第十一話 『正義の境界線』

Last-modified: 2014-08-11 (月) 22:11:27

ゴミ溜の宇宙(うみ)で
――正義の境界線――

 

「代理、センサー届きました。――やはり正面は囮です。艦隊は4隻全てダミーで確定!」
「良かった、70秒以上儲けた。――全艦直ちにワイヤーアンコネクト。サポートアームパージ。
離床後高度62m。ゲルヒルデ、オルトリンデの順で発進準備。発進後艦隊は逆三角陣で編成。
ブリュンヒルデは他の艦よりパワーが出るので最後に。各艦へ発進準備開始を通達。艦長?」
 アイマム。――隣の席から経験も、勿論年齢も上の艦長が、ごく普通にそう返事を返す。
短い緑の上着にベレー帽の少女、レベッカは違和感を感じずには居られない。
「代理、メカチーフより通信。ヴァルハラのメインハッチ開放タイミングを聞いてきてるけど?」
「予定より160秒早めます。ゲルヒルデの発進は170秒の短縮、あとの船も適宜早めて下さい」

 

「ベッキーのゲイツが出るなら、最後の最後。その時ゃ悪いが船に残った連中の為に犠牲に
なってくれ。相手が3機以内なら、おまえだったら一人でも2分以上稼げるはずだ」
 黒い服の上司の言葉を思い出す。その理想の上司足る彼は、敬愛してやまない先輩と共に
最前線に居る。二人とも1分稼げるなら最後どころか一番最初に進んで犠牲になるだろう。
「何故キャップと先輩が。力ある者こそ残らなければ……」
 悪いが俺もフゥも死ぬつもりはないんでな。かえってくる以上船を堕とすなよ? そう言って
ニッと笑ったウィルソンと、いつも通り表情の動かないフジコの顔がレベッカの脳裏に蘇る。

 

「ゲート開放開始を視認、現在1%。完全解放まで残り820。――代理?」
 適当にでっち上げたのに一番バランスが良くなってしまった。工廠純正よりも出来が良い。
とメカマンチーフが自画自賛する彼女の機体。機体ナンバーも他の拾われたパイロット達の
機体がシューティングスターA、若しくはB、Cという名前の登録であるのに対して、彼女のそれは
分室組と同じ肩のマーク、髑髏の旗。それにちなんだスカルフラッグスである。
 そのゲイツ。機体ナンバー、スカルフラッグス7は出撃待機で未だMSデッキに佇んでいる。
「了解。……発進タイミングを更に早めます。――ゲート解放24%でゲルヒルデは発進。
隙間のスペースは上下10m、十分です。ゲルヒルデ艦長、ビーコン無しでも行けますね?」

 

 配下の腕前を完全に把握した上で、自分の評価には絶対の信頼を置く。それが彼女から見た
艦隊司令、ウィルソンの指揮の基本である。
『全くぅ、要らないトコばっかりキャップとフジコに似ちゃってさ。可愛く無いったらないわ、ホント。
――ゲルヒィ艦長了解! 見てなさい。誰にモノ言ってるのか、解らせてあげるから!!』  
 分室組の腕前を完全に掌握しているわけではないが、少なくとも自分より悪いはずがない。
だからレベッカは指示の出し方のみはウィルソンを真似ることにしたのである。
「全員集中して! ウチが出るときもまだ20%未満よ? ぶつけたら……。代理、どうする?」
「艦長? ――えーと、じゃあぶつけた艦のブリッジ要員は一週間おやつ抜きにでもしますか?
……って、私も含めないとやっぱり不公平。ですか?」
 代理は責任、三隻分ね。りょーかーい。――みんな聞いたね? 気合い入れてくよ! 
そう言って笑う艦長を見ながら、ああ。やはり私は此処まで割り切れない。と思うレベッカである。

 

「ゲルヒルデ、超微速前進開始。ゲート解放継続中。オルトリンデから、メイン始動開始とのこと」
「オールステーションリンク。シグナルオールグリーン。サブエンジン噴射シーケンス開始」
「室長代理ニコルソンから総員へ。各砲座、ミサイル発射管全門用意。先ずは前方のダミーを
薙ぎ払います。――我々が生きることこそが正義、そして古来、正義は必ず勝つ! 以上!!」
 ――アイアイマム! 全員から彼女へ返事が返って来る。レベッカは逃げ道を自ら断った。

 
 

『もう動いた? ――キャップ。艦隊全艦、ヴァルハラより出航開始を確認!』
「アレはせっかちだからなぁ。現状で、……もう126秒! ひゅー。任せた甲斐はあったぜ」
 隕石に偽装したウィルソンとフジコのゲイツは、敵MS隊の背後に入り込みつつあった。
「最終的にアドバンテージ200以上確定だ! やってくれるな、さすがはセリア隊長直伝の
指揮官っぷりだぁ。アレで艦隊指揮が初めてなんて、言わなきゃだれも思わねぇだろうぜ?」
 ――そこまで読んだ上で彼女に? との問いにしれっと答えるウィルソンである。 

 

『MSの撃墜は狙わないのですか?』
 敵MS、MAはパメラが正面で足止め、ワチャラポンがサイドから挟撃、ジェイミーが
抜けた敵を狙撃。そして敵艦載機の真裏、敵艦隊主力の正面。ゲイツ2機のみで攪乱を計る。
 非常におおざっぱ、かつパイロットの技量が無ければ実行出来ない作戦。但しヤキンの亡霊
が仕切る作戦である以上、成功の可能性が高いと踏んだ。言う事でもある。
「あぁ、ブリュンヒルデから目をそらす事が出来ればそれで良いんだ。あっちに要救助者が
出れば結果ますます時間が稼げる。200超えれば俺とおまえ以外は全機戻れる」
 但し、件のデュエル率いる新型ダガー部隊も当然そこに居るはずである。突っ込んだが最後、
自分達が無事に帰れる可能性は一気に低くなる。

 

「320なら我々も戻れますね?」
 ――まぁ、そうだな。確かに計算上350は軽く超えそうだが……。あまり普段無い
方向性の会話にウィルソンは多少戸惑う。
「ならばレベッカを褒める為に最低二人の内一人は戻らねばなりません。それに、……例の
フィールドワーク、結果の検証をしなければいけません。……えぇと、その」
「……は? 検証、な。――わかった。二人でブリュンヒルデに帰るぞ、良いな!?」
 プツン。いきなり通信モニターの画面が消え、サウンドオンリーの表示にイエス・サー。
と言う、何時も通りのフジコの事務的な返事のみが重なる。

 
 

「あれ? 加速しすぎです。操艦、じゃない。圧力だ。――艦長、機関室を。このままでは……」
 いきなりレベッカの傍ら、コンソールの呼び出しがなる。
『ニコルソーン、どうしよう。プレッシャーが下がんないんだ! ……これ、爆発しちゃう!?』
「1号? ――判った了解。えと、B、C系統全面シャットダウン、4から12番ポンプ手動でカット。
それとA系統インジェクタ稼働率を30%以下にさげてバルブ全開。――見習いは卒業でしょ?
正規の機関士なんだから、慌てないでこれくらい判断してよ! 全くぅ。だいたいさぁ……」
 何かを言いかけたレベッカを手で制すと、すかさず隣席の艦長がインターホンを取り上げる。

 

「機関室! いちいちエンジン不調時のシーケンスを指揮官にレクチャーさせるつもりなの!?
ブリッジにはデータ以外あげないのは常識! 統括機関士長は何をしている、出しなさいっ!」
 叱責しながら考える。人は足らない。自分が艦長をやる程だ、間違いない。そしてそれなりに
優秀な人材が集まっているのも本当だ。頼りなく見えるゾディアック組もエリート候補生である。
 そして現司令代行のレベッカは元々パイロット。船の構造詳細なぞ、知っている道理がない。
だが彼女は、改造した上危険なトラブルを起こしたエンジンについて、的確にさばいて見せた。
 過去、彼女の所属し全滅した部隊は、実質彼女が指揮した者のみが助かったのだと言う。
「代理、艦長の私が至らず申し訳無い。以降気を付けて最大限サポートします、指揮に専念を」
 出来る能力を持った者が出来る事をする。12分室の唯一にして最大の掟である。

 
 

「司令、どうやらダミーがバレました。2番4番の反応消失。恐らくは巡洋艦主砲クラスの直撃に
よるものと思われます」
 ブリッジの真ん中、立体航宙図から次々にダミーのマークが消える。
 白いスペーススーツに大佐の階級章。ヘルメットを首のハンガーから外しながら、
ラ・ルースは何時も通りの鉄面皮で淡々としている。
「多少早かったが構わんだろう。今更逃げを打っても間に合うまい。――艦長、始めようか?」
「ラジャー。対MS戦用意っ! 全砲塔、ミサイル発射管開け、イーゲルシュテルン起動。
CIC、ミサイル発射管は全門アンチビーム装填。――Dナンバーズは司令の別命あるまで待機」

 

「出来れば向こうの損害もあまり出さずに終わりたいものだな。なにしろブルーコスモスを
叩ければ、ナチュラルとコーディネーターのわだかまりを払拭できるのだ。軍人冥利に尽きると
言うものだろう? 人類の平和というこれ以上ない”正義”の名の下に戦えるのだからな」
「軍隊は平和の為に正義を背負って戦うのものと決まっています。特に我らはそうでありましょう」
 ――ラ・ルースの言う正義は果たして自分の正義とどれだけ隔たりがあるだろう。
 艦長は口には出さない。手法の差こそあれブルーコスモスのやりかたに反発する
部分は同じ。そして何よりラ・ルースは拾ってくれた恩人である。
「全くだ。良くわかっているな、艦長。――全艦に告ぐ、正義は我にあり! 全艦、前へ!!」
「偽装解除。最大船速、当艦先頭で単縦陣組みつつ前進。正義は我にあり!」

 

「敵の数は!?」
 戦闘中といえど動かすなと言われれば、エース部隊Dナンバーズは艦長には動かせない。
一方のラ・ルースは索敵地域を指示して以来、表情というものを消し去って無言で艦橋に座る。
「当艦を基準として、グリーン25アルファからブラボー。MSが5、メビウスをリモートで動かして
いると思われるものが5。オレンジチャーリーからデルタに展開するMSが4、都合、――いや、
報告! レッド156マーク11ブラボーに新たな敵MSを確認、数7。ジンの高機動型と推定!」
「当方の被害ダガー3,メビウス7。――グリーンアルファを突破した先に、敵狙撃部隊を確認!」
 正面の浮きドックを改造したと思われる目標は、エンジンが改装され、砲塔さえ備えている。
というのに動かない。そして接近するアンノウンが二つ。やはり艦長は黙っていられなくなった。

 

「司令、あの二つのデブリはどう見ても敵のMSかと。確かにその為のDナンバーズですが……」
「この戦力差で本気で潰しに来るとはなかなかどうして。――艦長。私にはな、あのデカ物が
本体とは思えんのだ。向こうが来るのが早いか、こちらが見つけるのが早いか。……面白いな」
 と、オペレーターの一人が立ち上がりつつ振り返る。
「緊急! 浮きドックの先、距離不明ですが、グリーンデルタにナスカ級と思われる反応あり!」
「居たか……。艦長、読み通りならアレがヤツらの本体だ。Dナンバーズを分割して強行偵察隊
を編成したいが、どうか?」
 コピー、少佐に連絡を。――艦長に答えは、だが一つしか用意されていないのだ。 

 

『ボルタ、グリン。それとシエラも来い。D1以下残りはカエサル直援! ――デュエル、出る!』
 ――EWACストライカーのD2を連れて行け。艦長が指示出来たのはそれだけだった。
「アンノウン2個が明らかな人為的機動で320°転進。目視した噴射炎からゲイツと推定」
「ふむ……、此処までは予想通りだがヤツらの目的……。殺してしまっては勿体ないが」
「少佐にまだ繋がるか? ――自分だ。亡霊は出来得る限り生かして司令の前に連れてこい。
――あぁ、勿論命令だ。……命令遂行に際し少佐の最大限の努力を期待する。以上だ」

 
 

「グラスパーがついて来れない? 何でだ? 向こうの方がスピード出るだろうが!」
「機雷原にかかった模様。損害は無しですが、大幅に迂回する為合流までプラス320との事」
 不味いな……。連れてきた3機のうち1機は電子偵察機、他の2機はソードとランチャー装備、
エールストライカーは彼のみ。パイロットで急遽選んだのでこうなったが、本来グラスパーからの
換装でD2以外はエールで機動力を確保して亡霊と格闘戦に持ち込む。
 そう言う腹づもりだったシェットランドはデュエル・プラスのコクピット内、冷静に考える。
「機動力はそれでも同等か若干上、数は勝ってる。ならば腕の差だが……」
 相手はMSたった数機でエターナルの直近まで潜り込んだ、と言う情報が上がっている程の
凄腕。自分が勝っているとは決して思えない彼である。

 

「敵MSは、現在イエロー23マーク22チャーリー。距離を徐々に詰めつつ併走中。
角度が現状のままなら、約250秒で我が隊斜め後方43度よりコンタクト!」
 ――アンノウンの現状位置は? の問いに即座に返答が返る。索敵、情報収集に特化した
EWAC(※)ストライカーを装備し、それの扱いに長けたパイロットのD2が居るからではある。
 これを浮きドックの裏側に送り届けるのがメインの仕事だが、その前に”一仕事”がある。
「ゲイツ2機、か。ってこたぁ、反応はおなじみのジョリーロジャー野郎と白線のヤツだな?」
『前回会敵した機体との熱紋合致率97%強、ほぼ断定して良いと思われます』

 

 相手は百戦錬磨の亡霊。多分速度を上げて前方に回り込む。いや間違い無く回り込んでくる。
 いきなり奇襲作戦を破棄してシェットランドの部隊の追撃に切り替え、機雷をバラまきつつ、
追いついて来る。それだけでも驚愕に値するのに、更に先回りするなら移動経路も確保済み。
 恐らくデュエル・プラスを前面に、強行偵察隊を出す。その事さえ、予測の範囲内なのだろう。
「ウチの司令閣下のお考えまで計算済みとは恐れ入ったぜ……」
 データ画面には【エネミー】の注意書きのついた2つの点。G兵器の流れを汲む特殊な機体を
使っているわけでもなければ、あのジョーダンの乗ってきたNJC搭載型でもない。スピードも
パワーもただのゲイツだ。コース、タイミング。次の手を完璧に読み切り、更にそのはるか上を
行かなければ先回りなどムリなのだが、恐らくはやる。それをやるのがヤキンの亡霊だからだ。

 

「シエラ、グリン。ボルタのD2に多分白線が行くからガードしろ。敵の撃墜はねらう事はない。
出来れば白線は拿捕。ボルタは逃げまくってEWACストライカーの損傷を最小限に抑えろ」
『リーダーはどうすんだ? まさか単騎で亡霊とやりあう気じゃ……』
 やりたかねぇがな……。だが思った言葉と口に出す言葉は違った。
「“お客さん”が俺をご指名で来るんだぜ、グリン。失礼があっちゃあ艦長サマに怒られんだろ?」
 敵は闇に紛れ、ゴミを兵器に変え、たった数機のMSだけで部隊全体を混乱に陥れる能力を
持った特殊部隊。今回も、たったの2機で本陣奇襲のはずだったのだ。

 

 だからこそ、そこに隙がある。自分を納得させるようにシェットランドは、モニターに映る
光点を見つめる。どんなに優秀なパイロットだろうが量産型がたったの2機である。
『“亡霊”はリーダーをピンポイントで狙ってくる、と?』
「まぁ来てくれなきゃ困る。その為のデュエルだし、命令は生け捕りだ。……俺は撒き餌だろう
からな。俺に食い付いてくれる価値がねぇってんなら、デュエルは司令に返すしかねーだろ?」
 少なくともラ・ルースはそうだろう。但し自分が本当にそう思っているかどうか。エースパイロット
とやり合える、と言う事に関しての高揚感は感じるものの、自身でさえ良くわからない
「シエラ、フォーメーション組めっ、たぶん白線は正面、グリーンデルタあたりから来るぞ!」

 
 

「いくら命令でも承伏できません、性能差は明確です。2機ユニットを崩すメリットが見えません」
 MSを示すマークが4つ。編隊を組んでいるのはウィルソンのモニターでも見て取れる。
「メリットか……。デュエルがまっすぐ俺に向かってくるのは端から判ってる。ここまで逃げまくって
来たからな。あちらサンも決着をつけたがっているさ。それに……」
 脂汗を浮かべて指揮を執って居るであろうレベッカの顔が浮かぶ。
「ブリュンヒルデがMS回収の為に待ってる。製造歴も就航歴も所属もないナスカタイプ。データ
どころか鮮明な映像さえ、撮られるわけには絶対にいかん。命に代えてもヤツらを止める!」

 

「何故そんなにリュンディに固執するのか判りません! 状況からみて部隊存続にとって
必要不可欠なのは船よりキャップの存在です。必要以上に危険に身をさらすのは……」
 コンタクトまで残り369秒。モニターの数字が減っていくのをウィルソンは見やる。
「黒い部隊の存在、明るみに出ると困るのは誰だ? 後の話し合いで不利益を被るのは
ザフトでも最高評議会でも誰でもない。プラントに暮らす一般市民だ……!」

 

 バイザーで隠れて細かい所は見えないが、フジコが珍しくやや感情的に返事を返す。
「そのプラントに、我々は見捨てられたのですよ!? 付き従う義理など何処に……」
「俺たちは誰の為に戦ってきた? 少なくとも俺は、プラントの普通の人々の為に命を張って
来たつもりだ。……おまえはレーダーのヤツを潰せ。他の高性能型は無視して良い。
承伏できないと言うのならそれで良い。船に戻って直援に付けっ! セリア隊長、返答は!?」
 ――コピー、レーダー付きを潰し、その後キャップの援護に回ります。以上。それだけ言うと
通信は切れ、隣を飛んでいたゲイツは角度を変えて見えなくなる。
「――すまない。フゥを俺の正義につきあわせる権利など、本当は俺には……」

 
 

「代理、どうしたの?」
「報告! 艦長、ジェイミー・エラン班。帰投します」
 レベッカがインターホンに手を伸ばしかけたのに艦長が気づいて、声をかけたタイミングで、
オペレーターから報告があがる。
「全機甲板にのせてケーブル接続。こないだローラシアタイプの主砲外して作った砲を
三機全機に持たせて。浮き砲台としての利用もあり得るからワイヤの接続も同時に!」
「アイアイ。ジェイミーさんに伝えます」
 艦長は、事前にレベッカから指示のあった通りオペレーターに返事をしながら隣の
レベッカを見やる。既にインターホンを顔につけている

 

「ニコルソンです、メカチーフに。――私の機体の準備を10分で。……はい、お願いします」
「代理! 何を……」
 すっくと自席に立ち上がったレベッカを仰ぎ見る形になる艦長。
「必ず出るわけではありません。でも、現状キャップの班のみが作戦遂行遅延中です。支援に
出た場合、帰ってこれる目処が立たなければ、私がブリュンヒルデの加速する時間を稼ぎます。
その後の指揮は艦長に一任。私を含め3機全て見捨てて下さい。……キャップからの命令です」
 眥(まなじり)を決して、ベレー帽を脱いだレベッカにオペレーターから声がかかる。
「観測班から代理に緊急。ヴァルハラの2ndセイフティ解除の回転灯を視認とのこと!」
 早すぎる。ウィルソンが帰投シーケンスに入ってから解除のはずだったが、ともあれ。
「……艦長。とりあえずデッキに下ります。キャップとセリア隊長の位置と状況、確認を大至急!」

 
 

「D2ボルタ、聞こえて? D4ベルーガよ。リーダーの読みが当たればこないだの白線の
ゲイツはこっちに来る。リーダーからの命令でもある以上、Dナンバーズの誇りにかけて、
逃げて逃げて逃げまくるのよ! 高機動戦闘の達人としてD2を任されてんだからさ!」
 シエラ・ベルーガ大尉。男性としての魅力はともかく、軍人、士官として、パイロットとしての
シェットランドに惚れ込んだ彼女は、大戦前から志願して部下となり、行動を共にしている。
 シエラに限らずMS、MAのパイロット、メカマン達の求心力は意外にもシェットランドである。
「D4シエラ、グリンだ。俺はランチャー、おまえはソード。白線とやり合うには少々装備が……」

 

「グリン、何の為のダガーLヌーボォさ! ここでしくじったら、またリーダーが冷血司令や
陰険艦長に嫌味言われんだよ? 出撃のたんびにそんな目に遭わせる部下が居るかい!」
 彼の性格と思想から重要任務では置いてけぼり、総力戦では最前線送りが常ではあったし、
だから彼が201艦隊でGを受け取り大隊長の地位にある事自体には満足している彼女である。
『ベルーガ副長、グリンさん。物足りないかも知れませんが自分は大丈夫であります』
『ぬ。……すまん、ボルタ中尉。勿論、おまえの腕に疑問はない。シエラも文句はないな?』
 ――リーダーの選んだDのメンバーだもの。出来なければ選ばれない。そう言いながらも、
正面から当たる以外に打つ手が無いか考えるシエラ。力の差は十分認識している彼女である。

 

「――くっ。どうして認識できる程に実力差のある敵を拿捕せよなどと、無理のある命令が……」
 シェットランドの待遇については納得しているものの、ここ暫くの”仕事”の内容については
彼女には大いに不満があった。
「よし! 来るのが白線なら、こっちは思い切って行く。グリン、あんたは前に出て牽制。
ボルタは私が守ってやるから、予定通り逃げまくる。――但しパックは破損しても良し!」
『でも副長、リーダーがパックを守れと……』

 

 命令は絶対。勿論だ。但し作戦遂行に支障を来すというならば、現場で出された命令を
多少無視しても良かろう。それに命令には“出来れば”が付いたのだ。現状は、出来ない。
「私らの任務はナスカ級の偵察。ならばパックが無くても機体が辿り着けば済むじゃないか。
目視とカメラで映像押さえれば終わり。それにあと8分ほどで予備の燃料も到着する」
『……わざとパックを囮に使うようなことはしませんよ? 一応リーダーの直接命令ですから』
 コスモグラスパーの到着はほぼ480秒後。つまり戦闘で大立ち回りをしても、機体さえ
壊さなければ武器弾薬、燃料の補給は確実にここに来るのだ。
「構わない、任せる。――で、こっちのゲイツは亡霊本人じゃない。となれば……? グリン!」

 

『わかった。最初から狙っていくがアグニ(大砲)に当たってくれるタマじゃない、多分抜かれる、
そんときゃシエラ、間違いなく対艦刀で白線を頭から叩き割れ。――そう言う事だろ?』
 ――コンタクトまであと80。通信からボルタの固い声が流れる。
「おうともさ、亡霊本人じゃあないなら、生け捕る必要なんて無いだろ! ――上級大尉でなく
私を連れてきてくれたんだ。上司の功績を挙げずして何が部下かっ……! ――展開っ!」

 
 

「3rdセイフティも解除された? 連中、今回は本気だ。と言う事ですね、キャップ……」
 サブディスプレイに流れるデータの羅列の中に該当するデータを見つけたフジコが呟く。
「前衛に大砲、レーダー直近に大剣か。ふっ、ひねってきたな。――だが、常に事態はキャップの
思惑通り、動かぬならばいつも通りに私が動かすまでだ……! 皆殺しだ、ナチュラル共!」

 
 

予告
ヴァルハラ撤退戦。
デュエルプラスが骸骨機のゲイツを見つけ捕縛のために立ちはだかる。
ゲイツもまたデュエルプラスを足止めするためにライフルを構える。
双方、生きるために戦いが必要なのだと信じながら……。

 

 ゴミ溜の宇宙(うみ)で
 次回第十二話 『会敵』

 
 
 

作者注 
※EWAC【イーワック】(Early Warning And Control)は早期警戒管制システムの総称。
 これに特化した航空機を早期警戒管制機(Airborne Warning And ControlSystem)と呼び
 空中警戒管制システムや空中警戒管制機とも言われる。略称AWACSは一般的には
 【エーワックス(エイワックス)】のように読むことが多い。 

 

 種死に出てきたAWACSディンの機体ネーミングは、レーダードームを抱えて飛んでいる
 ので間違いでも造語でもなく現存兵器に通じるものだ。と言う訳ですね。
 EWACとAWACS。戦争ものやSFでは意外に目にする言葉ですが違いが分からなかった
 のでちょっと調べてみました。

 
 

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