第4話 トオルの3年、トオルの旅

Last-modified: 2018-11-30 (金) 22:48:56

第4話 トオルの3年、トオルの旅

 

 スペースコロニー、サイド6。それはジュニアハイスクール1year(中学一年)のトオルにとって
遥かに遠く、到達は困難を極める場所であった。

 

 まずは旅費の問題、13歳を雇ってくれるアルバイトなどそうはない。通信が発達した現在
古来よりのお約束であるニューズペーパーの配達は消滅しているし、ストア等の店員も
ハイスクールからでないと募集が無い。
 そして最大の難関、親の説得。この年齢では単身で海外旅行すらありえないのに
よりによって宇宙まで行こうというのだからそりゃ反対される。
ましてその目的が『女の子に会いに行く』なんだから、どう切り出したものか・・・

 

 結局、嘘偽りを言わず、正直に両親に伝える。プライマリー時代のライバルだった
女の子に会いたくて行くこと、おそらくはあの「機関」の養成学校に入学したこと、
彼女がその価値のある本物の「天才」だということ、なにより自分自身が彼女に
会いたいという気持ちが消えないこと。

 

「しかし、それは学業をおろそかにしていい理由にはならんぞ」
父親は言う。部活に退部届を出したことはすでに家にも連絡が来ている。
行くために今の生活を犠牲にするなら行かせるわけにはいかん、と言うことだろう。
「宇宙でしょ?遠いのももちろんだけど、危険よ、なによりもまずは。」
母親が語る、母にしてもスペースノイドは親の世代からスペースノイドである。
治安、社会的なモラルの違い等から、スペースノイドからのアースノイドに対する反発心理、
さらにはジオンを称するサイド3と地球連邦との政治的対立による緊張、心配事は挙げればキリがない。

 

 トオルは返す。それでも行きたい、アイツに会いたい、隣町だろうが木星だろうが関係ない
自分がそう思うから会いたいんだ、と。
アイツが今どうなってるのか知りたい、あるいは他のエリート達に囲まれて、自分のことなど
ハナにもかけなくなっているかもしれない。他の天才たちに負けて自信喪失し、かつての
輝きを失っているかもしれない。あの怪しい連中の悪い意味での実験台になってるかもしれない。
それを知るためにどうしても行きたい、と。

 

 トオルの熱意に押されて両親はしぶしぶ妥協する。部活に復帰し、なおかつ学校生活をやり切ること
それらを達成し、ハイスクールの受験に合格したら、卒業後の夏休みに行くことを許可すると。
その際、旅費もできるだけ援助することを約束する。
両親にしてみれば、3年もすれば熱意も冷めるかもしれない、こちらで好きな娘でもできれば
その子を思い出にできるかもしれない、そんな期待も半分はあった。
 しかし残り半分は、我が子にその思いを貫いてほしい気もあった。あの子供だったトオルが恋を、ねぇ。
息子の成長を喜びつつ、その願いをかなえてやりたい、しかしハンパな決意では叶えさせない、
やるならとことんやってみろ、という親からの宿題の意味もあった。

 

 そしてトオルには、そんな両親の期待に応えるだけの気骨が確かにあった。
JUDO部に復帰すると、1年の終わりには体重別の代表に選ばれるまでになる。
もともと運動は得意なトオルだ、あまり武道に熱心でないスクールにおいて頭角を現すのは
困難なことではなかった。
 勉強の方も優秀だった。いや、優秀にならざるをえなかった、というべきか。
目的があの天才に会うことである以上、自分が落ちぶれるわけにはいかない。
いざ再会した時、学業が落ちこぼれでした、ではカッコつかないにも程がある。

 

 もうひとつ、友人に恵まれていたことも大きかった。
キム、チャン、ジャック、ミア。ともに彼女を知るクラスメイトには色々事情を話していた。
「マジか!伝説の戦い再びだな。」
「宇宙まで負けに行くとはご苦労なこった」
男どもの感想にミアは(子供ね)という呆れ顔を見せる。今後、女の子の扱いには私の
アドバイスが不可欠だなこりゃ、と。
ジャックはアルバイトを紹介してくれた。彼の父の経営するエクステリア会社。
会社と呼ぶには小さすぎる個人経営だが、それだけに人手は常に足りないのが現状だ。
ジャックもしょちゅう手伝いに駆り出されるが、そこで出るお駄賃は立派に
アルバイトと呼べる額があった、あくまで名目はお駄賃だから、学校の許可も必要ない。

 

 こうしてトオルは3年間を勤め上げる。受験に合格し、十分な旅費の貯金もたまった。
JUDOの部活でも州大会でベスト4入りを果たすまでになった、
今も活躍中であろうセリカに負けないようにと、3yearでは生徒会長も務める。
もはやスクールでトオル・ランドウの名を知らないものはいないほどになっていた。
そんなトオルに惹かれる女の子は多かったが、その障害はミアはじめ旧友たちが
やんわりと取り除いていった。ある意味ひどい友人達である。

 

 そして「その時」が来る。トオルの3年間の総決算、旅立ちの時が。

 

 宇宙行には両親、友人たちから恩師の先生、果てはトオルに恋し破れた女子たちまで
見送りに詰め掛けてくれていた、まるでちょっとしたVIP扱いである。
しかし横断幕はどう考えてもやりすぎだろう・・・

 

-サイド2からのシャトルが接岸しました、お出迎えの型は8番ゲートまでお越しください
 なお、このシャトルは、サイド6行きとなります、ご搭乗の方は8番-

 

 トオルの乗るシャトルが到着する。ゲートから降りてくる乗客、彼らが降りた後、
自分はあの船で宇宙に行く。アイツがいるあの空へ・・・
「じゃあ、気をつけてな」
「危ない所には近寄らないのよ」
親と別れの挨拶をする。
「しっかりやってこい」
「結果報告、よろしくな」
「彼女の写真、送ってね~」
友人たちから激励を受ける。
「みんな、ありがとう。必ず目的を達成するよ!」
一人一人と握手をし、最後に右手を挙げてエスカレーターのステップに足をかける。

 

-3年越しのトオルの旅が、始まる-

 

「あ、やっぱりトオルだ!久しぶりっ♪」
対面のエスカレーターから降りてくる少女に声をかけられる。あれ?なんか聞いた声・・・
ゆるくウェーブのかかった金緑の髪を揺らし、エスカレーターから飛び降りてトオルの前に来て手を取る。
「忘れちゃった?わたし、ほらほら。」
「い、いや・・・そりゃ覚えてるけど、なぁ。」
絶句しつつ見送りの連中に目をやる。いぶかしげな両親の横で、旧友たちが腹を抱えて笑い転げている。
というかなんで君がここにいるんだよ!
「あれ、トオルこれから宇宙旅行?せっかく会いに来たのに・・・」
見送りの連中を見やり、事情を半分察する。心底残念な表情を見せるセリカ・ナーレッド。

 

-こうしてトオルの旅は、始まることなく終わった-

 
 

第3話 boy leave girl 【戻】 第5話 あっちむいて、ほいっ!