第15話 トオル・ランドウとセリカ・ナーレッド

Last-modified: 2018-12-03 (月) 21:43:41

第15話 トオル・ランドウとセリカ・ナーレッド

 

 エアーバイク、ワッパが飛ぶ。シドニーの街を眼下に見ながら。
高度30mまでは基本で飛行できるこの乗り物にとって、渋滞も信号も意味はない。
トオルは飛ばす、天高くそびえるそのタワーへと。最後にアイツに会うために。

 

 ワッパの操作自体は本当に簡単だった。運転に余裕ができるとトオルは
眼下の街に目をやる、大勢の人達が声援を投げてくれている。
もっとも全ての人が自分をほったらかしでトオルを応援してるわけではない、
最後の時を共に過ごしたい人と一緒でない人は、トオル同様、そこへ駆ける。
声援をくれるのは主に家族、友人、恋人とともにいられた人達。
覚悟と、人生の邂逅と、ジオンへの恨みと、そして今起きているドラマのような
若いカップルが起こす奇跡への期待を胸に。

 

 通常なら20分は要するだろうクラウド・カッティングへの到着、ワッパは
わずか7分でそれを完走してのけた。
それでも時間が惜しい、正面1階の大ホール入り口にワッパのまま突撃するトオル。
入り口付近にもトオルを指差し、応援してる人が・・・ってキム!チャン、ミア、何やってんの!
プライマリー時代からのクラスメイト達が、入り口の自動ドアを開きっぱなしにしてくれている。
「トオルー!ここだここだ、急げーっ!」
「そのままそのまま、バイクごと入れー!」
「突き当りにエレベーターが待ってるわよ!早く早く!」

 

 減速し、通過しながら親指を立て、礼を言う。ありがとう!
ホールの中にエアーバイクで乗り付け、進む。受付デスクの書類を舞い上げ、利用者案内の
看板を蹴散らしながら。それでも誰も彼を非難するものはいない。
そして正面にある大型エレベーター、ここも大口を開けてトオルを待っていた。
黒服を着た中年の従業員らしき男が、エレベーターのドアを体と足で抑えながらトオルに手招きする。
「さぁ、急ぎなさい!屋上まで直通にしておきましたから!」

 

 ワッパをエレベーターの中にまで進ませると、ドアが閉まりエレベーターが上昇を始める。
ここでトオルはワッパのハンドル中央にある液晶に向かって話しかける。
「おい!空を飛びたい、出来るか!?」
言葉によるAIに対する認証や命令は、西暦の時代から確立されている。
その機能がこの機械にも搭載されていれば・・・トオルは返事を待つ。
『・・・飛行高度は地上より30メートル、海抜で100メートルのリミッターがかかっております』
女性の声を借りたAIはそう答えた。
「そのリミッターを解除してくれ、今すぐに!」
『安全性の観点からお勧めできません、どうしてもと言うなら安全の保障は致しかねます』
「構わない、空を飛びたいんだ、どうしても!」
『もう一度確認します、安全の保障は致しかねます、それでも解除しますか?』
「ああ!」
沈黙するAI,数秒を経て、ピーッとアラーム音。
『高度リミッターを解除しました、くれぐれもお気をつけて』

 

 よし、これでコロニーまで飛んで行ける、単に塔の頂上まで行ってお前を一目見るだけじゃなく
お前のところまで行ってやれる、待ってろよ、セリカ!
だが、エレベーターが減速し、最上階に到着する直前、トオルは自分のミスに気付く。
「しまった!最上階の教会から外に出られるのか・・・?」
こんな超高層ビルの最上階で、外に出る出口などあるわけがない、仮にあったとしても
避難用の脱出シューターくらいだ。このワッパが抜ける隙間など期待できない。

 

 チーン、と音がしてエレベーターが停止する。開いたドアの先には、ここの教会の神父さんがいた。
何故か中央に飾ってあった大きな十字架をかつぎ上げて・・・
「え?」
違和感のある光景は、実はそれがアクションの始まりでしかなかった。神父は十字架を豪快に
壁代わりのステンドガラスに叩きつける。
ビキィッ!!強烈な音を立て、極彩色のステンドガラスに蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
「ちょ、ちょっと!」
止める間もなく第二撃!高度2000mの強風に耐えるガラスは、この2発目によって粉砕された。
 呆気に取られるトオルに、神父は汗をかいた顔で柔らかく笑い、トオルにこう告げる。
「さぁ、穴は開きましたよ。お行きなさい、愛しい人のもとへ。」

 

 その大汗から察するに、今の2発だけではないだろう、トオルがここから外に出る方法を考え
自らの信仰とする十字架にその役を託したのだろう、トオルが到着するまで、何度も何度も。
「ありがとうございます!」
迷わず、深々と一礼する。そして前を見る、ぽっかり穴の開いた教会の外、晴天の青の中に佇む
落下中のアイランド・イフィッシュの姿。
「汝に神の御加護があらんことを。」
その声を背に受け、トオルは飛ぶ、ワッパと共に。

 

 外に出た瞬間、ワッパは強烈な上昇気流を受け、まるで木の葉のように舞い上げられる。
いわゆる『ビル風』、建物が風の通り道となり、作られた強烈な空気の流れに翻弄されるワッパ。
それでもトオルは必死にハンドルにしがみ付く。ワッパのAIはジャイロにより姿勢変化を感知し
前後のエア噴射口にあるスタビライザーサーボを作動させ、姿勢を安定させる。
一人と一台はあっという間にビルを離れ、舞い上がる。愛しい彼女の名前を持つ空間、天空(セリカ)に。

 

 トオルは前を見る。下半分が真っ赤に焼けたそのコロニーを。
セリカ、どこだ、どこにいる!俺はここだ、ここまで来たぞ、お前はどこらへんにいるんだ!
 そう念じてすぐ、コロニー上部で赤い光が点滅する。すでに死に体、鉄の塊でしかないコロニーに
光り輝く科学の点、人間の存在を証明する光が。
「セリカ!そこか、そこにいるのか?」

 

「トオル!ホントに来たーっ!ここよここーーーーっ!」
セリカは歓喜する、モビルスーツのモノアイをひたすら点滅させ、トオルに合図を送る。
まさか本当に空まで来るなんて、私とコンタクトを取ってから1時間もたってないのに
こんなとんでもないコトを実現させるなんて!嬉しい、その意思の、思いの強さが。
そしてそれを実現する愛しい人の強さが!!
 駄目、涙が止まらない。嬉しい、会いたい、抱きしめられたい、少しでもいい、
一緒の時間を過ごしたい、トオルと一緒に。

 

-そのために-

 

「トオル、私が見える?私が今乗ってる機械が・・・」
『ああ、見える。目じゃ遠すぎて見えないけど、頭の中に浮かんできてるよ。
確かモビルワーカーかモビルスーツとかいう機械だよな、どうしたんだ、それ?』
「借りたの、ちょっとおっちょこちょいな、優しいジオンの軍人さんから。
それより聞いて、このままじゃトオルには会えないわ、お互いの速度が違いすぎて。」
『どうすればいい?』
「とにかくこっちに全速で近づいて!で、私が合図したら反転してバック、全力で。」
『分かった!』

 

 トオルはアクセルを回す、すでにゴルフボールほどの大きさに見えるコロニーに向かって飛ぶ。
セリカの意図は明らかだ、相対速度を殺すためにワッパをコロニーと同じ方向に走らせ、
少しでも両者の交錯速度を落とし、相手と接触するつもりなんだろう。
落ちてくるコロニーの速度は分からないが、ワッパは最高速度でも200km/hしか出ない、
スピードメーター表示がそこまでしかないから。
多少速度差を殺したところでどうにかなるとも思えない。が、セリカは天才だ。
アイツがそれでいいと言うなら、俺はそれに従って、アイツが望む最高の結果を出すまでだ!
そう信じてさらに飛ぶ、コンマ1秒単位で目に映るコロニーが大きくなっていく。
絶望的な速度と質量、破壊力、それでもトオルに恐れはない。

 

 コロニーがバスケットボール大にまで見えるようになった時、トオルの乗るワッパが切り裂く
空気の圧が大きくなっていく。コロニーが押し出した空気が風となり、徐々にワッパの
スピードを殺していく。刻一刻と強くなるその抵抗に、トオルのプレッシャーが高まる。
セリカはコロニーの上部にいる。あそこに行くにはコロニーの上を通過しなければならない。
しかしあの大体積のコロニーが押し出した空気の流れに果たしてワッパが耐えられるか・・・?

 

『大丈夫、そのままそのまま。』
頭に響くセリカの声が、そんなトオルの不安を打ち消す。接近するコロニーがトオルの視界を
次第に埋め尽くしていく。全天がアイランド・イフィッシュに覆われんとした時、再び彼女の声。
『今よーっ!バックーっ!!』
ワッパをウイリーさせ、古来のバイクのタイヤ部分についているスラスターを全開にして急停止、
そこから水泳のターンのように反転して、シドニーの街に向き直る。
クラウド・カッティングの最上階目指して斜め下に走り出すワッパ、と同時にトオルは
アクセルとハンドルをロックさせ、曲乗りのように進行方向に背を向ける。
再び斜め上から落ちてくるコロニーを見据える、その上部にあるモノアイの点滅、あそこだ!
あそこにセリカがいる、もう少し!

 

 ワッパは木の葉のように舞い上げられる。コロニーが押し出す恐るべき空気の津波によって
蹴散らされ、それでもスタビライザーはワッパの姿勢を辛うじて保ち、そのドライバーは
後ろ手に掴んだハンドルと足で踏ん張り1点を見つめる。ワッパの足元をコロニーの先端が通過していく。 
 その瞬間だった。トオルが見据えていた光点、それがコロニー表面から飛び出す、
進行方向の逆側、つまり落下するコロニーの逆方向、空側に。

 

「行っけぇぇぇっ!」
セリカが叫ぶ。旧ザクの背中のバーニアを全力で噴出し、飛ぶ。コロニーから離陸し
トオルのバイクを見据えながら天空に舞い上がる。捕らえた!あの人の軌跡。
超高速で落下するコロニーとの相対速度を殺すため、トオルにはある程度まで接近して
バックしてもらった。あとは私、この巨人の速度がどこまで残った相対速度を消してくれるか、
セリカの意思はザクに伝わり、核融合炉のパワーを全開にして上空に舞い上がる。そして
両者のベクトルの行く先が空中のある1点で交差する。

 

 セリカには見えていた。数秒後にトオルの乗るバイクが私のもとに飛び込んでくる姿が!
ザクのハッチを開く、金緑色の髪が乱暴に乱れ揺れる。それでもハッチの縁に捕まり
その身を空に晒す。

 

 いた!見間違えるはずもない、あの金緑色の髪、あいつの目印。天に舞い上がる巨人の胸の部分、
そこにアイツがいる、セリカ・ナーレッド。俺の好きな人が。
トオルにも見えていた。数秒後に自分の胸に飛び込んでくるアイツの姿が。

 

セリカはザクのコックピットを蹴り、飛ぶ。天空に向かって。
トオルはワッパのシートを蹴り、向かう。セリカを目指して。

 

この時の両者の相対速度、-254km/h-

 

「トオルーーーーーーーーーーーっ!!」
空の妖精は両手を広げ、愛しい人の胸に飛び込んでいく。

 

「セリカーーーーーーーーーーーっ!!」
勇者は天に舞い上がり、叫ぶ。愛しい人を抱きしめる為に。

 

ふたすじの光の線が、空にラインを描く、一点の交差点を目指して。
その上には満天の蒼があり、その下には通過する人工物、アイランド・イフィッシュがあった。

 

そして、ふたつのラインは、空の一点で、ついに交わる。

 

抱きしめた、確かに抱き合った。ほんの一瞬の時間、高度2200mの空で。

 

 トオルは幸せだった。セリカの笑顔を最後に見ることができた。奇跡の邂逅をこの天才は
いともあっさりとやってのけたのだ、さすがだ、さすが俺の好きな人、俺の一生のライバルだ。
 セリカは幸せだった。トオルのぬくもりを感じながら、はち切れんばかりの感動を味わいながら。
この人を好きになってよかった、こんな無茶を、私のためにあっさりとやってのける人を。

 

例えコンマ数秒後にはお互い肉塊となって、砕け散る運命であっても-

 

数秒後にはコロニー落着の爆風にさらされ、肉片すら残らず蒸発する結果が確定していても-

 
 

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