機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第14話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 19:15:15

これは、シン達麦わら一味がリトルガーデンで巨人族のドリーとブロギーに出会い、かつ、バロックワークス
のミスター5ペア、ミスター3ペア達と戦っている最中の事――シンと同じくコズミックイラ世界から、この大
海賊時代の世界へと来た他の訪問者コンビ、ナタルとフレイの出くわしたある小さな騒動の記録である。

 麦わら一味の船を追い、スモーキーに先行して出航したナタルの部隊は、リヴァースマウンテンを通らず、海
楼石を船底に貼った船の力によって海王類の巣を抜けてグランドラインへと入っていた。
 すぐにも麦わら一味を追跡したい所ではあったのだが、そこには、一つ問題があった。
 グランドラインへの正規の入り口となるリヴァースマウンテンからは、7つの航路があるのだが、その内どれ
を麦わら一味が辿ったのか、解らないのである。
 海軍本部の船には、幾つかのエターナルポースとログポースが備えられており、7つの航路どれでも辿れはす
るのだが、ただ闇雲に探しまわっても仕方がない。
 むしろ、こういった場合、7つの航路が合流する地点で待ち伏せる方が効率的ではあるのだ。

 とは言ったものの。ナタルにせよ、上司であるスモーカーにせよ、そうした方策を採るつもりはなかった。
 スモーカーにしてみれば、麦わらのルフィは成る丈早く捕捉せねばならぬ存在であったし、何より、どうにも
ここ最近、この近辺の海に怪しい動きが見えるのだ。
 無論グランドラインの事である。大体何が起きてもおかしくはないのだが――妙に、起きる騒動に系統だった
ものが見られるように思われたのだ。相当に大きな組織が背後に存在しているかのような、そんな感触が感じら
れたのだ。
 スモーカーにも、そしてナタルにも。

 だから、スモーカーはナタルに対し、エターナルポースを利用して航路上の追跡調査を命じ、ナタルもそれを
素直に受け入れたのだ。

 とは言ったものの――

「撃て撃て撃てぇーッ!! さっさと沈めちまええ!!」
「全く……こうも細かい連中にしょっちゅう出くわすと言うのも、厄介ではあるな」
「かと言って、放っておくわけにもいかないですよ? 一応、連中も2000万ベリー級の海賊ですし」
「まあな。しかし、2000万か。ここ(グランドライン)では雑魚クラスだな」

 ナタルの乗船、高速フリゲート「ドミニオン」は、今しも海賊と出くわし交戦中であった。麦わら一味、ひいて
は赤服のシンの追跡を始めて以来、こうした小競り合いがほぼ毎日のように続いていたのでは、さしものナタルで
も、溜息の一つ漏らしたくなると言うものだった。

「フレイ。弾薬類は充分だな?」
「ええ、昨日補給したばっかりですし。最大火力で3回は交戦可能です」
「よろしい。では――面舵三十! 針路グリーンアルファーからオレンジアルファー! 同時に左舷砲列はフレイ
伍長の銃撃照準に合わせて交互砲撃開始! 船体防御は私があずかる! 砲撃タイミングはフレイに任せる!」
「了解!」

 明後日の方向に、海賊船からの砲撃が飛んでいく。どれも狙いはいい加減だが、流れ弾が無いとも言えない。
 ナタルは、海賊船に面した左舷中央の甲板に仁王立ちし、横一杯に広げられるだけ広げた「盾」を展開した。そ
れと同時に、舵手と帆手の操作によって船首は大きく右にずれはじめる。その船首の側では、銃身の長いマスケッ
トを携えたフレイが、膝立ちになって海面に照準を付けようとしている。
 ドミニオンが旋回したのを見てとり、海賊達は士気を上げたようだった。

「見ろ! 連中逃げようとしてやがる!」
「行け行けぇ! やっちまえ! コレで俺達も更に箔が付くってもんだぜぇ!!」

 海賊船からの砲撃は更に勢いを増すが、そのほとんどはかすりもせず、たまに船体やマスト目掛けて飛んでくる
砲弾は、全てナタルの盾が弾き落としている。

「ちィッ! しぶてえヤツだ!! こっちも船足上げろ!! もっと近づいて、喫水ぎりぎり狙ってやれ!! 悪魔の実
の能力なら、海には触れられねえ筈だ!!」

 その声に、ナタルは小さく口元を歪め、呟いた。

「なるほど――バカではないな。だが」

 フレイが、続けるように笑って言った。

「バカじゃないけど、マヌケよね」

 フレイの右人差し指が、引き金を引き絞る。マスケットの銃口から、白い煙を引いて弾丸が飛び、海賊船の前に
落下するとほぼ同時に。

「撃 え っ !!!」

 着弾を確認したナタルの怒号に合わせて、海賊船に向けられていた左舷に並んだ砲列から、砲弾が低く伸びる弾
道を描いて海賊船に直進する。
 砲弾は、正にフレイの弾丸が着水した辺りへ向けて集中して飛ぶが、すでにそこには、海賊船の船首が迫ってお
り――

「うわぁっ!!」
「だあっ!!! や、やべえよお頭!! 直撃もらっちまった!!」
「はっ反撃だ! こっちも!!」
「無理だ!! こっちは今船首を向こうに向けちまってるんだ!! 撃てる大砲がねえよ!!」
「船首にも砲門はあったろうが!!」
「今ので潰れちまったよ!」

 追い討ちをかけるように、1門置き4門づつの砲撃が海賊船を襲う。マストが折られ、船体に穴が開き、甲板に
も命中弾が落ちて被害を広げる。
 その間、ドミニオンはナタルの指示によってZを描くような運動と曲線を描いて敵船の周囲を回るような運動を
繰り返していた。フレイも定期的に照準支持用の白煙弾を撃ち続けて、砲手たちに的確な砲撃目標を指示していた。

 やがて――海賊船はあっと言う間に船体を傾かせ、ついには白旗を揚げて降伏の意を示すまでに陥っていた。

 拿捕した海賊達を全員船内に設えられた牢に放り込んだナタル隊の一行は、一旦最寄の海軍基地のある島に向か
う事となった。成る丈ならこうした作業も飛ばして麦わら一味を追いたい所なのだが、流石にそうも行かない。

「全く――こんな所で一々雑魚の相手などしたくもないのだがな」
「でも、流石に目の前で海賊行為なんて働いてたら、放っておけませんよ」
「それは無論だ。しかし、やけにこの海域、この手の連中が多くないか」
「まあ、確かに。でも、この辺りってホラ、グランドライン入ったばっかりでまだ意気込んでる連中がいるわけで
すし」
「ふむ――」

 フレイの言う事ももっともではある。あるのだが――どうにもナタルには、海賊達の動きが妙に思えたのだ。
 何か、背後に大きな意志でもあるかのような、統一された傾向があるような。あくまでも印象でしかないのだが。

「あの、少佐。通信が入っております」

 考えをまとめてみようかとした矢先、海兵の一人が電伝虫を持って来てナタルにそう言った。

「何だ、スモーカー大佐からか?」
「いや……それが、そのぉ」

 普段は実直な態度を崩さぬその海兵――とは言っても、階級は軍曹とフレイより上だ――が、珍しく言葉を濁す
のに怪訝な顔を見せたナタルが、電伝虫のマイクを取ろうとすると――

<僕僕、僕ですよぉ! 嫌だなあ、艦長さん!>

 明るいというか、胡散臭いという、やけに軽い口調の声が電伝虫から飛び出した。
 ナタルは眉をしかめて電伝虫からのけぞるように身をやや離すと、フレイの方を無言で振り向いた。
 フレイは何とも言い様の無い表情で、肩をすくめて首を振るばかりだった。

 諦めましょう、ナタルさん。その人はそーいう人なんですよ。

 虚しい努力だとは解りつつも、ナタルは心底嫌そうに顔をしかめて、マイクを握りなおした。

「僕とは? 私の知り合いに「僕」などと言う名前の人物はいないのだが?」
<イヤだなあ、そんなイジワルしないで下さいよ。僕ですってば。貴女のアズラエルですよ>

 ふかぶかと、つくづくふかぶかと、重苦しい溜息が漏れるのを、ナタルの忍耐力を持ってしても止める事は出来
なかった。
 ムルタ・アズラエル。この世界風に呼ぶならば、アズラエル・ムルタ。ブルーコスモスの盟主にして、ナタルと
最後の瞬間に殺しあった相手だ。
 彼もまた、この世界の住人となっていた。もっとも、彼はナタル達のように海軍に所属している訳ではないのだ
が。
 彼もこの世界に来ている事を知った時、ナタルは恐怖を覚えたものだった。もし、彼があの時見せた狂気をその
ままにしていたならば――と。しかし、それは全くの杞憂だった。
 実際、こちらに来てからの彼は憑き物でも落ちたかのように、こちらでの生活を満喫しているようだった。
 グランドラインのある島を拠点として、海軍海賊を問わず、航海者を相手にした商売に手を出しているらしい。
アズラエル商会の商品は、火薬や銃弾類、刀剣などの武器だけでなく、グランドライン必須の品であるログポース
やエターナルポースなど多岐に渡っていて、帆布やロープなどの消耗品も扱っている。

 しかし、彼等の最大の商品は、それらの品々ではない。

「だったらさっさと名乗れば良いでしょうに。それと『貴女の』と言うのは訂正していただきたい。私は貴方を自
分の所有物とした覚えはありません」
<やれやれ、相変わらずつれないですねえ……ま、良いですけどね。その冷たさも貴女の美点の一つだ>
「ご用件は、何でしょうか」
<いえね。営業に出てたオルガ達が、中々面白い話を聞きつけたらしくてねえ。で、丁度貴女もグランドラインに
入ったと言うの聞きまして>
「ほう――」

 アズラエル商会最大の商品。それは商談でグランドラインを行き来する営業員達が集める情報なのだ。

「無論、無償ではないのでしょうな」
<そりゃあ勿論。ただまあ、貴女と僕の誼ですからね。今回は金銭じゃなくて、貴女からも情報をいただく事で代
価とさせていただきたい>
「情報? 生憎と、任務に関する情報は」
<ああ、そりゃ解ってますよ。第一、そういう話なら貴女じゃなくてもっと上の人に聞きます。少佐から聞ける話
じゃ多寡は知れてますからねえ>

 こういう皮肉げな所は、相変わらずだなと、ナタルは苦笑を漏らさずにはいられなかった。

「それで、私から聞きたい情報と言うのは?」
<ああ、そりゃ後で良いですよ。まあこっちの話も大したもんじゃないですからね>
「ふむ」
<ねえ、艦長さん。ローレライの噂って、知ってます? 勿論怪物じゃない。海賊ですよ>
「ローレライ……確か、この辺りの海で根城を張ってた連中の」
<ええ、そうです。『鉄爪のコーウェン一味』に加わっていたって、アレです>

 鉄爪のコーウェン一味。数ヶ月前程前から、グランドラインの一部で通る船を片端から沈めては海賊行為を働い
ていた連中の呼び名だ。
 以前の彼等は、グランドライン入り口をウロウロしているだけの、大した事のない連中だった。しかし、ある頃
から突然彼等は活動が活発に成り出していたのだ。敵対する海賊達はおろか、アズラエル商会のような、僅かにグ
ランドライン上を航行する武装商船、果ては、海軍本部の船までも沈められていた。
 僅かな生き残り達の証言から割り出された彼等の戦法は――「歌」だった。

「奴等の船には、ローレライが乗っている」僅かな生き残り達は、皆口を揃えてそう証言したと言う。
 船の舳先に立つその女――そう、それは女なのだ――が歌いだすと、ある者は眩暈を覚えたと言い、ある者は強
い眠気に襲われたと言い、またある者は――手近にいる仲間の事が憎たらしくて仕方が無くなったと言う。思わず
得物を抜いて、襲い掛からずにはいられない程に。そうして、混乱に陥っている間に、船は沈められ、荷物が奪わ
れたのだと。

「で、そのローレライが、何か?」
<いえね。コーウェン一味、潰滅したらしいんですよ>
「かい……めつ?」
<ええ。潰滅。逃げたとかじゃなくってね。連中の船の残骸を見た者がいる。と言うか、オルガが連中のジョリー
ロジャーが海に浮かんでるのを見つけてますから、確かでしょう>
「それが――ローレライが?」
<いや、どうもね――連中を襲ったほかの海賊がいるらしい。正体は不明ですがね。どうやら、そいつらがどうに
かして、ローレライを攫って無力化し、その後>
「ローレライを欠けば、連中はまったく雑魚のようなもの、と?」
<ええ。ああそう。何か、オカマがどうとか>
「おか、ま?」

 胡散くさげなナタルの問いに、アズラエルは楽しげな笑いを漏らすだけだった。

<どうもね。何か相当にやっかいな事が、その辺りで起こってるみたいです。ローレライを攫ったって連中が何者
なのか、何を企んでいるのか――そこいらはまるで解ってませんから>
「なるほど……肝に銘じましょう。情報提供、感謝します」
<なあに。言ったでしょ、私と貴女の誼ですよ。それに>
「ああ、こちらの情報でしたね。何です、その聞きたい事と言うのは」

 ナタルが問うと、アズラエルはしばし思案するかのように、呻きともつかない声を漏らしていた。ナタルが辛抱
強く待っていると、やがてぽつりと、呟くように問うた。

<ねえ、艦長さん。貴女『赤服のシン』を知ってますよね?>

 瞬間、ナタルの背中に寒気が走った。無論、知っている。今まさに彼女はシンを追ってこの海に来ているのだ。
 だが、聞いてきたのがこの男だとなると、容易に答を発する事は出来なかった。

<彼、コーディですよね? 僕も手配写真は見ましたけど、アレはどう見てもザフトの赤服だ。ねえ?>
「ええ……」
<ですよねえ。でね、貴女に聞きたい事ってのは――ねえ、どうなんです。まさか、奴等がこぞってコッチに来て
るって訳じゃないんですよね?>
「奴等とは、コーディネイターが、ですか」
<と言うか、プラントの連中がですよ。ただのコーディだったら、僕だって目くじら立てませんよ。コーディだろ
うが何だろうが、個人だったら知ったこっちゃありません。けど彼等が、個人としてではなく徒党を組んだ集団、
コーディネイター国家プラントとしての彼等がこちらに来てるなら、僕としては、看過しかねます>
「……」
<ねえ艦長さん。いや、バジルール・ナタル少佐。僕はね、この世界が大好きです。貴女もそうですよね? こっ
ちに来てから出会った貴女は、えらく活き活きとしていた。貴女についてるフレイって娘もそうだし、ウチの若い
連中もそうです。みんなこっちに来て、変わる事が出来た。いや、戻れたって事なのかな? まあ良いや。ともか
くね>

 アズラエルは、言葉を切って深呼吸したようだった。彼の言葉を伝える電伝虫も、一旦目を閉じて彼方にいる彼
がそうしているだろうと同じように、息を吸い込んだ。
 そして、発された言葉は、その迫力は、かつてのアズラエルそのままだった。

<ともかく――僕は奴等がこちらに来て、向こうと同じように振舞うような真似は断じて許さない。他人を見下し
て、他人を踏み台にして、権利ばかりを主張して、挙句に被害者面を決め込むような連中がこっちの世界で好き勝
手する事を、断じて許さない。だから、確認しておきたいんです。あの赤服の坊やは、ザフトの赤服なんですか?
それとも、彼個人なんですか? 知っていたら、教えていただきたいんですがねえ>

 ナタルは、ほうと口から溜息を漏らした。それは――安堵の溜息だったのかも知れない。

「そう言う事でしたら、お答えしましょう。彼は、アスカ・シンは、断じてザフトの赤服ではない。アレはそう、
もっと別の――哀れで滑稽で、そして気高い何かです」
<ほ――>

 ナタルの返答に、アズラエルは、気の抜けたかのような声を漏らした。呆れているらしい。

<なんとまあ。一体何があったんですかねえ。まさかあなたの口からそんな賞賛が聞けようとはねえ。いやあ、こ
りゃあ妬けちゃいますなあ。はぁっはっはっは!>
「妬け……何を考えていらっしゃるのかは知らないが」
<何って貴女。そりゃあ、ねえ? しかし、まさかナタルさんの口から、『気高い』なんて、ねえ? ああ、フレ
イ君、その辺にいます? ねえ、まさかって思うでしょう君も>

 急に話を振られたフレイだが、まさかにも同意する訳にもいかず、弱弱しい笑いを漏らすしか出来なかった。彼
女だって、我が身が大事なのだ。

<いやあ、こりゃあ受けた受けた! 久々に受けましたよ。どうやら艦長さん、相当あの坊やがお気に入りみたい
ですねえ? いやいやいや!>
「話 は 終 わ り で す ね ?」
<あ、いやこりゃ失礼>

 凄みを増したナタルの声に、アズラエルの声が小さくなった。

「ともかく、貴方がご心配なさっているような事にはなっていません。例えば、彼が何処ぞかに潜んでいるコー
ディネイター政府の放ったスパイであるとか、そういう事もまずありえない。アレは、そんな複雑な真似の出来る
器用な人間ではない」
<いや、解りましたよ。貴女がそう言うなら、信じましょう。でも、さっき言った事は、僕の本心ですからね>
「解っています」

 本心。確かに、そうだろう。彼は確かに変わりはしたが、しかし、同時にブルーコスモス盟主であった頃の彼の
ままでもあるのだ。そして。

 私もそうだし、フレイもそうだ。そしてシン。君も同じなのだな。君はきっと、昔からそうだったのだろう。
 目の前で誰かが理不尽に苦しんでいるのなら、たとえそれが悪人であろうと救いたい。守りたい。そんな貪欲で、
傲慢な高望みを、君はきっと、あちらの世界でも抱えていたのではないだろうか。世界中がその人を否定したとし
ても、もしそれに怒りを覚えたなら、その人を守りたいと願っていたのではないだろうか。
 目の前の花一輪たりとも吹き飛ばさせまいと。

<まあ、じゃあ赤服坊やについては良いです。ただ、気をつけて下さいよ。話戻りますけどね、その辺りの海域で
何かロクでもない騒動が起こりかけてるのは、多分間違いないんですから>
「ご助言、痛み入ります。それでは、私は仕事がありますので」
<はいはい。まあたまにはコッチに来て下さい。連中もあなたとフレイ君に会いたがってますから>
「ええ、それでは」

 電伝虫のマイクを置いて通信を切ったナタルは、水平線の彼方、そこに淀む何かを睨みつけるかのように、目を
細めた。

 グランドライン上のとある海――その波の上を、奇妙なピークヘッドの船が進んでいた。
 一言で言うならば、白鳥、であった。

 その船の甲板で、更に奇妙、と言うより、奇妙すぎる格好の男が奇声を上げていた。

「ちょーっとアンタぁ、一体いつまで泣いてんのよぉ~う?!」

 一言で――いや、一言で「ソレ」を表現するのははなはだ難しいのだが、それでもあえて言うならば、オカマ、
であった。
 ケッタイ極まる化粧に彩られた顔、提灯パンツに白コート、かてて加えてすね毛丸出しの足にはトゥシューズ。
おまけに背中に白鳥のぬいぐるみのようなものまで背負っている。一体どこからどこまでが本気なのか問い質した
くなる格好だが、どうやら彼は、至って本気であるらしい。コートの背中には墨痕黒々と「おかま道」の文字まで
踊っている。

 そのオカマの前に、一人の女が座り込み、落涙し続けていた。
 顔の下半分はマスクに覆われているが、その顔の美しさは、それでも窺う事が出来た。何より、そのピンク色の
髪は、あまりに印象的に過ぎた。

「だーかーらーねぇ。アンタにとっても別段悪い話じゃない筈よぉーう? 今までみたいなちんけな海賊連中に良
いように使われるよりは、将来性もあるってもんだしさあ」

 オカマは眉をしかめて女をなだめるように話しかけるが、彼女は俯いたまま、すすり泣くような声を漏らし、涙
を流すばかりだった。その首には、白い石のはめ込まれたチョーカーが巻かれていた。

「はぁーあ……ま、良いわ。とりあえずアラバスタに行けば、アンタにも仕事割り当てられるでしょうから、それ
までには泣きやんでおいて頂戴よぉーう?」

 やれやれと首を振りつつ離れるオカマにも気付かぬように、俯いたまま、ぽつりと呟いた。

「助けて――アスラン」

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