第15話_「激戦の序曲」

Last-modified: 2022-04-26 (火) 12:03:05
 
 
 

0087.03.11

 

《アーガマ》を追跡する《アレキサンドリア》に
バスクの命により要塞アルテミスからビスケー級補給艦と、
アルテミス駐留部隊ルナツー艦隊所属
ティベ級《ブラックウィドウ》、
僚艦であるネルソン級《エストック》と《マンイーター》、
同じくアルテミス駐留T3部隊ティターンズ艦隊所属の
アレキサンドリア級《アスワン》が合流していた。
エゥーゴによって《ガンダムMk-Ⅱ》を
全て奪われたという報告を受けたジャミトフが、
ティターンズ製ガンダムの一つでもある
《アスワン》を母艦とする《ヘイズル》を運用している、
ティターンズ・テストチーム、T3部隊に白羽の矢を立て
対抗策として《アレキサンドリア》へ合流させたのだった。

 

「まさかこのような部隊を寄越すとは…」
合流した艦艇を見たガティは、
予想外の役者の登場に面喰らった様子だった。

 

「それだけ本気なのだろう。」
ジャマイカンはいつもの調子で言ったものの、
バスクからはこの部隊が来るとは聞かされていなかった。
そもそもこの部隊を寄越すように根回しをしたのは
ジャミトフだという事はバスクが自身の面目を保つ為に
ジャマイカンにも明かしていなかった事だった。
そんなジャマイカンはよりによって、
自分よりも階級が上の者がいる部隊を寄越された事に、
内心は苦虫を噛み潰すかのような思いで
そんな度量の小さい考えを持つ自分を恥じる事すらしなかった。
一方でガティは《ブラックウィドウ》にいるであろう、
人物になるべくならば会いたくないと密かに思っていた。

 

「ジャマイカン司令、
《アスワン》のペデルセン大佐から通信です。」
オペレーターのブト少尉がそう言って
気まずそうにジャマイカンの顔色を伺う。
ジャマイカンは心の中を部下達に悟られないように
平静を装いながら「繋げ。」
と、だけ言うとブリッジのメインモニターに
《アスワン》艦長のオットー・ペデルセン大佐の顔が映る。

 

「ジャマイカン少佐、随分と苦しめられているようだな?」
「は。ザフトからの横槍は予想外でした。」
ティターンズ本隊のバスクの腹心であるジャマイカンも、
ティターンズの大佐という肩書きを持つ
ペデルセンの前ではいつもの横柄な態度は控えていた。

 

「不測の事態は常に起こると想定すべきだったな。
バスクは尻尾を巻いて逃げたと聞いたが。」
ジャマイカンに対して皮肉たっぷりに言うと、
ブリッジの空気が一瞬にして固まる。
するとジャマイカンの眉が一瞬ピクリと動き表情が強張る。

 

「…私がグリプスに戻るよう申し上げたのです。
全てはバスク閣下の御身の為です。」
と、ジャマイカンは屈辱的な思いをしつつ答えると、
「末端の部下達にもそのように挺身(ていしん)してやれば
バスクに取って代わる事が出来るぞ?ジャマイカン少佐。」
とペデルセンは更に皮肉を重ねると、
ますますブリッジの空気が重くのしかかり
そのやり取りを見ていたガティ達は息苦しさすら感じた。

 

「今回は本隊であるそちらに指揮権がある。
少佐、お手並み拝見とさせてもらうぞ?」
ジャミトフからの直命を受けたとはいえ、
本隊への編入とはなっていない《アスワン》は
あくまでも《アレキサンドリア》の支援という形だった。

 

「…相手はたかだか3隻です。
これだけの数は必要無いと思いますが。」
ジャマイカンはまるでペデルセンを
邪魔者扱いするかのような口振りで婉曲(えんきょく)するが
ペデルセンはそんな浅慮(せんりょ)な腹の底を見せる
ジャマイカンを見透かすかのように
「傲(おご)りや敵を知ろうとしない者は愚かな失敗を重ねる。
君もバスクもそれを理解すべきだな。」
と言って、刃物のような鋭い眼光と
急所を突くような論述でジャマイカンの言葉を一蹴した。

 

「…は…。肝に銘じておきます。」
ジャマイカンは下手な事を言ってしまったと思い、
取り繕うように言うと、ペデルセンは通信を切った。
張り詰めた空気から解放されたブリッジクルー達はいつの間にか
ジャマイカンに聞こえないように小さく息を吐いていた。
彼らも心の中ではバスクやジャマイカンの無能ぶりには
少しは辟易(へきえき)している節があったようだ。

 

※ ※ ※

 

クワトロの部屋でシャワーを終えたレコアは
タオル一枚を体に巻いてバスルームから出ると、
ベッドへ横になっているクワトロに向かって歩み寄り
タオルを外してベッドの中へ身を投じる。
クワトロにその滑らかな肌を密着させると、
彼女は唐突にクワトロへ疑問を投げかける。

 

「大尉はカミーユに冷たすぎるんじゃありません?」
「…私としてはこれでも甘やかしているとは思うが。」
男と女だけの空間になった部屋のの中でする会話ではなかった。
カミーユは《アーガマ》に乗艦以来、
クワトロからの頼みにより、レコアは
カミーユの面倒をよくよく見ていた。
カミーユも軍人とはいえ綺麗な歳上の女性が
側にいてくれていたのは悪い気はしていなかったようで
何かと頼りにしていた部分はあった。
レコア自身もカミーユが頼りにしてくれているのは
分かっていたせいでジャブローへと赴く今は
とにかくカミーユが心配でならなかったようだ。

 

「あの子はとても繊細です。
あなたが言うほど強くはないと思います…」
「分からない話ではないが…カミーユの選んだ道だ。」
クワトロの返す言葉に、
しかしーーーと、返したかったのだが
彼は淡々と言葉を重ねて行く。

 

「彼が前を向く事を信じるしかないさ。
復讐心に染まる事だけは避けねばならないが…」
ベッドの中で密着させている身体に感じる熱は、
クワトロの言葉の冷淡さによって冷めてしまいそうだった。
しかしクワトロ自身はその言葉とは裏腹に、
カミーユを気にかけていた。
レコアも他人に興味を示さないクワトロが
本心はとてもカミーユを心配してくれているのは分かっている。
だからこそクワトロからその体を離そうとはせずに、
レコアは体を起こしクワトロの体の上に股がり
自身の体を露わにしてどこか寂しそうに言葉を投げる。

 

「…貴方という方は自分にも他人にも厳しいのね…」
「そうでなければこんな時代を生きていく事などできん…」
レコアはその言葉を聞くと、
熱を持った体をクワトロの厚い胸板に預け、
甘えるように口づけをすると体を交わせたのだったーーー。

 
 

「ティターンズが?」
ブリッジに立つヘンケンが、
少し怪訝な表情で報告を聞いていた。
先の戦闘で撤退したが、
どうやら再び追って来ているようだった。
戦闘宙域からは離脱したものの、
《アーガマ》の光学センサーとカメラが、
僅かながら引いたはずのティターンズの動きを捉えていた。

 

「ブライト艦長、どう思います?」
「やはり体制を立て直した可能性は大きいな。」
彼の癖なのか顎の髭を摩りながらブライトに視線を向け聞くと、
冷静にブライトもこの状況を分析するように答えた。

 

ヘンケンは「そうですね…」と一言だけ言葉を返す。
あれだけの被害を受けていながら、
尚も追って来るならそう見るのが妥当だった。
ティターンズとザフトを退けたあの戦闘から、
ティターンズの監視防衛衛星を撃破しながらの航行で、
1週間近くが経とうとしていたものの
特にトラブルも無いまま順調な航海を続けていた事もあり
若干の緊張が緩くなっていたのだ。
そこでティターンズの動きを推測したブライトの言葉を聞いて
ブリッジ一同からは少しばかり緊張が走り、
襟を正すような感覚を覚えた。

 

「やはり…やるのか?」
「リスクはありますが准将は決行するつもりです。」
この状況でカプセルを降下させるのは
レコア中尉にも艦隊にもかなりのリスクが伴うな…。
そう感じたブライトは不安を隠さずに
強張らせた口を開いてヘンケンに問うと、
ヘンケンも同じ気持ちなのかブリッジから見渡せる
青い星を目を細めて眺めながら答えた。
降下座標を正確にする為には艦の足を止めて、
敵を迎撃する必要が出る今回の作戦は
相当な危険が及ぶとブライトは予想していた。

 

「現有戦力では少し苦しいな。
ティターンズが速度を落としたのは
間違いなく補給か増援部隊とのランデブーの影響だろう…」
ジャブロー降下ポイント上には太陽電池衛星があり、
これの破壊も同時に行わなければならず、
もしもティターンズが攻めて来た場合は、
モビルスーツ部隊を分散させる必要があった。
太陽電池衛星の防衛隊にも数機のモビルスーツはいるだろうし
ティターンズと防衛隊からの挟み撃ちを受ける形になる為、
ブライトの心配も一入(ひとしお)といった様子だった。

 

そんな中ブリッジの扉が開き、
ブレックスがブリッジにやって来ると開口一番に
「ブライト艦長、ヘンケン中佐。
なんとかなりそうだ。」
と言ってその言葉に反応したヘンケンが、
「どういう事でしょう?」と、ブレックスの方へ体を向けて聞く。

 

「こうなる事は予想出来た。
そこでヘリオポリスの時後処理を任せていた《トルネード》と、
L1宙域付近で新型モビルスーツのテストを行っていた
《スルガ》に増援要請を出しておいた。」
ブレックスはその言葉通りに、
ティターンズが執拗に追いすがるのは予想出来ていたようだ。
まだ宇宙の戦いに慣れていないティターンズは
どこかで必ず戦力の増強を図ると見ており、
先の戦闘で惨敗した結果を見れば、
次の戦いではそれ以上の戦力で落としにかかると
読むのはブレックスにとってそう難しい事では無かった。

 

※ ※ ※

 

ナタルにブリッジを任せて休息中のラミアスは
食堂でムウと食事を取っており、
「増援が?今から間に合うのか?」
と言うとムウは食事の手を止めてラミアスの顔を見る。
《アーガマ》からの報告通り《アークエンジェル》からも
速度を落としているティターンズ艦隊の動きを捉えており
ブライトからはブレックスの手配したという
増援との合流があるという事はラミアスは聞き及んでいた。

 

「戦闘前のランデブーは難しいそうです。」
「どちらにせよ《アークエンジェル》は前線に出る事になる…か。」
「ええ。今までより激しい戦闘になるわ…。
あの子達…大丈夫かしら…。」
ラミアスの心配事はまさにそこだった。
ブリッジ要員とはいえ、
初めての戦闘を経験するサイ達を気にかけていた。

 

「やるって決めたんならやってもらうしかないだろう。
キラだって次も出るんだ。あいつらも奮起するさ。」
ラミアスの心配をよそにムウは前向きだった。
予定までの約1週間近くの間は彼もブリッジで
彼らへの指導を買って出たのだった。

 

※ ※ ※

 

《アレキサンドリア》に合流した増援部隊の艦艇から
次々とランチが《アレキサンドリア》に到着する。

 

「ご苦労様です!」
誘導員がランチから出た、《ブラックウィドウ》の指揮官
ダクザ・マックール少佐に敬礼をして迎える。
「ダグザ少佐!」
ランチから出たダクザを読んだのは、
同じルナツー艦隊所属のライラが出迎えに来ていた。

 

「ライラ大尉か。中々苦戦しているようだな?」
「は。予想以上に懐は深いようです。」
ダグザ少佐はティターンズとは違う
正規軍が設立予定のジオン残党狩り部隊への
編入が予定されているエリート兵だが
軍を好き勝手に動かすティターンズを敵視している一人だった。
「《アスワン》のT3部隊が君用に《ガルバルディβ》の
高機動タイプを運んで来たらしい。後で調整をしておけ。」
ダグザはそう言うとライラは「はっ。」と返事をしていると
もう1機のランチが到着して来た。
そのランチにはジャマイカンやガティなど
ノーマルスーツを着た多くのクルー達が出迎えると、
ランチから《アスワン》のオットー・ペデルセン大佐と
モビルスーツ隊のT3部隊が出て来た。
「大佐、お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
と言ってジャマイカンは敬礼をした後、ペデルセンと
T3部隊隊長のウェス・マーフィー大尉を司令室へと連れて行った。

 

「へぇ。やっぱり《アスワン》とは
ランチ用の着艦デッキが違うんだな。」
「《アスワン》はそれだけ特殊なのよ。」
T3部隊のエリアルド・ハンター中尉と
オードリー・エイプリル中尉が艦内を見回して話をしていると、
カール・マツバラ中尉が二人の会話に割って入る。

 

「しかしたった3隻相手に苦戦してたんだろ?
実戦部隊の本隊ともあろうものが情けないねぇ。」
カールは何気なく皮肉を言うと、
《アレキサンドリア》クルー達の視線が一気にカールに集まり、
「ちょっとカール…」とオードリーが
刺すような視線に気付かないカールに言うと、
「おい貴様。今なんて言った?」
「今の言葉は聞き捨てならんな。」
案の定、カールに詰め寄って来た二人の男がいた、
その二人はジェリドとカクリコンでかなり腹を立てていた。

 

言わんこっちゃない…。と、
オードリーは頭を抱えてこの場にいないマーフィー大尉に
助けを求めたい気分でいるとエリアルドが、
慌ててジェリドとカクリコンを宥めようとその場を取り繕う。

 

「…誰だ?あんた達。」
カールは詰め寄って来た二人に涼しい顔で名前を聞いていた。
皮肉屋な性格が血の気の荒いジェリドやカクリコンの
逆鱗に触れてしまったが、カール自身に悪気は無かったようだ。

 

カールの悪びれる様子のない態度に火に油を注がれたジェリドは、
「試験部隊のくせに態度がなってないなモンキー野郎。」
と言って皮肉どころか差別的な言葉を浴びせると
カールの眉がピクリと動き表情が険しくなる。
「…その階級章…へぇ。
もしかしてあんた達がジェリド中尉とカクリコン中尉か?
せっかくの新型ガンダムを盗まれたとかいう。」
見下すような口振りのジェリドに対して、
更に皮肉を重ねるカールの一言で場の空気は一気に殺気立つ。

 

「…っ貴様!!」
「調子に乗るな!」
完全にきれたジェリドとカクリコンは
カールに向かって拳を振り上げるとオードリーと
エリアルドが止めに入ろうとすると、
ジェリドとカクリコンは後ろから突然腕を掴まれた。
「そこまでだ。」
「ダグザ少佐…!?」
明らかに太い腕でカクリコンの腕を掴んだダグザと、
ジェリドの腕を掴んだライラか二人を制止する。
「…!?俺を止めるな!」
「よしなジェリド中尉!」
「…くっ。」
掴んだ腕を振り払おうとするジェリドだが、
暴れるジェリドを彼女が突き飛ばすとジェリドの体が少し浮く。

 

「エリート部隊ならもっとそれらしくしたらどうだ。
ここは学校ではないのだからな。」
ダグザがそう言うとジェリドやカクリコンを睨みつける。
その凶悪にも見える表情から圧力を感じて二人は歯を噛んだ。
ダグザはカールにも鋭い視線を送ると
「申し訳ありませんマックール少佐。」
と言って頭を下げエリアルドやオードリーもダグザに頭を下げる。

 

「大尉、行くぞ。」
ダグザは艦内へと続く通路へと向かって行き、
カールの肩をポンと叩きライラもダグザを追った。
ジェリドはカールを睨み聞こえるように舌打ちをして
カクリコンと共にデッキを後にした。

 

※ ※ ※

 

ラグランジュポイント・L1に
ほど近い宙域に浮かぶ花の形をしたような鉄の構造物。
エゥーゴがアナハイム社から貸与されている
ラビアンローズ級自走式ドック艦
《ロサ・ギガンティア》の周辺宙域に
スラスターの白い炎を噴かして激しく動き回る
4機のモビルスーツが模擬戦を行っていた。

 

白い《リック・ディアス》に乗る少女、
アスナ・エルマリートはコンソールに映る照準器で、
動き回るアナハイムの新型ガンダム《ブロッサム》を狙っていた。
生唾を飲み込みこめかみからは汗が滲む中、
強張った親指でグリップのボタンを2回、3回と押すーーー。
《リック・ディアス》の構えるビームピストルからは
訓練モードの為、ビームは発射されないが
発射をした時のようにエネルギーCAPの残量が表示される。
しかし命中を知らせる音は鳴らず、「…っ早い!」と、
思わず素早い動きを見せるガンダムをメインモニターで凝視した。

 

「なんだよ畜生!!」
「早すぎですよ隊長!」
2機の《ジム・カスタム》に乗る、
ゴーローとシェルド・フォーリーがそう吐き捨てながら
《ブロッサム》を必死に追いすがるが、
「無駄口を叩くな!!」
と彼らの乗る2機の《ジム・カスタム》のコックピットに
《ブロッサム》のパイロットであり、
このハロウィン小隊を率いる隊長である
ジャック・ベアード中尉の声が響く。

 

シェルドは冷静さを取り戻せずにいると、
機体がロックオンされた警告音が鳴り「あ!ヤバい…!!」
と、慌ててフットペダルを踏み込み動きながら
モニターで周囲を見回すものの、
相手がどこにいるか分からずにやみくもに動きまわる。

 

すると、「後ろ!!」とアスナの声がキュウの耳に入る。
しかしその刹那、被弾し撃墜を知らせるブザーが鳴ると、
シェルドは「や…やられた…。」と言って、
リニアシートに背中を預けてヘルメットを取り汗を拭い、
後ろを振り返りモニターを見ると、
ビームライフルを構えた《ブロッサム》がいた。

 

「目に頼り過ぎだな。その癖は直したほうが良い。
宇宙空間では相手の気配を肌で感じるんだ。」
「す、すいません…。」
バイザーを上げて通信モニターに映るベアードの表情は
言葉とは裏腹に厳しくは見えなかったが、
シェルドはあまりに不甲斐ない自身の結果に意気消沈していた。
「だが最初の頃よりは良くなって来ている。」
彼は軽くフォローすると次にアスナへ声をかける。

 

「《リック・ディアス》にはだいぶ慣れたようだな。
《ブロッサム》でなければ落とされていた。」
《リック・ディアス》のアスナにも
シェルドに見せたような表情でそう言うと、
アスナはモニター越しに映るベアードに軽く微笑んで見せた。

 

「訓練は終わりだ。帰投するぞ。」
「了解!!」
ベアードが小隊全員に号令をかけると、
《ブロッサム》を先頭したハロウィン小隊は
一斉にスラスターを煌めかせて、
《ロサ・ギガンティア》にドッキングしている母艦
サラミス改級《スルガ》へと急いだ。

 

「ハロウィン小隊が帰投します。」
《スルガ》のオペレーターが今日は珍しく艦長席に座っている
ベルナルド・フェレ中佐の方へ顔を向けて言うと、
「じゃあ半舷休息だ。左舷は休んでおけよ。」
酒を持ち込みだらしなく飲んだくれながら言うと
通信席に通信を知らせる音が耳に入ると、
面倒臭そうに通信席の方へ視線を移す。

 

「艦長、カーク少佐から映像通信です。」
通信長がコンソールを操作しながらフェレに伝え、
「カークから?繋いでくれ。」
と言うと、《ロサ・ギガンティア》の戦闘指揮官である
クリスティアン・カーク少佐がモニターに映る。

 

「…?…フェレ中佐、
《ブロッサム》のトライアルは順調そうですね。」
《ロサ・ギガンティア》の通信モニターに映ったのは
ベルナルド・フェレだった事もありカークは少し驚いたが
当たり障りのない言葉でその場を取り繕う。
いつもなら副長がこういう事に応じる上に
艦橋にすら顔を出さない事の方が多かったからだ。

 

「そうみたいだな。」
フェレは興味が模擬戦の事など全く興味が無い様子で答えた。
どうやら今日は艦橋から望む宇宙を眺めながら
酒を飲みたい気分だったようで、
酒を食らう姿が《ロサ・ギガンティア》のモニターに映ると
カークや《ロサ・ギガンティア》の管制員達も
呆れた表情を隠さなかった。

 

「で…何か用でもあるのか?」
「…ああ…はい。グラナダのマンデナ少佐から
フェレ中佐へ言伝を受けています。」
グラナダに駐留するエゥーゴのマニティ・マンデナ少佐は
女性ゆえだらしなくしているフェレと関わりたくないようで、
何かと用がある時にはカークや、
《スルガ》の副長を通して話を通していた。
間に挟まれるカークも副長もたまったものではないが、
立場上、仕方がないと思っており渋々それに応じていた。
「マンデナから…?」
フェレはより一層に面倒臭そうな表情をすると
モニター越しにその表情を見ていたカークは
本当に面倒臭いのはこっちだ酔っ払い!!
と、本気で怒鳴りつけてやろうかと思ったが、
ぐっと息を呑み拳を強く握って耐えていた。

 
 

「お呼びでしょうか?」
青いノールスーツを着たままのベアードが
ブリッジに赴(おもむ)き辺りを見回す。
「模擬戦ご苦労だったなわね中尉。」
ブリッジでそんな彼を待っていたのは副長の
ミハエル・アカレッテ少佐で、
模擬戦を終えたばかりのベアードに労いの言葉をかける。

 

「はっ。…それで艦長はどちらへ?」
そう聞いたベアードの前で副長がいつもの呆れた表情でいた。
ミハエルによれば、面倒臭さいから副長よろしく。
と言って、艦長室に酒を大事そうに抱えて戻っていったそうだ。
艦長が呼んでいると聞き珍しい事もあるもんだと思い
着替えずにブリッジに急いだベアードだが、
あの人は相変わらずだなとミハエル副長同様、呆れていた。

 

《スルガ》のクルー達は艦長のぐうたらぶりには
だいぶ慣たのだが就任当初はクルー達が
ストライキ未遂を起こしかけた事もあるほど混乱していた。
彼が変わる事をじっと待っていたのだがその様子も無く
変わるなんて事は無いと皆が諦めている。

 

「…副長、用件はなんでしょうか?」
「実はグラナダ経由で
《アーガマ》から増援要請が入ったわ。」
「総旗艦の《アーガマ》から…でありますか?」
それを聞いたベアードは
《アーガマ》との合流は月へ到着してからの筈…。
と当初の予定とは違う事に考え込む様子を見せた。

 

「ジャブロー潜入作戦によるカプセル降下の際に必要な
防衛戦力の増強を准将は望んでいるわ。」
ミハエルはそのような要請があった旨を伝え
明確な理由を説明すると、
「ですが…《ブロッサム》のトライアルはまだ…」
と言ってベアードは少し歯切れが悪い様子で答える。

 

「言いたい事は分かるがこれは准将からの直命よ。
《ブロッサム》のテストと部隊の訓練はここで打ち切る。」
副長はベアードの言葉に被せ彼の主張を伏せた。
准将の直命と言われれば反論のしようもない…仕方ないか。
とベアードは納得したようで「了解です。」
と、一言そう言うと敬礼をしてからその場を後にした。

 

※ ※ ※

 

ミノフスキー粒子を散布しながら、
ヘリオポリスを離れたエゥーゴが唯一保有する、
ザンジバル級機動巡洋艦《トルネード》は月に向かっていた。

 

エゥーゴは正規軍のハルバートン准将からオーブ本国経由で
ヘリオポリスの事後処理を依頼されており、
ティターンズや正規軍の調査立ち入りの前に
エゥーゴが関わっていた痕跡を消す作業と、
オーブ本国が保有していた2機の試作機回収任務を
ブレックスは《トルネード》に任せていた。
試作機はエゥーゴの顧客であるサイド1コロニーの
シャングリラを拠点とするジャンク屋に
ジャンク屋の輸送機を用いて回収させており、
GAT-X関連のデータ抹消作業を《トルネード》が行った。

 

その《トルネード》の艦長を務めるメラン少佐は、
《スルガ》のフェレ同様に、グラナダからの要請を受けて
当初の予定が変更となった為に、
ブリーフィングルームに各部署の責任者と
パイロット達を召集していた。

 

「《アーガマ》と合流ですか?
予定より1ヶ月以上も早いですな?」
モビルスーツ隊隊長のガブリエル・ゾラ大尉は
《アーガマ》との合流の通達を伝えられると、
率直な疑問をメランに投げかける。

 

「そうだ。ジャブロー潜入作戦のカプセル降下アシストをする。」
メランはくどくどと言わずに端的に説明をすると、
ブリーフィングルームに集まった一同が
にわかにざわめき立って話を始める。
《アーガマ》のエースパイロット、クワトロ・バジーナ。
彼らにとってはシャア・アズナブルその人に会えるのでは?
という期待に胸を膨らませていた。

 

「ティターンズもかなり必死そうだな。」
ゾラ大尉は隣に座っている、左の頬に大きな傷痕を持つ
一年戦争時のシャアの部下であるシグ・ウェドナー中尉へ
ティターンズを嘲笑うかのように小さな声で話かける。
「シャア大佐がいる《アーガマ》相手なら無理もありません。」
シグはゾラに対して一言だけ言って返すと
ゾラは全くだ。と、言わんばかりの表情で頷いていた。

 

《トルネード》のクルーは
艦長のメラン少佐や数人のクルー達を除いて
シグやゾラを含めた大半のクルー達は、
ザビ派であるエギーユ・デラーズに迎合していない
反ザビ派の元ジオン公国兵達だった。

 

ざわざわとするクルー達に向けて「ブリーフィング中だ。私語は慎め。」
と言ったのは、副長のカザック・ラーソン大尉だった。
彼の言葉にざわめくブリーフィングルームの空気は断ち切られ
メランはラーソンとちらと目を合わせ一同の顔を見渡してから

 

「ここでお声がかかるのは准将が我々を信頼している証だ。
合流は6日後。
ポイントへ到着した時には既に戦闘中と予想される。
各機の点検や調整は機付班としっかり連携を取るように。」
と、その場を引き締めるように言ってブリーフィングを終えた。

 

※ ※ ※

 

「よぉライラ大尉。」
合同のブリーフィングを終えて、
ブリーフィングルームを出たライラは
声をかけられ立ち止まって体を後ろに振り向くと、
そこにはジェリドが立っていた。
「…なんだい?ジェリド中尉。」
彼女を呼び止めたジェリドはご満悦そうな表情で立っており
ライラは一つ息を吐いてから呆れ顔で聞く。

 

「次は俺が小隊長だからな、よろしく頼むぜ。」
ジェリドがご機嫌な理由はそれだった。
ブリーフィングを始める前に小馬鹿にしていた
正規軍兵を黙らせる事が出来たジェリドは気分が良かったようだ、

 

「ふん…!どこまで傲慢なのさ。
宇宙での戦いに慣れてもいないくせに…。」
ライラは皮肉たっぷりにジェリドに言い放つと、
ジェリドの表情が途端に曇りライラに詰め寄る。

 

「何だと?そりゃ一体どういう事だ。
地球でも十分訓練はした!適応能力は高かったんだ。
だからオレはティターンズになれたんだ。」
「適性と対応するっていうことは違うね。」
「…どういう事だ?」
「新しい環境、新しい相手、
新しい事態に会えば違うやり方をしなくちゃならないんだよ。」
ライラの言った言葉にジェリドはざわざわと
身体の底から悔しさというものが込み上げて来た。
痛い所を突かれているはずなのに、
苛立つ事もなく自然と彼女の言葉が耳を通して脳に入ってくる。

 

「新しいやり方…オレはそうしてきたつもりだ。」
「何も見ていないクセに…何が変えられるものか。」
「オレが何も見ていないと言うのか…?」
「見ていれば《ガンダムMk-Ⅱ》にだって勝っていただろう?」
ジェリドの心にザックリと刺さる言葉は
図星以外の何物でもなかった。
込み上げた悔しさを振り払いたくなったジェリドは
「くっ…!…お、教えてくれ…オレはヤツを倒したいんだ!」
と言ってライラに更に近付き声を荒げ、
ライラはジェリドに「なぜ?」とだけ聞いてその真意を問う。

 

「なぜだと!?オレだって
いつかはティターンズをこの手にしたいと思っている!!
そのためには面子を捨てて勉強しなくちゃなんないんだ!」
ライラの目を見て必死な形相を露わにしながらも
ジェリドは自分の思うままの気持ちを吐き出した。
ライラはその言葉を聞いて少し考えた後に口を開く。

 

「本気らしいね…なら次の作戦、ボスニアから発進させな。」
「あなたの船から?」
「ああ、宇宙での戦い方…教えたげる。」
ライラはジェリドの覚悟を受け取り、
次の戦いへの戦意を高揚させた。

 

※ ※ ※

 

0087.03.17

 

《アーガマ》の艦隊は地球軌道上を目指し、
暗礁地帯を進みながら目的のポイントまで
およそ26時間ほどといった地点まで来ており、
それはレコアの地球降下とジャブローへの単独潜入という
極めて危険な任務を目前にしているという意味でもあったーーー。

 
 

モビルスーツデッキ近くにある機付員用の
情報室へアストナージがと入ろうとすると扉が開き、
部屋から出ようとしていたカミーユと出くわす。

 

「カミーユ…。大丈夫なのか?」
「ええ。ハサン先生にもじっとしているより
何でも良いから集中出来る事を見つけろって言われたんで。」
アストナージは少し気を使う風にカミーユへ聞くと、
以前のカミーユに戻っているような気がした。
母親を亡くしてからは軍医のハサンに
メンタルケアを受けている効果が少しは効いているようだった。

 

「へぇ…そりゃごもっともだ。
で、こんな所で何をしてたんだ?」
「何でもいいでしょ?気晴らしですよ。」
「何だよ。隠す事ないだろ?」
「何でもありませんよ。」
アストナージは中で何をしていたのか
カミーユに聞くがいつもの素っ気ない調子で煙に巻く。

 

「ったく…それよりお前、
レコア中尉に挨拶しなくていいのか?」
「さっきから質問ばっかりですね…何がです?」
カミーユは少しうざったく感じながらも
何の事かをアストナージへ質問を返す。

 

「何がって、中尉はジャブローに降りるんだ。
一言くらい礼を言ったらどうなんだ?
お前さんざんあの人に世話になってたろ。」
アストナージがそう言うと、
すっかり忘れていたという様な様子で
アストナージから目を逸らして考え込み、
「…そうしてくれなんて頼んだ覚えはありませんから。」
ぶっきら棒に言い放つちカミーユはリフトグリップを手にして
その場を立ち去って行った。

 

「まったく…素直になりゃいいのに。」
彼がどこに行くのか大体察しがついたのか、
鼻で息を一つ吐きカミーユの背中を見送った。

 

居住区を進みレコアの部屋へと続く途中の曲がり角を入った所に
クワトロの部屋の前にいるレコアの後ろ姿を見つけ、
「あ、レコア中尉…」
と、カミーユは視線の先にいたレコアを呼びかけたが、
彼女はクワトロと何やら話をしていた。

 

カミーユはアストナージの言うように素直に
挨拶をしようと赴いたが、予想外にもクワトロがいたため
カミーユは思わず振り返ってその場から離れて行く。
あれだけ反発してしまったクワトロの前では
レコアに礼を言う事は出来ない。
とつまらぬ意地を張っていた。
その弾みでジャンプスーツのポケットに入れていた
ディスクがこぼれてレコアとクワトロのもとへと流れて来た。

 

「ん?」
「…カミーユ?」
角を曲がって行く後ろ姿を見たレコアとクワトロは
その人物がカミーユだと気付き目の前に浮かぶディスクを
クワトロが手にするとカミーユを追いかけて行った。

 
 

保護観察中のエマがいる部屋の扉がふいにノックされた。
飾りも何もない部屋のベッドに腰を掛けていたエマは
扉の向こうにいるであろう来訪客を確認するために
「どなた?」と、声を出すが応答は無く、立ち上がって
髪を少し整えてから扉を開ける。

 

そこにはカミーユがおりエマは
少し俯きがちなカミーユの双眸(そうぼう)を覗き込んで
「なんでしょう…?」
と、カミーユの心の中を読み取ったかのように問うた。

 

「用がないと…来ちゃいけないんですか?
ただ話をしに来ただけです。」
カミーユも見透かされているような気がして
反発するかのような言葉を彼女にぶつけると
エマは予想通りの反応を見せるカミーユを見て言う。

 

「…お入りなさい。
ただね…慰めてもらいたいだけならば無駄よ。
あなたと私は恋人でも何でもないんだから。」
エマの口から出た言葉はまさに図星だった。
彼女が敢えて突き放すように言うのは、
自身がまだエゥーゴの正式な一員ではないし
幼馴染のファに素直に泣きつけば良いのに。
とエマは思っていたからだった。

 

「もういいです!
なんであなたのような方がティターンズになんかいたのか…
それを聞こうと思っただけです!」
カミーユは声を荒げていると、
その声に導かれるようにエマの部屋の前に立つカミーユを
クワトロが見つけた。
「カミーユ、落し物だ。
こんな所で何をしている?」
「…っ!!」
クワトロが差し出したディスクを乱暴に受け取ると
そのまま走り出して

 

「カミーユ!」
「悪気はないんです、クワトロ大尉。」
彼を呼び止めようとするクワトロを、
エマは静止するように言うとじっとクワトロの顔を見る。

 

少しの沈黙が二人の間に流れるがクワトロが「話がある。」
と言うとエマはクワトロを部屋に招き入れると
彼は部屋の中を見渡してからエマの方へ体を向けると
彼女はピリピリとした空気を肌で感じて体が少し強張る。

 

保護観察中のエマを見張っていた観察室に動きがあり、
監視している対象が女という事もあり
監視を担当していたマリア・オーエンス軍曹に呼ばれた
ブレックスとヘンケンが到着したのを確認して
「クワトロ大尉が保護観察中のエマ中尉の部屋にいます。」
と、報告すると
「エマ中尉の?」と反応したヘンケンが
ブレックスと共に監視モニターに目を送り、
「音声を大きくしろ。」とブレックスが指示すると
マリアはパネルを操作して音声を大きくしていくと
次第に部屋の中でどんな話をしているのか分かって来た。
そこを通りかかったカミーユは観察室の入口が
開いたままになっていた事もあってか
その様子を覗き見てエマとクワトロの話に聞き耳を立てる。

 

「私はティターンズには戻れませんし戻りたいとも思いません。
しかしエゥーゴがこれほどまでに
好戦的である必要はないんじゃないですか?
この事が全面戦争に繋がるのは誰の目にも明らかです。
何の関係もない人々を死の危険に追いやってまで
グリーンオアシスに先制攻撃をかけるべきだったのですか?」
ベッドに座るエマは向かいの椅子に座るクワトロへ
毅然とした態度で鋭い指摘をすると、
クワトロはサングラスを外してエマに鋭い視線を浴びせる。

 

「『30バンチ事件』を起こした相手に対してはこれでも甘いくらいだ。」
「…『30バンチ事件』?」
眉間にしわを寄せるクワトロの口から放たれた
『30バンチ事件』という言葉にエマは怪訝な顔をする。

 

「サイド1の30バンチコロニーで、
反地球連邦政府へのデモを鎮圧するのに
バスク・オムは何をしたと思う?」
表情を強張らせるクワトロからの唐突な問いに、
エマは背中からざわりとした感覚に重苦しい空気が
部屋の中を包んみエマは彼の問いに答えられずにいた。

 

「〈G3〉…毒ガスだ。」
「コロニーで毒ガスを使った…?まさか……!南極条約の規定では
〈G3〉の使用は禁止されてます。
そんな物を使えるわけが…」
「君がどう思おうがこれは事実だよ中尉。」
エマは事実を知らされたものの、
あまりに現実離れしたクワトロの言葉を理解する事は
すぐには出来なかったが、先の戦闘で行った非道な行為を
容認するバスクならやり兼ねないと、
思考を巡らせて行くうちに考えていたものの言葉を失う。

 

「そういった事実を知っている我々が
知らぬふりをするならそれは大きな罪でしかない。」
どう言ったら良いのか分からないという様子のエマに
クワトロはそう重ねるとエマが顔を少し上げて
「真実から…目を背けるなと…?」
そう言ってクワトロの目を見るとクワトロは
「そうだ。」と返して軽く頷いた。

 

「信じ難いでしょうな…彼女にとっては。」
モニターでエマの様子を見ていたヘンケンが何気なく言う。
「今までと正反対の立場に放り込まれたのだからな。
彼女や《アークエンジェル》のメンバーにも
30バンチを見せてやる必要があるかもしれんな…。」
クワトロの言葉を聞いていたブレックスは
モニターを見ながら思いついたように言った。
カミーユは観察室を離れてリフトグリップを握って
コロニー内で毒ガス…まるでジオンじゃないか…
心の中で素直にそう感じ
自室に戻りながら「オレも知らなかった…」と一人呟き、
30バンチへ行くと言うなら自分も、
それを見に行かなければと考えていた。

 

※ ※ ※

 

同時刻

 

プラント・アプリリウス市

 

「パトリック…考え直す事は出来んのか?」
「議会で決まった事を覆す事など出来んよ。」
議会を終えたパトリックは議長室へ歩みを進め
シーゲル・クライン副議長から必死の説得を受けていたが
パトリックは彼の言葉を袖で払うかのように聞き入れなかった。

 

「ジオンに与すれば連邦への要求の一切が通らぬ恐れがあるんだぞ!?」
「端(はな)から要求を認める気など奴らには無い。
だからこそ勝つためにジオンと…いや、アクシズと手を組む。」
「奴らの愚行を認めるつもりか!?
わずか12歳の少女を祭り上げ政治利用する組織だぞ!!
それを……」
「もう決まった事だ!!これ以上の口出しをするならば
お前を更迭しなければならなくなる!」
パトリックは激しく詰め寄るシーゲルを突き放すように
声を荒げてシーゲルの言葉に歯止めをかけ、
「……パトリック…!」
と言ったシーゲルは次の言葉を失う。
なり振り構っていられないという表情を見せるパトリックの姿は
シーゲル以外には見せない姿であり、
実の所は戦局が疲弊し始めている現状を打破したいという
パトリックの意思は読み取れた。
しかし、一年戦争から続く復讐の連鎖を引き起こした
どうあってもザビ家を認める訳にはいかないシーゲルは
パトリックに同情するという気持ちは起きなかった。

 

「…我々はどんな事をしてでも必ず勝たねばならんのだ。」
パトリックはそう言いながら妻レノアの顔を思い出し
少し歯切れの悪いように呟くと、
「手段を誤っているとは思えないのか…?」
と、シーゲルはパトリックの様子が変わった事に気付き
落ち着いたように彼に聞くとパトリックは
何も言わずにシーゲルの前を立ち去った。

 

※ ※ ※

 

作戦開始30分前ほどとなった、
《アーガマ》のノーマルスーツルームで、
クワトロとアポリーが着替えているとカミーユが
ノーマルスーツに入って来た。

 

「カミーユ、無理をする必要はないぞ。」
「ファだって心配していたぞ?」
「無事にレコア中尉に地球へ降りてもらうには
僕だって出た方が良いに決まってますから。」
クワトロとアポリーがカミーユを気遣うよに言うと、
いつもの調子で答えるカミーユがそこには居り、
クワトロとアポリーは思わず互いの顔を見た。

 

「それに…30バンチを僕も見て見たいって思ってますから。」
自分のロッカーを開け、
ノーマルスーツを取り出し着替えながら言う。
クワトロは今の状態のカミーユを見て
どこか無理をしているようにしか見えず、
「大丈夫なのか?」と聞くと、
「今は戦う事でしか答えを出せないと思いますから…」
クワトロの問いにカミーユは自分に言い聞かせるように答えた。

 

クワトロはこれ以上は無理に引き止める必要は無いか…
と、判断して
「着替えたらレコア中尉に会いに行くといい。
何か話があったんだろう?行くなら今のうちだ。」
とカミーユに言い、「はい!」と答え、
カミーユの表情が少し軽くなったのに気付いたクワトロは、
この純粋過ぎる感覚はまるでアムロ・レイだな…と、
心の中で感じており、着替えを終えたカミーユは
ノーマルスーツルームを出てレコアの下へと急いだ。

 

※ ※ ※

 

補給部隊から受領した
《高機動型ガルバルディβ》に乗ったライラが、
「いいな?私の隊が先行する。」
とジェリドの乗る《ジム・クウェル》の肩を掴み
接触回線を通して言う。

 

「わかっている。」
「宇宙では全周囲に気を配るんだ。」
「モビルスーツの装甲越しに殺気を感じろって言うんだろう?」
「そういうことだ。」
ジェリドとのやり取りを終えると、
ライラは機体の脚をカタパルトの射出装置に置いて
青い星を望む宇宙の海へと《ボスニア》から飛び立った。

 

「宇宙の真空中に己の気を発散させる…か。」
ジェリドは彼女のアドバイスを思い浮かべながら
射出装置に自機の脚部をセットすると、
発進の合図を知らせるランプが赤から緑色に変わり、
腰にバズーカをマウントした《ジム・クウェル》が発進した。
続いて《ガルバルディβ》2機が発進して行く。

 

「先発隊の《ボスニア》から
モビルスーツ隊の発進を確認しました。」
「よしT3部隊を発進させろ!」
ペデルセン大佐はオペレーターの報告を受けると、
声を張り上げで発進の号令を出し、
激しい戦場になるであろう漆黒の海を見たのだったーーー。

 
 
 

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