第25話「夢轍」

Last-modified: 2016-08-23 (火) 23:27:15

ガンダムビルドファイターズ side B
第25話:夢轍

 

 月軌道の地平線に、お互いの艦が光点を捉える。
「敵艦発見!サラミスタイプです。」
「敵艦接近!・・・あれは、輸送船の改造艦?」
エマと宇宙が開始のセリフを吐く、と同時に会場内では一斉に携帯やスマホの
発信ボタンが押される。
『決勝兵器・・・コレが?』
『この時を・・・この時をずっと待っていたぁ!』
『待たせたな、ヒヨッコ共!』
『この気持ち・・・まさしく愛だ!』
『モビルポッド乗りは大好きです』
『奇跡を見てやろうじゃないか』
『死んだばあさんに見せたかった・・・』

 

 両艦のアナウンスから様々な人の、好き勝手なセリフが飛び出す。
決勝やり直しの突貫サービス、宇宙の乗るサラミスとエマの乗るヨーツンヘイムが
登場から交錯するまでの3分間、用意した10の電話回線に繋がった人に
3秒間だけセリフを喋れるという、まるでラジオ番組のような企画。
案の定、回線はパンク状態だ。
『ヒャハハハハ!囲え、叩け、ぶっ壊せ!』
『さぁて、今回神はどちらを選ぶ?』
『まずい、興奮がダンチだ!』
『悲しいけど、これで今大会終了なのよね。』
『今日はガンダムさんはお休みのようですね。』
 主催席でニルスが頭を抱える。もう少し緊張感のある展開になると期待したが
好き勝手なセリフの嵐に完全にカオス状態だ。

 
 

「出撃許可を!この遭遇戦では先手を打ったほうが!」
「無茶だ!パイロットのほとんどは昨日着任したばかりだぞ!」
エマと宇宙が『残り1分』をつげるアナウンス?をする。
サラミスとヨーツンヘイムの距離が詰まっていく・・・

 

『体で覚えるんだよぉーっ!』
『人類の存亡をかけた、対話の始まり!』
『頑張れよ、ポンコツ』
『出ろぉぉぉぉぉ ボォォオーールッ!』
『もはや語るまい。』
『あえて言おう、カスであると!』
『僕らが求めた決勝だ。』
『我が世の春が来たぁー!』

 

「両艦交錯まで、残り10秒!」
宇宙が、エマが、コックピットのコントローラーを握り、相手の艦を見据える。

 

『あたしのドキドキを感じてほしいから』
『ハッハーン、目移りしちまうぜ』
『ふはははは怖かろう!』
『守ったら負ける!攻めろ!!』
『私は世直しなど考えていない!』
『事は全てエレガントに運べ』
「残り3秒・・・、にい、いちっ!」
『良い決勝を!!』

 

「日本第1ブロック代表、サトオカ・ソラ!トリックスター、テイクオフします!
 行くぞぉーっ!ドラム缶の化け物ぉーっ!」
「スイス代表、エマ・レヴィントン、オッゴカスタム、行きます!覚悟なさい、
 アジアのスイカぁーっ!」
両艦が交錯し、その瞬間にボールが、オッゴが艦から弾き出される。
すれ違い、退場する戦艦。残された2機のモビルポッドが白金の月を背景に対峙する。
会場からは割れんばかりの大歓声。喋れた人も喋れなかった人も皆、携帯を握り締めて
大はしゃぎだ。

 

と、その歓声を一瞬で黙らせる『歌』が、会場に鳴り響く・・・

 
 

 -夢放つ遠き空に 君の春は散った-

 

「・・・っ?」

 

 -最果てのこの地に 響き渡った-

 

「・・・夢轍(ゆめわだち)!!」

 

 スピーカーからではない、筐体からでもない、まるで粒子が歌っているかのように
会場全体を包む歌。

 

 -宙仰ぐその目に 写る輪廻たち 行方知れぬ明日を どこへ運ぶのか-
 -銀色に 光る海を渡って 吹く風に 揺れる小船たちよ-

 

「(特別BGM!この2機にもあったのか・・・)」
 通常、バトルシステムでは状況に合わせてBGMが奏でられる。その中でも
素組みのRX-78ガンダムとMSN-02ジオングがア・バオア・クーで対戦する時のみ
特別に『めぐりあい宇宙』がBGMとして流れることが知られていた。
他のケースは一切発見されていないこの『隠し歌』に、観客も選手も主催者も
宇宙も、エマも思わず聞き入る。

 

 -果て無き夢轍 照らすわが運命 燃え尽きることを知らず どこへ向かうのか-
 -あてどなく彷徨える愛しさよ この胸を射抜く光となれ-

 

 まるで月明かりのような、優しく、壮大な歌。
その声が、歌詞が、二人に様々な思いを去来させる。
「(夢轍、つまり夢の足跡・・・僕の夢、宇宙飛行士への足跡に、今日のこの舞台は
 残るのだろうか・・・)」
「(私の夢、家を継ぐしかない私の未来は、もう決まっていた。チェス、
 フェンシング、飛び込み・・・みんな私の夢の轍になった、今日この日も・・・?」

 

 -哀しみの地図なら 幾多風に散って 故無き日々の傷も 瞬く彼方よ-
 -終わらぬ夢轍に 君の影揺れた-

 

「(君の影・・・)」
エマが、宇宙が、相手の機体を見て微笑む。生い立ちも人生もまるで違う二人、
いわば違う夢轍を刻んできた人が、今、縁あって目の前にいる。
その縁は・・・ガンプラバトル!

 
 

「行きますっ!」
トリックスターがきりもみ回転をしながらオッゴに突撃する、余裕で上にかわすオッゴ。
そのまま無軌道のランダム移動で駆け回り、粒子をチャージする。
粒子が溢れ、緑色の尾を引く彗星となるトリックスター。
「603技術試験隊用観測ポッド、射出っ!」
オッゴから6機のメカが発射される。それはオッゴを軸に、X、-X、Y、-Y、Z、-Zの6方向、
フィールドの端ギリギリに位置取った。
「何だ?ビットでもファンネルでもない、あれは・・・?」
観客がいぶかしがる、モノアイのみを備えたその機械は、二人のエリアを囲んでいるにすぎない。
「配置完了、いくわよソラ君、トリックスター!」
無軌道飛行を続けるトリックスターを追撃するオッゴカスタム、それは幾多の対戦者が
その激しい飛行に操縦士が付いて行けず、疲弊して破れた愚策。
「何を考えている、エマ・レヴィントン・・・」
メイジンが呟く。ジャイロ搭載のトリックスターに付き合えば、やがて三半規管に悪影響を及ぼし、
いわば乗り物酔いのような状態になる。
ソウルドライブ全開のトリックスターが動くごとに出力を上げているのに、追いまわす側は
当然エネルギー消費による機体の出力低下は免れない。
それでもトリックスターを追撃するオッゴカスタム。

 

 -ガキィンッ!-
「なっ!」
宇宙が叫ぶ、オッゴのマニュピレーターが振ったヒートホークが、トリックスターの盾に
正確に傷を入れる。
「当てやがった!」
大地が叫ぶ、そしてそれがまぐれではないコトを証明するかのように、マシンガンの弾が
次々にトリックスターを追いかけ、喰らいつく。
「くっ、ええいっ!」
必死でオッゴの追撃から逃げるトリックスター、しかしオッゴは常にトリックスターを捕え
接近すればオノの一撃、離脱すればマシンガンやバスーカで次々にダメージを与えていく。

 

「まさか・・・バードアイ!?」
主催席でニルスがこぼす、エマの操縦席には6方向からの映像、いわゆるトップビュー上下・フロントビュー前後・サイドビュー左右視点の画面を合成した
 広範囲空間の立体映像画面が表示されていた。
「バードアイ?何ですのそれは。」
「自分を、第三者からの視点で見ることさ。自身の狭い視野を広げ、周囲の状況をより
 正確に把握する技術だよ。」
キャロラインに説明するニルス。優れた格闘家や競技者には、ごくまれに
こいうった感覚を持つ天才もいるという。
彼女はそれを人為的に作り出し、エリア内での2機の動きを完全に把握していたのだ。

 
 

「それにしても、なんて大会ですの・・・」
キャロラインが呟く。思えばトリックスターの粒子増幅、ネーデルの粒子移動、
リーオーのサブリミナル、チョマーのコロニー落とし、モックのダメージ転送
そしてこのバードアイ・・・ここ何年も無かった新しい発想の数々。
昨年まではネコも杓子もトランザムで、機体の速さのみが追求されてきたというのに・・・

 

「オールレンジモード!」
変形したオッゴが回転しながら四方八方にミサイルを撒き散らす、普通に追撃するのに
疲れが見え、楽な方法を取ったかに見えた。
「ここだ、勝機っ!!」
トリックスターがオッゴに向き直る。動きが止まっている今ならと、ビームダガーを灯し
ドリル回転でオッゴに突撃する。
「スパイラル・ドライバーっ!」
「だめだ!やめろ宇宙ーっ!」
大地の絶叫も空しく、時既に遅かった。あれだけ激しく回転していたオッゴはもう停止し
主砲、ヨルムンガンドへと変形を完成していた。突っ込んでくるトリックスターに正確に
砲を向けて。
「なぁっ!!」
大蛇の咆哮が火を放つ、かろうじて機体を逸らしたトリックスターであったが、盾を片方
えぐり取られてしまう。反動で回転しながら横に飛ばされる機体、その先にはもう
別の形に変形したオッゴが待ち構えていた。
「読まれてる・・・弾かれる方向まで!」
スネークモードに変形したオッゴが飛んできたトリックスターに巻きつく、
まるで抱きしめるように。
「昨日言ったでしょ、少し先の自分をイメージ、って。」
瞳に悦の色を浮かべながらエマが言う。

 
 

「あれは!俺の∀ガンダムを破った技・・・」
ルワン・ダラーダが叫ぶ、密着状態での全包囲ミサイル攻撃。
まして今のトリックスターは片方の盾が無い状態、万事休すだ。
「(さようなら宇宙君。君といた時間、楽しかった。)」
引き金を引くエマ、密着した2機が爆風に包まれる。外側のオッゴが吹き飛ぶように
爆風から離れ、トリックスターの盾だけが飛んでくる。
「終わった・・・のか?」
「さすがにあれじゃあ・・・」
選手たちが舞台を見下ろす、逃れる術は無かったかに見えた。

 

「いや、まだだ!」
そう言ったのはヤンだった。自分との対戦時に見せたアレを覚えている。
ジャイロの役目をする内部のボール、それが脱出できていれば・・・しかし爆風が晴れても
その姿は見えなかった。
だが、バトル終了を告げる音声は鳴らなかった。
エマのコックピットに敵を告げるアラートが鳴り、そちらの方向に向き直る。
先ほどの盾が飛んでいった方向。
そこには、横倒しになった盾の上に乗っかっているミニボールの姿。
「ま、まだですよ・・・エマさん。」
ミニボールの腕を盾に差し込んでオッゴに向き直る。盾というよりはサーフボードに
乗っかるビーチボールのようだ。
「対応が早かったわね、吹き飛ぶ盾に捕まって脱出してたのね。」
「一度見た技ですからね、こうするしかなかったですよ。」
とはいえもう粒子のチャージはおろか、身を守る盾すら無い、その小さなボールの砲塔で
とてもオッゴに対抗できるとは思えない。
「それじゃ、いくわよ!って、ええっ!?」
突撃したのはオッゴではなくボールだった、盾のバーニアを捜査し、まるでエンジン付きの
船で突進するようにオッゴに体当たりを食らわす。

 
 

「きゃっ!」
スネークモードのワイヤーに盾が絡みつき、そのまま2機もろともバーニアに任せて
突き進む。向かう先は月面、つまり猛スピードによる落下。
「このっ!離しなさいっ!」
マニュピレーターで殴りかかるオッゴ、しかし本体のミニボールは盾の裏側、
空しく盾を殴るオッゴ。
「離しませんよ、ここで離れたらもう完全に負けです!」
「・・・っ」
落下しながらミニボールの小さい砲塔がオッゴを狙い打つ。致命傷にはならないが
確実にダメージが積み重なっていく。

 

 やがて月面がいよいよ迫ってくる、図らずも両者の脳裏に相手の言葉が浮かぶ。

 

-少し先の自分をイメージするの-
まもなく月面落下、その着陸姿勢をイメージし、生存の可能性を図る宇宙。
「(生き残ってみせる!)」

 

-離しませんよー
4つ年下の少年の言葉に、柔らかい温もりに浸るエマ。
「(いいわ、このまま落ちましょう、耐久力ならこちらが上のはず!)」

 

 そして、月面に2機のモビルポッドが激突する。

 
 

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