第7話_「ラウ・ル・クルーゼ」

Last-modified: 2022-04-26 (火) 08:43:46
 
 
 

「ラスティの件は仕方あるまい。
赤服が生きていただけでも良しとしよう。」

 

クルーゼはヴェサリウスのブリーフィングルームに
ガンダム鹵獲作戦で負傷したラスティ・マッケンジーを除いた、
アスランやイザーク達を集めていた。
クルーゼの皮肉にも聞こえる言葉に、皆が一様に口を噤んでいた。

 

クルーゼは沈黙する彼らに向けて、
ミゲルより渡された《ストライク》との戦闘データを記録したソフトを手に、
淡々とした口調で話を続けるーーー。
「ミゲルがこれを持って帰ってくれて助かったよ。
でなければいくら言い訳したところで、
ナチュラルを相手に機体を損ねた我々は、大笑いされていたかもしれん。
オリジナルのOSについては、君らも既に知っての通りだ。
なのに何故!!
この機体だけがこんなに動けるのかは分からん。
だが我々がこんなものをこのまま残し、
放っておく訳にはいかんと言うことは、はっきりしている。
捕獲できぬとなれば、今ここで破壊する。」

 

彼の言葉にアスランが驚きつつも、上官であるクルーゼに意見を述べる。
「隊長…まさかコロニー内でもう一度戦闘をするつもりですか…!?」
「…無論だアスラン。」

 

クルーゼの言葉はハッタリや嘘ではなかった。
この言葉に血の気の荒いイザークですらも驚きの表情を見せている。
そして尚も「しかし…!」と言ってアスランはクルーゼに食い下がる。
「彼らはエゥーゴです!!エゥーゴとの戦闘行為は本国からの承認なしには…!」
「だが先制攻撃を仕掛けたのはあちらなのだろう?
そうだろうイザーク?」

 

「………は…。」
イザークはクルーゼからの問いかけに、
表情を曇らせながらも応えるとクルーゼが続ける。

 

「エゥーゴなど所詮は叶いもしない理想主義を押し付けるだけの、
連邦の一組織に過ぎん。
そして我々の敵は連邦だという事を忘れるな。
やつらとて所詮はナチュラルでしかないのだよ。」

 

クルーゼはそう言うとオロールとミゲルに
発進の準備に取り掛かるように指示を出していた。

 
 

 
 

暗い無重力ブロックの通路には無数の死体が浮いている。
明かりも何もない暗闇の中をナタル・バジルール中尉は彷徨っていたーーー。
「誰か!誰か居ないのか!……はぁ…くそっ!…生き残った者は!?」

 

その時、彼女を呼ぶ男がナタルの前に現れる。
「バジルール中尉!御無事で!」

 

「ノイマン少尉か!…他に生存者はいないのか!?」
「三人の下士官がいます…他の生存者を探させていますが…」
ノイマンは、生き残りの部下達と分担して生存者の捜索をおこなっていた。
だが、生存者発見は極めて難しい状況だった。
「そうか…他に生存者がいないと判断したら、
アークエンジェルのブリッジへ集まるんだ。」
「はっ!」

 
 

 
 

ほとんどの民間人達は、シェルターへの避難をしていたため
市街地はゴーストタウンと化していた。

 

ブライトやフレイやエルの母親は必死に彼女の名前を呼び続けた。

 

街が静かになった事で、エルにも彼女らの呼ぶ声が聴こえていた。
間も無くブライト無事にエルを見つけ、
その小さな手を引いて母親と引き合わせた。

 

「ああ…エル……良かった…」
「ママ痛いよぉ…」

 

母親は強く娘を抱きしめていた。
エルは自分が迷子になったのではなく、
迷子になった母親を探していたつもりでいたらしい。
将来は強い子に育つな…。
そう思っていたブライトは母親とエルを見ていると、
家族の顔が頭に浮かんで来て無性に会いたくなっていた。

 

「あ、あの…早く避難したほうが良いんじゃないですか?」

 

フレイが感動の場面に水を刺す事に気まずそうな表情で言うと、

 

そうだったーーー!!
ブライトは慌てて、彼女達を連れてエレカに乗り込んだ。

 

「あの…よろしければお名前を教えて頂けますか?
娘を見つけてくれたお礼をしたいと思いまして…」

 

後部座席に乗る彼女がエルを大事そうに抱き抱えながら、
ルームミラーに写るブライトの顔を覗き、たずねて来た。

 

「ブライト・ノアです。訳あって今日ここに来たのですが…
とんだ災難に巻き込まれました。」

 

彼はハンドルを握ってルームミラーにチラと目を配らせ、
さらりと自分の名前を名乗って色々と説明するが、
それを聞いていた彼女達が顔を見合わせていた。
フレイはとんでもない有名人…
というより英雄が隣の運転席にいる事に緊張していた。

 

そんな状況に気付かないブライトは、
第5ゲートの港を目指しエレカを飛ばした。

 
 

 
 

戦闘を終えたカミーユ達は、
クワトロ達と合流をすることが出来た。

 

37工区での銃撃戦で負傷した兵士達が、
仮設の救護所で手当てを受けており、
その中にはラミアスやトール達を
庇って負傷したヘンケンの姿もあった。

 

「ブレックス准将、申し訳ありません……。
守りきれたのはたったの1機のみでした。」
ラミアスは俯き加減にそう言いながら、
ストレッチャーから身体を起こしてブレックスへ頭を下げる。
「仕方あるまい。ザフトにしてやられたと今回は割り切るしかないだろう。」
「ですが…ハルバートン提督の悲願であったガンダムが敵の手に落ちたとあれば……」

 

ラミアスはショックが隠せないのか、
ブレックスの言葉に対しても後ろ向きな言葉を並べてしまう。

 

しかし、彼女の心情を察してかブレックスは彼女を決し責める事なく、言葉を続ける。
「ハルバートンはこんな事で下を向くような男ではないぞ大尉?
そして、下を向くような部下を育てたつもりもないんじゃないか?」
「……申し訳ありません。准将にそのようなお言葉を頂けるとは…」

 
 

《ストライク》が停止しているその近くには、
トールやカズイが感動して目を輝かせて見ていたーーー。

 

「うわぁぁぁ…」
「す…スゲぇ…」
《ストライク》の横に並ぶようにカミーユ達の乗って来た《ガンダムMk-II》と
《リック・ディアス》を二人はまじまじと見ていた。

 

ついさっきまで《ストライク》を見てはしゃいでいたが、
それとは比べ物にならないくらいの反応で食い入るように見ている。

 

どうやら《ガンダムMk-ii》や、
特に《リック・ディアス》には妙に男のロマンを感じるという事だそうだ。
クワトロにはそれがよく分からなかったが、
《リック・ディアス》の開発に関わった自分として
そんなに悪い気はしていなかった。

 

しかしミリアリア曰く、
《ストライク》の方がイケメンでカッコいいという事らしい。

 

こんな時にそんな呑気な会話が出来るのも
ここに住んでいた影響なのだろうなと少年達を見ていると、
アポリー達がクワトロに話しかける。

 

「大尉、すみません。
ザフトを逃がしてしまって。」
「仕方あるまい。
コロニーの事を考えれば正しい判断だった……
とにかくヘンケン艦長をアーガマへ連れていけ。
ここはカミーユと私が残る。」

 

クワトロはアポリーの肩をポンと叩きそう言うと。
クワトロはカミーユを呼んで、
ヘンケンとラミアスのいる救護所へ歩いて行く。

 

「ヘンケン艦長…大丈夫ですか?」
「…ん?…カミーユか…」
まあな、腕が折れたくらいだ。
と怪我をした包帯で巻かれた腕に目を見やり言う。
怪我は左腕の骨折と肋骨に亀裂が入った程度に済んだが、
今後の航海に支障が出るのは間違いなかった。

 

「私と向こうにいるトールを守ってくれて怪我をしたんです…本当に感謝してます。」
その横でラミアスの手当てを手伝っていたミリアリアがカミーユに言うと、
その場にキラが入ってくる。

 

「あの…クワトロさん。僕に何か用でも…?」
「ああ、すまんな急に呼び出して。
カミーユ、彼はキラ・ヤマト君。
君と同じように、始めてモビルスーツに乗って敵を撃退した。」
クワトロはなぜか、カミーユとキラを引き合わせて紹介をしている。
言っている内容にも驚くが、クワトロが何を考えているのか
カミーユはまったく分からなかった。

 

「え…はあ。……カミーユ・ビダンだ。よろしく……。」
戸惑いながらも、彼はキラに握手を求めると、
キラはその握手に応じる。

 

「よ、よろしくお願いします…カミーユさん。」

 

そして二人はしばらく握手をかわしたままだったが、
クワトロが二人に問いかけてきた。
「何か感じたか?」

 

「は?」ーーー。
カミーユとキラは同じタイミングで言うと、クワトロがさらに問う。
「何か見えなかったか?」

 

カミーユもキラも互いの顔を見合い、
「何も?」と首を横に振るとクワトロが二人に
ありがとうとだけ言って二人を引き離した。

 

カミーユが「どうしたんです?」と声をかけても、
クワトロは腕を組み、ただ黙って考えて混んでいた。

 

そこへクワトロがブレックスやヘンケンのもとへとやって来た。
ブレックスはラミアスと一旦話を終えて
アーガマとの連絡を取っていたようだ。

 

「准将、いかがでしたか?」
「ああ、少々面倒な事になった。」
「面倒な事?」

 

クワトロとヘンケンがブレックスにそう聞くと、
《アーガマ》のもとへグリーンノアの避難民が押し寄せて来たという事だった。
乗って来たシャトルの港は閉鎖されており、
2ブロック先のドックにあるシェルターを目指したが、
シェルターはすべて満員となっていた為に、
アーガマへ救助を求めたという事らしい。

 
 

 
 

ムゥはオロールの《ジン》を撃墜したものの、
撤退もしなければ、こちらに敵を差し向ける事もしない
ヴェサリウスとガモフを警戒していた。
「やつら…なぜ撤退しない…?」

 

新型モビルスーツの鹵獲という任務を達成したにも関わらず、
20分以上経ってもその場を動かない事にムゥは困惑していた。

 
 

《アーガマ》の停泊するドックでは
グリーンノアからの避難民の収容がようやく終わった。
艦外での作業にあたっていたアストナージは
視線の先に見えた扉が開いたのに気付く。
扉が開かれたそこには連邦軍の服を着た男と女の子を抱えた女性と少女がいた。
彼らは駆け足で近寄り、アストナージに声をかける。

 

「君たちはエゥーゴだな?私はブライト・ノアだ。
ここにグリーンノアの避難民が来ているはずだ。」
「私達、逃げ遅れちゃって!
それでブライトさんに助けてもらったんです!」
「え?…ブ、ブライト・ノア?…ぇ…?ちょ…ちょっと待って下さい!」

 

ブライトはフレイとエル親子を連れて第5港まで到着したが、
港は既に閉鎖されておりなんとかここに辿り着いたらしい。
アストナージは慌ててブリッジに連絡を取りに行く。

 

ブライトはフレイとエル親子を連れて第5港まで到着したが、
港は既に閉鎖されておりなんとかここに辿り着いたらしい。
ブライトは《アーガマ》を見て、すぐにエゥーゴだと気付いたが、
もともとティターンズを毛嫌いしていたブライトにとって、
心強い味方が目の前にいる感覚だった。
一方でアストナージは慌ててブリッジに連絡を取りに行っていた。

 

しばらく話をしているとアストナージが
ブライト達の前に戻ってくきてブライト達は
《アーガマ》の中に通された。
すると、レコアが彼を出迎え敬礼をする。

 

「ようこそいらっしゃいましたブライト・ノア大佐。
レコア・ロンド中尉であります。
現在、艦長が上陸中の為私がここの代理艦長です。」

 

レコアはブライトへ敬礼を済ませると、
避難民の確認をしてからフレイやエル親子は
居住ブロックへの移動を促した。

 

「ブライトさん。本当にありがとうございました。」
「おじちゃん、ありがとう。」
「ありがとうございます。」
フレイらがブライトにお礼を言うと船務員に連れられて行く。
エルは自分の姿が見えなくなる最後まで
こちらにその小さな手を振り続けていた。

 

「ブライト大佐。色々とお話がございますのでこちらへ…」
レコアはブライトと共にブリーフィングルームへ向かって行った。

 
 

 
 

「6番コンテナだ!ジンにD装備を!」
作戦開始、0100時、発進機は順次、待機位置へ前進しーーーー。
《ヴェサリウス》艦内のモビルスーツデッキは
アナウンスやメカニックマン達の声があちこちで響き渡り、
油で汚れた男達が忙しなく動きまわる。
モビルスーツデッキを見降ろす事のできる休憩所ではドリンクを片手にイザーク、
ディアッカ、ニコルらが下のモビルスーツデッキを見ていた。
「ミゲルの《ジン》…D装備だってよ。」
「拠点制圧用装備とはな…」
「でも、そんなことしてヘリオポリスは…!」
コロニーは間違い無く崩壊する…三人は全く同じ事を考えていた。
「……今度こそぶっ壊れちまうかもな。」
「ああ…クルーゼ隊長の言うように、確かにエゥーゴは連邦には変わりはないが……」
「……」
あの時のアポリーの言葉が彼らの心に引っかかっていたのは間違いなかった。
国と国との間に問題はあっても、
民間人には何の罪もない…確かにそうだーーー
だがそれはここだけの問題だ…
民間人が全員ナチュラルだけなら躊躇などしないはずだーーー
そんな彼らの様々な葛藤はより深くなっていくのだった。

 
 

オロール機発進準備完了。ミゲル機、左舷カタパルトへーーー。

 

モビルスーツデッキはさらに活気付く。
オロールのD型装備の《ジン》とミゲルの同じく
D型装備のパーソナルカラーである橙色の《ジン》が全ての準備を終えて、
カタパルトでの発進態勢に入る。

 

「システム・オールグリーン。
カタパルト射出準備OK、進路クリアー、発進どうぞ!!」
ヴェサリウスのブリッジオペレーターの指示に従い、発進準備が整うーーー。
「ミゲル・アイマン、《ジン》出るぞ!」
「オロール機、発進する!」

 

そしてミゲル機とオロール機が発進して行くと
突然奪取した《イージス》が動き出す。
「お、おい!これも出るのか?」
「聞いてないぞ!!」

 

カタパルトのスタッフ達が慌てふためいている間に
《イージス》はカタパルトを使用して出撃して行く。
この報を受けたアデスが慌てた様子で大声を上げる。
「なにっ!?アスラン・ザラが奪取した機体でだと!?
呼び戻せ!すぐに帰還命令をーーー。」
アデスが言いかけた時に、
通信からコックピットシートに座るクルーゼが割り込んで来る。
「行かせてやれ。」

 

「……は?」

 

アデスはクルーゼの言葉に一瞬考えていると
クルーゼが不気味な笑みを浮かべて続ける。
「データの吸い出しは終わっている。かえって面白いかもしれん。
新型モビルスーツ同士の戦いというのも。」

 

クルーゼがそう言うとアデスは、少し不満の残る表情で、
了解。とだけ返事を返した。
「アデス、私の留守中はくれぐれも艦を頼んだぞ?」
「は…!ご武運を…隊長。」

 

《ヴェサリウス》から隊長機である、
白銀の躯体を輝かせる《シグー》が発進して行く。

 

ヴェサリウスより発進したモビルスーツ部隊をムゥは捕捉していた。
「来たか!…これはっ!?」
ムゥは目の前に何かが弾ける感覚を覚えた。
彼が感じたものの先にはクルーゼの操る《シグー》が見えた。
「私がお前を感じるように、…お前も私を感じるのか?
不幸な宿縁だな、ムウ・ラ・フラガ!」
互いに感じ合う存在でありがらも、
互いが理解し合う事のない存在。
クルーゼは憎しみにも似た感情でムゥの《メビウス・ゼロ》に襲いかかる。
シールドにマウントされた28mmバルカン砲を
《メビウス・ゼロ》に向けて連射して行く。
「……んっ!?
くそ…!やはりラウ・ル・クルーゼかっ!」
ムゥは引き合うその感覚によって、
敵がクルーゼだと本能的に分かっていた。
「お前はいつでも邪魔だな!ムウ・ラ・フラガ!
尤もお前にも私が御同様かな!?」
ムゥも《シグー》に対して、ガンバレルを展開して応戦する。
機体をロールさせてリニアガンを放ちながら、
四方を取り囲むように《シグー》を狙い撃つが
なんなくかわされ《シグー》の右手に持つ
76mm大型マシンガンの迎撃により
一瞬のうちにガンバレル3基を失う。

 

さらに、ミゲルやオロールの《ジン》。
アスランの《イージス》が次々と港口の隔壁を破壊し、侵入して行く。
「っ!?ええーい!ヘリオポリスの中にっ!」
ムゥは慌てて、侵入して行く3機を追って行くが、クルーゼの邪魔が入る。
「もう少し私に付き合ってもらうぞ、ムゥ・ラ・フラガ…」
「ち……クルーゼ…!」

 
 

白銀の巨人が舞い降りた時
ヘリオポリスの大地は再び戦場になるのであったーーー。

 
 
 

  戻る