深淵_in_Shin_第00話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:45:28

―――C.E.74.『メサイア』攻防戦―――

『もうお前も、過去に捕らわれたまま戦うのはやめろ!!』

通信回線から割り込んでくる、その声。一度は殺したと思った、
それなのに生きていた―――男の声。

『そんな事をしても、なにも戻りはしない!!』

そんなのは重々承知だ。でも、他に方法はない。
2年前のあの日、その名の如く無差別に暴れ回ったフリーダムを家族の…マユの腕の前で睨んだ時。
その瞬間から俺は力を求めたんだ。何者にも負けない、そして自分が目指す世界を作る、力を。

そして…やっとで手に入れたんだ。自分の信じた理想のために闘う剣を。
それなのに……それなのに!

この、紅い機体に乗っている男が。裏切ったにも関わらず、
正義面して説教を垂れるこの男が。俺の前に立ち塞がる!

その腹立たしい事実に自分でも知らずに憤っていたのか、二本のフラッシュ・エッジを両方とも、『敵』に向けて投げつける。
『敵』はその二本の内一本は(強引に)ビーム・シールドで弾き、もう1本は同種の兵装で相殺する。
―――これで、貴重な武器が二つ、なくなってしまった
しかし『敵』はそれに構わず(当たり前だが)、直進してくる。

『なのに未来まで殺す気か!お前は!!』

(なっ…)

未来を殺す―――だって?議長が未来を殺すなんて、誰が決めたんだよ!?
結局、それを全て決めたのはあんた達じゃないか。それに、ラクス=クラインなら未来を殺さない保証でもあるって言うのか!?

……いきなり言われた言葉に、一瞬混乱したからだろうか。反応が少し遅れた。
胴抜きを狙って振り抜かれた対艦刀:アロンダイトが、『敵』の頭一つ分上を通過する。……下を取られた!!

『お前が欲しかったのは本当にそんな力か!』

うるさい、黙れ。力は力だ、それ以上でも、それ以下でもない!

その言葉と同時に、ビーム・サーベルが本体の手前を薙いだ。回避できたのは今までの訓練の、そして実戦における経験のおかげといっても
いいだろう。しかしその代償は大きかった。目の前で、真っ二つになった対艦刀―――『不滅の刃』、アロンダイトは砕け散った。

(くそっ……!!)

……未だ何事やら喚いてくる通信機の電源を、苛立ちを込めて切る。
味方からの通信も聞き取れなくなったが―――この乱戦だ。さして支障はあるまい。
ともかく、これで主武装も失われた。オールラウンダーだが、どちらかというと接近戦を主体として設計されているデスティニーにとって、
アロンダイトは正に『必殺』の兵装だったのだ。これで、目の前の『敵』に勝つ(文字通り)最後の手は、
両手にあるパルマ・フィオキーナを使っての特攻……それしかない。しかし、それには相当の危険を伴う。こちらに他の武器はない。
だから、失敗すれば、いや、成功したとしても死ぬ確立はかなり高い。まして、『敵』の兵装はほとんど健在なのだから。

(………それがどうしたっ!!)

高まる死の恐怖に対抗するかのように、自己を叱咤激励する。
レイが今、フリーダム『もどき』を押さえていてくれる。あの金色の、趣味が悪いとしか
いいようのない機体も、味方がなんとか押さえている。

今、この状況を置いて―――『こいつ』を討つ機会はない!

(………)

思えば、『こいつ』ほど評価が変わった奴はいない。 最初は敵視していた。間接的とはいえ、『仇』の犬になった奴だ、と。
次にそのMS戦の強さに驚き、そして憧れもした。 その次はハッキリしない態度に苛々させられ、脱走したと聞いた時は驚愕を覚えた。
そして、次に合った時は敵同士であり、煮え湯を飲まされた。 そのことに対して再度苛々させられると共に、再び目標としての『こいつ』が出来たことにほんの少しだけ喜びもした。
『こいつ』を倒せば、名実共に最強だ…!!そんな目標が、出来たことに。

(それに……レイとも、約束したからな。)

対峙する、二つのMS。片方は武装をほぼ失い、対する片方はほぼ無傷。
もし、これを外野から見物している者がいて賭けをやっているならば、どちらにウェイトが集まるだろうか?
大抵の人は、後者に賭けるだろう。しかし、それでもどちらかの賭け率が10割になることはほとんどありえない。
それは、後者に集まる分だけレートが上がるからかもしれないし、分が悪いほうが燃えるからかもしれないし、
もしかしたら他の理由かもしれない。しかし、そういう者は確実に存在し、だからこそ賭けが成立するのだ。
そして世の中にはこういう言葉がある―――『勝負は、やってみなければわからない』。

……僅かな、しかし当人からすればかなり長い時間が、『二人』の戦場を支配した。
それは、何時弾けるか解からない膨張しすぎた風船のようなもので。きっかけさえあれば、すぐにでも弾けるだろう。
……すぐ近くに、戦艦の主砲が通過し、無数の岩石が四散・消滅した―――次の瞬間、

そ れ は 弾 け た

先に仕掛けたのは、どちらなのか…それは解からない。しかし、その二機はほぼ同時にバーニアを吹かし、突進した。
瞬発力だけなら最新型のMSをも遥かに凌駕する―――むろん、目の前の機体も、だ―――
『運命』が懐に飛び込み、コックピットを狙おうと腕を伸ばす!
紅い機体の脚部に付けられたビーム・クローが、こちらの唯一の武装である腕を切り裂こうと跳ね上がる!

―――避けきれない!そう思った『運命』は、驚くべき行動を取った。空いている片腕でビーム・クローを抑えようとしたのだ。
数秒の火花の後、砕け散る左腕。だが、数秒持てば十分だった。その間に伸ばしたほうの片腕は、コックピットに―――

入る筈だった。しかし、軽い振動の後に放たれた青いビームが貫いたのは―――右腕。

(………読まれていた!?)

この局面で捨て身ともいえるこの策を読むとは。デスティニー受領直後に脱走した『こいつ』には、スペックを見る余裕はなかったはず。
それが―――見たことも聞いたことも無い筈の手が―――あんなに簡単に防がれたっていうのか!?

(……これが、ヤキンを生き残ったパイロットの力かよ……!!)

その強さに、センスに、改めて戦慄する。しかし、退くわけにはいかない。間合いを取られたら、こっちの負けだ。
こちらも左腕を失ったが、『こいつ』は右腕を失ったんだ。喰らい付ければ条件は―――五分!

(はあぁぁぁぁぁぁ!)

自分でも意味が解からない叫びを発しながら、回避運動を取る『こいつ』に突っ込む。
刹那、何かが『弾けた』ような気がしたが、知ったことではない。
今はただ、『あいつ』を―――

必殺の気迫を込めたパルマ・フィオキーナが、その直線上に紅い機体のコックピットを捉えた。もはや、どう足掻いても逃げ場はない。
………殺った!そう確信した次の瞬間―――

突如、紅い機体の前に出現する機体があった。それは――― か つ て の 愛 機 の 姿。

インパルス…ルナ!?駄目だ、出て来るな。ル…

それは、幾重にも『偶然』が重なった悲劇だった。『もしこの時』、デスティニーの左腕が健在であったなら。
『もしこの時』、インパルスの姿勢制御機能が働いていたら。『もしこの時』―――『あいつ』の機体の貫かれた右腕が爆発を起こし、
それによって故意か不可抗力か、インパルスの真後ろに吹き飛ぶことがなければ。
それらの他、数多ある要素が欠けていれば、防げたかもしれない。しかし、現実に『if』などは存在しない。

必殺のパルマ・フィオキーナは、慣性の法則のままにインパルスを―――守るべき人の乗る機体を―――

貫 い た

ル……ナ………ルナぁぁぁぁぁ!!

小さな爆発の後、インパルスが上下に分割される。脱出機構が、作動したのだ。
しかし、脱出すべき者がいないのに作動して何になるというのか。インパルスの中枢は―――コア・スプレンダーは、消滅してしまったのだから。

(そ…んな……)

また―――守れなかった。いや、守れなかっただけではない。今度は、自分が殺してしまったのだ。守ると誓った―――自分自身が!!
……不思議と、涙は出なかった。悲しみすぎて感覚が麻痺してしまったのかもしれない。自分自身への怒りが大きいからかもしれない。
それとも、戦い続きで『泣く』ということを忘れてしまったのかもしれない。……その内のどれかか、それとも全てか。

しかし、皮肉にも自身の機体名である『運命』の女神は、よほど彼を追い詰めたいようである。

『LEGEND:SIGNAL LOST』

(……レ…イ……)

あの無口で聡明で、何を考えているのかさっぱり解からなくて。でも白兵戦以外、何をやっても自分より一番だった少年が死んだ。
戦場での『SIGNAL LOST』は、死に直結する。……特に、宇宙では。

……また一つ、戦う理由を失った。いや、まだだ!まだミネルヴァが―――

そう思い、呆然としていた体に気合をいれる。スロットルを引き、ミネルヴァのいた方向に、機体を向ける。
ミネルヴァは―――健在だった。良かった…と安堵したのも束の間。

紅い機体のサブ・フライトシステムが、ミネルヴァの艦体を、エンジンごと貫いた。

艦体各所から火を吹き、爆発を始めるミネルヴァ。最初に爆発を始めたのが、どこであったのかを、『運命』は見ていた。
それは―――救命ポッドや脱出艇が搭載されているエリア。いや、そこ一箇所ではないが、艦内で格納庫の次に保有量が多いのはそこなのだ。
しかも、艦橋から一番近い。それに輪をかけて最悪なことに、格納庫でも爆発が起き始めた。こうなっては―――脱出は、不可能。

爆発を続けるミネルヴァの艦体が、左に傾いた。
そして、まるで飴細工が溶けるかのようにそのシャープなシルエットが歪み―――四散した。

「………は、はは……」

戦う理由を、全て失った―――その事実に、ここが戦場であるということも失念して棒立ちになる『運命』。
完全に動きを止めた『運命』に、無数のビーム・ライフルが降り注ぐ。―――眼を見開いたまま、虚ろな瞳でメイン・カメラをそちらに向ける。ムラサメ。

それを認識した直後―――『運命』のコックピットを一条のビームが撃ち抜いた。

(ステラ…今……逝くよ……)

その思いを最後に、シン=アスカは『世界』から消滅した。