水平線の彼方
プロローグ =待つ女=
村の外れから歩くこと数分。島の端、岬の突端に立つその彼女は無造作に編んだ髪と
花柄をあしらった薄い生地のスカートを風になぶられるに任せ、ただ海を見つめていた。
「…………はぁ。――何であたいに遠慮する必要があるのさ? 用事、あるんでしょ?」
不意に彼女が振り返ると、同年配の女性と目が合う。
「此処にいる時くらいあんたの好きにさせてやろうって。……みんなで、決めたんだけど」
目があったことを後悔する様にその女性は彼女から目をそらす。
――ヤレヤレ、あたい抜きであたいの事を決めてもらっちゃ困るじゃないかぃ。
そう言う彼女には、しかし怒りの色など微塵も見られない。
「急ぎの用事って事かい? なら尚のこと話、聞かなきゃいけないやね。……な-に?」
ぶっきらぼうな喋り方とは対照的に澄んだ涼しげな瞳、やや面長でそれで居て
自然にふくらんだ頬のラインはあくまで彼女が健康体であることを見た者に主張する。
「ザフトの連中が、明後日、この辺の代表会議をやるって……。だから」
「いいよ。そう言う事ならあたいが行くサ。明日、用意があるから気が利く娘(コ)を
見繕ってて。あと、書類仕事が出来んのも一人欲しいね。晴れ着もたまには着なくちゃね」
――ロゥカットはあたいが呼ばなくたって来るだろ? 首だけ回して海を振り返る。
べた凪の海は何処までも青く、空との境界である水平線が丸みを帯びているのさえ分かる。
「みんなが心配するなら、ここに来るのは今日を限りだ。どうせ此処にいたってろくな事
考えてやしないしね。あたいも今や代表様だ。うだうだしてたら村ごと路頭に迷っちまう」
「けど……。あんたは」
「――そんで良いのサ」
区切りなど、この先何年たとうがありはしない。ならばこのメランコリックな風習、
いや、悪癖を断ち切るには良い機会かも知れない。と彼女は思う。
「今日を最後にするサ。だから今だけ、今日だけは放っておいて欲しいんだ。あたいも
ほら、一応女だから……。ねぇ」
もちろん彼女の目に涙などはない。但しその台詞を絞り出すのにいかばかりの労力が
必要であったのか。彼女の今まで経緯は村中みなの知るところだ。メッセンジャーとして
選ばれた女はその台詞を聞くのが自分で無ければ良かったのに。と本気で思った。
彼女の心中を思うと涙が浮かんでしまうのを押さえきれない。
「あんたが泣くこたぁないじゃないかぃ。――優しいんだからホントに。……ありがと」
自分の為に泣いてくれる者が居る一方、本人はとうの昔に涙の流し方なぞ忘れた……。
そう思うと空虚な感じに包まれる。何故女として生まれ、何故に今もって生き続けるのか。
「過去は過去。振り返るのも悪かぁないけど、そんじゃあ、おまんまの食い上げなのサ」
予告
宇宙(そら)から戦力補強のため地上へと降ろされたドノヴァンさん。
でも、辺境の島へ配属された彼は、早々にもめ事に巻き込まれてしまうんです。
果たしてドノヴァンさんはどうやって切り抜けるのか!
次回、「水平線の彼方」第1話、【着任挨拶】
あたしのために怪我をするなんて、そんな事しないで下さい!