第5話 あっちむいて、ほいっ!

Last-modified: 2018-11-30 (金) 22:54:35

第5話 あっちむいて、ほいっ!

 

 夏の終わりの海岸線、太陽を受けて輝く波の反射を浴びつつ、堤防の上を歩く二つの影。
3年ぶりに再会を果たした少年と少女、トオル・ランドウとセリカ・ナーレッド。
少し気恥ずかしそうなトオルに対して、先を歩くセリカは上機嫌。
クルリと振り向き、トオルに向き直って話す。
「夕べは楽しかったね♪」
「・・・あの状況を楽しめるお前に感心するよ。」

 

 昨日、まさかの再会劇となった二人。結局そのまま両親や友人たちなど、周囲の人間を
巻き込んでの再会パーティに突入してのどんちゃん騒ぎ。
当然トオルとセリカは上座に祭り上げられ、さんざんツマミとして冷やかしの対象にされた。
そんな中でも、セリカはあっさりトオルの両親や友人たち、恋敵であるはずの女子たちと
打ち解けていった。
 そして今日、周囲の連中の強引な誘導により、二人はこの海岸線に放り出されたのだ。
連中の目的は見え見えだ。外堀が自分から埋まっておいて本丸から敵陣に告白させるっておい・・・

 

「でもお前、なんか変わったよな。」
「そう?」
昔のセリカは、周囲に対して愛想笑いこそ浮かべていたが、積極的にコミュニケーションを
取るほうではなかった、しかし昨日は自分から押せ押せで打ち解けていくように見えたから。
「むしろトオルだよ、変わったのは。ずいぶんたくましくなったんじゃない?」
「え!そうかな?ま、まぁJUDOとかやってるし、な。」
「へぇー。で、私はどこが変わった?」
スカートをなびかせ、クルリと1回転して自分を見せるセリカ。
「(いや、変わったのは性格のことなんだが、まぁ見た目も・・・)」
身長比は昔とそう変わらないのだが、その体は明らかに女性としての成長が見て取れる。
初恋の相手は、再会してみると直視がきつい程に「異性」を意識させた。

 

「ねぇ、どこどこ?」
腰を曲げ、トオルに顔を近づけて回答を迫るセリカ。
「まぁなんつーか、愛想よくなったっていうか、あっさりみんなと打ち解けたよな。」
「あ、そっか。」
ひと息ついて続けるセリカ。
「成長したんじゃなくて、要領がよくなっただけだよ。」
「それを成長って言うんだと思うぞ。」
「・・違うよ」
少し表情を曇らせ、目線を外してつぶやく。
「・・・私ね、普通じゃないんだ。」
「ああ、知ってるよ。つかお前みたいなスーパーガールがそこらに大勢いたら泣くぞ俺。」
「そうじゃないよ。」
それきり背を向け、しばらく天を仰いで考え込む。ほっそりとした白い体に金緑の髪が揺れる、
見た目の神秘性もさらに成長し、トオルにとってはさらに特別な存在に映る。

 

ふと振り向き、提案するセリカ。
「ねぇ、あっちむいてほい、しよっか。」
「へ?」
「トオル日本人だから知ってるでしょ?あっちむいてほい。」
「そ、そりゃ知ってるけど、なんで突然?」
「いいから、いいから。だたしノンストップで20回連続。勝敗がついても止まらずにね。」
「あ、ああ・・・?」
妙な提案ではある。この遊びは普通なかなか決着はつかない、それゆえどんどんスピードを上げ
反応速度と判断速度をタイトにしていく遊びなのだが、決着がついても止まらないって一体・・・

 

「じゃあ、いくよー」
「「じゃんけんぽん!」」「あっちむいて、ほい」
あれ?勝った、いともあっさりと、あのセリカに。
「ほらほら、止まらず次々!」
笑顔で次をせかすセリカ。じゃ、じゃあ・・・
「「じゃんけんぽん!」」「あっちむいて、ほい」
また勝った。
「「じゃんけんぽん!」」「あっちむいて、ほい」
3連勝・・・
「「じゃんけんぽん!」」「あっちむいて、ほい」
え?4連勝って
「「じゃんけんぽん!」」「あっちむいて、ほい」
「「じゃんけんぽん!」」「あっちむいてほい」
「「じゃんけんぽん!」」「あっちむいてほい」
「「じゃんけんぽん!」」「あちむいてほい」
「「じゃんけんぽん!」」「あちむいてほい」

 

何が起こっている?何回やってもトオルはじゃんけんに勝ち、指さした方向に確実に
セリカは顔を向けてくる、こんなことってあるか?
10回を超えたころから、トオルはなんとか引き分け、または負けようかと意識する、
しかしジャンケンはあいこにすらならず、指差しで25%をかわすことができない、
スピードはもはや最高速にまで上がっているにもかかわらず、だ。
「あちむいてふぉいっ!!」
20回目、トオルの指は上、セリカはアゴを上げて天を仰いでいた。
言葉もないトオルに、セリカは向き直って言う。

 

「・・・分かるんだ、私。他人の考えてることが。」

 

 そんな現実味のない言葉が、今のトオルには心底信じられた。
あっちむいてほい20連敗、そんな芸当ができるとしたら未来が読めるか、心が読めるかしかない。
思えばセリカのスーパーガールっぷりも、この能力を前提に考えたら納得がいく。
ドッヂボールで四方からの攻撃をかわすのも、二人三脚で完璧にトオルに合わせて走る芸当も。
「け、けど、それじゃうるさくて仕方ないだろう、いくらなんでも」
周囲を撫でまわす仕草でトオルが反論する、周囲の人間の考えが皆理解出来たら脳みそパンクは必至だ。

 

「全部わかるわけじゃないよ、強い意思をもった思考がわかるの、たとえばじゃんけんの手とか
指さす方向とか、『勝ちに行く』意思は特に。」
「昨日もみんな私に興味津々だったから、どう対応すればいいかよくわかったの。
だから、成長してるわけじゃないわ、一種のズルね。」
少し悲しい笑顔をトオルに向けるセリカ。そして一言、こう発した。

 

「ね、私って化け物でしょ。」
返す言葉がトオルには見つからなかった。

 

 堤防に座り込み、、トオルを見ずに話すセリカ。
「私、いろいろウソついてた。ホントはね、サイド2じゃなくてサイド6の出身なの。」
言葉を区切りながら続ける少女。
「名前もね、ホントは別の名前。この髪も生まれつきじゃなくて、ムリに変えてるの。
私みたいな力があると、いろいろ良くない人が寄ってくるのよ、だから見た目を変えて、引っ越して・・・」

 

そこでようやくトオルは、話に割って入るキッカケを見つける、昨日までトオルが手がかりにしていたアレ。
「特殊能力研究開発機関、とかいうヤツか?」
「・・・え?なんでトオルが、その名前を。」
説明する。中学に上がる前、そのスカウトが形だけの勧誘に来たこと、セリカがてっきりそこに
行ったと思っていたこと。
「そう・・・うん。あの人たちが来たから、私は黙って引っ越したの。あの人たちにかかわると
私が実験台みたいにされるのがわかっていたから。」
背筋の凍る話だ、科学者の闇、研究の名のもとに他人を犠牲にして厭わない存在。

 

「私みたいな人を、ニュータイプって呼ぶんだって。」

 

 宇宙に適応し、新たな能力を身につけた新人類。サイド3の首相ジオン・ダイクンの吹聴する人間の
新たな可能性。そんなおとぎ話のような少女が、今、現実に目の前にある。
「ジオンに寄っている思想だから、私は地球に来たの。ここなら、って思ったんだけど、ダメだった
あの人たちはここまで私の噂を聞きつけてやってきた、だから転校したの。連邦政府寄りのサイド2に。」
そういえば昨日、彼女が降りてきたシャトルはサイド2からのものだった。
「この3年、私はずっと『普通』を演じてきた。周囲の誰にもバレないように。
つまらなかったよ、すごく。そんなだからずっと思ってた、トオルと競ったプライマリーの日々-」

 

 そこでようやくトオルに向き直るセリカ、涙で潤む目を、まっすぐトオルに向ける。
「だから会いに来たの。もう一度、一目見ておきたくて・・・私はこれからずっと、
そう生きなきゃいけないから・・・」

 

 あれほど強かった少女の見せる、儚く悲しい表情と胸の内。今にも消え入りそうなセリカに
トオルはどう声をかけるか迷っていた。が、最後のセリフを聞いて言葉を見つける。
「そんなつまらねぇ生き方しなくていい!」
トオルの強い語気に、思わずきょとんとした表情を向けるセリカ。
「持って生まれた能力を使うのがなんでズルなんだよ、いいじゃねぇか、奴らにバレない程度に使ったら!」
トオルは少し腹が立っていた、彼女の置かれた理不尽な状況にもだが、それより
この3年のトオルの思いも知らず、自分の事ばかり話して悲劇のヒロインを気取るかつてのライバルに対して。
「競う相手が欲しいんだったらいつでも相手になってやるよ。」
「でも・・・私は」
「言っとくが心が読めるくらいで勝てると思うなよ!知った以上、対策はいくらでもある。」
「だけど・・・ずっとそうするわけにもいかないし・・・」
トオルと競えるのも一時の事、お互いの人生が分かれれば、彼女はまた孤独に放り込まれる
セリカの目はそう言っていた。

 

ぶちっ!
トオルの中で何かが切れた、セリカの肩を掴んで引き寄せ、叫ぶ。
「じゃあ、俺と結婚しろ!一生相手になってやるよ!!」
告白をすっ飛ばしてのいきなりプロポーズ!まだハイスクールにすら入学していない年齢だというのに。

 

しばらくトオルを見つめるセリカ、呆然とした表情は、やがて笑顔へと変わる。
その表情を見て、トオルはようやく自分の爆弾発言に気付き、赤面する。
「あ、あぐ・・・あ、あの・・・」
ゆでダコのように真っ赤になったトオルに、セリカは体を預け、その胸に顔を埋める。
「よかった、来た甲斐あった。」
「・・・え?」
まるでその結末が予想済みであったかのような発言に、トオルはセリカの肩を抱いたまましばらく考え込む。
「強い意志」が「読める」少女・・・

 

「ちょ、ちょっと待てえっ!まさか・・・」
腕を伸ばし、抱いてる少女を正面に見据え、さらに赤面して問うトオル、
満面の笑顔を向けてセリカが返す。
「うん、知ってた。あの2人3脚のときから、トオルが私のコト、どう思っているか。」
「そ、それじゃあ・・・」
「どうしてトオルが宇宙に来ようとしたのかも、周囲の友達がどうして私たちを
ここに来させたのかも、全部分かってた。」
もう駄目だ、セリカの顔を直視すら出来ない、自分の恋はよりによって相手に全部お見通しだったとは。
穴がなければ掘って入りたい気分だ、この悪女め。
そんなトオルの手をそっと取り、頬に当ててセリカがささやく。

 

「ホントはね、すがる様な気持ちで来たの。もしトオルに化け物扱いされたら、私は終わりだな、って。」
その言葉を聞いて、トオルは自分がすごく優しい気持ちになっているのを、自分の外から理解した。

 

「・・・しないよ、俺のライバルなんだから」
「え、フィアンセ、でしょ?」
「う・・・言っとくが、交換日記からだからな!」
「えー!プロポーズしておいて、そこから~?」
「それが正しい男女交際!」
赤面して視線を外す、そんなトオルを見てセリカは一歩後退し、右手を上げ・・・
「じゃーん、けーん、ぽんっ!」
思わずグーを出すトオル、セリカはパーだ。その指をそのままトオルの額に当てる。
「こっち、むいてぇ~」
え?何それ。
「ほい。」
言うなりトオルに突進し、そのままキスするセリカ。完全なる不意打ち、心が読める少女相手には
避けようもない攻撃にトオルは完全に固まる。

 

「ぷはっ!」
トオルから離れ、海岸に駆け出すセリカ、棒立ちで失神寸前のトオルに声をかける。
「じゃあ今度は、泳ぎで勝負~~!」
「ちょ、ズルいぞそれは・・・俺が泳げないの知ってるだろっ!」

 

言いながらも半分夢心地でセリカを追いかけるトオル、ハイスクール入学前の夏休み最後の日であった。

 
 

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