第六話「決意」

Last-modified: 2014-03-07 (金) 23:11:41

<X104「アドヴァンス」、X105「ストライク」、応答せよ――>

 

通信機から聞こえてきた呼びかけでハルトは目を覚ました。どうやら少しの間意識を失っていたらしい。

 

(夢じゃなかったのか…)
夢であってほしかった。たった数時間の間に、唯一の肉親も友人と日々をすごしていた場所も失ったのだ。

 

「こちらアドヴァンス…ハルトです…」
まだはっきりしない意識の中、通信機のスイッチを入れて、答える。呼びかけの主はマリューという士官だった。
<無事なのね?>
「何とか…」

 

辺りを見渡すと、ストライクが見えた。通信を繋ぐと、せわしない呼吸音が聞こえた。

 

「おいキラ、大丈夫か?」
<あ…ハルト? 大丈夫だよ…>

 

向こうから返事が返ってくる。どうやら無事のようだ。

 

<こちらの位置は分かる?帰投できるかしら>
<はい…>
「大丈夫です。」

 

マリューにそう答えてから、メインスラスターを無重力下機動形態「type-β」――格納庫にあった時の形態に切り替える。
(バッテリーもまずい領域に入っているな…)
武装自体のエネルギー消費量は低く、アドヴァンスはバッテリーパックもストライクより一個多いのだが、そろそろ限界のようだ。

 

と、ストライクが艦とは違う方向に進んでいるのを見つける。

 

「どうした?」
<いや、これ…>

 

その先には、ランプを点滅させている円筒状の細長い漂流物があった。

 

<推進部が壊れて漂流してたんです。>

 

「アークエンジェル」に辿り着いたキラが右舷のハッチでもめている。
その原因は両手に抱えた一隻の救命ボートだった。

 

<このまま放り出せって言うんですか?避難したヘリオポリスの市民が乗ってるんですよ!>

 

喧嘩腰でキラが言うと、マリューがため息をついた。
「…いいわ、許可します。」
すると、もう一人の女性士官――ナタル・バジルールが言う。

 

<本艦はまだ戦闘中です!避難民の受け入れなど…>

 

――融通がきかない人だ。
ハルトはこの通信を傍から聞いて小声でそう呟いた。
<壊れていてはしかたないでしょう。今はそんなことで揉めて時間を取りたくないの。>

 

ストライクとその手の中の救命ボート、それにアドヴァンスが着艦したのは、カタパルトレールが細長く伸びた発着デッキだった。
二機が奥の格納庫に入ると、巨大なエアロックの扉が閉まる。
モビルスーツ用のメンテナンスベッドが奥に据えられ、横には被弾したモビルアーマーが収容されていた。
ストライクとアドヴァンスのハッチが開き、キラ達が顔を出すと、クルーの間にざわめきが走った。

 

「おいおい、なんだってんだぁ? 子供じゃねぇか。あの坊主共がアレに乗ってたてえのか!?」
首にタオルを巻いたぼさぼさ頭に無精髭の整備士、コジロー・マードックがあからさまにクルーの意見を代弁した。

 

「よかったぁ、キラ!」
「ハルトも無事だったんだな!」
トールが飛びついて来て、キラは目を白黒させている。ハルトもサイに頭をぐしゃぐしゃかき回され、たじろいでいる。

 

「――サイ!」
赤い髪がたなびいた。救難ボートから出てきた避難民の中から一人飛び出した少女にはハルトは見覚えがあった。フレイ・アルスター。学園のアイドルだった人物だ。
「ねぇっ、一体なにがあったの?ヘリオポリスは?私ジェシカ達とはぐれちゃって…とっても心細かったのよ!」
フレイはまっしぐらにサイの胸に飛び込む。サイは驚くが、すぐに嬉しそうにフレイの肩に腕を回す。
その光景を見て顔を曇らせたキラを見て、ハルトは今更ながらトールが手紙だのライバルだの言っていた訳がわかった。

 

「へえ、こいつは驚いた。」
愛想よさそうな顔で、男性士官――ムウ・ラ・フラガがキラ達の前に進み出る。

 

「な、なんですか?」
突然目の前に立ちはだかった背の高い軍人の姿に、キラは思わず身を引く。ハルトは黙って彼を見上げる。
ムウは微笑んで、さらっと言った。
「きみら、コーディネーターだろ?」

 

その言葉に、周囲の空気が凍りついた。
艦橋から降りてきたマリューが渋い顔でこっそりムウを睨んだ。
キラはためらったがふいにきっとムウを見返す。
「…はい」
一拍遅れてハルトも答える。
「…そうです。」

 

とたんにマリューとナタルの背後に控えていた兵士達が銃を構えた。銃口はキラ達を狙っている。

 

(…どうしてコーディネーターだと分かった?)
ハルトの頭の中はその事で一杯だった。
ハルトの父、スグルはナチュラルだ。母もそうだったらしい。こういうコーディネーターは「一世代目」と呼ばれる。
スグルはハルトに、自分がコーディネーターだという事を隠し通すように教えた。
それが分かった時に起こる厄介事を避けるためだ。
だからハルトは、ヘリオポリスからの友人にもコーディネーターであるということを隠していた。
同じコーディネーターのキラにも。

 

「…何なんだよ!それ!」
トールが叫び、かばうようにキラ達の前に出た。その声でハルトは我に返る。
「コーディネーターでもキラとハルトは敵じゃない!
ザフトと戦って俺達を守ってくれただろ!あんたら見てなかったのか!?」
彼はキラ達に向けられた銃口を睨みつけ、一戦をも辞さないという様子で必死に訴えた。

 

「銃を下ろしなさい」
マリューが命じた。
「そう驚くことではないでしょう。ヘリオポリスは中立国のコロニーだった。
戦火に巻き込まれるのが嫌でここに移ったコーディネーターがいたとしても不思議じゃない。」
「ええ…ぼくは『一世代目』ですし…」
キラがぼそっと言った。

 

「いや、悪かったな。とんだ騒ぎにしちまって。」
ムウが悪びれない調子で言った。
「俺はただ聞きたかったんだ――ここに来るまで、ストライクのパイロット候補のシュミレーションを見てきたからさ。
やつらノロクサ動かすにも四苦八苦してたんだぜ。――それをいきなりあんな簡単に動かしてくれちまうんだからさ。」

 

「…俺達、どうなるのかな…」
アークエンジェル内、居住区。不安げに肩を寄せ合っている中、カズイの口からそんな言葉がもれた。
住み慣れたコロニーを失い、親や家族とは引き離され、その安否も、一時間先のことも分からないのだ。

 

「…にしても、キラだけじゃなくハルトまでコーディネーターだったなんてな…」
トールがそう呟くと、寝ているキラを除く皆の目が一斉に皆から少し離れている場所にいるハルトに向けられた。
フレイに至っては薄気味悪がっているような目だ。

 

「…隠しててごめん。」
目を閉じていたハルトはその言葉を聞くと一瞬目を開けてそう言うが、またすぐに目を閉じる。
皆何かを言っているようだったが、ハルトには聞こえなかった。それほど深く考え込んでいたのだ。

 

(俺は…どうすればいい…)
父を殺したザフトは憎い。だがザフトはコーディネーターの集まりだ。そして自分もコーディネーターだ。
(俺は…同胞を殺せるのか?)

 

ふとヘリオポリスでの出来事が次々と思い出される。倒れている父のシーンから始まり、アドヴァンスの起動、父の死、
そして自分がアドヴァンスを駆って倒したジンの姿が思い浮かぶ。
(―――そうか、「できるか」じゃない。もう「やってしまってる」んだ。」

 

もう自分はコーディネーターを…同胞を殺している。今更同胞を殺したくないと言ったところでもう遅い。

 

(毒を食らわば皿まで…か)
不意に立ち上がる。
「どうしたハルト?」
トールの問に笑って返す。
「…ちよっとな…」
そう言って艦橋へ向かう。

 

――もう後戻りはできない。
ならば、地球軍として一機でも多く葬って、父さんへの手向けにする。

 

そのような復讐に染まった思考で、ハルトは艦橋への道を歩いていった。

 
 

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