける。

そこから数歩離れた岩陰で、シンは先程の少年達の話を聞いている。
二人の少年達は、サイ=アーガイル、カズィ=バスカークと名乗った。
眼鏡をかけた穏やかそうな方がサイ。どことなく霞んでいきそうな雰囲気を持つ方がカズィ。
『なにとぞ!』
がば、と二人は土下座する。
「なにとぞ我が国の、ネオチャイナのガンダムファイターを!」
「抹殺しては下さらぬか…」
「何だって!?」
シンは驚く。国家の威信であるガンダムファイターを殺せとは、どういうことだ。
「不思議に思うも無理はなし…」
「しかし我ら二人、考えに考えた末の結論でして…」
「待て、そもそもお前ら何者なんだ!?」
『これは失礼!』
体を起こす二人。サイが眼鏡の奥の目を光らせる。
「我ら、地球の少林寺に残る者」
「少林寺!?」
「は、そもそも少林寺とは…」
「いや、それは知ってる」
セリフを遮られたカズィが不満げな顔をしたが、シンは取り合わない。

「かつて地上最強といわれた拳の寺。だが六十年前に、僧のほとんどがコロニーの竹林寺に移り、今ではその寺の名を守るだけの場所…」
「これは博識でござりますな」
「……教わったからな」
シンの脳裏に、青い髪の少年の顔がよぎる。
「その通り、我ら少林寺、今では名前ばかりの張子の虎…」
目を閉じ、キッと歯を噛み締め、サイが悔しげに呻く。
カズィも視線を地に落とし、暗い声で続ける。
「そこで我らが大僧正は、ガンダムファイトで優勝すれば寺の再興も夢ではないと、幼い一人娘フレイ=アルスターを
 コロニーの竹林寺へ登らせ、修行をさせ、めでたくドラゴンガンダムを授かり、地上へと戻ってくることになりました。ですが…」
『事はご覧の通り…』
二人揃って溜息をつく。
一通り治療を終えたルナマリアがやってきて、シンの隣に座った。
「それって、コロニーの生活に慣れちゃった女の子が、地上の生活に反発してるんじゃないの?」
「余計な口を出すな、ルナマリア!!」
「っ!?」
赤い瞳に暗い炎を宿し、シンが一喝する。今回はたまらず、ルナマリアは黙り込んだ。
「……そうかも、しれませぬ。かの娘の性なれば」
「しかし…しかし…!」
『まさか事の重大さが分からぬほどだとは!』
二人揃って、またも溜息。
「……ガンダムファイトを腐った目的に利用しようとする奴なんて、そこら中にいるぜ?
 あんたんとこのファイターもその程度だったってことだろ」
「通常のファイターとは話が違います!!」
「なぜならば、かのフレイ=アルスターは…」
『純然たるナチュラルなのでございます!』
シンもルナマリアも、耳を疑った。

「それ本当に本当なの!? ナチュラルの女がガンダムファイターに選ばれるなんて…!」
シンの叱責を忘れ、ルナマリアが声を上げる。
「そう、驚くのも当然のことでござりましょうなぁ」
サイが遠い目をした。カズィはうんうんと頷く。
「昔とは違い、コーディネイターは今や一般的。ガンダムファイターのほとんども身体的調整を受けたコーディネイター」
「だからこそナチュラルのファイターは、ナチュラルであるだけで人気を博しまする」
「フレイ殿は我が少林寺の最後の希望! ナチュラルの、しかも女が此度のガンダムファイトで優勝したとあれば、
 コロニーの竹林寺に取られた門下生も帰ってくるはず!」
「なのにフレイ殿にはその自覚がまったくない…挙句の果てに盗賊にまで身を落とすとは…!」
二人の少年は、互いの肩をがしっとつかみ合い、
「サイ!」
「カズィ!」
『よよよよよ~~~』
滂沱の涙を流す。

「あ、あのー、二人してユニゾンされるとリアクションに困るんだけど?」
あっけにとられるルナマリア。シンも毒気を抜かれている。
「あー…それで、これ以上寺やナチュラルの恥を広めたくないから抹殺してくれって事か?」
「その通りでございます」
「ガンダムファイトで華々しく散るがせめてもの情け」
『おお、命短し恋せよ乙女』
「お前らは一体何なんだ…」
脱力と共に言葉を紡ぐシン。
ある種、ルナマリアは感動を覚えていた。火のついたシンをここまで抑えられるのは並の技ではない。
とはいえ、習得したいとも思わないが。
「えーと…どうする、シン」
「決まってるだろ。お前ら、フレイはどこにいるんだ」
『五台山を根城にしておるとか…』
「分かった。ルナマリア、村人の治療は任せたぜ」
「りょーかいっ」
答えを聞くが早いか、シンは駆け出していた。充分に一同から離れたところで、右手を高々と掲げ、
「来ぉぉいっ! コアスプレンダァァァッ!」
パチィィン!
シンの指の音と叫びに応え、小型戦闘機が飛来した!

ルナマリアは、村の跡に戻っていた。少しでも薬を探すためである。
ほとんど燃えてしまっているか持ち出された後で、収穫はそうそうあるとは思えなかったが、近くの町に行くにも遠すぎる。
明日は薬売りが来るというので、今晩の分くらいは確保できるかと思って来たのだが…
「そんなに都合よくもない、か」
包帯の代用品となる衣服の切れ端を拾えたくらいだった。
ふと、路上に転がって呻いている盗賊の下っ端を見かける。
哀れに思ったが、治療する義理はないと思った。そんな医療品の余裕もない。
「そういえばシン、何であんなに怒ってたのかしら」
ネオイタリアで襲われたときは、それでも泣き言くらい言える程度に叩いていたはずだ。しかし今回の盗賊団には容赦がない。
……容赦はしている、とはシンの弁だが。

村の跡地を隅々まで歩いていたルナマリア、一角でその答えを見つけてしまった。
人が死んでいる。何人も死んでいる。
全員逃げ切れたわけではなかったのだ。盗賊の蛮刀で斬られ、血は熱に煽られ乾いてきている。
持ち物は既に剥ぎ取られ、皆軽装だった。
腕を斬られてショック死したのだろう、女の子が目を開いたままだ。そっと目を閉じてやる。
顔をしかめる。だが頭を切り替え、一つ合掌し、その場を立ち去る。
ふと考えが浮かんだ。
「まさかシン、フレイにファイトを挑む前に殺そうとか思わないでしょうね」
あり得る話だ。洒落にならない。
彼を殺人犯にしてたまるか!
ルナマリアは急いできびすを返し、その場を走り去った。

さてシンはコアスプレンダーで一路五台山へ。
とはいえ、飛び出してきたものの五台山のどのあたりにいるのか…ひいては五台山がどこにあるのか分からない。
今更戻るのも恥ずかしかったので、シンは街道沿いに飛び、通行人に道を聞こうと思った。
だが……

路上で、それもど真ん中で寝ている人間を見つけるとは予想外である。
(ネオチャイナってこんな奴らばっかりなのかよ!?)
そう思いながら、シンはコアスプレンダーを降りた。そっと近づく。

少女だった。おそらくそう自分と歳は違わないだろう。毛布一枚に包まり、見事な赤い長髪を惜しげもなく
土まみれにしている。
それでも、美人であった。
「なあ、君」
肩を揺さぶる。
「ん…もうちょっと」
「いやもうちょっとじゃなくて、こんなところで寝ていたら風邪も引くし盗賊は近くにいるし…」
「何よぉ…そんな盗賊くらい…盗賊!?」
がば、と起き上がる少女。きょろきょろと辺りを見回すが、盗賊がいないことを確認したか、長い息をついた。
「脅かさないでよね… いないじゃないの」
と言いながら、また毛布に包まろうとする。
「ち、ちょっと待て! ここで寝るな!」
「んもう…うるさいわねぇ…寝不足はお肌の敵なのよぉ」
「っ…そんなに寝たいなら俺のスプレンダーで寝ろ!」
咄嗟に叫ぶと、少女はまたも跳ね起きた。シンを見上げる。
水色の綺麗な瞳が、シンの赤い瞳を覗き込んだ。
「いいの?」
「うっ」
たじろぐシン。弾みで言ってしまったが、そもそも自分はフレイを倒すためにここまで来ているのだ。
しかし道が分からないのは変わらない事実である。
瞑目して、少し考える。
「……道を教えてくれれば、いいよ。五台山まで行きたいんだけど」
「それじゃ決まりね!」
声は後ろから聞こえた。
驚いて振り向くと、既に少女はコアスプレンダーに乗り込み、毛布を広げている。遠慮なしに寝る気だ。
「ちょうど良かったわ、私もそっちの方に用事があるのよ。乗せてってくれない?」
悪びれもせず、少女はにっこり笑う。

とりあえず道なりに進めばつく、と教わり、シンは引き続きコアスプレンダーを道に沿って飛ばすことになった。
(エアカータイプにしてもらえばよかったかな…)
都合の良いことを思ってしまう。
「ごめんね~、お兄さん。でも助かったわ」
「気をつけてくれよ? このあたり盗賊が出るんだし、そうでなくても女の子が一人で無防備に寝てたら」
「心配してくれるんだ?」
「ン… そりゃあね。見過ごせないさ」
「あら、どうして?」
「どうして、って…」
バックミラーで後部座席の少女を見る。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、シンを見ていた。
すっかり眠ったおかげで元気になったようだが…
「だってそうだろ。誰かが傷つくのを見るの、嫌だと思わないか?」
「ふ~ん…」
小首をかしげる少女。
顔と、土まみれだった髪を濡れたタオルで拭き、髪を後ろでまとめただけだが、お世辞抜きに美少女である。
さらさらとこぼれる赤い髪に、しっとりした肌、口元の微笑、ぱっちりとした目、硝子のような水色の瞳、膨らんだ胸元……。
何か後ろめたい気がして、シンはバックミラーから目をそらした。元よりこの少女の美貌であれば、
見つめられて普通に会話できる男子はごく稀だろう。
「君は旅をしているのか?」
その場をとりつくろうように、質問を投げかける。
「ええ、そうよ。料理修行中なの」
「料理人…? 君が?」
「意外?」
くすくす、と笑い声。みんなそう言うのよね、と付け加えられる。
「みんな、私はどこかのお嬢様なんじゃないかって言うのよ」
「そりゃあ、なぁ…」
シンは言葉を濁す。彼女の図々しさ、非常識さは、箱入り娘だとでも思わなければ説明がつかない。
シンの反応をどう受け取ったか、少女は薄く笑った。猫を思わせる顔だ。
「美人なんて珍しくないでしょ? コーディネイターなら誰だってそうなんじゃない?」
「外見の調整の問題だから、美人じゃないコーディネイターだって…」
当たり前に答えようとして、ふと少女が自分自身を美人と思っていることに気付く。
美人なのは事実だが、自分で言うか。そう思うと心に小さな反発が起こった。

「……それより、旅をしているならこいつを知らないか」
事務的な話に切り替える。前を向いたまま、運転しながら例の写真を後ろに差し出した。
少女が受け取って一瞥。その目が一瞬大きく開かれ…悲しげになった。
「………………知らない」
力なく、写真が返されてくる。
嘘だ、と思った。あからさまに知っている奴の反応だ。声も若干震えている。だが、聞く気にはなれなかった。
少女が先程までとは対照的に、あまりにも悲しげだったせいかもしれないし、
その憂いの顔を美しく思ってしまったからかもしれない。
シンは写真を受け取った。何も言わなかった。
コアスプレンダーのエンジン音だけが二人の間に流れる。
「……何も聞かないのね」
ややあって、ぽつり、と少女が呟いた。
シンは出来るだけバックミラーを見ないように、前に集中するように心がけた。
「優しいんだ、お兄さん」
心臓が高鳴った。
優しい? そんなことを言われるのは、随分久しぶりである。
「知らないって、嘘よ。私、この人知ってる」
「今どこにいるか分かるか?」
「ううん」
「……それならいい」

日がだんだんと落ちていく。もう夕方だ。
少女の憂いの瞳がオレンジ色に染まる。見ないようにしていたのに、やはりバックミラーで見てしまう。
そこに少女が気付く。鏡越しに二人の視線が絡み合った。
何かに怯えるように、視線をそらすシン。
理由は自分でも分からない。キング・オブ・ハートたる己が、一体何を恐れているのだろう。
この少女を? ついに得た手がかりを? それとも……
シンは首を強く横に振る。これ以上は考えたくない。
己には目的があるのだ。ならばそれに向かい突き進むのみ。他の何を気にする必要がある?
「悪い。やっぱり、教えてくれるか?」
少女は少しだけ驚いて…悲しげに微笑んだ。
「恋人だったの。昔。一時期だけね」
聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「今はどこにいるのかも分からない。会っても…どんな顔すればいいのか分からない…」
「…………」
「お兄さんは、彼とどういう?」
「……君には関係ないことだ」
「そう」
一つ頷いただけで、少女は詮索してこない。シンにはありがたいことだった。
コアスプレンダーはエンジン音のみを響かせ、夕日の中を飛んでいく。

日が落ちるか落ちないかのところで、小さな村に着いた。
「お兄さん、お金持ってる?」
「いや、生憎盗賊にやられてね」
「奇遇ね。私も持ってないのよ」
というわけで、二人は今厨房にいる。
料理を手伝う代わりに夕食と宿。ヒッチハイカーの常套手段であるが、まさか本当にやることになろうとは。
発案者の少女は中華鍋とおたまを振るっている。シンは料理が出来ないので、皿洗いに回っている。
体を動かしていると、会話もしやすい。
「へえ、料理修行って本当なんだな。上手いもんだ」
「当然! それより、お皿早く洗って? 間に合わないわよ」
「あ、悪い」
村では祭りの真っ最中だ。囃子の音がここまで聞こえてくるが、水音と火の音でメロディが聞き取れない。
と、いきなり轟音が囃子の音を打ち消した。次いで、悲鳴と怒号、何かが燃える音――
「まさかっ!?」
「あ、ちょっと、お兄さん!?」
「君は隠れてろ!」
シンは洗っていた皿を水桶の中に落とし、外へと駆け出した。

やはり盗賊が来ている。祭りで浮かれていた村人達に躍りかかっている。
篝火の赤、散る血潮の赤、幸せな空間が一転して地獄絵図に――
「アンタらって人はぁぁ――――っ!!」
シンの中に火がついた。地を蹴り、女を攫おうとしていた手近な盗賊の脇腹に拳をぶち込む。
形容しがたい悲鳴を上げ、その盗賊は吹っ飛んだ。そのまま動かなくなる。
盗賊達の注意がこちらに向けられる。だが構わず、シンは新たな獲物に跳びかかる。
その様、さながらネオホンコン・ムービーのヒーローの如し。
「……さっすが」
勝手口から少女は体を覗かせた。その手には中華鍋を持ったままだ。
目ざとく彼女を見つけた数人の盗賊が、蛮刀を放り出してにじり寄ってくる。

小さく怯えた声を上げる少女。それが盗賊達の欲望を掻き立てた。三人同時に襲い掛かってくる。
「いやぁぁぁぁっ!!」
「はっ!?」
シンが悲鳴に振り返れば、少女が中華鍋を思いっきり振り下ろしているところだった。
ガン、ゲン、ゴン! どこかコミカルな音をたて、脳天直撃。三人の盗賊はゆっくりと仰向けに倒れた。火傷とたんこぶが出来ている。
シンはほっと一息つくが、すぐに叫ぶ。
「隠れてろって言ったじゃないか!」
「ご、ごめんなさい」
と少女が謝った直後、重低音が辺りを揺るがした。
何かと空を仰げば、そこに立つのは竜を模した鉄の巨人。
「ドラゴンガンダム…!」
少女が目を見開き、呟く。シンもまた、赤い瞳を剥いた。

「フレイ=アルスタァァァッ!! 地上人ファイターの風上にも置けん奴ッ!!」
巨人に向かって吼え、右手を高々と掲げ――
「来ぉぉいっ! ガンダァァ…」
「待ってっ!」
少女が駆け寄り、シンを止める。
「何を…」
「だって、ほら!」
少女が指した向こうでは、数人の盗賊がコアスプレンダーに乗り込んでいる。
「あ、お前らっ!」
駆け寄る間もなく、コアスプレンダーは盗賊たちに乗っ取られ、飛んでいってしまった。
同時にドラゴンガンダムも、残っていた盗賊たちも撤退していく。
残されたのは、祭りを台無しにされた村人達と、呆然とするシン。そして……
「黒竜団…」
隣に立つシンにも聞こえないほどの小声で、少女は呻いた。鍋を握る手が震えていた。

スプレンダーを奪われてしまったため、以降は徒歩になってしまった。
元々ファイターで基礎体力のあるシンは、この程度の山道などどうということはない。
少女の体力が持つか心配だったが、ちゃんとついてきてくれている。
「悪いな、出発を急かして」
「いいのいいの! 元々あてのある旅でもなし」
「しかしガンダムファイトの最中だってのに、気楽なもんだな」
「あら、お兄さんだってそうじゃない。ファイトの最中に旅行なんて」
くすくす、と笑う少女。シンは口を尖らせ、そっぽを向いた。
昨日の一件で、少女はシンがファイターであることに気付いている。なのにそんなことを言うとは、
からかっているとしか思えない。
「……っと、着いたわよ、お兄さん」
少女が足を止めた。
まだ岩だらけの荒地である。しかし遠くには、古びた壁のようなものがずっと連なっている。
「あいつら、万里の長城跡を利用して、根城にしているんですって。警備は厳重、ちょっとやそっとじゃ近づけない…」
「詳しいな」
「そりゃあ、下調べはバッチリ…ええと、旅行者にとって地理の調査は基本だもの」
ニッコリ笑って、少女は走り出す。
「おい!?」
慌てるシンを振り向きながら、少女は声を張り上げる。
「少し偵察してくるわ! スプレンダーに乗せてもらったお礼!」
「そんなものいい! 君みたいな女の子は狙われるだけだ!」
焦って岩を蹴り走るが、足場のせいで上手く走れず、追いつけない。少女は軽やかに岩場を走っていく。
「襲われちまうぞ、早く戻れ!」
その叫びにも応えない。
「あの子はっ! 自分の顔に自信があるのに、どうしてそう無防備なんだよっ!」
ぼやきながらも先を急ぐ。もう少女の姿は瓦礫で見えなくなってしまっている。
いくつかの瓦礫を越え、岩場を登ると――

「そいつよっ! 早く捕まえて!」
少女の声と同時に、鎖分銅が四方八方から飛んでくる。咄嗟のことに反応できない。
もろにシンは鎖にからまれ、ぐるぐる巻きにされてしまった。
何事かと声に目を向ければ、そこにはあの少女と盗賊が並んで立っている。
「君っ!?」
「そいつが辺りをふらふらしてたのよ。このアジトをこそこそ探って!」
「どういうつもりだッ!!」
シンの怒声に怯むこともなく、少女は艶然と笑う。
「だってご時世だもの。仕方ないでしょ?」
「あ…アンタって人はぁ――っ!!」
騙された、と了解し、シンは腹の底から怒号を上げた。しかし鎖に引っ張られ、力が分散して抵抗できない。
「連れて行け!」
少女の隣に立つ盗賊が、そう命じた。