第九話 『約束を結ぶ』

Last-modified: 2014-04-26 (土) 11:10:37

ゴミ溜の宇宙(うみ)で
――約束を結ぶ――

 
 

「もう怖い事はない。……迎えに来たぞ。――助けて下さった方は確かにそう仰いました。
私が見たのは優しくてそれで居て強そうな雰囲気の、任務の内容にしては意外に若い方でした」
 ……。ウィルソンは未だ言葉が出てこない。フジコが珍しく雄弁に続ける。
「……。その方は私の記憶の最後、こうも仰っています。 “自分を簡単に捨ててはいけない、
何が何でも生き延びろ”……と。――実は」
 フジコは苦手なはずのコーヒーを口に含むとカップを静かに戻す。
「その言葉のみは忘れず、ずっと覚えていました。だからこんな穢れた身体でも、恥を忍んで
今日まで生きてきました。――顔さえ忘れたその方へ。……報いる為には、それしか無いのだと」
 ――そのお顔もやっと思い出せました。そう言うとウィルソンをまっすぐ見つめる。

 

「……いつ思い出した? 少なくともそう時間はたって無いだろう?」
「ほんの数日前、ワチャラの復帰のあたり。……でしょうか」
 ワチャラポンでなくとも彼女を知る人間ならばオカシくみえるはずだ。最大の心の傷、
せっかく記憶障害で忘れていたそれを、思い出してしまったのだ。
「もちろん、思い出したのは何も、助けて下さった方のお顔ばかりではありません……。
拐(かどわ)かされて居た時に何をされたのかもハッキリと……。正直、汚いこの身で“彼女ら”
に隊長などと呼ばせて。良いのかと、――私がザフトの象徴たるこの服を着ていて良いのかと」
 ――おまえは汚れてなどは……、珍しく彼の言をフジコが明らかに無理に作った笑顔で遮る。

 

「だから、その、……キャップと個人的にどうこうとか、そう言う事は勿論。でも。悪いことばかり
ではないんです。思い出した以上、あの、男性の方が女性に、ええと、何を、求めるか。それは
よ、良く、知ってて。き、汚い身体、しか、あ、ありませんが、せ、せめて、あの、お礼、に……私」
 バンっ! テーブルを叩く。1Gに僅かに満たない部屋の中、二つのカップが宙に舞うのも
構わずにウィルソンが立ち上がる。
「この大バカヤロウっ!! そんなくだらねぇ台詞を言わせるために助けたんじゃねぇっ! 
二度とそんな事をオレの前で言って見ろ、この場で宇宙(そら)におっぽり出してやるっ!」
 フジコを見やると、表情も姿勢も変わらずただ笑ったままの彼女。ただ目に涙が少しずつ
溜まって行くのがわかった。

 

 ――大声を出して悪かった。今かたづける。だがおまえだって悪いぞ? あんな変態共と
一緒にしやがって……。カップを拾って床に零れたコーヒーを片付けながらウィルソン。
「男はな、別に女の身体だけに用事があるわけじゃない。――そりゃ、身体だけの関係ってのも
あるだろうし、そのこと自体否定はしないがな……。まぁなんだ、自分で言っておいて泣くなよ。
ずるいぞ、俺が虐めてるみたいじゃないか……」
 身じろぎもせず、笑顔のまま、ただ静かに涙を流すフジコ。ふとその目に意志が籠もる。
「……。そうですね、……私が口に出して良いのかとそればかり気にしていましたが、
確かに覚悟を決めたのでした。――私がキャップを好きだと言ったら、やはりご迷惑ですか?」

 

「つ、吊り橋効果だ。かつてとてつもない高さの吊り橋で、おれはおまえにアンケートを取った!」
「分室に拾って頂いて、仕事と、人の在り方まで教えて頂いて、何より命を救って頂いた方に
想いを抱く。……それはいけないことですか? むしろ普通ではないですか? それに……」
 作り笑顔から無表情へと顔つきが変わる。但し無表情の中、意志の力のみは目にこもる。
「記憶は口に出す勇気を、背中を押してくれただけ。……想いはもとより抱いていたモノです」

 
 

 ――数分後。コーヒーを諦めたウィルソンは、ドリンクボトルを2本持って再び接客用の
ソファに収まる。
「おまえは自分を穢れていると言ったな。精神的な意味の穢れ、これはいくらプラントの医療でも
確かにどうにもならん。忘却こそが最大の治療なのだろうが、これは思い出した以上、残念だが
もはやおまえの場合、どうにか出来るレベルでは無くなってしまった」
 ――しかし、私の場合は。……身体も、もう。ぽつりぽつりと“素”に戻ったフジコが口にする
言葉を、だがウィルソンは全て無視して続ける。
「こういった事実を本人に対して伝えること自体どうかと思うし、こういう言い方はなにより品が
ない。だが、だからといって俺には旨い言葉が見つからないからそのまま、伝えさせて貰う」

 

「自分の裸をまじまじと見たことがあるか? ――だろうな。……あまり公の場で裸に
なる機会も無かろうが、そういった場で今まで一度でも困ったことは? ――ないだろ?」
 ウィルソンはドリンクボトルに口を付けると、やおら立ち上がってフジコに背を向ける。
「整形、形成の最新医療は勿論、臓器移植、クローン技術の粋を集めておまえは“復元”された。
外性器は言うに及ばず、内部まで全て最良のカタチでリデザインの上、新品再生して全とっかえ
したと思ってくれ。勿論話は性器だけではない、内臓、骨格、皮膚の傷に至るまで、全て。だ」
「う。……わ、私は、私の、その……」

 

 ……断片的に蘇る記憶。左の太腿、面白半分にナイフで彫られた見知らぬ男の
名前。現状太腿に赤い線の様な痣が2本あるが文字などはない。八つ当たりで蹴られた時に
そのまま角度の変わった左の腕。左利きである彼女の今の生活に不都合など見あたらない。

 

「現状、穢れたどころか極上、ピンピンの生娘(きむすめ)だ。――品がない上に的確でない表現
で済まんがな。そう言う意味では、おまえに好かれる男はむしろ幸せ者ってぇことに、なり……」
 振り返りながらそう言って、しまった。と言う顔つきになる。もちろん現状では自分こそが
その幸せな男である事を思い出したからだ。

 

「ま、まぁ、とにかくだ。身体も女性の機能も完璧だと医者は言った。“初めて”が来ないのが
気には掛かるが、個人差もあるだろうし、落ち着いたらしかるべき機関で診察を受けろ」
 そう言うと自分のデスクから厚いファイルを三冊取り出しフジコの目の前に積み上げる。
「治療の全経過だ。写真もかなりの枚数があると聞いたのでデータは破棄させた。今やその
ファイルだけがおまえを再生した課程の記録だ。信じようが信じまいが勝手だが俺は預かって
いただけだ。なので、見ていないと言っておく。思い出した以上おまえが持っていた方が何かと
都合が良いだろう。のちのち病院で話すにも約立つかも知らん。……もってけ」

 

「――これをご覧になっても、私の……」
「見てないと言わなかったか? ――なぁ、フゥ。三ヶ月だ」
「……? は?」
「吊り橋の上で俺がアンケートを取ったのを思い出したのがついこないだ。ならば継続した
恋愛感情に発展するかものかどうか、心理学のフィールドワークと行こう。……今日から
三ヶ月後。隊長と配下のパイロットではなく、ディビットとフジコ個人として話し合おうじゃないか。
その時におまえの気持ちがどう変わっていようが、まぁ実証実験だ。つきあえ。……いいな?」
「い、……イエス・サー!」
「おまえは疲れている。たった今から一二時間休暇だ。――と、その前に。一つ相談がある……」

 
 

「で? 事務長代理。俺はいつ正規の業務に戻れるんだ?」
「一応事務局所属なのですから、まさに今。正規業務中と思っては頂けませんか? ――
あと二時間で良いです、つきあって下さい。事務仕事、私一人では全く手が足りないんですよ!」
 ――数時間後のヴァルハラ・コントロールルーム。そりゃあ確かにそうだがよ……。と自分の
デスクで書類とディスプレイに埋もれて頭をかくのはウィルソン。

 

「定期訓練終了ですぅ。――キャップ、センパイはどうなさってますかぁ? 聞きたいことが……」
 やや頬がこけ、目の下にクマを作ったレベッカがコントロールルームに入ってくる。
フジコをはじめ、パメラ、ジェイミー、ワチャラポンらの分室組パイロットは定期掃海の指揮を
執る。それがシフト上当たり前ではある。
 なので、特に若年層パイロットに対してMSを使用した戦術の概念。これを時間がある限り
実機で直接指導しろ。彼女にはそう言う指示を出してあった。
「結構です。……どうぞ私の事は気にせず、帰投報告の確認を。キャップ」
 “事務長代理”はやれやれ。と言うジェスチャーをすると姿勢を崩して一つ伸びをする。
いずれ、どうやらウィルソンには息抜きの機会が与えられた様だ。

 

「ご苦労ベッキー。フゥは相当に疲労が溜まってる様子だったんで臨時休業にしてもらった。
訓練教官は自分でハードに動かなくて良いからラクチンじゃないか?」
「まるで逆ですっ。今日だって基本フォーメーション維持がやっと。編隊の組み方から教えるとか、
冗談じゃないってわけですよ。あの状態で戦術なんて概念的なこと、どーやって教えろと?」
 ――俺から見たらおまえさんも似たよ-なモンだ。全く、息抜きにもなりゃあしない……。
自席から腰を伸ばしつつゆっくり立ち上がり、レベッカの傍らまでゆっくり歩くと肩に手を置く。
「いいか? 今の状況下で個々の能力云々を言ってもしょうがない。やれる奴がやれることを
する。それでも人が足りんのだ。現状おまえが一番適任だと思うからやらせて……」

 

「そうよ。アンタには何故だか人を納得させる力がある。悔しいけど一番教官向きなのよねぇ。
頭良いし。それとも、私達みたいに廃棄ケーブルに絡まれた子の救出作業、マニュピレーターと
レーザー、ミリ単位で使ってやりたい? ――ワチャラさんの班はその件で遅延約720秒です」
 汗ですっかり髪を濡らしたジェイミーがパイロットスーツのまま敬礼する。
「900以内の遅延は想定範囲内だ。――すまんなジェイ。毎回要らん苦労をかける」
「生きることとは、これすなわち労苦を乗り越えることと見つけたり。……そのうち名言集
出しますから、私。キャップには裏表紙にサインしてあげますね?」 
「買うつもりはないからプレゼントしてくれ。一回くらい目を通して、――。なんだ? 通信長」
「緊急! 回線7に入電っ! ……主席書記官ですか? これ!?」
「構わん、読み上げろ!」

 

「《我、ついに約束の地を見つけたり。直ちに降下作戦の立案を考慮されたし》。以上です!」
「キャップ、これってもう逃げ回らなくて良いって言う事ですか……?」
 だがウィルソンの顔は見る間に青ざめ、デスクに手をつく。脂汗が顔に浮き上がる。
「俺たちは見捨てられた、か……。地上に降りてから、つけ回していたのは特務隊だったとはな。
だからといっておまえが自害する必要が何処にある……! ――通信長、発信位置っ!!」
「は? ア、アイサー。……地球軍ビクトリア基地第一発令所? ――駄目です、追えません」
「3時間後に小会議室で緊急会議を行う。出席者はフゥ以外の旧分室組全員とベッキー、
フィー、ジャッキー、メンティ、マオの5名。関係各部署に大至急通達!」

 
 

「ごく僅かの選択肢の中から部隊全員の明日を決めねばならなくなった。早急に、だ」
 出来得ることなら……。会議室の中、言葉を紡ぎながら胸元へ無意識に手をやる。
手に触るのは専任事務官の記章。そしてここしばらく付ける事もなかった室長の腕章。
二つの事務局分室を示すモノがやたらに重い物に思えた。――ちくしょう、悼む時間さえ。
 会議室の最前列。ただ一人立った彼は一瞬だけ顔を横にそらして曇らすと、凛とした
表情で会議室の中の少女達に向き直り、帽子を取って胸にあてる。
「先ほど首席事務官が死亡した。この先は全員で納得した上で前に進みたい。だから招集した」

 

「明日を決める選択肢とは具体的に何ですか?」
 ワチャラポンの手が上がる。
「更にゴミだめの奥に逃げ込むか、若しくはクライン派と合流するか。現状の選択肢は
その二つだけだ。みんなの意見が聞きたい。――観測班長、さっきの映像。だせ」
 そう言いながら帽子を置くと、自身もポケットをまさぐりコンパクトに偽装した手のひら大の
ポータブルホログラム。それを取り出して蓋を開ける。
 タチアナのおいていったそれはラクスの映像の途切れた13分13秒後、0.13秒だけ
空間データと、そしてコール13と書かれた文字列を記録していた。
 彼の正面に立ち上がった広域航宙図と、彼の手の中に立ち上がる小さな全天座標図。

 

「正面のこれは、もっぱら海賊やテロリストが根城にしているとされる宙域だ。少なくとも
ザフト、連合については双方ともに全く掌握できていない。自由の海でジャンク屋に転職だ」
 そして……。ストップモーションのマークが点滅する自らの掌の上の小さな航宙図。
「コイツはクライン派との連絡場所を示す地図だ。ここまで行けばタチアナが出迎えてくれる
だろうが、その時点で我々はプラントの諜報機関から反政府ゲリラへ転職することになる」
 ゲリラ、と言う言葉の響きを聞いて流石に少女達がざわつくが、やめろ。とは言えなかった。
「――キャップ、クライン派と仰いましたが、誰が率いているのですか? 既に派閥自体、
先日来のザラ派の徹底した粛正にあって形骸化、ラクスさまも行方不明と……」
「……ラクス・クライン本人だ。当面荒事はないだろうが、プラントに戻れない事に変わりはない。
武装した反政府組織。ザフトから見ればテロリストと言う認識に違いはないだろうからな」

 

「セリア隊長がこの場にいないのは不味いのでは? それにもっとよく考えれば選択肢も……」
 ジェイミーが不満げな顔を隠そうともせず、小さく手を挙げて口を開く。
「各セクションの長、全員に意見を聞きたい。だからセリア隊長にも事前に意見を聞いてある」
 選択肢の数については……。パチン。ウィルソンはコンパクトをたたんで机の上に置くと、
手を後ろに回しむしろ落ち着き払って答える。
「確かにな。だが、連合の艦隊がヤキンの亡霊を名指しで狙ってくるのだ。俺個人ではなく、
“黒い部隊”全体を、だ。現状の選択肢でさえ首席事務官死亡を受けて、強引にひねり出した
物だ。他に換えはないし敵も動いた以上、新しい物を考える暇もない。以上だ。他に質問は?」

 

「無ければ此処にいる者全員で決を採りたい。――たった二つの命がけの選択、しかもいずれを
選んでも我が隊90余名全員、プラントには帰れず、命の危険も変わらない」
 ウィルソンは手袋をきゅっと引き上げ、机の上に置いた黒い帽子を改めて被り直す。

 

「海賊になって警備隊に追われるか、テロリストとしてザフトと対峙するか。選択肢は二つだ。
――全員各セクションのリーダーだ、必ずどちらかへ挙手。拒否は一切認めない。先ずは……」

 
 

「暇。……だな」
「リーダー、レコーダー生きてます。……一応、戦術ブリーフィングですからあまり滅多なことは」
 機動戦闘部門定例ミーティング。各々メビウス8機からなるAゼロ、Aテン、Aサーティの3隊、
コスモグラスパー7+予備2機で構成されるB隊、ダガー改を6機づつ運用するCゼロ、Cテン、
Cトゥエニーの3隊。それぞれが小隊長権限を持つDナンバーズことダガーLヌーボォ各機の
パイロットが7名。そして強襲をメインに構成された空間機動歩兵中隊。時にCIC要員や
砲術科も加わる会議である。小隊長クラスが全員参加するとなればそれなりの人数にはなる。

 

 201独立艦隊はデブリに偽装し、現在サイレントランで“亡霊”の本拠地と目されるg1へと
向かっている。当然、デブリの排除も偵察任務も無い。宙間機械化機動大隊長にして
戦闘科統括科長であり、Dナンバーズ総隊長でもあるシェットランドも待機以外の仕事はない。
「暇で結構じゃないですか、大隊長。そもそも敵がダミーに引っかかったって事なのでしょう?」
「そうそう、チャン軍曹のシミュレート通りに角度の変更までやってくれたそうじゃないですか。
なら、計算上最低72時間弱でイヤでも総力戦。リーダーは何がご不満で?」
 まぁ、そうなんだがな。そう言いながらも連合では珍しい、好んで前にへ出る前線指揮官。
シェットランドは浮かない顔である。

 

「我らとしてはどちらかと言えば戦闘は避けたいのが本音です。ジンの時点でキルレシオ1/5
とも言われたメビウスで、しかも相手の主力はゲイツや、ジンのハイマニューバ型ですからねぇ」
 沈黙を嫌うように話し始めるのはメビウスを駆るCゼロ隊の隊長。確かに此処までの戦闘で
20番台の機体9機全てを拿捕、破壊され40番台の機体番号を割り振られる予定だった
機体を含めて0番台、10番台、30番台の三隊をどうにか再構成したメビウス部隊である。
「まぁ確かにな。ダガーだって相手がゲイツなら1/1とは言いがたいものがある」
 とはCゼロ隊の隊長。こちらも本格的な戦闘になる前に既に多大な被害が出ている。
但し、Cのナンバーを持つ部隊には数機ではあるがGAT02が配備され、GAT01も全て
Sp3、ストライカーパック対応型に改装が完了している。メビウス隊よりは気楽である。 

 

「……別に俺は戦闘をしたくてうずいてるとか、そう言う訳じゃねぇぞ? それにだ、メビウス、
グラスパー、ダガー、機動歩兵。それぞれに向き不向きがある。少なくとも戦術という意味合いで
ウチの司令は的確かつ冷徹だ。要らない物は手元には置かない。MSと格闘戦をやらせる為に
メビウスを置いてるわけじゃねぇ。大戦でバカ司令共は平気でそんな事をやって戦況を悪くした」
 MSとまともに格闘戦をやってのけるパイロットならばとっくに105ダガーかGのパイロットの
筈である。エースの為の105ダガー、エースの為のG兵器。明らかな冷遇を受けていた
シェットランド達とは違う。

 

 ――だが、うちの冷血司令サマはその辺マトモだ。全員が黙ったブリーフィングルームの中
シェットランドはひとりドリンクボトルを手に続ける。
「必要があるんだよ。無い物は要らん、そう言うお人だ、ラ・ルース大佐は。あとは自分達で
考えろ。自身のレゾンデーテルだ。考えるのに理由はイラねぇだろ? 時間は腐る程ある」
 そこまで言ってドリンクのボトルに口を付ける。と、入り口付近に敬礼で道が開く。

 

「艦長? 珍しいな、こんなところにまで。用事ならこっちからブリッジに上がるのに」
「一応艦内巡察も艦長の役目だ。まともにやっている者など私も含めて何人居るか知らんが。
……サイレントランで長時間ともなればブリッジ詰めも、なかなかどうして気が滅入るモノでな」

 
 

「では少佐、空間機動歩兵中隊は全員準警戒体制で待機に入ります。失礼致します、艦長!」
「リーダー、レコーダー止めます。 Dナンバーズは全員自機の最終チェック。――行くぞ」
 次々に敬礼と共に士官の階級章がブリーフィングルームをあとにしていく。残されたのは
少佐の階級章を付けた背の高い男と、小柄な中佐の階級章の女性のみ。
「何と言うか……。気を使わせてしまった様だな。MA乗りと言えばもっとこう、がさつな……」
「奴らも“中間管理職”だからな。ヤバイ話は聞きたくないっつう事だ。軍隊も組織、さ。艦長」

 

「で、なんの用事だ? 現状サイレントランで侵攻中。ならブリッジはデータ追いかけるだけでも
てんやわんやじゃないのか? 確かに気は滅入るだろうし、あの司令なら何も言わんだろうが、
だからっつって艦長がふらふらしてて良いのか? らしくもない。――何か、あったのか?」  
 非難がましい視線を投げるシェットランドに対して、帽子を脱ぐとすっと視線をあげる艦長。
「ネルス。あなたに聞きたいことがあって来ました」

 

「……、ついて行けないから前触れ無しにモードチェンジしないでくれ。――知っての通り、
猪武者でがさつな酒癖が悪いただのパイロットだぜ、俺は……。今更その俺に何が聞きたい」
「私達、間違ってないよね? 戦争が終わったのに、一戦交えようって言うんだよ……。
プラントを現在掌握しているのは穏健派。相手はその彼らが追う前政権の汚れ仕事専門部隊。
……とは言え戦争状態では無い今、事を構える。ねぇ、ネルス。私達、正しい事してるよね?」
「……なぁ、お嬢さん。キミの仕事はなんだ?」 
 シェットランドの細くなった目は優しく包み込む様でもあり、厳しく睨め付ける様でもある。
「将校である以上職業軍人だろ? 俺たちはさ。なら、上が叩けと言うなら叩いて見せなきゃ
無能だ。個人の信条は横に置け。司令の指示に従っている以上、俺たちゃ現状正しい」
「頭では、分かってるんだけど……」

 

「まぁ、気持ちは分かるぜ。いくら指示に従ったとは言え俺たち高級将校は常に責任がついて
回る。戦闘で科せられる責任は、それは人命そのものだものな。政府とのベクトルを少しでも
違(たが)えてみろ。そのまま軍法会議に直行だ」
「軍事法廷はともかく……」
「まぁ聞けよ。人を殺せ、死んでこい。と命じて、まだ平気で泰然としていられるなら、そんな奴ぁ
キチガイだ。人間の屑だ。キミが逡巡するのは人として正常だ。間違っちゃあいない。だが……」
 彼は手持ちぶさたにもっていたドリンクボトルを回収ボックスに放り投げる。すこん、と音がして
ボトルはボックスの収納口に消える。
「左官の階級章はそれが仕事だ。戦闘を回避するとか、口頭で説得するとか、そんな事が
やりたいなら政治屋になるしかねぇ……。分かったらとっとと帽子かぶってアタマ切り替えろ。
やりにくいったらありゃしねぇ。ブリッジで副長(おやじさん)達がしびれ切らして待ってるぜ?」

 

「あぁ、おほん……。済まない少佐。貴重なミーティングの時間を。認めたくないが、自分は
戦闘を怖がっていたのかも知れん。なんだ、ねる、……貴様なぞは最前線だというのにな」
「それもまた良しってな。臆病な方が戦場じゃ長生きする。上司がそうなら部下だって長生きさ」
 ……俺もデュエルを見てくるか。彼は艦長から目をそらすとそのまま出口へと向かう。
「そして最前線の俺は。……少なくとも惚れた女の命を直接守ることが出来るって訳だ。
西部劇でもあるまいに、今時そんな機会はそうはない。パイロット冥利に尽きるってぇこったな」
「ほ、惚れたって、その。……わた、いや、じ、自分は戦闘時はスーツを着ない主義だ。任せる」
「あぁ、勿論任せて貰うさ。カエサルのブリッジには指一本触れさせねぇ。その為のガンダムだ」

 
 

予告

 

自らの影さえ見せぬよう、静かに、しかし確実に
201艦隊はヴァルハラへと詰め寄る。
一方、ラ・ルースの目論見に気づいたウイルソンは
断を下すときが来たことを悟る……。

 

 ゴミ溜の宇宙(うみ)で
 次回第十話 『職分を果たす』

 
 

【第八話 『希望、羨望、渇望』】 【戻】 【第十話 『職分を果たす』】

 
 
  • フジコちゃんの間違った健気さがかわいい -- 2014-04-26 (土) 11:10:37