最終話「夢の先」

Last-modified: 2016-08-23 (火) 23:30:52

ガンダムビルドファイターズ side B
最終話:夢の先

 月面にひとつの塊が落下し、落下物の破片と地表の岩砂が巻き上げられる、
重力の弱いその地では、まるで火山の噴火のように高々と、そしてゆっくりと。
それらは落下点を煙となって覆い、今しがたまで戦っていた2機の姿を覆い隠す。

「ど、どうなった・・・?」
「両機は無事か!?」
静寂の月面空間、バトルエンデッドの音声も無い。少なくとも両機体とも
終わってはいないようだ。
やがて砂塵が晴れ、景色が鮮明になっていく・・・。

 

「オッゴ!無事だ、とは言えない・・・か。」
落下点のすぐそばで、相当に破損した状態で、それでもかろうじて機体の形を
維持しているオッゴ。
「ボールは・・・?」
「いた、あそこだ!」
少し離れた場所にミニボールもいた。腕は取れ、機体もかなりのダメージ。
しかし砲塔はかろうじて致命傷を逃れたように見える。
「戦えるのか?あれで。」
チョマーが言う。オッゴもボールも、もう自力で移動することすら厳しいほどの
ダメージが見て取れる。
となれば、勝敗を分けるのはお互いの武器、発射できる飛び道具があれば
先にそれを当てた方が勝ちなのは明らかだ。
「残ってるのは・・・シュツルムファウスト(ミサイルランチャー風の武器)だけね。」
エマが操縦席で呟く、マシンガンもヒートホークもバスーカも今の落下で失ってしまった。
唯一残った武器を左肩に装填し、モニターのボールを見据える。

 
 

「ここが・・・月面。」
宇宙が周囲を見渡してそうこぼす、闘争心の無い、感慨深い声で。
武器の確認もせず、オッゴを見ようともせず、荒涼たる月面と、地平線の彼方の
青い地球に次々目をやる。
「あれはケプラーとコペルニクス・・・すごいな、富士山も真っ青の雄大さだよ。
 ってことは、ここは・・・雨の海あたりか。」
粒子によって忠実に再現された月面を堪能する宇宙。
「むこうが虹の入り江で、あっちがアルキメデス。その遥か向こうが静かの海・・・」
「・・・ソラ君?」
エマが声をかける、落下の衝撃で呆けているのかと、多少心配なニュアンスを込めて。
「ああ、エマさん。すいません、つい見入ってしまいました。」
その返答に口をぽかんと開けてしばし硬直するエマ。
「こっちはもう動けません、砲塔は生きてるけど、残弾数1です。」
言ってオッゴに砲を向けるミニボール。
ふぅ、と息をついて操縦桿を握り直すエマ。
「こちらもシュツルムファウストの1発だけよ、これが最後の勝負になるわね。」
「勝負・・・そうですね。」
言葉とは裏腹に、再び周囲の景色に見入る宇宙。
ガンプラバトルにまるで身が入ってないその態度に、エマが口調を強める。
「まだ呆けているの!?っていうかちゃんとこっちを見なさい!」
こんな時でもお約束のセリフを交えて説教するエマ。
それに答えてモニター越しにエマに向き直る宇宙、真っ直ぐに彼女の目を見つめる。

 

「じゃあ、行きます。」
言って砲塔を上へ上へと向けるミニボール、とうとうほぼ直上を向いてしまう。
オッゴは正面、水平方向にいると言うのに・・・
「え・・・?」
「お、おいおい」
「どっちに向けてるんだ!?」
エマが、選手たちが、観客が、その行為をいぶかしがる。その行為の真意を掴む前に・・・

 
 

 ズドォォーーン!

 

「えええーーーーっ!!」
「ちょ、ドコ撃ってるんだよ!」
「メカの暴走?最後の1発だろーっ!」
観客の悲鳴とは裏腹に、満足げに目を伏せる宇宙。ひとしきり黙祷した後
顔を上げ、再度エマに向き直る。
「ソラ君、一体・・・」
心配と不満の入り混じった表情でエマが問いただす。
「エマさん、昨日話しましたよね、僕の夢のこと。」
「え、ええ。宇宙飛行士になりたいって言ってたわよね・・・」
「はい。」
一度言葉を区切って、話す内容を頭の中でまとめ、再度語りだす宇宙。
「宇宙を目指す者にとって、この『月』は特別な場所なんです。」

 

エマが、大地が、選手が、主催者たちが、観客が皆、宇宙の話に聞き入る。
「地球の影響を離れ、宇宙の空間を乗り越え、最初に到達する別の天体、
 あらゆる宇宙開発者の目標であり、憧れであり、そして出発点でもある
 ここはそんな所なんです、僕らみたいな人にとっては。」
無論ここは本当の月面ではない、プラフスキー粒子によって生み出された仮想空間、
ガンプラバトルのステージに過ぎないのだが。
「そんな場所で『破壊活動』や『戦闘』をすることが、僕にはどうしてもできません。
 それをやっちゃうと、自分自身の夢を裏切るような気がして・・・
 もう二度と、『ここ』には来られなくなるように感じるんです。」
なるほどねぇ、と頭をかく大地。そういや実家の宇宙の本棚は月の図鑑がぎっしりだった。
「これが世界大会の決勝だという自覚はあります、今まで倒してきた方々に
 申し訳ない気もあります・・・ガンプラファイター失格ですね、僕は。」
薄い笑顔を見せる宇宙、それを見てエマも笑顔を返す。
「ほんっと、呆れるくらい純粋ねぇ。ロワイヤルの時から思ってたけど。」

 

 しかし観客からは徐々に不満の声が上がり、やがて会場を揺るがすブーイングとなる。
「ふざけんな、軟弱者!」
「浸ってんじゃねぇよ、戦え!男だろっ!」
「ヤル気が無いなら、はなっから出てくるんじゃねぇよ!!」

 
 

-彼の行動に、思うところがある-
場内アナウンスから声がする、ニルス・ヤジマの声だ。

 

-機動戦士ガンダムの世界、それは戦争の世界。争いがテクノロジーを生み
 それが新たな争いの火種になる世界でもある-
-だけど、ガンプラバトルは違う。例え戦っても、それは平和な遊び、
 それに世界中からあらゆる人種が参加し、競う、そんな遊びだ-
-そんな僕らだが、もし将来、モビルスーツのような武器を携え、あの月面に到達した時
 僕らは彼のように、争うことを拒否できるだろうか-
世界のあらゆる国籍、人種の違う人々が集うこの会場に、問うように話すニルス。

 

-争いが間違いとは言わない、時にはそれも必要だろう。主義、正義、利権を守るために。
 だけど、満足に到達することもできない未開の地でまで争うのは、いささか
 醜くないだろうか-
-彼は自分のポリシーで、ここでは戦いたくないと言っている。世界大会の決勝であっても、だ。
 見ている者には不満もあるだろうが、少なくとも私は、彼のポリシーを支持する-

 

 選手席でメイジンがサングラスを直し、場内放送用のマイクを掴んで言う。
「その通りだな、そもそも彼の行為が不満なら、ここまでに彼を倒せば良かったのだ。
 地区予選、世界大会予選、決勝トーナメント、機会は幾らでもあった。
そこに届かなかった者に、届いた者の行為を否定する権利は無い。」

 

 ブーイングは止んでいた。ここにいる人々は全て機動戦士ガンダムを心から愛する人々、
しかし、それらの兵器が他人の意思を無視して争うことを押し付けるのを是とはしない。
アニメを見ているノリで、戦闘行為を期待しヤジを飛ばす自分達を恥ずかしく思った。

 

「だけど、ギブアップは許さないわよ。ここまで上がってきた者として『責任ある最後』を!」
オッゴが砲を向ける。唯一、今の宇宙の行為を否定する権利を有する、決勝戦の対戦相手、
エマ・レヴィントン。
ええ、分かってますと言いかけて、慌てて言葉を引っ込める宇宙、代わりのセリフを繋ぐ。。
「分かった・・・抵抗・・・しない。」
「良く出来ました。」
満面の笑みで返すエマ。ようやく宇宙の『お約束のセリフ』を聞けたことに満足し、
コントローラーの引き金に手をかける。
その指に力を込める直前、彼女は一言、こう発した。

 
 

「優勝おめでとう、ソラ君。」

 

 シュツルムファウストが点火した瞬間、オッゴは肩口から崩壊、砲の反動だけで千切れ飛ぶ、
支えを失ったロケット砲は的を失い、あさっての方向に火を噴いて飛んでいく。
「エマさん!!」
千切れたオッゴの船体が次々爆発、四散する。既にオッゴは『死に体』だったのだ、
たった1発のロケット弾の発射の反動にも耐えられないほどに。

 

 -BATTLE ENDED-

 

会場にいる全員が、その衝撃的な結末に息を飲んだ。
アナウンスすら勝者を告げることを忘れて-

 

 エマが壊れたオッゴを回収し、宇宙の方に歩いてくる。
「エマさん・・・」
「あなたの優勝はもう決まっていたのよ、あの月に激突した時から、ね。」
宇宙の横に立ち、オッゴカスタムをトリックスターの横に置く。
「見事にボロボロですね、どっちも。」
「ねぇソラ君、ガンプラ交換しない?」
「あ・・・いいですよ。っていうか是非お願いします!すごく嬉しいですよ。」
「ふふ、ありがと。」
言って右手で宇宙の左手を掴むエマ、そして大きく息を吸って・・・宇宙の手を上に掲げ、叫ぶ。
「第17回ガンプラバトル世界選手権!優勝!日本第1ブロック代表っ!
 サトオカー・ソラァーーッ!!!」
お嬢様らしいソプラノで、そして会場中に響き渡る大声で叫ぶエマ。
それに答えて、会場が大歓声に包まれる。
ようやくの勝ち名乗り、大地が舞台に向けて駆け出す、選手たちも続き、
顔見知りの観客たちも、舞台に殺到せんと席を立つ。

 
 

 そして彼らが舞台の袖にまで到達した時、エマが宇宙の左手を上げたまま
残った左手で宇宙を抱きかかえる。
「・・・え?」
 そのまま、宇宙にキスをするエマ、かなり密接に、濃厚に。
「うわあ・・・」
「ちょ、おいいいいっ!」
至近距離でえらいもん見せられた大地以下、言葉にならない悲鳴を上げる。
観客も一瞬にして沈黙。
 数瞬の後、唇を離し、真っ赤になった宇宙の背後に回り、両脇を抱き上げて宇宙を持ち上げ
肩車に持っていく。
いきなり抱え上げられた宇宙は完全にパニックだ。
「ダイチさん、オッゴカスタムとトリックスター、回収してくださる?」
そう言って宇宙を肩車したまま通路を退場し始めるエマ、観客は口笛と冷やかしの嵐だ。
「よっ!この色男!!」
「リア充爆発しろーっ!」
「青少年保護条例違反だぞー!」
「優勝おめでとーっ!」
「ここに教会を建てようぜ!」
「あああ尻が痒いぃぃぃいっ!」
祝福と、冷やかしと、紙ふぶきが舞う通路を、手を振りながらゆっくりと退場する二人。
それを見送った大地が、オッゴとトリックスターを回収しながら呟く。
「やれやれ、宇宙をかつぎ上げるのは俺の役目だろーに・・・」

 

 主催席、手錠をかけられたガンプラマフィアが感慨深く呟く。
「いい決勝だったよ、いいツル(入獄土産)話になりそうだ。」
その隣ではレヴィントン卿が頭を抱えている。無論、娘のはしたない行為に対して。
脇で秘書がさらに物騒な一言。
「早い所あの少年を引き離したほうが良いですね、エマ様の異常集中力が
 あの少年への恋愛感情に傾いたら・・・少年が悲惨です。」

 

顔面蒼白になりながら命令一下、レヴィントン卿の部下がエマを取り押さえたのは
宇宙をお姫様抱っこしたまま行き先不明のタクシーに駆け込む3歩前だったとか・・・

 
 

-こうして、宇宙達の夏は終わりを告げた-

 
 

 -4年後-
 徳島の片田舎、あの夏を思わせる盛夏、日照り対策に田んぼに水を張る大地。
「大地さん、そろそろじゃない?宇宙君。」
傍らにいる女性が声をかける、細い腕時計をほらほら、と見せながら。
「ああ、そうだな。」
大地は去年結婚していた。米どころである秋田の農家の三女、
表向きは農協のツテで知り合った、という事になってる。米作本場の秋田美人に、
両親は諸手を上げて賛成した。
・・・が、実のところは彼女もガノタで、全国交流戦で3年前に知り合ったのだが。
 軽トラックのダッシュボードの上に鎮座するガンプラ、ヅダを手にとり
寄り添って青い空を、その先にある宇宙を見上げる。

 

 成層圏のさらに上、地上から35000kmの衛星軌道地点、一機のスペースシップから
地上に向けて通信が始まる。
「プラフスキー粒子安定、気密確認、作動問題なし、オーバー」
少年を思わせる若い男の声、その中には宇宙で始めて使われる単語が混じっている、
シャトルの最後尾、格納スペースから球状の機械が出発を待つ。
「OK!射出準備確認、行ってこいよボーイ」
スタッフから激励が飛ぶ。レールが船外に延び、球状の機械が宇宙空間に姿を表す。

 

その瞬間、世界中のあちこちで歓声と歓喜の声が沸きあがる。
球状の機械、その名は『ボール』。そう、今あの『機動戦士ガンダム』のメカが
初めて宇宙でその勇姿を晒したのだ。
「目標の人工衛星、レヴィントン社製の気象衛星確認。発進まであと15秒」
カウントダウンが始まる。宇宙服を着込んだスタッフがボールから離れ、母船に取り付く。
「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・イグニッション!プラフスキー・ボール、
 パイロット、ソラ・サトオカ、テイクオフします。」

 

 里岡宇宙18歳、私立グラナダ学園3年、宇宙飛行士志望の少年。
彼に幸運が舞い降りたのは4年前、プラモデルを使ったシミュレーション
「ガンプラバトル」で知り合った様々な人たち、そして彼が成した世界大会優勝の快挙だった。
 あれ以来、プラフスキー粒子は特別な存在ではなくなった。が、それは単なる粒子として、
もしくはガンプラバトルの動力として、としか使えなかった。
元々は『奇跡を起こす石』アリスタによってその性質を設定しない限り役には立たない。
昔、ミス・ベイカーがその粒子をガンダム世界の通りにガンプラを動かすように祈った以後は
誰も粒子に思い通りの性質を持たせることは出来なかった。

 

「それなら、実用できるガンプラを作ればいいのでは?」
そう提案したのは、プラフスキー粒子の特許を購入したレヴィントン家の一女、エマだった。
機械を全てプラスチックで作り、なおかつ機動戦士ガンダムに登場するメカを作れば
例え実用機械であってもプラフスキー粒子で動かせる、という目論見は正解だった。
機械内部の先端まで空洞を作り、そこに粒子を血液のように流し込めば、内部から
そのプラスチック製のいわば『巨大ガンプラ』を動かすことが出来た。
同時期に運行が始まった宇宙空間到達スペースシップ5で今、その成果が発表されようとしている。
そのパイロットとして白羽の矢が立ったのが、かつてガンプラバトルで世界を制し
レヴィントン家やヤジマ商事にゆかりのある宇宙飛行士志望の少年、宇宙だった。

 
 

「距離、詰まります。20・・・10・・・タッチダウン!」
人工衛星に到達するボール、スタッフから歓声が上がる。
今回は特に作業をするというわけではない、あくまで今回はイベントであり、
宇宙も単なるゲストに過ぎない。が、彼にはやる事があった。
通信を開き、小さなモニターに写る地上管制室に目をやる。
「ねぇ・・・ホントにやるんですか?エマさん」
モニターの上にはオッゴのガンプラ、そしてその中には何故か白いドレスを纏った
金髪の女性が写っていた。レヴィントンファミリー、宇宙開発部門主任、エマ・レヴィントン。
手にボールのガンプラ、トリックスターを持って。
「それが条件だったじゃない、念願の宇宙飛行が実現したんだから、安いもんでしょ?」
意地悪くウインクして返すエマ。
「はぁ・・・これ油性だから、後で消したくても消えませんよ。」
「いーからさっさと書く!できる限り大きくね。」
ボールのアームには大きな油性のマジックが握られている。あーあ、と嘆いてアームを動かし
人工衛星にでかでかと二等辺三角形を書くボール、そしてその頂点から下に線を引く。
その様は全世界に配信されているのだ・・・。
「はい、そこから?」
エマが恋する乙女の表情で宇宙を急かす、逃げられない公開処刑を受けざるを得ない宇宙は
顔を赤らめながら、縦線の右側と左側にマジックを走らせる。
”EMA・REVINTON”
”SORA・SATOOKA”

 

 巨大な、そして多分ずっと消えない相合傘の完成だ。
それと同時に世界中から祝福のメッセージが送信される。
「こんな結婚式ってアリなのかなぁ・・・」
「あら、夫の願いを叶えるいい妻じゃない。それとも初夜が待ち遠しい?」
投げキッスを放ってからかうエマ、宇宙服の外からでも分かるくらい赤面する宇宙。
「はいはい、家に帰るまでが宇宙旅行なんですからね。新婚早々未亡人にしないでよ!」
ぱんぱんと手を叩くエマ、周囲が笑いと祝福の拍手に包まれる。
宇宙はモニターの上のオッゴをそっと手に取り、一言。

 

「うん、じゃあ、帰るよ。」

 
 

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