第1話 【着任挨拶】

Last-modified: 2016-05-22 (日) 14:06:55

水平線の彼方
着任挨拶

 

「海と言うのはすごいものだな。この広さときたら……」
 民間の貨客船を改修したと思われるプラントとザフトの旗を掲げた船の甲板の上。
略装服の兵士たちに囲まれながら、詰め襟の襟元をくつろげつつドノヴァンはそう言った。
「隊長は地球(した)は初めてですかい? 海だけはプラントじゃあ物足りねーや」
 ――もっとも俺たちゃこの海の中に潜るのが商売ですがね。略装服の胸元を大きく
開け、したり顔で笑う潮風に焼けたヒゲ面は、彼の配下になる予定の艦長である。
「ちょっと怖いね、この辺だって水深300mとかあるのだろう?」
「マリアナ海溝ならその十倍はありますぜ? クロムウェル隊長。 もっとも、こんだぁ
水圧で船が持たねってなもんで、そこまで潜ったこたぁもちろん無ぇんですけどね」

 

「しかし、艦長自ら出迎えに来て貰って良い物なのか? そもそも……」
「堅いこたぁ言いっこ無しで。もう一隊が動いてる以上、今は待機で動けねーんですし」
 オペレーションスピットブレイク。まだ攻撃目標さえ通達されないその作戦の為に
ザフトは地上の各前線基地へ戦力を集中させつつあった。その状況からおそらくは
パナマへの総力戦。そして地上軍の増強の為、人材もまた宇宙(そら)から各地へと
配備されつつあった。今海風に吹かれているドノヴァンもその一人である。
 辺境の基地にシャトルが降りるような空港など無い。だから近隣の大きな島から船で
移動する事になっていた。

 

「隊長用のMSはまだ来てねぇ様ですが、ゾノがウチにも配備になるんで?」
「済まないな、艦長。水中戦はどうにも苦手でね。結局俺の機体はディンになる」
 既に一度実機での演習は済ませた。意外に重力下での空中戦は上手く立ち回れそうだ。
もっとも素養が無ければ下に下ろされたりはしないか、とこれは半ば自嘲気味に思う。
「ゾノはグーンと規格が違うんでさ。船の改修がいらんのはむしろありがてぇ限りで」
 配下はボスゴロフ級が4隻とディンとグーン半々。まともな指揮など執れるのか。
――取りあえず旗艦艦長は協力的で良かった。その部分で胸をなで下ろす彼である。

 

「一つ気になる事がある。まぁこれは俺の立場で気にしても仕方が無いのだが」
「ウチの連中はみんな気の良いヤツばかりですぜ? 俺も含めてね。……はっははは」
 ――そこは艦長の言を全面的に信じるさ、そうでは無く。そこで彼の声はいささか小さくなる。
「ザフト領ではあっても基地の島は、……住民はナチュラルが主だろう? プラントや
ザフト、いや有り体にコーディネーターに対する対感情はどうだろうと。そう思ってな」
「圧政も隷属もしいちゃいませんがね。――ただし、占領した事実は変わらん、とすれば」
 そこまで言うとさすがに艦長も声のトーンを落とす。
「そう。関係は良くも悪くも普通、ですがね。――面白く思っちゃあいないでしょうな」

 
 

「大丈夫だ、あとは歩いて行けるさ。出迎えご苦労。……では明日の朝、オフィスで」
 港に出迎えに来ていた数人の軍服と敬礼を交わし、船に戻る艦長から宿舎の場所を
聞いたドノヴァンはコーヒーでも飲もうと町を歩いていた。荷物は別便で既に送ってある。
「俺のパンツは昨日のうちに宿舎に着いているんだろうな? 裏返して明日も履く、
なんてのは勘弁して欲しいモンだが」
 もっとも荷物が着いてないとしても着替えや身の回りの物。全て現地調達が可能な
物ばかりだ。それに下着の類なら総務にねじ込めば何とでもなる。無くて困る物など
何も無い。それに大事な物など、そもそも初めから持ってさえ居なかった。
「意外に大きい町なんだな。ランニングだけでも当面退屈しないで済みそ……。ん?」
 偶々周りを見渡した彼の目には、少し入り組んだ路地の奥。ロゥティーンと見える
銀色の髪の少女と、それを路地に押し込めているザフトの略装制服3人分が映る。

 

「あ、あたしは用があるんです! 解放して下さい、もう時間が!」
「別にどこに行こうとかまいはしねぇよ。ただその前にちょっとだけ、俺らとお茶でも
飲もうぜってそう言う話じゃねぇか」
 ドノヴァンの娘、と言っても年齢的にはおかしくない少女は、しかし口ぶりに反し
あっさりと壁際に追い詰められる。華奢なシルエットは軍人の男3人に対抗するには
パワーが足りなかった。ショートにまとめた髪が流れ、正装と見えるスカートがなびく。
「時間的にはお茶を飛ばした方が効率良いんだけどな? 俺らが紳士的なうちにさぁ」
「ザフト、ひいてはプラントに逆らってこの先。どうやって生きてくつもりだ? 
なぁ、お前一人の話じゃ、もちろんねぇんだぜ? ……俺らと揉めると代表さんが
迷惑する事になる。子供じゃねぇんだ、わかるだろ?」
 その台詞を聞いた少女は大きな目を更に見開いて絶句する。
 感じているのは怒りか絶望か、日に焼けた健康的な小麦色の顔から血の気が失せていく。
「…………っ!」
「理解して貰えたようだな、賢いじゃねぇか……」

 

「キミらがどこの部隊で何屋をやってる誰なのか、俺は今現状知らんし、他人様の
ロリコン趣味をとやかく言う程、清廉潔白な人間のつもりも無い。……だがな」
 路地の入り口、ドノヴァンが立つ。
「いったい何者のつもりだ。コーディネーターと言う言葉の意味を、ここで今一度
考えてみる事を進めるぞ。ザフトとしての矜持なんかよりよほど重要な気がするが?」
「てめぇ、なんのつもりだ。格好付けてると痛い目見るぜ?」
「あのオヤジ、ザフトの詰め襟? 見たことねぇが基地の事務屋か……?」
 ドノヴァンは口元に笑みを浮かべ、ポケットから手を出すと腰を落とす。
「ヤルってんなら受けて立とう。遺伝子をいじくろうが男は気高く美しいレディのために
戦うものとDNAに書き込まれてる。宿命ってヤツだな。今やおっさんになろうとも、
そこは絶対に曲げられん。三対一か、……ふふん、久々に燃える展開ってとこだな」

 
 

「止めて下さい! あたしのために怪我をするとか、そんなの間違ってますよ!」
「怪我をするつもりは無い。それと間違いかどうか、決めるのはキミじゃ無い。……俺だ。
――さぁ、おっぱじめようぜ、初めは何奴だ? それとも三人、まとめてくるか?」

 

 夕方やや早く。オープンカフェのテーブルに金髪を短く刈り込んだ私服姿の
ドノヴァンと。その向かいに彼が昼に助けたロゥカットと名乗ったロゥティーンの少女、
その隣に長身で細身、長い黒髪を綺麗に編み込んだ女性の姿があった。
「クロムウェルさんと仰るんですね。……あなたも、この娘も。何も無くて本当に、
良かったです。――ロゥカット、こういう時は改めてキチンとお礼するんだろうがっ!
いつまで子供のつもりだい! ほら、もたもたすんじゃ無いよっ!」
「あ、あの。……ありがとうございました」
「あぁ、良いよ良いよ。かたっ苦しいのは俺ぁ苦手でね。何も無いも何も、あいつら
そのまま居なくなっちまったじゃねーか、だよな? ロゥカット。――俺のことは
ドノヴァンで良い。……えーと、パプリカ=ジェーン・メラサイトさん、で良いのか?
素敵な響きの名前だな、とても似合ってる」
「ありがとうございます。ではドノヴァン、私のこともパプリカと呼んで下さい」

 

 ドノヴァンが啖呵を切った直後、少女ロゥカットにつきまとっていた三人は
捨て台詞さえ無しにその場から姿を消した。あっけにとられたドノヴァンではあったが、
すぐに制服の胸のバッジが見えたのだろうと思い直す。
 部隊指揮者章。そのバッジが付いている以上、何処かの『隊長』である事だけは
間違い無い。ザフト内で隊長の肩書きは言葉以上に重い。
 建前上階級の無いザフトではあるが、組織である以上序列はある。どこの部隊なのか
お互い知るよしも無いが、自分より序列が上の者に正面切って刃向かうのは、ましてや
『隊長』相手にそれをやるなど、ザフトの人間として頭の良いやり方では無い。
 顔をじっくり覚えられる前に逃げるのはむしろ当然だ。

 

「……ドノヴァンのおかげで会合に遅れずに済みました。遅れたら来月の食糧の
配給が半分になっちゃうトコでした」 
 ――この娘が居ないとその場での計算が出来なくて。見た目と違って優秀なんですよ。
そう言うとパプリカは、健康的に日に焼けた少女を見つめていかにも楽しそうに
笑みを浮かべ、一方のロゥカットはほおを膨らます。
 見た目。いかにも元気で可愛いティーンエイジャーであるロゥカットと、長い髪を
編み込んで民族衣装を身に纏った、誰が見ても美人のカテゴリに入るだろうパプリカ。
「ちょっとパプリカ! あたしの見た目がどんなだって言いたいわけっ!?」
「明らかに一本足んないだろぅ? あんたはサ。だからいっつも変なのに絡まれンだよ!」
 見目麗しい美女と、一緒に居るだけで眩しくなるような少女。いかにもいかつい
おっさんの自分とテーブルを挟むにはそぐわないな。ドノヴァンはちょっと肩をすくめる。

 
 

 ドノヴァンが族を撃退した後。用事はあるのだがどうしても礼をしたい、という
ロウカットと名乗った少女からこのカフェでの待ち合わせを約束させられ、彼女の
用事の終わった今。こうして3人でコーヒーを啜っている。と言う事だ。
 当然、ザフトと現地人の軋轢のようなものを警戒したドノヴァンは宿舎へと向かって
私服に着替えてきている。当初から一番の心配事である。

 

「パプリカは村の代表様だったんだな、色々失礼があったら済まない。何しろ俺は
黄道同盟設立以来この歳まで、ずっと宇宙(そら)で実行部隊に居たもんだから、
なんだ、その。礼儀とかそう言うモノとは無縁なもんでな」
「あた……、いえ私も人の道はともかくマナーのようなモノはさっぱりなんです。
漁師の家の娘ですから、その、お作法のようなモノはもう。……私もこの娘も全然で」
「おっさんに遠慮することは無いさ。俺に対して礼を失する様なことがあっても
食糧の配給が減ったりは絶対しない。何故なら、俺が気付かないからだ」
「あははは、ドノヴァンさんホントに気が付かなそう!」
「これっ、ロゥカット! ――本当にごめんなさいね、ドノヴァン」
「はっはっは……。いいさ、ほんとうの事を言われて怒る程狭量じゃ無いつもりだ。
パプリカも普通に喋ってくれて良いんだぜ。気を使うなら別のことに使えよ」
「いえ。でも……」
「せっかく友達になったんだ。――どうせキミらの待遇に口出しできる立場でも無い」
 パプリカの笑顔を視るに付け、むしろこのことを悔しく思うドノヴァンである
「私も、……いやあたいも。がさつって言うならその辺の男衆には負けてないんで、その」
「むしろ村ではパプリカが一番非道いよね!」
「このっ、ションベンたれの分際で、調子ん乗って余計なこと言ってンじゃあないよっ!」
 真っ赤になってロゥカットにくってかかるパプリカ。――見た目と言動のギャップが
イカすなぁ。ただ口に出すと絶対に好意を示す言葉だと思ってもらえない、なので
思うだけ。その程度の常識はドノヴァンも持ち合わせていた。

 

「……ドノヴァン。隊長さんだから忙しいとは思うんだけど、お願いが。あるんだ」
 別れ際、何かを言いたそうにしていたパプリカがやっと口を開く。
「今度、あたいんトコに遊びに来てくんないかぃ?」
 パプリカに招かれて喜ばない男は居ない。但し、今のドノヴァンは素直に喜べない。
さっきの騒ぎを見ても分かる通り、ザフトと現地人の間には明らかに軋轢がある。
 そして。――当然、俺みたいなおっさんを招くからには何かしら理由もあるだろうな。
ザフト上位のものとパイプを作りたい。彼女が今、相対しているのはザフトの隊長。
それが透けて見えてしまっても、村のために必死で誤魔化そうとしているパプリカ。
 彼女があまりに頭が切れて凜として居るせいで、かえって哀れに思えた。――だから。
「あぁ、そのうちに行ってみようか。その時はガイドを頼むよ」
 とだけ言って二人と別れた。

 
 

 ボズゴロフ級が4隻、MSはグーンが5機、ディンが自らを含め4機。彼が要望した
電子戦仕様ディンの代わりとしてAWACS仕様に改装されたインフェストゥスが3機。
その他哨戒用のヘリやアジャイル、地上スタッフ。クロムウェル隊に係わる兵士は当然
二〇〇人を軽く超える。想像以上に大きな部隊を率いることになったドノヴァンである。
「……具体的な指示が方面軍から通達されない以上、我々は現状で待機となるが
全ての事態に即応出来るよう各員普段の準備を怠らないよう。……それと」
 赴任して1週間。詰め襟の緑の服から黒い略装服に見た目の変わったドノヴァンは
自らが率いることになる部隊全員を集め、演壇上に立ってブリーフィングをしていた。
 ――もっとも、何も話すことなど無いのだけれどな。と小さくため息を吐く。

 

 目下の行動目標はオペレーションスピットブレイク。但し、作戦詳細はおろか
決行日時も作戦目標さえも通達が無い。極秘作戦にも程があるだろうと思いつつ
極秘で入ってきた情報を考えれば、それも然もありなん。納得せざるを得ないか。
と、彼が思わざるを得ない事情はあった。
 戦況が日々緊迫する中、あの砂漠の虎が部隊ごと墜ちた。との情報が入ってきている。
駐屯地内でも現状上位10人前後しか知らない情報ではあるが、カリスマと一騎当千の
部隊を失ったアフリカ戦線の状況は情報とほぼ時を同じくして、みる間に悪化していた。
 その情報がガセかどうかなど、この辺境の島でさえ疑う余地が無い程に。

 

 オペレーションスピットブレイクは、地上に展開するほぼ全ての部隊を投入する為、
決行時はアフリカ、アジア戦線の維持を放棄するのだとさえ言われている。その噂が
本当であればザフト地上軍の命運を決するような大作戦である。
 それ故に目標はパナマでは無く連合軍本部では無いか、と言う噂も立っている。確かに
成功すれば軍としての地球連合の指揮系統を分断し、戦況を一気にひっくり返せるだろう。
 但し、いくらMSが優れた兵器だとは言え物量差までをひっくり返すには至らないのだ。
もし仮に、地上に展開するザフト地上部隊全軍を完全に投入出来たとしても戦力差は歴然、
相打ちにさえならず連合軍圧勝。そんな自殺のような作戦はあり得ないだろう。

 

 いずれにしろ。だからドノヴァンは部下に語るような事の持ち合わせが無い。
「……特に質問のある者が無ければこれで終わるが、パイロットは全員残ってくれ。
――先だって通達した通り、各艦艦長、副長、各科長は1500に第二会議室に集合。以上だ」
「きをーつけぇ! 敬礼!」
 大きな講堂の中、姿勢を正し敬礼をする衣擦れの音だけが、静かに硬く響いた。

 

「確かに資料は見ているし、シミュレータもだいぶ回したが実際の運用はどうして
居るのか、その辺を直接聞きたいんだよ」
 演壇の近くに用意された長机に集まった十数人。主に話を進めるのは自らも
かつてディンでスピアヘッドを追い回し、今はグーンを駆る現MS隊の統括である。

 
 

「隊長はディンでしょう? 宇宙(うえ)でシグーだったなら操縦系はほぼ同じ、ただ
銃を持った時のモーメントバランスに注意しておけばそれで良いかと。ただショットガン、
M1001は重いしマウントしてる場所の関係上、基本左で持ちますから、そこで
だいたいバランス崩すんですよ。意識しておけば失速前に立て直せますけどね」

 

 宇宙と違って地上では当然重力がある。重心が移動すれば当然その分重力に引かれ、
バランスが崩れる。コンマ数秒。それで対処出来なければただの落ちていく的になる。
「まぁ釈迦に説法の部類でしょうけど、シェルの有る無しでもガラッと運動性が
変わるんで出来る限り慣れておいた方が良いでしょうね。あと羽を一、二枚飛ばされ
ても基本、空力制御が難しくなるだけってのを覚えとけば慌てないで済む、かな」
「ありがとうジェイムスン、だったな。実機の方でもやっておいた方が良さそうな話だ」
 彼の機体は漸く昨日使用可能になったばかりだ。

 

「グーンはどうなんだ。未だ格納庫でしか見ていないが」
「明日の午前、予定通り全機演習で回しますんで見て下さい。まぁ資料の通りで
陸(おか)に上がっちまえばMSというよりはデカいトーチカになっちまいますけどね」
「やはり揚陸部隊のジンを上陸させるための支援がメインになる、か……」
「火力はあるんですがねぇ。なにしろアレで格闘戦やらかすのは例のモラシム隊くらいで。
俺も正面から戦車を潰して廻れと言われたら三両も落とせずにやられます。連合に
MSが居ないんでそう言う意味での格闘戦も無いし。だから小回りが効いて揚陸も
水中運用も出来る移動高射砲くらいの考えで良いのでは無いかと」

 

 モラシム隊長の話は彼も聞いている。砂漠の虎がバクゥの性能を最大限に使い切る
砂漠戦のオーソリティなら、彼はグーンの持ち味を引き出す水陸両用作戦の達人で
事実、正面切っての揚陸作戦さえグーン2個小隊のみで成功させた実績を持っている。
 これに並ぶような運用をしろ、と言う方が指揮官としてはどうかしている。

 

「逆に揚陸部隊との連携が取れなきゃ的になっちまうと言う事か。相手がいくら
リニアガンタンクだろうとまともに直撃を喰らえば、MSとは言えひとたまりも無いよな」
「その辺は期待してますよ、隊長。正直、ウチには今までキチンとMSの戦術論を
語れる人間が居なかったもんですから。……辺境の部隊とは言え俺達もザフトのため、
ひいてはプラントのため、役に立ちたいんです。役に立てるように指導して下さい!」
 特に誰もなにも言わないのに彼のその言葉に合わせて全員すく、と立ち上がると
姿勢を正して敬礼する。それに対してドノヴァンは、は右手を挙げて片目をつむって
みせるに留まる。
「まぁ全員座れ。――買いかぶりすぎだよジェイ、キミらもだ。だがその期待に
応えられんでは隊長のバッジなんぞ、外した方が良いんだろうな」
「それをサラッと言える人が隊長になってくれるんだから、願ったり叶ったりですよ」

 
 

「ジェイ、おだてたって何も出ないぞ? ――君らの期待は受け取った。重力下での
経験は無いが出来る限りの努力をするから全員協力してくれ。今日はこれで解散とするが」
 そしてパイロットだけを集めた時に気が付いた、隅に座る三人に目を向ける。
「そこの三人、乗機は俺と同じくディンだったな? ――なら、格納庫まで付き合え」
 何故かそこで彼は。――はぁ。ため息を吐く。
「ちょっと、……話がある」

 

「逆光で俺の顔は見えなかったと思うが、こっちからは完全に顔、見えてたぜ。
俺は一応、黄道同盟を離れりゃ本職はホテルマンだ。人の顔を覚えるのは得意でね」
 彼ら四人の他誰も居ない格納庫。巨大なイカを思わせるグーンとエアロシェルを
降ろして騎士のように直立するディンの他人影は無い。メカニック達も今は打ち合わせ
の最中のはずだ。ドノヴァンはそれを確認した上であえてここに彼ら三人を連れてきた。

 

「なんの話しか、なんてとぼけた答えは要らねぇぞ。俺の声は覚えているだろうし、
部隊指揮者章は見えたはずだ。先週、現地の少女を強引にナンパしようとしていたな?」
「隊長はあのときの……」
「俺達は、しかし……」
「別に女性に興味を持つなとは言わないし、交流も大いに結構。ザフトが掌握して居る
以上MPに目を付けられない程度であれば、何をしたってかまいはしないのだろうが」
 あえてドノヴァンは距離を取って立つ三人に近寄る。
「相手の都合も多少は考えてやれ。コーディネーター(調整者)だろう?」
「イヤ、でも」

 

「彼女と少し話をして、わかった事実だけ教えてやるからそのまま黙って聞け。先ず
第一に、彼女は第二世代のコーディネーターだ」
 ……三人全員が息をのむ。
「そもそもこの島自体がそうだったようだが、コーディネーターに対する差別があまり
ない地域だったようでな。それに長く中立地帯だった関係でハーフコーディも多い。
その中でも、彼女は村長の懐刀として子供の頃から代表者会議に同席するのが常だった」
 ――もっとも戦争さえ無ければ。ザフトにおいては存在しないはずの職業軍人。自分は
まさにそうなのだと思うとこの台詞は吐きづらい。その戦争を飯のタネにする彼である。
「戦争さえ無ければプラントへ留学する予定だったと聞いた。……こないだの続きをここ
でやっても良いが、彼女に手を出さなかったことに免じて俺からぶん殴ったりはしないでおく」

 

 地球上でのコーディネーターは基本的に日常では抑圧されて生きている。だから
ナチュラルに対しては何をしても良い。と言う暴論に達するわけだが、その根拠が
崩れてしまった三人は既に顔色を無くしている。
「そしてもう一つ、これは俺が議事録を見て知ったことだが彼女が出席しなかった場合」

 
 

「彼の村の食糧配給は今週分は無しになった公算が強い。彼女、ロゥカットが未就学児と
高齢者の人数、漁の上がり、備蓄食糧の関係性を即座に計算して抗議していなければ、な」
 ――ナチュラルもコーディネーターも関係ない。お前らは、我らザフトが掌握する
土地で民間人を85人。間接的にだが、殺そうとした。ドノヴァンは姿勢を崩して
ポケットに手を突っ込む。
「おっと、呼び出しの本筋を忘れるとこだったな。……俺を恨むならそれで良い。
おんなじ空の上だ、実弾演習でいくらでも背中を打つ機会もあるだろう。だが例の
スピットブレイク。こいつがコケりゃプラント、いやコーディネーターの未来は。無い」
 三人に背を向けると出口へと向かう。
「だから、そこ以外ならいつでも撃て。撃墜数25のエース様だ、堕とせるってんなら
堕としてみせろ。演習で無様に部下の誤射を喰らって撃墜。中々笑えるじゃねぇか」
「それでは逆恨みだ! だいたい我々がそんな安い理由でフレンドリファイヤなど……」
「逆恨みって言葉はな、間違ってると俺は思うぜ。他の人間がどう言おうが恨み自体は
成立してんだ。逆恨みなんて言葉は無ぇ、みんな誰かに死ぬ程恨まれて生きてんだよ。
お前らもロゥカットには殺しても飽き足らないくらいに恨まれてる、……かもな」
 ドノヴァンは背中越しに手を挙げると、それ以上はなにも言わずに格納庫を出ていった。

 

「これだけ規模のでかい部隊の隊長サマってのは、何処もこんなに忙しいもんなのか?」
 海沿いを走るザフトのマークが付いたジープ。その助手席に座るドノヴァンに
事務局の腕章を付けた若い運転手が答える。
「打ち合わせと会議だけでも一日3回以上、まぁ普通だとは思います。思いますが……」
「はは……。俺がそこまでマジめだとは思っていなかった。ってか?」
「い、いえ。僕はそんな事は決して……!」
 俺だってただのMS乗りの方が良かったよ。……と、これはしかし口には出さない。

 

「その、意外と言えば。現地の人間との交流に結構な時間を割いていらっしゃるのが……」
「何処に行こうと帰るところは今んトコここだからな。帰ってきて石を投げられるよりか、
嘘でもお帰ンなさいって言ってもらった方が良いさ。島の娘さんは綺麗な子ばかりだしな」
 ――おっさんはどうせ見るだけなんだが、それにしたって嫌われちまったら見ることも
ままなんねぇだろ。軽口を叩きながら海岸線を見やると少女が波打ち際に立っていた。
「ストップだ、止めてくれ。――どうせ駐屯地について今日は上がりだ。少々早いが
今日はこれで終わりにするぜ。30分早退、司令に伝えといてくれ」
「ちょっと待って下さい、隊長! どちらへ!?」
 既に車を飛び降りたドノヴァンは海岸へと向かって歩き出す。
「おっさんってぇのは娘くらいの可愛い子を見かけたら、お話ししたくなるもんなのさ。
……キミもおっさんになったらわかる。――車の回送、返却伝票と伝言、頼んだぜ?」
「あぁ、司令と装備室に怒られるの僕じゃ無いですか! 聞いてるんですか隊長!」
 ――あの人はこの程度で怒りゃしねぇさ。言いながらドノヴァンは海岸へと向かった。

 

予告
 あたしの村に、わざわざ制服のまま遊びに来てくれたあたしの大恩人ドノヴァンさん。
 さすがあたしの憧れドノヴァンさん、わかってるよね!
 お友達にザフトの黒服が居るってみんなわかれば、パプリカ村長も安泰ですよっ!

 

次回、「水平線の彼方」第2話、【状況把握】 
あれ? 失礼な。あたし、こう見えてお料理は大得意ですよ!?

 
 

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