機動武闘伝ガンダムSEED D_SEED D氏_第九話(後)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:19:03

「闘いってのは非情なものさ。強い者だけが生き残り、力及ばぬ者は泥に塗れる」
「だから常に勝ち続ける、と? 無様に地を這いつくばらぬために、寿命を削ってまでか?」
「お前、俺の親父のこと知ってるんだろ?」
「……!」
『アル=ダ=フラガのことかよ? なんでそいつが関係あるんだ?』
 シンの声がした。
 レイは思わず振り返った。いつの間にかインパルスが傍に来ている。
 街の霧が消えていること、ダミーMSが全て停止していることに、そこで初めて気がついた。
「ネオジャパンの坊主クンは知らないみたいだな」
 じゃらりと音をたて、ムウがまた一掴み、薬を貪る。

「ガンダムファイトは四年ごとに行われる。
 つまり、たとえ優勝したとしても、世界の覇権は四年間しか与えられないってことだ。
 不満を持つ奴は大勢いる。そういう奴らが裏で手を組んで、ファイトを転覆させようとしたことがあった。
 第七回ガンダムファイトは――ありゃあファイト自体が壮大な陰謀だった。
 世界の半数のファイターが地下組織の犬になって、狂言で試合を進めた。
 俺の親父も、奴らに尻尾を振ったファイターの一人だった」
「!?」
 シンが息を呑む気配がする。レイは黙ってムウの話を聞いている。
「あのクソ親父にとっちゃ、陰謀なんぞどうでもよかったんだろうがね。
 あいつはただ、世界初のナチュラルファイターって名誉が欲しかっただけだ」
 ふうっ、とムウが天を仰ぐ。
「陰謀自体は潰された。どこかの五人のファイターが、ファイト自体を捨てて地下組織を潰したらしい」
 シンの喉が鳴るのが聞こえた。ちらと振り向くが、インパルスは全くの無表情のままだ。
「陰謀は各国のトップにのみ暴露され、加担したファイターは逮捕されるか処分されるか、
 総スカンを食らった。だが親父は――ナチュラルのファイターとして世間に注目されてた。
 お前が言ったように、全世界のナチュラルに希望を与えた存在だった。
 そしてネオイングランドの高官にも、コーディネイター嫌いのナチュラルはいた。
 そいつらの横槍で、アル=ダ=フラガの罪状は消された。
 おかげで親父は――フラガ家は栄光を得て、代わりに上の奴らに弱みを握られたわけだ」

「フラガ家自体が…?」
「つまり、アルの行いを公表されたくなければ、と事あるごとに脅されるようになったのよ」
 マリューが背を向けたまま語る。
「ムウは嫌ったわ。いつもいつも恩着せがましく迫ってくる上の人たちを。そして――」

「そして何も知らずに親父を英雄視して、息子の俺にでかい期待をかけるネオイングランド国民もな」
 ムウは吐き捨てるように言った。
「二世だの何だのと。俺は俺でしかないんだぜ? 親父は第八回ファイト直前に屋敷と一緒に
 焼け死んじまったんだ、なのに何でいつまでも奴の影が付きまとう?」
 父の影。レイはうつむき、視線を落とした。
「だから俺は、最初に徹底的に、正々堂々っていう俺のスタイルを確立させた。
 今から考えりゃ、思春期の反発みてぇなもんだったがな」
 レイの反応は気に留めず、ムウはまた一掴み、薬を貪る。
「がむしゃらに闘ったよ。世界回って、色んな奴と会って。
 親父の真相を知ってる奴には、卑怯者の息子と罵られもした。そんなもん俺には関係ねぇってのによ。
 俺は俺を認めさせるために闘い続けた。で、気がついたら三期連続で優勝してた。
 そうさ、ようやく我に返ったんだ。
 無茶やってたせいで体にもガタが来てたし、親父より俺の知名度の方が高くなっちまったからかもしれん。
 気がついたら周りにギャアギャア騒がれて、大袈裟な仇名までつけられて、
 ネオイングランドの英雄に祭り上げられちまってた。
 どうにもな、何もかも虚しくなっちまって、さっさと引退宣言したよ。
 だがそのときはもう……全部手遅れだったんだよなぁ……」
 くっくっ、と低くムウは笑う。ありったけの自嘲を込めて。

「前々回まで俺が三連覇したせいで、十二年間ネオイングランドは世界の頂点だった。
 国民はそれに慣れちまってた。なのに前回――誰が俺の後釜に出たのか知らんが、
 とにかく優勝はネオホンコンに持ってかれちまった。そのときのネオイングランド国民、
 どんだけ騒いだか想像つくか?」
 レイは何も言えない。
 連続優勝による国民の『慣れ』? 考えたことすらなかった。
 自分の立場、国を背負っているという自覚はしていたつもりだったのに――
「闘いってのは非情なもの。なのに民衆は英雄ってだけで当然のように勝ちを求める。
 勝って当然、負けるなんてありえない、ってな。
 委員会の奴ら、わざわざここまで俺を引っ張り出しに来たよ。こちとらとっくの昔に引退したってのに」
『じゃあ…』
 シンが問いかける。言葉に起伏が感じられないのは気のせいだろうか?
『アンタは、上に脅されて、無理矢理ファイトに出させられたのか?』
「いいや」
 自嘲の笑みを浮かべたまま、ムウは首を横に振った。
「喜んで飛びついたよ。またファイトが出来るって聞いちゃあな」

 シンが目を丸くしているのが、レイには見えた気がした。
「穏やかな暮らしなんて、俺には無理だった。俺はどうせ闘うことしか知らない男さ。
 平穏無事に過ごしてても、胸の奥じゃ何かが燻ってる。あいつらはそれを突いて来た。
 ファイターを何人も手玉に取ってきた奴らだ、俺の心理なんてお見通しだったんだろうな」
『だけど、アンタの体は!』
「ああ、もうボロボロだったさ。こんな薬がなけりゃ、まともに闘うことも出来ない」
 ムウは最後の一掴みを貪ると、空になった薬瓶を放り投げた。
「……だが、それは」
 レイは口を動かした。自分の体のはずなのに、随分と重く感じた。
「副作用でお前の寿命を縮めてしまうのではないのか」
「ああ、そうだよ」
 あっけらかん、とムウは頷いた。

「それじゃあ何…?」
 ルナマリアは震える声で呻いた。
「ムウさんは、最初から、死ぬこと前提で闘っていたってこと…!?」
「あの人は根っからのファイターなの」
 マリューがルナマリアの呻きに答える。彼女もまた、ディスプレイの向こうの夫を見据えたままに。
「ファイターにとって、ガンダムファイトは特別なのよ。各国の選びぬかれたファイターと自由に闘える、
 まさに夢の一年間だもの。ファイトに出られるのであれば躊躇なんかしないわ。
 例え死期を早めることになっても、ファイターとして、闘いの末に死ぬのなら本望なのよ、彼は」
「何よ…それ…!」
 ルナマリアの震えが大きくなる。
 どうしてそこまで自分を中心に考える。どうして周りのことを考えない。残される者のことを省みない。
 どうしてこうも男たちは――!
「勝手すぎるわよ、そんなのッ!!」
「勝手なのは君や俺達も同じだ」
 低い声だった。ノイマンが呟いたのだ。ルナマリアの激情を切り捨てるように。
 ルナマリアは激しい剣幕のままにノイマンを振り返る。
 彼は音もなく、無造作に立ち上がり、ディスプレイに目を戻した。
 少女を見返すことはなかった。

『馬鹿言うなッ!!』
 叫んだのはシンだった。
『それで満足なのかよ、アンタは! 上の連中の期待通りに生きて、死んで、それでいいってのかよ!
 マリューさんやノイマンさんはどうすんだよ!』
「はは…だから若いって言うんだ。坊主」
 やはり自嘲を込め、ムウは笑う。
「言ったろ? もう後戻り出来ないところまで来ちまったんだよ、俺は。
 ファイトには毒がある。周りに乗せられてるだけだと分かってても、闘える機会だったら飛びついちまう。
 誰がいても、何があっても。 強くなれば更に上を。勝負に勝てば更なる敵を。
 戦士ってのは、強くなればなるほど、修羅の道から抜けられなくなるものなのさ」

「だからって…だからってここまでしなくちゃならなかったの!? 薬だけじゃないわよ、霧とか、援護のMSまで!」
「何も知らないわ。あの人は」
「……え?」
「私が…あの人に、最後までチャンピオンでいて欲しいのよ…」
 涙交じりのマリューの声。ルナマリアは言葉を失った。頭の中が混沌とし過ぎていた。
 大声で叫びたかった。そんなのは間違っている、と。しかし自分の中の何かが引き止める。
『勝手なのは君も俺達も同じだ』
 つい先程ぶつけられたノイマンの言葉が蘇る。
 幻の声に引き寄せられたように傍らを見上げれば、ノイマンは変わらぬ表情でディスプレイを見据えていた。

「さあ、俺の話はこれで終わりだ。来なよ」
 ジョンブルガンダムがライフルを構える。
「別に二人がかりでもいいぜ? お前らに、闘いの泥沼に踏み込む覚悟があるんならな」
 ディスプレイの向こうで、ムウは笑った。鬼気迫る壮絶な笑顔。
 闘いに殉じるこの男は、それほどの業を背負っているのか――
「レイ」
 思考を遮るように、シンが通信を送ってきた。今まで聞いてきた中で一番低い声。
「俺は闘う。俺には闘いしか残されてないんだ。選択肢なんか、一つしかない。だからやる。お前はどうだ」
 真摯な瞳だった。思わず、こんな表情も出来たのか、と驚いてしまうほどに。
「辛いなら…お前は下がって」
「何を言っている、シン」
 短くレイは息をついた。自分の息が震えているのは、気付かなかったことにした。
「今ムウとファイトしているのは俺だ。俺が、闘う。邪魔をするな」
「……分かった」
 ふっ、とシンの顔が消えた。
 同時に、インパルスが数歩、後ろに下がったのが視界の隅に見えた。

「ムウ=ラ=フラガ」
「うん?」
「俺には分からない。お前の生き方が、本当に良いものなのかどうか。
 長い寿命をわざわざ縮めて、自己満足のために生きるのが、本当に良いことなのか……。
 だが、これだけは伝えておきたい」
 レイはサーベルを構えた。目の前の男を、己が強敵と認めて。
「俺は、お前と戦える運命に、心から感謝する」
「……そうかい」
 通信の途切れる間際、ムウは一瞬だけ、清々しく笑った――ように見えた。

 ローズが走る。
 ジョンブルがライフルを撃つ。二発。三発。
 急所に迫るビームを、レイは細かなサイドステップでかわす。足は止めない。
 懐に飛び込んだローズがサーベルで突きを入れる。ジョンブルが体をそらし、こちらもかわす。
 ライフルの銃身を振り回すジョンブル。身を屈めてローズは避ける。
 この戦いは何かがおかしい。互いに相手の先を読んでいるとしかシンには思えなかった。
 向ける銃口、突き刺す剣の全てが虚しく宙を切る。
 そのうち二人は、埒の明かないことに業を煮やしたのだろう。

 ――やるか。
 ――ああ、名案だ。

 同時に二人は得物を捨てた。そのまま、素手で殴りかかった。

 ジョンブルの拳がローズの腹に打ち込まれる。システムと実際の衝撃に抉られ、ローズの鋼鉄の足が浮く。
 レイが腹の底から血と共に息を吐き出す。
 地を削り後ろへ退るも、レイの形相は尚凄まじい。雄叫びを上げて前へ踏み出す。
 ローズの右がジョンブルの頬を捉える。もろに殴り飛ばされるムウ、しかし首を無理矢理正面に戻し、
 折れた歯と共に血の混じった唾を吐いた。
 二人は倒れない。前へと踏み込み、相手の腹へ。頭へ。胸へ。回避も防御も考えない。
 ガンダムファイトは頭さえ取れば勝負はつく。なのに二人はそれを忘れたかのように、ひたすら殴りあった。
 人を魅せるものなどなく、泥臭く、命尽きるまでと言わんばかりに。
 優雅さなどどこにもない。装甲はへこみ、殴り削られ潰され、トレースされた痛みが二人を襲う。
 両者の金の髪は振り乱されていた。陶磁器のようなレイの白肌にも無数のあざができ、呼吸は荒く、
 口元からは血が流れていた。コクピットの床にも血反吐の痕が見て取れる。
 腕や胸、ファイティングスーツの各所が、損壊をトレースしたことを示し赤く明滅している。
 ムウもまた、ざんばらの髪をそのままに、大きく肩を動かして荒い呼吸を繰り返していた。
 こちらも腕に、腹に、胸に、ファイティングスーツのナノマシンが赤く明滅している。
 レイがゆらりと動く。剣法など忘れたかのように、餓えた獣のようにジョンブルの首に掴みかかった。
 右で掴み、左で胸を殴りつけようとする。
 首を絞められるムウ、しかし彼もまた己が人であることを忘れたかのように、低く苦しげに、
 けれども地獄から轟くかのような大声で叫ぶ。
 伸び来るローズの左腕を右膝と右腕で勢いよく挟み込み、そのまま砕く。
 割れ鐘の如く響く重い金属音。疲労していたローズの左腕は、とうとう肘の部分から折れ、轟音と共に地を揺るがした。
 しかしレイは悲鳴を上げない。大きく鋭く息を呑み込むだけだ。
 ローズは右手をジョンブルから外し、よろりと後ろへ一つ下がり大地を踏みしだいて、止まる。
 震えながら、激痛をこらえながら、ローズは今一度頭を上げた。来るであろう追撃を見定めようとした。
 しかしジョンブルは苦しげに呻き、がくがくと大きく震え、頭を両手で抱える。
 薬の効果が切れ、副作用が襲い掛かってきたのだ。頭が割れるように痛く、重くなり、視界すら黒くなる。
 だがもうムウに手持ちの薬はない。そして、彼はこの戦いを放棄する気もなかった。
 滝のように流れてくる汗も拭わず、刃物の如く双眸を光らせ、ムウは幾度目になるか分からない雄叫びを上げた。
 もはや目も見えず、脳への過負荷のために空間認識能力もあてにならない。だが相手は近くにいる。
 ムウは拳を繰り出した。
 手ごたえはなかった。そしてそれは、普通であれば、決して外す状況ではなかった。
 ローズのすぐ左、虚空を殴りつけたジョンブルを見、レイは彼に限界が来ていることを知った。

「どうした…坊主ッ…!」
 だらりと頭と両腕を下げ、荒い息でムウが呻く。
 頭の中で蛇がのたうち回るような、 加えて重苦しい割れ鐘が絶えず鳴り響いているような感覚。
 しかし、もう彼は悲鳴など上げない。
「……ムウ、もう勝負はついている」
 レイの声がわんわんと反響して聞こえる。
 しかしムウは強く奥歯を噛み締め、どこにいるかも分からなくなった相手に向かって、吼えた。
「馬鹿野郎がッ!!」
 視覚も聴覚も正常ではない。ただ己の最期の矜持を貫き通すべく、ムウは吼えた。
「俺に切った啖呵はハッタリか!?」
「しかし、俺は騎士として…」
「だから甘いってんだよ坊主!」
 ムウは叫び続ける。腹の底から、魂の底から、頭の痛みを圧するように。
「騎士だの英雄だのと! 言っただろ、そんなもんは最初ッから虚像なんだよ!
 ファイトになれば肩書きなんざ関係ない、いるのは二人の戦士だけだ!!
 ファイター同士の闘いに、余計なもんを持ち込むなァッ!!」

 ディスプレイ越しに見守るルナマリアは背筋を震わせた。
 片時も見逃すまいとしていたシンは、熱いものと同時に、胸に風穴の空いたような虚無感を覚えた。

「さあ討て! お前が本物の戦士なら、俺を討て!!」

 そして、直接意志をぶつけられたレイは――

「お前にも譲れない目的があるんだろうがぁぁァァッ!!」

 レイは歯を強く噛み締め、右の拳を振り上げた。
 敵意はない。闘争心もない。わだかまりも、とうの昔に消し飛んでいた。
 ただ、これこそが目の前の男への最大の敬意なのだと、そう思った。

 ローズの拳は、狙い過たずジョンブルの頭を貫いた。

 ――そうだ。それでいい。

 ムウの声が聞こえた気がした。

「ムウ」
 荒野に横たわるムウの手を、静かにマリューは握り締めた。
 温かさを感じることは出来なかったが、ムウはかすかに笑った。
 ファイトの結果がどうであれ、もうムウの体はもたなかった。ルナマリアはそう言った。
「時代は流れる、か…。悪い。火星に行くって約束、あれな…」
「いいの。あなたが満足できる闘いをしたのなら」
「はは…お前らの影の力添えがなかったら、こうはいかなかったさ…」
 マリューが目を丸くし、息を呑む。ムウの瞳は動かない。
「まさかあれだけやってて気付かないとでも思ってたのかよ…なあ、ノイマン?」
「ええ」
 こくり、と頷くノイマン。
「ま、そういうとこ、お前らしいけどな…」
 ぼろぼろと涙を流すマリュー。一つ、二つ、そして雨のように、重ねられた二人の手に雫が零れ落ちていく。
 マリューはムウの手を、更に強く握り締めた。しかし力は返って来ない。
 彼の手は氷のように、ただ白く冷たくそこに在る。
 ムウは長く息をつく。胸の内の全てを吐き出すように。
「すまんな、二人とも…ずっと付き合わせちまって…」
「謝らないで下さい」
 ノイマンが言い切る。
「あなたがあなたのために闘ってきたように、俺も俺の目的のために行動してきただけです。
 マリューさんもそうでしょう。ですから…」
 ムウが知る中で初めて彼の声が震えた。ノイマンは言葉を切り、一つ深呼吸をした。
「ですから、気に病むことなどしないで下さい。全部、俺達が好きでやってきたことです」
 ゆるり、とムウの瞳が動く。
 ノイマンを見ようとした。しかし視界は闇に閉ざされ、何も見えない。
 少しだけ、いつも平然としている男の今の表情を見れないことが残念に思えた。
 もう一度、深く深く息をつく。妻の嗚咽がかすかに聞こえる。
「苦労かけた…ノイマン」
「いいえ」
「ありがとう…マリュー」
 マリューはもはや嗚咽することしかできない。
 そんな妻を安心させようとして、ムウは笑った。笑おうとした。
 しかしもはや彼の喉からは、ひゅうひゅうと風の音がするばかりだった。

 ――なあ、マリュー。

 ちゃんと言えているだろうか。自信はない。もう自分の声さえ聞こえない。

 それでもムウは舌を動かそうとする。

 ――笑えよ。美人が台無しだぜ?

 屋敷の応接間で、かちりと一つ、時計の針が音を立てる。
 壊れた柱時計が十一時を指す。酷く重たい鐘の音が十と二つ、無人の屋敷に鳴り響く。

 それを最後に、柱時計の振り子は動きを止めた。

 二度と時を刻むことはなかった。

 ぼろぼろに傷ついたまま、やるせなく佇むレイ。
 彼に肩を貸しつつも、魂を手放したように呆然としているシン。
 今にも泣き出しそうなルナマリア。
 三人の少年少女は、少し離れて、この王者の最期を看取った。

 かける言葉が見つからなかった。三者三様の胸中ながら、自分達が来なければ、そんな意識が共通してあった。
 しかし――

「何も言わなくていい。謝罪も必要ない」
 立ち上がり、彼らを振り返ってノイマンが言った。
「こうなることは覚悟していたんだ。俺も、マリューさんも。この人に会ったときから」
 何の変哲もない男は、何の変哲もない声で――しかし、頬を濡らして言葉を続けた。
「それよりも、よく見ておくんだ。君達もいずれ、こうなるのかもしれないのだから」
 ルナマリアは両の拳を強く握り締めた。紫の瞳から、大粒の涙が零れ落ちていった。
「戦士の…運命…」
 シンが虚ろな瞳でぽつりと呟く。己の生の全てを闘いに投げ打った男を前に。
 レイもまた、黙したまま、穏やかすぎる死者の顔を見ていた。
「そうね…でも」
 マリューも顔を上げ、若い三人を振り返った。
 彼女は泣きながら無理矢理笑っていた。ぎこちなく上げた頬は小刻みに震えていた。
 新たな涙が零れ落ちていく。

「でも、それを避けるのもあなた達次第なのよ」

次回予告!
「みんな、待たせたなっ!
 ネオエジプトに来たシンとフレイ一行!
 だが彼らの前に、世にも恐ろしいミイラ男が現れ、大昔のガンダムに乗って襲い掛かってくる!
 窮地に陥ったフレイはどうする!?
 そしてシンは再び、デビルフリーダムの痕跡に触れることになるのだ!
 次回! 機動武闘伝ガンダムSEED DESTINY!
 『恐怖! 亡霊ファイター出現』にぃ!
 レディィ… ゴォォォ――――ッ!」

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撮影後

ドモン「うむ! 遠慮の一切ない拳と拳の語り合い…見事だ、レイ!」
レイ「ありがとうございます」
シン「はは…やったな、レイ」(バタリ)
レイ「ああ、お前もギアナの修行直後によくやった」(バタリ)
ステラ「うぇい!? シン!? レイ!?」
ヨウラン「いやー、最後までよくもったな」
ヴィーノ「ほんとほんと」
ルナ「だべってないでこいつら運ぶの手伝えそこの二人っ!!」

ノイマン「一佐! フラガ一佐!」
ムウ「…………」(←気絶中)
ノイマン「起きて下さい、アークエンジェルに戻りますよ!」
ムウ「…………」
ノイマン「……起きろ!」(指パッチン)

ボムッ!!

ムウ「うわちゃちゃちゃちゃちゃぁっ!? お、俺の髪がアフロにぃぃ!?」
ノイマン「その声なら違和感ありませんから無問題です。アークエンジェルに戻りますよ、一佐」
ムウ「ノイマン…お前もなかなかいい性格してるじゃないの…」

マリュー「何も本気で殴り合わせなくても…!」
アーサー「リアリティのためだそうで」
マリュー「しかし、これでは役者の身がもちません!」
アーサー「そうなんですけどねぇ…。まあとにかく、しばらく出番はありませんから。
     ゆっくり静養させて下さい」
マリュー「…………(怒)」
アーサー「(うわ怖っ!)か、監督にはなんとか言っておきますから」
マリュー「……お願いしますよ」

その頃のプラント宙域・哨戒中のジュール隊

ディアッカ「うん?」
イザーク「どうした、何か発見したのかディアッカ」
ディアッカ「や、絶好のシャッターチャンスを逃しちまった気が」
イザーク「貴様は何を考えとるかぁ――ッ!!」
シホ「ディアッカさん、仕事中くらい盗撮は忘れてくださいよ…」

場面戻ってミネルバブリッジ

アビー「ところで艦長、メイリンから電報が来ていますが」
タリア「電報?」
アビー「『アスランさんを降板させてください、このままじゃ殺されちゃう!』以上です」
タリア「……。あのヘタレは! 不死身属性持ってるのに今更殺されるも何もないでしょう」
アビー「最近黒くなってませんか艦長」
タリア「ストレスは溜まってるかもしれないわね。監督なんて初めてだし」
アビー「(そのうち無理矢理にでも休暇入れさせよう…)それで、アスランの件はどうします?」
タリア「却下。もう名前出しちゃったんだもの」
アビー「では、そのように返信を」
タリア「待ちなさいアビー」
アビー「え?」
タリア「この際だもの。絶対に降板なんて言い出せないように徹底的に…」
アビー「叩き潰すんですね」
タリア「そう、叩き…って何言わせるの!」
アビー「は、すみません。つい条件反射で」
タリア「とにかく、ドモンを呼んで。一つおつかいをしてもらいます」